戦闘が始まった とはいっても状況は最悪である
松井の変身した黄金の怪人は、両手から出した触手で清仁の首を締め上げてくる
幾重にも巻かれた、こちらもやはり黄金に輝く触手は、黒い怪人の首にしっかり巻き付き、けして離そうとしない
絞殺される
清仁はそれぞれの触手を掴み、握り締めた だが何人もの怪人を葬った黒い怪人の膂力をもってしても、触手はびくともしない
今度は片方の触手を両手で掴んで、引き千切ろうと試みる 左腕を相手側に、右手は手前側に
しっかり握って引っ張る
しかし効果はなかった 怪人の触手はギシギシと蠢くだけで、切れる気配は全くない
ならば、と、黒い怪人は背中に手を回した 引き抜いたのは、刃がない一本の片刃剣
ゲルブレードスラッシャーで切断する腹積もりである
剣を振り上げた だが、その手に触手が絡み付く
片手から一本ずつ出していると、いつ錯覚したのか 人体にはない器官の触手だと思った だがそれは、大いな間違い
松井は、両手十本の指全てを、伸縮自在にできるのだ それが奴の異形の力
やや離れたところから首を絞めてきたので、手を確認する余裕はなかった
肩、腹、腰、足
次々と触手が、清仁の体を締め上げてくる
ゲルブレードを持つ右腕は捕まえられてしまった この触手を切断する術はない
そしてそうしている間にも、喉に敵の指が食い込んでくる 伸ばされた指が、絞殺を狙っている
酸素を摂取できなくなった 呼吸が止まり、視界が妙になる
苦しい 息苦しい
あと一歩、松井が力を込めれば、清仁はたちまちのうちに死んでしまう
せめて相手が殴れる距離にいれば、この状況もなんとかなるのに
なまじ伸ばされた触手は、完全に清仁の身動きを止めた
いや、左腕はどうにか動く 左手に触手は絡んでいない
動かせる
だが、相手は遠くにいる 殴ることはできない
なら遠くに攻撃を届かせるしかない
清仁は、左腕に意識を集中した
首を絞められていくことも忘れ、身体中を縛り上げられていることを忘れ、ひたすらに左腕に意識を向けた
来た
そう認識したその時、黒い異形の腕に付いた孫の手状の器官が、先端を前方へ向けた
展開されたそれは曲がった先っぽを、また曲げる
先端が尖端となるように、曲がる
黒い怪人は器官を黄金の敵に向けた
ブロークンサンダーのように電気を纏い、尖端が体液の奔流に乗り、飛ぶ
何メートルも先の相手へ、飛ぶ
孫の手状の器官は槍となり、松井の胸部に突き刺さった
もがく黄金の敵
片腕分の触手を指に戻して、突き刺さった槍を掴む
予想だにしなかった反撃に動揺し、予想だにそなかった激痛に慌てて、もう片方の手から伸びる触手の力が、大幅に衰えた
清仁は身体中に伸びた怪人の触手を振り払う
今度は右手の器官を変形させる
松井は胸の槍を抜くのに必死だった 避けられそうもないだろう
右腕を向け、槍を打つ
放った一撃は遠距離にいる黄金の怪人の額を、いとも簡単に穿った 刺さった衝撃で頭部が吹っ飛び、その頭部にくっついている首から下も跳ねて、最後に足が揺れた
そして、爆発
松井県知事の肉体は、異形のまま粉々となり、チリも残らず消えて無くなった
黒い怪人はそれをじっと見届ける
大きく息を吸った
数十秒ぶりの酸素は、これ以上なく旨い
大きく息を吐いた
数十秒ぶりに出ていく二酸化炭素は、名残惜しそうであった
黒い怪人は上を向く
女性と子供が、こちらを見ていた
信じられないものを見たような目で
そういえば、松井はこのマンションの十階に住んでいた
彼女たちがいるのも十階だった
興味もない
黒い異形は、常人には不可能な俊敏さで去った