「……そのため、ロンギヌスの槍を使用しました。」
暗い部屋の中でゲンドウが喋り終えた。
『うむ、致し方あるまい。』
『衛星軌道上に使徒が現れるのは今回で二回目だな。』
『今後のことも考えると専用の兵器の開発が急務だな。』
SEELEのメンバーが次々と喋り始める。
一通り終わった時にキールが口を開いた。
『にして、碇。ルシファーの容体はどうなのかね?』
「身体的には何の問題はありません。」
『そうか……』
SEELEのメンバーは黙ってしまった。
「議長。」
『なんだ?』
「各国でEVAが建造されているとのことですが?」
『うむ……そのことは……』
『私から説明しましょう。』
ゲンドウは聞いたことのない声だったので驚いた。
誰が話しているのか注意を向けると、13‐ミカエルから聞こえてきたようだ。
ゲンドウが記憶する限りでは初めて声を聞いた。
『今後の使徒との戦いで戦力の増強は急務です。』
「しかし、使徒はあと一体ですが?」
『そんな保証はどこにもありませんよ。』
ミカエルの言葉にゲンドウは驚いた。
「死海文書には……」
『あれはリリスが作らせた物……では、使徒を作ったのも彼女だと?』
「そう考えるのが妥当です。」
『ならば何故、彼女は使徒の襲来時期を言わないのでしょうか? 彼女が作ったならば当然、
知っているはずですよね?』
そう言われた時ゲンドウはミカエルの言っていることが正しいと感じた。
リリスは来るとは言っていたが、いつ来るのかどういう形をしていて、どういう能力を持っているかなどは一切喋っていない。
意図的に隠しているともとれるが、そんなことをしてもリリスには何のメリットがない。
「すると使徒は……」
『第一使徒…アダムから生まれていると考えるべきです。』
「しかし、それは死海文書にも書かれていることですが?」
『アダムは生命の実を与えられた……知恵の実を与えられたリリスが人を作ったように、アダムもそのような能力があると考えてもおかしくはないでしょう。』
「では……」
『アダムから使徒が生まれることが予測できても、具体的な数まではわからなかったということですよ。』
『そう言うことなのだ。碇。』
「……わかりました。」
ゲンドウは力なく答えた。
ゲンドウからしてみれば次の使徒を倒せばシンジを含めた四人のチルドレンたちを開放できるし、何よりも妻である碇ユイを初号機から救出できると思っただけにこの事は少なくないショックを受けることになる。
『がっかりしないでください。今、新型のダミーシステムを研究中です。機械による制御なので、それがあればパイロットとその母親はもういりませんから。』
「そうですか。」
ゲンドウの言葉はかなりそっけないものだった。
それでも彼を理解できる人にはそこに含まれる喜びを感じられるだろう。
・・・
「コウスケ君……普通に仕事してるわね……」
「身体的には問題ないのだから当たり前でしょ?」
ミサトの呟きにリツコが冷静に答えた。
コウスケはすでに退院しており、いつもの業務に戻っていた。
「記憶喪失……今だと実感が湧いてくるわ。レイにもリリスにも反応しないんですもの。」
「今までのコウスケ君とは別人に見えるのも無理はないわ。……彼の記憶は2011年から2012年の時のものだから……」
リリスからコウスケがおかしいと言われたリツコはコウスケに簡単な質問を投げかけたのだ。
コウスケならば知っていておかしくない質問だ。
それに対してコウスケは無言で答えた。
それに疑問を持ったリツコが最後に
「あなたの所属はどこかしら?」
と投げかけた。
「……国連軍第4航空団所属、綾波コウスケ中尉。」
コウスケの口からは淡々とした答えが返ってきたのだった。
「それにしても、あの態度は何とかならないかしら? 葛城本部長……なんて言われても困るわ。」
「私は赤木博士と呼ばれてるからあまり違和感はないわね。」
その時、研究室のドアが開いた。
リツコとミサトがドアの方に振り返ると綾波コウスケがそこにいた。
「あら? コウスケ君じゃない。どうしたの?」
ミサトが自分が主であるかのように言う。
コウスケはそれに答えずまっすぐにミサトに向かって歩く。
「ど、どうしたのよ?」
「……葛城本部長、資料をお持ちしました。」
黒服にも負けないくらいそっけなく言うとコウスケはファイルを差し出した。
「そ、そう……ありがと。」
ミサトはコウスケからファイルを受け取る。
コウスケは敬礼すると部屋を出ていった。
「はあ……息が詰まりそう……」
「前なら……加持ばかりに任せるなってお小言もらっていたものね。」
リツコは悪戯っぽく笑っているが、どこか寂し気にしていた。
「それにしてもあの表情……前のシュミレーターのことを思い出すわ。」
「あれね……」
・・・
コウスケが目覚めてから記憶喪失だと判明したのちにシュミレーターを使ったテストを行った。
戦闘機ではなく白兵戦
記憶を失ったコウスケがどれほどの戦闘力を持っているのか計測するためだ。
目標は敵性勢力の殲滅および発令所の奪取
舞台はNERV本部になっていた。
シュミレーターが起動しコウスケの前には仮想空間が作り上げられ、敵兵が飛び出してくる。
そこに弾丸を叩き込む。
とは言っても実弾を撃っているのではなく、引き金を引くとMAGIが弾の軌道を計算して命中したかどうかを判断する。
遠距離では胴体、近距離では頭を狙う。
シュミレーターが続き敵兵が人質を取っていた。
人質はNERVの制服を着ている。
コウスケは撃つ。
弾丸はまっすぐ進み
NERVの制服に命中する。
そして敵兵も倒れこむ。
表情が読めないコウスケの顔
それに唖然とするミサト
リツコはMAGIに指示を出した。
人質の数が増える。
それでもコウスケは構わず発砲
敵兵とともに人質も殲滅していた。
リツコが試しにNERVの主要メンバーも人質として出してみた。
日向や青葉、ミサトやリツコ、しまいにはゲンドウが出ても構わず発砲していた。
容赦と言うものが完全に抜け落ちている。
ただ、チルドレンと伊吹だけは何故か避けていた。
・・・
「あれには参ったわね……」
ミサトは自分が何の迷いもなく撃ち抜かれたことを思い出して苦い顔になっていた。
「人質の解放は命令にない、敵の殲滅に邪魔と判断……そう言ってたわね。」
「命令じゃなきゃしないなんて……」
シュミレーターはとんでもない結果となったため、今度は人質の解放も目標に追加した。
するとコウスケは人質への発砲をすっぱりと止めてしまった。
「でも、なんでマヤちゃんだけは撃たなかったのかしら?」
モニターに伊吹が出てきたとき、リツコの支援をしていた本人は目をそらしていた。
自分が撃たれる瞬間を見たいなんて人はいないだろう。
「何も知らない人がマヤを見たらどう判断するかしら?」
「う~ん……マヤちゃんって童顔だからね……実年齢より若く見えるんじゃないかしら?」
「そうね。そしてコウスケ君はシンジ君たちも撃たなかったでしょ?」
その言葉にミサトはピンと来るものがあった。
「……もしかして、マヤちゃんを中学生と判断したってこと?」
「中学生でなくても未成年と判断した可能性があるわ。MAGIの計算でも99%強よ。」
「納得いかないわ……」
それは伊吹だけ撃たれなかったことなのか、それとも実年齢より若く見えることなのかはミサト本人にしかわからない。
「でもね……コウスケ君が反応したのは彼らだけじゃないのよ。」
「そうなの?」
ミサトがそう疑問に持つのも無理はない。
チルドレンと伊吹以外はすべて発砲していたのだから。
「……リリスだけには何らかの反応を示していたらしいのよ。」
「リリス? 彼女だけには撃つのをためらったってこと?」
「違うわ。」
そう言うとリツコは煙草を取り出していた。
「撃つ速度が他人に比べて一秒近く早かった……それも確実に息の根を止められるように……」
・・・
ミサトにファイルを渡したコウスケは自分の執務室に戻っていた。
執務室に戻る時に何人か職員と出会うが、声をかけることが無かった。
また、職員たちの方も声をかけなかった。
正確にはかけづらかったという方が正しい。
コウスケから無言で発せられる見えない壁みたいなものを感じていたからだ。
一応、記憶の無い期間の経歴については既に目を通していたが、特に驚いてはいなかった。
レイと出会って娘だと紹介されても何も言わなかった。
無感動で見ていただけだった。
そんなコウスケは淡々と雑務をこなしている。
隣ではリリスがいつものように自分の仕事をしていた。
「コウスケ。」
リリスが呼びかけるがコウスケは反応しない。
それに寂し気にリリスは顔を俯かせるがコウスケは気にしない。
「………綾波特務一尉。」
無理に笑顔を作ってリリスがそう呼ぶとコウスケは顔をリリスに向けた。
コウスケの表情に変化はない。
目は何か無機質なものを感じる。
「できたわ。」
そう言ってリリスは一枚の紙を渡した。
コウスケはそれを受け取るとじっと眺めて無言で突き返した。
「どこがおかしいのか知りたいんだけど……」
リリスがそう言うとコウスケはペンを取り出してチェックする。
コウスケは一言も喋らない。
淡々とこなしている。
そんなコウスケの姿をいたたまれない気持ちで見ているリリスであった。
・・・
リリスはNERVの休憩室に一人座っていた。
手には缶の紅茶が握られている。
リリスはそれを口に含むと、すぐに呑み込んだ。
「……不味い……それに暖かくない……」
リリスが持つ缶はもともと冷たいものである。
しかし、リリスが言うのはそういうものでは無かった。
「………暗い顔してるわね。」
その声にはっとなり、リリスが顔を上げるとアスカが立っていた。
「ごめんなさい。そんな顔してた?」
「………そうやって無理に笑っててもつらいだけよ。」
リリスは再び暗くなる。
そんなリリスの横にアスカが座った。
「コウスケの体は大丈夫なんでしょ? 記憶だっていつか戻るかもしれないじゃない。
何でそんなに暗いのよ。」
「………コウスケの記憶……戻らない方がいい……」
「はぁ? あんた、本気で言ってるの!?」
アスカが詰め寄るが、リリスはアスカとは反対を向いていた。
「今のコウスケはあんたのこと何も覚えてないんでしょ!?
綾波三尉ってずっと呼ばれててもいいの!?」
今のコウスケはリリスの事を階級で呼んでいた。
つまりは綾波三尉と呼んでいるのだ。
ちなみにチルドレンたちも階級で呼んでいる。
レイを綾波准尉、シンジは碇准尉、カヲルは渚准尉、アスカはラングレー准尉と呼んでいる。
一応チルドレンたちは准尉待遇になっている。
最もこんな呼び方をしているのは今のコウスケしかいない。
「嫌よ……前みたいにリリスって呼ばれたいわ……」
「なら、コウスケの記憶が戻ったほうがいいでしょ? なんでそんなこと言うのよ!」
「コウスケは私を恨んでいるもの………」
「コウスケがリリスを? ……そんなわけないでしょ。
なんでコウスケがあんたを恨まないといけないのよ。」
リリスは言うべきかどうか迷った。
このことを知っているのはレイとゲンドウ、冬月の三人だけだ。
リリスがアスカを見ると真剣な目で見つめるアスカの目が入ってきた。
「……セカンドインパクトを計画したのが……私だからよ……」
アスカはリリスが何を言ったのか理解できなかった。
「セカンドインパクトを……あんたが?」
「そうよ……リリンがセカンドインパクトを起こすように仕向けたの……」
「なんで……」
「私の計画のため……今はもうやるつもりはないけど……」
いきなりそんな話が出てきたため、アスカは自分の耳を疑いたかった。
だが、リリスが相変わらず暗い顔をしながらも目はしっかりとしているのを見て嘘ではないことを悟った。
「それ……コウスケも知ってるの?」
「最初に教えたのはコウスケよ……今は覚えていないけど……」
それを聞いてアスカは考え込んだ。
以前に加持に修学旅行について聞いたことがあった。
その横にはコウスケもいた。
二人して苦い顔をしていたのを思い出していた。
そして温泉に行った時、一通りレイとミサトとじゃれあった後ミサトの胸にあった傷のことを聞いたのだ。
ミサトははぐらかすように言っていたが、やはり苦い顔を隠しきれていなかった。
そして自分の過去を話したコウスケ
自嘲するように語ったコウスケを忘れるわけがなかった。
それにその時のコウスケから何かもっと深い暗さを感じ取っていた。
「……そのことをみんなに言っちゃダメよ。特に今のコウスケにはね。」
「ゲンドウとコウゾウからも言われたわ……」
「それに……コウスケのこと、もっと信用してもいいんじゃない?」
リリスはきょとんとした表情でアスカを見ていた。
「あたしってね、コウスケのこと恨んでたのよ。」
「なんで?」
「あたしが一番大切に思っていた物を簡単に否定したからよ。あいつ、なんて言ったか知ってる? エースって言うのは一番生き物を殺している人のあだ名なんて言ったのよ。酷いと思わない?」
そう言うアスカはどことなく懐かしそうだった。
「それでね、聞いてみたのよね。何でそんな風に言ったのかって……それで色々話してくれたわ。」
リリスはアスカの話をじっと聞いていた。
「それであたしも色々考えたってわけよ。それでコウスケと話すようになったんだけど、ふと気付いたのよね。」
「何を?」
「みんなはあたしのことをチルドレンとして見るけど、コウスケはそうじゃなかった。」
アスカは少し微笑んでいた。
「みんなはシンクロ率がどうとか、動きがいいとか言ってくれるけど、コウスケは訓練もいいが青春しろよとか恋人でも作れよとか言ってくるのよね。」
「なんでコウスケはそんなこと言ったのかしら?」
「最初はあたしも疑問だったわ。こいつは何言ってるんだろってね。今でも本当のところはよくわからないけど、多分コウスケはあたしのことをチルドレンとして見てなかったのね。」
リリスはアスカが何を言いたいのかわからず、頭に疑問符を浮かべていた。
「チルドレンじゃないあたし……惣流・アスカ・ラングレー自身を見てくれていたからあんな言葉が出たんじゃないのかなってね。」
アスカはどことなく嬉しそうだった。
「セカンドインパクトの首謀者があんたっていうことをどう思っているのかはコウスケしかわからないことだけど、これだけは言える。コウスケはあんたのこともよく見てる。」
「でも……」
「はぁ………一つ聞くけど、コウスケ自身から恨んでるって聞いたの?」
リリスは顔を横に振る。
いくら考えてもコウスケがそのように言ったことは無かった。
「なら、コウスケがリリスを恨んでるってわからないじゃない。考え過ぎよ。」
「……そうね。ありがとう。」
「さて、次はあんたの番よ。」
リリスがアスカを見ると妙にニヤついていた。
「へ?」
「へ? じゃないわよ。何であんたがコウスケに惹かれたのか喋りなさいよ。」
「そうね。」
リリスは手にしていた紅茶を飲んだ。
先ほど感じていた冷たさはどこかに消え去っていた。
・・・
コウスケは自宅のリビングでただじっと座っていた。
何もせず、じっと座っているだけだ。
ベランダで煙草も吸わない。
レイとカヲルは自分の部屋に帰っていた。
学校があるから、宿題があるからなどと言っていたが、本当は今のコウスケを見たくなかったからと言うのが強いだろう。
記憶を失ったコウスケの行動はかなり単調になっていた。
NERVでは黙々と業務をこなして、家ではじっと待っているだけ。
そして時が来たらベットで眠る。
まるでロボットがプログラムに従って動いているようにも感じられる。
そんなコウスケの前には紅茶が一杯置いてあった。
リリスが淹れたものである。
記憶を失った当初は水以外飲もうとはしなかったが、今ではリリスが淹れてくれた紅茶だけは口にするようになっていた。
そのリリスは鼻歌を歌いながら台所で食器を洗っている。
歌っているのは「綾波マーチ」
コウスケが綾波家伝統の歌だと言っていたものだ。
「綾波マーチ」と名付けたのはNERV職員たちだ。
歌詞があまりにも特徴すぎるのと、時折レイとリリスがNERV内で歌っているのを見て、誰がそんな歌を二人に教えたのかすぐに検討が付いた。
そのため「綾波だけが歌うマーチ」を略して「綾波マーチ」と言うわけである。
最もそれは正しくなく「綾波」以外にも歌える人はいる。
全くの余談だが、ゲンドウや冬月と言った年代の職員たちはどことなく懐かしさを感じているらしい……
とにかくリリスは上機嫌だった。
その理由はコウスケから「……うまい。」の一言を貰ったからである。
記憶を失った当初、コウスケは目の前に出された料理に目もくれず以前に非常用と言って備蓄してあったコンバットレーションを食べていた。
それを同居した初期に見たレイが食べてみようとするも
「本当に非常用だ。長期間の保存には適してるし、カロリーもある
……だが、味は最悪だ。泣きたくなるぞ。」
とコウスケに止められた。
それを思い出したレイがコウスケから一口もらう(と言うよりは本人が何も言わなかったため勝手に食べた)が、泣き出してしまった。
カヲルはコンバットレーションを口にした状態で固まってしまった。
リリスはテーブルの上に突っ伏して倒れていた。
コウスケはそれを何食わぬ顔で食べる。
それ以降、そのレーションは綾波家の主以外のメンバーで厳重に封印されることになり、コウスケには出されたものを食べるようにさせていた。
それでもレーションを食べている時と顔は変わらなかった。
一言も感想を漏らさなかった。
そのためリリスが本気で料理を作った。
だからその感想をもらえてリリスは嬉しかったのだ。
「………綾波三尉。」
突然、コウスケに呼ばれてリリスは驚いた。
今のコウスケが自発的に声をかけたことなど一度もないからだ。
あったとしても業務のことでしかない。
「………自分の過去を知っているな?」
リリスは流し台の水を止めて簡単に手を拭くとコウスケの方に振り返った。
コウスケはまっすぐにリリスを見ていた。
「……怖くないのか?」
表情に何ら変化は無かった。
だが、目にはわずかに怯えが見て取れた。
「怖くなんて無いわ。あなたは後悔しているんでしょ?」
コウスケの目が僅かながら開いた。
「その話をする時、とてもつらそうだったから……」
「……そうか。」
コウスケはテーブルに視線を落とした。
「………セカンドインパクト………あれが無ければ今の人生も無かった……」
コウスケの淡々とした呟きがリリスの耳にも入った。
「……セカンドインパクト……それを計画したのは私よ。」
コウスケがリリスの方を向いていた。
その顔には無表情が剥がれ落ちて驚きと戸惑いが見て取れた。
「綾波三尉……何を言っている……」
「あなたの人生を狂わせたのは………私だと言ってるのよ。」
リリスはコウスケとは反対を向いていた。
「ごめんなさい……そんな人が近くにいたら嫌よね。……最も私は人じゃないけど……」
「綾波三尉……」
心なしかコウスケの声が怒りで少し震えていた。
「……さよなら。」
リリスは出ていった。
それをコウスケは呆然と見ているだけであった。
「特務一尉、リリスはどこに行きましたか?」
いつの間にかレイがリビングに出てきていた。
レイは二人が心配で様子を見に来ていたのだ、ちょうどリリスが出ていくのと同時に出てきたのでリリスの姿を見ていない。
「……綾波准尉、綾波三尉がセカンドインパクトの計画者と言うのは本当か?」
「どうしてそれを……」
「……本当なのか………」
驚いてるレイをよそにコウスケはテーブルに置いてある紅茶をじっと眺めていた。
・・・
綾波家を出たリリスは屋上に出ていた。
コンフォート17の屋上は周りにアルミ製の手すりとエレベータがあるだけだ。
リリスはその手すりの上に腕を組んで頭を乗せていた。
「リリンは闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きている……今も昔も変わらないわね。」
日は既に暮れており、所々から見える光で僅かながら照らされている第三新東京市をぼんやりと眺めながらリリスは呟いた。
そんなリリスの髪を夏にしてはひんやりとした風が撫でる。
「これからどうしようかな………」
行く当てのないリリスはこれからのことで悩んでいた。
NERVに行くことも考えたが、それではコウスケとばったり出会うなんてこともあり得たので止めた。
「はぁ~………」
ゲンドウや冬月などから止められていたにもかかわらず、セカンドインパクトの計画者であることを何故、喋ってしまったのかと少し後悔していた。
それでも喋らずにはいられなかった。
コウスケの記憶が戻る保証はない。
喋らなければそのままでいられたかもしれない。
記憶が戻ったらその時に考えようとリリスは思っていた。
ただ、コウスケの呟きを聞いた時に騙しているような感覚に囚われた。
それが嫌に纏わりついてきた。
だから打ち明けてしまった。
だからコウスケを見ることができなかった。
特に目を見るのが怖かった。
今のコウスケは表情が出てこないが、その分だけ目で訴えかけてくるのだ。
その目で怒りと憎しみで見られることが怖かった。
「…………最後に……名前で呼ばれたかったな………」
それももう叶わないとわかっている。
リリスはひっそりとこの町を出ていくことを決心した。
「綾波三尉……」
その声に反応し、リリスが振り返るとコウスケがいつの間にか立っていた。
コウスケの後ろに浮いている月光でコウスケの顔はよく見えなかったが、手にはグロック17が握られていた。
「……追ってきたのね……」
コウスケはそれに答えずリリスに近づくと二歩くらいの距離を置いてコウスケは止まった。
グロック17を向けてくる。
「あなたからしてみれば、それが当然よね………」
やはりコウスケは答えなかった。
「それで気が済むなら……そうしてちょうだい……」
リリスは目を瞑る。
ここで殺されるのも良いかもしれないと思っていた。
そうすればコウスケに覚えておいてもらえるかもしれないからだ。
リリスの体は本体が人の体に変化したもので体の構造は人と変わりがない。
急所を狙われたら生きることができない。
不意にコウスケとの思い出が走馬灯のように思い浮かんでくる。
それもここで終わり
リリスがそう考えたとき
一発の銃声が
第三新東京市の夜空に響き渡る
「……これで水に流す。」
コウスケの声にはっとなりリリスが目を開けると、銃口を下に向けたコウスケが目に入った。
銃口をたどるとリリスの一歩手前にのめりこんだ銃弾があった。
「どうして……あなたは私を恨んでいるはず……」
「肯定だ。」
「なら……」
「綾波三尉が自分のために色々してくれたことは知っている。特に今日の夕食はうまかった……
だからこれで水に流す。」
そう言うとコウスケはグロック17を胸にしまった。
「……また、作ってくれ。」
その言葉にリリスはぽかんとしていたが不意に笑い出した。
「やっぱりあなたはコウスケね。」
「…意味が解らない。」
「前に私を引き留めた時もそう言ってくれたのよ。」
「そうか……」
月光でコウスケの顔は見えない。
でも、リリスには少し微笑んでいるように見えた。
「綾波三尉……かえ……」
とコウスケが言いかけた時、コウスケはリリスの腕をつかんで引っ張った。
………リリスが居たところに銃弾が撃ち込まれていた。
「な、なに!?」
「……敵襲。スナイパーか?」
コウスケは胸にしまったグロック17を再び取り出して辺りを見回した。
ビル群からは何も感じない。
空にヘリなどは飛んでいない。
山からも人がいるような気配がない。
「………!」
コウスケはリリスの肩を抱いてエレベーターに向かって走る。
二人がいたところに銃弾が叩き込まれた。
床が派手に抉れている。
コウスケは小型の通信機を取り出していた。
「メーデー、メーデー、メーデー、こちらはルシファー、ルシファー、ルシファー。
メーデー、こちらはコンフォート17の屋上。緊急事態発生。現在、攻撃を受けている。」
『吹雪だ。近くに敵は見当たらない。』
『長良です。半径3㎞内に敵は確認できません。……信じられないことですが、3㎞より外からの攻撃です。』
『榛名です。今、遠隔操作でエレベーターのドアを開けました。』
「……了解。」
コウスケたちはエレベーターにまっすぐ走っていく。
屋上に遮蔽物はない。
そのため一刻も早く通常より強固な造りとなっているエレベーターに入るのを優先したのだ。
銃弾は屋上の床にめり込むが、徐々に二人に近づいていた。
エレベーターが目の前まで見えていた。
コウスケはリリスの頭を抱えると、頭からエベレーターに突っ込んだ。
・・・
第三新東京市郊外に浮かぶ一つの人影
コンフォート17から大凡5㎞は離れていた。
「ここまで出てきたのに失敗か……リリンのおもちゃは難しいな。
それに浮かんでいるのにも大量のエネルギーが必要か。
……でも、ATフィールドの応用に成功したから良しとしよう。
……やっぱり、ルシファーは邪魔だね。ルシファーは本人を狙ってもダメか
……量産型ができた今、試作品はいらないな。」
・・・
結局、襲撃者の行方はつかめなかった。
零課と諜報部が総出で調査に当たるも何一つ手掛かりがなかった。
唯一の手掛かりである銃弾は12.7x99mm NATO弾であり線条痕からバレットM82が使用されたと出てきたが、狙撃位置がMAGIの計算では上空と出た。
狙撃された時に空を飛んでいた物は確認されず、そのためそこに人が浮いていたという結論に至ってしまった。
さらに射程距離もバレットM82では不可能ではないが床を抉るほどの威力は出ないとの分析結果が出た。
それが可能であるとしたら空気抵抗が無く、重力の影響を受けない宇宙空間では可能だそうだ。
MAGIはこれに総合的な回答は不可能を提示した。
調査もこれ以上進展することなく迷宮入りしてしまった。
・・・
コウスケはNERVの病院で眠っている。
傍らにはリリスが立っていた。
リリスに目立った外傷は無く、せいぜい軽い擦り傷ができたくらいだ。
一方、コウスケはエレベーターに頭から突っ込んだため頭を強く打ち付けてしまった。
脳震盪で気絶してしまったため病院で入院となった。
「ごめんなさい……私のせいで……」
リリスはいたたまれない気持ちで眠るコウスケを見ていた。
あの時のコウスケは全力でリリスを守ろうとしていた。
それは嬉しかった。
でも、そのせいでコウスケは傷ついてしまった。
「……引き留めてくれたけど、私は行くわ。……私のこと忘れないでね……」
リリスは病室のドアの方に振り返った。
「…………そんなことをするバカはすぐに忘れるって言ったろ。」
その声にリリスがはっとなって振り返ると
「心配かけたな。リリス。」
コウスケが上半身を起こしていた。
「名前で……コウスケ、記憶が……」
「ああ、ちゃんと戻ってきたぞ。」
リリスは緊張で身を固くしていた。
コウスケの記憶が戻った時、記憶喪失時の記憶が無くなるかも知れないと聞いていたからだ。
「なに身構えているんだ?」
「だって……私は…セカンドインパクトの………」
「セカンドインパクト? ああ、あれは水に流すって言ったろ。」
「覚えているの?」
「ちゃんと覚えているよ。……綾波三尉。だが……」
コウスケは真面目な顔になった。
少し怒っているようにも見えた。
「自分は人じゃないなんてことを言うな。あんなにうまい料理を作れるのは人しかいない。」
そう言うとコウスケはリリスの腕を引っ張って強く抱きしめた。
「さよならなんて寂しいこと言うなよ。」
「………ありがとう……ごめんなさい。」
「リリス? コウスケ君の様子は……」
そう言って病室にミサトが入ってきた。
後ろには学校から帰ってきた子供たちがいた。
「あ、あら……お邪魔だったわね。」
「おう、葛城か。」
「特務一尉、記憶が……」
「戻ったぞ。遅くなってすまんな。」
そう言ってコウスケは微笑むが、皆がじっとこっちを見ていることに気付いた。
「なんだよ……」
それでも皆はじっと見ていた。
コウスケが訝しく思っているとリリスの様子がおかしいことに気付いた。
「どうしたんだ?」
「あ、あの……みんなが見てる……」
それを聞いたコウスケはさらに強く抱きしめる。
「こ、コウスケ?」
「それがどうした。」
病室には似つかわない空気にミサトたちはただただ困るだけであった。
書いててふと思ったこと
コウスケの補完の時はサブタイトルが何故か英語だ……
なんででしょうか?
私も疑問です。
今回のおまけ
コウスケの病気が進行してしまいました……
おまけ
NERVの休憩室にはリリスがいた。
普段の彼女からは考えられない雰囲気を醸し出していた。
所謂、激おこプンプン丸と言ったところだ。
「あら、どうしたの?」
そんな彼女に近づいたのはミサトである。
「あ、ミサト。」
「何かあったの?」
とは言うものの大凡の見当はついていた。
「聞いて! コウスケったら酷いのよ!」
リリスは頬をぷくっと膨らませながら言った。
ミサトはやっぱりと思った。
「コウスケ君……何したの?」
そう促すとリリスは喋り始めた。
・・・
コウスケは脳震盪を起こしたので入院していたが、仕事が溜まるのを恐れて三日目には退院していた。
病院から直接来たコウスケは執務室でイライラしていた。
コウスケは横にいるリリスを時々ちらちらと見ながら仕事をしている。
「ねえ、どうしたの?」
リリスがたまらなくなって聞いた。
「ん? 何でもないぞ。」
「嘘はダメよ。……私にできることがあったら何でも言って。」
コウスケは暫く考え込んだ。
「……なら、少し良いか? これはリリスにしか頼めないことなんだ。」
それを聞いたリリスは期待で胸を膨らませていた。
今までこんなことを言われたことがなかったからだ。
コウスケは席から立ちあがるとリリスの横に移動した。
リリスが見上げるとコウスケは真剣な目でリリスを見ていた。
心なしか近くに感じた。
「本当はこんなことを仕事中にするべきじゃないんだが……どうも耐えられん。」
リリスはコウスケが何を頼んでくるのか必死に考えていた。
その時にリリスの脳裏に依然見たドラマが浮かんでいた。
(もしかして……テレビの中でリリンたちがやってたこと?)
そう思うと思わず胸が高まってくる。
(私を求めてくれるの?)
期待がさらに膨らむ。
リリスはドラマでやっていたことを思い出し、そっと目を閉じて顎を上に少しだけ上げた。
今のリリスには何も見えない。
だからなのか、期待がさらに膨らんで胸が高まってくるのを感じた。
むにゅ
そんな音がなったような気がした。
リリスが目を開けるとコウスケの顔が少し綻んでいた。
とても嬉しそうだ。
リリスはおかしく思った。
なんでこんなにコウスケの顔が遠いのかと………
そして
顔が何かに引っ張られている感触がした。
「やっぱりこれだな。」
コウスケはそれはもう嬉しそうに言う。
「何……してるの?」
「何って……ほっぺただよ。」
「ふぇ?」
「このふにほっぺが無いと一日が始まった感じがしないんだよな。」
それを聞いてリリスは理解した。
今、コウスケに頬を抓まれていることに……
リリスは顔を少し下げるとぶるぶると震えだした。
「……………コウスケの…………………」
「どうしたんだ?」
「コウスケのバカ!」
リリスがそう叫ぶとコウスケは床に強制的に伏せられていた。
「バカ! バカ! コウスケの大バカ!!!!」
バカと言う言葉とともにコウスケは上から謎の衝撃を受けて立ち上がれなかった。
コウスケは犬ではないし、犬の妖怪でもない。
それに首にアクセサリーもつけていない。
そのため、何かの単語に反応して伏せるなんてこともしない。
………リリスのATフィールドで叩きつけられたのだ。
「コウスケの………バカ!!!!!!」
最後に思いっきりコウスケを叩きつけた後、リリスは執務室を飛び出した。
「………なぜ……だ………」
そう呟くのを最後にコウスケは気を失った。
・・・
「本当に……もう! コウスケのバカ!」
リリスは激おこプンプン丸からムカ着火ファイアーにクラスアップしたようだ。
それを聞いたミサトは冷や汗をかきながら
(さっきの騒ぎはこれだったのね……)
と考えていた。
・・・
リリスがATフィールドでコウスケを叩きつけた時、発令所はいつものように騒いでいた。
「NERV本部内でATフィールドを確認。」
「分析パターン………」
日向が途中で報告を止めた。
「どうしたの? 報告して。」
「すみません……パターン緑、リリスです。」
日向の報告を受けて発令所の空気が一気に緩んだ。
これが伊吹ならスイカが出ていたかもしれない。
加持ではありません。
伊吹だから出るんです。
上部では冬月はため息をついていた。
ゲンドウもさっさと自分の執務室に帰って行った。
・・・
「ミサト、どう思う?」
急にリリスから声をかけられたミサトは我に返った
「そ、そうね。コウスケ君が悪いわ。」
「でしょ!?」
そう言ってリリスは手に握っていた空き缶をATフィールドでプレスした。
それを見たミサトは
(お願いだから、リリスを怒らせないでコウスケ君……NERV本部が潰れるわ……)
そう密かに思っていたそうだ。
・・・
ちなみにコウスケは発見されるまでずっと気絶していた。