玲治とさくらは朝早くに起きて支度をしている。
さくらがすでに弁当を作り終えているため、着替えるだけですぐに家を出ることが出来た。
目的地まで普通に歩くのも面倒なので二人揃って魔法を使っていく。さくらは以前深雪と一緒に行った際に使っていた移動と加速の複合術式を使い、ローラーブレードで滑り上がっている。本人曰く意外と訓練になるらしい。
かくいう玲治もボードに乗って同じような術式+硬化魔法でボードと自分自身の相対位置を固定し、集合概念として定義して移動術式を組んでいる。二人とも移動を完全に魔法で制御しているのにも関わらず平然としている。
「うーむ、学校の部活は『SSボード・バイアスロン』にしようかな」
「兄さん好きですからね、ボード」
「好きというより、移動が楽」
どっか遠い場所に行く時などは普通にボードを使っているのだが、その場合高速移動術式を組み込むため、もの凄い速度が出るのだ。目視出来ない速度で移動するこの術式は、基本的に目的地が見える時に使う。とてもじゃないが、街中で使う魔法じゃない。しかし、玲治には写輪眼があるからそんな無茶も呆気なく通るのだ。
「んー……もう達也たちは着いているのか、速いな」
道に拡散しつつある想子の残滓を見て呟く。二種類の想子は見たことがある。達也と深雪のと見て間違いないだろう。
二人で目的地まで着いた意外と大きな寺は、一般的な寺じゃない。そこら辺でなんかやっている者たちは全員が八雲の下に集ってきた修行者なのだ。一種の僧兵だろう。
ボードを脇に挟んで門を潜った瞬間、横から手刀が飛んできた。
「―――随分なご挨拶ですね、八雲さん」
「いやはや、達也くんといい君たちは本当に強くなったねぇ」
手刀を放ってきた八雲は軽薄そうな笑みを浮かべて、腕で防いだ玲治を賞賛する。
「
「……受けて立ちましょう。俺の忍術は衰えていません、よっ!」
八雲の手刀は弾いた玲治は寅の印を結び、忍術を発動する―――
「……相変わらず凄いな」
寺の敷居に建っている木造の寺の縁側に座っている達也と深雪は玲治と八雲の仕合いを見ている。
「忍術使い同士の戦い、というわけですね」
深雪も感心したように見ている。
現代魔法師が常備するCADを一切使わず超常現象連発している二人を久し振りに見て、思わず魅入られてしまっている。
相手の打撃が当たったと思いきや、いつの間にかそこら辺にある木材などに変わっていたり、風の弾丸を無数に飛ばしたり、幻影を使ったりと深雪に至っては忍び同士の戦いをついていけてない。
「やるねぇ、玲治くん。裡葉は健在のようだね」
「現代魔法に手を出しただけで、別に弱くなったワケじゃありませんよ!」
楽しそうに笑みを浮かべながら拮抗している現状を打破しようとしているが、全然変わらない。
「そろそろ止めた方がいいかもしれませんね」
「あ、さくら。あなたは加わらないのかしら?」
隣で座って観戦しているさくらに深雪は訊くが、首を横に振った。
「無理です。あの二人は忍びの中でもトップクラスですから。それに私の専攻は現代魔法です」
少しくらいは使えますが、と言い再び仕合を見る。
そこで、状勢が変わった。
「くっ……!」
苦い顔をしているのは、八雲ではなく玲治の方だ。接近戦に持ち込まれ対応しているが、押されつつある。そこから逆転ならず、地面に押し倒され首下に手刀を添えられてしまった。
「……勝てない」
「僕はきみの師匠でもあるからね。そんな簡単に負けられないよ」
玲治は起き上がり、体の調子を確かめていた。
「だけど、写輪眼を使われてたら僕の負けだった」
写輪眼の洞察眼を以ってすれば八雲の動きは手に取るように把握出来る。玲治自身、修行に写輪眼を使わないのを信条としているため、仕合で使う機会は無い。
「兄さん、お疲れ様でした」
「そこまで疲れてはないが、有意義だったのは違いない」
さくらからタオルを受け取り、汗を拭う。一般人からすれば瞬間移動の如く動き回っていたから流石の玲治も息切れする。同じくらい動き回っていた八雲は息切れ一つも起こしていないから理不尽だと思う。
三人は達也と深雪と一緒に座った。
「達也、八雲さんには勝てたか?」
「いや、一方的にボコボコにされた」
達也は苦笑しながら言う。どうやら八雲さんと超えるのは当分先になるらしい。
四人で修行後の朝食を食べながら、雑談を交わす。不意に八雲が玲治と達也を見てしみじみと呟いた。
「もう、体術だけなら達也くんにも玲治くんにも敵わないかもしれないねぇ……」
それは純粋な賞賛。他の門下生がいれば嫉妬や羨望していただろう。しかし、玲治はその賞賛を素直には受け取れなかった。なぜならば、
「俺は写輪眼を使ったから、一概に自分の努力とは言えないがな」
当初はさくらを守るために、全ての技術を取り込もうとしていた。それは八雲の体術も例外ではない。写輪眼でコピーしたのだ。
世間で―――魔法界隈で囁かれている写輪眼は展開中の魔法式を読み取り、模倣する事が出来る。更に想子や霊子と意図的に視認する事が可能であり、何より幻術を見せる『幻術眼』と催眠を掛ける『催眠眼』など多くの特殊能力を兼ね備えている。敵からしてみれば相当な脅威だ。簡単に自白させる事ができるのだから。
写輪眼の脅威を正しく認識している者たちは執拗に眼を求めてくる。一番ロクでなしのすることならば、裡葉の女を誘拐し母体にする事例もある。その大半の研究所も裡葉の報復にあったりして潰れている。
自分の努力の結晶を横から奪い取るような行為をしたのにも関わらず、八雲は気にしていないように笑う。
「別に構わないよ。僕としてはきみたちの身の危険性を知っている。そして家族を守るために力を求めるのなら協力を惜しまないよ」
「……ありがとうございます」
玲治が八雲に頭を下げている時、その隣でさくらが頬を染めている事に気付いていなかった。しかし、八雲を含めた三人は気付いていたようで、温かい目でさくらを見ていた。
その視線に気付いたさくらは慌てて佇まいを直して咳払いをする。
「そういえば、兄さんは普段から写輪眼を使わないですけど、どうしてですか?」
「ああ、俺とも組み手でも使わなかったな」
「そうだね、僕としても知りたいかな。もう僕と達也くんも体術は模倣する意味は無いんだしね」
既に玲治は八雲の体術を完全模倣し、自分自身にアレンジしている。ゆえに別に写輪眼を使ってコピーしなくてもいいのだ。なのに、未だに使わない玲治にさくらですら疑問に思っている。
どうやった話そうか、と悩みながら水を飲み干す。
「そうだな……裡葉は代々古式魔法の名家だったんだが、今ではすっかり落ちぶれただろ?」
第三次世界大戦で活躍した玲治とさくらの叔父である元当主・裡葉幻山。幻山は黒い雷撃を以って全ての敵を薙ぎ払って行った。
しかし、大戦中で原因不明の失明症に掛かってしまった。今まで猛威を振るっていた裡葉だったが、その殆どが幻山の成果だった。かつて古式魔法のエキスパートだった裡葉だが、現代魔法の発動速度に敵わず、撤退を余儀なくされて権威は失墜した。あくまで表の権威というわけだが。
「あんな写輪眼頼りの戦いなんて、俺的には阿呆がやることだ」
「だからお前は、写輪眼を使わずに素で鍛えているのか」
「そゆこと。つーか裡葉は眼を過信しすぎだ」
かつて裡葉一族は体術も行える忍びであったのにも関わらず、眼を過信したあまり疎かになった。その結果が第三次世界大戦だ。
「玲治もお兄様も先生が褒めてくださっているのですから、もう少し自信をお持ちになった方がいいのではないかと思います」
「深雪くんの言う通りだよ。君たちはもう達人クラスだ。魔法師相手に遅れを取らないさ」
一流の魔法師相手となれば話が別だが高校生で二人を超える者はいないといっても過言ではない。
少しくらいは自信を持った方がいいかな、と玲治は思った。
玲治とさくらが一高へと行った後、その場に残ったのは達也と深雪、そして八雲だ。
何も聞こえない、風で葉が擦られる音以外何も聞こえない一時、達也は口を開いた。
「……師匠」
「うん、わかっているよ」
八雲は笑みを崩さすに縁側に座る。
「きみが知りたいと言っていた玲治くん―――裡葉一族についてだね」
達也は無言で頷き、深雪はその事実を始めて聞いたのか目を丸くして二人を見ている。
「それは、どういう意味ですか……」
「言葉の通りだ。俺は師匠に調べて欲しいと頼んだ」
「そういうわけだよ。まあ達也くんが来た時にはすでに調べ終わってたんだけどね」
じゃあなんでその時に教えてくれなかったのか、と言っても笑って回避されるのは目に見えているから、ため息を漏らす。別に急いで欲しいというわけでも無かったから、大事にはなっていないから良しとした。
「知っての通り、裡葉一族は「忍び」の中では最も古い歴史を持つ一族であり、その眼を持って最強となりこれまで不動だった。現代魔法が世に広まる前までは写輪眼は絶大な力を持っていたのは知ってるかい?」
「はい。それは今でも変わりないという事も」
「その通り。写輪眼は忍術・体術・魔法を看破し、更には模倣する眼だ。正に理想とも言える能力を詰め込んだ力を裡葉は独占門外不出としていた。元々裡葉の力であり、外に広がるのを良しとしなかったのは当然だね。けれど、一族間だけで回るほど世界は甘くない。戦いの果てに一族の数はどんどん減っていった。そこで仕方なく外の血とも交わるようになってきた」
裡葉一族は元々少数だった。平和な世界ならば一族の間で血を保ちながら過ごせたかもしれないが、戦闘が多かった。徐々に写輪眼の対抗策が練られていき、徐々に減らしていった。その時から写輪眼を奪われることも多かった。
外と交わる事によって一族も安泰していった―――と思われた。
「時代が進むにつれて―――裡葉の血が薄れるにつれて写輪眼の開眼者が減っていった。元々写輪眼が遺伝性の能力だったから当然といえば当然かな?」
「そうだったのですか?俺は玲治とさくらを見ていたから数はいると思ったのですが……」
「玲治くんとさくらくんは完全な純血さ。裡葉の中には誇りを守るために純血同士の交配でいくつかの家はこれまで保ってきたのさ。今で言う『宗家』と呼ばれる十二家がそうだよ。あの兄妹はその家系出身なのだろう。紛れも無い裡葉の直系だよ」
達也は納得した。
「最も、写輪眼の開眼条件は裡葉の血と何かがあると思ってるんだけどね」
「それは師匠でも調べられなかったのですか?」
「写輪眼については本来裡葉だけのものだ。情報隠蔽がかなり厳重だ。それに……」
八雲は珍しく顔を顰めて言おうか言うまいか迷っている。そんな八雲を見るのが初めてな二人は驚いていた。
「裡葉一族の写輪眼には、更に上の瞳術があるらしい」
「さらに上……?そんなものまであるのですか」
「これはあくまで噂の域を出ないんだけど、僕は真実だと思ってるよ」
「それは何故ですか?」
あらゆる情報を収集してくる八雲の曖昧な情報にも驚くが、信憑性が限りなく薄い噂を信じてるのがあまり信じられないと思えた。
「第三次世界大戦で『雷神』と謳われた黒い雷を操った裡葉幻山。あの力はもしかすると、写輪眼の更に上の瞳術の可能性があるんじゃないかな?」
達也自身もその話は聞いた事がある。この世の自然現象や物理法則を超えた力。確かにそう思えば有り得るかも知れない。
「一族についてはここまでで、あとは玲治くんとさくらくんの素性だね」
「お願いします」
「先ほど話した通り、玲治くんは裡葉の『宗家』の一人であり次期当主候補だったんだよ。僅か十歳の時に写輪眼を開眼させ、忍術に関しても他の髄を許さなかった。正に神童とも言うべき存在だったね。『六道仙人』の再来とも言われていたよ」
六道仙人とは裡葉一族の開祖であり、天地創造を可能とさせたと言われる人物であり、殆どの者が嘲笑うような骨董無形な人物だ。
「四年前の事件を起点として現代魔法にも手を出し始めて今に至るわけさ。たださくらくんの方の情報は無いんだよね」
「それはそういう意味ですか?」
その事実に達也は眉を顰める。あそこまで仲が良いのにも関わらず過去の情報が無いというのはおかしい。それこそ、自分たちのように徹底隠蔽されているかだ。
「さくらくんに関しては本当にわからないんだよ。まるで四年前に突如として現れたようにね」
四年前の事件で裡葉さくらという存在が表に出て来た。それ以降の情報が無い、という事を意味するのは、
「生まれてきてから、さくらくんはもしかすると幽閉されていたのかもね」
「そんな……」
今まで黙って聞いていた深雪が悲しそうな声を上げる。深雪と最も仲が良い同性の友人であるさくらが幽閉されていたとは思えなかったからだ。
「しかし、四年前の『宗家』の六家が滅んだ際に玲治くんと共に保護された。何者かの襲撃の際に二人で逃げ延びた可能性があるね」
八雲の話をを聞きながら達也は幽閉の話が信憑性があると確信していた。
初めて会った時の玲治とさくら。特にさくらに関しては殆ど知らなかったのだ。アイスも知らなかった。服のブランドも知らなかった。パフェも、一般的な料理ですら知らなかった。それを意味するのは外界から隔離されていた、という事実に他ならない。
(……まさか)
達也は一つの結論に達した。しかしこれはあくまで自分の妄想だと、考えすぎだと思い首を振る。
―――玲治が四年前の事件を引き起こした犯人だなんて……有り得る筈が無い。