麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

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08話 開放 と 転機

 天水郡顕親県の周辺を荒らす異民族軍による突然の夜襲により、街の塀の内側へ逃げ遅れた住民らの中で女子供のみ百五十人程が、捕虜として生きたまま敵に囚われていた。

 姜維は、敵の注意を引き付けて救出の隙を作るため、兵三百で西門側の異民族軍本陣側へと撃って出る。

 一方、一刀とこの街の警備の長の李績率いる奇襲隊七十名は、街の南側にその囚われている住人たちがいる事を掴み、救出作戦を開始した。

 

 

 

 街の守備兵三百を率いた姜維は、西門より突撃に適した長蛇(ちょうだ)の陣隊列を維持したまま騎馬数十騎の先頭に立ち、猛然と異民族軍本陣へと向かって行った。

 西門傍の市街地に置かれた異民族軍本陣の兵力は三百余。

 彼等は総兵力も八百程あり、これまで襲った村や街の経験から、当初より街側の組織立った反撃は無いだろうと見ていた。そのため、短期間での略奪を重視して四方へ分散した兵力配置になっている。

 そもそも、この地は馬家の勢力に近いため、刺激を避けて大規模な攻撃は情報を得たのち、隙や良い時期があればという感じであった。

 ところが、今回は部族長でもある千人隊長呼伊(こい)の個人的な怒りで戦いは起こしていた。

 門から出て来た街の守備兵の軍勢に、千人隊長の彼は短い時間で辛うじて息子の生存を確認すると、凄い激昂の形相で声を荒げた。

 

「腰抜けどもに何が出来るかぁ、いくぞぉぉぉーーーーー!」

「「「おおおおおおおおおおっーーーー!」」」

 

 臨戦待機していた兵百五十を率いて、迎え撃つため動き始めた。

 姜維の役目は、この西側へ敵の目を引き付けるということなのだが、剣を抜き放った彼女がその程度で終わらせようとは初めから思っていない。

 別に討ってしまっても一向に構わないのだから。なにせ街の西側へ陣取る敵戦力だけを見れば、兵数は互角なのだ。

 姜維の前方から、先程の処刑の舞台へ現れ大声で漢の同胞を馬鹿にした、指揮官と思われるデカイ体格の男が先頭で一軍を引き連れて向かって来るのが目に入る。

 

(父を殺したのは雑兵であったが、母を討ったのは敵の指揮官だと聞いている。指揮官は皆、この手でブッた切ってやる!)

 

 姜維の瞳が怒りに燃え上がる。

 一方、周囲よりも圧倒的に大柄で筋肉が盛り上がる呼伊は己の武力を疑わない。自身の部族一のその剛力と偃月刀の技量を誇っていた。

 両者は名乗りながら激突する。

 

「我が名は天水の四姓が一つ、姜家の姜伯約! 家族を討たれた皆が怒りの剣、今こそ受けてみよ!」

「我は西羌(セイキョウ)の雄、呼一族が当主、呼伊(こい)だ! 漢の小人(しょうじん)の娘が死にさらせぇ!」

 

 両軍の先頭で二騎は交錯した。

 その間で、互いに周囲が空気の渦を巻くような二、三合の応酬が有ったが、そのまま互いの馬がすれ違う。

 姜維はそのまま駆け抜け、敵の一軍へとその槍衾の先を数本切り飛ばしその先へと割って単騎で突き進む。

 それに続く後続の騎馬隊も姜維の開けた穴を広げる様に槍衾の中へと割って入って行った。

 異民族軍の指揮官呼伊の乗った馬は、向かってくる姜維の隊列から外へと自然に移動して行った。

 姜維率いる街の兵らは、もうその騎馬を相手にしなかった。

 なぜなら、乗っていた族長呼伊の――首から上がすでに無くなっていたから。

 

 

 

 

 一刀ら七十名についてだが、すでに日が昇っている事から、塀上や門からの出撃は動きがバレてしまう。

 その為、東側の塀下部で監視の死角になっている塀の土台部分近くに、一人が這って出れるほどの小さい穴を六時間ほど掛けて内より穿っていた。この時代の城の塀の多くは、土を突き固めて盛って造成したものだ。金属具で掘れば作業時間も短い。だが通した後の穴を姜維は直ぐにしっかりと埋め戻させている。

 そして一刀らはそこから南側の市街へと移動して潜伏、狼煙を合図に予定通り十人組に別れて人質の収容された建物へと迫る。

 まず周辺にある火の元を気付かれないように排除していく。

 その場所を見つけるのは容易い。何せ昼間に煙が上がっているのだから。

 この時間は夕餉よりも幾分前な事と、もともと奴隷にするため焼き殺す気はないのか、数も多くなかった。

 そうしている間に、南側の異民族軍の陣内が騒ぎ始める。

 西側で大規模な攻撃を受けていると伝わって来たのだ。

 この南側には門が無い為、援軍としてこの陣の兵百二十の内、急遽半数の六十人が西門側へと移動していった。

 一刀らは、西側へ向かった兵達が声の届かない程十分離れるまで暫く間を置く。

 

「じゃあ、いきますよ、李殿?」

「はい。私も親類が別の村で殺られてましてな。腕がなりますわい、北郷殿」

 

 ここで、一刀と李績がそれぞれ兵二十を率い、捕虜に収容された建物から遠い別々の二か所で派手な鬨の声を上げて攻め掛かった。そちらへ陣内の兵をまんまと分散させ引き付ける。

 この時東門と北門側でも塀上から弓矢を放ち、門を一部開門しての、異民族軍への牽制行動を取っていた。

 最後に南側の奇襲隊残り兵三十が、二人の兵しか残って居なかった捕虜の収容された建物に取り付き開放に移る。

 捕虜達の手の縄を切ってやり、木枠の足枷を持って来た工具で打ち壊して外す。それの終わった者から、南側の塀に向かって一隊が護衛しながら進む。

 間もなく、解放された市民らの先頭が南側の塀に到達すると――

 

 南側の城壁から、綱に吊るされ七本もの『重厚な梯子』が下ろされ始める。

 

 それは、梯子がトンネル風に分厚い木の板で覆われていた。

 更に、その外側には竹を縦に切って節を削り、樋(とい)のような形で、梯子を覆う板の表面にびっしり並べて釘打たれていた。万一火矢を使われても上から水を流せるようにと。

 すべて姜維の指示に因るものである。

 門が無ければ、短時間で多くが移動できる代わりの通路を用意すればいいのだ。

 またこの梯子作成と、展開配置には塀内で一般人の力自慢へ、『天の御遣い』として一刀が道に人を集めて声を掛けている。

 『同じ国の同じ街の人達を助ける為に、皆さんに力を貸してほしい』と。

 昨夜一刀の隊が、一兵も失わずに異民族軍へ痛撃を与えた話が徐々に伝わっており、それなら俺も儂もと協力してもらえた。

 さて二手で攻め込んだ一刀達は、ただ敵を引き付けたのではなかった。多くの敵兵を屠っていく。

 彼は短時間で十人以上を切り伏せていた。

 李績も一刀並みの大柄な体から繰り出す剣撃で数名を倒す。

 県令軍側の勢いに、異民族軍側のこの南側の場を預かる百人隊長が出て来る。

 西羌では、実力が無くては百人隊長等へは上れない。

 その男が槍を握り、馬に乗り一騎で出て来て一刀達を前に声をあげる。

 

「ええい、呼伊殿に顔向け出来ぬわ。おのれ、小癪な手を。俺が皆殺しにしてやる」

 

 一刀らは徒歩だ。おまけに相手は槍……かなり分が悪い。

 だが――一刀が前に出ていた。

 

(コイツを切れれば、ここでの戦いは終わる)

 

 戦況がそう告げていた。

 だが、自分が不覚を取れば戦況が覆る。絶対に負けるわけにはいかない。

 一刀の眼光が集中でより鋭くなった。

 ヒュっと風が鳴る。

 不意な鋭い槍の突きが一刀へ迫った。

 彼は首を僅かに振って躱す。槍の引きも早い。

 

「ほぉう」

 

 少年の動きに、敵の百人隊長はそう言いつつ再度突いて来た。

 一刀は再び首を僅かに振って躱す。

 だが、次の軌道は引き戻しでは無く顔側への『払い』。

 危ないと思われたがしかし、その切っ先はすでに地面へと落ちてゆく。

 

「――斬鉄」

 

 空振る目の前の柄を見送る少年の呟きに、一瞬勝てたとニヤけた百人隊長の顔が引きつる。

 一刀は突きを見切り、硬い柄を素早く鋭い剣技で切断したのだ。

 

「なっ?!」

 

 彼はそのまま当惑する敵へ風の如く踏み込む。

 馬の右横を抜けながら、馬上の人影の胴を彼の刀身が深く撫でていく。

 一刀が立ち止まる頃、うめき声を上げて敵の指揮官の落馬した鈍い音が後ろに聞こえた。

 

「おおおおーーーー! 北郷殿すごいぞぉ!」

 

 李績や奇襲隊の隊員らの喜声が上がる。

 対して異民族軍側は、一刀らの猛牛のような勢いを止められない事と、指揮官を決定的な形で失い、散るように逃げ始めた。

 そこで追撃はしない。

 この戦いでは基本、逃げる兵は追わない事を姜維と話し合って決めていた。

 人質の救出が最優先なのだ。

 直ちに、奇襲隊は纏まり、向かってくる残敵のみを睨みつつ、人質の囚われている建物へ向かい、開放が終わると南側の塀まで住人らを守りつつ共に移動して行った。

 

 

 

 

 

 姜維率いる西門側の戦いは、一方的なものになった。

 当然の結果と言えよう。

 千人隊長で指揮官兼、部族長が出合い頭とは言え一騎打ちで倒されていなくなったのだ。

 異民族軍側は混乱を極める。

 結果、姜維の率いる三百は敵兵百五十の部隊を突貫粉砕する。

 その突貫で、異民族軍の部隊側は百人程も戦死、もしくは重症となった。

 姜維の部隊は容赦なく、そのまま敵陣内へと蹂躙していく。

 そこでさらに、兵七十程を一方的に討ち果たす。

 この時点で、残り兵百余と南からの援軍六十が現れるも、本陣壊滅の光景を見て街の外の西側にある街道へと敗走し始める。

 姜維は取り決め通りこれらを追わなかった。

 彼女は、身の近くの騎兵へずっと丸に十文字の旗を掲げ続けさせている。

 そして、こう兵らに宣言する。

 

「みなさん、敵将はすでに死に去りました! 『天の御遣い』北郷様の御旗の元、このまま、北門側の異民族軍の陣へ向かいます! 今こそ敵を全て討ち果たす時です!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおーーーーー!」」」」」

 

 異民族軍撃破の勝利に、彼女の部隊は士気が高いそのままに、西門側から北門側に展開されている敵陣側面へと猛進して行った。

 これに応じて、北門からも兵五十が出陣する。

 北門側の異民族軍総兵力は百七十程。東門へ三十を増援して少し減っていた。

 姜維は加えて先行する騎馬隊での激突の際、またしても先頭で敵方の百人隊長二人を其々一合で討ち取る。

 それで、敵の抵抗は無いに等しくなった。

 そのまま陣内へと突撃し確実に殲滅して行く。

 すでに兵力数も街側の方が二面攻撃の上で倍。指揮官も修羅となれば、もはや戦いにならなかった。

 そして、姜維は北側の陣を粉砕すると――そのまま東門の敵陣へも雪崩れ込んでいく。

 止めてはいけない流れであった。

 また、南側からも一刀と李績の率いる兵七十程の奇襲隊、そして東門からも五十の兵がと三方からの攻撃で押し寄せた。

 この時、東門の異民族側兵力は百三十程。

 街側は負傷兵を引いても、なんと四百三十近い兵力になっていた。

 もはや兵力差は三倍を超え、戦場は完全な袋叩きの状態になり、異民族軍はその全てを屍に変えていく。

 街側の兵士達の殺気は、敵兵を逃さず、死に絶えるまで止まらない。

 昨夜の銅鑼と鬨の声と同胞の悲鳴による恐怖と、これまでに親族を殺された者らの怒りが収まらなかったのだ。

 戦いは間もなく終わった。

 太陽が、何事も無かったかのようにいつもの通り静かに沈んでいく。

 西門での開門出撃から一時……二時間ほどだ。

 ついに、街の周囲から異民族軍は一掃された。

 異民族軍の死者は六百以上。捕虜は十名程。

 街側の死傷者数は約五十名。

 聞いた話では、塀の外で殺された者達への手向けとして、遺族らの前で捕虜は公開処刑される予定との事である。

 その中には、傷を負って動けないあの族長の息子、失禁少年も残っていた――。

 

 

 

 

 

 その晩は、大きな商館を庭まで全て貸切での戦勝の大宴会となった。

 

「やりましたなぁ」

「いや、まさか勝ってしまうとは」

「それも軍事的な面だけなら大勝ですからな」

「やはり、あの方の力なのでしょうか?」

「うむ。私は『天の御遣い』殿の力を認めても良いと思うが。いずれにせよ、軍師殿共々、凄い武人で有ることは疑いない事だ」

「そうですなぁ」

「おお、そう言えば、あの西門で処刑される人質を、助け出した人物は誰なのかな?」

「それが名乗り出てないらしい」

「ほう、少し小柄な女性に見えたとか」

 

 李績や郝を初めとする各門の隊長達、文官の高官や楊達も顔を出し、共に戦った兵達も広い庭に用意された宴席へ加わっている。会場は千人規模で、その外の街中でも祝いとなった。

 街中に篝火の灯りが並ぶ。

 遺族たちも、カタキが討たれたことに霊を弔いつつの喜びの参加である。

 だが、そこに県令である高続(こうぞく)の姿が無かった。

 一刀達の戦勝を、謁見の間の席で聞いた直後に、体調を崩したと言う話を李績から少年は聞く。

 また今、一刀は宴席を姜維と共に外していた。

 

 

 

 戦いが終わったにも関わらず、彼の周りに於いて事態はまだ急変し続けているのだ。

 まず、姜維の様子がおかしい。

 闘いが終わって日が沈み、周りが暗くなる中、東門内へと凱旋する兵達の隊列にて、姜維の馬に乗せてもらっていたが……その時からずっと彼女は静かに泣いているのだ。

 初めは嬉し泣きかと思ったが、どうも違う。

 彼女は、その小さな体を震わして苦しんでいると感じた。

 異民族軍との、戦いの最中で何かが起こったのだろうと考える。

 一刀自身も形はどうあれ、今日の戦いの中で人の命を奪ってしまったという、人として究極の業を背負う事になった。

 ただそれが、私利私欲ではなく、奪った命と対等な、同じ生きる命を救う為だという事で平常心を保てていた。

 今、一刀は姜維の前に跪き、手拭いで目元を拭いてあげながら優しく声を掛ける。

 

「どうしたんだ、伯約。俺に出来る事はないかな?」

「すみません、すみません。でも私、どうしたらいいのか――分からなくて」

 

 この姜維が、『何をすべきか迷う』ほどの事なのかと一刀は驚く。

 しかし、その内容を聞いて見なければその難解さは分からない。

 

「俺に話せるか?」

 

 彼女はコクリと頷く。

 

「実は……私の母である姜冏(きょうけい)は、異民族軍に囲まれた中、その指揮官の一人に切られて落馬した姿までを味方の兵達に見られていて、その死を伝え聞いていました。母の遺体は見つかっていません。ずっとどこかへ埋められたと思っていました。ところが……今日、西門で敵の将である部族長と斬り合った時に、姜氏を名乗ったところ、その者の口から母が……生きてるかもしれない事を聞いたのです…………」

「……それで?」

 

 そこまでならいい話だろう。悲しむのはイヤな続きがあるからだ。

 

「……母は……綺麗な人でした……」

 

 幼くも大人びて美人な姜維を見れば、その容姿の想像は難しくない。

 

「なので……捕まって、……その……あの……」

 

 彼女はそこで再び言いよどみ、顔を歪める。それ以上言わせるのは酷であった。

 一刀が呟いてやる。

 

「酷い目に……遭っていたんだな」

 

 コクリと小さく姜維は頷いた。

 

「伯約は、探しに行きたいのか?」

「……しかし、母が捕まったのは半年も前の話です。それに……場所も全く分からず、無事で居るとは……思えません」

 

 彼女と一刀は、早く馬家へと辿り付かねばならない。異民族軍をこの国から排除するために。

 だが彼女の本心は、異民族軍へ家族達の復讐をする為。ただ皆殺しにしたいという個人的な理由なのだ。

 なので母をすぐにでも探しに行きたい。

 しかし彼へ本心を隠しており、表では大義大事という事からすれば、直ぐには翻せない。

 一刀へ異民族軍への憎しみを植え付け悪鬼にして、『天の御遣い』の軍師と言う立場を利用し、色々な計画を実行する。

 そのためなら、この身は彼にどう扱われようと構わないと思っている。

 憎しみを植え付ける為に最も有効な事は何か。それは、愛しい者が危険な目に合う事。だから早く、異民族軍に襲われる彼の子供や、愛し合う女が必要なのだ。それは多ければ多い方が良い。

 また、今日の姜維が兵三百の指揮官に就く事にしても当初、李績は余りいい顔をしなかった。李績が信じていたのは『天の御遣い』の一刀であった。その時一刀が李績へ言ってくれたのだ。「俺を信じて欲しい。軍師の彼女は小柄で若く見えるが、中身は凄い」と。

 この容姿では、まだ中々認めてもらえないのだ。姜維の大望には一刀が必要なのである。

 おまけに主の一刀は優しく温かく心が安らぎ、抱き付きの寝心地は最高。

 さらに、良く分からない離れたくないモヤモヤした気持ちが彼女の胸の中へ出来つつあった。

 我を通せば、とても必要な一刀との関係が終わるかもしれない。

 だから泣く程悩むのだ。

 しかし、彼女の主は優しく言ってくれる。

 

「伯約、俺と一緒に少しお母さんを探しにいくか?」

「主様ぁ~~~(ありがとうございます~~)」

 

 姜維は、一刀に抱き付いて彼へ頬を擦り合わせ泣きながら頷いた。

 

 泣き止んだ姜維と一刀の二人は、間もなく宴会の席へと戻り、一刀は皆からの祝杯を何度も煽った。

 姜維は、その横で酒は弱いとお茶を飲んでいたが。

 彼はお酒を初めてたらふく飲んでしまった。

 今夜の宴は夜通しなのだが、一刀は平和な雰囲気と心地よさと疲れから、不覚にもウトウト寝入ってしまう。

 そんな彼を見かねた李績や楊達らの計らいで、今日の活躍に疲れたのだろうと、まだ起きていたが子供な姜維と共に早めで退場することになった。

 屋敷へは、楊達の馬車で使用人らが連れて帰ってくれた。

 しかし馬車の揺れで、一刀は帰途の途中で目を覚ます。

 

「うわっーー、俺、寝てたのかぁ? ……宴会を抜けてしまっていいのかよ」

「楊殿らが、上手く計らってくれてますので大丈夫ですよ」

 

 二人は屋敷へ戻ると、戦いの後なのでとひと風呂浴びさせてもらう。

 今日は姜維を先に入らせた。姜維は湯から上がると、自分の部屋の寝台で髪を乾かし、櫛を通してから睡魔が来るギリギリな時間で無事眠りに就いた。

 一刀は、フラフラしながらも入浴しサッパリした後に部屋へと向かう途中、楊達の妹君の雪梅(せつばい)に呼ばれお茶を頂く。

 普通なら夜でもあるし断るところだが、酒の所為なのか「喜んでーー!」と言って、篝火の灯され良く手入れのされている夜の庭の見える所で二人寛ぐ。

 そうしてしばらく、お茶をのんびりと頂く。

 お酒のあとのお茶も悪くない。

 

「あの、今朝は捕まった兄へ再びのご助力ありがとうございました。兄や義姉も感謝し喜んでおりました。私もとても北郷様に感謝しています」

 

 彼女は、丁寧に礼を取って可愛い笑顔で言葉を述べた。

 

「あはははっ。董婦人にも先程帰った時にお礼を言われました。でも、仲言殿には色々ご厄介になっていますし、こうして住まわせてもらってますから、もう家族のようなもので、当然です」

「か、家族……そうですよね」

 

 その言葉を意識して、この後の夜を一人勝手に想像し雪梅は頬が染まっていく。

 一刀の周りに於いて、事態はまだ急変し続けている事項は、姜維に続く次は、楊達の妹君の雪梅である。

 そのあと、一刀と雪梅は暫く楊達やこの街の話をしていた。

 丁度話題が途切れた時である。

 ――雪梅がいざなう。

 

「あの、そろそろ休みませんか?」

「あ、そうですね、じゃあ部屋まで送りますよ」

「――いえ。北郷様のお部屋の方が近いですし、お、お気になさらず」

「そうですかぁ、では行きましょうか」

 

 二人はこの場から近い方の一刀の部屋へと――閨へとやって来る。

 一刀が扉を開けて中へ入る。

 すると、雪梅も失礼しますとその後に続いて入ってきた。

 

「あの……雪梅さん?」

「はい、あのですね……その……ご一緒に休ませて頂こうか……と」

「………………………………………」

 

 一刀は絶句しつつも、彼女の表情に見入っていた。

 その彼女の、子猫のような表情の頬を真っ赤に染めて恥じらいながら、目を少し潤ませながら告げてくる姿がとても可愛く見えていた。

 逃げない視線からも真剣な、勇気を振り絞っての言葉に思える。

 楊達からは、少し歳の離れた若い妹君だが、女性的な体形は申し分ない。胸は大きく、腰は柔らかそうに括れ、その下に桃のようなお尻。

 それが今、顔から目線を落とせないこの下方にある。

 傍に居ると女の子のいい香りもする。

 

「……お願いします……北郷様……」

 

 ここまで言った彼女に、恥を掻かせるわけにはいかなかった。

 一刀は彼女の手を静かに取った。

 その後、二人は寝台へとゆっくり倒れ込んていく。

 

 

 

 一刀の周りに於いて、事態が急変し続けている事項は、姜維、雪梅と来たがまだ終わっていなかった。

 それは一刀が楊達の館へ戻り風呂から上がった頃、商館の戦勝宴会場で起こる。

 兵達が、飲みながら大声で談義していた時の事。

 

「それにしても、西門で処刑される人質を、助け出してくれた人物はもうこの街にいないんかなぁ」

「あれから結構時間が立つのに現れないところを見ると、ここから出て行ってこの辺りにいないだろうな」

「凄く可愛い女の子に見えてたぜ、ありゃぁ。そうかよ、もういないのかよぉ! 残念だぜぇぇ!」

 

 

 

「ここにいるぞ~~っ!」

 

 

 

 茶髪のサイドポニーの小柄な少女が突然尋ねて来た。

 出入り無礼講な宴会場なのだが――なんと、その建物の屋根の上に左手に槍を持ち、そして右手は開いて天上の月へと高々に伸ばすような立ち姿で、キメ台詞を可愛い声で上げていた。

 

「「「「「「うおおおおおおお、英雄っ娘来たぁぁぁぁーーーーーー!」」」」」」

 

 会場は、どよめいて盛り上がる。

 三階建ての建物の屋根であったが、皆が見ている前で彼女はあっという間に飛び降りるような素早さで地上へと辿り付く。

 その華麗で派手な行動も歓声に拍車を掛ける。

 降り立った彼女の周辺は、何重もの人垣で埋まった。

 その中で警備の長、李績が酔い加減ながら尋ねる。

 

「これはこれは良くお越しに。私はこの街の警備の長で李績と申します。あの折、街の者を助けで頂き皆感謝しています。宜しければ、お名前をお聞かせくださいませ」

「名は馬岱、字は仲華(ちゅうか)だよ~っ。県令さんの所へ行ったら、体調を崩して会えないって言われたから、ここに来たよ」

「貴方様は、もしかして馬家の方……」

 

 李績らの酔いが飛ぶ。

 可愛らしいが立派な生地の服装。そして手に持つ槍も輝く刀身は元より、柄の細部の細工までが素晴らしい逸品であった。

 力のある諸侯に名を連ねる家の親族となると、大変な事である。

 諸侯の君主は、中央から派遣された太守らなど問題にならない強い立場である。不満が有れば実力で全てを排除できるのだから。

 今の馬家なら、数万の軍を動かせるだろう。

 まさに、その地の法的存在なのだ。

 

「んーでも、たんぽぽは姪っ子だからね。普通でいいよ~」

 

 姪っ子でも、十分である。

 李績はよくよく考えて言葉を選ぶ。

 

「それで、仲華殿は当初からこちらの街には県令様へお会いに?」

「ん~、少し一人旅をね。本当はあの救出でここを離れるつもりだったんだけど、ふと『天の御遣い』様が居るって聞いたから、会ってみたいな~って。県令さんのところにいないって言われたし、ここには居るかな~と思って~♪」

 

 彼女は、ニコニコしながら好奇心満載の瞳で周囲を見回している。

 ここで李績に代わり楊達が話し出す。

 

「初めまして仲華殿。県令補佐官の楊達と申します。『天の御遣い』様は我が屋敷に滞在中です。宜しければ今からお会いになりますか?」

 

 彼は馬車で戻って来た使用人達から、一刀が帰途の途中で目を覚まし、屋敷で風呂に入ろうとしていた事を伝えられていたのだ。ならば、まだ起きているだろうと。

 

「あはっ♪ 是非是非~っ♪」

 

 そうして、楊達は馬岱を馬車へと乗せて、共に一刀の居る屋敷へと向かった。

 会場から楊達の屋敷まではそれほど遠くない。

 馬車でゆるゆると揺られて数分ほどだ。

 馬岱の馬は、使用人が引いて後で屋敷へ届けてくれるという。

 

 

 

 一刀は今日は何だろうかと考える。

 早朝の夜中、姜維に踏み起こされてから、初体験の連続なのだ。

 

(……人殺しに、酒に、女体に……と)

 

 一生で最も長い今日の事は、絶対に忘れないと思われた。

 その彼は今、楊達の妹君と同じ閨に入っている。

 互いにまだ服の上から『柔らかさ』と『固さ』を確かめ合っていたが、その時――。

 

 

 

「北郷殿! 北郷殿ぉーー! 起きていますかーー?!」

 

 

 

((★▽◇☆―――――――!?))

 

 横でヤラシイ事をし合いながら共に居る、女の子の『実の兄』の声が、廊下をどんどんと少年の部屋へと近付いて来たのだ。

 灯りの蝋燭が数本灯る部屋の中、雪梅も顔を真っ赤に、一刀と布団から顔を出し顔を見合わせる。

 

「は、はいーー?! はいはいはいは~~~~~~~~いっ!!」

 

 一刀は、慌てて大声で返事をしつつ寝床から抜け出すと、浴衣のような衣装のはだけ気味に着崩れ掛けていた身形を速攻で正し、帯紐を締め直しながら廊下へと飛び出す。

 「はぁはぁ」と、扉の前で後ろをガッチリと守るように、両手を後方へと若干広げる感じで。ただ、いかにも不自然なのだが……。

 

「な、何かな? 仲言殿」

 

 すでに、一刀から眠気と酔いが吹っ飛んでいた。

 その様子に、雪梅の『兄』である楊達は僅かに感付いたが『さて、二人のどちらだろう……二人とも?』と少し口許へ笑いを浮かべただけで、いつもの口調で話し出す。

 

「いや、君に是非会いたいという人物が来ているので、いつもの服に着替えて来てほしいんだけれどね。『風の間』ですよ」

「わ、分かったよ。すぐ着替えて向かうから」

「それじゃあ、向こうで待っていますので」

 

 そう言って、楊達は廊下を戻って行く。

 一刀の背中には、いつの間にか汗が流れていた。そして『バレてるよ……』と思った。

 彼は背中越しに扉を開けて、隙間からバックするようにそのまま入ると、布団へと声を掛ける。

 

「もう、大丈夫です」

「は、はい……すみません」

「えっと、謝る必要はないよ。その……二人でしちゃってたことだし」

 

 一刀のその気持ちが優しく「はい」と嬉しそうに彼女は頷く。

 

「雪梅さんは俺が着替えてここを出てから、良いころ合いで部屋の方へ」

「はい」

 

 それから急いで着替え始めた一刀であった。

 だが、シャツを着てズボンを履いたところで。気が付くと雪梅が彼の後ろに立って、制服の上着の袖を通しやすく着易いように持っていてくれた。

 それに袖を通すと、彼女が前に回りシャツの襟を直してくれながら前ボタンを閉じていってくれる。

 

「はい、御立派ですよ。あの、北郷様……」

「ありがとう。ん、なに?」

「その、一刀様とお呼びしてもいいですか?」

「ん? ああ、いいよ」

「では、私も真名の京(けい)とお呼び捨てで」

「(真名……これがあの……)じゃあ……京、行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ、一刀様」

 

 子猫のような笑顔と小さく手を振って見送られて、一刀は部屋を後にする。

 初めて人から真名を預けられた。

 廊下を進みながら一刀は、何か重みのあるものを受け取った気がしていた。

 さて、自分に会いたい人物とは誰なのか、いや恐らく『天の御遣い』に関心のある人物なのだろうと考えが至る。

 ところで――『風の間』ってどこなのかと思いつつ、使用人を見かけたので呼び止め、広間の入口まで案内してもらう。

 入口で、一刀は軽く銅鑼を鳴らしてもらうと入っていった。

 すると。

 

「お兄さまが、『天の御遣い』様?」

 

 中央にあった宴席へ座っていた小柄な少女が立ち上がると、一瞬で少年の傍まで飛んで来た。

 次に、一刀の周りをぐるりと旋回するように回る。そうして一刀の前へ可愛くニッコリとして立った。

 

「そ、そうだけど。一応名前は、北郷一刀って言うんだ。君は?」

「たんぽぽはね、馬岱だよ。字は仲華」

「彼女は馬家のご令嬢だよ」

 

 楊達が涼しい顔で、さらりと大事な事を言ってくれる。

 

(馬家?! 馬家の馬岱……って、えっ? お、女の子?! それと蒲公英って……多分真名か……勝手に呼ぶとエライ事になるんだよな)

 

 一刀は頭の中で、少し混乱が起こる。女の馬岱……姜維も女……兵にも強い女が多い――これは『偶然』なのかと。

 だが、今はこの少女が何をしに来たのか確認することが重要だろう。

 

「そ、それで仲華殿は、『天の御遣い』の俺を見に来たということかな?」

「馬家の一族は、縁起や神様を大事にする風習があるの。『天の御遣い』様のご利益を少しもらっちゃおうかと」

 

 彼女はそう言いながら悪戯っぽく笑う。

 どんな、御利益なんだろうと一刀は思ってしまった。

 確か『天の御遣い』は『天下を平穏にする力を持つ』ヤツの事である。

 

「だから『天の御遣い』様は、『大きな力を持ち続けられて、攻めてくる敵がいない』という事も言えるでしょ?」

 

 確かに、この時代だとそう言う状況なのだろう。

 馬岱はまだ語る。

 

「近くにいれば強くなるんだから、一族に招けば安泰ってことじゃない?」

(…………おお、そうなるのか! えっ……招く?)

 

 一刀は、その状況は好都合と言える。

 馬家の問題を解決した見返りに、大軍を出兵してもらい、異民族軍を国外へ押し出すという姜維から聞いた話を実現できる近道だ。

 しかし馬岱の話は続きがあった。

 

「でも本当に、お兄さまにその『天の御遣い』様なそんな力があるのかを、まず見極めないといけないでしょ?」

 

 それを面等向かって言うのは凄いが、もっともな話である。無能者は必要ない。

 それはどの時代でも変わらない常識的な事なのだ。

 

「それにぃ、ご主人様にするなら優しくてカッコイイ人や素敵な人で有って欲しいしぃ♪」

 

 どうも凄く彼女の願望が混じっていると、一刀はそんな気もしてきた。

 そんな彼に馬岱は衝撃的な事を伝える。

 

「だからお兄さま、私がしばらく一緒にいるね♪」

「…………」

 

 一刀は知らない。馬岱の本来の仕事は、異民族軍の動向調査であるのだが。

 結局、彼の周りに面倒事が一つ増えただけという事だろうか?

 三人は、宴席に戻り暫し酒を飲み始めた。

 また馬岱も、普段は酒を飲ませてもらえず今日が初めてであったようで、次第に調子が上がり出す。

 馬岱は『天の御遣い』様の一刀に年齢やどこから来たのか、何故ここに来たのか、これから何をするのかと色々質問してきたが、少年は適当にはぐらかして答えを返した。

 そのうちに馬岱は、急に調子が落ちてついに眠ってしまい、女性の使用人達に部屋へと運ばれて行った。

 

「北郷殿、お疲れ様」

「いや、大丈夫だけど。なんで、彼女は一人で現れたんだろう」

 

 馬家の令嬢が一人で行動しているのは不自然な感じがしたのだ。

 楊達は、少し考えると右人差し指を立てながら話す。

 

「………確かに。しかし一人旅には全く苦労しない程の武勇はお持ちみたいですから、何か密命でもあるのかも。まあ、悪い娘ではなさそうですし。ウチとしては馬家の令嬢が滞在するのは、名誉な事でもありますしね」

「(まあ馬岱なら強いだろう)……そうですね。信用されたのか普通に酔い潰れてますし」

 

 一刀には、彼女の一人で現れた理由が想像出来なかった。

 こうしてその日から、楊達の屋敷の住人が一人増えることになった。

 

 

 

 ようやく一刀が、自分の部屋へと戻った頃には、すでに日付を越えていた。

 ヤレヤレ本当にとんだ一日だったと思い、彼は寝間着へ着替えて改めて寝床に入ろうと布団を捲る。

 

 するとそこには何か――ちっこいのがいた。

 

 それは姜維。

 彼女は小さく蹲(うずくま)って悲しそうな顔で、探す者がそこにいなくて一人寂しそうに寝ていたのだ……。

 一刀は、その横に寄り添うように体をくっ付けて横たえると、間もなく彼女は頬を彼のお腹へスリスリして来ると、徐々に彼の胸とお腹に抱き付いて来る。

 一刀も彼女の背中へと手を回し優しく抱いてあげた。

 これが彼女の定位置(ベストポジション)なのだろうか。

 

「伯約、お母さんを探しに行こうな。良い夢を……」

 

 彼女の表情はいつしか、安らぎの溢れた笑顔な寝顔に変わっていた。

 それを見ていると、一刀も自然に温かい気持ちになり眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 一刀の周りに於いて、事態が急変し続けている事項は、姜維、雪梅に馬岱と来たが、それでもまだ終わっていなかったのだ。

 それは、突然の転機として起こった。

 

 

 県令の高続(こうぞく)は、一刀らの戦勝を聞いた直後、喜びにその場で卒倒していたが――翌朝早くにそのまま急逝したのである。

 

 

 

つづく




備考)
馬岱の字は不伝だが、反三国志の「仲華」から。
たんぽぽは稀に「私」を使う模様。
『それは私のセリフなのに』
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