麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

3 / 16
03話 麒麟児の決意と心

 異民族が進攻して来て半年。

 戦いの早い段階で郡の役人だった姜維の母は戦死し、ふた月前に父を失った。

 その後、彼女は身寄りの無い子供の身で一人生き延びてきた。

 そして果敢にも両親のカタキを取ろうとする。

 だが、すでに数か月前、県の役所も何もかもが異民族どもに街ごと焼き払われていた。

 そのため、姜維は郡の太守のところへまで嘆願に向かったが、一度戦っての大敗で恐れをなしている上に、子供である彼女の言葉など門前払いにしかならなかった。

 姜維は自分の軍略や知力に自信を持っていたが、普通に年齢を考えれば認められての活躍までに、あと五、六年は掛かるだろう。

 カタキの異民族の兵団がそんなに長い期間、天水に留まるとは思えなかった。

 

(そんなに待てない! ……外道ども、逃がすか!)

 

 彼女は小柄な子供であったが、腕っぷしにも自信があった。

 そして計画する。一人で本陣へ夜襲を掛けようと。狙うのは指揮官や大将首だと。それを取ったら自分の命が尽きるまで兵らを斬り殺してやるつもりでいた。

 姜維は、剣を握り準備を整え小屋を出る。外はすでに夜の闇である。雲が多く、月は隠れ気味。明日は雨かもしれないと思いつつ、死んだ次の日の天気を気にしても仕方がないなと、思わずフっと笑ってしまっていた。

 繋いでいた馬の所まで行こうとした時に――流れ星が見えた。

 大きい。

 彼女はそれを眺めながら『最後の願い』を静かに祈る。

 

(両親のカタキが一杯取れますように……)

 

 しかし、その流れ星は―――落ちて来た。

 驚きつつも、姜維はソレが落ちた現場へ向かう。

 そして周囲の木々が倒れた中、そこで見つけたのだ。白くピカピカ光る服を着た自らの仰ぐべき『救世主』を。姿から男の人のようだ。

 傍へ静かに寄ると、空から落ちて来たにも関わらずその人物は呼吸をしている。

 

(夜襲は一旦ヤメです。――この方は間違いなく噂の『天の御遣い』様。御遣い様が若輩な私の助言を取り上げてくれれば――そうすれば、諸侯すら動かしてヤツラを残らず滅ぼせる!! 私は御遣い様に後で恨まれても、メチャクチャにされて殺されても構わない! この方を異民族のヤツラに対して『憎悪を持つ悪鬼』にしなければ……)

 

 

 

+ + +

 

 

 

 一刀と姜維は隠れていた山を下り始めていた。

 茂る草と木々の合間の獣道を馬に二人乗りでの逃避行だ。時間は夕暮れに合わせている。

 異民族の兵団と言っても食事の時間はそう変わらない。多くの兵がいるというなら日の登っているうちに兵ら自ら土竈を作り、夕餉の準備があるはずと考えた。

 周辺には彼らの脅威になる兵団もいないとなれば、自然に見回りは手薄となる時間。

 

(上手く逃げさせてくれよ)

 

 一刀は祈っていた――。

 

 出発前に、一刀は姜維から剣を一振り渡されていた。

 受け取らざるを得ない状況だ。生き残るために。

 その時、彼は剣を抜いている。

 そして軽く振る。

 重く感じた。これが人を殺せる『武器』の重さなのかと。

 

 そうして、見つかったら殺される『かくれんぼう』は佳境を迎える。

 山からは無事に下りて来れていた。

 いくつもある山にそう多くの兵は回せないため、予想通り異民族の兵に出くわすことはなかった。

 だが、街道は違ってくる。

 見張りの配置がゼロは有り得ない。ここはまだ異民族軍の駐留地に近く、食事時でも当然交代での巡回はあるのだ。

 目の良い姜維が遠方へ見張りに立つ異民族の兵を発見する。複数人で歩哨に当たっているようだ。

 森の中の迂回を選択するしかない。ただ、下手に迂回すればどこへ行くのか分からない。

 しかし、姜維はこの周辺の地理に凄く詳しかった。それは最後の夜襲を仕掛けるつもりで彼女が記憶していた知識であった。そのおかげで最良のう回路を選択してくれる。

 『死』へと向かうつもりの知識が生きる方へと活かされ、まさに無駄にならなかったと言えよう。

 計五回のう回を繰り返して、異民族兵団の駐留域から一刀らは無事に抜け出ていた。

 

 すっかり夜を迎え周りは真っ暗。時折差す月明かりで、辛うじて見えている程度。

 街道沿いに更に感覚で一時間程移動する。そうして二人は馬を降り、街道から見えない少し離れた傾斜した場所で夜を過ごすことにした。

 布を敷いてはいるが、一刀にとって地面へ寝るというのは初めての経験だ。

 炎の明かりが目立たないように細長目の石を組んで小さい焚火を起こす。加熱された石の遠赤外線効果も狙ったものだ。

 干し肉が少しあったのでそれを食事に当てる。姜維は「私はいいです、主様が食べてください」と言ったが、一刀的にはその逆だ。最大の戦力がきちんと栄養を取るべきだと。

 それは姜維程の者が分からないはずがない。そこで。

 

「伯約、じゃあ半分こにしようか」

 

 一刀はニッコリとそう伝える。全部と言えば彼女は絶対に納得しないだろう。

 姜維は、一刀の表情を見ると全てを悟ったように「分かりました」と言って、申し訳なさそうに一刀が半分こにした……それは不規則に一刀の方が小さい――肉片を受け取って「あっ、ありがとうございます」と彼の配慮を複雑な顔をして食べていた。

 そうして、あとは水だけで夕食を終える。

 そのあと二人は、途中で通過した無人の村や街の事の後、少しだけ明日の話をする。

 無人の街については、死体は無く、どうやら住民らが逃げ出した後の状況だと推測できた。

 

「主様、ここから三里(1.2キロ)ほどの所に街があります。そこは低いながらも四方を塀で囲まれている場所もあり、この近辺では人口も多いところです。その街で御遣い様の旗を掲げましょう!」

 

 凛々しい軍師の表情をして姜維は、一刀へ『決起』を促し小さく吠える。

 彼女が決めたようなら、一刀に逃げ道は無さそうである。

 

「分かったよ。ただ現地で現状を見て最終判断をしないか?」

「はい……異論はありません」

 

 そう答えた姜維は……すでに眠気いっぱいの顔になっていた。夜が深まっている事から、それはまだ子供として逃れられない性だ。

 一刀としても慣れない場所である上、気が張り詰めていたこともあり、二人は早めに休むことにした。

 姜維は初め、布の敷いていない少し離れた土の上の場所で眠ろうとした。

 それは、臣下としての礼儀だろうとは分かっていたが、あえて一刀は無視する。

 彼は「明日、街の者の前に立つ折角の服が汚れるといけないだろう? それに離れると敵に対して不用心かな」といい、同じ布上で寝る様にと告げた。道理に適っているため姜維はそれに従う。

 二人が横になった時、一刀はふと思い付く。

 

「伯約、曹操孟徳と袁紹本初って知ってるか?」

「はい……確か曹孟徳は新進気鋭と聞く陳留の太守で、袁本初は名家で冀州州牧です。両者とも最近力を付けている勢力かと」

「そうか、最近か……」

「はい。それが何か?」

「いや、ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさいませ、主様」

 

 一刀は思う。

 ズレは有るようだが、どうやら本当にここで三国時代への流れは起こっているように思う。

 ならば、どの陣営が勝ち、どの陣営が消えていくのかは知っている訳である。

 もしかすれば、勝敗のその理由も一刀の知る知識とある程度『同じ』可能性もあるのだ。

 理由はどうあれ今は『生き残ること』が先決。つまり――

 

(……曹操が勝ち始めるころから、曹操の領土に居る事が一番安全なんだよな)

 

 一刀はそう予想付けた。

 当面はそれまでに、姜維の願いを適えられれば十分と考える。

 その後の事は、その時に考えよう……と。

 

 仰向けになっていた一刀はふと、右側に横向きで休む姜維へ目を向けた。

 昼間は力強い剣技を見せた姿もその実、一刀より四十センチは低い小さな子供の体である。上に掛けるものは無く、夜空の下でやはり寒いのか丸まっている様に見えた。

 旧暦から季節は、春の辺りかということで結構寒いのだ。

 彼の方が焚火側に寝かされていた。そのため一刀が壁になって姜維に温かさが届きにくい状態でもあった。

 ここで一刀は一計を講じる。

 子供の寝入りは眠りが深いため、起きにくい。

 そこで姜維を火元側へそっと抱き上げ、寝かせる。

 

(……軽いなぁ)

 

 その外側に一刀が寝そべった。

 この方が二人とも温かく寝れる。制服の上着も二人に掛かる様にして彼は横になった。 そうして、彼もウトウトし出し眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

『維よ、維よ……』

 

 姜維は夢を見る。

 久しぶりに温かい夢を見る。

 

『母様?』

 

 姜維は母の言っていた事を思い出す。

 

『我が家の真名はね――――相互信頼を望む方に許すのですよ』

『はいっ、母様―――』

 

 姜維の母は父と並んでニッコリと微笑んでいる……。

 

 姜維は、ゆっくりとぼんやり目を覚ました。

 

(……温かい?)

 

 気が付けば日が昇ろうとしているのか、周囲は薄明るくなっていた。

 横目で何気なく空を見ていたが……ハッとなる。

 そして、寝た時と自分のいる位置がオカシイ事に気が付いた。自分がいつの間にか焚火側で寝ているではないか。

 さらに―――自分の方から主様のお腹と胸に抱き付いていた……。

 主様からも手が彼女の背中に優しく回っている様である……。

 加えて『天の御遣い』様の象徴とも言える、あの制服まで掛けられていた。

 

(――――~~~~~~~~~~!?★)

 

 ―――彼はなんて優しく暖かいのだろう。

 この二か月間、少し生意気な戦災孤児など誰も相手にしてくれなかった。

 行く先々で冷たい目線に、冷たい仕打ち。

 大陸の、一般的に身内を大事にする風習が冷たさに拍車をかける。

 そして地獄の門へと向かおうとした直前に天から現れた、復讐への『希望』のお方。

 彼女は、感情を切り離して接するつもりでいた。『彼』から手荒く扱われた方が、ゴミ扱いされる方が気が楽であった。

 しかし――まだ一日と経っていないが、彼の行為のひとつひとつが温かい……。

 

(主様はとても優しいお方……。私には過ぎたるお方。そんな方へ私は……復讐に協力させるために、これから異民族らへ憎しみを抱き悪鬼の如く振る舞う心を植え付けるのが目的です。ああっ……一体どうして……そんなに優しいのですか……私はどうすれば……)

 

 姜維は、暖かい一刀のお腹に額を静かに当てると目尻から涙がこぼれた。

 

(主様……すみません……私には貴方様と信頼を共有する……真名を呼んでもらえる資格がありません……)

 

 彼女は、優しい主に申し訳なく静かにしばらく泣いていた。

 

 

 

 日が昇り、二人は支度を整えると馬に二人乗りで跨る。

 そうして、街道を目的地の街へと向かって進み始めた。

 

 

 

つづく

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。