深雪の答辞は……本人らしさが出ていたと思う。さくらも頬が引き攣っていたが、深雪だから仕方がないと納得していた。
答辞自体はミスもなく見事なものであったが、その内容に含まれる「皆等しく」「一丸となって」とか「魔法以外にも」「総合的に」など際どいフレーズが盛りだくさんであり冷や汗を掻いたが、講堂にいる男女全員の心を鷲掴みにしたおかげで、誰も気にも留めていなかった。
深雪は世間でも可憐な美少女であり、女性としての黄金律を体現しているような存在だ。成績優秀、容姿端麗といた才色兼備な深雪は中学でも相当な人気があった。その弟である達也も女子からの人気があったが、本人は全く以って気付いていなかった。
さくらも深雪ほどでは無いが、かなり整っており深雪の『美しさ』とは違う『可愛さ』を持っている。そんなさくらと一緒に深雪に会いに行きたかったが、今からIDカードの交付がある。それでクラスが分かるわけだ。
玲治とさくら、雫とほのかは受付でカードをもらい、何組かを確認する。
「玲治くんとさくらは何組?」
「俺は……A組だな」
「兄さんもですか?私もA組ですよ」
親しくなった雫とほのかとは敬語も外れて名前で呼び合うようになった。
「二人ともA組ですか?私たちもです!ね、雫」
「うん。これで四人一緒」
雫も少し嬉しそうに笑みを浮かべている。
「玲治さんたちはホームルームに行きますか?」
「すまんな。これから友人二人と待ち合わせしているんだ」
これは本当のことだ。帰りに達也と深雪合わせて四人でどっかに寄ろうと話していたのだ。深雪の人気振りを見れば、少し早めに行かなくてはいけない。
玲治や二人に挨拶をしてからさくらと少し話す。
「あの二人は一体何組になったことやら……」
「深雪なら私たちと同じA組だと思いますよ。達也は分かりませんが」
「アイツの魔法技能は勿体無い限りだ。戦場では無類の強さを誇るというのに」
学生に向いていない奴は始めて見た、と面白そうに言う。
ポンポンとIDカードをお手玉のように放り投げている玲治をさくらが叱ったりしながら歩いていると、達也の姿が見え、その周囲に二人の女子生徒がいた。
ニヤリと笑みを浮かべた玲治はそのまま達也たちの方へと歩いていく。
「ほほぅ……達也さん。随分と面白―――仲がよろしい事で」
「玲治、何を思っているのか分かるが、違うからな。あと本音が漏れているぞ」
「達也が両手に花の状態なんていう面白い状況を作ってくれた事に感謝、と」
「開き直るな」
そんなしょうもないやり取りをしていると、達也と一緒にいた二人の女子生徒は、少し玲治とさくら警戒している。一科生だから仕方が無いといえば仕方が無い。その事に気付いたのか、達也がフォローに入る。
「千葉さん、柴田さん。彼は俺の友人だ。差別意識は無い」
「そそ。友人の達也が二科生なんだから見下すわけ無いだろ。それに、一科生とか二科生とかどうでもいいし」
それでようやく千葉と柴田と呼ばれた少女は警戒を解く。どうやら玲治が思っていた以上に一科生と二科生の溝は深いようだ。
「初めまして、俺は裡葉玲治。まあ見ての通り一科生だ」
「私は裡葉さくらです。兄さんと同じ一科生ですよ」
「うわぉ、いきなり大物と出会っちゃったよ……」
玲治とさくらの自己紹介を聞いて千葉は驚いたように目を丸くして、軽い調子で僅かに身を引いていたが、演技だとすぐに分かる。驚いたのは本当だろう。
自己紹介で驚くということは、千葉もまた裡葉について知っているということだ。隣にいる柴田は裡葉についてはあまり知らないようだ。
「あたしは千葉エリカよ。よろしくね、裡葉くんに裡葉さん―――ってなんか言い難いわね。名前で呼んでいい?」
「別に良いけど、じゃあこっちもエリカと呼ばせてもらおうか」
「オーケー、じゃ改めてよろしくね、玲治くんにさくらちゃん」
「はい、よろしくお願いします、エリカさん」
エリカが親しみ易い性格で良かったと玲治は思う。殆どの魔法師は裡葉と知れば避けるか逆に擦り寄ってくるかの二択が非常に多い。
「美月、さっさと自己紹介しなさいよー」
「わ、分かりました……えっと、柴田美月です。よろしくお願いします」
「こっちこそよろしく」
「よろしくお願いします、柴田さん」
自己紹介が終わり、玲治は美月の眼を見て僅かに眉を顰める。別に不機嫌になったとか、癪に障ったとうわけではなく、眼鏡を掛けている理由だ。
ここ最近視力矯正なんて出来るようになってきたから眼鏡を掛ける人は激減している。魔法師で眼鏡を掛けるなんて『霊子放射光過敏症』としか思えない。しかも、感覚からして強力なものだと推定した。
(まさかこんな所で会うとは……俺の眼より少々下か?)
写輪眼が全てを視る魔眼であるため、
警戒する必要は無いため、興味深い程度の認識となっている。
「―――お兄様、お待たせしました」
講堂の入り口の隅で話していた玲治たちの背後から、待ち人がやってきた。何となく予想していたが、ものの見事に人垣が出来ている。深雪はその間をすり抜けて来た。
「深雪、あなたは人気ものですね。相変わらず」
「さくら、あまり嬉しくないのよ。疲れるもの」
「……分かります」
深雪とさくらは誰に、というより深雪の美貌で寄ってきた人たちに聞こえない声で話し合っている。その際、深雪と話しているさくらの方に視線が向き「あの子、誰だ?」とは「可愛いな」などとさくらを評価する声も上がっている。
深雪とは違うベクトルの容姿を持つさくらにも目が行くのは仕方が無い。確かにさくらは小柄だが美少女の部類に入る。『可愛い』という域から出ないのだが。
こうして二人並んでいると、中々絵になるのだがいつまでもこうしている場合ではない。
話しかけようとしたとき、後ろにいる人に気が付いてしまった。それは達也も同じだ。
「こんにちは。またお会いしましたね」
なんか裏が有りそうな笑顔を浮かべている真由美に頭を下げる。
「お兄様、そちらの方たちは……?」
「ああ……こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ」
「そうですか……早速、クラスメイトとデートですか?」
深雪は達也に笑みを向ける。しかし、目が完全に笑っていないのが付き合いが長い玲治たちに気づいた。そして、玲治は場を弄るのが好きな性格であり、独り言のように呟く。
「結構親しげに話してたよな。会って全然経ってないのにそんなに仲が良いとは……もしかして結構気が合っている?」
「玲治っ……!」
「へぇ、そうなのですか。気が合っているのですね……」
達也は煽った玲治を睨みつけるようにしているが、ただ悪い笑みを浮かべて傍観を決め込んでいるだけで、フォローなんでものは一切しない。
しかし、そんな深雪を少し戒めるとすぐに怒りが収まってしまい、玲治としては面白くない結果となった。
「玲治、あとで覚えてろよ」
「はて、何のことかな?俺はただ独り事を呟いていただけだが?」
「兄さん、公共の場では少し自重してください……」
「やれやれ、可愛い妹から言われちゃあしょうがない」
おどけたように言う玲治に白々しい、と言った視線が向けられる。主にエリカと達也からだ。
「もしかして玲治くんって……シスコン?」
「別に俺はシスコンじゃない、と思いたいなぁ」
玲治がシスコンなら達也は重度のシスコンという意味になる。今はまだ分からないかもしれないが、付き合いっていれば自然と分かる。
とは言っても自分がさくらを大事にしていることには変わりは無いから、否定もあまり出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
自宅に帰ってきた玲治とさくらは、着替えてから一階のリビングのソファーに座っている。一般的な家でも良いと言ったのだが『契約相手』からの意向で立派な一軒家に暮らしている。
あの日『一族会議』に来ていた裡葉を滅ぼした玲治だが、また年端もいかない子供が世の中生きていく事は非常に難しい。だから、ある人と契約を結びこうして普通に暮らす事ができる。
決して傘下に入ったわけでも言いなりになっているわけでもない。あくまで対等な関係なのだ。玲治がその気になれば一国を落とせるから、機嫌を損ねるような事は相手はしない。
玲治の怒りの買う原因なんてさくら以外に存在しない。他はあまり気にしていない。
「ふふふっ……」
玲治と密着して幸せそうに笑っているさくらを見て、本当になんでこんな風に育ってしまったのだろうと内心頭を抱えるが、その最たる原因を知っている。というよりそれしか思い当たらない。
(深雪……お前、さくらに何を吹き込んだんだよ)
重度のブラコンである司波深雪だ。
まださくらが外に出て間もない頃、一応一通りの知識を教えたのだがいまいち恋愛面など感情に準ずるものは体験をさせなくてはいけない。契約相手のおかげで学校に通う事となり、さくらはどんどん知識を吸収していき、逆に余計なモノまで吸収してしまった。
その中学には司波兄妹がいたのだ。さくらは常に玲治の妹であろうとし、最悪な事に深雪を真似し始めたのだ。クラスが一緒だったりして、話をするくらいの仲だったのだが、いつの間にか友人と呼べるくらい仲が良くなった。それに比例して深雪と関わる毎に純粋だったさくらは毒されていってしまったのだ。
今ではすっかり玲治至上主義となってしまい、困っている。
「兄さん兄さん、もっと撫でて下さい」
「はいはい。ったく甘えん坊だな」
右腕の中にスッポリ入るほど小さな妹は、恋慕もあるとは思うが甘えている部分が多い。それも小さい頃からしたことが無かったからだろうと思う。
「兄さんと一緒に暮らせて幸せです」
「どうした急に?」
「いえ何も。ただ……こんな幸せを味わえるとは思えませんでしたから。あのまま時が流れていたら、私はどうなっていたんでしょうね」
「……俺が行動を起こさなければ、間違いなく愚かな父の交配していただろうよ。それはそれで違う幸せがあったんじゃないか?無知は愚かなり、という言葉があるが無知もまた幸せという意味でもある」
「うーん……過去についてはいいです。統治さんも亡くなったわけですし」
さくらの反応に玲治は少々目を丸くして驚いてしまう。
統治のために幼少の頃から過ごしていたさくらは、統治についてはもう少し情があるかと思っていたから、こんなあっさりした反応を返されるとは思わなかった。最初の頃は悲しんでいたのにも関わらず。
「これからも、俺らが裡葉である限り襲撃は絶えないだろう。同じ裡葉一族でもお前を狙ってくる事も有り得る」
玲治たちが裡葉である限り、敵は対処しなくてはならない。そして最も危険があるのは、玲治ではなくさくらの方だ。理由は簡単、男よりか女の方が一族に貢献出来るからだ。
だが、これまでも襲撃はさくらに指一本触れさせては居ない。玲治だけが開眼しているとという情報を
「戦力的に見れば兄さんと私、どっちもどっちですけど……」
「まあ……そうだな。お前見た目に寄らず近接格闘も出来るもんな」
混じりの無い純血のせいなのかは分からないが、とにかく玲治とさくらは優秀だ。むしろ襲う方が無駄な労力だと思う。
「そんワケで対襲撃者迎撃用に八雲さんの所に行くぞ」
「九重先生の所にですね。朝食はどうしますか?」
「用意してくれ。達也たちも行くらしいし、久し振りに手合わせ願おうかねぇ」
玲治は明日達也との組み手を期待しているように笑みを浮かべる。
達也に玲治、さくらに深雪には体術の先生というべき存在がいる。それが「忍術使い」と呼ばれる九重八雲だ。玲治たち裡葉と同じ古い家系でもあり、同じ「忍び」だった。
しかし、玲治は現代魔法を取り込んだから、すでに純粋な忍びではなくなった。四年前の真相を知っていて尚、変わらずに接してくれる八雲は玲治にとって貴重な人材だ。
「話しは変わりますけど、今日の夕食は何がいいですか?」
「そうだな……今日は入学式だから、オムライスでいいぞ」
「オムライスですか?もっと豪勢なものではなくて?」
純粋に疑問に思っているさくらに苦笑して、頭を撫でた手を止めた。
「俺にとってはオムライスは特別さ。なんたって―――お前は初めて俺に振舞ってくれた料理じゃないか」
きょとんと小首を傾げているさくらだが、やがて玲治の言葉の意味がわかったのか、花が咲いたよう笑顔となった。
「誠心誠意込めて作りますっ!」
「ああ、期待しているぞ」
玲治も優しげな笑みを浮かべてお互い笑い合う。