なるべく早くに投稿すると言っていたんだが、
スマン、ありゃ嘘だった(コノキタナラシイアホガー)
本当に済みませんでした。完全にサボってましたハイ。
これ以上謝り倒すのも恒例化してきているので
とっとと本編始めちゃいましょうか。
それでは、どうぞ!
この幻想の世界でしか見られない一面の星空に、輝ける欠けた月の魔性の光。
それら全ては等しく平等に空の下で暮らす者達に降り注ぎ、各々の何かを思い起こさせる。
ここにもそんな月を見上げて想いを馳せていた一人の少女がいた。
吸い込まれそうなほど暗黒一色の空に光る月を見つめながら空を往くのは、
つい先程まで紅い館の前にいた黒髪の天狗、射命丸 文だった。
彼女は門番の美鈴に別れも告げずに館から出立して今の今までこうして
普段の彼女からは考えられないほど遅い速度で空を飛行していた。
そんな彼女が向かっているのは、自分の家がある帰るべき場所。
魑魅魍魎跋扈し妖怪共が根城とする、人を排他し続けてきた霊山こと妖怪の山である。
夜も深まって、いよいよな雰囲気を醸し出す自分の住まう土地が見えてきた文は飛行する
速度をより一層落として着陸できそうな場所を目視で探し始める。
すると普段は目にしないあるものを見つけた彼女はその場所へと降り立った。
「待っていたぞ、裏切者」
文が降り立った場所で待っていたのは、白い毛並みが特徴の天狗少女、椛だった。
彼女は空から降りてきた文に向けて右手に持つ巨大な大剣の刃先を突き付けて、
元より鋭く尖っていた目元をさらに釣り上げて憤怒を体現するような表情のまま
先程の言葉を憮然と言い放った。
「……………これは何の真似ですか」
「しらばっくれるな、薄々気が付いてはいるんだろう?」
「……………何の事ですかね」
「とぼけるな‼」
怒り心頭といった椛の態度に驚くこともなく文はただ冷静に会話を試みるも、
相手の彼女はその言葉に耳を貸そうとはせずに剣の切先を震わせて怒鳴った。
「お前のせいでにとりは‼ にとりは部下達と同じ症状に陥ったんだぞ‼」
「なっ、にとりさんが⁉」
「そうだ! お前があの時、にとりの言葉に耳を傾けていなければ‼
馬鹿なことを言って期限なんて与えなければアイツは、こんな事には‼」
「……………そうですか」
椛の怒号に文は弁明をするでもなく、力無く俯いて黙る。
彼女の言う『あの時』というのは、自分と二人で友人である河童のにとりのいる
研究所へ侵入者の報を聞きつけて向かった時のことを言っているのだろうと記憶を
掘り起こして、その前に椛の語った重大な部分について俯いたまま文は思考する。
つい先日、彼女らの住まう妖怪の山で哨戒中だった三人の白狼天狗が全員
意識不明の重体で明朝発見され、その後も意識が回復せずに眠ったままでいるという
妖怪の山始まっての未曽有の大問題が発覚し、鴉天狗の間にも広まっていった。
その中でも文は同じ白狼天狗の椛が「侵入者らしき者を見かけた」という事実を
ひた隠しにしていたことを偶然突き止め、二人で見回りをしていたところ、
椛の見かけた不審者と特徴が合致する者が再度現れたために目撃証言のあった
河童のにとりの研究所へと足を運んだのだ。
今椛が言っていたのはおそらく、その後の話だろう。
現に自分が紅夜から手紙を貰って浮かれていた間の数日、この妖怪の山も何やら
騒がしく感じたこともあったのだが、そういう事だったのだろうか。
「悪いが私は山を守護する白狼の者、鴉天狗と共謀して侵入者発見の報を遅らせる
などどいった不祥事については一切の関与を否定し、またそれを事実とさせてもらう」
「…………椛、アンタ私を売るつもり?」
「当然。誰のせいでにとりや皆が酷い目にあったと?」
「……………そう、そうね。そういう事にしておきたいのね」
「…………あなたはどうしてそういう事にだけは頭が回るのか。
でも今回に限って言えば察しがよくて助かると言うべきなのか」
文は一度下げていた頭を挙げて椛と正面から向き合って彼女の目を見つめ、
話の中で出てきた言葉や表情などからここに至るまでの一部始終の流れを悟った。
つまり今、文は瀬戸際に立たされている状況にある。
数日前に自分と椛の二人が発見した容疑者と思わしき人物はにとりと共にあり、
その彼女は先日の白狼天狗の被害者達と同じ症状に陥って何も聞けなくなった。
ところがその侵入者の事を一時的にでも文が匿おうとにとりに提案してしまった為に
報告を受けた椛の上役、白狼天狗のお偉方は好機とばかりに鴉天狗の文のみを激しく
糾弾して、山全体の、ひいては妖怪としての鴉天狗の立場を下げようと画策しているのだと
気付き、あえて全てを言いきらなかった友人の椛の度量に感謝したのだった。
普段の文ならばお偉方絡みの黒い話は待ってましたとばかりに自分から喰らいついて
自分の手掛ける新聞の絶好のネタにするところなのだが、今の彼女にはその程度の
ゴシップなど歯牙にもかけないほど落ち込んでしまう訳があった。
だからなのか、文はうっすら微笑むと自嘲気味に小さな笑い声を挙げつつゆっくりと
椛に近付いて両手を差し出し、呟いた。
「…………いいですよ、私をどこへなりと連れて行きなさい」
「…………正気? 今度は何を企んでるの?」
「別に何も。ただ、そうですね……………もうどうでもいいんですよ」
「どうでも、いい?」
「ええ。今の私にはもう、反抗する気力すらも湧きません。
どうせ抗ったところで何も変わりませんし、それに……………」
「……………それに?」
「いえ、何でも。それより早くしなさいよ、しょっ引く相手が目の前で待ってるのに
ボーっと突っ立ってる間抜けな哨戒がどこにいるのよ。ホラ早く」
話を妙なところで打ち切った文に不信感を抱きつつも椛は「分かっている」と覇気の無い
溜め息交じりの呟きで返し、文の差し出した腕に南京錠付きの重たげな手枷を装着し、
肩を掴んで山の中腹にある天狗の里めがけて重くのしかかる一歩を踏み出した。
自分を連行している椛を横目に見つめながらも文はふと空へと目を移し、
満点に輝く星空を見上げて両目の奥に何か熱く溢れる液体を感じつつ歩を進める。
(さようなら、紅夜さん)
椛にも、そして自分の心にも、嘘をついたままで。
文が妖怪の山に辿り着いたちょうどその頃、彼女よりも早く紅魔館を飛び出して
出ていった咲夜は今、文の証言通りに人里を越えた先の迷いの竹林の最奥部へと向かっていた。
時間帯が時間帯だからか道中で月明かりに
自分の持つ『時を操る程度の能力』の応用である時間停止を使って足を止めることなく切り抜け、
やっとの思いで息も衣服も乱しつつ目的地のある地域までやって来た。
眼前で風に踊らされる闇の中の竹林のざわめきにほんの小さな恐怖を心の奥底で感じつつも、
月の淡い白光に銀糸の如き三つ編みをまとわせた咲夜はそのまま竹林の中へと歩を進めた。
「紅夜……………本当に、ここにいるの?」
不安が混じったような声色で呟かれた彼女の言葉は竹林の中で時折吹き抜けていく風に
弱々しく押し負けて流され、自分以外の誰かに届くことなく消えていく。
竹林の中へ進んでから上空からの微かな明かりでさえも遮られてしまい、
足元ですらも注視しなければならないほどの暗闇の中を咲夜はただただ突き進む。
彼女の胸中は、ただ一人の少年への想いだけで埋め尽くされていた。
(待っていて紅夜。
暗闇の中を銀髪の少女はただ、前へ前へと進んでいく。
それはまるで戻ることを知らない、時を刻み続ける時計の針のように。
しかし時計の針は同じ場所を巡り、その度に同じ時を繰り返し数える。
今まさに咲夜は時計と同じように、進みながらも過去を見続けていた。
十六夜 咲夜という名前は、その少女の本名ではなかった。
実のところ、彼女自身にすら本当の名前は分かっていない。
普通なら生まれてきた子供には親が名前を付けるのが常識的だろうが、
彼女はいわゆる、その常識に当てはまらない環境の中で生まれてしまった。
咲夜が物心ついた時には既に、彼女自身の自由は奪われていた。
徹底された支配の下に目覚め、管理された時間を過ごし、統一された時間に眠る。
そんな奴隷に近い日々を咲夜は送り続け、人生を無為に過ごしていった。
それでも生まれてから十年と経っていない少年少女からすれば束縛や監視など
理解不能で納得のいくものでは到底なかった。
故に咲夜は施設での暮らしを思い出せる範囲からスタートさせた三年目の年に
自分を狂気じみた実験や訓練の場へと連れていく白衣の大人に尋ねてみた。
「どうしてこんなことをするの?」
それが咲夜の、彼女の『人間として』口にした最後の言葉だった。
咲夜が大人に疑問を投げかけた次の日から、彼女は人として扱われなくなり、
非人道的という言葉では語りつくせないほどの苦痛に満ちた日々が始まった。
ある時は人体に有害そうな見た目の化学薬品を様々な方法で過剰なまでに投与され、
意識を失えば全身の痛覚神経を比喩ではなく焼き焦がすほどの高圧の電流を
水分が蒸発して黒煙を噴き上げるほどに流し込まれ、また薬品を投与されて。
またある時は斬り付ければ確実に血を流すほど研磨されたナイフを武器に装備され、
同じような目にあっているらしい同年代の子供と血みどろになるまで互いに互いの
限りある命を奪い合うよう命じられ、拒否すれば弾丸を頭部に撃ち込まれ捨てられる。
人間としての尊厳や権利など皆無なこの場所で、少女達は幾度も幾度も血混じりの涙を
流しては同じことを繰り返し、悲鳴や断末魔を上げる明日へと身を投じる毎日を送る。
もちろんそんな生活に、咲夜もまた耐えきれるはずがなかった。
当時『S1341』と番号を振られていた彼女は同じくらいの期間この施設で生き残った
顔見知りが脱走を企てていることを知り、賛同しようとしていた。
「それで、いつにする?」
「明日のナイフの訓練が終わったらはどうだ?」
「わたしはそれでいいわ」
「よし、決まりだ。絶対にバレるような不審な動きはするなよ」
「あと密告もしちゃダメだ。分かってるよね?」
「もちろん」
個人の部屋と呼ぶにはあまりに小さく狭く、そして汚い独房の中で三人は頷き合う。
元々は一人一部屋だった独房だが、老朽していた部分を実験で得た常人以上の力の
おかげで十歳程度の腕力でも数か月あれば子供一人分程の穴が開通することが出来た。
それを通って三人は中心である『A4106』の独房へと集まって夜な夜な脱走計画を
綿密に話し合い、ついにそれが翌日決行されるまでになっていた。
自分の独房へと戻った咲夜は自分がここから出た後について想像しながらその日を
終えて眠りにつくのが娯楽も幸福も無い暮らしの中の唯一の楽しみだった。
そんな彼女は普段通りに外の世界を夢見て眠ろうとするが、それは断念された。
彼女の独房の前に白衣の男がやって来て鍵を取り出して開け始めたからだ。
「……………出ろ」
「……………ハイ」
鍵が開いて鈍い音を立てながら開け放たれた鉄格子の向こうから男に呼び出され、
咲夜は横目でこちらの様子をうかがっている他の子供たちからの視線を確認しつつ
言われるがままに部屋から出て白衣の男の後についていった。
部屋から出てさほど経たないうちに男は足を止め、別の独房の扉を開け始める。
その様子を後ろから不審に思いつつ見つめる彼女は不意に独房の中を覗き込んだ。
男が開けようとしている独房には既に誰かが収容されていた。
それが誰なのかを確認しようと目を凝らした直後に男に番号を呼ばれ意識を戻す。
「S1341、今日からはこの部屋で過ごせ」
「…………ハイ」
余計な質問や口答えはすぐさま自分自身への苦痛へと変換されることを数年前に
身を以て知っていた咲夜は元来無口で不愛想だった口数をさらに少なく減らし、
表情もより機械めいた無表情に固められた顔のまま男の命令を承諾する。
扉を開けて中へ入るよう誘導された彼女はそのまま独房の中へと入っていき、
中にいた住人を見てやろうと考え、ほんの少しだけ視線を上へと上げた。
そしてその日、その時、その場所で。
咲夜は未来の主人曰く『運命の出会い』を果たすこととなった。
白衣の男に『C7110』と記号で呼ばれた少年と。
(こんな小さな子供までここにいるなんて知らなかった…………)
真っ先に咲夜が感じた違和感は、中にいた少年の小柄さ。
力無く壁際にもたれかかる姿勢で自分を見ている少年の体躯はあまりに小さく、
あまり発達していない自分と比べてもその手足はどうしようもなく短過ぎる。
これほど小さな頃からこんな場所にいる人間がいることを初めて知った咲夜にとって
彼との出会いはある意味衝撃的な出会いでもあった。
「……………だれ?」
独房の中で四肢をダラリと脱力させていた人の形をしたものが小さく蠢き、
入って来た咲夜のいる方へと顔をわずかに動かして掠れた声で囁く。
人体実験の影響で常人を越えた五感を得ている咲夜からすれば充分に聞き取れる
声量であったため、彼女はその問いかけに素直に応じた。
「私はS1341。あなたは?」
「……………C、7110」
「よろしく、C7110」
自分の事を割り当てられた記号で答えた二人は暫し見つめ合っていたが、
少年の方が先に顔を伏せて静かに寝息を立ててしまったので咲夜は会話を
打ち切って少年のいる場所から少し離れたところで注意を払いつつ眠りについた。
そして翌日、鉄格子が開け放たれる重低音と共に彼女らは目覚め、
二人はそれぞれ別々の場所へと連れていかれ、再開したのはその日の夜となった。
昨日と同じように自分よりも先に独房に入っていた少年は既に顔を伏せて小さな
寝息と共に意識を失っていた為、咲夜は誰にも邪魔されずに物思いに耽った。
彼女が頭に思い浮かべるのは、本来なら今日決行されるはずだった脱走計画。
(あの二人は私を置いて、行ってしまうのかしら)
この独房へと移ることがなければ自分も乗じてここから脱走出来たであろうかと
閉ざされた選択肢について未練がましく考え始め、そのまま咲夜は眠りについた。
そして次の日、彼女は白衣の男達が「脱走を企てた実験体二匹を処分した」という
業務連絡のように軽く命が散らされた現実を耳にし、愕然と恐怖に震えた。
(私を置いていってしまった、もう会えないのかしら)
幼いながらに彼女が感じたのは、『死』への恐怖だった。
今までさんざん自分が他人に訓練や実験と称して与え続けてきた残酷な死こそが
脱走という夢を自分に見させてくれた二人を自分から引き剥がしたのだと理解し、
もう二度と会う事が無いことまで悟ってしまい、咲夜は恐怖に震えた。
(死ぬって、殺すって、嫌)
その日初めて咲夜は、自分の一つきりの命の重さを知った。
以降彼女は実験や訓練での成績が極端に下がってしまう結果を招き、
さらに苦しい地獄のような生活への扉を開けてしまった。
命の尊さを知ったあの日、咲夜は初めて少年と言葉を交わした。
最初は思い出すのも嫌なほど苦しい実験などを少しでも忘れるための間に合わせ、
単なる気休めとほんの少しの好奇心だけしかなかった。少なくともそう考えていた。
咲夜から発せられる言葉は決して返事が返ってくることは無く、
ただただ一方的なものでしかなかったが、今の彼女にはそれで充分だった。
「ねえ、隣で寝てもいいかしら」
「その傷はどうしたの?」
「今日はどうだった? 痛くなかった?」
毎日毎日、何度も何度も飽きもせずに咲夜は声をかけ続ける。
やがて彼女が諦めるよりも先に少年の方が折れ、徐々に返答をするようになり、
次第に彼女らの間には一日の中で最も心休まる空間が生まれていた。
「おかえりなさい、今日はどう?」
「訓練だけよ。そっちは?」
「実験を三回くらいだよ」
「痛くなかった?」
「慣れっこだよ」
お互いがお互いのあったことを報告し終えると同時に緊張の糸を解き、
支え合うように寄り添って咲夜は少年の、少年は咲夜の手を取って絡ませる。
五本全ての指を交差させるように重なった二人の手は互いの体温が行き来して
鈍い痛みと鋭い痛みしか知らない二人の触覚に不思議な安らぎを与えた。
「…………あの」
「どうしたの?」
「も、もっとこうしてたい」
「ええ、いいわよ」
二人の日常は常に他者を傷付ける行為が常識となりかけていた。
しかし、そんな中で生まれたこの小さく弱々しい手のひら大のこの温もりを
咲夜も少年も口には出さなかったが絶対に守りたいと決意していた。
彼女の内に芽生えた少年を思いやる感情は日増しに強くなっていき、
ついには互いの間にあった距離が完璧に縮まるほどにまで打ち解けて、
少年は咲夜を「姉」と、咲夜も少年を「弟」と認識し始めていた。
二人の間に生まれた奇妙で暖かな関係は、この理不尽極まる狭い世界の中で
唯一守りたいと願える大切なものであり、それは永劫続くかに思われた。
だが、その儚い二人の想いは次第にすれ違っていく運命を着実に辿る。
少年の独房へと移って早数か月。
咲夜はこの時、ある感情を水面下で激しく揺らされていた。
その感情はとても強く、とても荒々しく、とても過激で、醜い。
(この子は____________弱過ぎる)
咲夜が少年に対して抱き始めたのは、身勝手な『失望』だった。
同じ独房で時間を共有していくうちに咲夜はある事実に気付いてしまった。
それは、自分と少年との間にある埋めることの出来ない『実力差』だった。
実験や訓練を文字通り血を吐いてでも繰り返し継続させられた経緯は同じでも
彼と自分の間には覆ることの無い圧倒的なまでの性能の違いが確立されている。
その事実に気付いてしまってから咲夜は、少年に対してある種の軽蔑に近しい
負の感情を抱くようになり、次第にそれは彼との関係を瓦解させていった。
それでも少年は徐々に咲夜に対して心を開くようになり、ついには彼女を
誰もいないところでは『姉さん』と親しみと恥ずかしさを込めて呼ぶようになった。
当初は咲夜も自分以外の命との繋がりが出来たことに大いに喜んだけれど、
段々と彼との違いを感じるようになり、やがては疎ましさすら感じてしまうほど
彼女の心は少年の希望とは裏腹に醜くドス黒く歪みつつあった。
「ねえ、姉さん」
「………何?」
「ぼく、姉さんがいればそれでいいんだ」
「………それで?」
「だから、その、ぼくとずっと一緒に」
「……………いつまでも甘えていちゃ駄目よ」
「あっ、ゴメン。そうだよね、ぼく頑張るよ」
「…………お休み」
「えっ、あっ」
「何?」
「………ううん、何でもない。お休み姉さん」
何かまだ言いたげな顔の少年から一日を終える言葉が紡ぎ出され、
咲夜はほんのわずかな苛立ちを感じながらも少年の横で眠りについた。
しかし数分後には意識が再び目覚め、完全に意識を沈めてしまっている少年の
隣で独り黒い感情に染まり始める。
(最初は嬉しかったけど、この子の相手は疲れるわ)
自分たちのいる施設で自分以外の人間に気を配る余裕はありはしない。
多くの死を見て、築いてきた咲夜にとってはもはやそれがここの常識であり、
ごくごく当然の事でもあった。
(いつまでも姉さんって呼ぶだけで私にすがるだけで、
結局私の負荷が増えただけ。もうこの子は私にとっては不要ね)
生きること為に殺すことを前提としてきたこれまでの人生と呼べぬ時間の
積み重ねの中で咲夜が経験して培われた合理的な判断が下したのは、
真横で小さな寝息を立てる少年の命を見捨てて自分が生き残るという
冷酷な自分自身への命令だった。
決断を下したその日から、咲夜の少年への態度は徐々に素っ気無いものとなり、
ついにはまともに目も合わせず適当に相槌ちを打つだけの空虚な関係となった。
無論それは咲夜からの視点であり、少年はずっと咲夜を姉と慕い続けている。
彼女のこの施設では当然の采配が、自分自身の人としての最後の砦を内側から
破壊していくことに気付くことも無く、さらに時は流れ続けて数年が経った。
いつもと変わり映えの無い血みどろの日常が、その日唐突に破られる。
全身を染め上げる返り血を何の感情もこめずに見つめる目が、
彼女らのいる独房の外にやって来たスーツ姿の男達を捉える。
咲夜は訪れた男が何者であるのかは知らなかったが、彼らが自分に用事が
あってやって来たことだけは事前に知っていた。
だからこそ彼女は自分の底から去来する謎の感情に打ち震えていた。
「S1341というのは、どちらかね?」
「………私、です」
「……………そうか」
現れた男達の中で一番偉そうな大男が番号を口にし、それに合致するのが
自分であることを証明するために自分から名乗り出た。
大男は咲夜をしばらく見つめた後に低いうなり声を上げて小さく頷いた。
そしてその次に男の視線は咲夜の隣で不安げな表情を浮かべる少年へと向けられ、
一緒についてきた別の男に囁くようにして尋ねた。
「では、もう一人の方は?」
「コイツはC7110………出来損ないもいいトコですよ」
「そうか、だがいい目をしている…………惜しいな」
大男は少年をまじまじと見つめてから心底惜しそうに呟きを残してから
横の大人たちに何かを命じ、その後咲夜たちの方へと向き直って改めて
二人の前に現れた理由を告げた。
「残念だが、この任務では実力が必須。
どんな目を持とうが、出来損ないでは意味が無い」
「では将校、S1341のみにやらせるのですか?」
「仕方あるまい。此処で最も強い
スーツ姿の大男は脳髄に刻み付けるように厳かにそう語り、
咲夜一人だけを独房から連れ出し、少年だけを残して再び鍵を閉める。
男達に連れられた咲夜はそのまま他の独房の中の子供達を流れるように見つめ、
自分だけがこの監獄の中から逃れられる優越感を人知れず味わった。
任務という名の殺戮のために自分が呼び出された、それは分かっている。
他者の命を奪うのは今でも嫌だし、奪われるのはもっと嫌だ。
けれど、自分自身が生き残るためならば仕方ない。誰であろうと犠牲にしよう。
それが例え、暫しの間苦楽を共にした、あの名も無い少年だったとしても。
(やっと、やっと私は解放される!)
もはやこの時の咲夜の頭の中には、それしかなかった。
自分が劣悪な環境から解き放たれるその瞬間を、今か今かと待ち望むのみ。
それしか頭になかった彼女は知りもしない。
彼女が独房から出された時の、少年の悲痛さと愛おしさが混じり合った視線を
姿が見えなくなる瞬間まで、ひたすらずっと送り続けていたことに。
少年が、自分の帰りを、待っていたことに。
「やっと、着いた‼」
時は巻き戻って現在。
咲夜はついに迷いの竹林を走破し、目的地である『永遠亭』へと辿り着き
その門前で膝に手を付き荒い呼吸を繰り返していた。
彼女はここに来るまでの道中、ずっとあることだけを考えていた。
それは天狗の文から教えられた情報、紅夜の安否についてのみ。
(今ハッキリと分かった、どうして今まで紅夜の事を避けてたのか。
あの子が紅魔館に来てからずっと感じていた嫌な感覚が……………)
月の光すらも遮断するほど天高く自生している竹の密林の中でも光を
絶やさず周囲を仄かに照らしている光源であるお馴染の診療所の前で一人、
咲夜は自身の弟と再開してから感じていた感覚の原因をようやく悟った。
(私、あの子に罪悪感を感じていたんだ。
紅夜の顔を見るたびに胸の奥が押し潰されそうになったのも、
近寄りたくないと避けたのも、彼の言葉に苛立ったのも全部‼)
__________全部、私が悪いんじゃない
独り夜道をひた走り、ついに辿り着いた目的地の前で咲夜は歯噛みする。
ここに来て初めて理解出来た事で自分自身の醜さを改めて自覚した彼女は、
今まで何とも思わなかった両足が鉛で縛られているかの如く重たくなったのを
感じ、永遠亭の玄関先から動くことが出来なくなってしまっていた。
今すぐにでも紅夜に会いたい。
会って、あの子に頭を地にこすり付けて謝りたい。
彼女の中に再び沸き起こった罪悪感が彼女の五感を支配し、
指先すらピクリとも動かせないほどの硬直状態に陥らせる。
謝ったとして、それでどうなる?
あの子を平然と見捨てた自分を、許してくれる?
恨み言を吐き捨てられるくらいならまだいい。
けれどもし、もしも自分がしたように彼が私を見捨てたら?
「………………」
浮かび上がっては爪痕を残して消えていく最悪の想像に身震いし、
それがより一層体の硬直を長引かせて踏み出す決心を鈍らせる。
頭では理解出来ていても、心が彼に近付くことを許容しない。
今の醜い自分をさらけ出すことを、より醜い心が認めようとしない。
ついに咲夜は、考えることを放棄した。
半ば自暴自棄になり、後先考えずに右足を一歩踏み出す。
今の彼女は、普段の冷静さも判断力も何もなく、
あるのはただ見殺しにしようとした『弟』に対する想いだけ。
そんなある意味エゴに近しい感情が、咲夜の背中を後押しした。
けれど、それはあまりにも遅過ぎた。
「________あら、ようやく来たのね」
「えっ?」
ふいに投げかけられた声に驚いて咲夜は顔と目線を上へと向け、
そこにいつの間にか立っていた人物の姿を網膜へ刻み付ける。
咲夜の前に立っていたのは、美しいという枠にはまらぬほど麗美なる少女。
出で立つ姿はまさに"美"そのもの。
腰よりもさらに下まで垂れ下がるよう伸ばした漆仕込みの如き麗黒の長髪。
薄い桃色の袖口の大きな和服に身を包み、胸元に純白のリボンをあしらわれている。
そして日本情緒を連想させる月や竹、桜に梅などの模様が金の刺繍で描かれている
大きめのスカートとドレスが混ざったような服を雅に着こなしている。
静々と歩み寄る黒髪の麗人を前に咲夜は口を半開きにしたまま立ち尽くしていた。
それはあまりにも、あまりにも眼前に現れた少女が自分の表現しうる美しさを
いとも容易く通り越してしまっていたが故の半ば恍惚に近い沈黙だった。
「遅かったじゃない。いえ、遅過ぎたじゃない。
時間を操る事が出来る血を
自らが忠誠を誓う吸血鬼を侮辱するような発言を交えつつも
優雅な雰囲気をまとって目の前に現れた少女は_______『
日本の伝統文学に於いて最初にして最古の物語である『竹取物語』に
登場する見目麗しい月の姫君と同じ名前を持つ、絶世の美女である。
咲夜の前までゆったりとした歩調で迫る彼女はあまりにも整い過ぎている
端正なつくりの顔を真っ直ぐに咲夜へと向け、その形のいい唇をわずかに
歪ませて艶やかに、そして怪しげに微笑んだ。
「もう死んじゃったわよ、あの人間もどき」
世の誰もをしのぐ美しさを携えた少女が告げた言葉は、
それまで必死に望みを抱いていた銀髪の少女の中に残っていた
とても大切な『ナニカ』を粉々に壊してしまうには、充分過ぎた。
風にざわめく竹林の音に、独りの少女の悲痛な慟哭が木霊した。
これからは曜日更新が安定しそうです(白目)
というわけでいかがだったでしょうか?
ついに、主人公の一人が死んでしまいましたね。
普通なら大問題ですが、これからの巻き返しに注目です(作者が)
それとまた性懲りも無く新しい作品を書く準備を
進めてしまっているんですが、今回は様々な波紋を呼び起こした
【日本一ソフトウェア】様製作のホラーアドベンチャーこと
『夜廻』の短編(もしくは連載)を書こうと考えております。
もし見かけたらぜひそちらも閲覧くださると嬉しいです。
もちろんこの作品に関しても
ご意見ご感想があればどんどん申してくだされば幸いです!
それでは次回、東方紅緑譚
第四十弐話「瀟洒な従者、愛してると言わせて」