御神と不破   作:しるうぃっしゅ

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第5話:変わり行く日常2

 

 

 

 

 

 

 入学式は特に問題も起こらず―――起きるはずもなく、つつがなく終了した。

 学生は各々の教室に戻り一時間ばかりのオリエンテーションが行われ、それが終わるとともに、帰宅という形となっている。運動系の部活が強い風芽丘学園では、早速将来有望な一年生を獲得しようと、それぞれの部活の二年生と三年生が部活動紹介という形で、一年生にアピールしていた。

 

 美由希はオリエンテーションが終わり、クラスメイトが教室から出て行ったあともまだポツンと自身の席に座っていた。入学式でまだ初日ということもあり、様子見という態度で教室を去るクラスメイトも多かったが、人当たりのいい人間はすでに何人かと話に華を咲かせていたのだが、生憎美由希はどの輪にも入れていなかったのだ。美由希や帰って行った生徒以外にもそういったグループが何組か残ってはいる。

 はぁ……と深い深いため息をつく美由希。幼いころのある出来事が、人と深く接するという行為に歯止めをかけていた。それ故に、美由希も恭也と同じく友達は少ない。

 

 確かに寂しいとは感じる。同年代の少女達はきっと同性と色んな場所に遊びに行ったり、異性と付き合ったりするのだろう。素直に羨ましいと思ってしまうときもある。だが、これは自分で選んだ道。恭也とともに御神流を極めんとしているこの道は、幼いころの自分が確固たる意志のもとに―――選んだのだ。

 

 ―――決して後悔だけはしない。

 

 美由希が椅子から立ち上がり、廊下へとでようとしたとき、楽しそうに話していた女生徒の一人が美由希を見つけた。

 

「あ、えーと……高、町さん? 気を付けてねー」

「は、はい。さようならです」

 

 まさか苗字を覚えているとは思わず引き攣った返事しかできなかった。愛想笑いを残し、教室をでていった美由希。まだまだ中から談笑する声が聞こえた。気が重くなったが、恭也や明。それにレンをまたせているかもしれない。そう考えた美由希が多少早歩きで階段へと足を進ませようとしたとき―――。

 

「えぅ!?」

 

 ドンという何かとぶつかる衝撃が美由希に伝わってきた。そして、妙に可愛らしい声が聞こえ、眼前に舞う紙吹雪……いや、書類だろうか。転んだように廊下で尻餅をついているのは……一人の少女。胸元の黄色のリボンを見るところ新一年生だろう。バッサバッサという音を立てて少女の周辺は書類で埋め尽くされる。 

 

「あわわ……ご、ごめんなさい」

 

 少女は慌てて落ちた書類を拾い集める。小動物―――リスやハムスターのような雰囲気の少女だった。美由希よりも幾分か低い身長。髪の長さは一緒くらいだろうか。黒髪三つ編みの美由希に対して少女は茶髪のストレートをリボンで結っている。かといって染めているというわけではないようだ。とても綺麗な、自然な茶色の髪なのだから。中学生と言っても通りそうな童顔の少女が謝りながら書類を拾っているのを見ると罪悪感がわいてくる。

 

「すみません。前をしっかりみてたらぶつからなかったのに……」

 

 少女と一緒になって落ちている書類を拾う。

 そんな美由希に対して、少女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「いえ、そんなこちらこそ申し訳ありません」

 

 泣きそうな表情の少女はひたすら美由希へ謝ってくる。美由希は何か凄く悪いことをしたような気持ちになりながら一緒になって拾い、すぐに全てを拾うことができた。枚数を数えていた少女だったが、確認し終わった後パァっと笑顔を見せる。どうやらきちんと全ての書類があったらしい。

 

「あ、あの有難うございます。拾っていただいて……この御恩は一生わすれません!!」

「私が前に注意してればぶつからなかったわけですし」

 

 たかが拾ったくらいで一生の恩になるとは思っていなかった美由希だったが、なんとかどもらずにそう返すことができた。少女はぶんぶんと顔を横に振ると、書類を持ちながら器用に美由希の右手をつかむ。

 

「あ、あの……うちは如月紅葉といいます。一年C組なんですけど……貴女は?」

「えっと、高町美由希と言います。このA組ですね」

「高町、さん……本当に有難うございました」

 

 手を離し、ぺこりとお辞儀をする紅葉。美由希も太郎の時とは違いあっさりと自己紹介をする。紅葉と名乗った少女は太郎のような不吉な気配など微塵も感じないのだから当たり前といえば当たり前の話だ。

 

「おーい!!如月ー!! 早く職員室にいっくよー」

 

 遠くから紅葉を呼ぶ声がする。声の方角には一人の女性―――というか少女としか表現しようがない身長の―――スーツを着ている女の子が居た。制服を着ていないということは、生徒ではないのだろう。まさか先生かとも思ったが、あの身長でそれはないだろうと判断する。それもその筈、遠目ではあるがその背丈は百四十にも届かない……いいところ百三十五程度のちんまりさだ。

 

「あ、今行きますー鬼頭先生」

「先生!?」

 

 反射的に突っ込んでしまった。恭也相手にはよく突っ込みを入れるがあって数分の少女に突っ込みを入れることになるとは予想もしていなかった美由希だ。遠くにいたせいで鬼頭とよばれた―――紅葉の発言曰く先生は、聞こえていなかったのだろう。特に反論をするでもなく紅葉に向かって手を振っている。当然そばにいた紅葉は聞こえているわけで、苦笑しつつ、鬼頭の方へを歩いていく。

 

「鬼頭先生って身長のこと少し気にしてるので、あの人の前ではいわないであげてくださいね」

「あ、はい。すみません」

 

 優しく微笑んでそう告げた紅葉に思わず謝ってしまう美由希。なんとなく、そんな優しい雰囲気を纏っているのだ。目の前の如月紅葉という少女は―――。お辞儀をして去っていく紅葉を見送り、美由希も恭也達と合流するために階段をおりようとして、ふと気づいた。

 

「―――気配が、なかった?」

 

 ぽわわんと緩んでいた美由希の背筋が冷たくなる。そうだ。その通りだ。何故気付かなかったのだろう。美由希とて達人の域にいる御神の剣士。気配を消したり、気配を探ったりする術は学んでいる。いや、それは美由希の中では相当なレベルで行えると自負している。

 

 普段の恭也との鍛錬……及び実戦を想定した試合は広大な森林を利用する。ずっとそんな空間で試合をしていれば気配の消し方、探り方は嫌でも成長する。それこそ野生動物並みに。幾ら学校という場所で気を抜いていたからと言って、気付かないはずがない。感じ取れないはずがない。

 

 山田太郎。如月紅葉。

 

 この数時間足らずで得体のしれない人間に二人も会ったことに言いようのない胸騒ぎが美由希を襲っていた。その胸騒ぎを振り払いつつ美由希は一階へと向かう。まだ結構校内に生徒が残っているのか、多くの生徒たちとすれ違う。校舎から出ると、校門までの道が生徒で埋まっている。まさに雲霞のごとし。

 

 道の両脇では各運動部がそれぞれ勧誘活動を行っているようだ。一人でも多くの新入部員を得ようと、熱心に勧誘している様子は見ているこっちがひきそうなほどだ。恭也達はどこにいるだろうかとキョロキョロ周囲を見渡すが、人が多すぎて流石にすぐには見つけられない。待ち合わせ場所をきめておけばよかったかなと少し後悔する美由希だった。携帯電話は生憎と家に置いてきている。風芽丘学園では携帯の持ち込みは禁止されているからだ。もっともそれはほとんど建前であり守っている生徒の方が少ない。

  

「っ!!」

 

 嫌な予感を感じ、その場から前に飛ぶ。振り返ってみれば、先ほどまで美由希が居た場所で恭也が驚いた顔で固まっている。鍛錬の時ほどに集中していなければ気付けなかった僅かな気配を出していた恭也の奇襲―――というには大げさだが―――に反応できたことに心底驚いているようだ。

 

 日常の美由希ならば間違いなく気付けなかったであろう恭也の気殺に反応できたことは、恭也の予想を上回るものだったのだろう。幾ら美由希が気づく機会を与えるために僅かな気配を敢えて出していたのだとしても。でなければあの鉄面皮の恭也がここまで表情を表に出すようなことはしないはずだ。立て続けに尋常ではない二人にあったせいで神経が過敏になっていたようだ。それ故に恭也の気配に反応することができた。

 

「くっ……まさか、お前に気づかれるとは……」

「ふふん。私だって成長しているんだからね!!」

「ぐぅ……死んだほうがましなくらいの屈辱だ」

「そこまで言わなくても!?」

 

 酷い落ち込みようの恭也に対して鋭い突込みを入れる。一体どれだけ凹めばいいのだろうか。ずぅんと効果音が聞こえるほどに恭也は暗い顔をしていた。

 

「おししょー。元気出してください。そこは美由希ちゃんの成長ぶりを喜べばええんやないですかー?」

「うわっ!?」

 

 今度驚いたのは美由希のほうだ。気配を悟らせずに、レンが美由希の背後にいたのだから。別に気配を消していたわけではない。普段の恭也と同じように気配を一般人レベルまで落としていただけだ。そのため、美由希は背後にいたレンをただの一般生徒と知覚していたのだ。

 

「それもそうだな……」

 

 レンの励ましになんとか立ち直る恭也。そんなに落ち込むのなら完全に気配をけして仕掛けてくればいいのにと美由希は思わなくもなかった。 

 

 それにしても問題は―――レンだ。

 美由希に気づかれないほどの気殺をあっさりとやってのける中学一年生。そんな使い手が果たして日本全国を探し回った所で見つかるだろうか。少なくとも美由希は年下でありながら勝敗がどう転ぶかわからない相手をレン以外知らない。

 

 この少女は美由希をして―――底が見えない。

 どれほどの実力を隠しているのか、掴めないのだ。全力を出している時を見たこともなく―――晶との戦いの時も一目で手を抜いているのがわかる。

  

「美由希ちゃん……うちの顔なんかついとる?」

「え? ご、ごめん。なんでもないから」

 

 まじまじと注視していたのだろう。レンが自分を見つめている美由希を不思議に思って首を捻る。流石に不躾だったかとちょっと反省する美由希だったが、恭也とレンだけしか見当たらない。

 

「あれ、晶はー?まだ来てないの?」

「ああ、晶か?晶ならあそこだ」 

 

 恭也が指差す方向―――校舎の影になるような位置に大きな木がはえている。その影に一人の少女が倒れていた。どう見ても晶だったが、肝心の彼女はピクピクと痙攣しているのが遠目でもわかる。

 

「えっと……どうしたの、晶?」

「まぁ、何時ものことだ。お前を待っている間にレンと晶が少しな」

「あ、あははー。一応他の人の邪魔にならないよー気をつけて相手したんやでー、うち」

 

 美由希にたいして弁解するようにレンが両手を顔のまえでわたわたと振りながら答えたが、周囲の生徒達が妙に三人……いや、レンをちらちらと見てきていた理由に納得した。恐らくだが、美由希が来る前に何時もの如くレンと晶の言いあいが勃発。家ならいるストッパーこと高町なのはがいなかったために段々とエスカレートしていき、何百回目になるか分からない拳での語り合いになったのだろう。

 

 恭也と美由希ならばもはや見慣れているためなんとも思わない戦いではあるが、良く考えたら一般人がみたらとんでもない光景だろう。何故ならレンと晶の戦いは現在レンの完全勝利で終わっているが―――大概その戦いの終結は寸頸による一撃で意識を奪われてか、四肢の動く力を奪われてである。ちなみに年若いレンではあるが、その錬度は計り知れず、晶の身体が数メートル近く吹き飛ばされるため、知らない人が見たら目を丸くすること間違いない。

 

「外に居る時はほどほどにしないと駄目だよー?」

「入学式のせいでテンションあがってたんかなー。何か何時もより晶をとばしてしもーたんや」

「うわー。それなら回復に時間かかっちゃうかな?」

「いいのいれてもーたし……数分くらいはかかるかもしれへんなぁ」

 

 大声で話すわけにもいかず、互いの耳元で囁くように会話をする。そうこうするうちに人混みの向こう……校門近くで桃子とフィアッセが恭也達をまっているのを見つけた。特にフィアッセはブロンドの髪の超絶美女。少年達はあまりの美しさに魅了されたようにみつめ、少女達は憧れのような視線を向ける。

  

「いててて……」

 

 恭也含む三人の視線がフィアセ達から悶絶していた晶へと移った。レンの目が大きく見開く。相当に良い一撃をぶちこんだというのにもう起き上がってきたのだ。普段だったならば手加減しているので納得できるが、今回は手加減を忘れた寸頸だったはず。

 だというのに、回復に数分程度は要すると判断していたレンの予想を遥かに上回り、一、二分足らずで復活する晶に驚きを隠せない。晶の回復力は評価していたが、どうやらそれでも過小評価だったらしい。何事もなかったかのように、駆け寄ってくる。

 

「じゃれ合いは、家まで取っておけ。これ以上は迷惑になる」

 

 レンへとリベンジを果たそうと拳を握り締めてた晶とそれを迎え撃とうとしたレンの間に恭也が割ってはいる。恭也に止められてしまったならば、二人が戦いを始めるわけにもいかず、レンと晶は大人しく拳を引くものの、二人の間で視線が火花を散らしたような気がした。

 

「よー、高町。もう帰るのか?」

 

 そこに割って入ってきた男の声。片手をあげて挨拶をしてきたのは、恭也とほぼ同身長の美青年だ。風芽丘学園の制服ではなく、清潔な白い胴着と袴を着こなし、手には竹刀を持っている。

 

「ああ。家のほうで入学祝をやるんだが……お前もこないか、赤星?」

「んー。是非に、と言いたいんだが今から剣道部の演舞があるからなぁ。ちょっと厳しいかもしれない」

「そうか……。開始は夕方くらいからになると思うし、時間があったらきてくれ。歓迎するぞ?」

「ああ。こっちが早く終わったらお邪魔させて貰うよ」

 

 赤星と呼ばれた青年は笑いながらそう答えた。青年は赤星勇吾。恭也の唯一といっていい男友達で、風芽丘学園の剣道部を全国クラスへと導いた強者である。

 草間一刀流剣道の使い手で、剣道部の部長も務める文武両道な好青年だ。ちなみに剣道の方は個人戦で全国十六という成績を残している。もっとも昨年は大会前に負った怪我の影響がありながらもその成績を残したので怪我さえなければより上位へくいこめたのではないかともっぱらの噂である。

 

「勇兄も後できてよー」

「ははは。行けたらいくよ」

 

 赤星と晶の仲はいい。実の兄妹なみにといってもいい。いや、兄弟かもしれない。晶の通っている空手道場と赤星の通っている剣道道場がすぐそばにあり、二人の家自体も近所のため昔からの付き合いらしい。赤星も来てほしいという晶にポンと頭を軽く撫でて去っていく。そろそろ演武が始まるようだ。

 

 普段だったら少しでも演武を見学していっただろうが生憎と今はフィアッセや桃子を待たせている。あまり時間をかけてもいられないので、その場から去ろうとした恭也の視線が、人混みの中から知り合いを見つけ出した。

 

 今年も同じクラスになった―――月村忍だ。

 

「月村。今帰りか?」 

「あ……高町君。うん、今から帰るとこ」

 

 儚げな笑みをかすかに浮かべ忍が答える。そこでふと思い出す。忍は幼いころに両親を亡くし、今は家で使用人と二人で過ごしているということを、世間話をしているときにポロっと本人が漏らしていた。

 その影響だろうか、忍はクラスメイトとも碌に話もしない。辛うじて会話をするのが恭也くらいなのだ。最も恭也自身も会話をするのが赤星と忍と藤代の三人しかいないのだが。

 

「あー、月村。今日は夕方くらいから予定はあるか?」 

「え? うんと……特には、ないかな」

「そうか。実をいうと俺の妹達が本日めでたく風芽丘と海鳴中央に入学したわけでな。この二人がそうなんだが」

 

 横に立っていたレンと美由希の肩にひょいっと手を回す。

 それにビクリと過敏に反応する二人。訝しげな恭也だが、二人にとっては心臓がバクバク激しく胸を打つような大事件だ。

 

「そうなんだ……おめでとう」

「「あ、ありがとうございます」」 

 

 綺麗どころはフィアッセで見慣れている二人だが、忍もまた尋常ではないほどの美貌。フィアッセを太陽とするならば忍は月。対称的な美しさを醸し出す美女同士である。二人して緊張からか微妙にどもるように返事を返した。

 

「ささやかだが祝いの席を設けることになっている。良かったら月村もどうだ?」

「―――え?」

 

 思ってもいなかったことを聞かれ、呆けたような様子の忍。それもそうだろう。まさか恭也から誘いの言葉を聞けるとは予想だにしていなかった。十数秒も呆然としていただろうか、忍はやや困ったような笑顔を浮かべ、首を軽く振る。

 

「お誘いは嬉しいけど―――身内の集まりじゃないの? 私が行っても邪魔になっちゃうよ」

「そこは心配しなくても大丈夫だ。完全に身内だけというわけでもない。レンと晶……と、この二人の知り合いも来ることになっている。それに俺と月村のクラスメイトでもある赤星も恐らく来るだろう」

「ええっと、でも……そんなに人は入るの?」

「ああ、心配するな。翠屋―――という店を知っているか?」

「え、うん。海鳴で知らない人は多分いないと思うけど……」

「実はそこは俺の母が経営している店なんだ。夕方からそこを貸切させてもらうというわけだ。だから心配しなくても良い」

「ええっそうなの?」

 

 本当に驚いたような月村に恭也が頷いて答える。まさか恭也があの翠屋の経営者の家族だったとは。予想できないことのオンパレードに結構な衝撃を受けていた。

 

「迷惑かもしれないが、来てもらえたら―――嬉しい」

 

 照れたような恭也の表情と発言。

 そばで見ていたレンと晶と美由希はレアすぎる恭也の様子に、自分達の頬をつねっていたりする。レンはちなみに横にいる晶の頬をつねっていたが……。イテテ、と泣きそうな声で痛がった晶がレンに向かって拳を繰り出すが、片手で受け止められあっさりと投げ飛ばされる。受け身も取ることも許さず地面に叩き付けられる晶を見て周囲の生徒達がさらにひきはじめた。忍はすぐそばでそんなことがあったというのに目にも入らぬように驚いたままだ。

 

「本当に、いっていいの?」

「ああ。男に二言はないぞ?」

「……それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

「歓迎する。大体夕方の六時くらいから始める予定だからそれを目安できてくれ。翠屋の場所は分かるか?」

「うん。何回も行ったことあるから大丈夫だよ」

「分かった。では、また夕方に翠屋で会おう」

「―――うん、有難う。高町君」

 

 忍が嬉しそうな様子で別れを告げ、校門の方角へと向かい、途中でスーツ姿の女性に声をかける。先日見た、自動車で迎えに来た女性のようだ―――遠目だが確かにそうはっきりとわかった。今日も自動車で迎えに来てもらったのだろうか。二人は連れ添って敷地から姿を消していった。

 

 一方受け身も取れず地面に叩き付けられた晶は、痛みで転がりまわっていたようだがすでに復活。起き上がりざまにレンへと襲い掛かる。やる気満々な二人に対してため息を残しつつ、恭也が割って入り、飛び掛かってきた晶の拳を掴み回転。一回転した晶を羽毛を落としたかのようにゆっくりと地面に立たせる。

 

 襲い掛かってくる晶に対してカウンターを合わせていたレンの腕も掴み晶と同じように一回転。二人ともを立たせた後に、両者にデコピンを打ち込む。脳まで響く痛みというか、衝撃を受け額を抑えるレンと晶。あまりの早業のため周囲の一般生徒は何が起こったのかすら分かってはいなかった。それを狙って恭也は動いたのだろうが。

 

「いい加減にしておけ。そろそろ帰るぞ?」

「うう……その痛みを分かるだけに二人とも頑張れ」

「い、痛いですよぉ……おししょー」

「あててて……レンに殴られるよりも痛いって、絶対普通じゃないですよか」

 

 涙目な二人と苦笑いな美由希を引き連れて―――恭也達はようやく高町家へ帰宅するのであった。車で来ていたフィアッセのおかげで非常に楽に高町家まで帰宅することが出来た。フィアッセが運転するのだから大概の人は軽自動車のような可愛らしいモノを想像するが実際は違う。

 

 大人数が乗車できるワゴンを運転するのだ。しかも、運転をする時妙にハイテンションになるのが少しというか、凄く怖い。一度本人に聞いたところ緊張しすぎて―――それを振り切ってテンションがあがってしまうだとか。

 

 高町家についた後、庭を背景に皆で記念撮影をする。すでに風芽丘学園の校門でとったのだが、可愛い娘達の写真を残しておきたいという桃子の親心だろう。桃子とフィアッセと恭也が代わる代わる写真を撮り、ようやく満足した桃子。

 そして各々それぞれの部屋に戻り私服に着替え、リビングに集合する。晶と美由希はソファーに座りテレビをゆったりと見始め、レンはキッチンへと向かった。本日の昼食の当番はレンのためである。

  

「それじゃー、私とフィアッセは翠屋いくからねー。六時前にはちゃんとくるのよー?」

「おくれちゃ駄目だよー。恭也」

「……何故俺限定なんだ、フィアッセ」

「ふふ。日付を間違えちゃった前科が昨日あったばっかだよー」

 

 チョンと恭也の鼻先に人差し指をくっつけて優しく微笑むフィアッセ。昨日しでかしたばかりの大ポカを指摘されて反論の余地はない。しばらくこれはいじられそうだ、と先日までの己の迂闊さを後悔する恭也だったが、自業自得のため素直に頷くしかなかった。

 

「―――まぁ、それはおいといてだな。良かったら手伝おうか?」

「んー。今日は三時にはもう閉店するし大丈夫かしらね。ピークも過ぎたでしょうし」

「うん。気を使わなくても大丈夫だよ、恭也」

「そうか。それなら別に大丈夫そうだな」

 

 忙しくなったら電話するわ、と言って桃子とフィアッセが翠屋へと出勤していく。仕事とはいえ高町家の家計を支えてくれる桃子に感謝しかない。そんな恭也の思考とは別に台所からはなにやら燃え上がるコンロの炎。中華の達人にして炎を支配する料理人レンが手際よく昼ごはんを作っている。

 

 基本的に朝は桃子か晶。夜がレンか晶かフィアッセなのは納得できる当番だろう。幾らレンの料理が美味しかったとしても―――朝から中華は重すぎる。食べられることは食べれるだろうが……どちらかといったら朝は米が食べたい日本人の恭也である。

 

 料理は口を挟む余地もないため恭也は久々に自分の息子達を世話しようと庭へ出る。先程写真を撮ったときに見てから気になっていたが、庭の一角にならべてある息子達―――普通の人間は盆栽と呼ぶ―――を腕を組んで眺める。春合宿で随分と長く放置してしまったことを気に悩んでいた。若い男、しかも高校生が盆栽の前で考え込むというのも正直変な話だろう。

 

 何故盆栽に嵌ってしまったのか……どうせならもっと若者趣味にはしればよかったのにと桃子達によく言われるが、盆栽に嵌ってしまったものはしかたない。逆に何故精魂尽くして世話をした大事な息子達の良さをわかってくれないのだろうか……と不思議に思ってしまう。

 

「師匠覚悟ぉぉぉおおおおお!!」

「……はぁ」

 

 そんな恍惚としていた恭也の耳に晶の雄叫びが聞こえ―――。

 縁側から飛び降りて突っ込んできた晶の右拳を振り返りながら流しつつ、晶の腹部に蹴りを入れ、蹴り足をそのままに身体を反転させて地面にたたき落とした。盛大な音をたてて叩きつけられる晶が、痛みに悶絶をしている。恭也からしてみれば随分と手加減をした―――御神流体術の一つ猿落とし。レンから普段お猿お猿と呼ばれている晶にかける技としては皮肉がきいている。

 

「全く。何度も言うが声をだして襲ってきたら、奇襲にならんぞ?」

「……ぅぅ。それは分かってるんですけど……奇襲は俺の性に合わないというか……」

「お前は相変わらず正直だな」

 

 地面に転がっている晶に手をさしのばす恭也だが、晶はちょっと躊躇しながらもその手を握り締める。たいした力も入れずにヒョイっという感じで晶を立ち上がらせると、庭の砂で汚れた背中を払ってやる。少し緊張で硬くなっている晶だったが、先程蹴りを入れられて叩きつけられたというのにもう平然としていた。

 

 幾ら恭也が手加減をしていたとはいえ相変わらずの回復力は目を見張るものがある。そこは美由希やレンを遥かに上回るものがあるのだが―――今日だけで一体なんど地面に転ばされているのだろうか。

 

「晶……強く生きろ」

「え? わかってますって、師匠!!」

 

 慰められた晶だったが、どこをどう理解したのか分からない返事を強く返す。えへへっと照れたような笑顔の晶を見て、絶対わかっていないと、不憫になる恭也だった。

 

「きょーちゃーん。御飯できたってー」

「ん? ああ、わかった。行くぞ、晶」

「……次こそは一撃入れて見せますからね、お師匠」

 

 気合を入れる晶を伴って、リビングへと戻る恭也。テーブルには湯気をたてる様々な中華料理が皿に盛られていたが、果たして四人で食べ切れるのかと疑うほどの量であった。普通の四人ならば食べ切れなかっただろうがここにいるレンを除く三人は実を言うとかなり大食漢なのだ。特に晶と美由希は運動量も多いせいか細身なのに、女性にしては平均よりも随分と食べる。

 

 レンの見事な料理なのもあいまって、次々と皿にのっている料理は消費されていき、残すことなく―――完食。満足そうに腹をさする恭也の前に熱い緑茶が注がれた湯のみが差し出され、礼を述べ受け取った。旨そうに飲む恭也を見て、レンが恭也以上に満足そうにしているのは気のせいではない。彼女にとって恭也が食べて満足してくれれば、これ以上嬉しいことはない。

 

 その時、高町家の電話が音をたてる。こんな時間に電話がなるとは珍しいと思いつつ一番近くにいた美由希が席を立とうとして―――それより早く恭也が電話を取っていた。

 

「もしもし。高町です―――」

『あ、きょーや?丁度良かったわー。てっきりまた鍛錬にでもいったんじゃないかと思ってたから』

 

 受話器ごしからでもはっきりと分かる、一家の大黒柱の高町桃子からの電話だった。だが、鋭い。恭也は御飯が終わったら軽く汗を流しに行こうと思っていたからだ。どこか近くで見ているのではないかと少しだけ疑いを持ってしまう。

 

「―――店が忙しくなったのか?」

『あー、そういうわけじゃないのよ。昼に忙しかったみたいで―――夜の分がちょっと足りなさそうなのよね。その分を買ってきてほしいんだけど、大丈夫?』

「ああ。それなら問題ない。買いに行ってこよう」

『さすが、恭也!!えっと、買ってきてほしい物は―――』

 

 桃子の言ってきた食材と数量をメモ帳に書き写すと、受話器を置きリビングへと戻る。こういう時のためにと引き出しに隠してある高町資金からお金を借り受けた。

 

「誰からだったのー?」 

「ああ、かーさんだ。夜のために材料を少し買ってきて欲しいと、な」

「あ、そうなんだ。私も一緒に行こうか?」

「いや、問題ない。それほど量も多くなさそうだしな。それよりお前は飛針と鋼糸の練習でもしておけ。どんな状態でも思ったとおりに扱えるようにしないと実践では使えんぞ?」

「う……耳が痛いお言葉です」

「レンに晶。そういうわけだ。ちょっと出てくる」

「いってらっしゃいです、おししょー」

「はーい。気をつけてくださいね、お師匠」

 

 しょぼーんと落ち込む美由希と元気な二人をリビングに残し、恭也は財布だけ持つと玄関をくぐる。太陽の光が眩しい。ぽかぽかとした陽気が心地よく、自然と足の運びが軽やかになった。雲ひとつない晴天。見渡す限り続く青空が、空の果てまで続いている。

 

 恭也は夏はあまり好きではない。かといって冬もそう好きではない。大抵の人がそうだというように春と秋を好んでいた。というのも、理由は簡単だ。

 

 別に暑さや寒さが嫌いというわけではなく、長袖を着ていても人目をひかないということだからだ。恭也の身体には様々な訓練や死闘の果てについた消えることのない傷跡が刻まれている。傷だらけの身体を晒して、じろじろと他人から見られるのは流石に気分的に良くない。むしろそれで気分が良い人間がいるとしたらそっちのほうが怖い。

 

 一際心地よい風が吹く。冬ならば吐く息も白かっただろうが、今はそんなこともない。恭也は足早に海鳴の商店街を歩く。平日ということもあってか商店街を歩いている人々は主婦が多い。かといってそういった女性ばかりでもなく、入学式や始業式を終えた若い学生達も多く見られる。

 

 主婦達は夕食の買い物にでもきているのだろう。手には買い物帰りなのか食料がはいった袋をひっさげている。対して学生達はどこかへ遊びに行こうとしているのか、忙しそうに友達と海鳴駅へと向かっている。

 

 その中には多少顔見知りの女性も混じっていた。恭也は海鳴では有名な翠屋の店長である桃子の息子なのだ。小学生の頃から剣の修練の合間に時間があれば手伝っていたので、その頃から見知った常連客も多い。そういった人たちに会釈だけして歩きさる。主婦達の会話に混じれるほど多弁ではないのを自覚してはいるし、桃子から頼まれた買出しもあったからだ。

 

 何時も買出しに行っている商店で頼まれたものを買い、御礼をいって店を辞する。

 幾つかの店舗を回り、大した時間もかからず頼まれたもの全てを買い揃えた。

 

 後は翠屋にこれを置きに行くだけとなった恭也の耳に複数人の若い男と少女の話し声が聞こえてきた。そちらの方向に眼を向けてみれば、どうみても真っ当とはいえない髪型と格好をした少年達と、中学生……見ようによっては小学生程の身長の少女が居た。

 少女は、白髪……いや、綺麗な銀髪といえばいいのだろうか。あの銀髪の小悪魔(・・・・・・)を思い出させる美しいプラチナブロンドであった。腰元ちかくまでその髪を伸ばし、ファッションなのだろうか、右目に黒い眼帯をしていた。その眼帯だけが少し妙な印象を与えるが、それ以外は可愛らしい少女である。

 

「すまない。ここに行きたいのだが……」

 

 そう言って少女は少年達に持っていた地図を見せる。

 少年達はその地図を見ていたが、暫く考えて互いに顔を見合わせた。

 

「えーと……その場所なら案内してやるよ。こっちからのほうが近いな。ついてこいよ」

「ああ。助かる」

 

 少年達が入っていったのは商店街の裏道へと続く道であった。

 そちらは人通りも少なく、薄暗い道ということもあり、海鳴の人間ならあまり利用しない通路である。だというのに、少女は何の疑いも無く少年達についていった。

 それを止めようとする人間はそこにはいない。それは、少年達が札付きの不良ということもあり自分に被害がくるのを恐れたからだ。自分に被害がくるかもしれないのに止める勇気を持つのは難しい。見てみぬふりをしたとしても責められないだろう。

 

「……まずい、な」

 

 少年達と少女が裏路地に入っていったのを遠目で見た恭也だったが、嫌な予感がして後を追うように足を速める。不吉な予感がした。あの少年達と少女を放置しては取り返しのつかない事態になってしまうという予感。

 

「あら、恭也くんじゃないの? 高校はもう終わったのかしら?」

 

 それを振り払うようにして後を追おうとした恭也の足を止めたのは背後からかけられた声だった。振り返ってみれば恭也の後ろの店から丁度出てきた中年の女性がいた。その女性が恭也に声をかけたのだ。高町家の近所に住み、昔からの付き合いのある女性だ。恭也も小さい頃から面識がある。いい人なのだが、異常なまでに話好きなのだ。それがこの状況では大いにマイナスに働いてしまう。

 

 ズキリと首筋が痛んだ。

 何か良くないことがおきる場合の第六感ともいうべきモノ。科学的根拠など一切無いが、この予感は幾度と無く自分の危機を救ってきた。だからこそ信じるに値する。

 

 はやく行かなければ―――。

 

 そう。はやく行かなければ不幸が舞い降りる。

 彼ら(・・)に最悪の不幸が―――。

 

「……申し訳ありませんが少し用事がありまして。失礼します」

「あら、そうなの? また今度翠屋に行くわね」

「お待ちしています」

 

 不吉な予感に背中を押されるように、女性の話の切れ間に割って入り終わらせることに成功した。それに思わず拳を握る。一礼して、女性から離れると先程少年少女が消えていった裏道へと恭也が疾駆した。

 

 薄暗く、汚れも目立つ裏道は狭くほとんど一本道といってもいい。走っているとすぐに二手に分かれる通路となっていた。どちらに行ったのか一瞬悩む恭也だったが、意識を広げるとあっさりと気配を捕まえることが出来た。

 

 ―――異様な圧迫感を持った気配。

 

 何の躊躇いも無くその気配の方向へと向かう。

 幸いそれほど離れてはいない。一際不気味に蠢く気配に近づいていくと、恭也の耳に少年達の声が聞こえた。

 

「お嬢ちゃんもあまり俺達みたいなのにほいほいとついてくるもんじゃねーぞ」

「全くだ。世間知らずもいいとこだぜ。俺達じゃなかったらどうなってたことか……」

 

 笑いながらそう少年達が少女に注意をしているのだろう。確かに少年達の心配も最もだろう。少年達は内面はともかく外見はいかにもそこらへんにいる不良となんら変わらない。そんな自分達に道を尋ね、何の疑いも無くこんな裏道についてくるという少女が不思議で仕方ない。

 

「……その言い方だとお前達は私に何もしないのか?」

「へ?」

 

 少女の真面目な問いに一瞬言葉が詰まる少年達。

 まさか少女の口からそんな言葉がでるとは思ってもいなかった。

 てっきり世間知らずのお嬢様かとおもっていたが、少女の口ぶりからまるで何かされるのを分かっていたかのような―――。

 

「ああ、何を考えてるのかわからんでもないけど。しないしない」

「俺達はさすがにそんなことはなぁ……」

「んだな。っと、ほら、そこを出れば目的地のすぐ近くに出るぞ」

 

 ガラが悪くも、親しみを感じさせるような笑みで少年達は、少女を送り出そうとする。この光景を一般人が見たら少年達への偏見を捨て去ったかもしれない。何時も優しい人が良いことをするよりも、素行が悪い人が良いことをしたのを見た時のほうがインパクトがある法則だ。意外と優しい所があるのだと感心したかもしれな。

 

 少年達に未来があったのならば―――。 

 

「残念だ。お前達が救いようのない悪党だったならば―――私の心も痛まなかったぞ?」

「ん?お前何を言って―――」

 

 狭い路地裏が軋みをあげる。

 燃え立つように少女から放たれる殺気。それなりに喧嘩で場慣れしている少年達でも震え上がるほどの威圧。凶悪な重圧が身体中から迸る。言葉で例えるならば、燃え盛る炎のような少女。少年達に、この場に居ては危険だという気配を言葉よりも雄弁に、焼け付くように伝えてくる。

 

「すまない。日本に着いてから組織の連中となかなか連絡が取れなくてな。なに、痛いのは一瞬だ。悪いが―――」 

「ああ、すまない。ここにいたのか」

 

 煮えたぎった殺気の世界を押し潰すように、少女の台詞を遮って、恭也の声が路地裏に響く。驚愕を表情から隠せない少女が、路地奥からあらわれた恭也に振り向く。この場に自分達以外がいるとは思ってもいなかったらしい。重圧から解放された少年達は少女と恭也の二人を交互に呆けたように見比べる。

 

「君達。案内してもらって助かった。この娘は俺の知り合いでな。探していた所なんだ」

「あ、ああ……」

「礼を言う。だから、もう行くんだ」

 

 真剣な様子の恭也の視線に無言で頷くしかなく、少年達は逃げるように路地裏から飛び出していった。救われたのだ、少年達は。恭也が声をかけたことによって、未来を掴み取れた。その事に気づかないまま、少年達は姿を消した。いや、本当は気づいていたのかもしれない。目の前に居た少女の危険性に……だからこそ、有無をいわさず飛び出していったのだ。

 

 逃げ去っていった少年達には一切の注意を払わずに、少女は恭也のみを注視する。例え少年達にのみ気をやっていたとはいえ、自分に僅かな気配も感じさせなかった男に油断などできるはずもない―――例え両手に買い物袋を引っさげていたとしても。

 

「貴女が何者かは分からない。だが、こんな真昼間にあまり物騒なことは遠慮ねがいたいのですが」

「……あのような輩は社会的にも消しても問題ないと教えられたのでな」

「誰がそんなことを……」

 

 頭が痛くなる恭也。一体誰がそのようなことをこんな年端も無い少女に教えたというのか。まず間違いなく、ろくな人間ではないだろう。

 

「そんなことをすればここ日本では大問題になりますが……」

「問題ない。組織の力をもってすればそれくらい幾らでも揉み消すことが出来る」

「―――組織?」

「っ……」

 

 聞き返す恭也に、しまったという顔をする少女。

 あまり触れては欲しくない話題のようだ。答えることも無く、少女が両手を広げ恭也から少しばかり距離を取る。だが、恭也とて裏の世界に足を踏み入れてる者。そちらの世界の情報はそれなりに持っている。

 

 少女の幼い容姿。白銀の髪。組織。爆熱のようにあふれん気配。

 それを組み合わせれば―――少女の正体の察しがついた。 

 

「……忘れろ。それ以上私に関わるならば、命の保証はできん」

「まさか、貴女はナンバーズか。数字持ちの中に年若き少女がいると聞いたことがある。白銀の髪を靡かせ、あらゆるアンチナンバーズを撃破せしめるもの―――爆殺姫(ランブルデトネイター)のチンク」

 

 恭也の返答に少女の眉が釣りあがる。

 ただの一般人が知っていい情報でない。つまり、恭也はこちらの世界の住人だということを理解した。それならば、少女がこれ以上自分の正体を隠す必要はない。 

 

「……お前が何者か知らんが、私と関わりあった不運を嘆け」

 

 レンほどに小さな少女だというのに―――その気迫は異様であった。桁外れといってもいい。年齢的にやはりレンと同じ程度にしかみえないが、その年齢でここまでの気迫を纏えるのは規格外だ。レンとはまた違った圧倒的な威圧。確実にこの少女は、幾人幾十人もの命を奪ってきている。命を奪い続けてきた者、特有の危うさをこの少女は纏っていた。

 

 ―――やはりこの少女は―――。

 

 圧縮される。少女の赤く幻視できそうなほどの灼熱のオーラ。

 数メートル離れている恭也を、焼き焦がさんと熱く膨れ上がっていく殺気。

 

 背中を伝わる寒気。このままここにいたら、ただでは済まない。そんな予感めいたことを恭也は感じた。ここまで必殺の気配を感じたことは久しい。ナンバーズの数字持ちと出くわしたことは未だかつてなかったが、実際に会って、アンチナンバーズが恐れるのも納得できる。それほどの圧迫感を伝えてきた。

 

 赤く燃える。燃える。燃える。

 少女の背中から赤く、朱く、紅く、ただ真紅に染まった二対の翼が出現する。炎で出来ている……そう言われたとしても納得できるほどの業火灼熱のリアーフィンであった。

 

「覚えておくがいい。我が名はチンク―――お前を消す者の名だ」

 

 そして、赤が弾けた。今までの重圧が消え去り、そこは平穏を取り戻している。不思議に思った恭也だったが、すぐさまに理由が分かった。チンクと名乗った少女が、その場に倒れていたのだ。地面に四肢をなげうって、海からあげられた魚のように。

 

「……お、お腹減った……」

「……」

 

 流石の恭也もその呟きにどう返していいかわからず、沈黙しかない。

 殺気を向けてきた相手とはいえ、戦う前にいきなり倒れ、しかもお腹減ったといわれ始末。本気でどうしようかと悩む恭也だったが……。

 

 買い物袋に手を突っ込み、林檎を鷲掴みにして取り出すと倒れているチンクに近付ける。顔だけ上げて恭也の手に乗っている林檎を見た瞬間、立ち上がり掴み取るとかぶりつく。まるで一週間断食していた人間のように、一気に林檎を食べつくす。驚くことに芯さえも残していない。

 

 それを見た恭也は袋からまた林檎を取り出して渡す。それをまた取り上げるように奪うと一心不乱に食べ続ける。まだ足りないのだろうが、少しは腹の足しになったのか、ようやく落ち着いたように深くため息をついた。その表情は恍惚としていて、彼女は呆けるように恭也を見つめる。

 

「……お腹が減っているのか?」

「……ん」

 

 まだ呆けているのかコクンと顔を縦に振る。

 それを見た恭也は財布に残っている金額を思い出し―――。

 

「これ以上手を出さないという約束をしたら食事をご馳走しますが」

「……ほ、本当か!? 約束する!! 約束するぞ!!」

 

 凄まじい勢いで恭也にすりよってきた。そんなチンクを見てどれだけお腹が減っていたんだ、と心底不憫に思いつつ、彼女を連れ立って路地裏から出る。周囲を見渡すと平穏そのもの。路地裏であった出来事が幻のようだが、横にはしっかりと銀髪の少女がいた。

 

 とりあえず、すぐそばにあった喫茶店に入り、ウェイトレスに案内され席に座る。向かい合うように座ったチンクが早速メニューを開きどれを注文するか迷っているようだ。その光景は兄妹のように見えて傍から見ていたら微笑ましいだろう。

 

「……遠慮せずに注文しても構いませんよ」 

「!!」

 

 本当にいいのか?と目で訴えてきているフュンフに頷くことで返す。

 キュピーンと目が光った気がした。そして、注文を聞きにきたウェイトレスを捕まえて―――。

 

「やきそばにオムレツにミートスパゲッティにナポリタンにカルボナーラにハンバーグにカツサンドに―――」

 

 兎に角注文をしまくるチンクを見て―――お金足りるかなぁと本気で心配をする恭也。ウェイトレスもマシンガンのように注文し続ける彼女に注文表を書くのに追いつかず、あわわと慌て始める。 

 

 これ以上は、と思った恭也はチンクの持っていたメニューを取り上げると届かない位置に置く。それを不満そうに頬を膨らませて抗議するが、財布の中身と相談した結果もはや崖っぷちだ。

 

「以上でお願いします」

「は、はいー。わ、わかりました」

 

 パニックになっていたせいだろうか、注文を繰り返すことなく厨房に消えていく。チンクは不満そうにしていた様子などなんのその、ウェイトレスが消えてからは注文がはやくこないかとウキウキ気分で床につかない足をプラプラとぶらつかせている。

 

 今の彼女の様子はまるで子犬。尻尾と耳があったらちぎれんばかりにふっていただろう。路地裏の凄惨な姿など微塵もない。このチンクを見て裏の世界で恐れられるナンバーズの数字持ちの一員だとは信じるものもいないだろう。

 

「……一つ聞いてもいいですか?」

「うん? なんでもいいぞー。というか、その丁寧な言葉遣いはやめてくれ。何故かわからないが背中が痒くなる」

「いえ、しかし……」

「私が良いといってるんだ。別に構わんだろう?」

 

 では……と改めてコホンっと咳払いを一つ。

 

「……仮にも人の世界を守る最後の壁。ナンバーズの数字持ちともあろうキミが―――何故あのようなことを?」

「あー。うちの司令官がお金に困った時は、あーいう輩を追いはぎしても罪にはならないって教えてくれたんだが……違うのか?」

「……頭が痛い」

 

 先程も思ったことだが、なんでそんな碌でもないことをおしえるんだ、と恭也はズキズキと痛む頭を抑える。人類最後の砦。そう言われているナンバーズの司令官がそんなことを教える人間だとは思いたくなかったが……その真実は認めるしかない。

 

 そうこうするうちに、出来上がった料理が次々と運ばれてくる。目を輝かせ何の遠慮もなく次から次へと食べ始めるチンクだったが、その小さな身体のどこにはいるのかという疑問を残し、胃袋の中へと消えていく。コーヒーだけ注文していた恭也はそれを啜りながら―――最初は驚いていたが、途中からあることを思い出して納得した。 

 

「あの赤い翼は恐らく……ならば、大量にエネルギーを消費するのも納得がいく。あの人もそうだったな……」

「むにゅぅ? ふぉにかふぉったか?」

「―――口にものがはいってるときは喋らない」

「……ふぉぅ」

 

 人智を超えた異端の力。夜の一族とは異なる人にして人外の域に達した者達。銀髪の小悪魔(・・・・・・)と同じ―――HGS能力者。その身に感じた波動は間違いなくそうだろう、と恭也は当たりをつけていた。触れずして命を潰えさすことができる、人類を超越した―――人類。

 

「で、何故こんな街に数字持ちであるキミがいるんだ?」

「……ちょっと探し人を頼まれて。この街なのは―――勘、かな?」

「探し人?」

「ああ。といっても、相手の顔さえわからないんだけど」

「……どうやって見つけろと?」

「……全くだ!!ヒントも何も無い!! 顔も種族も性別も身長も血液型も何も分からないというのにどうやってみつければいいんだ、と本気でいってやりたいぞ」

「血液型はおいといてだな……見つかるものなのか?」

「無理に決まってる……特に私は戦闘特化型だしな。見つかる可能性は0パーセントに近い」

 

 ガンとテーブルを両手で叩くチンク。相当にお冠なんだろう。その音に驚いて店内にいた客が恭也たちの方を見たので、すみませんと頭をさげる恭也。

  

「一体誰を探してるんだ?」

   

 あまり深く突っ込むのも問題だとおもったが気になったので質問をしてみる。

 答えて貰えないだろうと予想していた恭也はコーヒーを口にふくみつつ返答を待つ。

 

「ああ。アンチナンバーズの序列六位。伝説を覆した者。最凶を虐殺した刃。伝承墜とし、だ」

「―――ぶふぉ!?」

 

 吹いた。噴出した。口の中に含んでいたコーヒーを目の前のチンクにぶちまけた。その不意打ちに顔面がコーヒーまみれになった少女が、顔を押さえてテーブルに突っ伏す。

 

「ぅぅあぁあああ―――あ、あついぃいいい!!」

「げほっげほっ……す、すまん、大丈夫か?」

 

 ハンカチを取り出すとコーヒー塗れのチンクの顔を拭いてやる。こればっかりは弁解の余地は何もなく、完全完璧に恭也が悪い。抗う気力もないのか恭也のなすがままに顔を拭かれるチンクだったが、暫くたってようやく目が開けれるようになったのか、テーブルのうえに残っているコーヒー塗れになった料理を見て絶望した表情になる。

 

 しかし、その表情も一瞬。コーヒー味になったというのにその料理を食べ始める。どうやらコーヒー味より空腹が勝ったようだ。色々と複雑な気持ちになりながら、チンクの勇士を見守る恭也だった。

 

 それから僅か十分たらずで完食した彼女は満足そうに腹を撫でる。とりあえず伝票を持って会計にむかうが―――ぎりぎり財布の中のお金でたりたようだ。もし足りなかったらと思うと冷や汗が流れる。

 

 喫茶店から出ると―――落ち込む恭也とつやつやしたチンク。入る前とは全く逆の様子だ。ちなみにウェイトレスは心配そうに恭也を見送っていたのが、少しだけ心が癒された。

 

「ああ、そうだ。お前の名前を聞くのを忘れていたな」

「……高町恭也だ」

「ふむ。キョーヤか。覚えたぞ」

 

 腕を組みながら、口の中でキョーヤキョーヤと呟きながらチンクはどこか嬉しそうに恭也の前を歩く。数歩歩いた先でクルリと恭也に向かって振り返る。路地裏で出会ったときのような凄惨な笑顔ではなく―――。

 

「それにしても不思議な名前だ。初めて聞いたというのに―――懐かしい気がする」

「はてさて、誰か知り合いにでも似た名前の人がいたのか。それともどこかで聞いたことがあったのか。どちらかじゃないか?」

「いや、そういうのじゃない。なんというか、産まれる前から知っているような―――そんな不思議な感じだ」

「デジャヴというやつか?」

「何といったらいいのか……まぁ、気のせいだろう」

 

 後ろ向きで歩いて行くチンク。不思議と人混みはこの少女に気づいていないように割れていく。気づいてみれば、夕陽が差すような時間になっている。 

  

「―――今日はご馳走になった。お前とはまた会いそうな気がするな。ふふ、私の勘は結構あたるんだぞ、キョーヤ」

 

 その言葉を最後にチンクの姿が幻のように消え去った。今まで見ていたのが幻影だったのではないかと疑いたくなる。それほどに突然に消え去ったのだ。遠ざかっていく気配だけは掴み取れたが、姿は微塵もない。首を捻る恭也だったが―――頼まれていた桃子のお使いが遅くなったことに気づき、急いで翠屋へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうチンクちゃんってばぁ。ちゃんと指定の場所にいてくださいよぉ」

「ああ、すまんな。クアットロ。少し色々とあってな」

 

 恭也から随分と離れた路地裏の一画でチンクは、クアットロと呼ばれた女性と向かい合っていた。両サイドで茶色の髪を結び、丸眼鏡をかけた女性―――ナンバーズの数字持ちの一人クアットロ。

  

「それで、なんであんな一般人と仲良くお食事までしてたのぉ?」

「……一般人? お前にはアレが一般人(・・・・・・)に見えたのか(・・・・・・)?」

「―――へ?」

「……いや、わからないならそれでいい」

 

 ……一般人、か。

 

 チンクの発言を心の中で鼻で笑う。

 成る程確かにその通りだ。あの気配の消し方はあまりにも完璧すぎてそこらの人間となんら変わりはないようにみえるだろう。だが、路地裏であったときの恭也の気配は―――。

 

「……ばけもの、だ」

 

 ぶるりと身体が震えた。

 思い出すだけで寒気がしてくるほどの、死を体現した化身。これまで戦ってきたアンチナンバーズなど相手にもならぬ人間だった。そう、人間だったのだ。あれだけの死を感じさせた相手はただの人間だったのだ。だというのに久しぶりに、死ぬことを覚悟した。それ故に最初からリアーフィンを全開で発現させ―――全力で戦うことを決意したのだ。それでも、勝てる気はしなかった。あの、暗く、闇く、冥く、漆黒に轟く―――完全な闇。

 

 しかし、その後……空腹で倒れたチンクに食事をご馳走するという意味不明な行為をしてきたのが腑に落ちない。しっかりと、コーヒーを顔にぶちまけられるという嫌がらせもされたが。

 

 だが―――惹かれる。

 

 まるでそうなることが運命だったかのように。

 まるでそうなることが魂の定めだったかのように。

 

 チンクは恭也に魅かれていた。どうしようもなく惹かれていた。

 恐怖など一蹴するほどに―――。

 

「タカマチ……キョーヤ……」

 

 そこに込められた感情は畏怖か親愛か。嫌悪か愛情か。

 今はまだチンクにもわからない―――何かであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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