第0話 10年後
そこには一人の男が立っていた。
彼の視線の先には、太古に生まれ大地というものが生まれた時から止まることなく活動を続ける水と塩分、ミネラルなどが混じったものが映されていた。
「あの時」にも活動していたそれは現在も変わらない
彼の足もとには五つの吸い殻が落ちている。
「ごみはゴミ箱に!」と書かれた看板に一瞥くれるが、感銘を受けることなく蒼い海に視線を戻す。
「あの時から10年か…」
少し物思いにふけながら新しい煙草を取り出した。
ふと背後に人の気配を感じる。
振り返るとそこには黒い髪の女性とも思える人が立っていた。だが、薄いオレンジ色のポロシャツに少し黒いズボンをはいている人物はあいにくにも女性ではなかった。
「お久しぶりです。…綾波特務一尉」
「おいおい、もう軍人ではないんだから一尉はやめてくれ。」
「そうでしたね。綾波……さん。」
彼は少し困ったようにそう訂正した。
「まだ慣れないのか。10年前にコウスケでいいと言ったろ?」
「一応成人ですし、そう呼んだほうがいいかと…」
「彼女がもう綾波ではないからかな?」
綾波と呼ばれた男はそういうと少しにやけていた。
「あやなみ!」
「もう! からかわないで下さいよ。」
「すまんな。久しぶりに会えたから少し浮ついていたようだ。」
そういうと声もなく笑った。
「しかし随分とたくましくなったな。碇シンジ。」
「そうですか? まあ、綾波さんより背がおおきくなったかな?」
「こいつ…人が気にしてることを……」
「あれっ! そうだったんですか?」
「まあ、嘘だがな。」
「やっぱり変わりませんね。」
「当たり前だ。」
互いに笑いあう男たち。
「彼女は元気か?」
「ええ。随分と明るくなりましたし、料理もうまくなりましたよ。」
「そうか。」
「ただ…」
「ただ?」
「ほかの女性と話していると…」
「あの眼でじっと睨んでくるってか?」
「ええ…」
(あの眼からは逃げられんからな。)
などと思いつつあの紅い眼を思い出す。
生命の神秘さを表すような紅い眼ににらまれれば、逃げ出すのも至難の技だろう。
「あいつは嫉妬深いからな…」
「そのあとのご機嫌取りも大変ですよ。」
「そのうち後ろからグサッとか」
「やめてくださいよ! 縁起でもない!」
「ははは、すまんすまん。」
「僕は彼女を愛すると誓ったんです。今更ほかの人になびくなんてありえないです。」
「はいはい、十分に分かってるよ。でも、こんなところで愛の告白とはな…」
そういうとシンジは真っ赤になっていた。
「相変わらずだな。その様子なら大丈夫そうだな。」
「………」
いまだにシンジは赤くなっている。
「大丈夫だと思うが…彼女を泣かせるようなことはするなよ? 俺の大事な娘なんだからな。」
そういって新しい煙草に火をつける。
「まだ止めてなかったんですね。」
「当たり前だ。」
「体が壊れますよ?」
「まだまだ大丈夫だ。」
「そうはいってもレイが心配してましたよ。」
「お前は心配してくれないのか?」
「僕はあきらめましたよ。」
ミサトさんのビールみたいなものでしょと言いシンジは困った顔をする。
ふとシンジは何かに気づいたように後ろを振り返った。
遠くから人がシンジたちの方に歩いてくる。
シンジが手を振ると少し小走りになった。
徐々に大きくなる人影は白かった。
今日は白いワンピースを着てきたようだ。
「待った?」
「ううん。僕も今来たところだよ。」
「そう。」
そういって安堵の表情を浮かべる。とはいっても表情自体はさほど変わらないように見える。
それがわかるのはごく一部の人間だけだろう。
「久しぶりだな。レイ。」
「こんにちは。特務一尉」
「おいおい、もう軍人じゃ…ってさっきも似たようなことがあったな。」
そう言って苦笑いを浮かべた。
「綾波特務一尉。」
「それじゃ変わらんだろ。」
「………コウスケさん」
「…まあいいか。」
やれやれとあきらめたように彼「綾波コウスケ」はつぶやいた。お父さんと呼んで欲しかったのだ。
とは言っても24歳と39歳
15歳差というのは何とも微妙だった。
兄というには離れすぎてるし、父と呼ぶには近すぎた。
法律上では一応父であったが
「さて、そろそろ行くか。」
「そうですね。」
彼女は空のように蒼い髪を縦に振った。
・・・
「運命の日」、所謂最終決戦より10年
気候はセカンドインパクト後と変わらないが、人類社会はセカンドインパクト以前にまで復旧した。
いまだにSEELEの残党や地域間での紛争は絶えないが、混乱初期に立ち直った日本では平穏な日々を送っていた。
レストランへと向かう途中、綾波コウスケは二人を見やった。
(あの日から10年……あの一年間は一生忘れられんな。)
ふとあの一年間を思い出す。
2015年
この年は人類の大きな転換期であったし、綾波コウスケにも少なくない影響を及ぼした年であった。
あれがなければ彼はここにいなかっただろうし、軍人をやめることもなかっただろう。
娘となった綾波レイにも出会うことはなかっただろう。
(運命か……)
運命などという言葉を嫌っていた。
自分の意志で生きるという人の本能みたいなものを超越的な存在が否定しているように思えるからだ。
この時ばかりは運命というほかに言葉がないように思える彼であった。
(あの時は大変だったな……)
そう思うと彼は煙草をポケット灰皿にしまい込み、再びあの一年間を思い返していた。
思い出される数々のシーン。
煙はいまだに青い空を漂っていた。
初めまして。浩介です。
今回初めて投稿しました。
何度も読み返し修正しましたが、文章力に乏しいのでご指導、ご感想をいただければ幸いです。
年度内の完結に向けて頑張りますので、どうか暖かい眼で見守ってほしいです。