麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

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07話 疑惑の目 と 援軍少女

 一刀は、楊達(ようたつ)の助言と眠れる姜維の助勢もあり、顕親県県令から県兵百を借り受けることに成功する。

 今、その一時指揮権を得た兵のいる街の東門へと馬車で一刀はやって来た。

 白地の生地へ墨で丸に十文字の旗を掲げて。

 

「仲言殿、ありがとう」

「北郷殿、御武運を。家族共々無事な帰りを待ってますよ」

 

 楊達は、馬車から一刀を下ろし守るべき家族の待つ屋敷へ戻って行く。

 彼曰くあと一時……現代時間で後二時間もすれば日が昇るという時刻らしい。

 文官の彼にはここまでだ。ずいぶん世話になった。

 この場へ着いた時も、横に立つ県令補佐官の彼の顔が生きた。

 街の警備の長である李績からの、指揮を任す旨の竹簡を東門守備の隊長郝(かく)に確認してもらう際も、速やかに新たな指揮官として認められた。

 その時一刀は、名に続き『天の御遣い』を名乗り、右手に旗を掲げた竿を持ち、背中に姜維を背負ったままであったのにだ。

 世話になった分も頑張ろうと一刀は思う。

 この街はすでに、倍の兵力に包囲され死地に近い状況だが、それを覆すために。

 しかし正直、自分だけではどうしようもない。

 

(――日が昇る頃、姜維は起きる)

 

 希望はある。恐怖を抑え込み、少年は進む。

 姜維を背負ったままな一刀は塀の外を確認するため、早速抜刀して門の脇の階段を使い塀の上へ東門の守備長と共に上がる。塀の外からは殺戮の雰囲気が漂う。

 その中で姜維は、依然足まで絡めてしっかりスヤスヤと抱き付いて寝てくれていた。

 今の一刀は、指揮官を買って出ている立場でもあり、怯えている暇などない。

 門上には、急造ながらすでに北郷隊の旗も翻っていた。

 塀の高さは5メートルほどだ。凹な攻撃孔も作られ、兵らが所々で敵の動きに警戒待機している。

 塀を飛び越え、偶に一刀らを殺す為に狙う矢も飛んで来る。

 一刀はそれを剣で弾き落とす。その剣先には殺気が籠っていた。

 彼の剣は、すでに敵を倒す為に抜かれている。

 東門に迫る時点で、塀の外からの銅鑼の音や異民族軍の襲い来る声以外に――多くの人々の逃げ惑う悲鳴や断末魔の様な叫び声が聞こえて来ていた。

 すぐそこに、皆殺しを行なう悪鬼達が蠢いている。

 ヤツラは略奪も目的としているため、すぐには火矢を使わないようで、いまだ周辺に大きな赤い炎の熱や色は感じない。

 塀の上の矢間と言える攻撃孔から東門の外を見回す。

 建物は今もまだ雲間の月明かりの下に残っていた。

 だが……生きた人はもう少なそうに感じた。松明を持って少数で徘徊する兵らがいくつも確認出来る。

 

「ひどい状況だな」

「はい」

 

 壮年な守備隊長の郝が相槌をくれる。

 この街は全体に対して塀がある区域は六割ほどと聞いている。襲来までにどれほどの民衆が、塀の中に逃げられたのかは分からない。

 東門から少し離れた所に異民族軍の一団が有り、門からの出撃等に対応できるように手を打っているようだ。

 門の周辺対応に七十。街中に五人一組ほどで八十人ほど。対東門の総勢はざっと百五十辺りと、郝が斥候からの情報を伝えてくれた。

 一通り確認し、一刀らは塀から降りて来る。

 今、一刀が考えているのは、敵五人隊への奇襲による各個撃破である。

 それなら個人戦に近い。

 一刀は集団戦の闘い方を良く知らないのだ。

 

「兵の中で腕が立ち、門の外に家がある者から少数の奇襲隊を結成する。もちろん先頭には俺が立ちます。すぐに五人程集めて欲しい。あと、門の前の集団を頼みます」

「……分かりました。門の方は任せてください。引き付けておきます」

 

 この劣勢を変えるには、誰か何かを変えて動くしかないのだ。

 郝も噂で聞く『天の御遣い』を態々名乗る男が、何をしてくれるのか気になっていた。

 すぐに五人が集められ、門から南側で比較的敵の関心の薄い塀の死角から綱を下ろし、外へと一刀らは降り立つ。

 その直前、背中の姜維について「預かりましょうか」と尋ねられるもそれについては断った。鹿児島では結構な負荷を付けて素振り等の訓練をしており、姜維程度の加重ならそう問題は無い。

 驚いたのはそう聞いて来たのが女性兵であった事だ。彼女だけでは無い。東門の守備には十人以上もいるのだ。

 更にそんな彼女たちは弱弱しくない。

 十人隊長のうち、実に四人が女性である。

 そして、一刀に続く五人の内、女十人隊長の二人が入っていた。

 

(……どうなっているんだ?!)

 

 三国志で女性兵士らが出て来るのは南蛮征伐の時ぐらいだ。

 しかし今は、深く余計な事を考えている時間はない。

 一刀らは動き出す。

 周辺の立地に詳しい隊員兵らに、抜け道や近道を案内され移動する。

 目標のヤツラは、ご丁寧に目印となる松明を持っている。

 一刀は、なるべく東門から離れている五人隊から狙いを付ける。

 静かに剣を抜く。切るために。

 だが、切られる覚悟もしている。条件は同じだ。

 ヤツラは、剣をすでに抜き身で持って歩いていた。血が付いている剣も見えている。

 

 ――もはや非人道的な悪鬼達に躊躇うことなど無い。

 

 松明を持つ一団の後方から、無言の一刀が先頭で突っ込む。

 横を走り抜けながら五度、剣を振るった。

 微かに足音を感じほぼ振り向いた順にだ。

 突く、突く、なで切る、突く、なで切る。首元を。

 僅かに叫び声が上がるも、即続く五人が止めの追い打ちを掛けた。戦闘は時間にして十五秒ほどか。

 異民族軍の兵の躯が五つ、道に転がった。

 一刀は、人を切った。

 生き残るために、人々を助けるために。だから今は振り返っている間などない。

 

「次に行こう」

 

 他の隊員は、一刀の働きと力に全員「はい」と頷く。

 一刀達は次の目標を探し出す。

 

 彼らは三十分程で、六つの隊を倒していた。

 作戦の性質上、皆殺しである。劣勢な街側に見逃す余裕などなかった。

 だが、さすがに異民族軍側も五人隊の個々撃破に気が付いたようで、隊を十人に纏めだす。

 

 それでも――一刀は先頭で切り込んで行った。

 五人までを一気に首元への連続攻撃で戦闘不能にした上で、残り五人へも剣速を武器に一人二人と正面から切り倒していく。

 一刀に気を取られている後方から、残りの五人が追い撃つ。

 さらに、駆けつけて来た十人隊も何とか全員返り討ちにする。

 

「ほ、北郷様、お強いですね」

「本当にっ」

「いや、みんなのおかげだよ」

「御謙遜を、見事な剣技です」

 

 そんな声を掛け合うも、皆、顔が強張っていた。生き延びる為の必死さに。

 一時間程で、五十人も倒したがまだまだいる。

 だが、長居は無用だ。

 無傷で東側戦力の三分の一を減らせば十分だろう。

 一刀達は一旦塀の中に戻ることにする。

 先程塀から降りた付近に戻り、途中に足掛けの輪のある綱を下ろしてもらう。

 一刀が殿に、塀の上でも矢を番え援護の体勢で退却する。

 五人の兵らが無事に綱を上り、彼の番になったときだ。

 矢が飛んで来た。

 彼が上る前に一応と後ろを見た瞬間だ。

 剣で打ち払うも、目の前に二十人程の歩兵が現れた。

 

(――! まずい!)

 

 塀の上から矢の援護射撃が始まるも、異民族兵からも応射されていた。

 姜維が居る為、背は向けられず、急いで綱を上がることは出来ない。

 ヤツラは十人程が一度に一刀へと迫った来る。

 

 一刀は一人、追い込まれた。

 

 剣を握る手へ一気に汗を掻く。

 そして、思わず背を向けていた塀に一歩下がった。

 すると――『ゴン』と鈍い音が……。

 

「い……痛いです。主様……」

 

 どうやら『起こしてしまった』ようだ――修羅を。

 間もなく、塀の上の弓を構えていた味方な街の兵らは矢を撃つのを止めた。

 その必要は無さそうだから。

 一刀は、一分程で姜維が二十人ほどを「コロス、コロス、コロス、殺すぅぅーー!」と、目の色を変えて倒すのを止めずにただ眺めていた――。

 

 

 

 日が昇った。

 銅鑼の音は日が昇る前には止んでおり、結局異民族軍八百余は塀の外の区域の占領と掃討に注力し、塀の中については今も警戒するに留めている。

 そうして東門へも、まだ少し赤い明るい日差しが向かって来ていた。

 

「主様! 色々と、すみません、すみません、すみません」

 

 一刀と姜維も無事に東門の塀内へと戻り、今は守備兵らが宿舎に使っている東門の傍の館で配給された粥のような朝食を頂く。

 その席の傍らで、夜中に寝続けてしまい完全なお荷物になっていた姜維は、一刀へ頭を垂れて深々と礼を取ったまま朝食に手を付けずにいた。

 

「伯約、もういいから。ほら、お前も一緒に食べよう」

「いえっ、そうはいきません。主様の命の危機に、お背中で心地よく寝てしまっていたのですから、私には罰が必要です!」

 

 姜維は頑として聞きそうにない。一刀は目を瞑る。

 

「そうか……一緒に食べたくないんだな」

「ケジメです」

「……分かった。では伯約、イヤな罰を与えよう」

「……はい……(あぁ、主様にキビシク折檻されてしまう。でも、これでいいの……)」

 

 一刀が立ち上がり、彼女に近付いて来る。

 すると、頭を下げ礼を取ったままの姜維は、一刀からひょいと急に背中側の脇下から抱えられ移動させられると、再び座った一刀の膝の上に座らされていた。

 彼女の豊かな腰まで届く灰色の髪から、心地よいお日様の匂いがする。

 

「あ、あの、主様?」

「ほら、伯約。あ~んだ」

「――――~~~~~~~~~~!?★」

 

 一刀は、彼女のお椀から蓮華で粥を掬い彼女の口許に運んであげる。

 彼の考えていた彼女のイヤな事とは、今『姜維の嫌な事』であった。

 でもこれは……あ~んは、彼女にとって『ご褒美』になっていた……。

 温かい膝の上へ優しく抱っこされて、主様の御手から食事が貰えてしまうのだ。

 姜維は複雑な心境に、顔を耳まで真っ赤にしてしまう。

 一刀は話し出す。

 

「さっきも、伯約は俺を助けてくれただろ? 起きるまでは君を俺が助けていた。それでいいんじゃないか? 気にするな。これは感謝の気持ちだよ」

「で、でも……(お尻と背中が温かい。嬉しいですけど……でも恥ずかしい)」

「ほらほら」

「はい……(主様、優しすぎます……)」

 

 小さな口を開けて彼女は、食べさせてもらい始める。

 二人は目を合わせるとニッコリする。

 暫しの平和な時間であった。

 

 この後、県令に呼び出されるまでは―――。

 

 

 

 

 日が少し昇った頃、数を減らした東門外の異民族軍に応援が寄越され増強された模様だ。

 その対応を東門の守備隊長の郝らと話し合っていた時のこと。

 早馬によりひとつの伝令が届けられる。

 一刀と姜維に対し、県令の館への急な出頭を命じられたのだ。

 一刀と塀の外に出た女十人隊長の二人も同行せよとの事である。

 事情は不明だが、その使者の厳しい雰囲気から、良い件ではないとの予感があった。

 そうして県令の館の謁見の間に一刀と姜維は足を踏み入れる。

 すると……楊達が県令の前へ縛られ連れて来られていた。

 そして県令の高続(こうぞく)が一刀らをも謗(そし)る。

 

「き、来たかぁ、この……裏切り者どもめが」

「!?――」

 

 姜維と一刀はそれで、呼び出された用件を理解した。

 それをなぞるかのように、県令の座る席の少し横に立っていた文官が語り始める。

 

「そこの楊仲言は、県令を補佐する身でありながら、敵と内通し街の軍事情報を渡していたと異民族側からの矢文で知らせがあった。そして、こやつと結託し同胞の多くを殺した変わった白い服の男と小柄な女剣士を渡せば、全軍を引き上げると言って来ている。断れば、まだ生かしてある人質百人を殺すとも書かれている。よって、両名も捕縛する」

 

 席に座っている臆病な県令は、連続する事態の急な変化に、平常心を無くし終始青い顔をしている。

 そうして、文官が合図をすると、警備責任者の李績を始め、剣を抜いた兵達に一刀らは囲まれた。

 

「北郷殿、県令の命である。縛に就いてもらおう」

 

 李績の言葉に、これはやばいと一刀が思った瞬間。

 姜維が、その少し幼くも美しい声で広間に響くように堂々と叫ぶ。

 

「お待ちあれ! なぜこの街へ不意な夜襲を掛け、皆殺しを行なっている異民族軍側の妄言を取り入れているのか! これが、まさに敵の離間の策であると進言します! 今、苦しいといって焦ってはなりません!」

「むぅ!?」

 

 彼女の諭す声に李績が唸った。

 姜維は語り続ける。

 

「そもそも、楊仲言殿は良き忠臣。音も葉もない話なのです。大体証拠はあるのでしょうか? 昨日、仲言殿は県令様の最近の心労を和らげる良いお茶をと、街の外までわざわざ求めに出たと聞いております。彼は運悪く襲われたに過ぎません。遠方から来た我らとて偶々遭遇したのですから、街に住む仲言殿が襲われない道理がありません。加えて、主と私を引き渡せば、全軍を引き上げると言って来たとの事ですが、先程我々二人と数名の奇襲隊は、東門の外で一時と掛からず一兵も失わずに七十名程の憎き異民族らを倒しました。その我々がこの街から居なくなって、誰が喜ぶのでしょうか? それで外の悪鬼達は本当に去ると思いますか? それは――否ですよ」

「う、あぁぁ……」

 

 県令が、その死にたくない一心の青い顔から、汗を吹き出たせて狼狽し始める。

 横に立つ文官が東門の戦果の事実を、同行の女十人隊長らに確認し、「間違いない戦果です」との報告を受ける。

 その戦果に、文官も目線を横に逸らせて押し黙る。

 姜維が希望の言葉を続ける。

 

「今しばらく一軍をお貸しいただければ、人質を助けたうえで、『天の御遣い』の我が主が異民族軍を街から追い払って見せるでしょう」

 

 ここで、姜維が一刀へと目線をくれる。一刀は自分の言葉で県令に伝える。

 

「『天の御遣い』の俺に任せてください。この街に平和を取り戻します。そのためにこの街へ来たのですから」

 

 その、言葉に李績も県令へ進言してくれる。

 

「県令様。私も北郷殿らの一兵も失わなわずに成した大きな戦果を伝え聞いております。今は追い詰められ苦しい時。また昨今、周辺での非道な異民族軍相手に、このような痛快なる戦果を聞いたことがありましょうか? 私も武人の端くれ。残虐無比な異民族らとどちらを信用するかと言うのなら、間違いなく『天の御遣い』北郷殿の言葉を信じます」

 

 それが決め手になった。

 県令が楊達の捕縛を解くように命じ、縄は解かれ「す、すまなかった、楊達。今まで通り務めを励め。儂は死にたくなかったのじゃ」と述べ、そのあと一刀へと告げる。

 

「……ほ、北郷殿、不躾な呼び出し……大変失礼した。改めてお願いする。『天の御遣い』の力で助けてくれ……」

「分かりました。出来るだけ早く最善を尽くします」

 

 そうして、一刀らはバレると危険な疑惑の窮地を切り抜け、何事も無く足早に県令の館を、楊達、一刀、姜維の順で後にする。大体まだこの街の窮地は続いているのだ。一刀達は速やかに、一触即発な持ち場の東門へ戻る必要があった。

 

「北郷殿、伯約殿、感謝する。あのまま異民族軍へ引き渡されるところだったよ」

「伯約のおかげかな」

 

 皆、この件に多くは語らない。 

 一刀が姜維の後ろ髪をナデナデしてあげる。

 彼女は恥ずかしそうで嬉しそうに目を上目づかいで呟く。

 

「い、いえ……、寝る所が無くなると困りますし。婦人や雪梅殿ら家族が悲しむでしょうし」

 

 楊達と一刀は顔を見合すと、テレている姜維を笑顔で見ていた。

 そんな三人の後ろから声が掛かった。

 

「北郷殿と伯約殿。悪いが今後の作戦について、急ぎ話をしたいのだが」

 

 警備の長、李績であった。その厳しい内容が彼の表情から伺える。

 姜維も、大人びた表情で答える。

 

「こちらもそのつもりでしたので、では早速」

 

 それを見聞きすると、楊達は「私は、歩いて帰りますので」と屋敷へ帰って行く。

 一刀と姜維は李績に従い、県令の館の表にある警備の役所の一室に通された。

 

「単刀直入に言おう。人質の件に付いては、時間が余りない。引き渡しは本日夕刻なのだ。それまでに解放しなければならない」

 

 今は、早朝を過ぎ朝の良い時間だ。

 なので期限までは現代時間ならあと七、八時間程だろうか。

 今、斥候でも腕の立つ者に監禁場所を調べさせているらしい。

 姜維がまずやるべき事を警備の長へ伝える。

 

「街で臨時の兵を急ぎ集めて欲しいのです。数は二百。街の兵役経験者でなんとかなるはずです。そして救出に向け、今の兵力から五十人の精鋭の選抜をお願いします」

「臨時兵と選抜はすぐに何とかしよう」

 

 早速、李績は数名の部下を呼ぶと指示を伝えた。部下らは急ぎ伝令を持って散って行く。

 そうして、彼は尋ねてくる。

 

「だが、それで助けられるのか?」

「一番厄介なのは複数個所の建物や場所に閉じ込めての火刑です。人質は手や足を縛られているはず。敵兵の一人でもそこへ火を付けられたら短時間で終わりです。こちらとしては一番助けにくく全滅の可能性が高い。まずそれから想定します。精鋭五十はさらに十人隊程度に分け、敵陣側の火の元をまず全て処分します」

 

 一刀が相槌的に語る。

 

「そうか。それ以外だと直接手を掛けないといけない、か」

「残虐的に見せしめるには、公開で行うその手が濃厚ですけど。一人ずつだと時間が掛かります。短時間だと人数を掛けないといけません。また百人も実行する必要はないでしょう。なのでそもそも今、百人も生きているのかも微妙なのですけど」

「……それも有り得る話ではあるな」

 

 姜維の厳しい内容に、李績は同意するも表情は曇った。

 その様子を見つつ軍師が口を開く。

 

「その点については、斥候の正確な情報次第ですね。後は三百の兵を少しの間、私が率いて敵の本隊に切り込みますので。その隙に門から塀の中へ精鋭五十で出来るだけ人質を逃げ込ませてください」

「伯約……得意の力ずくか? その間、街を守るのは二百五十か」

「ふふっ。主様、悪鬼相手なら当然です。私がすり潰します。ヤツラを正面から強襲すれば混乱し、一時的に街や人質どころではありませんからね」

「ははっ。そうか……じゃあ、人質救出の精鋭は俺が率いるしかないよなぁ」

「すみません、すみません」

「まあ、小数戦なら任せてくれ。なので、李殿は街の防衛側をお願いします」

 

 そこで、李績は難しい顔をするとこう言ってきた。

 

「私も『御遣い』殿と出る。街の守備は東門の郝(かく)にしばらく任せても問題ないだろう」

「えっ?! しかし――」

「私も軍勢を率いるのがそれほど得意ではないのだ。是非異民族の奴らに直接一泡吹かせたい」

 

 姜維と一刀は、顔を見合わせるも同意した。

 一刀達は一度東門へと戻る。その際、郝へ李績からの指示を伝える木簡を手渡した。

 そうして小一時間程すると斥候の情報が届けられる。

 

「……人質が百五十人ほどもいるとはね」

「ええ良い話ですが、その分大変ですな」

「今回は奴隷として売り払うつもりなのかもしれませんね。女と子供が殆どのようですから。処刑には男を数名だけ使うのかと。収容場所は主力の西門側ではなく……南側の部隊の一角。南側の異民族軍兵力は百二十程」

 

 一刀と郝は難しい顔になる。守備する敵兵力は確かに少ない。

 しかし南側には――逃げ込ませる門がないのだ。

 だが姜維は、主を安心させる様に笑顔を浮かべ伝える。

 

「まだ、時間はあります。主様、ここは工夫しましょう」

 

 姜維は郝にもいくつか提案、指示すると、一刀とともに李績の元へと馬で向かった。

 

 

 

 

 そして、風が強まり空に些か雲が増える中、日は傾き、期限の夕刻が徐々に迫る。

 西門傍の街中に設置された異民族軍本陣では、この顕親県の街への攻撃を任された将で180センチほどもある巨漢の千人長呼伊(こい)が、髭を弄りつつ苛立っていた。

 

「なぜ、まだ何も返事がないのだ? 我々に情報を寄越さない塵(ごみ)と、多くの同胞を殺した小さな魔物とその白い主め。わが初陣の息子に恐怖を与えよって」

「父様、あいつらを早くぶち殺してください」

 

 そこには、一刀により逃がされたあの少年兵がいた。

 この子は、兵力情報を受け取り、用済みな楊達を虐殺する『簡単な任務』の小隊の隊長を任されていたのだ。

 千人長の息子として意気揚々と殺しに行ったつもりが、小隊を失い情報も取り返され失禁して逃げ帰るという恥辱を味合わされたことを根に持っていた。

 

「分かっておるぞ。引きずり出して、皆の前でお前に止めを刺させてやる」

「はい、父様!」

「ようし、景気付けに催促で一人見せしめに殺しておくか」

 

 千人長の呼伊は、直ちに部下へ公開処刑の指示を出す。

 異民族本陣近く、西門からも見える街の広めな通り上には、高さ2メートル、幅4メートル、奥行き3メートル程の木組みの舞台が昼過ぎから用意されていた。

 そしてその上中央には、今、顕親県の街に住む一人の男性が引き出されてくる。

 彼は背中側で手を太い縄で縛られ、足元へ木枠の足枷が付けられ、跪かされていた。

 その右後ろには、良く切れそうな両刃を見せる剣を握った、千人長のあの失禁息子が立つ。

 男性は果たして、突き殺されるのか、切り殺されるのか、首を刎ねられるのか。

 呼伊は舞台の左端の方に立ち、西門の方へ向け叫んだ。

 

「聞け! 漢(カン)の腰抜けな者ども! 西羌(セイキョウ)の俺様の要求に対して返事が遅すぎるっ! よって、ここで罰として虫一匹死んでもらう!」

 

 顕親県の街の西門周辺の塀上には、多くの辛く悲壮な顔をした兵達が立っていた。同胞の危機に指をくわえて見ているほかない今の状況を耐える様に。

 だが、その塀の裏側の西門内には、騎兵数十を含む、兵三百の隊列が揃おうとしていた。

 塀上に姜維も上がって来ている。

 機会が少しずれてしまった。

 あと少し時間があれば先に突撃を掛けれたが……いや、どのみち今のあの状況の彼を救う事は、接近戦に長けている自分があの場に居る以外には無理だろう。

 彼女はその怒りですでに抜剣し「殺す、コロス……」と呟き始めている。そしてその横で、小さな狼煙を上げ始めていた。

 南側の塀の外では、一刀と李績が兵数を七十に増やし、監禁された人質救出に向かう選抜奇襲隊が狼煙が上がるのを待っていた。

 その狼煙が上がったのを確認すると、一刀らは南側の異民族軍へと静かに迫って行く。

 一方、異民族軍の将、呼伊は髭を弄りつつ更に叫んでいた。

 ――よせばいいのに。

 

「はっ、本当に漢(カン)は腰抜けな者ばかりなのだな。それだけの人数がいても、虫一匹助けられないのだからな! くくくっ、誰もいないのかぁ? どうした、誰もいないのか?! ははははっ、そうかぁ、誰もいないよなぁ?!」

 

 

 

「ここにいるぞーーーーーっ!」

 

 

 

 気が付くと舞台の上へ、そう高らかに宣言する少女が一人増えていた。

 それは、少し小柄で橙色の服が可愛い、茶髪で右サイドポニーな女の子であった。

 周りが呆ける中、彼女は目にも止まらぬ動きで右手に持つ槍を一閃。

 剣を持っていた千人長の息子が、今度は小水ではなく血を流しながら舞台上から吹っ飛んでいった。

 

「漢の武人は、腰抜けばかりじゃないんだから。じゃあ、助けていくから」

 

 そう言って、少女はあっという間に人質の男性を片手に掴むと、連れて走り去っていった。

 

「な、なんだそりゃぁーーー?!」

 

 呼伊が吹っ飛んでいった息子の方と、走り去った少女の方を交互に見て、困惑の大きな声を上げた。

 それが合図となった。

 姜維も予想外の展開に、唖然と見ていたがハッとする。

 彼女はひらりと華麗に階段を飛ぶように降りて来ると馬に跨り、周囲へ良く通る一声を上げた。

 

「開門してください! 皆さん、突撃します!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおっーーーー!!」」」」」

 

 西門の塀の上や待機していた部隊の兵達は、思わぬ同胞の救出劇に大いに湧く。

 まさに士気が大きく高まったその瞬間に、すでに抜剣し剣を振り回す姜維率いる三百の兵達が西門から正面の敵陣へと勢いよく飛び出して行った。

 もちろん、白地へ墨で丸に十文字の旗を忘れずに掲げて。

 

 

 

つづく

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