第十五使徒襲来からすでに2週間が経とうとしていた。
特務機関NERV
人類の脅威になっている使徒との戦闘の最前線にある国連の非公開組織である。
人材の豊富さと能力の高さ、何より技術力の高さは他の組織では見られないだろう。
とはいえNERVも人が集まるだけあって、大企業や中小企業、各自治体、学校などで見られるものも当然ながら存在する。
噂話である。
この手のものは多岐のジャンルとともに必ずと言っていいほど存在する。
だが、最近のNERVでの噂話は専ら「一組の夫婦」に向けられていた。
「ねえ、聞いた? 綾波特務一尉のこと。」
「知ってるわ。なんでも昔、生き別れになった妻と再会したそうじゃないの。」
「しかもあのファーストチルドレンこと綾波レイが実の娘だったんだって。」
「でも、最初のころ赤の他人って言ってたわよね。」
「わからなかったんでしょ? セカンドインパクトの混乱時に別れたって聞いたから死んだと思ってたのよ。」
「レイちゃんもよかったわね。」
「今どき片親なんて珍しくないからね。」
「ちょっと残念だな…」
「諦めなさいよ。妻と子供がいたら勝ち目なんて無いわよ。」
「綾波特務一尉が誰とも付き合わなかったのはずっと奥さんのことを思ってたのね。」
「それが15年を経て感動の再会……ロマンチックだわ。」
・・・
「いいな、綾波特務一尉は……」
「確かにな……」
「あんな可愛い奥さんがいたなんて……」
「しかも母親似の娘までいるんだろ?」
「綾波特務一尉はよく綾波レイにちょっかいだしてたろ。」
「妻に似てるからだったんだな…」
「そしてその子が何でもない実の娘だったんだからな。」
「ん? 待てよ……綾波レイは今、14歳だろ?」
「綾波特務一尉は30だし……」
「……案外手が早いんだな……」
・・・
これが上級職員になると話が変わってくる。
「おい、見たか?」
「見たよ。使徒だなんて嘘だと言いたいくらい美人だった。」
「綾波特務一尉もやるよな…」
「使徒を口説くなんて普通できないよな。」
「そのおかげであんな美人さんが妻になるんだから綾波特務一尉も役得だよな。」
「なら、お前もやってみたらどうだ?」
「止めてくれよ。俺は普通の女性がいいよ。」
「でも、プロポーズの時に俺のために料理を作ってくれと言ったらしいな。」
「それもうまかったと言ったとか…」
「いつ食べたんだ?」
「……綾波レイが使徒だったなんてことはないだろうな。」
「そんなわけあるか。第一、そうだとしたらNERVはもう終わってるだろ。」
「それに赤木博士直々に綾波特務一尉の子供って証明されたんだからそれはないだろ。」
「そうだよな。ははは…」
「おい、待てよ。」
「どうしたんだ?」
「いつ産んだんだ?」
・・・
真実と虚偽が混じっている噂話がNERVで飛び交っている。
そんな噂話の起点になっている人物たちは一つの執務室にいた。
執務室の正式名称は作戦局二課課長執務室
通称「綾波執務室」
そんな執務室も今では「綾波夫妻の部屋」などと呼ばれている。
最も本人たち-特にコウスケの前でそう言うものはいない。
そのように呼ばれている執務室でコウスケは何とも言えない顔をしていた。
コウスケの前には何枚かの書類がある。
それに赤ペンでコウスケは修正を入れる。
ふとコウスケが視線を上げると、シャギーの入った黒いショートカットでコウスケと同じ色のジャケットを着た女性がデスクで何かを必死に書いている。
「赤……青……緑……」
などと呟いている。
「まだか? リリス。」
「もうちょっと待って!」
ふ~っとコウスケはため息をついた。
「……できた!」
リリスはニコニコの笑顔でコウスケに一枚の紙を差し出した。
「じゃあ、これは修正だ。」
コウスケはリリスに一枚の紙を返した。
それを見たリリスは目を丸くしながら驚いている。
「ええ~! こんなにあるの?」
「間違った分、書き直しだ。」
「これは間違ってないじゃない!」
リリスは一つの字を差している。
かろうじて「諸」と読めるが「緒」にも見えなくはない。
「バランスが悪い。何が書いてあるのかわかりづらい。よって修正だ。」
リリスは膨れっ面になった。
「うう…コウスケのいじわる……」
「俺は別にいいんだぞ? リリスが止めたいのなら。」
「わかったわよ……」
そう言うとリリスはせっせと漢字の書き取りに入った。
そんなリリスを見ながら
(俺はいつ教師になったんだ?)
などと思うのであった。
この時、コウスケは自分が教師になった姿を想像した。
何故かレイたちが通う第三新東京市立第壱中学校で数学を教えていた。
同僚にミサトやリツコ、加持、日向に青葉、伊吹と言ったNERVの職員が出てきたのはコウスケの想像力不足によるものだろうか…
ちなみに榛名ミツヒサは用務員、吹雪シンゴは非常勤講師、長良ユキは養護教諭、剣崎キョウヤは守衛だったりする。
校長は冬月でゲンドウは国連の研究所の所長であったのは余談だ。
コウスケがリリスに漢字の書き取りをやらせているのは嫌がらせをしているのではない。
ある意味自分のためである。
リリスが人としてNERVで働くことになったのだが、場所は当然ながらコウスケの執務室になった。
ちなみにリリスがコウスケの執務室に来てから禁煙となっている。
そのまま放置してもリリスがあれこれと何かしてくるのは目に見えていたため、コウスケは自分の仕事の一部をリリスに任せたのだ。
リリスはコウスケを手伝えることに喜んで仕事をやるのだが、問題が発生してしまった。
これを書いてくれと任せた書類をコウスケが確認すると
「なんだこれは……英語ではないな…ドイツ語でもないし………………ヘブライ語なのか? あるいは俺の知らない古代語なのか? もしやリリス語?」
と呟いてしまうほど何が書いてあるのかわからなかった。
そのためコウスケはMAGIを駆使し、古代語を懸命に探すなどをして解読に努めた。
どうにか解読に成功してMAGI三台とコウスケの全会一致で現代の日本語であることに間違いと確信する。
特に
とにかく
最もリリスの書いた原文は誤字では済まされない文字の方が圧倒的に多い……
ちなみにレイは大学生でも書けない漢字を普通に書ける。
それもかなり綺麗だ。
そのためリリスもそうであると思ったのがコウスケの運の尽きである。
コウスケが調べた結果、リリスは読みは誰にも劣らないが書きはまるでダメだった。
文字の書き取りをやっているリリスを見てリツコは
「リリスと言えば私たち人類の母とも言えるのよ? そんな彼女に文字のの書き取りをやらせるなんてあなたくらいなものよ。」
と言うが、コウスケが差しだした例の書類を見て納得していた。
ちなみにそのことを知ったアスカはリリスに対抗心を出して漢字の書き取りをやっている。
「人としては私の方が十何年もやってるのよ! 今度は負けられないわ。」
だそうだ。
やけにむきになっているとミサトから聞いたが、その理由を聞いてもミサトは苦笑いを浮かべるだけだった。
とにかくそういうわけでリリスは必死に漢字を書いている。
リリスが必死に練習するわけはコウスケにもわかっている。
正直に言うとかなり嬉しいのだ。
コウスケの手伝いをしたいという思いがひしひしと伝わってくるからだ。
泣きながら書いているリリスに何度も心が折れそうになるが、これもリリスのためと必死に自分を奮い立たせ鬼になっている。
ぶつぶつと呟きながら書いているリリスを横目に再びコウスケはデスクから数枚の書類を取り出して目を通した。
実を言うとコウスケが何とも言えない顔をしていたのはこの書類のためである。
書類には綾波家一同の経歴が書かれていた。
綾波コウスケ
性別:男
年齢:30
血液型:B(BO)
生年月日:1985年1月16日
階級:特務一尉
…
2000年
セカンドインパクトで両親と死別、また妻と娘とも生別
2006年
国連軍士官学校に入学、適正からパイロットコースに配属
2010年
同校を卒業、国連軍第8航空団に配属、階級:少尉
F-15Eを受領
テロ組織のNN爆破を阻止、コードネーム「アロー3」が定着
2011年
国連軍第4航空団に転属、中尉に昇格
2012年
様々な不祥事から少尉に降格
ロシアに保管してあったSu-37を受領
国連軍第2航空団に転属
2013年
国連軍第9航空団に転属
2014年
国連軍第13航空団に転属、中尉に昇格
2015年
特務機関NERVに転属、特務二尉に昇格
後に特務一尉に昇格、妻-綾波リリスと娘-綾波レイと再会
綾波リリス
性別:女
年齢:29
血液型:O
生年月日:1985年3月30日
階級:三尉
…
2000年
セカンドインパクトで夫と娘と生別
2000~2014年
詳細な経歴は不明
2015年
第三新東京市にて保護
夫-綾波コウスケと娘-綾波レイと再会
現在、NERVに勤務
綾波レイ
性別:女
年齢:14
血液型:O
生年月日:2000年3月30日
階級:准尉(特務機関NERVのみにおける待遇)
…
2000年
両親と生別、施設にて保護
2005年
碇ゲンドウが引き取る
EVAとのシンクロが可能であることがわかり特務機関の権限で汎用人型決戦兵器 人造人間EVANGELION零号機専属パイロットに任命
2006年
第三東京市立第壱小学校に転校
2013年
第三東京市立第壱小学校を卒業
先天性のアルビノ治療により長期入院
2014年 第三東京市立第壱中学校に入学
2015年 父-綾波コウスケと母-綾波リリスと再会
これを見た時、さすがにコウスケは切れた。
怒涛の勢いで総司令執務室に殴り込みまでかけたのだ。
「これはどういうことですか!」
「よくできているだろう? 全く苦労したものだよ。」
冬月は満足そうな顔だった。
ゲンドウも心なしか満足そうだ。
「これじゃ、自分はとんでもない奴じゃないですか!」
コウスケが気にするところは2000年のところだ。
リリスと生き別れたというのはいい。
だが、この時すでに妻と言う表現が気に食わなかった。
コウスケの記憶では両親は一般的な常識を持っていた。
最も父親はコウスケに変な歌を教えるような人だったが…
「別に構わんだろう? それに君も合法的にユイ君に似た……いや、あんな美人を妻にできるのだ。嬉しかろう。」
冬月は顎に手を添えながらしきりに頷いていた。
「しかし…」
「そこまで嫌がるなら離婚したことにする。」
ゲンドウがおもむろに口を開いて言った。
「離婚か……つらい現実だな……」
冬月はさもつらそうにしている。
だが、それが演技であることはすぐにわかった。
ゲンドウがじわじわとプレッシャーをかけてくる。
「レイの経歴にも書き足さねばなるまい。」
「致し方あるまい。この場合は両親はすでに離婚となるな…」
「それにリリスも悲しむだろう。」
「やけを起こしてサードインパクトなど起こさねば良いが…」
これを聞いた時、流石にコウスケも肝が冷えた。
人として生きているが、リリスは自在にATフィールドとアンチATフィールドを展開できる。
リツコによればリリスがアンチATフィールドを全力で使えば、残っている全生命体をLCLに還元できるらしい。
レイの治療に使ったのもアンチATフィールドである。
ただ、アンチATフィールドをそのまま使うとレイの存在が無くなってしまうため、リリスのATフィールドでレイの形と魂を留めていたという。
とにかくそれを言われてしまうとコウスケは何も言えなくなってしまう。
自分の不用意な発言でサードインパクトなど冗談ではない。
最もコウスケはリリスが妻になるのは別に嫌ではないのだ。
ただ、妻になった年が問題なだけだ。
だが、ここでまた騒いでも二人は変更しようとはしないだろう。
目の前の二人とそのバックボーンが企てたシナリオであることを感じ取り、もはやどうでもよくなっているコウスケであった。
「…わかりました。それでいいです。」
「わかってくれたか。」
「君なら必ず納得してくれるものと思っていたよ。」
・・・
そういうわけでコウスケは二人から荒が出ないようにこの経歴書をよく覚えておくようにと押し付けられたのである。
そしてコウスケはもう一枚の書類を見た。
婚姻届である。
コウスケとリリスのものだ。
既にコウスケとリリスの名前は書いてある。
コウスケはこれを書いた記憶はない。
リリスはようやくひらがなを書けるようになって漢字は満足に書けない。
当然ながらゲンドウが仕組んだものである。
おそらくそう言ったプロに任せたのだろう。
だが、そんなことはコウスケに取ってどうでもいいことだった。
コウスケが気にしているのは証人の欄である。
リリスは当然ながらコウスケにも親族はいない。
コウスケは証人の欄を見てため息をついた。
「ある意味、最強の証人だな……」
知る人が見れば目を疑うこと間違いなしだなともコウスケは思った。
証人には碇ゲンドウと
「いつの間に書いたんだよ……」
カタカナで書かれた
「あのくそじじいめ……」
キール・ローレンツの名前が刻んであった。
・・・
第十五使徒襲来から数日後
『これよりSEELE緊急会議を始める。』
目の前にSEELE01と書かれたモノリスから年老いた男性の声が鳴り響いた。
辺りを見回すとコウスケの横にはゲンドウが座っており、その周りをモノリスがぐるりと取り囲んでいた。
数を数えると13まであった。
普通なら萎縮するだろうがゲンドウは平然といつものポーズで座っていた。
反対側にはコウスケにぴっとりとくっついているリリスがいる。
とは言ってもライトが照らされていないのでリリスの姿は見えずコウスケも自分の姿を見ることはできなかったが、立っていることだけは足の感覚でわかる。
腕からはほのかな温かみと柔らかい感触を鮮明に感じる。
違う場所であったらコウスケも平然としていられなかっただろう。
『碇、これはどういうことだ。』
『第十五使徒を殲滅ではなく説得…』
『しかも個体名がリリス…』
『まさかとは思うが、第二使徒のことではあるまいな。』
モノリスから次々と声が聞こえてくる。
「そのとおりです。」
ゲンドウは平然と言い返した。
『報告によれば、ファーストチルドレンに寄生していたとのことだが…』
『まったくもって不可解だよ。』
『死海文書に予言されていた出来事から外れているな。』
『第一、次の使徒は鳥の使徒ではなかったのかね?』
『この修正、容易ではないぞ。』
モノリスが討議を続けている。
何とも奇妙な感覚に囚われるコウスケであった。
『ところで、説得したというリリスは今どこにいる。』
モノリスの一つからゲンドウに向けて不意に質問が来た。
「NERVにて保護しております。」
『ターミナルドグマに拘束したのかね?』
「いえ、彼女は人として生きています。」
ゲンドウの答えにモノリスが騒がしくなった。
『リリスが人として生きているだと…』
『そんなことありえん。』
『左様、リリスは我らとは違う存在…』
『そんな存在が人として生きるなど到底不可能だよ。』
コウスケは暗くて見えないものの自分がどんな顔をしているかわかっている。
もし、それが見えたならば明確な殺意が見えていただろう。
ふと何かが震えているのがわかった。
横にいるリリスだ。
SEELEの無神経な発言に相当不安になっているのだろう。
コウスケはそっと抱き寄せるのであった。
「現にリリスは人として生きております。この場にも証人としてすでに召喚しております。」
ゲンドウがそう言うとコウスケたちがライトアップされた。
『……碇君、まさかとは思うがそこにいる女性がリリスとでも言いたいのかね?』
『見たところ君の妻に似ているようだが……』
『それになんの関係がない者もいるが、これはどういうことかね?』
「彼こそリリスを説得した張本人です。」
モノリスがざわざわし始めた。
『君は……綾波コウスケ特務一尉だったな。』
「はい。」
思ったよりも無機質に返答した。
『綾波特務一尉、君の横にいる女性がリリスであることに間違いはないのかね?』
「そのとおりです。リリスは自分の目の前で人になりました。」
忘れるわけがなかった。
コウスケの目の前で白い巨人が光り始めたかと思うと徐々に小さくなり、今のリリスになったのだから。
……何も着ていない状態のリリスに抱き付かれたときのコウスケはそれはもう無様と言うしかなかった。
『碇、よくできた話だな。』
コウスケは耳を疑った。
モノリスが何を言ったのか理解するのに数秒要した。
だが、SEELEにとってはまさに寝耳に水だろう。
使徒が人になりましたなんて話を真剣に聞ける人がいるだろうか…
『このような証人を仕立て上げ、我々を騙そうとは…』
『左様、作り話にしては上出来だよ。』
『最もよく出来過ぎていて少々興ざめだな。』
「MAGIのレコーダーを調べてもらっても構いません。」
ゲンドウが珍しく焦っていた。
そのことからかなり危ないことになっていることは理解できた。
『情報隠蔽、工作は君の十八番だろう?』
『この茶番劇もそろそろ幕引きだな。』
『碇、君は良き友人であり、理解者であった。綾波特務一尉、君もこんな茶番に付き合されてご苦労であった。』
01のモノリスからそんな言葉が出てくる。
過去形で言ったことをコウスケは瞬時に理解した。
SEELEとの決別がいつかは起こるだろうと考えていたが、あまりにも早いと感じた。
「……愚かなリリンね。」
暗い部屋に鈴のような声が聞こえた。
この場にそんな声を出せるものは一人しかいない。
『なんだと?』
「愚かなリリン、でなければ哀れとでもいえばいいのかしら?」
リリスが平坦な声で言う。
こんな声はコウスケの記憶にはなかった。
だが、リリスが怒っていることだけは理解できた。
『我々を愚弄する気か!』
『どうやら重度の精神病を患っているらしいな。』
『碇君、君の罪状は上乗せされたな。』
「うふふ……」
リリスは笑っている。
コウスケはこんな笑い声も聞いたことは無かった。
だが、これがリリスと言う人なんだなと奇妙に感心している。
『何がおかしい。』
「ごめんなさい。……どうすれば私がリリスだって信じてくれるのかしら?」
『ふ……ふははは……これは面白いことを言う。そうだな……リリスならばアンチATフィールドが使えるはずだ。最もお前などに……』
「見つけた……」
リリスがそう言うと01のモノリスからの声が途切れた。
代わりに水が高いところから落ちるような音が聞こえてきた。
『……議長?』
他のモノリスが声をかけるも反応がなかった。
「お望みどおりに見せたわよ? でもそれじゃ話せないわね。」
リリスが01のモノリスに手を向けた。
『……む!』
「起きたかしら?」
『いったい何をした……』
声に先ほどまでの威厳が完全に消えていた。
「あなたが望んだことよ。どうだった?」
この場にいる全員が01の言葉を待っていた。
『……………認める。彼女はリリスだ。』
その言葉に他のモノリスが唸り声を上げていたが、リリスだけは不満そうだった。
「あら? それだけなの? サービスで体も治しておいたのに。」
『バカな……こんなことが………』
「まあいいわ。次は……」
リリスは03に視線を向けた。
『な、何をす……』
再び水の音が聞こえてきた。
「うふふ………」
『………はっ!』
03から声が戻ってきた。
「もうおわかりいただけたかしら?」
モノリスたちは沈黙してしまった。
ゲンドウがおもむろに口を開いた。
「……議長。」
『なんだ、碇。』
「人類補完計画の無期限凍結を提案します。」
『碇君、何を言いだすのかね。』
『閉塞した人類の再生……』
『それが人類補完計画だよ。』
「わかっております。しかし既に事態は我々の範疇を超えていたのです。」
『碇、どういうことだ?』
「その計画はあなたたちリリンのものではないということよ。」
01の問いにリリスが答えた。
「え~と……死海文書……懐かしいわね。」
『何?』
「アダムより生まれし15の使いを滅ぼし、最初の人間たちの融合と同数の使いを手にしたとき、神への道が開かれる。」
『それは………』
「あなたたちが持つ死海文書に書かれている……でしょ?」
『何故それを知っている!』
「だって、私が作らせたんだもの。知ってて当然でしょ?」
モノリスたちがまたもや騒ぎだした。
『我々が残されていた予言書とともに解析したのだぞ!』
『左様、それらを統合した結果なのだよ。』
「だから、私が全部作らせたに決まってるじゃない。大変だったのよ。」
リリスの口元はうっすらと笑っていた。
『……にわかに信じられんが、事実なのだろう。』
『それでリリスよ。この計画が発動されれば我々はどうなるのだ?』
「私が生命の実を手に入れて、あなたたちはすべてが一つになって終わりよ。」
『一つになり再生されるのでは……』
「言ったでしょ? 終わりだって。存在を失うだけよ。」
モノリスたちが一斉に沈黙した。
彼らが信じて疑わなかったものが突き崩されたのだろう。
『……リリス、何を望むのだ………』
01から聞こえる声は震えていた。
「……あなたたちリリンを見てて、わかったのよ。リリンは不完全だから不完全じゃないってね。」
コウスケがリリスを見るといつもの微笑みに戻っていた。
「リリンたちが言う……え~と…歴史だっけ? それを見ていたら納得したわ。」
『どういうことなのだ?』
「あなたたちの歴史と言うのは血でまみれているのよ。どんなページをめくっても必ず血が付いているわ。だけど、それと同じくらい……え~と……愛にあふれている。それがリリンの強みだってね。」
そう言うリリスはどこか嬉しそうだった。
「リリンによって形が違うけれどもそれがリリンと言う種が今でも生き残ってる要因、アダムの子らに勝てる理由なのよ。」
『むう………』
「だから私も……その………そうなれたらいいな……って…………」
急にリリスはもじもじと動きながら、ちらちらとコウスケを見ている。
「……なんだ?」
「…………ぷう。」
突然リリスは膨れっ面になった。
『ふ……ふははは………』
01が突然笑い始めた。
『議長?』
『そう言うことか! リリス、君の願いはよくわかった。』
すると01は笑いと止めた。
『綾波特務一尉、君はリリスを受け入れられるのか?』
なぜそこで自分に質問が来るのか全くわからなかった。
それでも聞かれている以上、真面目に答えることにした。
「今のリリスは人とは少々違うとはいえ、人の形をして人の間に生きています。それに何よりも人と同じ心を持っているなら人でいいのではないですか?」
これはコウスケ自身がリリスを見てきて感じていることであった。
『……君は面白い人だな。……碇。』
「はい。」
『人類補完計画の無期限凍結は了承した。だが、使徒はまだ襲来してくるだろう。』
「どうなのだ? リリス。」
「来るわよ。」
『……以前より君が申し出ていた予算については一考する。』
「ありがとうございます。」
『議長、本当に凍結なされるのか?』
他のモノリスから不安げな声が聞こえてきた。
『人類が再生されないとなるならば、こんな計画など無意味だ。それにリリスの意志に反することになる。』
『確かにそうですな。』
『それに人の強みか……まさかリリスにそれを教えられることになるとは……』
「そうやって間違えるのもリリンの強みなのよ。」
『そうだな……』
その声はひどく落ち着いたものであったが、最初に見られた嫌な感じがしなかった。
(一件落着か……)
そのようにコウスケはほっとするのであった。
『リリスよ、君の願いは早急に果たすことにしよう。私の体を治してくれた礼でもある。』
「本当!?」
『皆も異論はあるまい。』
帰ってきたのは無言であったが、それは肯定を意味していた。
『綾波特務一尉。』
「はい。」
『君たちの婚姻は盛大にやらせてもらう。』
「…………はい?」
コウスケは耳を疑うしかなかった。
『聞こえなかったのかね? 婚姻だよ。』
「誰のですか?」
『何を言うのだ。君とリリスに決まっておるだろう。』
「何故そんなことになるのですか!」
するとリリスが上目遣いで見つめてくる。
………悲しそうだ。
「嫌なの?」
「う………」
(そんな目で見るなよ! 何も言い返せないじゃないか!)
「プロポーズしてくれたのはコウスケなのに……」
『なんと! 既に将来を誓い合っていたのか!』
『ともなれば人類史上初めての快挙だな。』
『左様、これほどの快挙を祝わないなどあり得ないことだよ。』
狼狽えるコウスケをよそにモノリスたちが興奮気味に言っていた。
『……綾波特務一尉、まさかとは思うが……』
『自分から婚姻を申し込んでおいて……』
『嫌だなんてことは無いだろうな。』
「そ、そんな……」
すると01はゲンドウに向けて言った。
『碇、綾波特務一尉が浮気などしないようよく見張っていろ。』
「承知しております。」
『綾波特務一尉、君とは長い付き合いになりそうだ。……私はキール・ローレンツだ。覚えておきたまえ。』
「は、はぁ。」
『綾波特務一尉、裏切るなよ。』
・・・
コウスケは目の前の婚姻届を見てため息をついた。
あの後、リリスが一人の人といて生きられるようになるまで保留と言うことで話が付いた。
正直に言うとコウスケ自身は結構嬉しかったりする。
それなりに思いを寄せ始めたことを自覚はしてきているのだ。
ただ、周りに踊らされているという感覚がコウスケにとって気に食わないのだ。
ふと見るとリリスは懸命に漢字の書き取りを行っていた。
その姿がなんともいじらしく感じるのであった。
(そう言えば……)
コウスケは先日に行われたSEELEとのやり取りの中で気になることがあった。
(13だけ何も言わなかったな……)
コウスケの記憶では少なくとも一回以上は必ず13以外のすべてのモノリスが喋っていた。
だが、13だけは最初から無言を貫き通したのだ。
ゲンドウに聞いてみたところ13に関してはわからないと答えが返ってきた。
(気にしてもしょうがないか……)
「そういや、リリス。」
「何?」
リリスは書き取りを一時的に止めてコウスケの方を振り返った。
「あの時、なんで怒ってたんだ?」
「あの時って?」
「お前さんがアンチATフィールドを見せたときだよ。」
するとリリスは顔を俯かせてしまった。
「……ごめんね。怖かったわよね……」
「へ?」
「でも、許せなかったの……コウスケが真面目に話してるのに嘘だと決めつけてたのが……」
よく見るとわずかに震えているのがわかった。
「私のあんな姿を見たら怖いに決まってるわよね。」
「なにバカなことを言ってるんだよ。」
コウスケはリリスが提出した書き取り表を採点しながら言う。
「へ?」
「あんなのちょっとした超能力とでも思えばいいのさ。」
「でも……」
「それでお前さんを嫌うってか? そうだったらあんときに殲滅してたさ。」
「コウスケ……」
「そんなくだらないことを考えてないでやるべきことをやったらどうだ?」
「………うん、ありがとう。」
リリスは涙を浮かべていた。
コウスケはため息を一つつくとポケットからハンカチを差し出した。
「涙が書き取り表にしみこんだら余計どんな文字かわからなくなるだろ。」
リリスはハンカチを受け取って涙を拭いたが、次々にあふれ出して止まらなかった。
コウスケはリリスが泣き止むまでじっと見守っているのであった。
SEELEとの和解
SEELEについて自殺集団、狂信者の集まりと言われているのを否定はしません。
ただ、彼らは世界を牛耳る集団と考えると只の狂信者ではないとも考えています。
最もSEELEが何を望んだのかまではわかりませんけどね。
今回のおまけは
据え膳食わぬは男の恥
でしょうか
おまけ
SEELEとの対決が終わった次の日
コウスケは目覚めた。
目覚まし時計がいまだになっていないことから、起きるにはまだ早いと思われる。
コウスケは無意識のうちに目覚まし時計を探していた。
「…あれ? ない……」
どうやら寝ているうちにどこかに落としてしまったのだろう。
コウスケはまだ覚醒しきっていない頭でそう考えた。
コウスケはベットから出ようと真横に手をついた。
「ん…………」
妙に柔らかい感触があった。
ベットにしては柔らかすぎるし、枕にしては小さすぎた。
それに変な声も聞こえた。
「なんだ?」
コウスケはその感触がする方に目を向けた。
「…………………………なぁ!」
横にはリリスがあどけない表情で眠っていた。
それだけではない。
「はっ!」
コウスケは手をどけた。
………リリスの胸に思いっきり乗っていたのだ。
「な、ななな…なんで…………」
コウスケの記憶では一人で眠っていたはずだ。
それにレイとともに部屋に戻るリリスも見ている。
それと同時に先ほどの感触も思い出していた。
コウスケの声で目覚めたのか、リリスがむくりと起き上がった。
「んにゅ………コウスケ……おはよう………」
リリスは目をぐしぐしとこすって挨拶する。
しかし、コウスケは答えなかった。
「……どうしたにょ?」
どうやら覚醒していないようだ。
一方コウスケは完全に覚醒していた。
だが、平然ともしていなかった。
コウスケは目を見開いてリリスを見ていた。
リリスは花柄が入ったピンク色のパジャマを着ている。
リリスは不思議そうに首を傾げていた。
それがコウスケの理性に大きなダメージを与えた。
もはやコウスケの自立自爆まで幾ばくもない。
これがレイであればこんな気持ちにはならなかった。
頬を抓り起こしたであろう。
(別にいいじゃないか。)
(何を言ってるんだ!)
(お前さんだって別に嫌じゃないんだろ?)
(それは……そうだが……リリスはその意味を知らないんだぞ!)
(ならお前さんが優しく教えてやればいいじゃないか。)
(俺が……)
(そうだよ。それに彼女もそれを望んでるかも知れないぞ。)
恐る恐るコウスケは手を伸ばした。
コウスケの手がリリスの肩にかかる。
リリスはまだ不思議そうな顔をしていた。
コウスケも自分自身が抑えられなくなっていた。
………
………………
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「……特務一尉。」
危く自分に負けそうになっていたコウスケは誰かに声をかけられた。
バクバクとなっている心臓を放置し、コウスケがその方向を見ると慌ててリリスから手を離した。
「れ、レイ!」
レイがコウスケの部屋の入り口で立っていた。
既に制服に着替えている。
「おはようございます。」
「あ、ああ、おはよう……」
「あ、レイ……おはよう……」
「………もう七時半です。」
そう言ってレイはリビングに戻って行った。
先ほどの感情は完全に静まっていた。
ふと床を見ると何かが飛び散っていた。
……リリスがATフィールドで目覚まし時計を破壊した跡である。
コウスケは思わずため息をついた。
それは安心から出たものなのか
それとも残念だったからなのか
はたまた長年愛用してきた目覚まし時計が無残な姿になったからであろうか
とにかくこうしてコウスケの一日は始まる……