御神と不破   作:しるうぃっしゅ

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序章
第1話:暗殺集団北斗


 

 

 

 

 

 

 簡単とは言えないまでも、十分に実行可能な任務のはずだった。夜の一族(・・・・)と呼ばれる人外達のなかでも、その名を轟かせる数多の名家によって選りすぐられた精鋭中の精鋭。その気になれば独力で一つの街を一夜にして壊滅させることが可能な力を持った化け物達。如何なる障害も踏破し、犠牲を払ってでも自分達の任務を完遂する戦闘者。そこまでの力を持った連中が集められ、とある仕事を任された。その数じつに四十五人。

 

 内容は単純で彼らの主の害となる存在の抹消。彼らが普段行っている仕事となんら変わり映えのない任務であった。だが、それを受けた彼らは眉を顰めることとなった。如何なる任務も表情一つ変えることなく実行する者達が、そのような対応をとったのは何故か。理由は簡単で、彼らが目的とする相手、それが尋常ならざる存在であったからである。

 

 暗殺集団、北斗(ほくと)

 その集団は『破軍』を筆頭として、『武曲』『廉貞』『文曲』『禄存』『巨門』『貪狼』の通り名を持つ七人が所属し、そしてその七人ともが夜の一族と呼ばれる種族で組織されていた。

 

 

 夜の一族とは吸血鬼や人狼、鬼といった存在の総称であり、それぞれが人を容易く超えた身体能力を誇っている。そんな彼らではあるが、現代において人間と敵対する者達は少数となっていた。科学が進歩し、人口も増大した現在ではわざわざ敵対するメリットなどありはしない。故に彼らは時代の闇に潜み、人間達と共存するようになっているものが多数派となっている―――勿論数多くの例外(・・)はあるのだが。

 

 そのような事情など知ったことかと好き勝手に振舞っている存在が、北斗である。重ねて言うことになるが僅か七人で構成された暗殺集団。依頼があれば、どんな相手でも暗殺する。そこには正義も悪もない。夜の一族としての事情も思惑も、人の世の理も考慮しない最悪にして最凶のチーム。ただ彼らは依頼された任務のみを実行する。

 

 単純な話となるが、彼らはあまりにも夜の一族の世界から逸脱してしまった。彼らが本領とする世界の闇で行動するだけならまだ許されたのかもしれない。だが、北斗は夜の一族と人との境界を越えて活動することも多く、それが他の人外達の敵意を買うこととなり……今回の掃討作戦へと至ることになるのは自明の理であった。しかしながら、北斗を抹殺するために集められた精鋭中の精鋭―――荒事を専門とする彼らが二の足を踏む理由。それは単純明快で、北斗を構成する七人は人外達の中でなお―――逸脱している怪物達であり、その名を闇の世界で轟かせる嘘偽りない強者という理由だ。

 

 特に彼らが踏ん切りがつかないのにもわけがある。先に挙げた理由もだが、七人の中でも特に恐れられている存在がいた。

 北斗が長『破軍』。猫又という弱小にも分類される種族でありながら、その力量は夜の一族のなかでもあまりにも飛び抜けすぎた領域に到達していた。人外の究極。化物の頂点。闇の超越者。数多の称号を戴く、最強の九人に匹敵する至高の極地。日本という島国において彼女に勝る存在を探す方が難しく、比肩する者すら片手の指でたりるほど。すくなくとも破軍とやりあって勝てると考えられる楽天家は、集められた彼らの中にもいなかった。果たして彼ら四十五人が何人生き残れるか、というレベルの結果になるのは目に見えていたからだ。

 

 そんな不安を晴らすかのように、彼らの上役である夜の一族の上位種達がある手段を取った。単純な方法であり、もっとも厄介で凶悪な破軍に対して、とある暗殺の依頼を持ちかけ北斗の拠点としているアジトから引き離したのだ。残されたのは残りの六人。その名を轟かせてはいるものの、破軍さえいなければ十分に任務を遂行可能と読んだ全員の意思のもと、北斗を潰すために精鋭達は動き出した。六人さえ排除すれば、残りは破軍ただ一人。如何に頂点に近いといえど、単体ならばどうにでもできると踏んだ彼らに落ち度を求めるのは些か難しい話だろう。

 

 様々な策を立てれど、それは最初の段階から躓いていたのだ。破軍という名の巨星を長として戴く六人もまた―――夜の一族の領域を容易く突破した十分すぎるほどの怪物たちであったのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 音もなく、声もなく、カーペットの上に崩れ落ちるのは男達。赤いペンキをぶちまけたかのように床や壁を染め上げるのは多量の真っ赤な鮮血。目つきの悪い長身の男が右手で大振りのナイフを弄んでいる。そのナイフは血まみれで、目の前の惨劇を引き起こしたのは彼であるということを証明していた。恐怖で顔を引き攣らせているのは仲間を無残に殺された黒ずくめの男達で―――既に正門から突入した人数の半分、十人が物言わぬ躯となっている。

 

 館へと突撃した男たちを迎えたのが館の扉を開けたすぐの上り階段に腰を下ろしていた目つきの悪いこの男ただ一人。完璧な奇襲のはずが読まれていたことに疑問を覚え、驚いた一瞬の隙の出来事が目の前の殺戮であった。反応を許さぬ超絶速度。瞬きをした一瞬で座っていたはずの男は突入してきた黒ずくめの男たちの首をナイフで掻っ切っていた。 

 

 その速さ、強さに完全に腰が引けている襲撃者達を目の前にして、目つきの悪い男は一つ嘆息する。彼らが何者かわからないが、こうして奇襲を仕掛けてきた以上目的は簡単に推測することができたからだ。自分たちが夜の一族としてやりすぎていることは理解していたが、ついに他勢力から実力行使を取られてしまったことに対して面倒ごとになるなと二度目の溜息をついた。

 

「面倒くせぇが……まぁ、しゃーねぇか。破軍が帰ってくる前に……ん? タイミングが良すぎるな。まさかあっちも罠なんか?」

 

 全く襲撃者を警戒せず、天井を見上げぶつぶつと独りごとを呟く北斗のメンバーに、僅かとはいえ隙を見つけた男達が行動を開始する。現状ここから逃げることは不可能だろうし、逃がしてもらえるとは思えない。逃げ出すにしても目の前の独りごとを言っている北斗の男をどうにかしなければならないのだから、全力を持って目の前の男を殺しきる。凄絶な覚悟を胸に抱き、男たちがその場から動き出そうとした瞬間―――。

 

「さっさと片付けて下さいよ、貪狼(・・)

 

 平坦ながらどこか呆れた感情を乗せた声が、黒ずくめの男たちの背後から耳を撫で付けた。ぶわりっと押し寄せる死の予感。反射的に振り返ろうとした男たちよりなおはやく、鋭い小剣の切っ先が躊躇いなくそのうちの三人の右胸を貫いていた。認識するよりさらに速く、理解するよりも遥かに速く。遅れてやってきた激痛と口の奥からせりあがってくる血。さらには置き土産と言わんばかりに振り返った二人の喉元を小剣が貫いた。

 

 瞬きする間に五人を屠った人物は、シャランっと綺麗な音をたてて小剣についていた血を振り落とす。こんな場所に相応しくない神父のような服装の体格の良い男性。それに対して貪狼と呼ばれたナイフを弄んでいた男性が、ああっと短く声を上げる。

 

禄存(・・)か。わりぃな……ちょっと考え事しててよ」

「油断、はよくありませんよ? 如何に雑兵とはいえ追い詰められた鼠は猫を噛むとも言われています」

「わーてるよ。油断はしてねーけど、気は抜いていたってのはあるかもな。悪かった。まぁ、ちょっと気になることがあってな」

 

 それぞれが属する夜の一族の名家の中でも精鋭を自他ともに認められる彼らが雑兵扱いされたことに、生き残った者達の心に怒りの炎を灯すことはできなかった。一分にも満たない時間でそう言われても仕方のないほどに力の違いを思い知らされたのだから。

 

「気になることですか?」

「ああ。いくらなんでもタイミングがよすぎねーか? 襲撃のよ」

「タイミングが……? ああ、確かに。破軍がいないことがわかっていたかのような様子ですしね」

 

 ぬらりっと二人の北斗の視線が黒ずくめの男達を刺し貫いた。まずいっと判断した彼らは体中を束縛する不可視の圧力を引き千切り、その場から脱兎の如く遁走を開始する。その姿を目で追っていながら全く追おうとしない二人に疑問をいだくも、その謎は次の瞬間には氷解した。

 

 突如として館の入り口を覆うような巨大な肉壁が出現したからだ。ギョっと目を見開く彼らは愕然とそれを見た。それは巨大なスーツ姿の巨漢であった。だが、巨大と言っても精々が二メートル少し。館の入り口を覆えるほどの規格外の体格ではない。ならばなぜそう感じたのか。それは単純にその巨漢が放つ莫大な圧力故に、である。一切の油断も、緩みも、手心さえも与えない、完全完璧な強者の放つ容赦のない殺気。そのオーラとでもいうべきそれが、逃げ出そうとした男達の認識さえも歪ませた。

 

「ッカァッ!!」

 

 轟、と真上から振り下ろされた巨漢の拳。普段であれば何かしらの回避行動ができたのかもしれない。それを許さぬ強者の圧力によって、避けるという思考をも放棄させ、かろうじて取れたのは腕を頭の上で交差させ防御の体勢をとることが精一杯であった。まるで隕石でも降ってきたかのような威力と圧力をそのままに、ぐしゃりっと不吉な音を残して防御ごとその男を叩き潰した。館を揺らす地響きとともに、その場に残されたのは円状にへこんだ床と奇妙にひしゃげた人の形を残さぬ何か。

 

 シッという呼吸音が巨漢の口から漏れ、放たれた裏拳が隣にいた男の横っ面を強かに打ち据えた。骨が砕ける音をその場に残し、ダンプカーに跳ねられた人間よろしく弾き飛ばされ壁に激突。次いでズンっと床を踏み砕く震脚が響き渡り、音を置き去りにする正拳突きが前方にいた黒ずくめの男の胸を穿ち貫いた。

 

 残された二人はようやくそこで我に返り、地面を蹴りつけ加速。巨漢の横を走り抜け地獄の門を突破し館の外へと離脱することに成功した。空を満たし輝く星々と光り輝く月光に照らし出される夜の世界。その空間へと逃げ出した男二人はなんとか追っ手をまこうとさらなる加速を試みて―――ペキョっというもの悲しくも笑いを誘うような奇妙な音を聴いた瞬間、視界が暗転した。首が百八十度曲がり折られた男二人が地面を勢いよく転がっていく。やがて止まるとしばらくの間はピクピクと震えていたが、そのうちに身体の胎動は治まりを迎えた。こんな不可思議な出来事が起きたというのにこの場に残された三人の男達は眉一つとして動かさない。まるで当然のことと受け止めているかのようである。

 

「ツメがあまいネー、巨門(・・)

 

 ケタケタと楽しげに笑う男の声が聞こえる。どこから聞こえるかと思えば突如として館の門の上からまるで蝙蝠みたいに逆さになって細目の男が現れた。その細目の男は、門の上の隙間にでも足を引っ掛けてぶら下がっていたのだろうか、軽業師もかくやと空中で一回転、地面へと降り立つ。

 

「お前がいたのがわかっていたからだ、廉貞(・・)

 

 見かけ武人を思わせる巨漢―――巨門は、彼の姿に相応しい低音の声で揺れることなくそう答えた。元々非難するつもりなどなく、からかう程度の意味合いの台詞だったのだろう、廉貞と呼ばれた細目の男はニコニコと薄ら寒い笑みを浮かべながら、そうだったネと返答する。今しがた男二人の首を捻り殺したというのに笑みを浮かべられるなどまともでないのだろうが、ここにいる北斗四人にそういった感情を抱けというほうが無理なかろう話であった。 

 

「で、こいつら何ネ? ワタシ達に何か恨みでもあったのカ?」

「随分と大所帯での襲撃だったようだな。……正門からでも二十……五人か。誰か心当たりはあるか?」

「ありすぎてわっかんねーって。てか、一人くらい生かしておけよ、お前ら。情報ききだせねぇーだろうが」

「一番殺している貴方に言われたくない台詞ですけどね、それ」

 

 和気藹々と死体が転がり血の海となっている惨劇の現場で語り合う四人。もし仮にこの場に無関係の人間がいて、先程の殺戮の舞台を見ていなかったとしても―――この光景だけで彼らの異常性は自ずと理解できるであろう。その時、ふと貪狼が思い出したかのようにある言葉を口に出す。

 

「つーか、お前ら全員こっちきてどうすんだよ? 冥の姐さん―――って、武曲(・・)の方は大丈夫なのか?」

 

 平然と十人以上の同胞の首を掻っ切ったとは思えない貪狼が、どこか心配そうに語るその内容は一人の無事を確認する台詞で、違和感を拭えない。

 

「いや、姐さんはさっきからお風呂はいってたからネ。護衛からワタシは外れているんだヨ」

「おい、じゃあ何か? 姐さんは今一人ってことか? 風呂場で? こいつら以外の敵が攻め込んできたらどうすんだ? てか、きてんだろ確実に。気配が滅茶苦茶するじゃねぇか。ぶっころすぞテメェ」

 

 廉貞の何でもないような返答に、貪狼の額に青筋が浮かぶ。それにしょうがないなーこいつは、的な思いでもあるのか廉貞は肩をすくめる。

 

文曲(・・)が一緒に入浴してるからネ。まぁ、大丈夫じゃないかナ」

「それなら問題はあるまい。貪狼もあまり怒るな。流石に風呂場までこいつが護衛にはいるわけにもいくまい。それに廉貞……お前はあまり貪狼をからかうな。こいつは武曲に関することに対しては沸点が低すぎる。わかってるだろう?」

「全くもってその通りですね。貴方は子供ですか、貪狼」

 

 二人の間をとりなす巨門。それに続く禄存の鼻で笑う台詞に、破軍を神のように信仰するお前が言うか―――と言った意味合いを含んだ生暖かくも呆れた視線を三人が向ける。その視線を理解できないのか、訝しげに眉を顰める禄存。

 

「まぁ……文曲がついてるなら問題ねぇな。そんならこっちはこっちで仕事に取り掛かるか」

「そうだネ。破軍が帰ってくるまでに綺麗にしないと怒られるかもヨ」

「襲撃者よりも掃除の方が手間がかかるというのも皮肉な話ですね」

「……同感だ」

 

 はぁ、と深い溜息をついて、この場にいる四人は館の入り口に散らばっている死体と血の汚れを落とそうと掃除にかかるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 館の正門から突入した男たちとはまた別ルート。即ち裏口からの奇襲を仕掛けようとした襲撃部隊は、館の中に踏み入ることなく裏庭にて足を止められていた。彼らが踏みとどまった理由、それは裏口の前に一人の女性が立っていたからだ。

 

 体格は女性としてみれば平均を若干超えた程度。即ち身長は百六十を少し超えた程度だろうか。ウェーブのかかった茶色の肩まで伸びた濡れた長い髪が風に吹かれて揺れていた。顔立ちも整っており、こんな場所でなく日常の道端などで通り過ぎれば反射的に振り返ってしまうほどに異性の目を惹き付ける。そんな美女が若干不満そうに眉根を寄せているのは、彼女の今の格好を見れば一目瞭然だ。何故ならば、気配を感じ急いで入浴からあがったのだろう、バスローブを裸体の上から羽織っただけの姿だったのだから。恐らくは下着すらつける間も惜しんだのか、バスローブで身体を隠しているものの、その豊かな双丘がちらりっと隙間から見え隠れしていた。健康的な美というものを感じさせる姿ではあるものの、さらに目を引くものとして、何故か首から口元までを隠す大きなマフラーを巻いている。そんな物を巻く暇があったら下着をつけたほうが良かったのでは、と男達は敵ながらふと思ってしまった。

 

 眼前に広がる男たち―――計二十名。その数を前にしても女性は微塵も揺るいでいる様子は見られない。この館にいる以上、間違いなく北斗の一員。それを理解している彼らは、先程一瞬とはいえ感じた緩みを引き締めなおす。如何に奇妙な格好をした女性といえど油断などしてはならない。速やかに相手を無力化する―――そう決めた瞬間の出来事であった。

 

 ボッという風を貫く音がした。その音がしてから遅れること数秒、地面に崩れ落ちる音が続く。地面に転がる男三人の肉体と血の海。胸元に風穴を開けられた、と他の者達が理解する間もなく、女性が何時の間にか手に携えていた槍の穂先がもう一度ぶれた。その踏み込みの速さ、尋常ではない。男たちの視認できる速度を遥かに超えていて、気がついたときには仲間が突殺されている。女性は何か特別なことをしているわけではない。見る人間が見れば分かるが、基本なのだ。右手で柄尻に近い側を、左手で若干離れた場所を握り、僅かに腰を落とした構え。軽く握った左掌を滑らせながら右手の力で突き出す。突き出す速度も驚異的だが、引き手のスピードもそれを超えている。連続して放たれる突きは三段突きでありながら、一度しか突いたように見えないほどであった。やがて驚きから回復し女性との距離を詰め様とした者から順に彼女の槍は容赦なく狙って落としていく。文字通り手も足も出ない。それを可能とするのは槍という長い間合いを誇る武器を完璧に使いこなした達人レベルでの空間支配とでもいうべき領域展開の結果とも言えた。

 

文曲(・・)……もういいよ」

 

 ピタリっと殺戮の嵐が突如として終わりを告げた。油断なく槍は構えているものの文曲と呼ばれたマフラーの女性は裏口の前で静止している。そして一拍してから、カチャリっと裏口のドアノブが金属音を鳴らして開かれた。

 

 扉から出てきたのは一人の少女。こんな死地においてなお、男たちの視線はその少女に釘付けとなった。彼女はまるで人形のような少女であった。文曲とともに入浴していたのか、流石に髪をかわかす暇がなかったのだろう、背中まで伸びた若干紫がかった黒髪が湿り気を帯びているがバスローブ姿の文曲とは異なり、キチンと服は整えている。目が僅かに釣り目がちではあるものの、そんなことなど気にはならないほどに容貌が整っていた。見える肌も侵し難い白雪のように穢れなく、上質の陶器のように滑らかだ。背は小さく、体つきも幼い。されどそれが少女の存在に神秘性を与えているかのようであった。夜の一族とは美形が多いなれど―――ああ、その(かんばせ)や、妖精が如き可憐端麗、絶佳の如し。

 

 しかれども、この妖精を異端たらしめているものが左手に一つ。否、一振り。小柄で幼い身体とは対照的な、鞘におさまった刀。その長さや三尺余。それを重さを感じさせずに左手に携えて、地面を歩く音も響かせず無音で男たちへと近づいてくる。いや、文曲の側へと到達すると、ぽんっと彼女の身体を軽く叩く。

 

「悪かったね。でも後は僕に任せてよ」

「……」

 

 ふるふると首を横に振った文曲に、少女は苦笑。

 

「お前の気持ちは分かるけどね。僕の気持ちもわかってほしいな。娘同然のお前の身体を有象無象に見せてなんてやりたくないんだ」

「……」

 

 逡巡は一瞬。コクリっと今度は顔を縦に振った文曲は、構えを解くと一歩下がる。逆に少女は前へと足を踏み出してきた。それだけでユラリっと空気が奇妙に熱を帯びた錯覚を生み出す。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ……なな、か。あまり残っていないね。文曲の優秀さを褒めるべきか、キミ達の不甲斐なさを嘆くべきか」

 

 その歩法。無音で歩み寄ってくるその姿。見かけは少女―――だが、身体が、頭が、なにより夜の一族の本能が警鐘を激しく鳴らしている。この少女は、この()は駄目だ、と。男達が知っている夜の一族の名家達。一族の中でも上位種と呼ばれる男達の主を持ってしてもこれ(・・)には及ばない。正真正銘―――怪物のなかの怪物だ。なんだ、この女は。なんなのだ、この存在は。警戒すべきは破軍だけではなかったのか。一体この女は―――。

 

「北斗が序列二位。武曲―――それが僕の戴く称号だ。それを冥土の手向けに持っていくといいよ」

 

 

 刀を抜いて紫電一閃。混乱の極みに至っている黒ずくめの男たちは、少女の一挙手すらも見切れなかった。その動作、その挙動、飛燕の早業。抜き打ちすらも見せずに彼女の―――武曲の刀は男達の頸を撫で切った。七人を葬るのに要した時間は僅か二秒。まるで息をするかのように、花を摘むかのような気軽さで。刀の妖精が得物を納めて踵を返した瞬間、首が落ち吹き上がる血の噴水。何の感情も浮かべずに七人を斬り殺した武曲は、やれやれと吐息を漏らした。その姿や、なんと可愛らしくも美しいことか。後ろに広がっている死山血河がさらに彼女の姿を引き立てる。

 

「……まずったなぁ。つい全員斬ってしまったけど……誰の差し金か聞き出せばよかったかな」

「……」

 

 武曲の姿に見惚れていた文曲であったが、そういえばそうだったかもしれない、と首肯した。とはいっても既に全員が皆殺しなのだから、どうしようもないのだが。

 

「正門の方からも攻め込んできてるみたいだし、そっちに期待しようか」

 

 こちらと違って正門には感じられる限り、北斗のメンバー四人がいる。それならば一人くらいは生きて捕まえているだろう。そんな希望的観測をしながら、武曲は文曲を引き連れて館の外をぐるりと回って正門側へと向かおうと足を踏み出し―――止めた。

 

「お、何々? 私がいない間に何かあったの? おしかったなー、もうちょっと早く帰ってこればよかった」

 

 裏庭に広がる惨劇を気にも留めず、逆に面白そうなものをみるかのように一人の女性がカラカラと笑いながら奥に広がる暗い森から姿を現した。

 

「なんだ。お早いお帰りだね、破軍(・・)

「なんだよ、なんだよぅ。破軍だなんて他人行儀な。何時もどおりお姉様って呼べばいいじゃーん」

「お姉様だなんて僕の生涯で一度も呼んだことはないけどね、殺音(アヤネ)

 

 その返答に満足したのか、北斗が長破軍は武曲の下まで歩いてくるとワシャワシャと力強く彼女の頭を撫で回す。乱雑な扱いに、さしものの武曲も些か不満げな顔つきで破軍の手から逃げ出した。入浴後のためまだ髪の毛を手入れしていなかったのが幸いだ。ぐやぐちゃにされた髪の毛はあとでしっかりと手入れしておこうと心に決めたところでふと気づく。破軍の機嫌がかつてないほどに良いことに。

 

 

「……何か面白いことでもあったの?」

「おおっと。それに気づくかぁー。流石は我が愛しのまいしすたー。うんうん。あったあった」

 

 パァっと花咲く笑顔で両手を広げ、これ以上ないほどの上機嫌を見せ付ける。

 

 

「今度の依頼がね。面白そうなんだ。うん、間違いなくね」

 

 嫌な予感がする。武曲は素直にそう思った。

 殺音が面白そう―――そう表現するなど滅多にないことだ。そもそもが、彼女は他の北斗メンバー六人とは感覚が随分と異なっているのだ。

 

御神の一族(・・・・・)。それが次の依頼の標的だってさぁ」

 

 まじか……顔を引き攣らせて武曲は言葉にならない呻き声をあげる。日ノ本の裏に潜みし暗殺一族。人の身でありながら夜の一族とも渡り合える正真正銘の人外の域に達した人を超えた人。これまで受けてきた依頼の中でも間違いなく最上位となる化け物集団。しかも御神の一族のだれそれではない。標的は一族(・・)だとはっきりと言い切った。幾らの報酬を約束されたか不明だが、割に合う合わないの話ではなかった。しかしながら最高にテンションをあげてしまっている破軍を折れさせるのは不可能だろう。こういったときの彼女は絶対に自分の意志を曲げないのだから。

 

 

「うん。最高だなぁ。本当に本当に本当に―――楽しみだよ」

 

 

 夜天に煌く月を見上げ、にへらっとだらしなく笑みを浮かべた破軍が心の底からの笑顔を浮かべて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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