セカンドインパクトにより地球の軸がずれて早15年
温帯の中にあった日本は寒さを忘れた地域になっていた。
その中に生きる彼は今、熱いとは無縁の人工物の中にいた。
「ここがNERVか…」
NERVへの転属命令を受けた綾波コウスケはゲートの前に立っていた。
まるで駅の改札口を思わせるゲートは一面白で統一されており無言のプレッシャーを与えているかのように見えた。
そこに黒い服を着てサングラスをかけた男が一人立っていた。
「失礼、ここへ転属してきた綾波ですが…」
汗一つかかずに立っている黒服は正直不気味であった。
「……綾波二尉ですね?お待ちしてました。どうぞこちらへ」
そういって改札にカードを通した。
認証音の後に開いたゲートは軽い音を立てて開いた。
コウスケは黒服の後に続いてNERVへ一歩踏み出した。
・・・
(ここはわかりづらい構造をしているな…)
黒服の後に続いて歩くコウスケはそう思った。
長いエスカレータ、白く塗装され大変入り組んでいる通路
(こんなところで生活していたら気が狂いそうだな)
などと感想を述べつつ黒服の後に続く。
永遠に続くと思われたが、黒服がドアの前で止まった。
ここが目的地らしい。
「綾波二尉をお連れしました。」
「……入りたまえ。」
ドアが開いた。
部屋は薄暗く無意味に広い空間だった。
奥には二人の男がいた。
長身の男がうなずくと黒服は部屋を出ていった。
「綾波コウスケ二尉転属命令を受け参りました。」
「遠路はるばるご苦労だった。」
長身の男がそう告げる。
「私はNERV副司令の冬月コウゾウだ。」
「………総司令の碇ゲンドウだ。」
二人は対照的だった。
茶色い服を着る白髪の老人は人懐っこそうな雰囲気で争い事には向かなそうに見えた。
椅子に座る顎鬚の男は黒い服を着ている。
顔の前に手を組んでおり、サングラスも着用しているので表情がわかりにくく、なかなか威圧的に見えた。
「今日から君にはここで勤務してもらう。正式な辞令は明日1000に交付する。」
「了解。」
これ以上話すことはないのか、グラサン男は沈黙した。
「君にはここで今までどうりパイロットとして働いてもらう。所属はNERVの航空隊だ。と言っても君一人だが」
「………」
「また我々の主力兵器を率いてもらう。権限は作戦部長の次となる。よって作戦部の副部長も兼任になる。階級も特務二尉となる。」
「!」
驚くなというほうが無理だろう。パイロットが隊長どころか参謀にもなったのだ。普通ならあり得ない。
「驚くのも無理もない。ここはもともと研究機関として発足した。そのため技術畑の強いここでは戦い慣れした人間が少ない。先日のあれを君も見ているだろう。」
忘れるわけがない。
あまりにも巨大な力を見せつけられたのだ。
「我々は謎の未知の生命体…便宜上「使徒」と呼称している。その使徒を殲滅するのが目的だ。」
使徒
神の使い
人智を超える力を持つ生命体にはぴったりの名称と思えた。
「現在、使徒に対抗できるのは我々の持つ主力兵器「EVANGELION」のみだ。」
(EVANGELION…あの鬼はそういうのか…)
ビルから現れた紫の鬼を思い浮かべる。
「しかし君は通常兵器で使徒にダメージを負わせた。」
「あの一撃だけですよ。」
「それでも事実には変わりはない。よってEVANGELIONの支援要員として今後の戦いにも出てもらう。」
「今後ということは使徒がまたあらわれるということですか?」
「現状では何も言えん。だが、ありうるだろうと我々は考えている。」
「………」
「ここには迎撃用の兵器があるが起動力がない。」
「…つまりは陽動、おとりになれということですか。」
「場合によっては威力偵察もありうるな。」
「………」
「そして君には現場の判断で指揮をできる権限が与えられる。」
(つまりはとっさの判断で戦闘を有利にしろということか。)
そう思うと不思議はない。
発令所には最新のデータがひっきりなしに届くが、それでも多少のタイムラグが発生してしまう。
そのタイムラグで致命的なダメージを負い敗北するということはたびたびあるものだ。
なればこそ現場の判断が優先されるのはおかしくない。
「我々は使徒との戦いで負けることはできん。敗北すればセカンドインパクトの二の舞だからな。」
「セカンドインパクトは大質量隕石によるものではないのですか?」
「公式の発表はそうなっているが、セカンドインパクトは使徒によって引き起こされたのだ。」
「そんな…」
「これは事実だよ。」
(セカンドインパクトは使徒が原因…)
「使徒がなぜここに襲来するかはいまだにわからないが、その目的はセカンドインパクト級の災害を起こすためだと考えられている。」
「つまり我々が負ければ…」
「人類の絶滅ということになるな。」
「………」
「以上だがなにか質問はあるかね?」
「………」
「ではこれからよろしく頼む。これはここのIDカードだ。中にはキャッシュカードの機能もある。」
すると沈黙していたグラサン男が起動した。
「後のことは赤木博士に聞きたまえ。」
いつの間に入ってきたのか、一人の女性が立っていた。
年齢は自分と変わらないだろうか。
女性は金髪なのだが眉毛は黒く白衣を着ていた。
「技術局一課課長、E計画担当者の赤木リツコです。」
「綾波コウスケです。」
リツコは実験動物を見るような眼で見てくる。
外見からおおよその情報を得て分析でもしているのだろう。
実に科学者らしかった。
「……では下がりたまえ。」
「失礼します。」
リツコの後に続き部屋を出る。
部屋は再び二人の空間に戻る。
「碇いいのか?」
「問題ない。」
「UNのスパイかもしれんぞ。」
「……だとしても我々は使徒を殲滅せねばならない。」
「………」
「そのためには駒が多くあれば有利に進められるだろう。使えなければ切り捨てるだけだ。」
「自分の息子もそうか?」
「………」
「まあいい。俺はお前の計画に乗ったんだからな。」
「今はそれでいい。」
「………」
・・・
「今からあなたに見てもらいたいものがあります。」
そういってリツコはモニターを起動する。
「第三使徒との戦闘記録よ。」
使徒との戦闘記録を見続ける
・・・・・・・・・・・・
「感想はどうかしら?」
「前半はまるで素人だな。敵を前にして転ぶなんて殺してくださいと言ってるようなものだ。」
「ちなみに初号機のパイロットはこの子よ。」
この子という言葉に違和感を感じたが、すぐに払拭された。
サードチルドレン 碇シンジ 年齢:14歳 性別:男
黒い短髪に中性的な顔立ち、細い腕
とてもじゃないが争い事が得意とは言えない。
「………子供?」
「中学生よ。ここに来るまでは普通の少年だったわ。」
「なぜ子供がパイロットなんだ? 少年兵は違法だろう。」
「EVAは特殊でね。パイロットになれるのは14から17歳くらいの選ばれた子供だけなの。だから特務機関の権限で彼をパイロットに登録したの。」
もっともパイロットを選定するのは別の組織だけどねと付け加える。
「………」
「それが今のテクノロジーの限界。」
「この子は今どうしてる?」
「学校に登校してるわね。」
「学校?」
「中学生だから」
「ああ、なるほど。」
14歳といえば中学の義務教育の途中だ。
いくら特務機関とはいえそこまでは無視できないのかと思い至った。
「この子は素人だな。」
「ええ。」
「なぜこんな子を訓練もなしに乗せたんだ?」
「ファーストチルドレンは起動実験と先の戦闘で重傷、セカンドチルドレンはドイツにいるの。そしてサードチルドレンが選定されたのはごく最近だったのよ。」
「……となれば前半の動きは納得いくな。」
いきなり呼び出されてわけのわからないものに訓練もなしに乗せられたのだ。
転んでも文句は言えまい。それは初めて二足歩行を行う幼子と一緒だ。
「だとすれば後半は納得できない。」
パイルバンカーで頭部を撃ち抜かれた初号機
人間ならば即死だろう。
だというのに再帰動し圧倒的な戦闘力を見せた。
「その時はパイロットの制御下じゃなかったわ。つまりは暴走ね。」
「そんなもの兵器として使えるのか?」
「でも使徒は殲滅しているわ。」
「………」
兵器に求められるものは信頼性だ。
いくら火力が高くてもたびたび暴発、事故を起すようなら使い物にはならない。
そんなものは危険すぎて使えないからだ。
「ともかくEVAについてはさっき渡した資料がすべてよ。」
「わかった。」
信頼はできないが使徒を倒せるものはEVANGELIONのみ
どんなに危険でも人類の命運がかかっている以上文句は言えまい。
「それでこれなんだが……」
第三使徒が発生させた正六角形のものを指す。
「ATフィールドね。」
「ATフィールド?」
「使徒の持つバリヤーよ。NNも防げる強固なものよ。ATフィールドの前では通常兵器はまず効かないわね。」
「なるほど……」
(だからあれほど砲火を浴びせても無駄だったのか。)
ふと疑問に思う。
「では、どうやって初号機はATフィールドを無効化したんだ?」
「EVAはATフィールドを持ってるの。ATフィールド同士をぶつければ中和することができるわ。」
「ならATフィールドを通常兵器にも搭載すれば…」
「それは無理ね。ATフィールドの発生原理はいまだに解明されてないの。」
「………」
テクノロジーの限界
それを実感する。
「まだ聞きたいことはあるかしら。」
「サードチルドレンに会いたい。」
「午後には来るわ。ただ実験とかで遅くなると思うけど。」
「そうか。」
「じゃなきゃ家を訪ねてみたら?」
「どこに住んでるんだ?」
「ミサトの家よ?」
「ミサト?」
不意に聞き覚えがあるなと思った。
「そう、葛城ミサト。あなたの上司よ。」
「かつらぎ………あいつか!」
「知り合い?」
「ちょっと昔にね…」
葛城ミサト
シュミレーターを使った訓練で会ったことがあった。
戦闘機による一騎打ち
空の戦場でそうなることはまずないが、個人の技量を上げるために行われていた。
そんな中で彼女と対決することになった。
二人は対照的で情報と冷静な判断で戦うコウスケと野生の勘で動くミサト
勝敗はコウスケのものとなった。ただ苦戦に苦戦の辛勝であったが
不意にドアが開いた。
「どうリツコちょ………てあんたは!」
「その節はどうも。」
ミサトが入ってきた。
「なんであんたがここにいるのよ。」
「彼ねここに転属したのよ。作戦局一課の副課長になるのよ。」
「今度、作戦局一課副課長兼航空隊隊長に任命された綾波コウスケであります。」
そういって敬礼した。
リツコと態度が違うがそれはミサトが軍人であることを知っているからだ。
「そんなに固くならなくていいわ。有事じゃないし。」
「そうか。」
彼も堅苦しいことは嫌いであった。
「それにしても綾波ね……彼女とはどういう縁なの?」
「彼女?」
「そっ、ファーストチルドレン綾波レイのことよ。」
(ファーストチルドレンは綾波レイというのか…)
資料はさっき渡されたのでまだ読んでなかった。
「ただの赤の他人だ。」
「嘘おっしゃい。同じ苗字なのに赤の他人はないでしょ。」
「赤の他人よ。」
リツコが遮る。
「無断で申し訳ないけどDNA鑑定の結果他人と出たわ。」
「そう…うーんレイにも家族か親族がいたとおもったのに…」
ミサトは残念そうに言う。
「まっ、これからはよろしくねん。」
「よろしく。」
軽く挨拶を返した。
「これで一通り説明は終わるけど。」
「機体は?」
「前に使っていたものを持ってきてもらったわ。」
「わかった。」
「あんまり壊さないでね。ここの予算あんまりないから。」
「安心しろ。無意味に壊したりしない。」
「もしかしたら新兵器の試験とかするかもしれないからその時はよろしく頼むわ。」
「ああ。」
リツコはモニタに視線を戻した。
「失礼する。」
「ちょっと。どこに行くの?」
「今日来たばかりだからな見回ってくるのさ。」
「ふーん。あっそうだ。今日の夜あいてる?」
「あいているが?」
「じゃあ、パーッとやりましょう。」
「何を?」
「あなたの歓迎会。私の家でやりましょう。ついでにリツコもどう?」
「あいにく私はいけないわ。」
「そう。じゃあ今度の機会に飲みにでも行きましょう?」
「また今度ね。」
「じゃあね。私行くから。」
「あっ、時間……」
ミサトは部屋を出ていった。
「台風だな。」
「そうねおかげでここはいつもびしょ濡れになるけど。」
(ミサトは頻繁に来るみたいだな。)
「それじゃ施設を見回るんで失礼する。」
「これミサトの住所、わからないでしょ。」
「ありがとう。」
そういって部屋を後にした。
・・・
NERV本部内を探索するうちにオペレータとの顔合わせ、整備員への挨拶を済ませ愛機の無事を確認した後、休憩室で一休みすることにした。
(そういえばまだチルドレンに会ってないな。)
時間を見ると3時を差していた。
(サード、碇シンジはまだ学校か…セカンドはドイツとなると…)
ファーストチルドレン 綾波レイ 年齢:14歳 性別:女
過去の経歴は抹消済み
EVANGELION零号機専属パイロット
それ以外には特に書かれてなかった。
(抹消済みね…)
それに疑問を感じる。
戦災孤児だったとしてもどこでどうしたかという経歴は残る。
なのにそういった記述が見当たらない。
写真を見るとそこには少女の顔が映し出されていた。
蒼い髪に紅い眼
それだけで他人とは違うことがうかがえる。
(アルビノというやつか…)
今は施設内の病院に入院中とのことだった。
(会いに行ってみるか。)
そう思い休憩室を後にした。
・・・
ナースセンターで綾波レイの病室の場所を聞き、今はその前に立っている。
コンコン
「…………………」
(寝ているのか?)
病室に入るかどうか迷っていた。
(改めて訪ねるか? 相手は微妙な年頃の女の子だしな…)
一歩間違えれば犯罪者になりかねない。
(着任の挨拶に来たと言えばいいか。)
と自己完結しドアを開けた。
病室は白で統一され、パイプ椅子、ベット、窓とカーテン以外見当たらなかった。
ベットには包帯でぐるぐる巻きにされた少女が一人寝ている。
コウスケは足を進めた。
顔にも包帯が巻かれていたが髪と目から彼女であることを確信する。
(これは……女神とやらがいたらこんな感じかな?)
などと思っていた。
「……あなた……誰?」
「俺は綾波コウスケ特務二尉…今度から君たちの上司になる。」
「……あやなみ……」
「同じ姓だが赤の他人だ。血のつながりはない。」
「……そう」
と言ってレイは視線を天井へと向けた。
(やりづらいな…まったくの無関心か…)
「まるで人形みたいだな……」
おもわず声が出てしまった。
するとレイの目がコウスケに向いた。
まるで睨んでいるように見えた。
「…私は人形じゃない。」
先ほどの言葉よりも明確に聞こえた。
「失礼、あまりにもそっけないものだから……人に人形なんていうものじゃないな。」
「………」
レイは押し黙っている。
何やら複雑な心境のようだが、会って間もないコウスケにはわからなかった。
「とにかくこれからよろしく。お互いに頑張ろう。」
「……それは命令ですか?」
「命令って…」
(普通、命令なんて思うか?)
「命令ではないよ。挨拶みたいなものだ。」
「……そう」
レイは視線を天井に戻した。
「………」
「………」
沈黙が続く。
それを破ったのはコウスケであった。
「じゃ、俺は行くからな。」
「………」
コウスケは病室を後にした。
・・・
(いったいどうすればあんなになるんだ?)
残念ながら綾波レイは普通ではないと思わざるおえなかった。
(思春期の娘とは思えないな……まるで…)
人形だ
なんて思いつつも人形じゃないというレイの言葉が脳内に響く。
(あの時は確かに意思を込めていた…だが……)
何事にも無関心
(わからん……あんな子を戦場に駆り立てるなんて……何を考えているんだ?)
思えばそれがNERVを疑う第一歩だったかもしれない。
命令ですか?
少女が発する言葉とは思えない。
(「命令ですか」か……命令には従順なのか………?)
兵士としては合格だろう。
しかし人としてはどうなのか?
「……ふぅ」
思わずため息がこぼれる。
(まぁ、これからだな。)
今後は戦友として立つことになるのだ。
これからを考えるとまだ一歩目に過ぎないと考えるコウスケであった。
(……何かお見舞い品でも持っていくか。)
ふと何もない病室が目に浮かぶ。
(あの部屋には誰も来ないのかな?)
それでは寂しすぎる。
そういう同情心から明日も見舞うかなどと考えていた。
・・・
それがコウスケとレイの初めての邂逅であった。