麒麟児の仰ぎ見る旗 作:地獄大陸
涼しげな朝の時間の今、主人が不在なここ県令の館に、街の有力者や高官、地域の長老らが顔を揃っていた。
現在、謁見の間にて次の県令についての会合が行なわれている。
戦いの功労者の立場で呼ばれたため、一応と、姜維を連れて出席している一刀だが、開始当初から場違いな感じで正直妙に落ち着かない。
現代世界ではこれまでクラス委員すら余りしたことはなかったのだ。
そしてこの席に、少年自身はあくまでも街の部外者だと思って来ていた、のだが――。
(え゛ぇっ? 本当に俺が県令でいいのぉ!?)
『天の御遣い』一行らの獅子奮迅の活躍で、天水郡の北部、顕親県の街へ襲来した異民族軍は即日撃退された。
それから早一週間。
異民族軍に襲撃された街中もひとまず落ち着きを取り戻し、心労で急逝した県令の葬儀も先日終わっている。
前県令の
本質は気弱で、不意な異民族軍の襲来と人質脅迫により、極限まで精神がすり減っていたようだ。
一刀は気が付けば、その葬儀の臨時的まとめ役までも任されていた。
高続の親族がこの街に居なかったのも理由なのだが。
そうして始まった次期県令についての有力者会議の冒頭にて。
「私は、北郷殿が適任だと考える」
その言葉は、街の有力者の一人で警備の長である李績より発言された。
彼の語りは続く。
「あれから七日経つが、『天の御遣い』殿らがいなければ、まだこの街は死地の状況であっただろう。そして絶望視されていた、百五十名を超える人質を彼が先頭に立ち全員救出し、配下の軍師殿が中心に異民族の主力を粉砕し、我々は滅亡感の漂っていたあの戦いに勝利した。その後も、彼の示した復興への多くの取り組みは素晴らしい。甚だ感服した。この街の指揮は、彼が取るべきだ」
「異議なし。彼の被災者への取り組みや、街の立て直しの方策も多くの支持を集めている」
県令補佐官の楊達も同調する。
一刀は、街の大商人らに出資を募り、直ちに住民へ多くの仕事と弱者へ当面の生活環境を生み出していた。
この方針を始めたところ、困窮者が激減し、街に活気が見え始める。
治安もそれに伴い、ここ数日良い方向に向かい始めていた。
終始渋い顔な文官の高官、県丞(副県令)の
彼は、友人でもあり何代もこの地の有力家な李績が適任だと考えている人物であった。しかし、一刀の街への大きな働きを認めないほど狭量ではなかった。
この時代、大きな力なくして街は守れないと知る他の者達も、李績の提案へ「賛成する」「異議なし」と同意していった。
結果、一刀の県令就任支持は全会一致となった。
皆の『これからも期待する』という視線が一刀へと集まる。
『天の御遣い』様の言葉を待っていた。
しかし、一刀には迷いがあった。
一つは、この就任が馬家からの出兵に近付き繋がるのかということ。
次に、『一緒にお母さんを探しに行こう』と姜維と約束していること。
そして、文字の読み書きが全く出来ない今の自分に務まるのかということ――。
楊達の屋敷に居ると、自由な時間が結構あったので、二、三日前より雪梅から簡単な読み書きを習い始めていた所ではある。
一刀は瞼を一度閉じる。
この瞬間は、姜維の意見を露骨に聞くわけにはいかないところだ。
姜維は先程会議の前に言っていた。こういう難しい場合は目を瞑って欲しいと。
街への多くの施策についても、発案は一刀が出すも細かい基本実施案は彼女の立案なのだ。
彼女は――『天の御遣い』の軍師なのである。
「今は、お受けください、主様」
彼の横へ静かに寄り添って座る、その小柄な姜維の微かな小声が聞こえた。
その意見は一刀自身で考えていたものと同じであった。
結局先の戦いで住民六千人の内、民間の死者は六百人に達している。
戦いで家を失った、母子や残された子供達を少しだけ笑顔にする手伝いが、ここ数日で出来たことは、彼自身へ今何が出来るのかを考えさせていた。
一刀は会議に来ている全員の顔を一通り見回すと、大きく頷いて答える。
「分かりました。『天の御遣い』のこの北郷一刀、県令要請の件、承ります」
「おお、引き受けてくださるか!」
「これで、一安心ですなぁ」
「より良い街になる事を期待していますぞぉ」
そんな、出席者からの期待の声が広がる中で会議が終了する。
すると一刀も含めた一同が、空席のはずの県令の席へ少し控えめに座る人物を見た。
その人物へ、たった今県令と呼ばれる事になった一刀が尋ねる。
「こんな感じなんですが……馬孟起殿?」
県令の席に座って会議を静かに見ていたのは、なんと―――馬超であった。
着席している事で、大きな胸の青緑な衣装のその短い裾からは、美しくムチムチな太腿の長い組んだ足が覗く。その足には、太腿に届く赤い装飾の入る白いロングブーツ風な靴を履いている。
茶髪の長く美しいポニーテールが印象的な彼女が、小隊とともにこの街にやって来たのは三日前。行方不明な馬岱を探す為に斥候まで使い、漸くこの街に居る事を掴んでやって来たと聞く。
馬超は一刀らへ『馬術等の武者修行』で周辺を回っていると語っていた。
馬超の座る席の左横に、馬岱がニッコリと立ち一刀へ手を振っている。
もちろん、楊達の屋敷で二人が再会した折には、馬超から馬岱へ強烈な拳骨が炸裂していた。
今日馬超は、会議で新たな県令が決まる事から、決まった県令への挨拶ということと皆への顔見世でこの場に来ていた。
しかしこの会議へ、諸侯馬家の長子で武勇が周辺へ轟く馬超を迎えるも、座って待ってもらう適当な席がなかったのだ。とりあえず、ということで特例的に県令の席へ座ってもらっていた。
「いいんじゃないか? 部外者のあたしには決められない事だし。『御遣い』様が皆に認められた所が見れて良かったけどな」
そう言って馬超は、閲覧席にと使わせてもらっていた県令の席を立ち上がると、一刀へとその席を譲る。
馬岱の席も一段下がった横に用意していたが、「翠お姉さまの膝の上でいいから」とそちらにしばらく座っていた。二人は従妹同士ながら本当の姉妹のような関係だ。
「ほら『御遣い』様、座ったらどうだ。自分の席だし」
「お兄さま、座りなよ~」
「そうですぞ、お早くお座りください」
県丞(副県令)の
すると会議に来ていた者達は立ち上がると、客人の馬家を除く者らが一刀へと一斉に礼を取ってくれた。
もちろん姜維もだ。
「また慣れない内は迷惑を掛けると思うけど皆、よろしくお願いする」
「「「「「はっ」」」」」
そんな畏まった状況はそこまでであった。
「今夜は、新県令様の就任祝いですねぇ」
楊達のそんな一言で、場が盛り上がり始める。
「おお、県令様、今夜は是非朝まで皆で飲み明かしましょうぞ!」
「戦勝の宴のあと、葬儀もあって正式な宴は控えてましたからな。今宵は、パァっと行きましょう!」
街の有力者らだけで無く、馬家の面々からも言われる。
「あたしらも楽しみにしているからな」
「お兄さま、一緒に飲もうね!」
「あははははっ」
役職については皆、据え置きという状況。前県令の悪しき慣例も多そうではある。
色々やらなければならない案件が山積みな感じの一刀だが、これはまず今夜が結構大変な事になりそうだと感じていた。
会議は終わり、皆が県令の館を後にし始める。
時刻的には、お昼にはまだまだ早い時間。
裏方ではそろそろ今夜の宴会準備が開始されていた。
一方、一刀と姜維、鄧魯に楊達ら数名が別室で、この一週間で溜まっていた県令決済の書簡を三十程処理する。
一刀はその間に少し考えると、公務についてのみ県令の館で行ない、今まで通り楊達の屋敷で寝泊まりする事に決めた。
本来県令は、県令の館に住むのが一般的なのだが、『天の御遣い』の彼には考えがあった。
一刀らは仕事を終え、一旦皆と楊達の馬車で彼の屋敷へと戻って行く。
馬超と馬岱も辺りを散策し待ってくれていた。彼女らも愛馬を操り、一刀らの乗る馬車の後方へ付いて共に屋敷に向かって進む。
その途中で一刀は姜維に訪ねられる。
「主様、県令の館へ住まない理由は何でしょうか?」
もちろん、彼女はその答えを幾つか考え付いてはいるが、これは確認なのだ。
「ん? それは……内緒だ」
「えっ、じゃあ(やっぱり私の為)……すみません、主様」
「あやまるなよ」
一刀は、横にちょこんと座る姜維の頭を優しく撫でる。
県令の館については、公共の建物として街で管理してもらう事にした。
つまり、一刀個人で管理しなくて済む。掃除や補修、食事の用意に使用人の管理などを考えなくていいのだ。
楊達の屋敷にいれば、当然今まで通り雑務を考えなくていい。
なので、姜維の負担が少し減ると言う訳だ。
(相変わらず、主様は私に優しい……)
最近彼女の、心の中のモヤモヤが増加している。
そのためなのか、姜維の画策する主の悪鬼化への近道な『女と子作り』計画が進んでいない。
この一週間、一刀とずっと一緒に寝ているのは――姜維自身。
毎夜、楊達の妹君の雪梅が甲斐甲斐しくやって来るのだが門前ではなく、扉前払いに。
普通は、怒ってしまうだろうに、雪梅はいつも子猫のようににこやかだ。
それは姜維が安眠の為、ただずっと一刀へ抱き付いているだけの様子を見ているのもあった。
ほどなく皆が屋敷へ到着し、一刀らは馬車を降りる。
すると、鞍を降りて愛馬を連れ引く馬超が話しかけてきた。
「なあ『御遣い』様……、良かったらお昼の前に軽く、あたしと馬術練習の続きをしないか?」
「ん? ああ、いいね!」
「あぁ! お姉さまズルい。お兄さまに今度は、たんぽぽが教えるんだから」
「たんぽぽじゃ、遊んで上手く教えられないだろ?」
「そんなことないもん! お姉さまこそ、そんなにお兄さまから――おっぱいを掴んでもらえたのが嬉しかったの?」
「な、ななな――~~~~~☆◇※@●▽っ!?」
馬超はそう言われ、頬がどんどん赤く染まっていき、美人な表情は耳まで真っ赤に変わる。
実のところ馬超は当初、探索者の『草』らにより馬岱を見つけこの街へ来た時には、直ぐにここを離れるつもりであった。
しかし馬家には、縁起や神を大事にする家風がある。
彼女は馬岱同様に『天の御遣い』の存在を確認しようとしたのだ。
一刀に会った瞬間、その見たことのないキラキラした服装を纏った少年が『特別な者』に見えた。
結果、馬超も『御遣い』様の真贋を確認するとして楊達の屋敷に残っているのである。
楊達の屋敷は厩の前が広く、先日より時折愛馬に乗った二人が駆けた。
そんな身近で見せた二人の馬術において、馬岱も凄く上手いのだが、馬超の手綱捌きは神懸っている。
一刀がそれを見て褒めると、馬超はじゃあ教えてやろうかと乗り方から教わったのだが……二人乗りをした時に、いきなりバランスを崩した一刀が咄嗟に掴んでしまった。馬超の大きな胸を後ろからだが、其々の形の良い膨らみを鷲掴みである。
馬超は――大きく動揺してしまった。
殿方から初めて胸を
一族や親類、配下らは皆、馬超の武勇を褒め称えてくれたが、その一方で良い年頃になっても縁談の話が来なかった。
本人には知られる事なく、凄く美人な『錦馬超』なる高嶺の花という扱いによって――。
だが、馬超は『自分の容姿じゃ色気はないんだぁ……誰か私に女として興味を持ってくれる人はいないかな』と思うようになっていた。
そんな中で、先日ガッといきなり大事な乙女の双丘を掴まれたのである。
驚いたが、凄く嬉しくもあった。
(くっ、ちょっと漏らしちゃったかも……。 ま、まさか、あたしの事が気に入ってワザと?! でも、私の容姿じゃ……とにかくっ、こ、この責任を取ってもらわないと)
この出来事から馬超は、一刀へ勘違い気味な想いを持ち、彼の事を『御遣い』様と慕って呼ぶようになった。
その衝撃シーンを目撃していた馬岱の方も、ここ一週間で『天の御遣い』を名乗るに不足ない一刀の働きに、年上の『兄らしい』少年へすっかり懐いていた。
一方そのシーンでの馬超は、「こ、コラっ、ちゃんと掴まってくれよっ!」と言い返すに留めていた。
対して一刀は冷や汗ものである。一大諸侯の次期当主の大事に精練された胸の膨らみを鷲掴みなのだ。
――「うあぁっ! ごめんなさいっ!」と直ぐに謝まるも、普通に無礼討ちすら有り得る大罪。
だが彼女は、直後に「ほら、ここ!」と一刀の手を握って自分の腰に回させる。
「だ、誰にでも、未熟な時や失敗はあるだろ? 気にするな」
背中越しに一刀へそう伝えた。その顔は真っ赤になっていたが。
その後は普通に馬術を教える形で進み、今日のこの場へと至る。
「た、たんぽぽっーー! あれは、単なる事故じゃないか。さぁ、『御遣い』様、向こうで始めよう」
「あ、ああ。じゃあ、お願いしようかな」
そう言って二人は仲良く馬術練習へと向かった。
「翠お姉さま、顔が真っ赤っか……可愛い~♪」
馬岱は、そんな可愛らしい所もある馬超を見るのも、楽しみにしている子であった。
馬家の両人も含め一同揃っての昼食時に、董婦人や雪梅からも一刀の県令就任の祝福の言葉を貰う。
雪梅は自分の事のようにとても喜んでくれていた。
そして昼食後。
宴会は夕方からなので、それまでの時間を一刀は有効に使う。
まず雪梅より、これから仕事で必須となる読み書きの習得に二時間ほど。
終わると、暇な皆で庭にてお茶休憩を楽しむ。
それから馬岱も一緒の馬超との馬術練習を二時間。まだ慣れないため、彼の尻は少し悲鳴をあげていた。
姜維はというと、夜に備えてのお昼寝タイムである。お昼寝は『抱き枕』が無くても平気らしい。
そして時間は、ほどなく夕方へと向かう。
西空が僅かに昼の青さへ橙色が混ざり始めた頃。
一刀の県令就任祝いの大宴会が、県令の館を中心に街中へ篝火を立てて無礼講で盛大に始まる。
この宴は戦勝の分も多く混ざり、会場内の規模は千五百人を軽く越えていた。
その光景を見て皆と祝杯を掲げながら一刀は思う。
(この莫大な費用は、何処から出ているんだろ……)
「半分ぐらいは街の有志の者らから出てますので。それでも残り、県令のひと月分の給与額は越えてますが」
彼の横にくっ付いて座りお茶を飲む姜維が、彼の表情を見てそっと教えてくれた。
「……(ひと月目は完全にタダ働きっすか……チクショォー!)……カンパーーイ!!」
一刀はやけっぱちの気持ちに飲まなきゃ損と言う感じで叫ぶと、手に持つ杯を飲み干していた。
周りの者達も、県令様のその掛け声で再び盛大に乾杯する。
その後は、李績や高官の鄧魯ら官僚たち、郝や共に戦った女十人隊長に兵士達ら、そして馬超に馬岱らとも飲み合いつつ、会場内に流れる心地よい旋律の楽曲演奏や雑技の一団の芸と美味しい料理に舌鼓を打っていた。
酔いが回ってきた馬岱は、兵達らの「今日はないんですかねぇー?」の多数の期待に応えて、再び
そんな様子で夜も更け始める大盛り上がりな会場へ、一人の人物が予期せず現れた。
美髪な長い桃色のポニーテールな髪を揺らすまだ若き彼女は、全身に受け乾いた返り血で真紅。
凄まじい眼光を発しながら、右手に赤龍偃月刀を握り、左肩へ弩弓を背負い歩を進める。
祝いなその会場に余りに似つかわしくない風体に、道が開かれ皆の騒めきが起こった。
その人物は、宴会の中心にある赤い絨毯の敷かれ、雑技が行われていたところまで踏み込んで来た。
雑技を披露していた者らは、慌てて端へと下がっていく。
その胸の豊かな人物は、上席周辺へと鋭い視線を伸ばすと、一刀の所でそれを止めた。
そして――叫ぶ。
「我が名は龐徳、字は令明(れいめい)! そちらに座るは『天の御遣い』様と思い受けいたす! 某を配下へ加えて頂きたい! そして――共に我が村のカタキ、異民族の奴等を残らず打ち倒してほしい!!」
つづく
必殺関羽娘の登場でした。