時はすでに夕暮れ。
第三新東京市の郊外に一つの廃工場がある。
日本の新たなる遷都計画によって箱根と言う地名が第三新東京市という名称に変わった時からあったものであろうか。
それとも遷都計画に引き寄せられるようにどこかの企業が新しく建てたものなのかそれはすでに分からない。
ただ、廃工場になる前からいまだに稼働している大きな換気扇がその名残を風の音とともにむなしく伝えてくる。
そんな換気扇の前に蒼いシャツを着て無精ひげを生やしている男がひとり
そしてその男に近づく黒服がひとり
「よう、遅かったじゃないか。」
無精ひげの男への返答は銃声によって報いられた。
それでも換気扇は止まることなくただただ回る。
・・・
時は数十時間前に戻る。
・・・
リリスのことを一部に公開したコウスケの生活は基本的に変わらなかった。
朝、リリスを起こすとともに朝食を取る。
ある程度時間が過ぎた後、リリスはレイに入れ替わり登校の準備をする。
そしてレイはシンジたちとともに学校へと登校、それを見届けたコウスケは零課に護衛を頼みNERVへと登庁する。
いつものように仕事を片付けて帰る。
家で夕食を取り就寝する。
それが基本的な生活である。
しかし、最近のコウスケは少し悩んでいた。
休憩の合間にかなりの頻度で赤木リツコと出会うのだ。
コウスケはある程度決まった時間に休憩を取ることが多い。
その休憩時間になるとリツコがすかさず現れるのだ。
研究に対する意見やEVAの修理効率を上げるにはどうすればいいのかなどコウスケにとって専門外であることをよく聞かれるのだ。
わからないの一言で終わらせることもできるのだが、コウスケはそんなことをせずきっちりと自分の意見を考えて答えるようにしていた。
時折、コーヒーなどを差し入れてきたりする。
紅茶の方がいいなんてことはさすがに言わない。
そしてコウスケの休憩時間が終わると
「……あら、時間ね。そろそろ行くわ。」
まるで見計らっていたかのようにリツコは帰って行くのだ。
時折、伊吹と出会うのだが、決まって何か恨めしそうな目で見られる。
何故かは全くわからない。
午後になるとコウスケは学校から直接登庁してきたアスカから訓練を手伝ってほしいと連絡が来るのだ。
シンクロテストなどがある場合はそれを優先的に行うが、何もない日は決まって訓練を手伝ってほしいと来るのだ。
何もない日は自由行動が許されており、第三新東京市を出れないということを除けば自由に過ごすことができる。
実際そんな日にシンジとレイは時折どこかに出かけている。
アスカも以前は友人とともにどこかへ出かけていたのだが、リリスのことを公開してからと言うものの訓練してほしいと来るようになったのだ。
なのでコウスケはアスカに
「そんなことをせずに学生生活を楽しめばいいだろう」
と言ったのだが
「そんなことは使徒を倒した後でもできるわ。今はこっちの方が優先よ。それに………」
最後の方はごにょごにょとしゃべったためコウスケはよく聞き取れなかったが、本人が納得しているならいいかと思うのであった。
訓練はシュミレーターを使うものより、実際に体を動かすものの方が多かった。
基礎的な格闘訓練はもとより銃器の扱い、近接装備の扱いなど様々な戦闘訓練をしていた。
コウスケは零課の課長である。
玄人とまでは行かないまでも一通り武器の扱いはできるのだ。
シュミレーターでの訓練はなぜか戦闘機での一騎打ちであった。
戦績はコウスケの全勝。
当然の結果である。
それでもコウスケはアスカの動きが最初に比べ良いものになっていることを感じていた。
そして訓練が終わると決まってお礼を言われるのだが、顔を真っ赤に染めながら言ったあと決まって逃げ出すのだ。
もう少し素直になればいいのにとは言わないが、それでも娘の方がやっぱり可愛いかななんてことを考えるのであった。
家に帰ったら帰ったでリリスが待っている。
リリスはコウスケが帰るまで寝ないで待っているのだ。
コウスケがどんなに遅くなってもTVを見たり、本を読んだり、料理の練習などをして待っている。
料理の練習をすると決まって黒焦げの何かが台所にあるのだが……
ちなみにレイは寝ていることが多い。
そしてコウスケが帰ると決まって飛びついてくるのだ。
「おい、危ないだろ。」
「だってやっと帰ってきたんだもん。」
それを聞くとコウスケは嬉しいのだ。
セカンドインパクトのあと天涯孤独の身になったコウスケである。
ここに来るまでずっと一人だったのだ。
無論、子供時代に仲間と言うものがいたし、軍人であるため仲間とともに寝食をともにするがどこか心を許せないものがあったのが事実だ。
そんなコウスケが家に帰った時、自分を待ってくれている人がいるというのがやはり嬉しいのだ。
朝食はコウスケが作るが、夕食はレイが作ることに変わりがなかった。
と言うよりそういう風になっていったのだが……
レイが準備してくれた食事をおいしそうに食べるリリスを見てついつい微笑んでしまう。
食事が終わると決まってリリスはべたべたとコウスケにくっついてくるのだ。
風呂にまで入ろうとしたため、それはコウスケが全力で阻止した。
「どうして? 娘と父親は一緒に入るものじゃないの?」
「それは間違った知識だ。第一、14にもなって父親と入りたがる娘なんていない。それにお前さんは俺の娘じゃないだろ。」
そこまで言われてリリスは膨れっ面で諦めた。
就寝時には挨拶を交わした後、コウスケは自分の部屋に戻る。
ただ、コウスケが部屋に戻る時、リリスが寂しそうにコウスケを見つめるのだが、後ろを向かないコウスケには気付けなかった。
そんなわけでコウスケは悩んでた。
リリスのことは置いておくにしても残り二人の行動が不可解なのだ。
リツコは彼女らしくもなく数日前に聞いたことのある質問にコウスケは首を傾げ、反復練習が必要とかでアスカは以前にもした訓練をするようになっていた。
それが理解できない。
考えるだけで口に乗せて言わないが……
ともかくコウスケはいろんな人に聞いてみた。
「本当にわからないのか? 綾波?」
「コウスケ君、それはあまりにもひどいんじゃない? ……これは強敵だわ。」
「そんなこと言われても僕にもわかりませんよ。」
「……特務一尉、鈍感。……かわいそう。」
「ふっ、問題ない。」
「そんなわけあるまい、碇。……とにかく業務に支障が無いようにしたまえ。」
「綾波特務一尉……何も助言できません。」
「知ったことか。」
「その問題は自分で気付くべきです。」
コウスケが相談した結果である。
そういうわけでコウスケは少しいらついていた。
理解できない。
それが原因である。
ただ、コウスケは彼女たちとの時間を別に嫌がってはいない。
リツコと話すと科学者らしく理論的に説明するためコウスケにはわかりやすいし、わからない単語もかみ砕いて説明してくれる。
アスカとの戦闘訓練はアスカの動きから得られるものがあるし、体を動かすため爽快感がある。
リリスは家で見せるしぐさを見て何となく癒される。
そのためいらついたとしても普段の生活で態度に出るということは無かった。
・・・
コウスケは不意に目が覚めた。
時刻を確認すると午前0時2分
「……いったい誰だ? こんな時間に…」
コウスケの目が覚めた理由は携帯電話のアラームが鳴ったからだ。
コウスケの携帯電話とPCは連動しており、重要な伝達があるとアラームが鳴るようになっている。
コウスケは体を起こし、机にあるPCを開いた。
PCには一つのデータが送られていた。
コウスケはPCを操作しデータの中を開く。
「………全く、厄介事を増やすなよ。」
中身を確認したコウスケはPCを閉じると再び眠ることにした。
・・・
翌日
コウスケはいつも通り執務室で雑務に追われている。
先日の使徒戦で受けた被害はすでにほぼ修復されており、稼働テストで最終チェックを行うだけであった。
(……二人か。)
コウスケがそう思うと執務室に黒服が二人入ってきた。
「なんだ?」
「冬月副司令が拉致されました。」
黒服が淡々と告げる。
「いつだ。」
「今から二時間前です。西の第八管区を最後に消息を絶っています。」
「うちの署内だな。お前らは何をやってたんだ?」
コウスケも黒服に劣らない淡々とした声であった。
「身内に内報及び先導した者が居ます、その人物に裏をかかれました。」
「ふむ……加持だな。」
NERVの諜報部は一流とまではいかないもののプロフェッショナルには違いない。
そんな諜報部を煙に巻けるとしたら零課の他には加持リョウジしかいなかった。
「加持リョウジ、この事件の首謀者と目される人物です。」
「それはわかった。それで?」
「綾波特務一尉には拘束命令が出ています。」
「なんで俺なんだ? 葛城ならわかるが…」
表向きではコウスケと加持は喫煙仲間程度でしか認識されていない。
そんなコウスケに拘束命令などどう考えてもおかしかった。
「理由は存じません。碇司令からの命令です。」
(碇司令ね……そんなの通じるかよ。)
思わず笑いがこみ上げるがグッと堪えた。
「なら、直接確認するぞ。」
「それには及びません。」
「……嫌だと言ったら?」
「抵抗するようなら無理にでも拘束するように命令されています。」
そう言うと黒服たちは右手にUSPを取り出した。
(……なるほど、これを機に作戦部に嫌がらせをしたいわけだ。)
作戦部と諜報部
末端の者同士はどうかは知らないが、幹部クラスでは険悪な関係なのだ。
とは言っても諜報部長が一方的に嫌っていだけである。
「なるほど……」
「ご理解いただけましたか?」
「ああ……答えは、嫌だ。」
(お、来た。攻撃予兆。)
コウスケが答えると黒服が発砲する。
コウスケはとっさにデスクの下に潜りこんだ。
銃弾は壁にめり込んだ。
(さて、どうするか……)
コウスケはデスクの下でグロック17を取り出していた。
一方黒服は焦っていた。
まさかこんな至近で避けられるとは思わなかったのだ。
「どうする?」
「慌てるな。相手は一人……それにもう逃げ場はない。」
「そうだな。」
黒服は互いに顔を見ると合図を送る。
その時何かが蹴破られるような音が響いた。
黒服たちは後ろを確認する。
何もない。
そして二発の発砲音
「ぐ……」
「いったいどうやって……」
足に激痛を覚え、立てなくなった黒服は膝を立てて座る。
はっと気付きデスクを見るとコウスケは寝ころんだ状態でグロック17を構えていた。
コウスケと黒服の間には真ん中が大きくひしゃげたアルミ板があった。
コウスケはデスクの板を蹴破ったのだ。
「動くなよ。」
とコウスケが言うが一人の黒服がUSPを再び構えようとした。
コウスケは容赦なく頭を撃ち抜く。
頭を撃ち抜かれた黒服は銃弾と同じ方向に倒れこんだ。
「だから動くなって言ったのに。……お前も死んで見るか?」
普段は淡々としている黒服も汗をかいていた。
「どうしました!?」
コウスケの執務室にミツヒサが駆け込んできた。
「これは……」
「暗殺未遂だ。連れていけ。」
「り、了解。」
ミツヒサは部下を呼び出した後、黒服を連れていった。
「はぁ~、これで少しは懲りるかな……」
コウスケはデスクの下から這い出た。
ふと見ると床に赤い池ができていた。
それをコウスケは無感動で見る。
(……こういう時は彼女のそばに居たいものだ。)
そう思うがコウスケは思いとどまった。
そもそもなんでこんな考えが浮かんだのか不思議であった。
コウスケは頭を振ると執務室を後にした。
血なまぐさい場所で仕事なんてできないからだ。
・・・
休憩所で煙草を吸っていたコウスケはゲンドウに呼び出された。
総司令執務室に入ったコウスケは
(厄介事……誰か代わってくれないかな。)
なんて思っていた。
「綾波特務一尉、冬月が拉致された。」
「存じております。それで自分のところに諜報部が来ました。」
ゲンドウは訝し気にコウスケを見た。
「なんでも碇司令の命令で自分を拘束しに来たと言っていました。」
「そんな命令は出していない。」
「でしょうな。」
ゲンドウはしばらく考え込んだ。
「……どうしたのだ。」
「少し痛めつけましたよ。まぁ、いらぬ犠牲ではありましたけど…」
「わかった。こちらで対処する。」
そう言うとゲンドウは一枚の紙を差し出してきた。
コウスケはそれを受け取り中身を確認する。
「……今度はこれですか。」
「ああ、君にすべて任せる。」
(……それって放任と何が違うんだ? ……いつものことか。)
「了解。」
・・・
コウスケが総司令執務室から自分の執務室に帰る途中で一人の黒服を見つけた。
「よう、剣崎じゃないか。」
コウスケが声をかけると剣崎が振り返った。
「……綾波特務一尉。」
「なんだ? いつになく暗い声だな。」
「……なんでもありません。」
「つれないな。……少し寄って行けよ。」
「……了解。」
・・・
「お前さん、紅茶は大丈夫だろ?」
執務室に連れてきたコウスケは剣崎に紅茶を差し出した。
剣崎は何も言わない。
「…返事くらいしろよ。」
「……問題ありません。」
「なんだよ……まさかとは思うが、玉露ティーじゃないと嫌なのか?」
最初はニヤニヤしていたが、玉露ティーを思い出して苦い顔になる。
特にあの強烈なにおいが忘れられなかった。
「そんなことはありません。」
「それはよかった。」
コウスケの言葉を最後に沈黙が続く。
コウスケは紅茶をゆっくりと飲むが剣崎には動きが無い。
どれほど時間がたったのかわからない。
先に動いたのはコウスケであった。
「何か悩みがあるなら吐きだした方が楽だぞ。」
「何の事かわかりません。」
「……あのな、そんな顔で言われても説得力が全くないぞ。」
とは言うのものの剣崎は無表情に見える。
だが、コウスケには剣崎が何かを悩んでいるように見えたのだ。
伊達にレイの保護者をやっているわけではない。
それでも剣崎は喋らなかった。
「安心しろよ。ここは監視されてないんだから。」
「………」
「何か喋ってもお前さんに危害は加えない。……零課課長として宣言するよ。」
そう言うとコウスケはグロック17を取り出しセーフティを確認した後、弾倉を抜いて銃の本体を自分の手が届かない場所に放り投げた。
剣崎もコウスケの行動には驚いた。
コウスケがしたことは無防備宣言である。
何をされても抵抗できないことを行動で示したのだ。
「……任務に忠実でいること……それが俺のすべてだ。」
剣崎がぽつりと喋り始める。
(俺か……本音が出てくるな。)
コウスケは剣崎が自分のことを俺と言うのは初めて聞いた。
剣崎の話は続く。
「それで俺の中の渇きを癒せる……そう、思っていた。」
(あの頃の俺と同じか……)
「でも、本当にそれでいいのか……そう思うと任務に忠実であることに疑問を持つようになった。」
「………」
「俺はどうすればいいんだ……」
それを聞いたコウスケが口を開く。
「任務に忠実であることを放棄した……諜報部員として失格だな。」
コウスケの言葉に剣崎が目に見えて動揺する。
「それを碇司令が知ったら……用済みだな。そうだろ? 剣崎。」
「俺は……」
「よく考えて行動するんだな。」
コウスケがそれを言うと剣崎は黙って執務室を後にした。
(さて、どうするのかな?)
PCを見ると一つの伝達が届いていた。
冬月が無事保護されたとの内容だった。
コウスケはそれを確認した後、携帯電話を取り出した。
「……ああ、レイ。今日、俺は帰らないから葛城のところにお世話になってくれ。」
・・・
そして時は冒頭に戻る。
・・・
無精ひげの男-加持リョウジは発砲音が聞こえたにも拘わらず、痛みが伴わないことに疑問を持った。
加持が目を開くと手を抑えながら立ち膝で座り込む剣崎がいた。
不思議に思い、辺りを見回すと
「……綾波。」
コウスケがグロック17を片手に立っていた。
「間一髪だな。加持。」
「ああ、助かったよ。」
するとコウスケは剣崎を見やった。
「……結局それを選んだのか、剣崎。」
剣崎は黙って俯いていた。
「だとよ。加持、剣崎はお前との友情より任務を選んだ。」
それを聞いた剣崎が酷く傷ついた顔をしていた。
「綾波、それ以上言うな。」
珍しく加持はイライラしていた。
「剣崎にはもったいない友人だな。」
コウスケは一息ついた。
そして
「まぁ、それも今日限りだけどな。」
コウスケの言葉に加持ははっとした。
コウスケはグロック17を加持に向けていた。
「綾波……お前……」
「残念だよ。」
「何故だ…」
「特殊監査部、加持リョウジは用済み……零課の判断だ。」
「なんだと……」
コウスケはニヤリと笑った。
「さよなら。」
コウスケは引き金を引く。
それと同時に
「止めろ!」
と剣崎が叫んだ。
廃工場に響く発砲音
ただただ廃工場に響くだけであった。
・・・
コウスケの執務室にパイロット三人とミサトがいた。
ミサトはひどく悲し気な表情をしていた。
「どうしたんだ? 加持の奴が浮気でもしたのか?」
それを聞いたミサトが酷く動揺していた。
もう、泣き出しそうに見えた。
「コウスケさん……」
シンジがコウスケを咎めるように言う。
アスカもなんて無神経なことを言うんだと言いたげであった。
レイも白い眼でコウスケを見ていた。
「なんだよ。俺が何かしたのか?」
「……特務一尉、知らないのですか?」
「何を?」
(知ってるよ。加持のことだろ。)
そう思っても顔には出さない。
レイは何も言わず黙ってしまった。
「まあいい。……とにかくそんな顔は止めろ。せっかく新人が入ってきたのにそんな顔じゃ嫌われてるなんて思われるだろ。」
それでも皆は表情を崩さなかった。
「全く……おい、入ってきていいぞ。」
執務室のドアが開いた。
そこには剣崎が立っていた。
「あれ? もう一人は?」
「わかりません。」
「……初日目に遅刻かよ。」
「この人がコウスケさんの言う新人ですか?」
シンジが口を開いた。
「違うんだが……まぁ、すぐ来るだろ。剣崎、入ってくれ。」
剣崎が中に入る。
「剣崎のことは皆知ってるな。今日から零課の職員になる。第四班の班長だ。諜報部と兼任になる。」
「よろしくお願いします。」
剣崎は軽く挨拶をした。
それをみたミサトが口を開く。
「……剣崎君、加持は?」
「申し訳ありませんが、わかりかねます。」
「そう……」
そう言ってミサトか顔を俯かせた。
「本当は加持がよかったんだがな…」
「何を言っている。綾波特務一尉が…」
そこまで言って剣崎は口を閉ざした。
「剣崎君、やっぱり知ってるのね…」
そう言うとミサトはコウスケを睨みつける。
「なんだよ。」
「加持をどうしたの…」
コウスケはため息をついた。
「加持は死んだ……いや、殺しただな。」
それを聞いたミサトは顔を俯かせてぶるぶると震えていた。
アスカやシンジはコウスケを何か別の世界の生き物のように見ていた。
レイは訝し気な顔をしていた。
(……やっと来たな。)
コウスケがそう思うと執務室に誰かが飛び込んできた。
「遅いぞ。」
「すまない。これを着るのに手間取ってた。」
その声を聞いて皆が一斉に振り返った。
「か、加持……」
執務室に飛び込んできたのは加持リョウジであった。
いつも着ている青いシャツではなく、NERV職員の制服を着ており髪も短く切られていた。
髭も剃られている。
それを見たミサトが加持に近づき平手打ちを一発お見舞いする。
「あんた……あんな遺言みたいな伝言を残して……」
「すまないな。葛城。」
「この……バカ……」
それを言うとミサトは泣き始める。
加持はそっと優しくミサトを抱くのであった。
「……はぁ~、お前さんは新人なんだからまず自己紹介が先だろ?」
「おっと、そうだったな。」
加持はミサトを離し佇まいを直した。
「加持リョウジ三尉、只今着任しました。」
「……ねぇ、いったいどういうことなの?」
アスカが尋ねてきた。
「特殊監査部、加持リョウジ一尉は第三新東京市郊外にある廃工場で死亡が確認された。」
「でも、ここにいるじゃないですか。」
シンジが加持を見ながら言う。
加持は少し肩を竦めていた。
「最後まで聞け。……加持リョウジの死亡が確認されたが、同時刻に第三新東京市で同姓同名の別人が発見された。姿も非常に酷似していることから、零課の判断でNERVにて保護。本人の希望によりNERVにて業務を行うことになる。」
皆は何が何だかわからないようだった。
「そういう話になるから、そこにいる加持リョウジは今までの加持リョウジとは違うということにしておいてくれ。」
「つまり加持さんは死んだことにするの?」
さすがはアスカと思いながらコウスケは続けた。
「そう言うことだ。」
加持に向けてコウスケが撃ったのは空砲だった。
だから加持は無傷でここにいるのだ。
何故、剣崎が加持を暗殺しようとしたのか。
それはゲンドウの差し金である。
加持リョウジがNERVによって殺されたとするためだ。
剣崎に指令を出したゲンドウはコウスケに加持は死んだことにして保護を依頼する。
つまりはゲンドウの仕組んだ芝居であったのだ。
そんなことを知らない剣崎はコウスケが発砲した時、加持を庇うように立っていた。
それを見たコウスケが今の剣崎なら大丈夫だろうと零課にスカウトしたのであった。
レイが呆れた顔でコウスケを見てくる。
そんなレイにシンジが声をかけた。
「どうしたの? 綾波。」
「忘れてたの。特務一尉はとてもいじわるな人……」
「……もしかしてみんなが集まった時に加持さんの話をしたのって……」
「すべてを知っていて、葛城三佐をいじめて楽しんでたの。」
そう言ってレイはジト目でコウスケを見ていた。
「人聞きが悪いぞ、レイ。俺はただ単に感動の再会ってやつを演出しただけだ。」
そう言うものの嘘であることはすぐにわかる。
コウスケはニヤニヤ笑っているのだから
ある程度ニヤニヤ笑った後、コウスケは真面目な顔に戻った。
「そう言えば加持三尉の所属だが…」
ちらりとミサトを見た。
目が赤くなっていたが、どうやら泣き止んだようだ。
「本人がどこでもいいとふざけたことを言った。」
「……加持、本当にそんなこと言ったの?」
充血した目を加持に向けながらミサトが言う。
「確かに言ったな。」
「なんてこと言うのよ! それであんたが……」
「落ち着け、葛城。」
そう加持が言うとミサトは黙り込んだ。
「もういいのか? 新人にこんな重荷を乗せるのは正直嫌だ。」
その言葉に皆が息を飲んだ。
「それでもここなら大丈夫だと信じている。加持三尉は……」
コウスケは一度言葉を切った。
皆はかなり緊張しているようだ。
「……NERV作戦局一課の秘書に任命された。」
そう言ってコウスケは一枚の書類を皆に見せた。
ゲンドウのサインが入った加持の任命書である。
「それって……」
アスカが口を開くもコウスケは続けた。
「普段の居場所は葛城の執務室だ。……業務に支障が無いようにしろよ。」
そう言ってコウスケはニヤリと笑う。
それを見た加持が口を開く。
「……綾波、謀ったな。」
「さあ? 何の事かな?」
そういうもののコウスケはニヤニヤしている。
「まあ、これでとある二尉の仕事も減るし、葛城も加持が近くにいて浮気しないように見張れるだろ? 一石二鳥だ。」
その二尉は仕事が格段と減って喜んでいたが、上司と触れ合う時間が減ったことに不満を持つことになったのは余談である。
「それよりも……加持、早く言えよ。」
「何の事だ? 綾波。」
「なんだ? 言っていいのか?」
コウスケは少し間を開けた後、口を開いた。
「もし、もう一度逢える事があったら八年前に言えなかった言葉を言うよ……だったよな?」
「なんで綾波が知ってるんだ!?」
加持は明らかに動揺していた。
「うかつなんだよ。葛城家の電話は俺に監視されてるんだぞ。最も知っている人から電話が来れば監視しないようになっているが、あんとき非通知で連絡したろ。」
「それは……うかつだった。」
「ほれほれ、加持さんは何を言うつもりだったのかな?」
もはやコウスケのニヤニヤは止まらなかった。
「綾波特務一尉、少しやり過ぎだ。」
剣崎が咎める。
「何言ってるんだよ。加持は自分から言ったんだぞ。今度逢う時にってな。」
「そうなのか? 加持。」
「ああ、確かに言ったよ。」
「そして今がその時だろ。今、言わなくていつ言うんだよ。言わなきゃ加持は嘘つきになるぞ。親友であるお前がそれを許してもいいのか?」
どう考えてもおかしな論理であるだろう。
だが、
「そうだな。俺も加持が嘘つきになるのは嫌だ。」
と剣崎はいたって真面目に言うのであった。
「よかったじゃないか、加持。いい親友を持って…」
「……綾波、あとで覚えてろ。」
「いい響きだ。……ちなみにドアのロックはかかってるからな。」
加持が執務室から出ようとしたためコウスケがそのように声をかけた。
加持が確かめてみるとドアが開かない。
コウスケはふと気配を感じた。
レイがそばに来ていた。
「特務一尉、わざとやってますね。」
「当たり前だろう。」
「何故そこまでするのですか?」
コウスケがしていることは悪戯にしては度が過ぎている。
そのことにレイが疑問を持ったのだろう。
「何故ここまでするのか……それはな、加持に無理をさせないためだ。」
レイはきょとんとしながら首を傾げた。
(うむ、レイのこういう表情は大変可愛らしいな。……リリスも時々似たような表情をするが、あれはまた違った可愛さがある。)
「あいつは時々周りが見えなくなるからな。加持が死なないようにお守りが必要なのさ。」
「お守り……葛城三佐ですか?」
「そうだ。加持が死んだと思いこんだ葛城は死にそうな勢いで悲しんでたろ? 加持が死んだら葛城は一生独り身だろうな。加持を思って……それを加持に自覚させるのさ。」
レイは少し納得していた。
「でも、どうしてそこまでするのですか?」
コウスケがここまでする理由がわからないのだろう。
確かにここまでする理由はない。
「碇司令の命令さ。加持を無事に保護しろとな。それに加持は喫煙仲間なんだ。仲間が減ったら悲しいだろ?」
そう言うとコウスケは優しく微笑んだ。
「本来なら二人きりでやってほしいが、それだと加持がいつ言うのかわからないからな。だから逃げられないようにしたんだ。すまないがみんなには証人になってもらうよ。」
「わかりました。」
レイはそう答えるとしばらく考え込んだ。
「……特務一尉にはお守りがないのですか?」
(レイがそんな質問をしてくるなんて……ちょっと意外だな。)
「あるとしたら、レイだな。……最もお前さんはシンジ君のお守りだろうがな。」
「他には無いのですか?」
「他にか……」
コウスケはレイを見ていた。
レイはきょとんとしている。
「どうだろうな。」
コウスケはそう言うと視線を加持に向けた。
加持はほどほど困りながらも何かを覚悟するような顔つきになった。
「葛城、八年前に言えなかったこと……」
加持がそこまで言った時、コウスケは椅子にもたれかかり目を瞑った。
昨日からコウスケは一睡もしていなかったのだ。
加持の戸籍を作るのに悪戦苦闘していたからだ。
そういう意味では確かにコウスケは加持を殺している。
加持が何を言ったのかコウスケにはわからなかったが、自分の思惑通りに進んでいることは確信しているのであった。
加持リョウジ生存
最後に加持は何を言ったのか
それはあえて書きませんでした。
書きながらふと思ったこと
コウスケは空砲大好きだな…
そんでもっておまけです。
相談する相手はよく考えて決めましょう。
おまけ
NERVからの帰り道
シンジとレイは二人で帰っていた。
だが、二人は何かを考えているようだ。
ちょっと頭の中を覗いてみよう。
まずはシンジから…
(ミサトさん……嬉しそうだったな。僕も加持さんみたいなことを言う日が来るのかな……やっぱり、綾波……ダメだ。言えない。無理だよそんなの。作者は何考えてるんだよ。それにまだ中学生なんだし……そうだよね。……でも、やっぱり言った方がいいのかな……言うなら僕の方から……ダメだ。……)
なんてことを考えていたりする。
いや~、青春だね。
でも、私の批判は止めたまえ。
一方レイは…
(加持一尉……じゃなかった、三尉。……葛城三佐は嬉しそうだった。……碇君は言ってくれるのかしら? …碇君は婚約者。でも、加持三尉が言ったようなことはまだ言われたことがない。作者さんお願いするわ……もし言われたら……碇君、私はいつでもいいわ。それで、子供は……)
妄想モードに入ったので省略。
…頼まれてもな……
取りあえず最後だけ
(………やっぱり言われてみたい。)
「碇君。」
「どうしたの? 綾波。」
レイはムッとした顔でシンジを睨んでいた。
「な、なに?」
「……名前。」
「え?」
「周りに誰もいない。」
シンジが辺りを見回すと誰もいなかった。
「……ごめん。………れ、レイ……」
名前を呼ぶだけでシンジは真っ赤になっている。
レイは名前で呼ばれてご満悦のようだ。
このように二人だけの場合、名前で呼び合うようになったのはコウスケが原因である。(EX参照)
入れ替わっていたとはいえ、シンジの声で名前を呼ばれたのがレイにとってたいへん甘美なものだったのだ。
レイの方から名前で呼んで欲しいとせがむのであった。
それにシンジは
「ふ、二人きりの時にね。」
と答えたとか……
とにかく嬉しそうなレイにシンジも反撃を企てた。
「なら、れ、レイも名前で……」
「……何を言うのよ。」
「ずるいよ。僕には名前で呼ばせて、僕のことは名前で呼んでくれないなんて……」
そしてシンジは
「僕も名前で呼ばれてみたいよ。」
などと言うのであった。
レイは赤くなりながら
「……し、シンジ。」
と呟くように言う。
ちなみに作者はゲンドウ張りにニヤリをした後、足の小指を冷蔵庫の角にぶつけた。
とても痛かった。
…………
まあ、そんなことはどうでもいい。
「それで、れ、レイ。どうしたの?」
「……加持三尉の言ったこと。」
「ああ、ミサトさん嬉しそうだったね。」
「……私も言われてみたい。……し、シンジから………」
もう二人は真っ赤である。
互いにじっと見つめあったまま動かない。
するとシンジの方から先に動いた。
レイは息を飲んだ。
「………ごめん! レイ!」
そう言うとシンジは走って逃げてしまった。
残されたレイは
「……逃げれないようにしないとダメなのね。特務一尉がやったことは正しかったのね。」
そう呟くのであった。
そしてその方法を相談することにした。
・・・
時が過ぎて、夜
綾波家にて
レイは困惑していた。
本来ならリリスと変わるのだが、コウスケに話があるとのことで入れ替わらずにいた。
「特務一尉、聞きたいことがあります。」
「どうしたんだ? 俺に答えられるものなら答えるぞ。」
コウスケは紅茶を口に運びながら言う。
「……既成事実ってなんですか?」
「ぶっ……」
コウスケはむせ返った。
「………意味を解ってるのか?」
「はい。……既に起こってしまい承認すべき事実。でも、わからないんです。」
「いったいどういうことだ?」
レイはコウスケに話した。
シンジが逃げずに加持のような言葉を聞くにはどうすればいいのかを相談したと
「………誰に聞いたんだ?」
「葛城三佐です。」
「……か~つ~ら~ぎ~!」
・・・
その後、第三新東京市を爆走する二台の車が確認された。
大幅なスピード違反で警察に追われるが、特務機関の権限で握りつぶされた挙句、二台に追いつくことができなかった。
一台はアルピーヌ・ルノーA310であり、もう一台はコンフォート17に常に置いてあるNERVの緊急車両である。
アルピーヌ・ルノーA310はもとよりNERVの緊急車両も鮮やかなドリフトを決めてアルピーヌ・ルノーA310にぴったりとくっついていたそうだ。
それ以降、第三新東京市には「蒼い稲妻と紅いイチジク」と言う爆走伝説が残っている。
それが上の二台のことを言っているのかは確認が取れていない。
ただ、とある女性が表向きでは部下である一人の男のドライビングテクニックを手放しで褒めていたことは確認されている。
ことの発端である少女は保護者が帰ってこないことをいいことに、お隣さんでお世話になっていたことは余談である。