「これはどういうことだ?」
苛立ちを全く隠さないままコウスケは言う。
「何って、あなたの機体よ。」
リツコが淡々とした声で言うが、表情はどこか嬉しそうだった。
「そんなことはわかってる。」
「苦労しましたよ? 外観は変えずに換装したんですから。」
と満足そうにミツヒサも言うが、そんなことはコウスケにもわかっている。
長年、コウスケの愛機としてともに戦場をかけたSu-37
機体は薄い水色の単色で覆われており、翼の端には黄色い塗装が塗ってある。
機体の裏側は薄い黄色だ。
このSu-37は改装されていた。
主な改装は装甲である。
コウスケの乗るSu-37は運動性を極限まで高めており、加速力も強化された物だ。
通称「Su-37
本来、戦闘機パイロットは出撃前に割り当てられた物に搭乗するのだが、この機体だけはコウスケの専用機になっている。
エンジンは従来のものではなく、アフターバーナーが無くても超音速巡航ができるものが搭載されている。
ノズルは従来の物より改良された物。
さらにアビオニクスも従来のものでは無く、ステルス性も格段と高くなっている。
そのように改造されているものではあるが、だからと言ってミサイルから逃げ切れるというものでは無い。
このSu-37ACが今日まで撃墜されなかったのは、コウスケによるものだろう。
現代のミサイルは性能が強化されており、大抵はミサイルの発射で戦闘が決まってしまうことが多い。
そのためコウスケは一気に加速し、ドックファイトに持ち込んでしまうのだ。
それも一機だけを追いかけず、次々にターゲットを変えていくので相手はロックオンするのにかなりの時間を取られる。
また、現代戦でドックファイトを果敢に挑む者などあまりいないので、それに相手が戸惑うのだ。
さらにコウスケはどこから攻撃が来るのかを予兆として捉えることもできる。
ミサイル発射の2、3秒前までわかってしまうのだからたちが悪い。
もし、ミサイルが発射された場合は急旋回で回避することが多い。
時々、摩訶不思議な機動でミサイルを回避するので変態機動とも呼ばれている。
そんな機動をするので、機体にかかる負荷は並の戦闘機以上である。
整備師泣かせとよく言われていたし、コウスケにとっても悩みの種だった。
それをNERVで開発した「試作型耐ATF装甲」に換装することで解決しようとしたのだ。
リツコにとってもデータを収集できるのでお互いにとって利害が一致しているのだ。
だというのにコウスケは不機嫌なのだ。
「これはなんだ。」
そう言うとコウスケはコックピットを指した。
「これって……コックピットじゃないですか。」
「見たらわかる……だが、こんなに広くなかった。」
Su-37ACのコックピットは改装前と比べると、もう一人は入れそうな空間が空いているのだ。
「まさかとは思うが、誰か乗るんじゃないよな。」
「あれ? 綾波特務一尉は知らないんですか?」
ミツヒサが不思議そうに言う。
「後ろに綾波三尉が乗るんですよ。」
「は? リリスが?」
ミツヒサの答えにコウスケは思わず間抜けた返事を返した。
「そうよ。そうすることでこの機体もATフィールドを張れるようになるわ。」
ATフィールドが張れるということは中和もできるということだ。
中和できる距離に近づけばコウスケも支援要員ではなく、攻撃要員として参加できるため戦術の幅が広くなるということだ。
「でも、リリスが耐えられんだろう。」
普通では考えられない機動を行うのでパイロットにかかる負担は尋常ではない。
普通の女性にしか見えないリリスに耐えられるとは思えなかった。
「大丈夫よ。MAGIの計算によれば生身で耐Gスーツを着たコウスケ君以上の強度があるみたいだから。」
「耐G訓練も15Gくらいで行いましたけど、笑顔でこなしてましたよ。」
二人の話をコウスケは間抜けた顔で聞いていた。
人が耐Gスーツを着て耐えられるGは9Gが限度と言われている。
コウスケは生身で12Gを耐えることができるが、さすがにきついものであった。
と言うよりそれを耐えられるコウスケの方が異常なのである。
そんな特性が判明したため、コウスケはパイロット養成コースに配属されたのだ。
それをリリスは笑顔で耐えていたというのだから驚くなと言うほうが無理だろう。
「そんなバカな……あのふにほっぺで………」
知らず知らずのうちにコウスケはそう呟いていた。
「……それでね、コウスケ君。」
暫し唖然としていたコウスケはリツコの声に気を取り直した。
「この機体の名称なんだけど……」
「今までと同じでいいだろ? Su-37で……」
「それでは区別がつきませんよ。」
戦闘機に限らず、発展型に改装されたものは以前の物と区別するために名称が変わったりする。
それが量産機などであれば必要だろうが、Su-37は世界でこの一機しかない。
「必要ないだろ。」
「そうもいきませんよ。綾波特務一尉。」
「そうね。区別はしっかりしないと……」
怪しく笑っている二人にコウスケは抵抗を諦めた。
「好きにしてくれ……」
・・・
結局、改装されたSu-37ACは「Su-37
その他にもアビオニクスがチューンアップされている。
その機体の搭乗者は自宅のリビングで椅子に座りながらのんびりと紅茶をすすっている。
一見、変わりないように見えるが右手の人差し指に絆創膏が張られていた。
包丁で指を切ったとか、ドアに挟んだというものでは無い。
リリスに噛まれたのだ。
朝、起きた時にいつものように起こそうとしたのだが、リリスの頬が目に入り人差し指でつついていたのだ。
その感触を暫く楽しんでいたコウスケだが、不意にリリスの顔が動き、指が口の中に入ってしまった。
慌てて引き抜こうとするが、リリスの顎の方が早く動き噛まれたということだ。
リリスはコウスケの指を噛んだ時に目が覚めてかなり混乱していた。
そんなリリスはレイ、カヲルとともにTVを見ていた。
一通りのニュースが終わると、テロップに奇跡の町と出ていた。
四年前に起きた大規模なテロにより一度は滅んだ。
国連軍も部隊を派遣したが間に合わなかった。
それでも復興し、今ではそれなりの工業都市として発展した町である。
何でも三年ほど前から「A」という人物から多額の資金が送られている。
そのような報道がTVから流れていた。
「リリンはすごいね。」
カヲルは感心しながら言う。
「人の想いがここまで発展したのね。」
レイもカヲルに同調しているようだ。
「それにしても許せないわね。誰があんなひどいことをしたのかしら! ねえ、コウスケ。」
リリスはコウスケの方を振り向くが、すぐに不思議そうな顔になった。
レイとカヲルもリリスの反応が気になり、コウスケを見る。
とてつもなく悲しい表情をしていた。
「もしかして、間に合わなかった国連軍って……」
「俺だ……」
リリスの問いにコウスケは答えたが、声に力がなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「気にするな。……それに公式記録なんて当てにならんよ……」
そう力なく言うコウスケを皆が訝しそうに見ていた。
「……本当は間に合っていたし、テロのせいでもない……」
コウスケの呟きはかろうじて皆の耳に入らなかった。
・・・
その翌日、リリスは赤木研究室にいた。
「そんなことがあったの……」
ミサトはコーヒーを一口すすった。
ミサトはただ単に遊びに来ただけである。
加持もミサトとともに部屋に入っていた。
「それでね、リツコに調べてもらいたかったのよ。」
リリスがリツコを見ながら言った。
「奇跡の町か……」
加持が呟いた。
「何? リョウジも知ってるの?」
「知ってるも何も有名な町だよ。」
「なら、「A」という人も知ってる?」
リリスは期待を込めながら言う。
それに加持は両手を挙げて答えた。
「残念だけど、日本人とまでしかわからなかった。」
「加持君でもわからないのね。」
リツコは少し残念そうだった。
「それにしても……公式記録なんて当てにならないか……」
「なんか、すごく意味深な発言よね。」
「コウスケもそのことはしゃべらないのよ……」
リツコは目の前のPCを操作し始めた。
「もしかしたら、残ってるかもしれないわ。」
「おいおい、大丈夫か?」
加持は少し困った顔になっていた。
「大丈夫よ。こっちにはMAGIがあるんですもの。」
暫くするとPCに何かのデータがヒットした。
「出たわ。」
「かなり奥まで隠されていたわね。」
「いったい、何が出るのやら。」
………
………………
………………………
………………………………
データを確認し終えたリツコと加持は自分を落ち着かせるために煙草に火をつけていた。
ミサトはコップを手にしたまま固まっている。
「嘘でしょ!?」
「これが事実ならとんでもないわね。」
「まさにパンドラの箱……と言うことか……」
リリスは黙ったぶるぶると震えているだけだった。
・・・
綾波家では夕食後にティータイムが存在する。
無論、本格的なものでは無くちょっとしたつまみと紅茶で一息入れるだけだ。
最初はコウスケの一人だけだったのだが、同居人が増えるにつれてその参加人数も増えたのだ。
「最近、加持と畑の世話をしてると聞いたぞ。どうだ? カヲル。」
「いいですよ。生きるってことがよくわかってきます。」
そう言うカヲルの表情は実に満ち満ちていた。
加持もカヲルを拒んでおらず、一緒にジオフロントの畑を管理する者が増えて喜んでいた。
「朝に放送されたものもそうですが、生きるということは良いですね。」
「そうか。そりゃ、よかった。」
するとレイがリリスに声をかけた。
「リリス、どうしたのですか?」
「へ……何でもないわよ。」
そう言うリリスはどこか無理に笑っているように見えた。
実を言うとコウスケはNERVから帰る時からずっとリリスがこの状態であることを知っていた。
リリスが何かを不安がっていることに
それでも本人が話すまで待とうと思っていた。
レイとカヲルはじっとリリスを見ている。
リリスはとうとう堪えることができなかった。
「……あの町について調べたの………」
たった一言だけだった。
それだけでもコウスケには理解できた。
リリスが何を知ったのかを……
「特務一尉?」
不意に立ち上がったコウスケをレイが訝し気に見ていた。
「ちょっと待ってろ。」
そう言うとコウスケは部屋に戻って行った。
「リリス、いったい何があったのですか?」
カヲルがたまらず聞くが、リリスは答えなかった。
気まずい沈黙が続く
そんな雰囲気の中をコウスケは戻ってきた。
「リリスは知ったんだな? あの町で起こったことを……」
リリスは力なく頷いた。
コウスケは椅子に座ると背もたれに体重を預けた。
「……あれは……四年ほど前の話になるな……俺が心を壊していた時の話だ。」
コウスケがしゃべるのを皆はじっと聞いていた。
「あの時の俺は国連軍の裏家業もやっていた。……命令ひとつでな……そんな命令にあの町の殲滅があった……」
レイとカヲルは驚きで目を見開いている。
コウスケはそんな二人を見ると視線を右下に落とした。
「殲滅の理由はゲリラが潜んでいるからだと聞いたが、真偽のほどはわからない。だから俺に命令が出た。」
「それでは……テロと言うのは……」
「真っ赤な嘘だよ。テロと言うのはカバーストーリーだ。それでも面目を保つために出撃したが、間に合わなかったとなっているだけだ。」
思わぬ衝撃的な発言に誰も何も言えなかった。
「今でも覚えているさ……真夜中に新型のサーモバリック爆弾で町を焼いた瞬間を……偶然見てしまった母親と子供の姿がな……」
コウスケは自嘲するように悲しく笑った。
そして一つの物を取り出して、テーブルに置いた。
「これは……通帳?」
「中を見てもいいぞ。」
それを聞いたレイは通帳を開いた。
カヲルもそれを覗き込んだ。
そこにはとんでもない額の資金の振り込みが記録されていた。
個人で持つにはとても考えられない金額だった。
「今まで俺にやらせていたことを黙っておけって言うことさ。俺を暗殺しようにもできないもんだから金で黙らそうということだ。」
記録には今でも振り込みが行われていた。
しかし、三年ほど前から預金が0になっている。
振り込まれてもすぐに0になっていた。
「それが「A」の正体だ。」
コウスケの声にレイとカヲルがコウスケを見るが、相変わらず悲しそうに笑っていた。
「TVに出てた人はおそらく生き残りだろう……これを知ったら、俺は殺されるだろうな……」
自嘲するように言うコウスケに誰も声をかけられない。
「ボタンを一つかけ間違えただけでこれなんだからな……全く、軍人になんかなるんじゃなかった……そうすりゃ、もっと他の道に……」
「特務一尉!」
コウスケははっとなりレイを見た。
「そんなこと言わないでください!」
レイは厳しい目つきでコウスケを見ていた。
「すまんな。変な風に考え過ぎた。」
コウスケは残っていた紅茶をすする。
もう冷めていた。
・・・
厚い雲が空に広がっており第三新東京市は大雨に見舞われている。
そんな雲を一望できる高度36000フィートをコウスケは一人で飛んでいた。
衛星軌道上に使徒が襲来したためである。
本来ならリリスが後ろに乗るのだが、高高度飛行はいまだに経験しておらず危険であるという見解から今回は見送られた。
となっているが、リリスが何かを不安がっていることが一番の原因だった。
そんなリリスはカヲルとともに発令所にいる。
ふとコウスケは使徒を見る。
使徒は白く光っており、全体の形から鳥を連想させる。
使徒の真ん中より下には赤い球体が見えていた。
「今回のお客さんは静かだな……」
使徒が何かをしてくる気配がなかった。
第三新東京市では弐号機、郊外では零号機が展開している。
初号機は予備兵力として本部内で待機している。
EVAは空を飛ぶことができない。
そのためコウスケがこうして偵察に来ていたのである。
『コウスケ君、どう?』
通信機からミサトの声が聞こえた。
「目標に変化なし。静かなもんだ。」
『まだ、射程距離外だから援護できないわ。油断はしないでね。』
「了解。」
相変わらず使徒に変化はない。
「敵対するつもりがないなら楽なんだけどな……」
そう呟くと使徒から七色に輝く光のようなものが発射された。
コウスケは特に反応しなかった。
いつもの予兆がなかったからだ。
光がコウスケと機体を包み込んだ。
「なんだ?」
妙に胸がざわざわし始める。
何かを探られているような感覚だ。
「………! ぐぅ……」
突然、痛みを感じた。
実際に痛いわけではない。
体調は万全である。
コウスケが感じているのは感覚だけなのだ。
なんと言うか頭……と言うよりは脳が何かに刺激されているような感覚であった。
コウスケは機体を水平に何とか戻し、オートパイロットを起動させた。
・・・
「綾波特務一尉がオートパイロットを起動させました。」
コウスケの行動は日向によって報告される。
発令所のメインモニターには光に包まれるSu-37LCが映し出されている。
「敵の指向性兵器なの?」
「いえ、熱エネルギー反応無し。」
青葉が光線の解析結果を述べた。
「いったい何なのかしら?」
リツコは光線をじっと見ていた。
これがEVAならエントリープラグとプラグスーツに取り付けてある計器で何らかのデータが得られるだろうが、コウスケの乗る機体にはそんなものがついてなかった。
「アスカ!」
『わかってるわ!』
弐号機の持つポジトロンライフルが火を噴いた。
『陽電子、消滅。』
「ダメです、射程距離外です!」
さらに弐号機は撃つが使徒には届かなかった。
「弐号機、残弾ゼロ!」
『ダメ! 弾が切れた! レイ! まだなの!?』
『まだ充電が終わってない。』
レイの声から焦りが見えて取れる。
零号機はヤシマ作戦で使用されたポジトロンスナイパーライフルを装備している。
ヤシマ作戦で日本中の電力を一気に集めて使用したが、今回は充電時間の延長によって大電力を確保しようとしていた。
「光線の詳しい解析結果が出た?」
「可視波長のエネルギー波です! ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です!」
「何のつもりなのかしら……」
リツコの声からも焦りが感じられる。
「……あの子はコウスケの心を知ろうとしてるんだわ。」
リリスの言葉に発令所が驚いていた。
使徒が人の心を理解できるのかなんてことを誰も言わなかった。
「リリンの心を……ましてやルシファーの心をあんな風に知ろうなんて……許せないね。」
カヲルは眉をひそめながら言う。
・・・
思い出される記憶
コウスケが今までやってきたすべての記憶
戦自の研究所を襲った時
初めて使徒と戦闘したときに受けた戦死報告
己の信念のために立ちふさがってきた敵
命令で焼き払った町
逃げ出した脱走兵の抹殺
政府要人が乗った航空機の始末
やっかみで絡んできた同僚を意識不明の重体にしたこと
彼女をミサイルで吹き飛ばしたこと
食うために盗みを働いて、ボロボロになるまで殴られたこと
仲間に裏切られて死にそうになったこと
逆に裏切って仲間を陥れたこと
セカンドインパクトの混乱で親と死別したこと
そんな記憶が次々と思いだされていた。
・・・
「ポジトロンスナイパーライフルの準備ができました!」
「撃て!」
ミサトの号令とともに零号機が引き金を引いた。
まっすぐに使徒に届くが、ATフィールドで阻まれてしまう。
「だめです! この遠距離でATフィールドを貫くには、エネルギーがまるで足りません!」
「しかし、出力は最大です! もう、これ以上は……」
青葉と日向から絶望的な報告が上がってくる。
ミサトは打つ手がないことに歯ぎしりしていた。
「……シンジ、ドグマに降りて槍を使え。」
突然ゲンドウが言いだした。
「ロンギヌスの槍か!?」
冬月が咎めるように言う。
「ATフィールドの届かぬ衛星軌道の目標を倒すにはそれしかない。急げ!」
『わかったよ。』
「最後の使徒への切り札がここで失われるか……」
「冬月、ここで綾波特務一尉を失えばリリスはどうなる。」
「……わかっている。だが、委員会への報告は碇に任せるぞ。」
・・・
コウスケはいろいろな記憶を思い出されていた。
まるで古代研究者が未開の遺跡を発掘しているように思えた。
「この……やろう………」
そして記憶はコウスケの深奥までたどり着く。
それはコウスケが意図的に考えなかったもの
いや、考えたくなかったもの
自分がなんでこんな人生を送っているのか
その原因は
2000年の……
「!」
(このままでは不味い…)
コウスケはそう考えた。
だから
機内にいつも置いてある
グロック17を
自分の左腕に向けて
「ぐぅぅ………」
撃った
・・・
「コウスケ君! 大丈夫!?」
発令所に響いたコウスケのうめき声にミサトが反応した。
『だい……じょうぶだ……少し腕を……痛めつけたがな……』
送られてくるのは音声のみなので、いったいどういう状況なのか発令所のメンバーはわからなかった。
『……セカンドインパクト………確かに……それが始まりだよ………』
「セカンドインパクト? ……綾波特務一尉は何を言ってるんでしょうか?」
コウスケの言葉に疑問を持った伊吹がそのように言う。
「……コウスケ君の悪夢の始まりのことね。」
リツコはどこかつらそうに目を細めていた。
ミサトも同様のしぐさをしている。
一方リリスは青ざめながら震えている。
カヲルはそんなリリスを不思議そうに見ていた。
「初号機、二番を通過。地上に出ます!」
メインモニターにはロンギヌスの槍を持った初号機が現れた。
初号機が投擲体勢に入る。
『カウントお願いします。』
「カウントダウン入ります!…………5、4、3」
MAGIの支援を受けて初号機が誤差を修正する。
「2、1……」
「0!」
『いっけえええええええ!』
伊吹のカウントダウン終了とともに初号機が槍を投げた。
槍は厚く覆っている雲を払い去るとまっすぐ使徒に向けて飛んで行く。
使徒はATフィールドで守る。
赤い槍とATフィールドがせめぎ合う。
ATフィールドは破れ、貫通し使徒のコアを貫いた。
・・・
初号機が投げたロンギヌスの槍は月軌道に乗ってしまい、回収は不可能だった。
Su-37LCは自力で帰還することができなかったため、MAGIの自動管制で帰還を果たした。
しかしコウスケはコックピットでぐったりとしていたため、病院に緊急入院することになる。
36000フィートと言う高高度で自分の腕を撃ち抜いたため、出血が多くなったのと使徒による精神的な負荷が原因だった。
そんなコウスケを見舞うためにリリスは病室の前に佇んでいたが、一向に中に入ろうとはしなかった。
ぐったりしているコウスケを見たくないのでは
それがNERV職員の概ねの予想だ。
リリスが中に入らない理由を正確に把握しているのはゲンドウと冬月、そしてレイだけである。
とにかくリリスはコウスケの病室の前で所在なさげに立っていた。
「綾波三尉。」
ひどく淡々とした男の声が聞こえたのでリリスが視線を向けると剣崎キョウヤがそこにいた。
「キョウヤ………どうしたの?」
「本部を巡回中です。」
「そう……」
そう呟くとリリスは再び病室に視線を戻した。
「中には入らないのですか?」
リリスは何も答えなかった。
「……心癒せる存在がいることがどんなに良い事か今更わかった……」
突然そういだした剣崎をリリスは不思議そうに見ていた。
「いつだったか……綾波が言っていたことですよ。」
「コウスケが?」
「別に何もしなくていいから傍らにいてくれればいい……お前もそんな人を見つけるんだな……そう惚気てましたね。」
剣崎はサングラスをかけなおした。
「……巡回中ですので失礼します。」
剣崎は去って行った。
リリスは剣崎を見送ると意を決して病室に入った。
ベットには上半身を起こしたコウスケがいた。
左腕には包帯が巻かれている。
コウスケは病室に入ってきたリリスを見ていた。
ただじっと見つめているだけ。
「コウスケ? 大丈夫?」
何か様子がおかしい
リリスは漠然とした不安を感じていた。
コウスケはじっと見つめてくるが、好意も悪意も感じられなかった。
そして
コウスケの一言が
リリスを打ちのめす
「……誰だ………」
槍は初号機に投げてもらいました。
シンジに槍を投げられるのか
つっこみを受けることは覚悟済みです……
コウスケが乗るSu-37ですが、こんな感じで改装されています。
Su-37(初期型)→Su-37(レストア)→Su-37AC→Su-37LC
物語の最初から登場しているSu-37は三代目のSu-37ACです。
今回は全般的に暗くなったので、おまけで明るくなってくれれば幸いです。
………私の反動かな?
おまけ
リリスはぺたりと床に座り込みながら泣いていた。
そしてコウスケはばつが悪そうに佇みながら周りからの白い目に耐えていた。
「もう泣き止んでくれよ……」
「うう……ひっく……何度も………ひっく………止めてって言ったのに……」
「あれくらい耐えられなかったら、この先大変だぞ……」
そう力なく言うコウスケの言葉に周りがざわざわし始めた。
「あれくらい……」
「どう考えてもやり過ぎだよな……」
「初めてであれはないよな……」
そんな周りの会話がコウスケの耳にも届いていた。
居心地がとても悪かった。
コウスケの冷や汗が止まらない。
・・・
Su-37LCの改装が終わって、初の飛行テストが行われた。
第三新東京市では避難訓練が予定されており、それにスケジュールを合わせたのだ。
第三新東京市は迎撃態勢に入っており、そんな空の上をコウスケは飛んでいた。
「これがコウスケの世界なのね。」
コウスケの後ろにいるリリスが嬉しそうに外を眺めていた。
リリスはコウスケと同じ耐Gスーツを着ている。
この耐Gスーツはプラグスーツのデータをもとに作られているので、国連軍で使われている物より幾分か性能が良い物だ。
「壺」ではありませんよ?
Su-37LCは複座型に改造されたので、当然ながら飛行テストにもリリスが搭乗することになった。
リリスが喜んだのは言うまでもない。
初の飛行テストのため簡単な動作確認だけを行う予定だった。
それをコウスケは淡々とこなしていた。
そうしている間にもリリスはきゃっきゃと喜んでいた。
『全項目終了。お疲れさまでした。』
日向からテスト終了の報告が入った。
「え~! もう、終わりなの?」
「そうだよ。」
「もうちょっと飛んでいたかったのに……」
リリスは不満そうだった。
実を言うとコウスケも不満だった。
テストではなく、喜んでいるリリスにだ。
もうちょっと怖がってもいいんじゃないか
そんな思いがコウスケの脳裏にとどまっていた。
「日向二尉、時間はまだあるな?」
『はい、ありますが……』
「項目の追加だ。」
「まだ、やるの?」
「ああ。」
コウスケの答えにリリスは喜んでいた。
そんなリリスにコウスケはニヤリと笑う。
コウスケはSu-37LCを加速させて山に向かった。
「……ねえ、ぶつからないよね……」
そう思えるほどSu-37LCは山の中腹に向かって飛んでいた。
「ちょ、ちょっと……コウスケ?」
コウスケは何も答えなかった。
山が大きく見えてくる。
リリスは思わず目を瞑った。
「……リリス、上を見てみろよ。」
不意にコウスケにそう言われたリリスは目を開けて上を見た。
リリスの目に入ってきたのは
緑色
どう考えてもおかしかった。
普通なら空色が見えなければならない。
何度見ても
緑、緑、緑……
リリスは瞬時に理解した。
「ちょ、ちょっと……これって……」
「背面飛行だ。」
「……! ぶつかる! ぶつかる~!」
リリスがそう叫ぶのも無理はない。
Su-37LCは山の木々からおおよそ5mほどの高さを飛んでいるのだから……
「そら、次に行くぞ!」
コウスケはSu-37LCを高度を変えないまま機体を縦方向に反転させた。
そして今度はビル群に突っ込んでいく……
「ね、ねえ? コウスケ?」
どんどんビルが迫ってくる。
「行くぞ!」
コウスケは速度を落としながらビル群をジグザグに抜けていく。
たちが悪いことにキャノピーをビルの方に向けているので、ビルが間近に見えるのだ。
「きゃ~! きゃ~!!!!」
リリスの悲鳴が響く。
Su-37LCは無事にビル群を抜けた。
すると今度は上に飛んで行く。
「ねえ、もうやめましょう?」
それにコウスケは答えなかった。
ある程度の高度に達した時、コウスケは機体を水平に保ち速度を落とした。
「フフフ……秘技! 枯葉の舞!」
コウスケはそう言うと機体を何度も宙返りさせた。
Su-37LCはぐるぐると回りながら下に落ちていく。
「目が……目がまわる~……」
ある程度回した後、コウスケは機体を安定させて再び水平に戻した。
「ようし! 乗ってきた! 日向二尉。」
『……あ、はい!』
「対空砲を俺に向けて撃て。」
『え! 大丈夫ですか!?』
「問題ない。」
リリスは目が回る状況からやっと回復したようだった。
すると兵装ビルから弾丸の雨が襲い掛かる。
それをコウスケはまるですべての弾丸の軌道が読めているかのようにひらひらと避けていく。
「弾! たま! た~ま~!!!」
この時、発令所ではATフィールドの発生を確認したのだが、コウスケが作り出したショーに見とれていて気づかなかった。
「次! 対空ミサイル! とっておきを見せてやる。」
兵装ビルから一発のミサイルが発射され、Su-37LCの真後ろについた。
「ちょっと! コウスケ! ミサイル!!」
だというのにコウスケは何もしない。
「来る! こっちに来る!! いや! いや~!!!」
ミサイルが命中……
しなかった。
直前で機体が真横にくるりと回ってミサイルがそのまま通過していった。
その後もコウスケは極端な曲芸飛行を披露し、発令所には楽しそうなコウスケの声と悲鳴を上げるリリスの声が鳴り響くのであった。
『リリス! 楽しいだろう!』
『もう、止めて~!』
『そうら!』
『いや~!!!!』
「無茶しおって……」
縦横無尽に飛び回るSu-37LCをモニター越しに見ていた一人の老人が呟いていた。
・・・
そういうわけでリリスは泣いていた。
「うう……ひっぐ……コウスケのばか……」
「むう……俺が悪かった……」
「そんなに……私が乗るのが……嫌なの?」
リリスが上目遣いで見つめていた。
「嫌だな。」
即答である。
それにリリスはかなりのショックを受けていた。
「今日のは少し悪戯しすぎたが、ああいう危険が戦闘機にはあるんだ……」
コウスケはぼりぼりと頭を掻いていた。
「そんなもんにお前さんを乗せたくはないさ。」
「……私、頑張るから……」
「へ?」
「そんな危険からコウスケを守れるように頑張るから!」
野暮ったい目でリリスはコウスケを見る。
並々ならぬ決意が込められていた。
・・・
その後も飛行訓練は度々行われる。
そのたびに無茶な飛行をリリスの方から求められるようになったらしい。
今では笑いながら訓練する姿が見られるそうだ。