麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

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04話 戦闘 と 足掛かり

 一刀と姜維は馬に二人乗りで、森の深い山々を擦り抜ける形で、両脇に髙い木々の迫る街道を進む。

 少し空へ目を向けると雲間からは日が差し、天気はまずまずと言ったところ。今日は雨で濡れる心配はなさそうに思える。

 一刀らは、一応周囲への警戒を怠らない。

 姜維の話で、少数な異民族の別働隊も存在すると聞いていたためだ。

 時折一刀も後方へ目を向けている。

 姜維は気付いていた。

 彼に、『天の御遣い』様に武人の心得があることを。

 昨日主へ剣を渡した時に、鞘から抜いて振って見せた動作で確信していた。

 また、会った当初は状況が分からず慌てている様子で隙だらけであったが、『腹を括った』と思われる異民族の兵らとの擦れ違い際の戦闘の後からは、注意深く落ち着いている。

 普通、あれだけの人数の兵から一方的に追われれば安眠は難しいのだが、主は昨晩も普通に休んでいたように思えた。

 

(………――っ!)

 

 姜維は安眠に連動して、今朝の事を思い出していた。

 温かく優しく『天の御遣い』様の主に包まれていた事を。

 彼女は今朝一度、目が醒めつつ、悲しくて泣きながら再度寝てしまった。

 次に、日が僅かに昇った所で主に起こされたのだ。

 そのとき姜維は――再び彼のお腹と胸へしっかりと抱き付いてしまっていた……。

 バッと慌てて立ち上がり離れたつもりが、酷い寝起きで足腰に力が入らず倒れそうになったところで、一刀に優しくしっかりと抱き止められてしまう。

 

(――――~~~~~~~~~~!?★)

 

 姜維は真っ赤になって「すみません、すみません」と何度も頭を下げて謝った。

 だがすでに、普通の子供と同じようにしっかりと抱き付いている所を、バッチリ主に『見られて』しまった……。

 

(あぁ、何て子供な……恥ずかしい)

 

 その時もあの方は、優しく微笑んでくれていた。

 そして今もである。

 主である一刀が組む手の当たるお腹が、抱き付かれている背中が――温かい。

 姜維は心が安らぐ思いでいた。

 どうしたことか、自然とここで姜維の頬が少し赤くなって来る。

 彼女は目を閉じ頭を一回振った。

 

「どうかした?」

「いえ……ちょっと虫が」

 

(いけない。私は尊く優しいこの方に異民族への増悪を植え付け、悪鬼に変えて復讐に利用しようとしているのに。そんな酷い事を考えている私が、さらにこの方へ心の拠り所を求めては……頼っていけないのだから……。でも代わりに私のこの『体』も『命』も、すべてを込めて尽くしますので――)

 

 

 

 

 街道の木々が開けて、少し小高い位置から望む。

 山々の間に平地が広がっている。そこには河と街が見えていた。

 

「あそこか」

「はい、天水郡の北側にある顕親(ケンシン)県の街です。さあ、向かいましょう」

 

 大陸風なのか、この距離からでも街全体が朱い。

 姜維から事前に聞いた話だと人口は六千人ほど。この街は馬騰の勢力に近いためか、未だ大規模には襲われていないはずという。

 異民族の間でも、馬騰の子である馬超の勇猛な強さが伝わっているらしい。

 そのため、天水北側に向けて大軍を集めての侵攻は、馬家への挑発と取られるのを避けて余り行われていないと言う。

 また、異民族の兵団の総勢は五千程。これは太守が率いた軍を破った時に集結した戦力数と聞く。

 だが天水は、漢の国のかなり内部(250里=100キロ程)の地域。そのため今の敵戦力は本体が本国近くに戻った形で間延びしているらしい。なのでこの近隣で動かせれる兵力はせいぜい二千人程と言う。

 しかしそれでも、この周辺の街や村の個別人口は少数で、防御施設も一部にしかない。太守も動かず、誰も止められない状況が続いていた。

 

 二人は馬を進めて、街のある平地へ向かうなだらかな坂に変化した街道を折れて曲がる。

 そこで、先ほどまで見えなかった道の先に――異変を捉えた。

 異民族の兵装を身に付けた小隊に取り囲まれた馬車が見える。

 まだ闘っているようだが、多勢に対して馬車側は明らかに劣勢だ。

 

「主様……」

 

 姜維からは『どうするか?』と聞かれていた。

 彼女の雰囲気に『戦いたい』という思いが出ている。

 一刀には、彼女が両親らのカタキである異民族に対して『鬼』になっているように思えた。

 だが、昨日の大勢に前後を挟まれた状況とは違い、主である一刀の危険を避けて戦わず逃げる事も出来る状況なのだ。だから彼女は確認してきていた。

 しかし逃げれば、前の攻撃を受けている馬車側の者らは皆殺しとなるだろう。

 彼女の家族や知人ら、そしてこれまでに見て来た無残に殺されていた多くの村人らのように……。

 

「……勝てるか、伯約?」

「私なら」

 

 彼女は、小さな背中越しにそう自信有りげに難なく即答する。

 すごい事だと。一刀にはこれだけ才能があれば、彼女は平和な地に移っても暮らせて行ける様に思えた。

 しかし、ヌルい生き様は選ばないというのか。日本で平和に暮らしていた彼とは違って。

 だが、今は一刀も同じ『選択に生死が頻繁に掛かる』、逃げられない全力の世界にいる。

 彼もすでに昨日から『腹は括って』いるのだ。

 彼の祖父は言っていた。『人に括目して生きよ』と。

 一刀は静かに唾をのみ込んだ。恐怖と共に。

 

「――行こうか」

 

 姜維は「はっ」と嬉しそうに主へ答えつつ、馬を前方へと走らせる。彼女は素早く小音で剣を鞘より抜き去ると、敵兵の後方から突きの連撃を彼らの首筋へと正確に突き入れていた。多勢な人殺し集団相手に卑怯も何もない。

 あっという間に五人が地に卒倒するように倒れ始める。

 それらが崩れ落ちる前に、後方の異変に気付き振り向いた兵らの顔面へも順次突きの連撃を叩き込んでいた。そして、返り血を受ける前に華麗にすり抜けていく。

 あっという間に十数人の歩兵を倒していた。

 それでもまだ、一部が騎兵な二十人程はいる。

 姜維らの乗る馬は敵小隊の外側付近を抜けて来ていて、馬車の傍まで来ていた。

 馬車は天板を支える四本の柱のみの形式で、御者と兵三名と服装の良い文官のような人物が乗っていたが、すでに兵二人は血だらけで馬車内で膝を付いていた。

 その他、護衛の騎馬五騎程が前面に出て頑張っている。

 異民族兵らと馬車の間に、姜維の馬が割り込むと一刀も剣を抜いて叫んでいた。

 

「今のうちに、馬車を街へ走らせろ!」

 

 その声に御者が反応した。御者は片手に持っていた剣を急いで鞘へ納めると、馬首を返して反転し街へと走り出す。

 馬車の走り去る様子を見届けるまでも無く、姜維は異民族兵らの中へ果敢に馬で踏み込んで行った。

 姜維の剣の突きは鋭く早い。一度喉や顔面、胸を突かれた相手は全員反撃して来れなかった。

 そうしてさらに彼女が異民族の騎馬兵らも含め十余人を倒すと、残兵らは逃げ出し始める。一刀が一手も手を貸すまでも無く……。

 残っていた馬車護衛の騎馬兵からは「助かった」と声が漏れた。

 彼ら全員息が上がっていて、ギリギリであった。皆傷だらけで、傷を押していたのか直後に二人が落馬する。

 一方、姜維は敗残兵らを――どこまでも追おうとしていた。

 すでに彼女の目の色が変わっていて、口許がニヤけている。瞳が烈火の如く燃えている。

 逃げる彼らの後ろからでも叩き切る、突く。

 まさに子供が、逃げ回る蟻を無慈悲に踏み潰す様に。

 一人も―― 一匹も逃さない!

 

 カタキは――殺す。 殺す、殺す、殺す、殺す、コロス――コロシ尽クス――――。

 

 彼女は剣を大きく振りかぶっていた。目の前の死への恐怖に腰を抜かして座り込んでいるまだ随分若い少年の異民族兵に向かって。

 

「伯約、もういいよ」

 

 小柄な彼女の頭の上に、一刀は自らの顎をコンと乗せた。

 ハッと姜維は我に返る。

 一刀は目の前の、座り込んでいる一刀より若い少年の異民族兵へ言った。

 

「早く国に帰りな。次は死ぬぞ」

 

 その異民族兵は這うように背を向けると、フラつきながらも必死に走り去って行った。

 

 

 

 一刀らはその後、騎馬兵らへ血止めの応急手当を先に済ますと、迎えの応援を呼んでもらうため、まだ動ける一番軽傷の騎馬兵に街へ戻ってもらう。

 迎えの応援が来るまで、一応一刀らは護衛に残ろうとした。

 だが、迎えを呼びに出してすぐに一軍がやって来た。おそらく街へ向かった馬車が知らせて寄越してくれたのだろう。

 そのため、漸く一刀らは街へと進める事になった。

 「ではお先に」と街へ向かい進もうとした頃、更にもう一軍と先程の馬車がやって来る。

 馬車が止まると後部から、街へ行かせたあの文官が降りて来た。そして一刀らへ礼を取る。

 

「お二人には、先程危ないところを助けていただき、感謝の念に堪えません。わたくし、県令補佐官の楊(よう)と申します」

「いや、無事で良かったです。俺は北郷、この『女性』は姜といいます」

 

 馬上から一刀が答える。

 姜維が、後ろの一刀へ僅かに窺う様子を見せたからだ。ここは二人の内の上位者が答えるべきところである。ついでで、姜維が少しでも子供扱いされないように『下駄』を履かせた。

 上位者を確認した楊は、一刀へ目線を合わせて尋ねてくる。

 

「では北郷殿。失礼ですが、お二人はこの後、どちらへ?」

「これからあの街へと向かうところです」

「左様ですか。それならば、是非まず当家へお越しください。ご案内いたします」

 

 前を見ていた姜維が、再び少し振り向くと小声で囁いた。

 

『主様、まさに渡りに船です。ここはお受けください』

 

 一刀は小声で「うん」と告げると、楊に向かって「断るのも失礼に思いますので、お言葉に甘えて」と返した。

 

 

 

 

 一刀と姜維は、顕親(ケンシン)県の街中にある楊の屋敷へと招かれ、其々広めな一室に通されていた。そして今は一刀の部屋に集まっている。

 昼食まで今しばらく時間もあり、それまでゆっくりするようにと言われている。

 一刀的には丁度良い時間だ。

 

「さて、これからどうするつもりなんだ、伯約?」

 

 一刀としては、招かれたこの家は裕福そうで、確かに数日寝るところぐらいは確保出来たように思える。

 しかし、二人のこの街での目的は『天の御遣い』の旗を掲げるという大業である。

 姜維は昨夜、そう口にしていたが実際の所、これは容易な事ではないと考える。

 まさに自分達の一大拠点を作るという事だろうから。

 まず、とても大事なモノを一刀らは殆ど持ってないからだ。

 

 ズバリ、大量のお金だ。

 

 『旗上げ』とはつまりは兵を持つことなのだが、永続的にそれらを持つには当然維持費が掛かるということである。

 数も十人や二十人では意味が無い。敵の数から考えても百人千人単位で雇用、維持することになるのだ。

 定期的な大量の収入が必要と言える。

 一刀としても『腹を括って』本気を出して考えているが、日本では自分のお小遣いですら、ほぼ親からもらっていた身なのだ。 

 正直先日までただの一学生であった一刀が、いきなり大企業を作るような話について、良い手段を思いつかない。

 ここは、軍師姜維の言葉に傾注したい。

 

「もちろんここで『旗上げ』します」

「……義勇兵でも募るつもりか?」

 

 三国志にはつきものと言えよう。劉備がそうしていた。しかし、どうやって維持していたのだろうか。

 そこで一瞬、一刀は閃きかける。

 

「いいえ。それはもう少し後でしょうか。今はお金がありませんから」

「……やはり、義勇兵を雇うにはいるよなぁ、お金が」

 

 一刀の閃きは輝きを失った……。

 姜維は気負うことなく話し出す。

 

「まず、『天の御遣い』様の話をします。そして、この街にいる兵を少し借りるのです。先ほどの戦闘はよい信用にも繋がりました。まあ、あの件が無くても実力を見せる機会を模索したでしょうが……手間が省けました。きっと兵を貸してもらえるでしょう。異民族軍についてはどの街も非常に困っているのが現状なのです。次に異民族軍のより正確な位置情報を探らせます。そして勝てそうな敵から倒していきます。敵に強い指揮官がいなければ、今日の様に大勝出来るでしょう。そうして実績を作ります。そうすれば次はもっと多くの兵を借りれるでしょう。うまく行けば近隣の他の県の兵も。また実績を作ればそれは大きな信用を生みます。そうすれば、今度はお金を集める事も出来る様になります。それからです、義勇兵は」

「……時間は大丈夫なのか?」

「ここでの時間は、予想では三月も掛からないでしょう」

 

 「そうか」と一刀が答えて間もなく、二人は昼食の席へと呼ばれた。

 旗を掲げる為への道を付ける試みの場が始まる。

 

 

 

つづく

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