NERV航空隊隊長綾波   作:浩介

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第43話 綾波の想い

舞台の動揺は客席にも伝わり、中継を通して見る者にも動揺が走っている。

「いったいどうしたんだ?」

日向がメインモニターを見ながら言う。

「指揮者なしでやるつもりなのか? いくらなんでも無理だろ。」

青葉も不安を隠せないようだ。

(本当に君は騒がせるのが好きだな。)

誰が指揮者か知っている冬月は内心でため息をついた。

・・・

 

「結局、誰なのかしら? 加持君はわかる?」

「俺もわからない。リッちゃんはどうだ?」

「指揮者がいるという話はあるんだけど、誰かまでは公開されていないのよ。」

赤木研究室でミサト、加持、リツコが言う。

三人も会場同様に少し動揺している。

「外から呼んだのかしら?」

「だとしたら……トラブルか?」

「かもしれないわね。NERVに指揮をできる人なんていないはずだから。」

・・・

 

「始まらないわね。」

ヒカリが呟く。

「こんな所で終わりかいな。」

トウジが不満そうに言う。

「何かトラブルがあったのかもしれないな。」

ケンスケが辺りを見回すと観客も少しずつざわざわし始めた。

「そないなことあってたまるかっちゅうの!」

トウジの言葉は観客を代弁しているものだった。

・・・

 

「碇、何故始まらない。」

キールは少しいらついていた。

「指揮者が来ておりません。」

ゲンドウはキールとは対照的に落ち着いていた。

「それはわかっている。……もしや、選出が間に合わなかったのかね?」

「いえ……ただ、彼は必ず来ます。」

「いったい誰なのだ。」

ゲンドウはそれに答えずじっと待っているだけであった。

「まあいい。」

・・・

 

会場がざわざわし始めた。

動揺は大きくなって行くばかりだ。

「カヲル、あんたが出なさいよ。」

「そうだよ。カヲル君。」

「いったい何をしているの? このままじゃ収拾がつかなくなるわ。」

それを聞いてもカヲルはアルカイックスマイルを浮かべているだけだ。

「指揮者は来るよ。」

・・・

 

「どうすればいいの?」

舞台袖で伊吹は困っていた。

指揮者がいないのだ。

それで始めることなど不可能なのだから。

いなくてもできないことは無いが、バラバラになってしまう。

それでは水の泡になってしまう。

だからと言ってここで伊吹が出て何か言っても火に油を注ぐだけだということはわかっている。

それでも出ていって何かを言わなくてはいけない。

そう思い始めた時……

「すまん。遅れた。」

伊吹は振り返ると驚きで目を見張った。

「もしかして……」

・・・

 

不安が募って動揺がさらに増そうとした頃、ざわざわが一瞬で消えた。

舞台袖から誰かが出てきたためだ。

皆は驚いている。

何故ならその人物はNERVの制服ではなく、見たことない濃紺の長袖を着ているからだ。

ズボンは同じく濃紺のスラックス

手には白い手袋をつけている。

胸には長方形の略綬が付けられており、肩には銀色モールが張られていて短冊が一つと星が四つ付いている肩章を付けているので軍人であることはわかる。

濃紺の生地に白いラインが入った制帽もかぶっている。

どこの誰なのか……

戦自なのか?

それとも国連軍なのか?

皆が顔を見たくても制帽を目深くかぶっていて黒いつばでよく見えない。

帽章にはNERVのロゴがあった。

だが、それを見てわかる者もいた。

・・・

 

NERV第二発令所では日向が気付いた。

「あれは……」

「わかるんですか?」

「当然だよ。あれをNERVで着る人なんて…」

「フッ…やっと来たか。」

・・・

 

赤木研究室ではミサトと加持

「あの服は!」

「こりゃ、なかなかお目にかかれない代物だな。」

・・・

 

VIP控室

「碇、そう言うことか。」

・・・

 

客席ではケンスケが気付いた。

「あれは……帽章は違うけど国連軍の空軍の第一種礼装!?」

「なんや? それ。」

「第一種礼装?」

トウジとヒカリは不思議そうにケンスケを見た。

「軍人が一番格式が高い式典とかで着る制服だよ! そんなのをNERVで着れる人は……」

・・・

 

その軍人は客席に礼をすると指揮台の前に立って帽子を少し上げた。

「こ、コウスケさん!?」

「特務一尉!?」

指揮者の正面にいたレイとシンジは目を見張りながら驚きの声を上げていた。

アスカもぽかんと口を開けている。

カヲルはフフッと笑っている。

指揮台には綾波コウスケが立っていた。

コウスケの姿を見た合唱団とオーケストラはざわめいていた。

合唱団の方から一名だけ

「かっこいい……」

なんて言っていたが……

不安そうな皆にコウスケは一言言う。

「すまんな。普段しない格好だから少し時間が掛かってしまったよ。」

「大丈夫なの?」

アスカの言葉は皆を代弁していた。

コウスケが指揮者として練習に出たことなど一度もないのだから。

「俺は楽器は弾けないんだ。」

コウスケは指揮棒を構える。

皆もそれに答え楽器を構える。

コウスケは指揮棒を振り始めた。

それに合わせてオーケストラが動く。

静かに、静かに曲は始まった。

ただ、シンジは

(この始め方……どこかで……)

と考えていた。

コウスケは小さく振っている。

そして時折、合図を送っていた。

その合図の次の小節でさらに楽器が鳴り響く。

コウスケは合唱団のバリトンを見た。

独唱が近いからだ。

担当者がそれに反応する。

演奏が続く中、レイは

(練習と同じ……何故?)

と考えていた。

ズレが出ても本人が気づけばコウスケは無視し、気づいていないようならその方に視線を向けるか左手で合図を送っていた。

演奏は続いていく。

全体で演奏するときは大きく大胆に、パートや少人数で演奏するときは小さく繊細に指揮棒を振る。

それが曲調に自然と合っている。

出番が近いパートには事前に合図を送る。

(これ……カヲルと同じ?)

アスカはそのように思っていたが、それは皆が思い始めていた。

コウスケの指揮はカヲルが練習中にやっていた指揮とどことなく似ているのだ。

実を言うとコウスケが歓喜の歌の練習をするときにいたのはカヲルに指揮を教えるためであった。

コウスケが本番で指揮をするという事はカヲルと休憩室で話した後に既に決まっていた。

それでも本番まで言わなかったのは、カヲルがやらせてほしいとコウスケに頼んだからであった。

本番では第一バイオリンのパートに入ってしまうので練習だけでもできるようにしたいと願い出たのだ。

だからコウスケは敢えて言わなかった。

言ってしまうと当然ながら本番と同じが良いという事でコウスケが指揮に入ってしまうからだ。

それではカヲルの願いに答えることができない。

同じ家にいるレイとリリスが知らないのは、二人が寝た後にこっそりと練習していた。

カヲルとコウスケの指揮の仕方が似ているのはそう言うことである。

つまるところ練習中にカヲルを通してコウスケの思うとおりに演奏が向かうようになっていた。

実のところコウスケはリリスがいないことを良い事にオーケストラの合わせをする前まで自分の執務室でずっと楽譜を読んでいたりする。

コウスケは指揮を執りながらこの場を大変楽しんでいた。

(実に良い……歌は人の文化の極みか……カヲルも良い事を言うな。)

・・・

 

監視室

ここには第四班を除く零課の班長達が詰め寄っていた。

「指揮台に綾波特務一尉が立ってますよ!」

監視室のモニターを見ながらミツヒサが驚きながら言う。

「大丈夫なのか?」

シンゴは少し心配そうだ。

「大丈夫よ。」

ユキは全く心配していないようだった。

「本当か? 長良。」

「綾波特務一尉はよくこういう場に出ていたわ。三年ほど前から。」

そんなユキにシンゴが不思議そうにする。

そんなシンゴの代わりにミツヒサが聞いた。

「よく知っていますね。」

「国連軍にいる友人のつてでね。こういう演奏会は見に行ってたのよ。……綾波特務一尉がよく出ていたわ。」

するとユキはモニターを見ながら少し微笑んでいた。

「綾波特務一尉も嬉しいみたいね。」

そうは言ってもコウスケは腕以外全く動いていない。

「わかるか? 榛名。」

「わかりませんね。」

「よく見なさい。動きが自然なのよ。嬉しくない時はどこかぎこちなくなるから。」

コウスケは腕しか動かしていない。

しかし、その動きはぎこちないものではなくとても自然に柔らかく動いているのだ。

「そろそろ癖が出るわよ。」

「「癖?」」

・・・

 

(はう……コウスケと一緒の舞台に立ってる……)

ソプラノのパートの中にいるリリスはもう泣き出したいくらいに感激していた。

練習中、リリスはどこか寂しく思っていた。

コウスケが参加しないからである。

てっきり合唱団にいるものだと思っていたのだが、コウスケの姿が見当たらなくてがっかりしていたのだ。

それでも最後の方の練習ではコウスケも顔を出していたのでそれで満足することにしたのだ。

それがここにきてコウスケが指揮台に立っているのだ。

しかもリリスが今まで見たことない格好というおまけ付き

(ダメ……ポカポカしすぎてどうにかなりそう……)

今まで寂しかった分の反動なのだろう。

リリスはある意味、夢心地になっていた。

するとコウスケがリリスだけを見た。

(あう! ごめんなさい! ちゃんとするから許して!)

だが、コウスケは微笑んでいた。

そっとコウスケは目を瞑った。

(どうしたのかしら。)

コウスケは指揮台にそっと指揮棒を置いてしまった。

・・・

 

「おい! あいつ指揮棒を置いたぞ!」

モニターでコウスケを見ていたシンゴはそう叫んだ。

「何を考えているんでしょうかね?」

「邪魔なのよ。」

ユキはそう答えた。

「指揮棒が邪魔なら最初から持ってこなければいいだろ。」

「演奏に満足しなければ、彼は指揮棒を手放さないわ。」

「……なるほど、自分の手で演奏を感じたくなるのですか。」

ミツヒサはどこか納得していた。

「あら、目も瞑ってるわ……よほど満足しているのね。」

・・・

 

ユキの言うとおりコウスケは大変満足していた。

コウスケが考えていたことが演奏で紡がれていくからだ。

コウスケはいったい何をここで演出したかったのか……

最初のパッヘルベルのカノンは互いに弾き始めるタイミングが違うが、同じ旋律を奏でて一つの曲になっていく。

すなわち、他人と分かり合えるということを出したかったのだ。

次のFly me to the moonでは愛を出したかった。

だからレイがその曲を弾きたいといった時にコウスケは許可を出したのだ。

最もリリスが歌うことはコウスケには予想外だったが……

そして最後の歓喜の歌

ここでは世界の人々を演出したのだ。

この三曲からコウスケが言いたかったもの……

それは

 

 

「世界に生きる人々は愛で分かり合える」

 

 

そう言うことだ。

つまるところ、この演奏会でコウスケは自分の考える未来を演出しようとしたのだ。

別に皆に知って貰いたいと言うわけではない。

ただ、カヲルのためだけに演出して見せたのだ。

これはカヲルにも当てはまるんだということを……

それが演奏で実現できてコウスケは満足しているのだ。

ふとコウスケは目を開いてカヲルを見ると、カヲルはバイオリンを弾きながら泣いていた。

そんなカヲルにコウスケは満足そうに目を瞑った。

演奏はクライマックスにたどり着いた。

コウスケも指揮に熱が入る。

演奏もそれと同時に熱がこもる。

合唱団もそれに答える。

そして合唱団は止まり、演奏が止まってコウスケも止まった。

拍手が鳴りやまないうちにコウスケが口を開いた。

「総員、最後のページを開け。」

皆は訝し気にコウスケを見るが、コウスケは真面目に見返してくるので言われたとおりにする。

最後にあるページにはコウスケから練習曲として使うようにと言われた楽譜が入っている。

歓喜の歌の練習の前に必ずこの歌を一回は演奏していた。

さほど長いわけでもないので練習するにはいいだろうということなのだ。

無論コウスケが意図的に入れたものだ。

何故なら歌詞にコウスケが言いたいものが入っているからだ。

コウスケはリリスを見た。

リリスは頷いている。

合唱団も練習前の発声練習として歌っていたのだ。

コウスケが構えると皆も構えた。

そして演奏が始まる。

最後に演奏された曲の名前

 

それは

 

 

残酷な天使のテーゼ

・・・

 

「全く! コウスケが出るなんて聞いてないわよ!」

「すまんな。」

舞台裏でコウスケはアスカから怒られることになる。

コウスケはまだ礼装を着ていた。

「あんたも! 知ってたなら早く言いなさいよ!」

「すまないね。ルシファーに口止めされていたから言うことができなかったんだ。」

そう言ってカヲルは困ったように笑った。

「でも、コウスケさんが指揮できるなんて知りませんでした。」

シンジは正直感心していたのだ。

「今までそんな機会がなかったからな。」

「今日の演奏会……特務一尉の想いが伝わってきました。」

レイはとても嬉しそうに言った。

「そうか……伝わってよかったよ。」

そう言ってコウスケは微笑んだ。

「綾波特務一尉!」

コウスケが振り返ると今日の演奏会に参加したメンバーたちがいた。

「綾波特務一尉の指揮…よかったです。」

「今日、感じたことを未来にも伝えないといけませんね。」

「また、俺たちとやってくれますか?」

「おう、その時はよろしくな。」

コウスケがそう言うと皆が一斉に敬礼してきた。

コウスケも答礼する。

「渚君。君も練習中だけだけどよかったぜ。」

「え……」

「またやりましょう。」

カヲルはコウスケを見た。

どうすればいいのか

カヲルの顔はそう言っていた。

「フッ……お前さんが心から言いたいことを言えよ。」

カヲルは少し考え込んだ。

「……ありがとうございます。」

はっきりと聞こえる声だった。

すると誰かがこっちに走ってきている。

「コウスケ!」

リリスだった。

「どうしたんだよ。」

「今日の演奏会……とてもポカポカしたわ!」

リリスはとても満足そうだった。

「そりゃ、よかった。」

「コウスケと一緒の舞台に出られたし……」

すると合唱団のメンバーが続けた。

「綾波三尉……練習中、悲しそうでしたもんね。」

「綾波特務一尉がいるときはしょっちゅう見てましたからね。」

「罪づくりな人ですな。」

などと言っていた。

「そうよ! コウスケが参加しないから……」

「それは……悪かった……」

「でも……今日のコウスケ………かっこよかった。」

などとリリスは目をキラキラさせながら言うのであった。

「……あ、ありがとう………」

とコウスケは何とか返すことができた。

リリスのこういうしぐさにかなり弱いコウスケであった。

不意にコウスケは視線を感じる。

皆がコウスケを見ていた。

「コウスケさん……顔が真っ赤ですよ。」

とシンジは言う。

「ラブラブ……」

「良いこと言うわね。レイ。」

ニヤリと笑っているレイの後にアスカもにやけ顔で続く。

「こうやって人は分かり合うんですね。参考になります。」

カヲルがトドメを刺してくる。

他のメンバーたちもニヤニヤと笑っている。

「う、うるさい!」

とコウスケが言うが顔が真っ赤では全く迫力がなかった。

「ルシファー、今日はありがとうございました。」

カヲルが一歩出てきて言う。

「あなたのおかげで僕はどうすればいいのか……いろいろ考えさせられました。」

「そいつは重畳だ。」

するとカヲルは微笑む。

「あなたは好意に値しますね。」

「こうい?」

(はて……どこかで聞いたことあるな……)

どこかで似たようなことを聞いたことがあるのだが、いまいち思い出せないコウスケだった。

「好きってことですよ。」

カヲルの言葉に一同が固まった。

ただ、コウスケだけは

「ああ、そうかい。ありがとう。」

と答えた。

「こ、こ……コウスケ! あんた! 何言ってるのよ!」

アスカが真っ赤になりながら吠えていた。

「は?」

「か、カヲル君も何言ってるんだよ……」

シンジはカヲルに食いついていた。

「いったい、何を言ってるんだい? シンジ君?」

「全くだ。」

不意に冷たい空気を感じた。

リリスだ。

リリスはそれはもう恐ろしいと言うしかないほど黒いオーラを纏っている。

「カヲル? あなた、何を言ってるのかしら?」

とてもとても冷たい声だった。

「好意? フフフ……だからあの時、胸騒ぎがしたのね?」

「お、おい……リリス、何を怒ってるんだ?」

「コウスケもコウスケよ……そんな簡単に返事なんかしちゃって……」

ふとコウスケは気づいてしまった。

ATフィールドで拘束されていることに……

そしてカヲル以外の全員が離れていることに……

「これを修羅場と言うのね…」

なんて言うレイの声が聞こえた。

「いったい何の話だよ!」

コウスケは何故か命の危機を感じていた。

「カヲル……あなた、男でしょ?」

「僕にとっては男も女も等価値だよ。」

「そう……コウスケを奪うつもりね……」

そこまでリリスが言ってコウスケは気付いた。

「何をバカな事を言ってるんだ。カヲルは信頼の証でそう言っただけだろ。」

「そうですよ。信頼の証として言っただけですよ。」

カヲルは相変わらずのアルカイックスマイルで答える。

嘘は言っていないようだった。

「リリンの中で一番信頼できるリリンはルシファーですからね。それ以外の意味はありませんよ。」

「そう……なら、安心したわ。」

コウスケは体が自由になったことを感じた。

先ほどの黒いオーラは完全に無くなっている。

内心で安心しているコウスケであるが、それはコウスケだけではなかった。

不意にNERV職員たちが佇まいを直した。

「綾波特務一尉。」

コウスケが振り返るとゲンドウとキールが立っていた。

「ねえ、あの人は誰なの?」

アスカが小さな声で聞いてきた。

「ああ、……NERVのスポンサーだよ。」

「そうか、君たちに会うのは初めてだな。」

そう言うとキールは咳ばらいをする。

「私はキール・ローレンツだ。ルシファーの言うとおりNERVのスポンサーをしている。」

コウスケの後ろではNERV職員たちが少し騒めいていた。

ルシファーと言う呼び名はNERVではあまり広く伝わっていないのだ。

「今日の演奏会、誠によかった。礼を言わせてもらう。」

「それはよかったです。」

「カヲルよ、どうかね?」

キールに声をかけられたカヲルは少し驚いていたが、すぐにいつものスマイルに戻っていた。

「リリンとして生きるのも悪くないです。」

「そうか。」

キールは満足そうに頷いた。

ゲンドウもシンジに

「よくやった。」

と一言だけ言っていた。

それでもシンジは大変うれしそうに笑っていた。

「それでルシファー、何故遅れたのだ。」

不意にキールがそのようなことを聞いてきた。

「申し訳ありません。この服を着るのに手間取っていました。」

コウスケがそう言うとゲンドウがフッと笑った。

少し嫌な予感がした。

「綾波特務一尉、嘘はよくない。……伊吹二尉。」

「は、はい!」

伊吹は突然ゲンドウに呼ばれたので上ずった声で返答した。

「綾波特務一尉はいつ楽屋に戻ったのかね?」

「確か……二番目の演目の時には舞台袖にいませんでした。」

「そんな長い間、何をしていたのかね?」

「ですから……」

「君のことだ。その服を着るのにどれくらい時間が掛かるか既に計測済みだろう。」

ゲンドウの言葉にリリスとレイが反応した。

「そう言えば……コウスケ、部屋に入ってくるなって言ってたわね。」

「それも必ず同じ時間……」

(もしや、碇司令にはばれてる……?)

コウスケは内心でそう思った。

「となると着るのに手間取っていたというのは嘘だな。」

ゲンドウの言葉に周りが騒がしくなっていた。

「綾波特務一尉は二番目の演目の時にはいなかったんだよな。」

「それも着る練習もしていたのよね。」

「だとしたら……なんで?」

「二番目の演目って……」

「綾波三尉の歌だよね。」

そこまで聞いてレイがニヤリとする。

「特務一尉、リリスの歌……聞き入っていましたね?」

レイの声にコウスケはどきりとする。

そんなコウスケの反応にほぼ全員がにやけ顔でコウスケを見た。

コウスケは帽子を深くかぶってしまう。

「図星みたいだな。」

「綾波三尉、張り切ってたもんね。」

などとNERV職員は反応している。

「特務一尉、どうでしたか?」

レイが追撃をかけてくる。

「どうと言われても……」

ふと見るとリリスが何か期待を込めた目でコウスケを見ていた。

「……………よかった。」

ぼそりとコウスケは言った。

「え? なんて言ったの?」

リリスには聞こえなかったようだ。

「うっ………何でもない!」

「ねえ、なんて言ったの?」

「何でもないって言ったら、何でもない!」

そんなやり取りがしばらく続くことになる。

・・・

 

 

 

「タブリスはリリンとして生きるか……下手にリリンを組み合わせたのが不味かったか……まあ、データはいつでもとれる。それにしても……ルシファー、君はやはり邪魔な存在だね。……リリスが勝手に作り上げた予言書では……次は鳥だったか……リリス、君は必ず手に入れて見せる……」




書いておきながら、これが指揮者としていい姿なのかは正直わかりません。
指揮どころか楽器を扱ったこともありませんので……
あるとしたらリコーダーくらいです…

今回のおまけは
郷に入っては郷に従え

おまけ
学校の屋上に銀髪の少年が一人
彼は空を見上げていた。
目を瞑りながらどこか安らいでいる光景は絵になるだろうが、彼にはそんな余裕がなかった。
屋上の扉は少しさび付いているのだろう。
何かが擦れる音を立てながら開いた。
それを銀髪の少年‐渚カヲルはすぐさまに振り返り、警戒しながら扉を見ていた。
「あ、こんな所にいたんだ。」
扉からシンジが顔を出した。
それに安心するカヲル
「どうしたの? こんな所で……」
「ちょっとね……」
「綾波が探してたよ。」
綾波と言う言葉を聞いてカヲルはひどく焦っていた。
そう、カヲルはレイから逃げていたのだ。
「シンジ君……出来れば僕がここにいることは黙っておいてほしいんだ。」
「いいけど……どうして?」
カヲルはひどく浮かない顔だった。
「ごめん……言いたくないならいいよ。」
「いや、シンジ君になら話してもいいかな……歌は心を潤してくれる……そのはずなんだ………」
そう言ってカヲルは話し始めた。
・・・

「そういうわけでカヲルもこれからは正式な綾波家の一員になるな。」
NERVの演奏会が終わった後、コウスケは自宅でカヲルに向けてそう言った。
「そうね。リリンとして生きていくのだからそうなるわね。」
「これからよろしく。」
リリスに続けてレイが言う。
「これからよろしく頼みますよ。」
「それでだ……カヲルはここで暮らすことになるが……」
不意にコウスケの目が険しくなった。
「………レイに手を出したら……お前を使徒として完膚なきまで殲滅する。」
何の冗談なのかとカヲルはコウスケを見るが、それは恐ろしい目つきだった。
リリスは困ったように苦笑いを浮かべている。
レイはきょとんとしていた。
レイを除いた反応からコウスケが本気で言っていることをカヲルは悟った。
「そんなことしませんよ。」
「本当だな?」
「そんなことしたらシンジ君に握り潰されそうですから……」
「ならば良し。」
コウスケの目つきがいつものモードに切り替わった。
それに少し安心するカヲルであった。
・・・

「それはいつものことだから……」
シンジはどこか遠くを見るような目になっていた。
無理もあるまい。
そのことで死線を潜り抜けることになったのだから……
「この後が問題なんだ。」
カヲルは続ける。
・・・

「カヲルには覚えてもらうことがある。」
「何でしょうか?」
何を教えてもらえるのかカヲルは興味が湧いていた。
「特務一尉、あれですね?」
その口ぶりからレイは知っているようだ。
「ああ、あれのこと?」
「リリスも知ってるのか?」
「当たり前よ。その時はレイと同じだったんだから。」
リリスは胸を張りながら言う。
「いったい何なんでしょうか?」
カヲルの興味は尽きない。
レイのみならずリリスも知っていること。
それは人としてとても重要なことに思えたのだ。
「うむ、綾波家に伝わる歌だ。」
「歌ですか。」
「レイ、リリス、俺に合わせろ。」
そうして綾波トリオによる斉唱が行われた。
歌は国連軍でHope march(希望の歌)と呼ばれ、敵対組織からはDeath march(死の歌)と呼ばれる歌である。
軽快なテンポとは全くかけ離れた不吉な歌詞
さすがのカヲルも顔を引き攣らせていた。
「さて、カヲルも覚えてもらうぞ。」
「ぼ、僕もですか?」
「そうよ。」
「綾波家の一員になるなら知らなければいけないわ。」
綾波トリオが詰め寄ってくる。
カヲルはとっさに逃げ道を確認するが、逃げることは不可能だった。
・・・

「そうか……カヲル君もなんだね……」
「と言うことはシンジ君も?」
「綾波ってああ見えてすごく厳しいんだよ……」
シンジにその歌を教えたのはレイだ。
シンジが覚えるまで根気良く教え込んだのだ。
半オクターブのずれも許さなかった。
それにシンジも必死で覚えた。
何故なら
「どうして覚えられないの? 教え方が悪いのかしら……」
そう言って暗く俯いてしまうレイを見てシンジは必死になるしかなかったのだ。
「よかった……僕の感性がおかしくなったのかと思ったよ。」
カヲルはひどく安心した顔つきだった。
「僕も……これをわかってくれる人がいるなんて……」
シンジとカヲルの間に奇妙な友情が成り立っていた。
これはこれでいいのかもしれない。
ここで終われば、おそらく美談として終わるだろう。
だが、彼らは気付かなかった。
作者がそこまで良い人ではないことに……
閉まっていたはずの屋上の扉が再び開いていたことに……
「渚君。」
その声にカヲルがはっとなった。
「こんな所にいたのね?」
恐る恐るカヲルが振り向くと
レイがそこにいた。
少し怒気が発せられている。
「6分38秒無駄にしたわ。」
「そ、それは……すまないね……」
「まだ、時間はある……練習するわ。」
レイの有無を言わせぬ言動だった。
カヲルはシンジを見る。
「……カヲル君、頑張ってね。」
「し、シンジ君!」
シンジは二人を見送ろうとするが、二人……と言うかレイは動かなかった。
シンジをじ~と見つめている。
「どうしたの?」
「碇君も一緒に……」
「ぼ、僕は良いよ。」
「ダメ。ちゃんと覚えているか確認しなければいけないわ。」
「そ、そんな……」
・・・

レイの熱心な指導のおかげでカヲルも完璧に覚えることができた。
喜ぶレイをよそにカヲルは全く喜んでいなかったが……
ちなみにシンジはいくつか間違えているとレイに指導を受けていた。
カヲルの時よりも嬉しそうだったのは言うまでもない。
「……僕にはリリンの考えていることがまだわからないよ。」
そう呟きながらあの歌を歌うカヲルの姿が時折、見かけられるようだ。
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