Kikuduki is not your collection   作:ディム

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実に半年ぶり。
各方面の方々、萩鷲さん、ゴメンナサイ。ケジメは勘弁。


第一話

――駆逐艦『菊月』とラバウル基地『提督』の運命の出会いから、時間は少し遡る。

 

リノリウム張りの廊下に、こつんこつんと足音が響く。響くたびに、少女の纏う明るい橙色のスカートが揺れた。手に持つプラスチックの書類ケースには、乱雑に詰め込まれた幾つもの雑多な紙束。それを陽気に振り回しながら、口笛を吹きながら、少女は歩いている。口笛が奏でるメロディは彼女のオリジナル、その曲の名を知る者はいないが――もしこの曲を聴いている者がいれば、曲名を尋ねずにはいられなかっただろう。

 

こつ、こつ、こつ。

 

少女の目指す人間は、彼女の所属する海軍基地――ニューブリテン島は東部、ラバウルに置かれた日本海軍ラバウル基地――の、首脳であり中枢である提督執務室にいる。その執務室の前、木造の大きく重厚な扉の前で立ち止まった少女は、大きく息を吸い込んだ。

 

「――やーっほー!!てーとくぅ、入っていーいー!?」

 

少女の鍛えられた肺活量――その上『彼女達』の身体は常人以上に強化されている――から繰り出されたシャウトが空気を揺さぶり、ドアを震わせ、その声を室内へと伝導する。数秒後、扉の向こう側から響いてきた「入れ」という言葉に従い、少女は意気揚々と扉を押し開いた。

 

「はーい!てーとくぅ、那っ珂ちゃんだよー!」

 

「煩え、確認なんてしないでもお前の声なんざ聞きゃ分かるっての」

 

手元のパソコンに何事かを打ち込みつつ、顔も上げずに不機嫌そうな声を上げた男に対し、少女――那珂は物怖じすることなく歩みを進めた。そのまま、パソコンの画面に向かい合う軍服の男(提督)の背後に回り込む。

 

「で、なんか用か」

「えー。用が無かったら来ちゃいけないの?那珂ちゃんしょっくー」

「勤務時間中に巫山戯たこと抜かすなって言ってんだよ」

「ぶーぶー。べっつに良いじゃんかー。ま、今回はちゃんとお仕事があって、それで来たんだけど」

「なら、それをさっさと寄越せ」

 

ぶっきらぼうに言い捨てる男の側、パソコンの置かれた机の端に、那珂は書類ケースから出した紙束を丁寧に重ね置いた。一センチはあろうかというその分厚い束の上に、『決済待ち』と彫られた重石を置く。置いた重石に、提督は苦々しげな視線を向けた。

 

「……おい、那珂。この重石、決済って言葉は漢字が違うって言わなかったか?訂正しとけ、とも」

「あ、ごめんねてーとく。那珂ちゃん完全に忘れてたよっ! てへ、失敗。でもさ、てーとくだって那珂ちゃんが忘れっぽいの知ってるでしょ? 言ってくれたら良かったのに」

「お前は忘れてたんじゃなくて、単に構って欲しいからそのままにしておいただけだろ。遊んで欲しいんなら執務時間外に来いっての」

 

やれやれ、と肩をすくめる提督に、那珂は唇を尖らせて反論する。

 

「もうっ、提督。今のは流石に無配慮だよ。毎日毎日出撃出撃、その上提督の秘書までやってる那珂ちゃんは、勤務時間外は休憩に充てなきゃ保たないんだよっ。そんな那珂ちゃんに時間があると思うの? むしろ、もっと休みをくれても良いと思うなー」

「馬鹿言え。この激戦区、隔離された地獄――天下のラバウルに休みなんかあって堪るかよ」

「そりゃあそうだけどさ。もっと、こう、モチベーション的に。提督と遊ばなきゃやる気でないよー……」

「どれだけ駄々こねようとな。他の奴にあってもお前にだけはねーよ、那珂」

 

パソコンから目を離さないままに言い放った提督に対し、那珂はもう慣れたと言わんばかりに肩を竦めるような動作をする。そしてそのまま、掲げた両手を提督の首筋に回した。抱きしめるようにしなだれ掛かり、提督の背に身体を預ける。身体を背に預け、那珂は提督の耳に口元を近づけた。

 

「……ねぇ、てーとく?」

 

ふうっ、と提督の耳に那珂の吐息が吹きかかる。

 

「那珂ちゃん、疲れちゃった。さっきも出撃してきたの、知ってるよね?ちゃんと、お風呂も入ってきたけど、火照っちゃってまだ足りないの。ねぇ……那珂ちゃんと一緒に、休憩しよ?」

 

那珂は頬を染め、提督の耳元で小さく囁く。その目は少し潤んでおり、声には艶やかさが乗っていた。言い終わり、ふうっと息を吐く。甘い、と表現するのが適切な吐息だった。受けた提督は窓の外、陽も落ちかけ夕陽に染まったた軍港を見て小さく口元を歪め――

 

「――馬ァ鹿。()とンなことする兄貴が居るかよ」

 

その顔へ、ごん、と軽い頭突きを見舞ったのだった。

 

「あはっ……って、痛っ!? ちょ、お兄ちゃん!」

「加えて馬鹿二つ目。基地ン中(ここ)で俺のことを兄貴って呼ぶなっつったろ。今は俺もお前も軍人で、俺は提督でお前は軽巡『那珂』だ。そんぐらい、わーってるだろ?」

「こ、今回はお兄ちゃ――てーとくの方が先に妹って言った!」

「だから何だってんだよ。そもそも、兄貴を誘惑にかかる妹が何処にいるんだよ。冗談も程々にしとけ」

 

ぷくーっ、と頬を膨らませる那珂の両頬を、白い手袋をはめたままふにふにと引っ張る提督。顔を左右へ振ることでそこから脱した那珂は、頬を摩りながら恨みがましげな視線を向ける。

 

「――冗談じゃ、ないんだけどな……」

「だからそういう冗談を辞めろっつってんだよ、馬鹿。……で。そろそろ真面目に仕事しろよ。面倒(メンド)くさそうな紙とか報告は受け取ったが、それだけじゃねーだろう」

「うん。えっと……」

 

その言葉を切っ掛けに、頬を擦り、猫背になっていた那珂は直立不動の体勢へと移行する。敬礼は無く顔も笑っているままだが、その瞳の奥には先程までは存在しなかった真面目さが伺える。提督が満足そうに頷いたのを見て、那珂は口を開いた。

 

「まず、演習報告書とか遠征報告書、艤装の改良結果や他基地への物資の融通に関しては全部纏めてそこの書類にしておいたよ。掻い摘んで話すけど、内容は一律、どこもかしこも芳しくない感じ。特に『トラック泊地』方面への遠征は、妙な数の深海棲艦のせいでほぼ失敗な感じの結果だったみたい」

「失敗、か。……ちっ、旗艦は誰にやらせてたか。曙か?」

「いや、夕張さんだね。けど、これに関してはおにい――提督の指揮のせいだよ。平時の、比較的安全な遠征じゃなく、よくわからない事態(こと)が起こってるんだから。遠征艦隊は何かあったら逃げ帰って情報を生きて持ち帰れ、って毎度毎度言ってるのは提督だよね?」

 

那珂の言葉に、提督は眉間に皺を寄せて手を振る。小さな舌打ち。図星を突かれた、というよりは単純に煩わしがっているような身振りだ。

 

「分かってるよ。単純に、何がどうなってこんな結果になったのかを聞きに行くだけだ」

「ならいいけど。次が……曙ちゃんの遠征結果に先立って通信を送ってたトラック泊地の件なんだけど、未だに泊地からは反応はなし――それも、泊地のどの区画からも。だから向こうと約束してた、向こうから送って来させる筈の燃料と鋼材が不足してるし、鎮守府近海(ウチ周辺)の深海棲艦の撃滅に狩り出す戦力も不安な状況のままだよ」

「その辺についちゃ把握してる。が、トラックは妙……いや、もうあっちをアテにしない方が良さそうだな。最悪、あっちが深海棲艦に(かかずら)ってどうしようも無いのかも知れん」

「なら、どうするの提督?」

「――まだ、考えさせろ。次に行け」

 

提督は机の脇に置いた、自身のいつも被っている帽子の黒塗りのなめらかなつばを二、三度撫でた。彼が提督となってから、長年愛用して来た帽子だ。彼は、物事について悩む際には帽子を弄る癖がある。もっとも、それに気付いている者は妹――提督の目の前に立つ、那珂しか居ないのだが。

 

「提督、ちょっとは休憩したら?」

「お前が来るまでずっと休憩してたっての。気が休まらねえのはお前が騒がしくするからだ。ほら、休ませてえんならさっさと報告。ほれ、ハリーハリー」

「疲れたアピールしたの、提督じゃんか。……まあいいや。三つめ、戦力の件。大本営に打診してた艦種のうち大半が却下されたみたいだね」

 

提督は帽子のつばに這わせていた親指をぴたりと止め、「はあ?」と声を上げた。声音には明らかな苛立ちと威圧が含まれており、思わず腰を浮かせかけていた――しかし、那珂の非難の篭った視線に気付いた提督はこほんと咳払いをして謝罪し腰を落ち着ける。那珂は、それに対して毅然と言った。

 

「提督、いらいらするのは分かるけど艦娘に当たるのはやめなよ。那珂ちゃんだから別に怒ってないし、提督がなんでいらいらしたか分かるけど、他の子――駆逐艦とか一部の軽巡の子は、多分泣いちゃうよ?」

「……済まん、今のは確かに俺が悪かった。お前も出撃明けで辛いのにな。時間を取らせて済まないが、続きを頼む」

「……うん。結局申請してた五隻のうち確実に入ってくるのは一隻だけ。空母と重巡二隻は『戦力比率の理由』で却下されて、戦艦一隻は却下の代わりに艤装の替えと幾つかの砲が送られてくる手筈になってるよ」

「っつーことは、入って来るのは駆逐だけか」

「そう。で、その駆逐艦の子なんだけど――提督、ちょっと前に噂になった子を希望してたじゃん」

 

問われ、提督は大きく頷く。

『噂になった艦娘』。

着任したての、しかも旧式の艤装を使用した睦月型駆逐艦で、『棲鬼(おに)』を単騎で撃沈させたとかいう眉唾物(・・・)の実力を持つ艦娘。噂では痛覚のない戦闘狂だとか、感情のない殺戮マシーンだとか、はたまた幼い頃より戦闘用に調整された選手だとか言われているが、そのほとんどが馬鹿らしい嘘――戦場によく有る、艦娘達を鼓舞する為の出来の悪いプロパガンダだと那珂は捉えていた。

 

――当たり前だ、棲鬼(おに)棲姫(ひめ)をそう簡単に沈められるのならば、ここまで人類は苦労していない。この辺りを、このロマンチストな兄は理解しているのだろうか?

 

那珂は、ため息をひとつ吐いた。自身の暗い考えと、報告すればまた怒鳴られるであろう次の話題について。

 

「ああ、そうだ。――結果は?」

「無理だったよ。その睦月型……『長月』だっけ? まあその子は、別の鎮守府に着任するんだってさ」

「……まあ、仕方がない」

「……で、そのね。怒らないで聞いてほしいんだけど――増援として、『長月』の代わりの駆逐艦として、別の……睦月型を送るって大本営が」

 

――あ、マズ。

那珂はそう直感すると、息を止めて肩に力を込める。瞬間、窓を震わせんばかりの怒声が部屋に――響かなかった。代わりに、がんっ、と堅いもの同士がぶつかり合う音が鳴る。

 

「――っはー、ちくしょうめ……」

「おっ、怒らないのお兄ちゃん……?」

「兄貴と呼ぶな……馬鹿、さっきお前に怒られたばかりだろうが。イラついてるのは確かだが、お前に八つ当たり出来んよ」

「……そう」

 

知らず安堵の息をした那珂は、ようやくその顔に微笑みを浮かべる。緊張が解れたのか大きく伸びをすると、彼女は胸を張り身体を逸らす。その瑞々しい肢体や躰つきを提督に見せつける思惑通りだったのだろうが、悲しいかな、提督はそんな彼女の行動を無視(スルー)して言う。

 

「で、件の長月を獲得した鎮守府ってのはどこだ?」

「えーっと、確か資料に纏めといた筈だよ。……あ、鎮守府じゃなくて基地だね。そうそう、資源使用状況のちょっと後」

 

那珂の言葉に従うように、提督は手袋の嵌められた手で紙をめくる。そうして、辿り着いた一枚の資料にはこう書かれていた。

 

「――『大湊区第二十三番基地』」

 

その文字列に、その名に、そして自らの口から出たその言葉に。

提督は、何かを――自分でもよく分からない何かを、感じた。

 

「……覚えとくか」

「……てーとく、なんか言った?」

「いや、独り言だ。それで……よし、以上だな――ご苦労。今日はもう出撃は無い、下がっていいぞ。駆逐と軽巡、あと重巡連中への連絡はいつも通り任せた。で、暇なら扶桑を呼んできて欲しいんだが、どうだね」

「扶桑さん? え、なんで? もしかして――」

「あいつには大和の訓練を頼んでおいただろう。ウチの最大戦力になり得る艦娘だ、一日でも早く使い物になってくれなくちゃ困るのはお前だって同じだろう」

「……ほっ。うんっ、それなら良いよ、扶桑さん呼んできてあげる」

 

言うやいなや、那珂は軽い足取りで扉の前へと歩みを進めた。形ばかりの一礼をし、ドアを開け――ようとしたその時、思い出した様に提督が、

 

「って、待った。肝心なことを聞くのを忘れてた。……新しく配属される睦月型の艦名(なまえ)と、配属日を聞いてねえじゃねーか」

「あれ、言ってなかったっけ。その子の名前は――」

 

それに対し、那珂はくるりと振り返り、口を開く。

 

「――『菊月』だよ。それと、配属日は……」

 

日が落ち、那珂の顔が一瞬隠れる。

一人のラバウル基地提督と一人の駆逐艦娘の出逢いの、三日前のことであった。




さーて第三話はいつになるかな(しろめ)
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