時に2015年
世界は俗にいうセカンドインパクトを乗り越え再び繁栄へと続く階を駆け上がり、それが永遠に続くものだと信じられていた。
だが、それは人類が生み出したひと時の夢物語でしかなかった。
蒼く透き通った太平洋の中を悠遊と泳ぐそれは人類が抱いた幻想を打ち破るには十分すぎる「力」を持っていた。
「太平洋にて未確認物体接近!」
「物体に金属反応なし。」
「総員第一種警戒体制」
定まったマニュアルに従い人々が慌ただしく動き回る。
それは2000年以降に起こった地獄での教訓をもとに作成されたものである。
「しかし金属反応がないとはいったいどういうことか?」
それはごく一般的な疑問かもしれない。
人類が何かを創造するとなれば金属を使用するのが主流であるからだ。
無論バイオテクノロジーというのもありうるだろう。
だが、「それ」はあまりにも大きすぎた。
未来ではどうかはまだわからないが、この時の人類では「それ」を生み出す力も余裕もなかった。
いや、厳密に言えば国連の非公開組織「NERV」では違うのであるが、非公開ゆえに「機密」を盾に情報が公開されていないのだ。
「ともかくここを目指しているのは間違いない。」
「湾岸の部隊配置はどうか?」
「すでに配置が完了しています。」
「では目標が射程圏内に入り次第攻撃を開始せよ。」
この時すでにあらゆる手段を講じて「それ」にコンタクトを試みていたが、すべて無駄に終わっていた。
直接接触を試みた潜水艦が一隻「それ」によって破壊されていた。
乗員の生還は絶望的だろう。
「目標がレッドゾーンに突入します。」
「攻撃開始!」
司令官の号令とともに湾岸に配置された部隊が一斉に火を噴いた。
「目標に着弾を確認!」
「やったか?」
しかしその希望はあっさりと打ち破られた。
「目標依然健在!」
「なに!」
爆煙の中から現れる「それ」を見て驚愕する一同
「攻撃を継続せよ!」
スクリーンからは休みなく「それ」に破壊の雨を降らしていた。
突如白い光が映し出される。
発令所に響く轟音
「どうした!」
「目標からの攻撃を確認!」
「湾岸の戦車部隊壊滅!」
「ばかな…」
「第二波来ます!」
再び怪しく光る白い仮面
湾岸の指揮を任された司令官がみる最後の光景であった。
・・・
とある航空基地
彼は大変不機嫌そうであった。
「どうした? しかめっ面なんかして。」
「当たり前だろう。せっかくの休暇がパーになったんだ。」
「そいつはご愁傷様。」
「この野郎…」
「しかしいきなりスクランブルとは大事だな。」
「ここのところ平和だったからな。」
「まあ何せよ急ごう。」
「ああ。」
ブリーフィングルーム
「今回は…」
そういうと基地司令はオペレータを促した。
スクリーンを見た隊員たちは驚愕の表情を浮かべる。
無理もない。
人智をはるかに超える「それ」を見て驚くなというほうが無理だろう。
「突如出現した正体不明の生命体の迎撃に当たる。」
スクリーンには友軍機がちらほらと映っている。
見たところ成果を上げていないようだ。
「見て分かるようにいまだに敵生体にダメージを与えていない。諸君らも迎撃に加わり敵生体の撃破が今回の任務である。何か質問は?」
一人が手を上げる
「この生体は何なんでしょうか?」
「残念ながらいまだにわかっていない。」
「………」
「わかっているのはこれ以上進行を許せば一般市民に被害が出るということだ。」
野太い司令の声に一同は静まりかえる。
謎の生命体の進行。
それはいまだに宇宙人との邂逅を果たしていない人類にとってあくまで娯楽の一部であった。
しかし夢でも虚構でもない現実で起こっているのだ。
「ほかに質問は?」
よくわからないものに対して何を聞けばいいのか?
一瞬のしかし永遠とも思える静寂が部屋を包み込んだ。
「以上で解散する。諸君の健闘を祈る。」
・・・
「しかしたまげたな謎の生命体か…」
「……」
「なんにせよやれることはやるか。」
「そうだな。」
「お互いに生きてかえってこような。」
「そうだな。」
「なんだよ辛気くせえな。うちのエースらしくないぜ。」
そう彼は綾波コウスケにいった。
彼とコウスケは3年来の付き合いであった。
いまだに紛争の絶えない世界で幾度となく死線を潜り抜けお互いに戦友と認識するまで時間はかからなかった。
「そうだ。今回の任務が終わったら飲みに行こうぜ。」
「楽観的だな。」
「そうじゃなきゃ、やってられねえよ。」
「そうだな。」
コウスケは表情を緩める。
ここであれこれ考えても仕方ないのだ。
「またな戦友!」
それがコウスケの見た戦友の最後の姿であった。
・・・
Su-37
それがコウスケの愛機である。
技術の進歩で旧式になりつつある愛機をコウスケは手放すつもりはなかった。
幾度となく新型への乗り換えを勧められたが、すべて断っていた。
長年をかけて調整したバランス、操縦桿、コクピット
それらがすべて気に入っているのは無論であり、何よりも彼にも信条があった。
それは
「機体の性能の差が戦力の決定的な差にはならない」
であった。
実際経験の浅い新兵を最新機に乗せても使いこなせない。
それは熟練兵もそうだろう。
いや、熟練兵だからこそその辺をわきまえていると思われる。
ならば無理に新型に乗るよりは使い慣れた機体に乗ったほうが生還率は高いと考えるのだ。
コウスケはそう考え愛機のチェックを行っていた。
・・・
未知の生命体と戦闘が開始されてすでに数時間
コウスケも戦闘区域を飛んでいた。
「こちらアロー3目標を確認。」
「了解。攻撃を開始せよ。」
「了解。」
攻撃命令を受け愛機を操る。
うまく側面に回り込み機銃を打ち込むが効果がない。
「こちらアロー3効果がない。」
「攻撃を継続せよ。」
「……了解。」
(死にに行くようなものだな…)
先ほどから友軍と連携して攻撃しているがまったく効果がない。
人型をしている「それ」はまるで見えない壁のようなものに遮られ攻撃が届かない。
「それ」は腕からパイルバンカーのようなものを友軍機にぶつけている。
火を噴く友軍機たち
そんな友軍機を「それ」は障害物のようにしか思っていないようだった。
まるで道端に落ちている石のように
(いったいどうすればいいんだ?)
そう思うのは彼だけでないだろう。
栓無き事とはいえそう思うのをやめられない。
機銃、ミサイル、特殊兵装すらも効かない。
「………」
そんな相手にどうすればいいのか?
知らずのうちに焦りを感じる。
(いかんな…)
そう思うと焦りを抑え込み冷静になる。
戦場で、ましてや個人戦となる傾向の強い空中戦で焦るものは長く生きていられない。
どのような戦場でも焦りは無への回帰、いわば死に直結する。
とりあえず有効だと思える方法を試す。
が効果がない。
ふと警報が聞こえる。
(なんだ?)
そう思うとビルから突如巨人が現れた。
紫の装甲を纏うそれは現世に現れた鬼ともとれた。
紫の鬼は「それ」に突進する。
「それ」は鬼に気を逸らしたように思えた。
(!)
コウスケはスロットルと操縦桿をうまく操り「それ」の背後に回り込む。
トリガーを引きそれに合わせるように愛機は破壊の雨を降らせる。
雨は「それ」の背後に吸い込まれる。
すると雨が着弾したところから青い液体、血のようなものが噴き出る。
「アロー3からHQへ……目標への着弾を確認! ダメージを与えている。」
通信機から歓喜の声が上がる。
勝てる!!
そう思っても不思議ではない。
いままで傷一つつけられなかったのだ。
数時間の努力の末、勝利への一歩を踏み出したと思った。
通信機越しに希望という名の勝利への興奮が伝わってくる。
しかし現実は甘くなかった。
「それ」と取っ組み合いをしていた鬼が「それ」に突き飛ばされ、轟音とともにビルの中に沈んでいた。
慌ただしく収容される鬼
そこに通信がはいった。
「全機戦闘区域を離脱せよ。」
突然の撤退命令。
少々いぶかしげに思いつつもコウスケは空域を離脱する。
すでに愛機の残弾が残りわずかであったのだ。
空域を離脱しつつ基地へと帰る彼が見たものは「それ」とともに爆発に飲まれる街があった。
・・・
基地に帰るとそこはボロボロになった建物たちであった。
戦闘中に「それ」の攻撃を受けたのだ。
直撃を避けたため滑走路は生きていたが、そこらじゅうに人が横たわっていた。
不意に戦友が気になりあたりを見回す。
どうやらいないようだ。
そこにオペレーターの一人が通りかかった。
あまりにも負傷者が多いため治療班に合流していたようだ。
「あいつはどうした?」
オペレータは訝しげな表情をするが、コウスケの顔を見ると途端に暗くなった。
「あいつはどうした?」
オペレータの表情から嫌な予感が脳裏に横切った。
杞憂であるとそう思い込みたがったが現実は彼を裏切った。
「……戦死なさいました……」
「………そうか」
戦死
軍人ならばいつかは来ようそれはいつでも覚悟の上であった。
しかし戦友の死、ましてや死線をともに潜り抜けてきた戦友とあっては無情にもなれない。
一瞬怒りと憎しみが生まれるが、理性で抑えた。
戦場で負の感情を出したものは生きて帰れないからだ。
負の感情を背負ったまま爆散していく同僚をコウスケは幾度となく見てきた。
(じゃあな、戦友……また会おう。)
それはもう果たされることのない約束
戦友と大切だった人との約束を胸に彼は前へ進んでいく。
気持ちを落ち着かせコウスケはゆっくりと自分の部屋へ戻っていくのであった。
彼の手には火のついた煙草がもうもうと白い煙を吐いていた。
・・・
しばらく戦闘待機が続く中「それ」が倒されたとの報告があった。
ゆえに戦闘待機は解除され張りつめた空気が解放された。
しかし重苦しい空気は変わらなかった。
街一つ、戦死者、負傷者
それらを考えるととても明るくはなれない。
それでも未知の生命体を倒したという事実が人々を空元気へと導く。
数日もすれば元どうりであろう。
謎の生命体に対しては厳しい箝口令が敷かれた。
・・・
二日後コウスケは司令室に呼び出された。
コンコン
「失礼します。」
中には当然ながら司令が待っていた。
「綾波二尉参りました。」
「ごくろう。そこにかけたまえ。」
「……はっ」
コウスケはあてがわれた椅子に座る。
「先日はご苦労であった。」
「………」
相変わらずの野太い声ではあったが少々生気が足りない。
どうやら少しやつれているようだ。
「先日の戦闘で目標にダメージを負わせたのは事実か?」
「はい。目標への着弾を確認後、血のようなものを確認しました。」
「さすがはうちのエースだ。」
「………」
ほめているのだろうが失ったものを考えると素直に喜べないコウスケであった。
「ところで今日は重要な話がある。」
コウスケは身構えた。
こういう場面を何度か経験したコウスケは転属であることを正確に読み取った。
(また海外派遣かな…)
何度か紛争地域に派遣されたことのあるコウスケはそう予測した。
「ここに詳細な資料がある。」
といって司令官は資料を渡してきた。
資料を手に取り読み始めるコウスケは驚きを隠せなかった。
「これは…」
「それ以上は言うな。」
「………」
「ともかくいままでご苦労であった。ここで君に出会えたことは誇りに思う。」
「………」
「明日には出発するように。」
「……了解。」
「下がりたまえ。」
「失礼します。」
コウスケは司令室を後にした。
(まさかこうなるとはな…)
コウスケの手には転属命令書が握られていた。
そこにはこう書かれている。
綾波コウスケ二尉
2015年5月9日付で「特務機関NERV」への転属を命じる
簡素に書かれた命令書
それが彼の運命を変えることになるとはだれも思わなかった。