『我は、必ず静寂に戻る。そのために、グレートレッド、倒す』
「現状では、確実に無理。少なくとも『我』が『我』であり『オーフィス』でない以上は」
聞き分けのないオーフィスに言い聞かせるのはこれで何度目だろうか、ほとんど動かない表情筋に内心で嘆息しつつ歩を進める。
そもそもの発端は、体感時間で数時間近く前の事である。いきなり眼前に見知らぬ光景が広がった所から始まり、自身が誰でここが何処なのか全く分からないという事に落ち着いた。一般的にはこの状況下で落ち着きなど異常に近しい筈なのだが、何故だか大したことがない様に思えてならない。そういった性格の人間だったのだろうか、しかし今となっては確認のしようもない。
きょろ、と右。
きょろ、と左。
かくん、と上。
こくん、と下。
四方八方に首を回すも、見覚えは当然の如くにない。どうやら荒廃した大地にいるようで、所々がえぐれ、盛り上がり、割れている以外は特に双眸に捉えられない。
次に自身を確かめる。まずは顔を触ると、ぷにぷにと柔肌の感触。肌ツヤは良好らしい、乾燥していないに越した事はないな。そのまま輪郭をなぞるも特に細くも太くもない、顔も大きいという訳ではなさそうだ。一般的と言って差し支えない顔立ちなのだろう。その過程で触れる髪がサラサラと指をくすぐってくる感覚がむず痒い。どうやら中々に長いようだ、色は黒で髪質も良好。
そのまま髪を弄る手を眼前へと運ぶ。小さく華奢な両の手、触れれば折れてしまいそうなそれに感慨も抱かず、腕を包む布地に視線を移す。フリルの付いた、黒を基調としたドレスなのだろう。視線を下に落とせば、履いているのはスカートだ。外観から察するに、確か「ゴシックロリータ」なる代物だったと記憶している。
そこでふと軽い違和感を感じ、直ぐに原因を理解する。「記憶」がない筈の自分が「記憶している」という事実、それが違和感の正体。しばらく思考を繰り返し、「思い出などの記憶」はないが「記憶した知識」はあるという結果を把握した。いわゆる典型的な記憶喪失の状態に近いのだと当たりを付ける。
一旦そこまでを整理し、さて今後の行動指針をどうするかと思考の海に沈みかけた、正にその時。何者かの声が身に響く。
『我、不思議で堪らない。理解不能、解析無意味。お前、なに?』
疑問と興味が入り交じった、純粋な声音が質問を投げつけてきた。そんな少女特有の高い音がいきなり発せられるも、やはり周囲に生物は見当たらない。思わず首を傾げ、また言葉は続く。
『今の我は、お前。今のお前は、我。お前、我の意識を封じ込めて、擬似的な
言っている事は支離滅裂だが、この声の出所は……左手に嵌められた指輪? 黒ずんだ宝玉に、お互いの尾を喰みあう二匹の蛇が描かれた、何処か神秘的なもの。
それはきっとウロボロス。
確か生と死、破壊と再生、輪廻転生、不老不死の象徴とも言うべきシンボルを彫り込んだ指輪。……中々に洒落ている。琴線に触れ、気に入った。
『言葉、通じていない? роеиХТψοΤヱ? Who are you? ワレワレハ、ウチュウジンダ?』
「心配しなくとも、聞こえている。あと最後のは可笑しい、疑問文とは違う。そもそも単独、我々では矛盾」
『把握した。それで、お前、なに?』
どうやら理解を示したらしい声の主に突き付けられた、再度の質問。それに応える
「……分からない。記憶も肉体も、今の
『摩訶不思議、奇妙奇天烈。気が付いた時、既に我はこうなっていた。お前と現状の認識は、共有していると同義。ちなみに我はドラゴン』
「ドラゴン……? しかし、お前のこの肉体は人型。変身している?」
『我にとって、容姿も性別も年齢も無きに等しいもの、要は自由自在。少し前は、老いた男を模していた』
己の知識を振り返るに、ドラゴンとは空想上にのみ存在する生き物で、現実に存在するとは知らなかった。記憶がない以上は至極当然なのかもしれないが……そもそも今の状況の不可解さも、ドラゴンの存在並に想像だに出来ないのだが。
とにもかくにもまずは、己をドラゴンと称して憚らない声を知る事から始めた。名前を聞けば「オーフィス」と端的に告げられ、外国人風の名前に耳が慣れない。きっと自分は日本に居たのだろう、人間なら良いのだが。既に投げられた賽をどうこうする手段が今の所は知識にないので、運否天賦と言う他ない。
名前を聞いたのをきっかけとしたのか、聞いてもいない事までオーフィスは語り始める。
曰く、
曰く、そのためにはそこにいる『
曰く、しかし我の力ではグレートレッドを倒すことが出来ない。
曰く、協力者を募ろうとした所で我の意識は途切れた。
ならばと、身体を奪ってしまった詫びではないが、記憶のない自分で良ければその目的を成就するまで位には協力するのも吝かではない。そう判断して、オーフィスの指示に従って移動を始め数時間ほど、ようやっと話は冒頭へ繋がる。
『西に、強い者の気配が3つ。東に、強い者の気配が4つ。南に、強い者の気配が1つ。北には、ない』
「それを聞くのは、これで17度目。その中でも一際な、西の気配に向かっている。既に空で言えてしまう程に耳タコ」
どうやらオーフィスとの旅路は、中々に一筋縄では行かないようで。意思の疎通が満足に図れない現状、舌だけではキエフに連れていってもらうのは難題だろう。正に、旅に着くことよりも楽しい道中が良い、だ。オーフィスとの関係も、ただの「身体を借りる者」「貸す者」ではなく、行き違えば兄弟となるように努めていくとするか……先は、長い。
続きは、まだ書いてないので完全な見切り発車です
「僕だけの子猫」の方が更新は早いかと思われます
「無限の彼方へ、さぁ行くぞ」
『違う。目的地は次元の狭間』