無機質な部屋
周りは薄い緑色で統一されており、真ん中にデスクと椅子がぽつんと置かれているだけの部屋である。
ゲンドウがSEELEから呼び出しを受けたときに使う部屋だ。
ゲンドウがいつもの席についた時、部屋は暗くなりゲンドウの周りにモノリスが現れた。
『碇、急に呼び出してすまぬ。』
モノリスの01であるキール・ローレンツが言った。
そこには当初見られた高圧的な言い方が全くではないものの幾ばくか薄れているようだった。
キールの言葉を聞いたゲンドウは少なからず驚いていた。
今まで謝罪の言葉など聞いたことがなかったからだ。
『碇君、綾波特務一尉はどうしているかね?』
「リリスと仲良くしております。どうやら満更でもないようです。」
『しかし、綾波特務一尉に言い寄る者がいるとのことだが…』
「今は完全に沈黙しております。我々のシナリオ通りに。」
『それならば安泰だ。』
『左様、痴情のもつれでサードインパクトなど冗談になりはせんよ。』
『まったくそのとおりだ。最も綾波特務一尉に好意を持っていた者には気の毒な話だな。』
どうやら彼らはそのことが気が気でないようだ。
ゲンドウの報告を受けて幾分か安心しているようだった。
「にして議長、どのようなご用件でしょうか?」
『うむ、我々がかねてより進めていた人類補完計画…』
『その遂行のために用意したものがあるのだが…』
ゲンドウはそれを聞いて暫し考えた。
「……なるほど、人造の使徒ですな。」
『そのとおりだ。』
「人と同じ形をしているのでしょうか?」
『君にしては察しが良いな。』
「それで私に意見を聞きたい……そう言うことですか。」
『話が早くて助かるよ。』
『碇、何か良い案があるか?』
ゲンドウはサングラスをかけなおした。
「一つだけあります。」
ゲンドウは自分の案を話した。
『それはあまりにも危険すぎないかね?』
『左様、それにリリスもいるのだ。』
「問題ありません。」
『碇、その自信はどこから来るのだ?』
「ファーストチルドレン‐綾波レイも同様の存在だったからです。」
『どういうことかね?』
「あなた方と同じように私も道しるべを用意していたと言うことです。」
ゲンドウの答えにモノリスたちが一斉に唸った。
『君が怪しい動きをしていたのは気付いていたが…』
『人類補完計画を利用するつもりだったとは…』
『よい、すでに終わったことだ。そのことに関しては不問に処す。』
「ありがとうございます。」
『にして、ファーストチルドレンはどうしているのかね?』
「彼との接触により人として生きる道を選びました。彼を父のように思っているようです。
それにリリスの力で名実ともに彼の娘となりました。」
『話によれば君の息子と交際しているとのことだな。』
「はい。早く孫の顔が見たいものです。」
『碇君、気が早すぎないかね?』
『しかし、碇がこんなことを言うとは…』
『明日にでも使徒が現れるのではないかね?』
モノリスたちが一斉に笑い始めた。
一方ゲンドウは少し憮然としていた。
「ともあれ、彼に任せるのが適任です。」
『……わかった。この件は「ルシファー」に任せてみよう。異議がある者はいるか?』
モノリスたちは沈黙したままであった。
『よかろう。本日はこれで解散する。』
キールは一度間を開けると言葉を続けた。
『すべては…』
『『『リリスの
・・・
コウスケの日常は僅かながら変わることを余儀なくされた。
「……またやりやがったな………」
コウスケは床に落ちているばらばらになった何かを見つめながらため息をついた。
目覚まし時計である。
(赤木に新しいのを頼むか……)
目覚まし時計なら近場に売っているだろうが、コウスケの部屋にある目覚まし時計はNERVで作られたものである。
ATフィールドにも耐えられる目覚まし時計を開発中なのだ。
もし、これが成功すればNN爆雷にも耐えられる目覚まし時計の完成である。
最も目覚まし時計にそんな強度が必要なのかはなはだ疑問ではあるが……
目覚まし時計を見事に破壊してくれた犯人はコウスケの横ですやすやと寝ている。
何度言っても勝手に入ってくるのだからコウスケはもうあきらめている。
とにかくあどけない表情で寝ている侵入者を起こすことにした。
「いひゃい! いひゃい!」
「起きろ。」
リリスは抓られた両頬をさすりながらむくりと起き上がった。
かなりどうでもいいことだが、コウスケはリリスをこのように起こすのをそれなりに気に入っていたりする。
「何度言ったらわかるんだ! ATフィールドで目覚まし時計を壊すなと!」
「だって……」
涙目になっているリリスにコウスケはこれ以上何も言えなかった。
コウスケはリリスのこうしたしぐさにかなり弱かった。
「全く……今は何時だ?」
「……七時半です。」
いつの間にか薄い水色のパジャマを着たレイが部屋に入ってきていた。
レイは一人で早起きすることができるようになっていた。
最も起きる場所は自分の部屋ではないが…
レイが起きた時、横にいる少年を起こすようにしている。
当初は無様な叫び声が葛城家の目覚ましになっていたが、今は慣れて普通に挨拶を返せるようになったらしい。
とにかくコウスケはレイが早起きできるようになった要因はリリスが分離したからだと考えている。
「そうか……」
これはもう綾波家の日常となっていた。
・・・
コウスケたちは第三新東京市に一番近い湖である芦ノ湖に来ていた。
綾波家は一家そろって休日なのだ。
おまけとしてシンジも同行していた。
何故彼らがここにいるのかと言うとコウスケが原因である。
コウスケは一人で暮らしていた時の習慣で休みになるとふらふらとどこかに出かけていた。
目的などなく自由気ままにふらふらと歩くだけなのだ。
ここ最近は休みなく働いていた。
リリスがレイと分離する前が最後だったのでコウスケに取って久しぶりの散歩だったのだ。
夕方になり家に帰ったコウスケが見たものは泣いているリリスとあやしているレイの姿だった。
コウスケの姿を見たリリスはコウスケに飛びついた。
「どうしたんだよ。」
そう聞いてもリリスは泣いていて答えられなかった。
代わりにレイが答えてくれた。
「リリスはずっと特務一尉を探してました。」
「俺を? なんでだ?」
「うう……朝起きたら……ぐすっ……コウスケがいないんだもん………」
話をまとめるとリリスはコウスケがいないと知ってかなり慌てたそうだ。
町中を探しても見つからず、NERVでもずっと探し回っていたそうだ。
見つかるはずがない。
なにせコウスケはふらふらと散歩して回っていたのだから。
山があっては山に登り、川があっては川で戯れたり…
そのような感じであった。
ちなみにコウスケに護衛はいない。
「俺を守るくらいなら子供たちを守れ。」
その一言で護衛を解散してしまったからである。
最もコウスケ自身がそれなりの戦闘力があるので、特に問題ないと判断された。
一応居場所を知らせるためにNERVのカードに発信機が付いているが、散歩するときのコウスケは持ち歩いていないのだ。
万が一、何かあった時のために最上級のカードは常に持っていたが、これに発信機はついていない。
昼食などは現金で支払っていたので、カードの使用履歴がNERVに残らない。
そのためリリスはコウスケが行方不明になったと大騒ぎしたのであった。
当然ながらNERVでも第一種警戒態勢が敷かれ、動員できる最大限の人員でコウスケの捜索が行われていたりする。
それでも見つからなかったのは、コウスケが本当に自由気ままに歩いていたからであろう。
それならば携帯電話を使えばいいという話になるのだが、こともあろうにこの日に限ってコウスケは携帯電話を家に置きっぱなしにしていたのだ。
家を出てからすぐにコウスケは気付いたが、何かあれば警報でわかるだろうと特に気にしなかった。
このことでコウスケはゲンドウと冬月にこってりと絞られた。
「君は自分がどれほどの地位にいるのか自覚しておらんのかね!」
「冬月の言うとおりだ! 危く世界中に捜索願いを出すところだったのだぞ!」
そんな大げさなとコウスケは思った。
総司令執務室を出たコウスケはSEELEからも呼び出される始末であった。
『綾波特務一尉、君は何を考えているのかね?』
『左様、妻をほっといて散歩などあり得んことだよ。』
『それでサードインパクトが起こった時、君はどうするのつもりだったのかね!』
『そんなことをするならば、リリスも連れて出かければよかろう!』
『その日のうちに帰宅したからよかったものの、碇君から連絡を受けたときは大騒ぎだよ。』
『全くだ! 人類補完委員会でも君の捜索を国連に提唱するところだっだのだぞ!』
これを聞いた時、コウスケもさすがに焦った。
まさか本当に世界的に捜索されるとは思わなかったのだ。
それと同時に
(休暇くらい自由にできないのか…)
などと考えもした。
無理もない。
一年前までは一介の戦闘機乗り、しかも独り身だったのだから…
この件は「ふら波事件」としてMAGIに残ることになる。
「ふら波」の所以は「ふらふらする綾波」からである。
コウスケに取って汚名以外の何物でもない。
それに類するものでは「荒波」だろうか……
全くの余談だが、リリスは「黒波」、レイはそれに対になるかのように「白波」と密かに呼ばれているらしい。
ちなみにMAGIは全会一致でコウスケを糾弾していた。
特に
これに対するリツコのコメント
「女として許せないのね…」
そういうわけでコウスケはリリスに謝罪の意を込めてどこかに連れていくことを「命令」されたのである。
それもゲンドウとキールの二人から…
さすがにコウスケも反論しようと思ったが、リリスの泣いている顔が浮かび上がり断念した。
とにかくコウスケは芦ノ湖のほとりでのんびりと座っていた。
傍らではリリスがうとうとと眠りに入ろうとしている。
少し離れたところではレイとシンジが似たようなことをしていた。
コウスケもひと眠りしようかと思った時、どこからともなく鼻歌が聞こえてくるのであった。
「誰だ?」
しばらく聞き入っているとどこかで聞いたことのある歌であった。
「何かしら…」
どうやらリリスも歌を聞いて目が覚めたようだった。
独特のリズムが風に乗って聞こえてくる。
「これは……歓喜の歌だな。」
コウスケは誰が歌っているのか確かめるべく、聞こえてくる歌を頼りに足を進めた。
芦ノ湖に作られた桟橋に誰かがいる。
コウスケはさらに近づいて見た。
まず目に入ってきたのは銀色の髪だった。
着ている服はシンジが学校に登校するときに着る制服だったため、少年であることに間違いはないはずだ。
銀色の髪をした少年はこっちに気付くことなく鼻歌を歌っている。
コウスケがある程度近づいた時、少年は鼻歌を止めた。
「…歌はいいね。歌は心を潤してくれる。リリンの文化の極みだよ。そう感じませんか?
ルシファー。」
そう言うと少年はコウスケの方に振り返った。
(レイと同じ赤い瞳……)
「ん? 俺のことを言っているのか?」
「知らない者はいませんよ。失礼ですけどあなたは自分の立場をもう少しは知ったほうがいいと思いますよ。」
そう言うと少年はアルカイックスマイルを浮かべていた。
「ところでルシファーってなんだ?」
「おや? あの老人たちはあなたのことをそう呼んでますよ?」
「老人?」
コウスケの記憶ではそのように呼んでいる老人など思い浮かばなかった。
「SEELEと言えばわかりますか?」
「…なるほど、君はSEELEと面識があるようだな。それで君は誰なのかな?」
「これは失礼。僕は渚カヲル。仕組まれていた子供、フィフスチルドレンですよ。」
(フィフス? そんな情報は入ってきてないぞ。)
新たにチルドレンが選出されたのならばすぐさまに情報が入ってきているはずだ。
だというのに目の前の渚カヲルと言う少年はフィフスだと言う。
きな臭いものを感じるが、少なくともコウスケにはカヲルが嘘を言っているようには思えなかった。
「もう! コウスケったら私を置いていくなんて……」
リリスがコウスケに追いついたようだ。
しかし、リリスはカヲルを警戒するように見つめていた。
「あなた……アダムの子ね。」
「何? 使徒なのか!」
『そのとおりだ。』
声がする方に振り返ってみるとモノリスが一つ浮かんでいた。
(これはどこにでも現れるのか…)
「キール議長、これはどういうことでしょうか?」
『計画の遂行のために用意した者だ。』
(計画遂行のために……特徴的なアルビノ……レイと同じ赤い瞳……)
「ふう、碇司令と言いあなた方と言いとんでもないことをしますな。」
『それについては何も反論できん。』
「それでどうすればよろしいのでしょうか?」
キール自らがここに出てきたということはコウスケに何かをやらせたいということをすぐに洞察することができた。
『話が早くて助かる。……この者を預かってもらいたいのだ。』
「……はい?」
『計画が凍結された今、この者を人として預かってもらいたいのだ。』
この言葉にコウスケは全く動揺していない。
なにせコウスケには前例があるからだ。
「……わかりました。引き受けましょう。」
(どうせ嫌がっても拒否権は無いとか言われるんだろう…)
『うむ、よろしく頼む。』
「それでルシファーとは何でしょうか?」
『君の呼び名だよ。』
キールの声はどこか満足そうだった。
「何故、悪魔の名前なんでしょうか?」
『悪魔ではない。堕天使だ。君にぴったりだろう。』
(嫌味かよ…)
コウスケの心情を察したのかキールは言葉を続けた。
『嫌味などではない。』
ルシファー
今では堕天使、悪魔という印象が強いが、元は天使たちを統べる地位にあったとされる。
だが、創造主たる神に反逆し、自ら堕ちていった天使である。
悪魔の長であるサタンと同一視されている。
キールはそのように語るが、コウスケには疑問が浮かんでくる。
「ルシファーについてはよくわかりましたが、それが自分の呼び名になる理由がわかりません。」
『ここからが重要なのだ。神に反逆し堕天使となったルシファーはリリスを妻にしたとの伝承がある。』
「………はい?」
『聞こえなかったかね? リリスを妻にしたといったのだ。君にぴったりであろう?』
キールの声はどこか嬉しそうだった。
「妻………」
とつぶやくとリリスはもじもじしながら赤くなっていた。
コウスケは何も言えなかった。
『嫌なのかね?』
「は、はあ……」
『ならば、アダムが良いかね?』
「………ルシファーでいいです。」
呼び名が第一使徒と同じなんて冗談ではない。
もう、観念することにしたコウスケであった。
『うむ、では渚カヲルをよろしく頼むぞ。ルシファーよ。』
それだけを言うとモノリスは消えた。
「はぁ………それで君は……」
「カヲルでいいですよ。」
カヲルは微笑みを崩さずに言う。
一方リリスはじっとカヲルを睨んでいた。
「おい、そんなに警戒しなくてもいいだろ。」
「わかってるわ。…でも、私の中で何かが叫ぶの。」
するとカヲルの顔が何か意味ありげな表情に変わった。
「あなたがリリスだね?」
「そうよ。」
「あなたは僕と同じだね。お互いにこの星で生きていく身体はリリンと同じ形へと行き着いたか。」
「違うわ。」
リリスはきっぱりと言い放つと言葉を続けた。
「確かに私はリリンと同じ形になったけど、それはコウスケのためよ。」
それを聞いたカヲルは意外そうな表情を隠さなかった。
「コウスケさん!」
後ろの方で誰かが呼んでいる。
コウスケが振り返ってみるとシンジとレイがこっちに来ていた。
「探しましたよ。コウスケさんもリリスさんもいきなり居なくなるんですから。」
レイもこくりと頷いていた。
「それで……君は?」
シンジがカヲルを見ながら言った。
「ああ、今度配属されたフィフスチルドレンだ。」
「渚カヲル。カヲルでいいよ。」
「僕は碇シンジ。シンジでいいよ。」
「私は綾波レイ。」
レイはそれだけを言うとコウスケの方をちらちらと見ていた。
(何なんだ?)
コウスケが訝し気な顔をするとレイは明らかに落胆していた。
「どうしたの? 綾波。」
「……………何でもない……………」
どう見ても何かありますという顔だった。
そんなレイを心配そうに見るシンジ
コウスケも何故こうなったのか必死に考えていた。
そんなコウスケにリリスが
「多分、宿題のことよ。」
と密かに言ってくれた。
その一言でコウスケは気付いた……いや、思い出した。
「う~ん……可でもなく不可でもなくだな。まぁ、最初のお前さんに比べたらだいぶましだよ。」
レイはアスカが来日した時、コウスケから出された宿題をずっと覚えていたのだ。
「しかし、よく覚えてたな。」
「特務一尉が私のためにしてくれたことだから。」
あの時のコウスケはただ単に軽く会釈くらいしろと言う意味で言ったのだ。
だが、レイはそれを真摯に受け止め今の今までずっと覚えていた。
「まあ、その時によって言い方が変わるから、それは自分で考えてみてくれ。今のレイなら大丈夫だろう。」
レイは頷くとかなり満足そうな顔になった。
それをカヲルが興味深そうに見ていた。
「カヲル君って綾波に似てるね。」
不意にシンジがそのように言う。
「髪も…銀色なのかな? 瞳も赤いし……」
シンジの言葉にレイがピクリと反応した。
一方コウスケはシンジが何を言いだすのか少し興味があった。
「綺麗な人だね。」
そう言ってシンジはレイに微笑みかける。
「……綺麗?」
「うん、綾波に似て綺麗な人だよね。」
「……何を言うのよ………」
赤くなって俯くレイにシンジは不思議そうにしていた。
「……お前さん、自分で何言ってるのかわかってないのか?」
「どういうことですか? コウスケさん。僕はただ……あ………」
ようやく理解できたようでシンジは赤くなっていた。
「僕はただ……カヲル君が綺麗な人だと言いたいだけで………だからと言って別に綾波が綺麗じゃないってわけじゃ……」
シンジは自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
「レイは良いな……」
不意にリリスがそのようなことを言いだした。
「ねえ、コウスケ。私はどうなの?」
「いきなりなんだ。」
「コウスケは私のことをどう思ってるのかな……」
リリスは不安そうな表情で上目使いでコウスケを見る。
(ぐ……その目は止めてくれ………)
「そう言うリリスはどう思っているのですか?」
カヲルが間に入ってきた。
「私? もちろん大好きに決まってるじゃない。」
カヲルの問いにリリスは断言した。
「なるほど……ルシファーは……言うまでもありませんね。」
そう言うカヲルにコウスケは訝しく思った。
それに気付いたカヲルが続ける。
「まんざらでもなさそうな顔ですよ。ルシファー。」
「……何を言うんだ。」
そうは言うが、顔が赤くなっていては説得力が欠けるというものだった。
・・・
「カヲル君も綾波と同じだったんだ……」
昼になり昼食を取っていたシンジはカヲルのことを聞いてそのように感想を漏らした。
「私と同じ……」
「違うな。」
レイの呟きにコウスケが反応する。
「出生は似たようなものだろうが、今のレイとでは明らかに違う。レイの方が人としては先輩だよ。」
コウスケはカヲルを見ながら言った。
カヲルはサンドイッチを食べている。
リリスが作ったものだ。
一方リリスは大変不満そうにしていた。
「もう機嫌を直せよ。」
「だって……」
「しょうがないだろ? カヲルだけ何も食べないなんてそんなわけいくか。」
カヲルは相変わらずリリスを興味深そうに見ていた。
不意に猫の鳴き声が聞こえた。
猫が一匹カヲルのそばに寄っていた。
「猫だ。どうしたんだろ?」
シンジが猫を見ながら言った。
「どうやら子猫のようだな……親は近くにいないか……」
「お腹すかせてるんですかね?」
「……何かあるかしら?」
レイが何か食べ物を探している。
カヲルは子猫を見ると持ち上げた。
子猫が苦しそうな声を上げる。
それに一同は完全に言葉を失っていた。
「……はっ、カヲル君! 何してるんだよ!」
シンジが叫ぶもカヲルは気にしなかった。
だが、コウスケはカヲルが見せた一瞬の表情を見逃さなかった。
子猫はぐったりとしていた。
「……もう、死んだよ。」
そう言うとカヲルは子猫を放り投げる。
どさりと音を立てて子猫は動かなくなった。
それを見たレイが靴も履かずに子猫のそばに駆け寄る。
「………猫……かわいそう………」
レイは泣いていた。
コウスケもそばに駆け寄っていた。
「……ダメだ。」
コウスケの言葉にシンジがカヲルに食って掛かる。
「カヲル君! なんてことを……」
「あのままだと確実に死んでいたよ。」
「だからって……」
「残念だが、カヲルの言うとおりだ。」
シンジがコウスケを見た。
明らかに怒っている。
「私の力で……」
リリスがそう言うがコウスケは止めた。
「止めろ。」
「なんで?」
「死んだものは生き返らない……それがこの世界の常識だ。それに生き返らせてもこの子猫は生き延びられるか?」
「そんなのわからないじゃないですか!」
「無理だ。……元々弱っていたんだ。」
それでもシンジは納得がいかないと言いたげだった。
「……シンジ君。もし、目の前に今にでも死にそうな人がいたらどうする?」
「助けるに決まってるじゃないですか…」
「生きることが難しくてもか?」
「それは……」
「難しい問題だ。いっそのこと一思いに死なせてやった方がよかった……そんな風に思うこともあるのさ。」
泣いていたレイもコウスケの言葉を聞いていた。
「戦場ではそんな風に思える奴をたくさん見てきた。」
コウスケの悲しい声に皆が息を飲んでいた。
「……だからだ。人なんていつ死ぬかわからない。だからその時まで懸命に生きようとするのさ。だから生き返らせることは懸命に生きたその人を侮辱することでもある……そう俺は考えている。」
コウスケは子猫を拾い上げた。
「それは……カヲル、お前さんにも言えることだ。」
「僕……ですか?」
「生きている以上、お前さんもそうだ。」
「僕はあなたたちリリンの言う使徒ですよ?」
「知ったことか。それを言ったらレイがそうだったしリリスもそうだろうが。それに人も同じ使徒だろう?」
カヲルは特に感銘を受けたわけではないようだ。
「僕とリリンは違いますよ。……あなたたちが葬ってきた使徒と同じです。」
淡々と話しているようだが、コウスケにはわずかに含まれたカヲルの妙なイントネーションを感じ取れた。
「……どうやらお前さんにも心がちゃんとあるみたいだからな。」
コウスケの言葉にカヲルは訝し気な表情だった。
「……まあいい。こいつは俺が埋めてくるよ。」
そう言ってコウスケは子猫を埋めるために歩き出した。
子猫には仄かな温かみが残っていた。
ついに皆様のご期待に応えて渚カヲルの登場です。
SEELEが補完計画を凍結しましたからね…
秘密裏に処分してもよかったのですが、それでは皆様が納得しないだろうということです。
………
結構カヲルは難しかった……
今回もおまけがあります。
カヲルが出てくる前の話です。
目指せ! ○○の星!
おまけ
リリスが人として生きるようになってから数日後
「そういうわけで……レイ、お前さんは名実ともに俺の娘になったわけだ。」
「はい。」
「いきなりこんなことになって正直、戸惑うだろう。」
実際レイは戸惑っていた。
いきなり自分の保護者が実の親になったと言ってすんなりと受け入れられる方が難しいだろう。
それでもレイは嬉しかったりする。
どんなに足掻いても手に入らないもののだと思っていたものが実現されたからである。
そういう意味ではレイはリリスに感謝していた。
リリスはコウスケの横でニコニコとしている。
「それでだ……戸籍もそうなっているわけだし……早く慣れるためにも……」
レイはコウスケが何を言いだすのか待っていた。
「俺のことをお父さんと呼んでいいぞ。」
「………はい?」
「だから、お父さんと呼んでいいと言ったんだ。」
コウスケの言葉にレイは言葉を失ってしまった。
「ほら、遠慮なんてしなくていいぞ。」
そう言うコウスケの目はキラキラと輝いている。
そんなコウスケにレイは
「……嫌。」
と答えるのであった。
「今の今までそんな関係では無かったからな。……恥ずかしがらなくてもいい。」
確かにレイはコウスケのことを父のように思ってはいる。
だが、目が輝いているコウスケを前にお父さんと呼ぶのが躊躇われた。
一方リリスも何かを期待するような目であった。
どうやら母と呼ばれたいらしい。
そんな二人にレイは
「特務一尉、リリス……嫌です。」
と答えるのであった。
「遠慮はいらないぞ。」
「そうよ。レイ。」
「………嫌。絶対に嫌。」
がっかりするコウスケとリリス
「やはり、まだ早かったか……」
「そうよね。いきなりは難しいよね……」
そんな二人にレイは少し罪悪感を感じるのであった。
「…そうか……これが反抗期と言うやつなんだな?」
コウスケは何かを考え始めた。
「これは俺に対する試練なんだな……」
するとコウスケは立ち上がり
「必ずレイにお父さんと呼ばれるようになってみせる!」
と叫ぶのであった。
「私も頑張るわ!」
リリスも呼応する。
コウスケはいきなり指を天井に向けた。
「レイの親への道はまだ開かれたばかりだ! ローマは一日にして成らず! あの星を目指して頑張るぞ!」
「私も!」
「リリスには見えるのか!」
「ええ!」
「なら、共に頑張ろう!」
などと二人は言っているが、レイにはその星が全く見えなかった。
見えるのはいつもの天井だけである。
どうやら二人だけの空間が出来上がっているようだ。
そんな二人を見ながらレイはお似合いなのではと思っていた。
「「レイの父親(母親)に俺(私)はなる!」」
二人が帰って来るにはもうしばらく時間が必要であった。
このことを聞いたシンジは
「……いつかコウスケさんをお義父さんと呼ぶことになるのかな。」
なんてことをぼそりと呟いたらしい。
ちなみにゲンドウは
「私ならいつでも大歓迎だ。」
とかなりウキウキでレイに言ったそうだ。
レイの答えは
「嫌。」
それを聞いたゲンドウは冬月とやけ酒をしたとかしなかったとか。