東方紅緑譚   作:萃夢想天

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皆様、新しい年をどうお過ごしでしょうか?
私は身の回りの全てが慌ただしくなった様に感じます。

それと合わせて、来週この作品の投稿が出来ません。
来週はパソコンに触れられないためなので、お許しください。


それでは、どうぞ!


~幻想『魔人死臨』~
第参十伍話「紅き夜、思い残して」


 

今日も今日とて平穏な幻想郷の空。

青くどこまでも澄み切っている青空は、さながら頭の上に浮かぶ大海原。

時折空の端々に浮かんでいる大小さまざまな雲は、寄せては引いていく波間の如く。

人であろうとなかろうと、見るもの全ての心に爽やかな安らぎを与えるかのような大空。

そんな幻想郷の空を、一陣の風が目にも止まらぬ速度で駆けて行く。

赤い頭巾(ときん)に白いシャツ、一歯下駄にニーソックスを履きこなす幻想郷最速の少女。

『伝統の幻想ブン屋』こと、射命丸 文だった。

 

 

「ふんふん♪ ふふんふ~ん♪」

 

 

常日頃から他人の前では営業スマイルを欠かさない文だが、今日は違った。

朝から道行く顔見知りに声をかけられては、大丈夫かと心配されるほど浮かれていた。

今も誰にも追いつけない速度で飛行しながら、鼻歌まで歌いだす始末。

しかし、これにはしっかりとした訳があった。

 

 

「今日は紅夜さんに密着取材~♪」

 

 

きゃー、と自分が口にした言葉で顔を赤らめる文。

いくら彼女に追いつける者がいないとて、傍から見れば今の彼女は醜態丸出しの状態だ。

それでもなお速度は落とさないまま文は目当ての彼のいる場所まで飛ばし続けた。

そもそもどうして文は浮かれているのか。

それは今から二日ほど前まで時間を遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日前、文はその時椛と共に玄武の沢に来ていた。

椛が数日前に発見した不審者が再び山に侵入したと騒ぎ立てていたからだ。

何時振りほどかの侵入者が気になった文は、椛と共に侵入者の消えた玄武の沢に調査しに来た。

するとそこには、命蓮寺にいる毘沙門天代理に仕えている賢将ナズーリンがいたのだ。

彼女の話を聞いてここに住む河童のにとりとも話を着け、今しがた工房から出たところだった。

 

「全くあなたは! 何が『気持ちは分かりますから』ですか‼」

 

「あーもー、終わったことじゃないの。アンタが黙ってればそれでいいんだから」

 

「くっ………………不覚、こんなのに弱みを握られて職務を果たせないなんて‼」

 

「その職務を怠慢してた犬っころはどこのどなたですか」

 

「んん~っ‼」

 

 

文の心無い一言に牙をむき出しにして尻尾を逆立たせながら威嚇する椛。

その行動は果たして自らの侮辱への怒りなのか、怠慢を指摘されて反抗出来ない自らの弱さか。

どちらにしても、今の椛にできる事と言えば文との共犯に付き合うことだけだった。

それに気付いたのか、憤慨していた彼女はやがて力なくうなだれて呟く。

 

 

「はぁ……………もういいです。私任務に戻りますから」

 

「あらそう? いつもご苦労様ね」

 

「他人事みたいな言い方して! いつか絶対報いを受けますからね‼」

 

「おお、怖い怖い」

 

 

諦めて自分の哨戒任務に戻っていく椛の背中を笑顔で見送る文。

彼女の背中が見えなくなると同時に自分の懐のブン帖を取り出して下書きに目を通す。

そこに書かれていたのは、つい先程にとりの工房で聞いてきた話の要約。

侵入者であり容疑者の名は『八雲 縁』。

名前からしてスキマ妖怪と関連性は非常に高いと推察するが、ウラは取れていない。

それら以外にも記者として興味深い点が多かったため、次号の記事に使おうと思っていた。

 

「まずは見出しね。どんな見出しならいいかしら」

 

 

周囲には自分しかいない、だから文は普段の自分の口調に戻った。

彼女は妖怪の山から外に取材に行く際、必ず業務用の態度になる。

人間相手でも敬語を使い、キチンと礼節をわきまえ、身だしなみを整える。

だが今は誰もいない、故に文は他人には絶対に見せない素の状態に戻ったのだ。

次回書こうとしている記事の事を考えながらそのまま彼女は帰路に着く。

しばらくして彼女の自宅が見えてきたが、まだ頭の中には記事の事が残っていた。

しかし玄関の引き戸の前に置かれていた真新しい便箋を手に取って中身を見た瞬間から、

文の脳内につい先ほどまで残っていた記事の事などは吹き飛んで無くなっていた。

 

 

「手紙だなんて一体誰が…………………こ、ここ、紅夜さん⁉」

 

 

真っ白な便箋の一番下の行に書かれていた名前は、『十六夜 紅夜』。

先日この幻想郷で引き起こされた、通称【暒夜(せいや)異変】の首謀者で紅魔館の新たな住人。

吸血鬼のレミリアに仕える十六夜 咲夜の弟と称していた好青年。

そして、自分が今最も興味を抱いている取材対象(としている)。

そんな彼からの手紙に文は心拍数が急激に跳ね上がり、顔が瞬時に熱く燃え盛った。

 

 

「どどど、どうして紅夜さんが手紙なんか⁉」

 

 

一気に汗ばんで震えてきた両手をいさめながら、文は手紙の最初の行に目を運ぶ。

そこに書かれていたのは、礼儀正しく筆跡の美しい彼からのお詫びの礼文だった。

 

紅夜の起こした異変が解決されて数時間後、文は彼に取材を取り次いだ。

しかし取材の途中で、彼は席を外してしまってあまりいい収穫にはならなかった。

ところが後日、紅夜はわざわざ妖怪の山の彼女の家まで出向いて新聞のミスを指摘してくれた。

勘違いで自分の弱さを晒してしまった文だったが、彼はそれを見なかったことにしてくれた。

その時からだろうか。文は紅夜の事を考えると顔が熱くなって心臓が急激に脈打つようになった。

 

そして今もまた、彼からの手紙というだけで胸が張り裂けそうな思いに駆られていた。

 

 

「え、ええと…………何々?

『先日は御体の具合が優れない中での突然の訪問、この愚行をお許しください。

つきましては今日より二日後、ぜひ紅魔館にいらしてください。

お嬢様方の許可も取り次いでありますので、一日をかけておもてなしをさせていただきます。

勿論貴女様の御用事もおありでしょうから、無理にとは申しません。

ですがいつ如何なる時でも、貴女様の御来館を心よりお待ちしております』か」

 

 

胸の動悸を抑えながら読んだ文章は、要約すれば先日のお礼についてだった。

来るか来ないかは自分の意思に任せるとのことだったが、文からすれば答えは一つしかない。

 

 

「行きます‼ 行くに決まってるじゃないですか‼」

 

 

周囲には誰もいないにも関わらず、何故か敬語口調になる文。

手紙を握りしめながら顔を真っ赤にしている彼女の頭の中に、もう歯止めは無かった。

家の中に飛び込んですぐさまタンスに飛び付き、数ある引き出しの一つを開ける。

その中に入っていたのは一枚の小さな紙切れ。

だがその紙にはうっすらとだが文字が書かれており、文が持っている手紙と字体が似ていた。

タンスの中の紙切れは、以前彼がここに来た時に置いていった『約束のメモ』。

文自身も分かっていないが、何故か大事にしまっていたのだ。

そこに今持っている手紙をそっと入れて再び戻して要約一息つく。

 

 

「二日後、二日後かぁ……………………うふふふ」

 

緩み切った表情のまま文は今から二日後までを頭の中で単純に考える。

太陽が沈んで月が昇り、月が沈んでまた朝日が昇り、陽が沈んで再び月が昇る。

数えてみればなんてことは無い時間のはずが、今の文にはやたら長く感じるのだった。

その日はそのまま眠りに着き、翌日の朝に目が覚めても昨夜の興奮を忘れられずにいた。

一日中家でゴロゴロしながら手紙の内容を思い出しては悶え、顔を真っ赤に染め上げる。

そうしている内に陽は沈んで月が昇り、月が東の空から天高く昇っていく。

顔の火照りを抑えようとして窓を開けた文はちょうど雲間から顔を覗かせた月を眺める。

ぼんやりと月を見ていると、月明かりに反射して煌めく彼の白銀の髪を思い起こさせた。

そしてまた彼の事を思い出しては胸の高鳴りに独り悶えて、息を荒げながら眠りに着いた。

 

そして手紙をもらった日から二日が経った今朝。

彼女は即座に身支度を整えて一目散に紅魔館に向かうため自宅を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして現在、文はようやくお目当ての場所に到着した。

空の澄み切った青と湖の多種多様な生命の混ざった青に挟まれてなお異彩を放つ深紅。

一部の人間ですら気付くほどに濃厚な血の匂いに、微量の魔力を孕んだ濃密な霧。

そこにそびえ立つだけで圧力を放ってくるようなこの建造物こそ、吸血鬼の住まう館。

レミリア・スカーレットが全てを仕切る血染めの洋館、それこそがこの紅魔館。

空を飛んで来た文は紅魔館の門前に降り立ち、そこにいる門番に明るく話しかけた。

 

 

「あやや、これは珍しいですね。美鈴さんが起きていらっしゃるとは!」

 

「いやいや、私はいつだって真面目ですって」

 

紅魔館の門の前で立っていた美鈴は文の言葉に不服そうな顔をする。

文はそれを笑って受け流して話を終えるが、どうにもソワソワして落ち着かない。

しばらく黙って門の前で立っていると、美鈴が何やら含みのある笑みを浮かべた。

 

 

「随分気に入ったんですね、彼の事」

 

「へっ⁉」

 

唐突に投げかけられた美鈴の言葉に動揺して文は声を漏らす。

その反応を予想していたように満足げな微笑みになった美鈴は頷きながら語る。

 

 

「まあ気持ちは分かりますよ。彼は素直ないい子ですし、何より強いですから」

 

「へ、へぇ。そうなんですかぁ、知りませんでしたー」

 

「それに彼も年上で包容力のある女性が好みのようですしね」

 

「え⁉ 嘘、そうなの‼⁉」

 

「らしいですよ(うわぁ、すっごい食いついてきた)」

 

 

文の素がにじみ出た悲鳴にも近い大声に美鈴は若干引き気味になった。

ちょっとからかってやろう程度に思っていたのだが、ここまでとは思わなかった。

ただの新しいもの好きが転じたのかと考えていが案外そうでもなかったようだ。

本当にあの少年の事が気に入っているらしい。その事実が何故か美鈴を困らせた。

 

「そ、そんな…………………包容力って、一体どうすれば」

 

「いや私に聞かないで下さいよ」

 

「美鈴さんが言いだしたんじゃないですか‼」

 

「そうですけど……………(まさかここまでとは、予想外過ぎる)」

 

 

少し涙目になってしまっている文からの言及に内心で驚く。

新聞を書くこと以外に趣味は無いと思い込んでいたせいもあるが、

妖怪の山で厳格な規律と共に生きている天狗がたかが人間一人に翻弄されるなんて。

美鈴は心中で半分文を嘲りながら、もう半分で紅夜に感心していた。

そうしていると紅魔館の玄関が音を立てて開き、中から渦中の本人がやって来た。

 

 

「これは射命丸さん、お早い御到着で! もしかしてお待たせしてしまいましたか?」

 

 

深紅の洋館の中から現れたのは、白銀の頭髪に純黒の燕尾服を羽織る若執事。

紅魔館の当主の妹であるフランドール・スカーレットに仕えている十六夜 紅夜だった。

門の内側に設置されている庭園を歩き、門を押し開けた紅夜はそのまま文の前に立つ。

待ちに待った彼との対面。だというのに文は彼と真っ直ぐに向き合うことが出来なかった。

顔を上げれば彼の顔が見える。でも、もしまたあの時のように息苦しくなったら。

そう考えると尻込みしてしまってとても彼の顔を見る事は出来なくなってしまった。

 

 

「射命丸さん?」

 

「っ‼」

 

来た瞬間に俯いて黙ってしまった自分を彼は心配そうに見つめてくれる。

単なる気遣い。それ以上でもそれ以下でもないのに、それがこの上なく嬉しい。

下から彼が覗き込むように顔を見つめようとしてくる。

このままではまずいと文は覚悟を決めて顔を上げて彼と向き合って話した。

 

 

「射命丸さん? もしかしてまた御体の具合が?」

 

「い、いえ! 大丈夫ですから、お気になさらず‼」

 

 

手と首を激しく振り、顔を真っ赤に染め上げながら彼に向き合う。

数日振りに改めてみた彼の顔は、何故だか以前見た時よりも輝いて見えた。

真っ直ぐに自分を見つめる赤紅色(ワインレッド)の瞳に、ハリのある艶やかな人肌。

人間と鴉天狗。種族は違えど美しいと感じる心と感覚に差異は無かった。

そうこうしていると美鈴が紅夜に話しかけていた。

 

 

「紅夜君、わざわざ出迎えしに来たんですか?」

 

「いえ、射命丸さんにお伝えしたい事がありまして」

 

「えっ⁉」

 

「射命丸さん、申し訳ないんですがこれから人里まで御付き合い願えませんか?」

 

「………………え?」

 

 

美鈴の問いかけに答えた紅夜はそのまま文に話を流す。

最初の部分で一気に舞い上がり、後半の部分で一気に気分は急降下した。

 

「実は今回の件をレミリア様にお伝えしたところ、一日暇を出されまして。

フランお嬢様は嫌がったのですが、交換条件としてレミリア様が博麗神社に自分が

付き添う形で連れて行ってあげるとおっしゃってくださったおかげで何とか。

ですがお嬢様方が不在の間に人の弱みを収集するのが好きな妖怪は館に上げるなと

きつく厳命されてしまったので………………申し訳ありません」

 

「あ、ああ…………紅夜さんが謝ることなんてありませんよ」

 

「そう言っていただけると幸いです」

 

 

紅夜の口から語られた事実に対して文はただ『自業自得だ』と認めざるを得なかった。

普段の日頃の行いがこんな形で裏目に出るとは思ってなかった。

正直言って彼がこの館で自分にどんなもてなしをしてくれるのかとずっと楽しみにしていた。

しかしその夢を自分自身の行いによって打ち砕かれるというのは、諦め難いのだった。

 

「すみません。嫌でしたら僕一人で向かいますので」

 

「ええ、え? あの、御一緒ってつまり……………」

 

 

ここで初めて、文は失念していたある事に気が付いた。

彼は今から一日中自分と一緒にいてくれないかと言っているのだ。

普段はフランという主君に仕えている彼が、自分と二人きりになろうと。

しかもその主君は今日に限っては彼の目の届く距離にはいないのだ。

こんな機会はもう二度とない。この機会だけは何があっても逃せない。

そこまで考え付いた文はただ一言、顔を赤らめながら彼に告げた。

 

 

「ぜ、ぜひご一緒させてください‼」

 

 

この言葉を口にするだけで文の心臓はバクバクと豪快に波打った。

普段の彼女なら取材対象と行動を共にするくらい、訳も無いことなのに。

男性に免疫が無いわけじゃないし、今までも天狗の男に言い寄られたことは幾度もあった。

しかし今回はそれまでのような余裕も嫌悪も無い。

あるのは断られたらどうしようという不安と、ほんのわずかな期待だった。

彼からの返事を待つ間のわずかな時間にも文の鼓動は鳴り止む事は無かった。

 

 

「はい! では行きましょう!」

 

 

そうして彼から返って来たのは、承諾の返事。

心なしか嬉しそうに見えるのは自分の見間違いだろうか。

感激に身をよじりそうになるのを抑えて、文は紅夜と共に人里への道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、行っちゃいましたか」

 

 

目の前で甘くもどかしい男女の会話を見せつけられた美鈴は呆れた顔で呟く。

自分はそこまで色恋沙汰に慣れているわけではないが、流石にそこまで鈍感では無い。

文は俯いていたから知らないだろうが、紅夜もまた顔を背けて赤らめていたのだ。

傍から見れば互いに好意を伝えられない両想いの男女のようにしか思えないほどに。

 

「…………………………………」

 

 

だからこそ、美鈴は今の自分に少し驚いていた。

自分の事は自分が一番よく知っているつもりだ。いや、つもりだった。

先程から胸の奥がざわついて仕方ない。無性に体を動かしたくなってくる。

理由は分からない。否、察しはつくがそれを認めたくない。

 

 

「…………………私もまだまだだなぁ」

 

 

晴れ渡る空を見上げて紅魔館の門前で独り呟く。

誰が聞いているわけでもなく、誰かに聞かせるわけでもない。

なのに口から勝手に言葉が漏れていってしまう。

そうしないと、何かが張り裂けてしまいそうだから。

 

 

「紅夜君とは何でもないのに、どうしてだろ」

 

 

空に向けていた視線を戻して彼らが消えていった方向を見据える。

その先には彼と、先程までここで話していた彼女が一緒にいるはずだ。

おかしなところは何もないし、別段咎められるようなことでもない。

だが心の片隅では納得がいかない。声を荒げて否定したい。

 

_______________彼の隣に、お前は要らない

 

 

そんな権利は自分には無いし、あったとしても言うはずが無い。

自分はただ今まで通りにここの門を守り、ここに住む方々をお守りする。

それが使命であり生き甲斐であり、自分に出来る全てであるはずだ。

何より彼にもう会えなくなるわけでもない。消えてしまうわけでもない。

たった今日一日ここから遊びに出るだけで大したことじゃあないはずだ。

 

 

「いつからだろう?」

 

 

美鈴は紅魔館の外壁に寄りかかりながら思い起こしていた。

一体自分はいつからここまで他人に入れ込むようになったのだろうと。

幻想郷に来てからだろうか? 妹様の遊び相手が出来てからだろうか?

泥棒が気軽に入るようになってからだろうか?

それともやはり、彼がここに来てからだろうか?

 

 

「…………………強かったな、紅夜君」

 

 

握りこぶしを作ってそれを見つめ、彼が始めて紅魔館に来た日の事を思い返す。

満月になりきらない月が昇っていたあの夜、彼が目の前に現れた。

音も無く気配も無く、並々ならない殺意のみを溢れさせながらやって来た少年。

銀の髪に白い肌、紅い瞳に尋常ならざる身のこなし。

『完全』を体現する彼女と似ている彼は、まさしく『完璧』の具現だった。

能力持ちだったことにも驚いたが、それ以上に人の身で自分の拳を受けたことに驚愕した。

その一瞬の油断を突かれて一度は敗北したものの、二度目の再戦ではあっけなく勝利した。

一度目の戦闘では気迫に満ちた戦い方に鬼気迫る威圧も相まって自分は心を躍らせた。

だが二度目の戦闘はもはや戦いでは無かった。鬼気も覇気も感じられない弱者の風体。

最後の一撃を決める時、自分は能力を使って彼の体を少し調べた。

そして知ってしまった彼の秘密。彼の体の、隠しきれない限界の事を。

 

 

「あんな身体で私と互角、どんな強さですか」

 

自分は本気を出しかけたのに、相手は手負いどころか瀕死同然の肉体。

普通なら勝負をすること自体ありえない状態だったというのに何故だろうか。

自分の命が危ういのに、それを捨ててまで得たいものとは何だったのだろうか。

やはり、彼の一番の望みであった『肉親』だろうか。

 

 

「咲夜さんは何で彼の事を嫌うんだろ」

 

 

しかし実際は本当に血を分けた姉弟では無い。

『気を遣う程度の能力』で他人の気を測れる自分は知っている。

彼らの中に流れる気は全く別物で、関連性はほとんど無いに等しい。

なのにどうして彼は彼女を姉と呼び、慕っているのだろうか。

きっと自分の知らない、踏み入ってほしくない複雑な事情があるだろう。

それでも彼は彼女を慕ってここまでやって来た。吸血鬼に忠誠まで誓った。

並々ならない覚悟の上でここに居る。せめて彼女には真実を教えてあげたい。

人間の間に流れる時間は、容易く全てを断ち切ってしまうから。

 

血のつながりも、縁も、絆も、何もかも。

彼の気はもうほとんど無い。つまり、もう彼は助からない。

だから彼女に全てを伝えて最期のその時だけは彼の姉になってあげてほしい。

そんな風に思ってしまうのも、彼の事だからなのだろうか。

 

 

「…………………これって、まだ弱いってことなのかな」

 

 

思わず口から飛び出してきた自分の脆弱さを認める甘言。

弱ければ守りたいものも守れない、自分にあってはならない部分。

けれど何故か今だけは、この弱さを抱き締めていたいと強く感じた。

彼の事を思うことが弱さだとするのなら、受け入れられる気がしたのだ。

 

 

「……………………………」

 

 

また気が付くと彼の事を考えて退屈な時間を過ごしている。

彼と話しているわけでもないのに彼を思うだけで楽しくなってくる。

門壁の前に立ってたまに知り合いと立ち話をする程度の変わり映えの無い日常。

目前の世界に色を感じなくなった自分の前に現れた、無色透明な少年。

どこまでも強く、どこまでも繊細で、どこまでも一途な、優しい少年。

自らの慕う姉を奪った吸血鬼に復讐を誓ったドス黒い怨念を持つ少年。

壊すこと以外知らない吸血鬼に手を重ねて暖かさを教えてくれた少年。

世界を飛び越えて姉を探し出し、姉に自らを否定されてしまった少年。

今まで何かを奪う事しか出来ず、何かを愛することを知り始めた少年。

最期を悟りながら涙も後悔も見せることなく生きる事を決意した少年。

 

どれも全く違うのに、その全てはたった一人の人間。

自分の心の中には七色の虹のような色彩を描きだす者がいる。

怒り、泣き、喜び、笑い、悲しみ、苦しみ、慈しむ。

人として世に生み出され、懸命に人らしく生きようとした強き人間。

もしも彼を思うことで生まれる弱さがあるとすれば、それはきっと美徳なのだろう。

弱さを自覚して内包するという行為は簡単なことでは無い。

だがそれを成し得た時こそ、この想いを自分は胸を張って告げられるだろう。

 

 

「……………………………」

 

 

そんな日が来るのだろうか。

一抹の不安が頭をよぎるが、頭を振ってその不安を無理やりかき消す。

彼に残された時間は少ない、それはもうどうにもならない。

だったら自分がその時間を埋められるほど強くなればいいだけの話だ。

弱さを隠すのではなく認め、強さを誇張するのではなく尊重する。

人間である彼に出来たことだ。自分に出来ないはずは無い。

 

「……………………伝えてみせる」

 

 

決意の炎が両の瞳に灯る。

強くなってみせる。彼のために、自分のために。

例え伝えたところで何も変わらなくていい。

この心が変わらない限り、伝えたい想いは終わらない。

今この気持ちを彼に伝えても、自分の望む答えが来なければ自分は恐らく壊れる。

辛い現実を受け止める強さと同時に自分の弱さを認める強さを得なければならない。

 

「……………だからそれまで、死なないで」

 

 

自分勝手なわがままで、切実に彼の身を案じる。

それでも彼に出来るだけ長く生きてほしいというのは本心だ。

戦いの中で出会い、戦いの中で互いを知り、最期の寸前で想いを伝える。

いつの間にか芽生えてしまった、切なくもどかしいこの感情を。

強くなるまでこの想いは『強者への尊敬』として扱うことにしよう。

 

「さて、と。今日も一日頑張りますか!」

 

 

言葉と共に自分を奮い立たせる。

未だ不安や怖れという残響は鳴り止まない。

ごまかすことなんて出来ない自分自身の脆く幼い心の弱さが反響する。

それでも今の自分には、光り輝く虹が見えている。

遠く遠く、遥か遠くまで届くような大きな虹が空に架かっている。

いつか必ずあの果てに行く。そこに自分の望んだ答えがあると信じて。

 

 

 

 






自分は恋愛描写が下手だと自覚していたので他の方の作品やラノベなどで
勉強をして今回に臨んだのですが………………何がどうしたのか。


おかしいですね、紅夜のヒロインはあややに決めたはずなのに
このままだと美鈴が正妻ポジにランクインしてしまう恐れが。

これが世に言う『美鈴無双』というヤツなんでしょうか?


それと今回、紅夜の起こした異変の名前を少し変更しました。
【逆夜異変】から【暒夜異変】へとなりました。



それでは次回、東方紅緑譚


第参十伍話「紅き夜、願い果たして」
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