「綾波特務一尉、いったいどういうことかね?」
怒っているとは違い何か困惑していると言った方が正しい声で冬月が言う。
「そのようなことを申されましても何の事でしょうか?」
「……先日、我々に資金を出すことを渋っていた企業から突然資金が送られてきたのだ。」
「それは良いことではないですか。」
コウスケは何もおくびもなく言う。
そんなコウスケに冬月が彼らしくもなく少し威圧するように続けた。
「これに君が係わっているのではないかね?」
「特に思い当たることはありませんが……」
それを聞いたゲンドウが動いた。
「先日、この企業の跡取りとレイが見合いをしたとの報告が入ってきているが……」
「ああ、そう言えばそんなこともありましたな。」
コウスケは頭をぼりぼりと掻きながら答えた。
少しわざとらしい。
「まさか……」
そう呟くと冬月の顔つきがかなり怖いものとなった。
それを見たゲンドウも冬月が何を考えているのかすぐに悟りサングラス越しにコウスケを睨みつけると、とても低い声で言う。
「…君は……レイを政治的に利用したのか……」
それを聞いたコウスケは手を顎に添えて考え込んだ。
「ふむ……傍から見ればそういう風に捉えられてもおかしくありませんな。」
「捉えられるも何もそうではないか!」
冬月が声を荒げていた。
「君は何を考えているのかね! ユイ……ごほん……自分の娘を政治的に利用するなど! ……君はそんな男ではないと思っていたが間違った認識だったようだな!」
らしくなく荒れている冬月にゲンドウは少したじろいでいた。
これほどにまで怒った冬月をゲンドウは見たことがなかった。
対照的にコウスケはのほほんとした顔でいる。
「まあ、落ち着いてください。」
「落ち着いていられるか! 今すぐに婚約を取り消すんだ!」
「ふ、冬月先生、落ち着いてください。」
すると冬月がゲンドウをぎろりと睨んだ。
少したじろぐゲンドウ
「碇は何を落ち着いているんだ! 自分の息子の婚約者がどこぞとわからない馬の骨と婚約しているんだぞ! シンジ君とレイの子供が見たくはないのか!」
「しかし、見合いだけで……」
「碇、現実を見ろ! 相手から巨額の資金が送られてきている! 見合いが成立した、それ以外に何がある!」
冬月ははぁはぁと息を荒げていた。
「とにかく取り消すんだ!」
「取り消すも何もそんなものしていませんよ?」
冬月とは対照的に落ち着いた声でコウスケは言う。
「何?」
「あんな奴にレイを差し出すくらいならシンジの方が百倍はましです。」
そう言い放つとコウスケは俯き何やら暗くなっていた。
「……うちのレイを手籠めにしようとしたんだ……それにリリスにも………本来ならあの一家をまとめてNNミサイルの一部にして使徒に放ってやりたいところだったが、金なんてもので許したんだ……それも守らなければ……フフフ………」
後ろからは負のオーラとでもいうべきものが滲み出ている。
目からも何やら危ない雰囲気が漏れていた。
つまるところ、本気でやりかねないということだ。
冬月も尋常でないコウスケの様子に冷や汗をかいていた。
「あ、綾波特務一尉?」
「……っとこれは失礼。」
「……とにかく事情を話してもらおう。」
ゲンドウの言葉を聞いてコウスケが答えた。
「……レイのためだったんですよ。その予算獲得は完全に副産物に過ぎません。」
「ん? 見合いがレイのため?」
冬月は訝し気にコウスケを見ていた。
レイのためとあらば何故、破談にしたのか?
それにレイにはシンジがいる。
見合いでレイに何の得があるのだろうか?
「少し長くなりますよ。」
そう言ってコウスケは話し始めた。
・・・
コウスケの記憶が戻って数日後
コウスケはいつものごとく夕食の後の紅茶を楽しんでいた。
この時間は今のコウスケに取って二番目くらいに気に入っている時間である。
一番気に入っている時間は仕事をしている時………
ではなく、リリスのほっぺたを触っている時である。
これについてリリスは
「コウスケはほっぺたが柔らかければ誰でもいいのね……」
と不満をこぼした時があった。
これに対しコウスケは
「カヲルやレイ、他の人のほっぺたじゃダメなんだ! リリスのほっぺただから良いんだ!」
などと力説していた。
ちなみにカヲルとレイのほっぺたの感想は……
「……硬い。」
「……未成熟。」
だそうだ。
なのでリリスは自分のATフィールドを使い頬に少し手を加えた。
少し顔がすっきりとしたリリスを見たコウスケは恐る恐るリリスの頬に手をやると
「…………無い……………」
などと言いこの世の終わりだと言いたいくらいにがっかりしていた。
執務室でいつものデスクに座ったコウスケだが、全く仕事にも手が付かなかった。
何やら柔らか物をふにふにと触っていたが
「違う………こんなんじゃない………」
と呟いていた。
そんなコウスケを見てさすがにリリスも気の毒に思ってしまい、頬を元に戻した。
コウスケが喜んだのは言うまでもない。
リリスはそれを複雑な思いで受け入れることになる。
MAGIの計算によるとリリスのほっぺたを触れなかったコウスケの仕事の出来は通常の1/3程度に落ち込むそうだ。
それを見た某博士の一言
「私も頬が柔らかければ勝ち目があったのかしら……」
などと呟いていた。
コウスケのほっぺた好きはNERV内で知らないものはいないほど有名になっている。
そのためNERV職員たちはコウスケが機嫌が悪そうなときはリリスに頬を触らせるように必死に頼んでいるらしい……
最も一部のNERV職員からはそれがコウスケの愛情表現ではないかと噂されている。
リリス以上に柔らかそうな頬を触っても
「………違う。」
などと感想を漏らすことから、あながち間違いではないかもしれない。
とにかくそんな心安らぐ時間にコウスケは少し訝し気な表情をしていた。
「レイ、どうしたんだ?」
コウスケに突然、声をかけられたレイは少し驚いていた。
「何かあったのか?」
「……なんでもありません。」
「本当か?」
「……はい。」
そう答えるレイをコウスケは訝し気に見ている。
「ルシファー、レイ君がそう言っているなら問題ないのではありませんか?」
カヲルが口をはさんでくる。
「いや、レイのあの表情は何か深刻なことを考えている顔だ。」
実を言うと何日前からレイがそのような表情をしていることをコウスケは知っていた。
それでもレイが口に出すことがなかったのでそのままにしていたのだが、今日はその表情がさらに深刻になっていいたので声をかけたということだ。
最もその変化も付き合いがまだ浅いカヲルでは見抜けなかったようだ。
レイは押し黙っている。
「言いたくないならいいが、それは一人で考え込んで解決できるのか?」
レイは何も言わない。
「まあ、大方シンジ君のことだろ?」
そう言ってコウスケはニヤリと笑ったが、すぐに真面目な表情に戻った。
レイがシンジと言う言葉を聞いて俯いてしまったからだ。
レイがシンジのことで俯くと必ず赤くなっていたが、それもない。
そのためコウスケはよほど深刻なことが起きているんだと理解した。
リリスは流し台ですべてを聞いていたのだろう。
何も言わずに自分の席に座った。
暫く重い空気が漂っていたが、レイが閉じていた口を開いた。
「………最近、碇君と一緒に居ても嬉しくないんです………」
レイの告白にコウスケは特に驚いていなかった。
他の二人は驚いていたが、特に何も言うことは無かった。
コウスケに任せた方がいいと判断したからであろう。
「それは嫌いになったということかな?」
「……わかりません。」
それを聞いたコウスケはそれ以上レイに問いかけることを止めた。
レイの答えが今の状態を如実に表しているように思えたからだ。
だから一言だけコウスケは言うことにした。
「後の祭りにならないようにな。」
・・・
コウスケはジオフロントにある加持の畑に来ていた。
「綾波じゃないか。」
畑の主である加持がコウスケに声をかけた。
「どうしたんだ? ……まさか、ここを返せとか言わないよな?」
「今更そんなことを言うかよ。それにそんなことをしたら、カヲルが怒るだろ?」
綾波家の居候となっている渚カヲルは加持の畑の世話をしている。
汗水を流しながら畑を一心不乱に世話しているカヲルは見るからに生き生きとしていて、そんなカヲルの姿をNERVでは知らないものはいない。
ちなみに加持の畑は禁煙になっている。
煙草を吸いながら畑を世話している加持を見てカヲルが怒ったのだ。
「懸命に生きようとしているスイカたちの前でそんなものを……僕にはわからないよ。」
それ以降、加持の畑で煙草の煙が上がることがなかった。
ちなみにカヲルはコウスケが煙草を吸うのも好ましく思っていないが、カヲルやレイ、リリスの前で吸うことは無く、ベランダでひっそりと吸っているので特に何も言っていない。
「なら、どうしたんだ? 代理とはいえ、NERVのNo.1がこんな所に来てていいのか?」
などと加持はおどけながら言うが、彼が言うことに間違いはなかった。
NERVの首脳部であるゲンドウと冬月は出張しており、NERVの最高責任者は作戦本部長である葛城ミサトになっている。
だが、それは表向きの話であり実質上コウスケの方が上であったりする。
最もそれを知っている者はごく限られておりコウスケ自身がそれで幅を利かせるようなことをしないので、特に問題が起こっているわけではない。
全くの余談になるが、コウスケがNERVでNo.1と言えるものが一つ存在する。
それは給料である。
総司令である碇ゲンドウが一番もらっているというのが一般的な認識だが、それは基本給だけの話である。
コウスケの基本給は階級が低いためミサトより少ないが、作戦局二課課長の手当てが入り、使徒が現れたときには戦闘機で出撃するためかなり高額の危険手当がつく。
また、危険手当の欄には零課課長の手当ても入っている。
それにレイの扶養手当、カヲルの養育費などが加算されている。
それらを総合するとゲンドウなど遥かに凌ぐ給料となるのだ。
一応、リリスとレイにも給料が出ている。
レイには高額の危険手当が出ているため、実質上NERVで二番目の高給取りだったりする。
アスカやシンジたちと基本的には変わらないのだが、勤続年数の関係で彼らより上になる。
そのため綾波家の財産は普通では考えられないほどの物となっていたりする。
「カヲルはどこにいる?」
「渚君ならあっちにいるぞ。……ああ、そう言えば今日は来る日だったか。」
加持が指を指しながら言った。
コウスケがここに来た目的が何なのかわかったようだ。
コウスケは加持に礼を言うとカヲルがいるところに向かった。
「よう、精が出るな。」
そう言うとカヲルがコウスケの方に振り返った。
その顔は生気で満ちており、実に絵になる光景だった。
「どうしたんですか?」
「ちょっと人探しをね。」
そう言うとコウスケは辺りを見回した。
「………いた。」
畑の端にできている少し深めの茂みを見ながら呟いた。
よく見ると赤みのかかった金色が見え隠れしている。
あれで隠れているつもりらしい。
「お~い! そんなところにいないでこっちに来いよ!」
コウスケが大声で言うと茂みがビクリと動いた。
暫くがさがさと動いているうちに茂みから誰かが出てきた。
「ぐ、偶然ね。こんな所で……」
茂みから現れた人物‐アスカがまるでそう言うことを決めていたかのように言った。
「あんなところで何してたんだ?」
「べ、別に何でもないわよ。」
「大方、使徒に対する奇襲戦法でも考えていたんだろ?」
「そ、そうよ。」
などと言いちらちらと誰かを見ていた。
元使徒である少年は頭に疑問符を浮かべている。
そんな様子の二人をコウスケはニヤリと眺めていた。
「まあいい。ちょっとアスカに用があったんだ。」
「どうしたの?」
コウスケはニヤリと笑うのを止めて真面目な顔に戻った。
「最近のレイなんだが……学校ではどうなんだ?」
コウスケの言葉にカヲルとアスカは少し驚いていた。
「どうしてそんなことをあたしに聞くの? 護衛から報告は入ってるんでしょ?」
「そうですよ。それに何故、本人に聞かないのですか?」
「報告には事実しか書かれていないからな。だから第三者の証言が必要だと思たのさ。」
そう言うコウスケに二人は訝し気に思った。
「……最近はよく誰かと話してるわね。最も質問に答えているだけだけど……」
「そう言えば、シンジ君と一緒にいることが少なくなったようだね。」
これを聞いたコウスケはやはりと思った。
「言われてみればそうかもしれないわ。最初はあんなにべたべたしてたのに……」
「時々、シンジ君が悲しそうにレイ君を見ているときがあるね。」
「う~ん……なんでかしら?」
それを聞いたコウスケは少し笑っていた。
「どうしたの?」
「いや、レイにとってシンジ君がそういう存在になったんだなと思ってな。」
「いったいどういうことですか?」
カヲルの問いかけにコウスケは答えた。
「………なるほどね。」
「そう言うものなんですか。」
コウスケの答えを聞いた二人はどこか納得していた。
「だが、このままではいかんな。」
「そうですね。繊細な心を持つシンジ君が危ないかもしれませんね。」
「確かにね。今はまだ耐えてるけど……」
三人の中には共通の危機意識が芽生えていた。
「まあ、今までレイにそんなことがなかったから致し方ないと思うが……」
そう言うとコウスケは暫く考え込んだ。
「……とにかくありがとう。」
「大丈夫なの?」
「まあ、やれるだけやってみよう。」
そう言うとコウスケの顔が変わった。
「それで、アスカさん?」
「な、何?」
急にコウスケの顔が変わって警戒するアスカ
「使徒に対する奇襲戦法の効果はどうですかな?」
「な……」
「出来れば今後の参考にしたいんだが……」
コウスケはニヤついている。
「ま、まだまだ研究中よ!」
などと真っ赤になりながらアスカは答えた。
「どうしたんだい? 顔が赤くなっているよ? 風邪でも引いたのかい?」
などとカヲルは言った。
「こりゃ、難問みたいだな。」
「どういうことですか?」
「はぁ、もうちょっとカヲルは他人の心を知らないといけないな。」
コウスケがそう言うとアスカが
「コウスケも似たようなものよ。」
とぼそりと呟いた。
「俺の私見では奇襲では無く、正攻法がいいと思うんだが……」
「余計なお世話よ!」
ニヤついているコウスケと赤くなっているアスカ、それを不思議そうに見ているカヲル
それを加持は遠目で見ていながら
「藪蛇になるなよ。綾波。」
と呟いていた。
・・・
コウスケは執務室で何やら難しい顔をしていた。
目の前のPCをじっと見つめて動かない。
「ねえ、さっきから何をしてるの?」
横でそんな姿のコウスケをずっと見ていたリリスがたまらなくなって聞いた。
「ちょっとな……お、来た来た。」
そう言うとコウスケはPCに来たメールを確認していた。
「やっぱり食らいついてきたか……」
どことなく満足そうにコウスケが言う。
するとコウスケは携帯電話を取り出した。
「もしもし、シンジ君か? 今すぐに俺の執務室に来てくれ。ちょっと重大な要件だ。」
「ねえ、本当に何してるの?」
リリスが不満そうな声を出していた。
そんなリリスに携帯電話をしまいながらコウスケは答えた。
「シンジ君が来たら話す。もうちょっと待ってくれ。」
そう言うとコウスケはいつもの仕事をこなし始めた。
それにかなり不満を覚えるもののシンジが来れば話すと言っていたのでしぶしぶリリスも自分の仕事に取り掛かることにした。
暫くすると執務室のドアが開いてシンジが中に入ってきた。
「いきなり呼び出してすまんな。」
「いえ、大丈夫です。」
「まあ、そこにかけてくれ。」
シンジはコウスケがあてがった椅子に座った。
リリスは立ち上がるとポットから紅茶を持ってきていた。
「最近レイとはどうだ?」
「どうと言われましても変わりませんよ。」
「……ネタは上がっている。正直に話してくれ。」
そう言うとシンジは少し俯きながら話し始めた。
「……綾波が遠くに感じるんですよ………」
それ以上シンジは続けなかった。
「それはレイが大切に思えなくなったということかな?」
「違います! 綾波が一番守りたい人であることに変わりありません! ……ただ………」
シンジは言いづらそうにしていた。
コウスケは変な茶々を入れることなくシンジが話すのをじっと待った。
「……綾波にとって僕はどうでもいい存在になったのかなって………そう思ってしまうんです……」
静かな声でシンジは言った。
それだけにシンジの悲痛の叫びが聞こえてくるかのようだった。
「……確かにそう思ってしまうのも致し方あるまい。」
コウスケの言葉にシンジがビクリと反応した。
「だが、シンジ君が考えていることと全く逆のことが起きているんだ。」
はっとなりシンジは顔を上げた。
コウスケは真面目に見返してきている。
「どういうことですか?」
シンジに促されるようにコウスケはしゃべり始める。
「……そう言うことだったんですか。」
「リリンってそんな風になるのね……」
「人にとってある意味、当たり前の現象とも言えるが、レイのためにならん。」
コウスケはじっとシンジを見つめるのであった。
「シンジ君、君に頼みたいことがあるんだ。」
「僕にですか?」
「シンジ君以外に適任がいないんだ。だが、これは君にとってかなり辛いことになるだろう。」
シンジは少し考え込んだ。
「やります。」
「いいのか? 失敗すればレイが嫌うかもしれんぞ。大方の準備はできているが、今なら取り消すこともできる。」
嫌われると言う言葉にシンジが顔を顰める。
「……それでも綾波のためになるのなら……やります。」
「わかった。」
コウスケはシンジの目の前に一つのUSBメモリーを置いた。
「それを自宅のPCで見てくれ。……誰にも見せちゃいかんぞ。」
シンジはそれをポケットにしまった。
「話は以上だ。……もし止めたくなったらすぐに言ってくれ。」
そうしてシンジは執務室を後にした。
コウスケは休憩とばかりに紅茶を淹れることにした。
「ねえ、もし私がレイみたいになったらどうする?」
不意にリリスがそのようなことを言いだした。
コウスケはカップを持つとリリスとは反対の方に体を向けた。
「そうだな……俺だったら嫌になって他の人と付き合うかもしれんな。」
「え……」
「そんなことされたら俺だって寂しいからな。」
そう言い放つとコウスケはカップをデスクに置いて立ち上がり、リリスと反対の方に数歩歩くと止まった。
「浮気の一つくらいやってしまうかな。」
リリスは余りにも衝撃を受けて立ち上がった。
まさかコウスケからそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
「変なことを言ったのは謝るからそんなこと言わないで……」
コウスケは何も答えない。
リリスには何故かコウスケが遠くにいるように感じていた。
そんなはずはないと一歩一歩確かめるように近づいていく。
最後の一歩になったところでリリスは立ち止まった。
それ以上近づくと本当に消えてしまうのではないか
そんな考えが頭によぎる。
「あなたがいなくなったら、私はどうすればいいの……」
それ以上に言いたかったが、言えなかった。
リリスは言葉と言うものが必ずしも万能ではないことを悟った。
不意にコウスケは息を吐き出した。
「……思ったより辛いな。」
リリスが顔をあげるとコウスケがさも困ったようにしていた。
「ごめんなさい……」
「いや、俺も意地悪し過ぎた。」
コウスケはぼりぼりと頭を掻いていた。
するとコウスケは少し恥ずかしそうに言葉を続けた。
「その……なんだ……俺にもリリスが必要なんだ。だからリリスを置いてどこかに行くなんてしないよ。」
「本当?」
「ああ、特に……」
そう言うとコウスケの腕が伸びてリリスのほっぺたを捉えた。
「ふえ?」
「このふにほっぺを置いてどこかに行くなんて絶対にありえん!」
そう断言しながらリリスのほっぺたをふにふにと嬉しそうに楽しんでいるコウスケ
リリスは自然と体が震えだすのを感じることができた。
………………………
………………
…………
……
五分後
Su-37LCの整備状況を伝えに来た榛名ミツヒサが綾波執務室で見たものは
腕を組みながらつーんと顔をそらしているリリスと
床に伏せているコウスケの姿であった。
・・・
シンジと結託してから三日後
コウスケの思惑通りレイは明らかに暗くなっていた。
「なんだ? 相当深刻な問題でも起きたのか?」
レイは何も答えなかった。
コウスケは内心でちょっと効き過ぎたかと思ったが、そのまま計画を進めることにした。
「最近、シンジ君と一緒に居ないな。」
シンジと言う単語にレイがビクリと反応した。
「喧嘩でもしたのか?」
「………碇君が私を見てくれない………」
その声にコウスケはかなりぐらついた。
だが、ここで止めようとも思ってはいなかった。
「そうか……そういや、前にシンジ君といても嬉しくないとか言ってたろ。それがシンジ君にも伝わってしまったんじゃないか?」
レイは暗く、悲しく俯いていた。
「そんなレイにだ。紹介したい人がいるんだ。」
コウスケは一つのプロフィールをレイの前に差し出した。
「今度の日曜日に合うことになってるんだが、行くか?」
少し考えればあまりにもタイミングが良すぎておかしいことに気付いただろう。
だが、今のレイにそれを考えている余裕がなかった。
レイは静かに頷くだけであった。
・・・
お見合い当日
レイはやはり暗い顔でレストランの席に座っていた。
傍らではいつものNERVスタイルであるコウスケが相手方と何やら話しておりリリスが相槌を打っているが、何を話しているのかレイには全く興味が湧かなかった。
ふと目の前を見るとなかなかたくましい部類に入る顔つきの青年が座っている。
歳はレイより少し上だろう。
そう言うレイはと言うとシンプルな白いワンピースにナチュラルメイクを施している。
レイは目の前の青年に何ら好感を持っていなかった。
最初に会った時に異質なものを見るような目で見られたからである。
それ自体にはそれほどレイ自身は驚いていない。
自分の容姿が他の人に比べてかなり特殊であることを解っていたし、街中を歩いているときに時々そのような目で見られることがあったからである。
それより嫌だったのが、何か打算的な視線で見られているということに気付いたからである。
自分を見てくれようとしていない
それが好感を持てない理由だった。
これがシンジならば自分を見てくれていただろう
そう何度も考えてしまうレイであった。
最もその後でシンジが最近はちゃんと見てくれないことを思い出して暗くなってしまうのだが……
「……イ、レイ。」
レイははっとなり声が聞こえるほうに顔を向けた。
いつの間にかコウスケがレイをじっと見ていた。
「大丈夫か?」
「………はい。」
「すみません。どうも緊張しているようで……」
そういうわけではないとレイは思うが、口に出すことは無かった。
「いえ、お嬢さんもこういう場は初めてでしょうから。」
レイの目の前に座っている大凡40代後半だと思われる青年の父親がそのように言った。
「ちょっと娘の緊張をほぐしてきます。」
「じゃあ、私も……」
リリスがついて行こうとするが、コウスケに止められた。
「先方がわざわざここまで来てくれたんだ。こっちがみんないなくなったら失礼だろ。」
そう言うとコウスケはレイを連れて店の外に出た。
「あなたも大変ですね。」
青年の母親がそのように言った。
「普段はどうお過ごしなのかしら?」
「いつもはコウスケと一緒に働いていますから。」
すると父親の方が少し考え込んだ。
「もしかして……あなたも軍人なのですかな?」
「あ、はい。少尉です。」
「あら、そうでしたの。だから同じジャケットをお召しになっていられるのね。」
そのようなたわいもない会話が続いた。
するとリリスは何やら音がなっていることに気付いた。
なんも変哲もない雑音に聞こえたが、トンとツーと言う音が妙なリズムを取っていることにリリスは気付いた。
音の出所は父親の方だった。
(これ……聞いたことがある……コウスケが教えてくれた……え~と、モールス信号?)
コウスケが万が一に備えてリリスに教えたものである。
リリスは会話を続けながらもその信号の解読を行っていた。
音が鳴り止んだ時、リリスは少し戸惑っていた。
人の営みに興味を覚えてまだ半年もたっていないリリスにモールス信号を解読できても意味が通じなかったのだ。
そこにコウスケがレイを連れて戻ってきた。
「席をはずして申し訳ありません。」
「いえ、お気になさらないでください。」
「それで提案なのですが、うちの娘とご子息の二人だけで話し合うのはどうでしょうか?」
「おお、綾波大尉の仰られることが最もですね。」
変に思われるだろうが、今のコウスケは一般人にも通じるプロフィールでここにいる。
これはNERVと言う組織が非公開の組織であるからだ。
そのため、コウスケは特務一尉ではなく国連軍の大尉と言うことになっている。
そのためリリスも少尉と答えたのだ。
ちなみにレイは普通の中学生と言うことになっている。
「それでは行きましょうか?」
青年の言葉にレイがコウスケを見た。
「行って来い。」
そう言われたのでレイは青年とともに店の外に出た。
それと同時に背の小さい黒服が後を追うように店を出てくのに一人だけ気づいていた。
「しかし、そのお歳で大尉とは……もうすぐご昇進なされるのですかな?」
「いえ、そのような機会になかなか恵まれないんですよ。ですが、もう少し上を狙っていきたいですね。」
それを聞いた相手方の父親は嬉しそうにしていた。
だが、リリスは変に思った。
コウスケがこんなことを言うとは思ってもなかったのだ。
以前にNERVでの階級について教えてもらったことがあるが、最後にコウスケはこんなことを言っていた。
「階級が上がって喜ぶのが普通だけどな……軍人の階級って言うのは大きくなる十字架みたいなものだ。だから、俺は嬉しくないね。」
それにリリスにはコウスケがわざと相手の喜びそうなことを言っているように見えた。
そんなリリスをよそにコウスケと相手方の会話が進んでいく。
主に軍事に関することが多かった。
軍事の話になるとリリスにはわからないことが多すぎる。
そのため必然的にコウスケが差し当たりの無いように受け答えすることになった。
リリスに取ってつまらない時間が過ぎていく。
こんなことならコウスケにほっぺたを触られているほうがましだなんてリリスが思い始めた時、コウスケの服の中から警報が鳴った。
コウスケは失礼と断りを入れて携帯端末を取り出した。
するとコウスケの顔が厳しいものとなっていた。
「どうかしましたかな?」
相手方の質問にコウスケは答えなかった。
使徒が襲来したということではない。
それならば、リリスが持つ端末にも情報が入るようになっている。
最もリリスはほとんどコウスケの傍らにいるので必要かどうかは定かではない。
「楽しい時間も終わりですな。」
そう言うとコウスケは立ち上がった。
「リリス、行くぞ。」
コウスケにしてはかなり強い口調であった。
・・・
コウスケを先頭に四人は人通りの少ない場所にいた。
レストランからそんなに離れていないが、使徒の襲撃で再開発が放置されてしまった場所である。
「この時間は人が通りませんからね。……よく調べましたな。」
コウスケがそう言うと相手方の顔色がみるみる悪くなっていった。
コウスケはそれを無感動で眺めると目的の場所に向かって歩き出した。
コウスケの少し後ろを歩くリリスにはわかっていた。
コウスケがかなり怒っていることを
しかしコウスケが怒っている理由がわからなかった。
少し歩くとさびれた建物についた。
そこには何故か吹雪シンゴが立っていた。
「やっと来たな。」
「レイたちは?」
「娘さんは無事だ。後は自分で確認してくれ。」
「わかった。」
コウスケは建物の中に入って行く。
それに三人も続いた。
「あちゃ……見事に返り討ちにあってしまったのか……」
コウスケは少し困ったように頭を掻いていた。
中にはうつぶせになって倒れている青年と
床に倒れている少し小さな黒服に呼びかけているレイがいた。
「これはいったい……」
青年の父親がそう言うとコウスケが鼻で笑った。
「わざとらしいですよ?」
「な、何の事だ。」
コウスケはそれに答えず、レイに近づいた。
レイは足音に気付きコウスケの方を向いた。
「特務一尉! 碇君が……」
そう言ってレイは小さな黒服を見た。
コウスケは黒服のサングラスを取った。
サングラスの中からは目を閉じた碇シンジの顔が出てきた。
「ふむ、気を失っているだけか。全く、無茶しやがって……」
コウスケがそう言うとレイは少しほっとしていた。
「レイ、さっき渡したものは持ってるな?」
レイは頷くと黒い何かを取り出した。
スタンガンである。
実を言うとコウスケがレストランでレイを連れて出た時に渡したのである。
「貴様! 私の息子にこんなことをして、ただで済むと思うな!」
青年の父親が大声で叫んでいた。
傍らにいる母親もコウスケを睨んでいた。
「それはこっちのセリフですよ。俺の娘に手を出してただで済むと思うな。」
ドスが効いた声に怖気付く青年の親たち
コウスケと彼らでは住む世界が違い過ぎるのだ。
そうなるのも無理はあるまい。
「な、何を根拠に……」
「それはこいつが答えてくれますよ。」
そう言うとコウスケはレイからもらったスタンガンを掲げていた。
よく見るとスイッチみたいなものが見える。
コウスケはそれを押した。
『……何をするの?』
『お前を確実に物にしろと親父が言うんだ。そうすれば軍につながりができるってな。』
『嫌。』
『大人しくしていろ。すぐに終わる。』
『来ないで!』
『綾波に手を出すな!』
『……碇君!?』
『なんだ?』
『綾波から離れろ!』
『この野郎!』
『ぐはっ……』
『碇君!? ……くっ………』
バチン
最後の音はレイがスタンガンを使った音であった。
青年の親たちは青ざめていた。
「ふむ……立派な婦女暴行未遂ですな。それにうちの貴重なパイロット二人に手を出した……これは重罪だな。」
「パイロット? 何の事だ……」
それを聞いたコウスケは少し驚いた顔になったが、すぐに納得したという顔になった。
「そう言えばちゃんとした自己紹介がまだでしたな。」
「何?」
「俺は綾波コウスケ。階級は特務一尉……」
特務一尉と聞いた青年の父親は訝し気な顔になっていた。
「特務一尉? そんな階級は国連軍にも戦自にもない………まさか…………」
「おや? 我々を知っているなら話は早い。あなたのご想像通り、特務機関NERVの者ですよ。」
青年の父親は口をパクパクさせていた。
「そして、彼らはNERVの貴重なパイロット……もう、おわかりですな?」
コウスケがそう言い放つと青年の父親は懐からLPCを取り出して近くにいたリリスに突き付けていた。
「おい! それをこっちに渡せ! じゃないとこいつを……」
そこまでしか言えなかった。
青年の父親は何かに吹き飛ばされたからである。
「……醜いリリンね。」
リリスが静かに言った。
青年の父親はリリスのATフィールドに吹き飛ばされたのだ。
青年の母親が傍らに駆け寄っていた。
「こ……この………化け物!」
「……化け物?」
「何もしないで人を吹き飛ばすなんて……人にそんなことができるわけないだろ!」
リリスが何かを言おうとした時、一発の銃声が聞こえた。
「いい加減にしろ! この屑が!」
コウスケがグロック17を青年の親たちに向けていた。
銃弾はぎりぎりのところで当たらなかったようだ。
「リリスが化け物だと? それならお前さんの方がよっぽど化け物だろうよ!」
「な、何?」
「そんな化け物は始末しないといけないな。」
コウスケはゆっくりと近づいた。
「ま、まて……待ってくれ!」
コウスケは止まらない。
「か、金ならいくらでも出す! だから……」
それを聞いたコウスケが止まった。
青年の親たちはそれに少し安心する。
「ほ、ほら……いくらほしいんだ?」
コウスケはそれに銃弾で答えた。
無論、当たらないようにそらしたが……
「そうやってお前らは金で解決しようとする……反吐が出るね!」
コウスケは殺気を込めて睨んだ。
「今回は見逃してやる。……後日、誠意ある対応をお願いしますよ?」
コウスケはグロック17をしまった。
それを見届けた青年の親たちは青年を担ぐと急ぎ足で逃げ出した。
「全く………」
コウスケはため息をつくとリリスのもとに向かった。
「大丈夫か?」
「ええ。」
「すまんな。まさかこんなことになるなんて予想できなかった。」
本当にすまなそうにコウスケは言った。
「大丈夫よ。……でも、嬉しかった。」
「何が?」
「私のために怒ってくれたのよね?」
「お前さんを化け物呼ばわりしたんだ。当然だろ? それに……」
コウスケは少し恥ずかしそうに顔をそらしていた。
「俺の妻なんだからな……そんな風に言われたら許せないに決まってるだろ。」
リリスはそれを黙って、嬉しそうに聞いていた。
「さてと……ちょっと仕上げをしてくるよ。」
そう言うとコウスケはレイたちに近づいた。
レイは膝にシンジの頭を乗せて、シンジが目覚めるのを待っていた。
「レイ、少し予定外の出来事もあったがよくわかっただろ? シンジ君みたいな人ばかりでないことに。」
「何の事ですか?」
「忘れたとは言わせないぞ。シンジといても嬉しくないなんて言ったことをな。」
レイはそれを聞いて俯いてしまった。
「……どうしてあんなことを言ったんでしょうか………」
「それはな……レイに取ってシンジ君がいつも傍らにいてくれる存在だからだ。」
レイは何が何だかわからないようだった。
「レイが何をしても黙って横にいてくれる……そう思っているからそんな言葉が出たんだ。シンジ君と一緒にいて新鮮味が無くなったんだろう。」
レイはじっと聞いていた。
「だからレイは新しい刺激を求めてシンジ君以外に目を向けたんだ。ただ、シンジ君にとってはそれが自分を蔑ろにしてるんじゃないかと取れたわけだ。」
「私はそんなこと……」
「この場合はレイの意志じゃなくてシンジ君がどう感じたかが重要なんだ。……レイだってシンジ君が離れていくように感じられただろ? あれは俺が頼んだんだ。」
そう言われてレイは納得していた。
「嫌だったら止めて良いって言ったんだが、レイのためになるならやりますなんて答えたんだぞ? シンジ君だって辛いはずなのにな。最後までやり遂げた……大した少年だよ。」
「碇君……」
「今日もシンジ君が心配だからって俺に相談したんだ。まあ、そのおかげでレイは無事だったんだが……」
「碇君、ありがとう……そして、ごめんなさい。」
コウスケは思わず笑ってしまった。
「それを本人が気絶している時に言うなよ。」
「……そうですね。」
「じゃあ、俺たちは帰るからな。……ちゃんと謝ったら帰って来い。」
「わかりました。」
レイがはっきりと答えるのを聞いてコウスケはリリスを連れて家に帰った。
その三時間後にレイの姿が家でちゃんと確認された。
・・・
「………まあ、こういうことがあったんですよ。」
コウスケの長い話を聞き終えたゲンドウと冬月の二人はどこか安心していた。
「そう言うことなら早く言いたまえ。」
「副司令が暴走したのではないですか。」
そう言われては冬月は何も言えなかった。
「ともあれ、何事もなくてよかった。この予算はありがたくいただいておこう。」
ゲンドウがそう言うと、ふと何かを思い出していた。
「綾波特務一尉、少し前にこの企業の代表取締役の襲撃未遂があったと聞くが……」
ゲンドウの声は少し震えていた。
「そう言えば、長良三尉がここのところ見えないな……」
冬月の声もどこか恐れているように聞こえた。
「長良三尉は特殊訓練に出ていると報告しましたよ?」
コウスケはなんもおくびもなくそう言った後に続けた。
「EVAパイロットとNERVの重要人物に手を出したんです。他の組織に情報が漏れないよう監視が付くのは当たり前のことでしょう? フフフ………」
コウスケの言うことは最もでもあるが、何か含むものが感じられた。
というか含むものしか感じられない。
怪しく笑っているコウスケをよそにゲンドウと冬月は冷や汗をかいていた。
襲撃犯が誰だかわかったからである。
おそらくこの企業の代表取締役‐青年の父親も誰の仕業かすぐにわかったことだろう。
ゲンドウと冬月はレイとリリスのことでこの男を怒らせないようにしなければならないという共通の意識を共有することになった。
前回の投稿がちょうど一か月前……
ちょっと落ち込んじゃいましてね……
今回のおまけは
コウスケの魔の手がついに………
おまけ
総司令執務室
そこに置いてある将棋盤の前で碇ゲンドウはまるで一世一代の危機と言いたげな表情で静かに唸っていた。
「王手ですよ。」
ゲンドウの対面に座るコウスケが促すように言った。
「ま……」
「待ったはなしだと言ったのは碇司令ですよ?」
「む………」
コウスケにそう言われて押し黙ってしまうゲンドウ
そこに冬月が現れた。
「ん? 将棋をしているのかね。」
そう言うと冬月は将棋盤を見ていた。
「……碇、もう手がないぞ。」
ゲンドウは何も答えなかった。
「全く……素直に負けを認めたらどうだ。」
「ダメなのだ。」
「何をむきになっている。」
「私は負けられないのだ。」
ゲンドウは静かに言った。
ゲンドウの様子がおかしいことに気付いた冬月はまさかと思いながらもゲンドウに聞いた。
「碇、もしやと思うが……何かを賭けているのではないか?」
それを聞いたゲンドウがビクリと反応する。
冬月はため息をついた。
「全く、総司令たるものが賭け将棋など何を考えているのだ。……それでいくら賭けたんだ?」
「お金ではありませんよ。」
ゲンドウの代わりにコウスケが嬉しそうに答えた。
「何? では、何を賭けたんだ?」
「自分が負けた時はリリスにユイさんの白衣を着てもらうことを賭けました。」
コウスケはにっこりと答えた。
冬月はリリスがユイの白衣を着た姿を想像して少し呆然としていたが、首を振り意識を現実世界に戻した。
「碇、お前は?」
ゲンドウがものすごく言いづらそうに答えた。
「………ユイのほっぺただ…………」
「何?」
「綾波特務一尉にユイのほっぺたを触らせる………」
それを聞いた冬月もさすがに焦っていた。
「碇! お前はなんてことを……」
「だから、私は負けられないのだ!」
「しかし、もう手がないじゃないか!」
ゲンドウががっくりとうなだれた。
「綾波特務一尉、何故……」
「リリスのほっぺたはもとより、レイも未成熟ながら数年でよいものとなるでしょう。なら、レイとリリスのもととなったユイさんはどうなのか……それが気になってしょうがないんですよ。」
冬月もコウスケのほっぺた好きのことは知っていた。
だが、ここまで執着するようになるとは思っていなかったのだ。
後日、冬月とゲンドウはどうやって
……私も逃げる方策を立てねば……
「五回やって自分の全勝です。いい加減、諦めてください。」
この言葉に冬月は驚いた。
ゲンドウは冬月と対局するくらいなのでまるっきりの素人と言うわけでもないのだ。
そのゲンドウが一回も勝てなかった。
冬月は体がうずくのを感じた。
「碇、私と代われ。その勝負、私が受け持つ。良いか? 綾波特務一尉。」
「副司令とですか……良いですよ。」
………
………………
…………………………
冬月対局中
…………………………
………………
………
「ふむ、ここまで歩を有効に活用するとは……」
「歩のない将棋は負け将棋、所詮歩がなきゃ成り立たぬ……将棋の常識ですよ。」
「確かにそうだな。」
コウスケと冬月の対局はコウスケに軍配が上がった。
負けたというのに冬月は大変満足そうにしていた。
その後、コウスケと冬月はもしこのような手であったらどうするのかを一通り話し終えた後、コウスケが言う。
「それではユイさんのほっぺたはいただきますね。」
それを聞いた冬月の顔がはっとなった。
「そんな約束はした覚えがない。」
冬月が対局しているときに冷静さを取り戻したゲンドウが言った。
「そう来るだろうと思って……」
コウスケは一つのスタンガンの持ち出した。
見合いの時にレイに渡したものである。
コウスケがボタンを押すとゲンドウとコウスケの約束に関する会話が記録されていた。
「これをユイさんが知ったら………」
コウスケはニヤリと笑っていた。
もはやゲンドウと冬月に何ら手だてがなかった。
「では、よい返事を期待していますよ。」
そう言うとコウスケは総司令執務室を後にした。
「ど、どうするのだ……」
冬月は完全に焦っていた。
一方、ゲンドウはかなり冷静になっていた。
「冬月、ひとつ良い手がある。」
「何?」
「……ユイの名前を聞いて思いついたのだ。」
冬月は暫く考え込んだ。
「……初号機の頬を触らせるのか?」
それはそれでかなりシュールな状況と言えるだろう。
「違う……私にユイがいたように………」
・・・
意気揚々と自分の執務室に帰ろうとしたコウスケは執務室の手前で冷気を感じ取った。
その冷気に覚えがある。
霧島マナが襲来したときのレイのクラスと同じ空気だった。
恐る恐る部屋に入ると……
絶対零度を放つリリスがそこにいた。
「コウスケ? ユイのほっぺたって……どういうこと?」
「な、なんで知ってるんだ……」
「私だけじゃ物足りないとでも言いたいの?」
「ち、違うんだ。」
「そうなのね……」
「だから……」
「コウスケの……浮気者!!!」
コウスケが賭け将棋をしていたことがリリスにばれてしまったのだ。
コウスケはリリスのATフィールドに押しつぶされて床に伏せることになった。
無論、賭け将棋の場にリリスが居たわけではなく、誰かが密告したためである。
リリスに密告した者たちは密かに総司令執務室で勝利の祝杯をあげたらしい。
賭け将棋の約束は果たされることがなかった。