麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

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10話 弊害 と 謁見

 一刀の顕親(ケンシン)県令就任を祝う宴席へ、突如現れた桃色髪のロングポニーテールの女の子が、いきなり一刀へ『龐徳令明』と名乗り己を配下に加えてくれと乞うて来た。

 しかし、当然の流れになる。

 

「兵らよ、そこの不審者を取り押さえよ!」

 

 街の警備の長である李績が、酔いを払い鋭く叫んだ。

 警備の長は直前に、裏方から上席へと慌ただしく駈け込んで来た部下に耳打ちされ、顔色を変えての行動。

 この街の外縁部には、分厚く高い土塀こそないが一応柵と門は設けられており、そこには警備の兵が置かれていた。

 前に立つ彼女は、配下数名でそれを破ってここまで来たようなのだ。

 幸い軽い怪我で済ませての手際との事ではある。

 この時一刀は、県令の館内奥より外の広い庭へ向けて仮設で組まれている、皆より二段ほど高い上席から様子を見ていた。

 彼女の全身血まみれの姿と、隙の無い身のこなしの体から、溢れ出てくる強い怒りの闘志を感じる。そして、名乗った名が『龐徳』と聞き、彼は宴席の兵らが立ち上がり囲もうとするのを止める。

 

「みんな待て! 待つんだ!」

 

 新県令の叫びに、彼女を包囲する輪の収縮が止まる。

 『天の御遣い』の発言力はすでに、街の有力者でもある李績の言を越えている事を実感させた。

 一刀は、本物の『龐徳』なら、並みの兵ではまず抑えられず、この場で対抗出来るのは馬超ら数名だけだろうと考えたのだ。

 また彼は肯定する。馬超までも女、そしてこの龐徳も。どうやらこの三国時代(せかい)の名のある人物の多くは女性になっているようだと。

 この騒動の折、姜維は緊迫の事態に一刀の右横の席から素早く立ち上がるとすぐ主の傍へ寄り、半歩前へ出て警戒する形で立っていた。しかし、主の大声に一瞬少し驚いた目線と表情を向ける。

 彼のまるで相手の強さを知っているような危機感のある声色に――。

 

「令明(れいめい)殿、君はどこから来たんだ? その姿、戦の後と見るけど何が起こった? ――この街へ今、危機が迫っているのか」

 

 この場の多くが、一刀の言葉でハッとなる。

 戦勝と『天の御遣い』の新県令就任に浮かれていたが、まだ周辺に跋扈する凶悪な異民族軍の一部が減ったに過ぎない事を。

 龐徳は鋭い眼光をそのままに、綺麗な剛声を高らかに上げ話始める。

 

「某は此処より西方にある狟道(カンドウ)県内の小さな村からまかり越した。故郷の地は、数日前――死に絶え申した。三百程の村の者らは、夕暮れ時に襲い来た二百程の残党風な異民族の一団に飲まれて。山に出ていた某が戻ってから、村人の死骸の横で我が物顔に飯を食らう奴らの百数十は討ち殺したが、遅すぎた。余りにも悔しい! しばらく半身で生きていた異民族の兵から『天の御遣い』様の街で手酷く負けたと聞いたのだ。だからここへ来た」

「なっ……」

 

 一刀は絶句する。連鎖の悲しい結果に。

 拳を握り、申し訳なさそうに小さく震えつつ、少年は目線を落とした。

 その兵数からまさかと思ったが、一刀らが破った異民族軍の敗残兵らが食料に窮して手ごろな村を襲ったのだろう。すべて討たなかった結果である。

 だが、龐徳は一刀の表情を見て優しい顔になる。先ほどまで怒りにキッと歯を見せ、眉間に縦皺を立て、細い眉を怒りに上げていた表情が凪ぐと、鼻筋の高く通った美しい顔がそこに現れていた。

 

「優しいのだな、貴方様は。少々勘違いされているようだ。太守が半年も全く動かない現状、遅かれ早かれこうなっていたはず。某はその状況で、火中の栗を堂々と拾って見せた『天の御遣い』様の貴方に感服したのだ。我々でも、鬼畜な奴らに対して大規模な反撃は出来るのだと。だから配下にお加え頂きたい。それが叶わぬなら――これから単身で異民族軍へと切り込んで参る」

 

 その(つい)な決意の言葉に、一刀はゆっくりと顔を上げる。

 龐徳の顔はとても穏やかであった。

 死を覚悟しても果たさねばならない事がある者の姿。

 少年のすぐ身近にもいる。

 いつしか、血で汚れた彼女のそんな同胞への『美しい』姿に、宴会場内の騒めきは止まっていた。

 そして一刀へ、彼の答えに注目が集まる。

 もうその言葉は漏れ始めていたが。

 

「あの……もう自分の(あるじ)を脅さないでくれ、令明。そして――死ぬことは許さないから」

「はっ。新しき我が主君に誓って」

 

「「「「「「おおおおおおおおおーー!」」」」」」

「めでたい!」

 

 宴の余興ではなかったのだが、主従の契りの場となり、もはや肴としかならない状況になった。

 龐徳とその同胞数名は、その場で守備兵らに詫びを入れて罪を許され、別室で身綺麗になったのち宴会へ参加し、宴は決起の場にも変わっていた。

 今日までのこの一週間だが、一刀はすでに李績へ頼んで草を用意し、周辺に展開している異民族軍の駐留場所の特定を始めている。

 進攻を受けている天水郡の西側の近隣には、まだヤツラが総勢千六百程は残っているのだ。更にその西にある隴西郡には郡境近くに三千という数。

 顕親の街でも、兵を増やし始めたがまだ七百程。それに、この街だけではすぐに限界が来る。

 周辺の街や村へも『天の御遣い』の名を使って数日前から檄文を走らせ始めていた。次期県令が誰になろうとも、この状況は変わらないとの思いからだ。

 宴では、兵らも真剣にこの異民族軍の排除についての話題で皆が盛り上がっている。

 『天の御遣い』の兵団によって、平和な時がまた戻ってくるかもしれないと。

 

 今、この街の土塀の門の上に、北郷軍の印である白地へ丸に十文字の旗が翻っていた――時代の風を受け、皆の希望にその本数を増やしつつ。

 

 馬超や馬岱も、上席内から熱心な形で何やらと話へ耳を傾けていた。彼女らの本来の目的は、『異民族軍の動向調査』であるから当然だ。

 朝方になって、この宴の終わりが見え始めた頃、一刀が話始めた。

 もう悲しい話を聞くのはゴメンだ。そんな思いも込めて――。

 

「『天の御遣い』の俺がこの街へ来たのは、みんなの平和を取り戻す為だ。皆で協力し合って、早く異民族軍をこの国か追い出そう!」

「「「「「「おおおおおおおおおおーーーっ!」」」」」」

 

 

「そのために俺は――――天水の太守に会って来る」

 

 

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」

 

 その皆の歓声を聞きながら一刀は思い出す。

 姜維の母を探しに行く時期は、宴の前に屋敷で姜維と話し決まった。

 それは戦の『準備期間』にと。

 

『主様……、物事には急ぐべき時と、待つべき時があります。母の件、今は待つべき時』

『……伯約。そう……だな』

 

 泣きそうな表情で話す姜維を、その時一刀はそっと優しくしばらく抱き締めてあげていた。

 不安なのだろう、姜維からも『すみません、すみません』と、きゅっと抱き付いて来た。

 戦を起こすと決めても即日戦いに臨める事は少ない。通常は戦う前に地形を調べ作戦を立て、兵力、武具、兵糧、軍馬等を揃える『準備期間』が必要なのだ。

 なので今は、『戦をどの規模で何時開始するか』という案を急ぎ先に決めなければならないのだ。

 それに関係して太守の持つ大きな兵力を、可能な限り多く借りようという事だ。

 姜維としてもこれは、早期に異民族軍を屠る為にも、まずやっておかなければならない過程。

 また草が今、異民族軍の駐留場所を探っており、結果を待つこの期間を有効に使える一挙両得の行為でもある。

 一刀の宣言は、皆へ大きな期待を持たせ目標に向けて団結させる良い流れを作っていた。

 そうして大宴会は、東から昇り始めた朝日と共にお開きとなった。

 

 

 

 

 

 天水太守の名は、范津(はんしん)という。

 彼は生来にして人物を見る目があった。内政において良き文官を要所へ付け安定した郡政を行なっていた。しかし、有事の軍略面についてはそうでは無かった。

 彼は武による争いが非常に不得手であったため、大きな失策を重ねる。

 特に、異民族軍との序盤における天水郡豲道(カンドウ)にて行われた討伐一大決戦時の折、前線に兵を残したまま逃げ出していた。

 将が不在となり、混乱した最中、異民族軍の攻撃をまともに受けてしまう。郡兵団は当然の如く壊走する。郡兵主力九千の兵は、一気に五千程度にまで減った。

 これ以後、太守は治所である冀(キ)の城塞に籠り、兵の減少を恐れて郡内へ討伐軍を一切送ることは無かった。

 そしてそんな太守の事を裏で皆、白い目で見るようになった。

 彼が姜維や龐徳に直接会っていれば、状況は変わっていたかもしれない。

 

 大宴会から三日目。

 一刀らは馬車で昼前に出立し、天水太守の籠る冀県の街城近くへと辿り付いていた。

 冀県の城は、山岳部の天水の地では珍しく、南を藉河(しゃが)が流れる東西へ二十五キロ、南北へ三キロほどの細長くて広い盆地な平地の西側中心に建つ。

 大宴会の直後に早馬の書簡を太守宛に送り訪問を知らせ、その日の内に許諾の書簡が返って来た。それから昨日は終日、贈り物の用意や留守の間などの指示や準備であった。

 一刀の同行者は、主のお腹へ抱き付いてお昼寝をする軍師の姜維、道案内と補佐に楊達、それに荷駄や御者の要員と護衛が騎馬兵二十ほど。

 そして――なぜか、愛馬に跨る馬姉妹……。

 

「へぇー冀の城か、ここは来る時には通らなかったからなぁ」

「お姉さま、ほらあそこ、夕焼けで山の景色が綺麗だよ~」

 

 甚だ観光気分である。一応、挨拶しに付いて来たと言う名目ではある。

 まあ一騎当千なこの二人が居れば、護衛は兵二十でも十二分と言えるだろう。

 一刀はそう思い、それで良しとする。

 龐徳には軍団副長として、早速で申し訳なかったが兵の調練や、進捗管理に不在時の指揮も任せている。

 彼女としては、初の大任を非常に喜んでいた。

 

『悪いな、いきなり仕事を一杯押し付けてしまって』

『いえ。身分低き出の某へこのような大役。信任を受けた者の、正に忠義の見せどころです! 伯約殿、では先ほどの作業の後に、武具の各数量調整をすれば宜しいのだな?』

『……そうです、令明殿。それでお願いします』

『心得た』

 

 加えて、姜維も彼女のその物覚えと仕事の手際の良さに感心するほどであった。

 それ以上に姜維が衝撃を受けたのは、龐徳の武の腕前。姜維が打ち合い稽古で三本中一本しか取れなかったのだ。馬超らも二人の武を認めていた。

 なので、一時的に後顧の憂いなくここへと来ている。

 冀の街は、顕親の街から南へ二十五キロほど。一行は夕刻に無事到着となった。

 なお一刀の県令就任だが、中央に認められて初めて正式なものになる。

 でなければ、また中央から県令が送られて来るか、決められてしまうのだ。

 その為に、太守の承認も得る方が有利であった。故に現状一刀は、県令代行のような立場に近い。

 だが、異民族軍を一部とはいえ周辺で唯一撃退した功は小さくない。

 独自で中央へ賄賂を添えて申し出ても認められるでしょうと、県丞(副県令)の鄧魯(とうろ)も言ってはいたが、太守との謁見には丁度良い機会と軍師姜維は考えていた。

 大宴会での大風呂敷を開く演説にしろ、その脚本はほぼ姜維の練達な筋書なのである。

 さて一行は太守からの返信の書簡が有り、城門の検問も難なく通過して冀の街中へ入る。

 顕親と比べ、城壁は表に焼き土のレンガも積まれ頑強で高さも二十メートル以上あり、城に相応しい城郭であった。一辺も長さが1キロを超えている城塞都市である。

 一刀達は、ほどなく太守の住まう朱一色な宮城へと向かう。

 そうして早速、贈り物を携えて太守との謁見となった。

 異民族軍の撃退から十日を経て、『天の御遣い』北郷一刀が県単独で異民族軍の一軍を破ったという事実は、ここ冀の宮城内にも広がっていた。その本人が今日この場を訪れると。

 さらに周辺の一大諸侯の馬家の長子らも共に来るといい、無情な異民族軍への反撃に期待する雰囲気が建物内の人々に満ちて来ていた。

 それは現太守に対しての大いなる不満でもある。

 一行は太守謁見の間へと入る。

 吹き抜けの高い天井を支える太い柱が壮観に並ぶ中を、キラキラと光るポリエステル製の制服姿の一刀が先頭で進む。

 彼の後ろを馬家の二人が進み、その後ろに軍師の姜維、補佐の楊達、そして贈り物類を持った従者達と続いた。

 馬超については、諸侯の長子という立場は一刀よりも存在感が大きいものがある。ただ金城郡で役職は受けて無いためこういう形になっていた。

 一行が、広間奥の二段高い席に座る太守の中肉中背な男、范津の少し手前で止まり挨拶の礼を取る。

 

「太守様、お初にお目に掛かります。姓が北郷、名は一刀と言います。字はありません。本日は顕親県令へ推挙されましたのでその承認を頂きに。また異民族軍の件について上申に参りました。そして、馬家のご令嬢方らがご挨拶をと」

 

 そうして贈り物の引き渡しも行われた。山間な顕親の特産である銀や高級織物などだ。

 無事に終了し、その間一刀らの様子を見ていた太守が、落ち着いた言葉を掛ける。

 

「良く参られた、北郷殿。うむ、話は聞いている。異民族軍を破った貴公の功は見事である。急逝し空席となった顕親県令へ推挙の件は私も承認しよう」

「ありがとうございます」

 

 そうして、太守の席を二段降りた脇に控えていた数名の文官のうちの一人が、一刀へと進み出てすでに承認を記した竹冊を納めた箱を贈った。

 その後に、馬家の二人が「馬超だ」「馬岱だよ~♪」と名乗っていた。范津は中央からの派遣太守であり、力でその地位に就く馬家とは大きく立場が違う。そのためか「これはこれは」と丁寧な対応であった。彼は今、周囲より大きく信用を失い、有力者らからはこれまでの治世への評価で生かされている感もある。少しでも力ある者と縁を繋いでおこうという面も馬家の二人へ見せていた。

 そうして前座的な用件は片付き、さてここからである。

 一刀には事前に姜維より太守へ話す要点の指示があった。

 それは、先の『県令就任の件の承認願い』と―――『異民族軍に対する近隣への反攻は、顕親単独で実行する』という二点。

 就任の件は済んだとして、二点目についてはここへ来た目的とに矛盾がありすぎた。

 だが一刀は、その後の姜維の示した展開を信じて口火を切る。

 

「太守様へ申し上げます。昨今天水周辺を荒らしている異民族軍に対して、我が顕親は、街を上げて反撃に出るつもりです。つきましては――街独力で対処します。太守様の御手を煩わせるつもりはありません」

 

 この一刀の発言に対して、太守は驚いた表情を見せる。

 上申という事は、協力を要請しに来たのだと当然思っていたのだ。

 もちろん、范津は断るつもりでいた。兵を割き、これ以上ここの兵が減れば冀の城塞を守り切れなくなるかもしれないのだから。

 しかしこの新顕親県令は、それに及ばずというのだ。

 そこで、一刀は顔を後ろへ向けて目線を送った。

 姜維へとバトンタッチをする。

 以前は門前払いで、影すら拝めなかった人物へと彼女は直接声を向ける。

 

「恐れながら太守様に申しあげます。私は『天水の四姓』と呼ばれた姜家の姜伯約でございます」

「……姜冏(きょうけい)の」

「はっ、姜家の長子にございます。太守様にはご機嫌麗しく、戦いに於いては、今まで通りで構いませんので」

 

 姜維は、太守側は何もしなくてよいという感じで伝えた。

 

「……それで蛮族に勝つと言うのか貴公らは」

「先日も――そうして勝ちましたので」

 

 倍の兵力差を覆した話を范津も聞いている。

 姜維の幼いながらも大人びた、少し顔を下げつつも前を鋭く見据える目線が、范津を射ぬいていた。

 范津はそれにビクリと震える。

 

「……ですが、それが成された時――今まで通りに過ごされた太守様は、中央からの問いへ何とお答えられるのかと、我が主の『天の御遣い』様は心配しておいでです」

「っ――!」

 

 すでに、一度大敗北し四千もの兵を失っている。

 それに加えて、功労者へ全く手を貸さなかったと、それも郡を預かる太守がとなれば懲罰も十分あり得る結末が見えて来る。

 文官としてこれまで上手く世を渡って来た范津には、それ以上言われるまでもなかった。

 

「に……二千の兵を出そう。それと、郡内へ太守の命でも貴公らへの協力を呼びかけよう」

 

 姜維の発言中、控えめに後ろを窺っていた一刀へ、彼女から目線が送られる。

 太守の発言に対し、すぐに一刀は礼を取り返事を返す。

 姜維らは、可能な限りにこやかな笑顔を太守へ向けて。

 

「ありがとうございます、太守様。必ずや勝利を」

 

 その夜、太守主催で一刀と馬姉妹らを歓待する宴が催された。その席で、県令補佐官の楊達と姜維は暗躍する。

 楊達を見知る冀の有力者らと別室で次々と接触し、結局公称二千、実質二千五百の兵と武具、兵糧と三百の軍馬を後日の援軍に調達することが出来たのである。

 翌日、それらを手土産に一刀ら一行は、顕親の街へと戻って行った。

 

 帰還後即日、洛陽の都に向かって一刀の県令就任に対する承認願いの書簡を持った護衛を伴う一隊が出発した。太守からの承認の書簡と、金に銀、高級織物などの献上品(わいろ)を添えて。

 それらの甚大な出費で一刀は、更に一月タダ働きが決定していた……。

 

 

 

 

 

 -閑話ー

 

 こうして一刀は、ここ数日で大切な仲間(もの)や大きな力(もの)を手に入れていた。順風満帆と言えよう。

 しかし――彼は一つの漢の浪漫を逃していた……。

 チャンスがあったのだ。それは就任祝いの大宴会の直後に。

 早朝を迎えて日は昇り、一刀らは楊達の屋敷へ馬車で戻って来ていた。

 士官した龐徳も、当面共に屋敷へ住むことになった。

 彼女の村の者らは、県令の館近くの警備の役所へ、仕事がてら住み込むという。

 戻って来た面々は、これからしばらく仮眠を取る事になっている。

 すでに姜維は、馬車の中で眠りについていたが、それを馬岱が「可愛い~♪」と抱っこしていた。日が昇ったことで、今『抱き枕』は不要になっている。

 そうして、姜維は馬岱により抱き人形的に持ち去られていった……。

 一刀も気が付いていた。これは千載一遇の『チャンス』だと。

 加えて、雪梅が彼を玄関まで出迎えてくれた。姜維が居ない事を認めると、すぐに頬を赤く染めて。

 二人はワクワク静々と一刀の部屋へと、閨へとやって来た。

 彼は――油断していた。

 そのために調子に乗ってしまったのだろうか。まずはと、寝台の上でごろりと雪梅にひざまくらを所望したのだ。

 

「はぁー、昨日の晩から疲れたよ、京」

「大変でしたでしょう? お疲れ様でした、一刀様。ゆっくりしましょうね……」

「そう……だね……………………………………」

 

 肉付の良い彼女の太腿に乗せた後頭部の心地よさと、周囲のいい香りに急激な睡魔に襲われていることに気付けず、即落ちしてしまっていた。

 

「……一刀様?」

「……スゥ……スゥ」

「……ふふっ、一刀様……ゆっくりとお休みくださいね」

 

 雪梅は怒ることなく、一刀の前髪を優しく笑顔で撫でていた。

 

 ――三時間後、何故か姜維が全力で駆けつけ、一刀の部屋の扉を慌てて開け放ってきた。

 

「はぁはぁ、……主……様?」

「……あら……伯約さん、どうしたの?」

 

 うとうとしていた雪梅が、鼻息荒い姜維へ気付き声を掛ける。

 姜維は、どうして自分がそんな行動を取ったのか上手く説明できない。

 ハレンチで無意味な思考がぐるぐると頭の中を回る。

 ただ、目が覚めた時に一気に不安になってしまった。

 しかしどうやら――無事なようだ。

 

「な、なんでも、ありません……勘違いでした……すみません」

 

 顔を赤くした姜維は、そう言って扉を閉めて自分の部屋へトボトボと立ち去っていく。

 

「…………どうするんです、一刀様?」

 

 雪梅は静かに一刀へ子猫のような優しい笑顔でそう声を掛けていた。

 

 一刀が起きたのは、昼食の用意が出来たと言う声を聞いた時であった。

 彼は慌てて起き上がると、雪梅と顔を見合わせた。

 そして平謝りする、のみ。

 

「ご、ごめん! 俺、寝ちゃってたんだぁ!」

「一刀様、次は一緒に頑張りましょうね」

「う、うん、頑張ろう」

 

 

 

 少年は若さ故、密かに――今日も狙っている。

 

 

 

つづく

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