黒髪の少年―――裡葉玲治は自分の制服を見て、難しい顔をしている。
クローゼットのドアの内側に備え付けられている姿鏡を見て冷や汗を流している。
「おぉう……マジで入学することとなってしまった」
玲治が着ているのは国立魔法大学付属第一高等学校の制服だ。胸と肩には八枚花弁のエンブレムが刺繍されている。一科生という魔法師として期待の卵の証でもあるのだが、それでも玲治の表情は晴れない。
それ以前になぜ自分は第一高校の入試を受けたのだろうと今になって思った。
さくらが行くから玲治も行くことになったのだが、それ以外の理由もある。どの高校でも変わらないか、と思ってもこれだけは顔を顰めてしまう。
「俺って―――白色の制服って似合わなくね?」
白い制服はどうにも落ち着かないのだ。ただそれだけの理由だが、玲治にとっては大問題だ。
「兄さん、入っていいですかー?」
「おー、入っていいぞー」
ドアの外から妹の声が聞こえたので催促する。ガチャとドアを開け、栗色の髪を揺らしながら入ってきた。
「どうですか?一高の制服は似合ってますか?」
「へぇ、中々似合っているな。可愛いぞ、さくら」
「ありがとうございますっ」
兄である玲治に褒められるのはさくらにとって最高の意味を持つ。花が咲いたように笑うさくらに玲治も頬が緩む。
「兄さんも似合ってますって断言します」
「そうかぁ?俺的には白は似合わないと思うだが……」
「そんなことありません。元々格好良いですから何着ても問題ないですよ」
「……似合う似合わない以前に、これを着て三年間通うから慣れなくちゃいけないかねぇ」
玲治は諦めたように息を吐き、ネクタイを締める。
「ふむ、さくらも一科生か。まあ魔法力を考えれば当然か」
「そういう兄さんも一科生のようですが、手を抜きましたねぇ……」
「…………」
ジト目で睨んでくるさくらの視線に耐え切れずに思わず視線を逸らしてしまう。事実、玲治は筆記も実技もある程度手を抜いて合格しているのだ。その理由があまり目立ちたくは無い、という残念極まりない理由だ。
「そんな事はどうでも良い。さっさと朝食食べて学校に向かうぞ」
「露骨過ぎる話題転化ですね」
さくらの呟きは聞こえないように振る舞い一階へと降りていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「納得できません」
「まだ言っているのか……?」
玲治とさくらの友人である兄妹が一高校門前で言い合っている―――というより妹の方が拗ねている。
「なぜお兄様が補欠なのですか?入試の成績はトップだったじゃありませんか!」
「なんでお前が入試結果を手に入れ―――ああ、玲治の仕業か」
男子生徒の方が側で成り行きを見ていた玲治へと視線を向ける。その視線に答えるように屈託の無い笑みを浮かべて親指を立てる。感に触ったようで「後で覚えてろ」と目で訴えられてしまった。
ちょっとだけ、やらかした感があった玲治は手助けすることにした。
「なぁ、深雪。魔法科高校は筆記だけじゃダメなんだが」
「玲治の言う通りだ。俺の実技能力は深雪も知っているだろう?」
「むぅ……」
可憐な美少女である司波深雪は、兄である司波達也にまだ納得がいってない、という視線を送っている。
「お前の気持ちは嬉しいよ。俺の代わりにお前が怒ってくれるから俺はいつも救われている」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘です。お兄様はいつも、私をこと叱ってばかり……」
「嘘じゃないって。でも。お前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前のことを思っているんだ」
その一言で、深雪は頬を赤らめている。
「お兄様……そんな、『想っている』だなんて……」
何かとてつもない齟齬が発生しているのは見ていて分かる。それは玲治はそんな茶番っぽいやりとりを側で見ていて「あぁ、またか」と言った表情で見ている。
っとそこまで考えていると、隣にいるさくらは裾を引っ張ってきた。
「兄さん兄さん、私の事も想ってくれてますか?」
「……えぇ~」
あのバカップルの如く甘ったるい空間に侵されたのか、やけに期待した目で見てくる。
「うんまぁ、俺もお前の事は大事だぞ。ちゃんと『思っている』からな」
「はいっ、私も兄さんの事を『想っています』!」
二組の兄妹の甘ったるい空間に引いている生徒を見て、ああなぜこんな風に育ってしまったんだろうと悔いる。
深雪が新入生総代に選ばれ答辞に選ばれているため、分かれてしまった。二人に付き合って早めに来てしまったため、三人でベンチが置かれているのを見つけたため、三人で一緒に座った。
「深雪も相変わらずだなぁ。どうにかならないの、アレ」
「無理だな。こんな兄を贔屓目で見てくれるのは嬉しいが、少し過大評価が過ぎる」
「そうかぁ?俺的には深雪の見解で間違ってないと思うが?お前って色んな意味で規格外だし」
「酷い言い草だな」
達也は肩を竦めるだけで、特に何も言わない。
「達也も兄さんも私からすればどっちもどっちなんですけど」
さくらは呆れにも等しいため息を漏らす。総合的に見るのなら、玲治の方に分配が上がるが、実戦―――殺し合いとなればまだ分からない。魔法師として優れていると言われても、実戦ではまるっきり評価が変わる。
玲治は自分がおかしいとでも言っているような妹の頭を乱暴に撫でる。
「あわわわっ!や、やめて下さい!髪がっ、髪が乱れますっ!」
「兄を規格外呼ばわりした罰だ。達也だけにしろ」
「だから俺が別に規格外でもないんだが。現に二科生だぞ、俺は」
「「……へー」」
全く信用していないように呟く兄妹。達也は深い深いため息を吐くだけだ。玲治はその程度で本人の実力が測れないのは知っているから特に何も言わない。深雪という妹を持っていれば否が応にも化けの皮は剥がれる。
そうなれば芋づる式に自分たちも関わるのは目に見えている。
「今度はどんな面白い事を引き起こしてくれるんだ?」
「……俺をトラブルメイカーのように言わないでくれ」
「えっ、違うんですか?」
純粋な疑問を口にしたさくらにより達也は静かに携帯端末を取り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「新入生ですね?会場の時間ですよ」
玲治たちに話し掛けて来たのは一人の女子生徒である。女としてはやや小柄ではあるが、モデルのように出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
隣でさくらが軽く唸っているのを無視して玲治はその手首に巻かれているCADに注目した。
校内で普通にCADを装着できるのは生徒会役員や風紀委員だと推定する。
「ありがとうございます。すぐに行きます」
達也はそう言ってお礼を言うが、早々に立ち去りたいように思える。
「申し遅れました。私は七草真由美。第一高校の生徒会長を務めています。よろしくね」
丁寧な自己紹介をされた、と思いきや最後の最後で口調が砕けてウィンクしてきた。どうやら真由美は明るい性格のようだ。
(数字付き……しかも七草って四葉に次ぐ第二位か)
いきなり十師族との邂逅に玲治は苦い顔になりかけたが、すぐに普通の表情に戻した。
「俺、いえ、自分は司波達也です」
「裡葉玲治と言います」
「私は裡葉さくらです。妹です」
「司波達也くんに……そう、あなたたちが……」
目を丸くして驚く真由美は達也と温度が若干違うのにに玲治はすでに分かりきっている。『裡葉』と言えば、古式魔法の名家であり、写輪眼の大元だ。
さくらも魔法師界で裡葉がどんな扱いを受けているのか知っている。何を言われても動じないだろう。
「先生方の間では、あなたたちの噂で持ちきりよ」
どうやら真由美の話では、入学試験の筆記の高得点さに噂になったらしい。達也が入試で平均九十六点、玲治も筆記六位に実技五位。さくらは筆記実技共に三位であり、次席だ。その事はすでに知っているから対して驚きもしない。
「そんな凄い点数、少なくとも私には真似出来ないわよ?」
「……そろそろ時間ですので失礼します」
達也はこれ以上時間を取りたくないのか、半ば無理矢理話を終わらせて背を向けた。
「では会長、自分たちも失礼します」
玲治も真由美に礼をしてから達也の背中を追いかけるように歩き出した。さくらはも先ほどから感じていた視線の意味を感じ取っていたため、ちょっと不機嫌だ。
「……玲治」
「分かっているさ。俺が裡葉だからこそ、十師族も放って置かないだろう。はてさて、いったいどんなアプローチを掛けてくるのやら」
玲治は父たちを殺して四年が経ったが、未だに接触を計ってくる者が絶えない。異性を使って引き込んでこようとする者、眼だけを狙って暗殺をしてくる者。自分たちに仇成す者は悉く屠ってきたが、まだ絶えない。ここ最近では専らストレス発散になってきている。
四年前に裡葉というサンプルが激減した今、玲治とさくらという純血の裡葉は貴重だ。
「さくら、気にするな」
「むぅ……兄さんにお手数を掛けているのを申し訳なく思っています」
これは暗に暗殺者たちの対処の事だろう。その対策として玲治たちはかなりの頻度で一緒にいる。それはさくらも了承している事だ。
「これは俺たちの問題だから達也の出る幕は無いな。表立って過激なアプローチは掛けてこないだろうし」
「ならいいが、本当に手が必要な時は呼んでくれ。対処しよう」
「礼を言う。そんな日が来ないことを祈るがな」
玲治と達也は苦笑し合い、さくらは蚊帳の外であることに不満を持っている。謝罪の意味を込めて
頭を撫でると、途端に気分が良くなった。我が妹ながら単純過ぎることに不安を持つ。
三人は講堂の中に入っていくが、少々時間的に遅かったようで半分以上の席が埋まっている。
普通なら一科生も二科生もどこの席に座ってもいいのだが、綺麗に分かれている。
前席には八枚花弁の刺繍が施されている一科生。後席にはエンブレムが無い二科生。人間の意識というのは差別に敏感らしい。
対して達也は二科生であり玲治とさくらは一科生。流石に一緒に座るのは目立ち過ぎる。
「達也。差別意識なんてどうでもいいが、ここで目立つわけにはいかないよな」
「ああ。流石にあえてこの流れに逆らうつもりは無い。玲治、さくら、ここは一旦別れよう」
「そうですね。では、達也、また深雪と一緒に会いましょう」
「二人で帰らないで待っててくれよ?」
「ふっ、分かってるさ。深雪もそこまで非情ではない」
玲治たちは達也と別れて一科生が前の席へと移動する。取り敢えず二人で座れる場所に座り、銃学識が始まるのを待つ。
「深雪の答辞ですか……本気でやれば総代は兄さんがやっていましたね」
「そこまで目立ちたくは無いなー。色々と面倒だし」
「そんな覇気の無いことでどうするんですか……」
「お前、深雪と同じことを言うんだな」
全く同じことを深雪に言われた事がある玲治は、この二人絶対に似てるわ、と改めて思った。
開始まで十分程度であり、その間さくらと話していると、
「あの、隣いいですか?」
声を掛けられたので、そっちを向くと二人の女子生徒がいた。もちろん一科生である。
「ああ、構わない。どうぞ」
屈託の無い、と言えばウソになるが社交辞令程度の笑みを向けると最初に話しかけてきた活発そうな少女の顔が真っ赤になった。
玲治は達也よりも容姿が整っており、十人中九人は振り返るであろう美形である。当の本人である玲治は自分の容姿に無頓着でもある。
玲治の横に活発そうな少女が座り、次に大人しそうな少女が座る。
「あっ、わ、私は光井ほのかと言います!」
少し慌てながらも自己紹介してきた。
「私は北山雫。よろしく、二人とも」
こっちの少女はほのかとは対照的でかなり落ち着いている。感情が乏しいというのか良く分からないけど
「俺は裡葉玲治だ。で、こっちが」
「……妹のさくらです」
ちょっと膨れっ面となっているさくらは当たり障りの無い自己紹介をしているが、明らかに不機嫌です、といた感じだ。
そこで雫は何かに気付いたようにハッとした。
「裡葉……裡葉ってあの?」
「その裡葉を言っているのか分からないが“眼”に関してなら合っているぞ」
雫と玲治のやり取りに首を傾げていたほのかだが、思い出したような顔をする。
「損得勘定は抜きにしてよろしく頼む。俺的にはさくらとも仲良くして欲しいしな」
「兄さんは心配し過ぎです。私だって頑張れば……」
ぶつぶつと何か言っているが、別に邪険にしているわけじゃない。ただの妹の可愛らしい嫉妬だ。
取り敢えず自分の世界に入りつつあるさくらを放置して三人で話す。
「二人は友人なのか?」
「はいそうです。小さい頃からずっと一緒なんですよ」
「幼馴染みってやつか。友人はいるけど、結局中学からの仲だし」
その友人というのは達也と深雪の事だ。
その二人はこれまでも色々と面白い事に巻き込んだり、巻き起こしていたりしていたから、この高校でどんな面白い事を巻き起こしてくれるのだろうと不謹慎ながら期待している。