東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、先週はサボってしまってすみませんでした!
なんだか最近どうにも思うような文章が書けなくなっていまして、
俗に言うスランプってヤツなんでしょうか?

…………スランプに陥るほどの作品かと言われれば首をひねりますが。

謝罪はこれくらいにして、さっさと書き上げてしまいましょう!


それでは、どうぞ!




第四十八話「禁忌の妹、初めての朝」

 

 

 

 

幻想郷の夜、迷いの竹林にて。

 

昼間ですら周辺に暮らす人里の者は近寄ろうともしないその竹林へ、真夜中に降り立つ者がいた。

本来ならば竹林の脇に住む案内人に先導されなければロクに進むことも出来ないはずのその場所を

その者は何の躊躇もなくひたすらに突き進んでいた。その幼き姿にそぐわぬ異形の翼をもって。

 

迷いの竹林を進むのは、紅魔館の地下に幽閉されているはずの吸血鬼ことフランドールだった。

 

彼女は元来紅魔館の外へ出ることを許されなかったはずなのだが、今はこうしてここにいる。

それはただひとえに、自分の愛した執事である少年の行方を追い求めてのことであった。

 

「もう少し、こっちだわ! 紅夜の血の匂いがだんだん濃くなってきてる!」

 

 

課せられたしがらみを振り払って幻想郷の夜空の元へと出てきたフランは、紅魔館の外の地理など

全く以って知る由もないはずであるが、彼女は迷うことなく一直線にここへ来た。

フランは知らないが、この迷いの竹林の最奥部にある永遠亭で紅夜は生前治療を受けていたのだ。

といってもその体は既に瀕死の状態であり、治療というよりは最期の時を迎えるまでの気休めに

なる程度の応急処置しかされていなかったのだが、それでも彼の血はここで流れたのだ。

さらに言えば、その永遠亭に辿り着く過程で彼は多くの血液をその道中で垂れ流していた。

彼の身を案じて永遠亭まで搬送した鴉天狗の射命丸 文の服に血溜まりが浮かび上がるほどに。

そういった経緯で流れ出た血の匂いを吸血鬼としての嗅覚が嗅ぎつけ、フランはやって来たのだ。

故に彼女は迷いの竹林と呼ばれ、さらに自身にとっては未知なる土地であるにもかかわらず、

こうして一切のミスもなくただ真っ直ぐに永遠亭のある場所へと突き進むことが出来ている。

 

 

「あとちょっと! 待ってて、紅夜!」

 

 

本来であれば自分の知らない世界にいきなり足を踏み入れれば誰であろうと困惑し、恐怖する。

それは吸血鬼とはいえ長い時を地下深くに幽閉されていたフランといえども例外ではないのだが、

今の彼女の中には不安や恐怖などの感情は一切存在していない。あるのは純粋な、愛のみ。

力ある姉に疎まれ、館の誰もが遠ざかる。そう思って塞ぎ込んでいた頃の彼女はもういない、

愛するたった一人の少年のために一人で外へ飛び出した、自信と決意に満ちた吸血鬼の血族。

真夜中の竹林を低空飛行で駆け抜けるフランは、もう以前の彼女などではなかったのだ。

 

今宵は欠けたる月の出ずる夜。無数の竹の葉に遮られるもその輝きと魔性の力は失わず。

紅い瞳の少女はただ、一途に想う彼の元へと一目散へ向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランが迷いの竹林を難なく進んでいる頃、彼女の目的地である永遠亭にて。

 

竹林の葉を舞うようにして運んでいる風と同じ速度で永遠亭の門をくぐる小さな人影があった。

その人影は無数にある横開きの扉を無視し、長い廊下の最奥にある広間へと向かっていき、

まるで誰かが来るのを待っていたかのようにその場所で鎮座していた人物を前に人影は止まる。

自身の前にやって来た人影に対して、腰まで届く銀糸の三つ編みを伸ばす女性、永琳が話す。

 

 

「見張りご苦労様。それで、何かあったのかしら『てゐ』?」

 

「ウサ。なんかどっかで見たような恰好の子供が迷いの竹林に来たウサ」

 

 

永琳から名を呼ばれた小さな人影が不自然な語尾と共に自身の務めを報告する。

 

整えられてはいないものの粗野ではなく、程よい艶やかさを保つウェーブがかった黒髪に、

生を受けて幾何かに思えるほど端正で幼い顔立ち、そして兎のように丸みのある赤い両瞳。

童顔と合わせたかのように小柄な体躯を白いワンピース状の服で包み、首にはニンジンを

象ったようなネックレスをぶら下げていて、なおかつ足首ほどまでの長さのソックスを履く。

極めつけはその頭部の髪の間から顔を出した小さく垂れ気味のウサ耳と、腰の真ん中辺りから

可愛らしく慎まやかに飛び出たモコモコの兎の尻尾に酷似した丸毛の物体。

 

迷いの竹林をねぐらにしている彼女こそ、『因幡(いなば) てゐ』という兎の妖怪である。

 

外見とは裏腹の野暮ったい口調での報告を聞き入れた永琳は表情を変えて思案する。

 

 

「どこかで見たような恰好の子供? 里の人間の子供ではなくて?」

 

「違うウサ。なんかこう、物珍しい感じの服の背中に羽の生えた子供だったウサ」

 

「背中に羽? それを先に言いなさいよてゐ。どう考えても特徴的な部分じゃない」

 

「頭のいいお師匠様なら言うまでもないと思っただけウサよ」

 

「あら、新薬の実験台になりたいのなら先にそう言えばよかったのに」

 

「ち、違うウサ! たまたまそこだけすっぽりと言い忘れてただけウサ!」

 

「あらそう、残念だわ」

 

命拾いしたウサ、とてゐは心底安堵したように深く大きな溜め息を永琳の眼前で吐き出す。

対して永琳は固定した表情で冗談よ、と呟くものの頭の中ではまるで違うことを考えていた。

言わずもがな、たった今てゐが報告してきた見覚えのある服装の少女のことについてだ。

永遠亭の薬剤師として幅広い付き合いのある自分ならばともかく、迷いの竹林と永遠亭を

行き来するくらいしか日頃の行動範囲の無いてゐが見覚えがある服装の少女というのは一体

誰なのだろうかと屈指の頭脳で考えるものの、あまり具体的な回答は出てきそうになかった。

少女というだけでこれだ、背中から羽が生えているなどと言われればより混乱してしまう。

ひとまずの問題はやって来る相手の見極めであると判断した永琳はてゐに向き直り命じる。

 

 

「とにかくまずはその来訪者を監視、あるいは目的を問うことね」

 

「排除じゃないウサか?」

 

「誰彼構わず鏃を向けるほど私は蛮族に身を堕とした覚えは無いわよ。

それに、てゐに見覚えが無いだけで私からしたら大事な顧客かもしれないじゃない」

 

「それは嘘ウサ。お師匠様が大事にされるほどの顧客の顔なら覚えてるし、

それならそもそもかなりの頻度で出向くはず。なのに竹林に住んでる私がその事を

知らないでいるというのはあまりにも不自然な話ウサ」

 

「正解。流石ね、てゐ」

 

「御褒めに預かり光栄ウサ。で、本当に監視するだけでいいウサね?」

 

「とりあえずはね。てゐは永遠亭の前でやって来るお客様の相手をしてもらうわ。

その時にここまで来た目的等を尋ねればいいと想うけど、あなたはそれでいい?」

 

「問題ねーウサ」

 

「そう、それなら早速行って頂戴」

 

「了解ウサー」

 

 

自らが師と仰ぐ永琳からの命令にぶっきらぼうな態度で答えたてゐは指示通りに、

永遠亭の門前でやって来る謎の少女を待ち受けるために広間から立ち去ろうとする。

両手を頭の後ろに回しながら口笛を吹くほど気楽に歩き出したてゐだったが、

そんな彼女の前方からドタドタと小煩い足音を立てながら飛び込んできた人物と衝突した。

 

「きゃあ!」

 

「痛っ!」

 

「あら?」

 

 

お互い回避どころか受け身すら取る余裕も無くぶつかってしまい、真逆の方向に転倒する。

てゐは永琳の足元へと半回転して転がっていったが、もう一人は扉に頭をぶつけたらしく

低くうなりながら頭部を押さえてジタバタしていた。すぐに起き上がったてゐはいきなり

ぶつかってきた相手に心当たりがあるようで、実質一人しかいないその相手に罵声を浴びせる。

 

 

「鈴仙! お前ホンットに鈍くさいウサね! 前に誰がいるかくらい確認も出来ないウサ⁉」

 

「は、はぁ⁉ アンタこそ自分よりも身長高い相手が見えないとかどうかしてんじゃないの⁉」

 

「見えなかったウサ~w 器が小さ過ぎて視界に収まらなかったウサよ~申し訳ないウサ~w」

 

「コイツ…………ッ」

 

 

悔しそうに歯ぎしりしつつも怒りで表情を強張らせているのは、てゐと同じ兎である鈴仙だった。

薄紫色の挑発を右手で掻き上げるように風になびかせるその風貌は素晴らしいの一言なのだが、

いかんせん表情はてゐに対して挑発的なものであった。故にこそ、てゐも挑発に乗ってしまう。

 

 

「私は謙虚な下から目線の可愛くて純粋な妖怪兎だからちょっと目に入らなかったウサ~w

でも悪気があったわけじゃないから許してほしいウサ~w この通りウサよ~ww」

 

「んぁ~~もうっ!」

 

「そこまでにしなさい。てゐ、あなたはさっさと持ち場に行ってらっしゃい。

ウドンゲ、あなたはあなたで私に何か報告があるから来たんじゃないの?」

 

「「うぅ…………」」

 

 

二人揃って頭部から生やしたウサ耳をヘナヘナと力なく垂らして師匠の言葉を賜り、

てゐは当初から命じられていたことを遂行するために鈴仙を一睨みしてから出て行き、

代わりに鈴仙が永琳の元へと歩み寄ってきて今しがた出ていったてゐと同様に報告をし始める。

しかし鈴仙が一言を紡ぐ前にいかなる場合においても冷静沈着たる彼女らの師が言葉を発した。

 

 

「先に言わせてもらうけどウドンゲ、いつ如何なる状況においても冷静であるべし。

これは他人の命を救える立場に身を置くという責任ある私たちだからこその義務と言えるべき

言葉よ。決して忘れるべからず、それを常に頭の片隅に置いて行動しなさい。いい?」

 

「なるほど! 流石は師匠‼」

 

「今後はそうした行動を心がけて頂戴。それで、報告は?」

 

「あ、ハイ! えっとですね……………」

 

 

永琳からの意義ある言葉に胸打たれた鈴仙は師匠からの格言を頭の中で反芻しながら、

早速実践すべき時だと思って報告をする前に一呼吸おいて冷静さを整え、報告を行った。

 

 

「実は先程から、姫様がどこにもおられません!」

 

「ハァァァッ‼⁉」

 

 

たった今『冷静であるべし』とのたまった永琳が目を見開いて驚愕に顔を歪ませながら叫ぶ。

あまりの発言のブーメランっぷりに一周回って冷静に徹することが出来た鈴仙はどうするべき

なのかと眼前で狼狽する師匠を前に、とりあえず苦笑いでこの場を乗り切ろうと考え実行した。

しかし、それは突然の緊急事態に陥った永琳に対しては愚策だったようである。

 

 

「何をヘラヘラしてるの‼ さっさと探して連れ戻してきなさい‼」

 

「うぇ⁉ 私がですか⁉」

 

「他に誰がいるの‼ 早く行きなさい、新薬の実験台にするわよ‼」

 

「い、行ってきまーーす‼」

 

 

普段の知性あふれる余裕を湛えた彼女からは想像もつかないほど取り乱した表情で鈴仙に

詰め寄り、すぐさま行方をくらました人物の捜索を命じた。

自分自身の身の危険を人質として言い渡された鈴仙は大慌てで広間から走り去って行き、

永遠亭の玄関から外の迷いの竹林へと駆け出して周囲の捜索を開始した。

 

冷静って何だっけ、という一抹の疑問を残したままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴仙が永遠亭から飛び出して約十分ほど経った頃、彼女はようやく目的の人物を

見つけ出すことに成功していた。しかし、連れ戻すまでには至っていない。

何故なら現状、それをすることが困難であるからだ。

 

鈴仙の眼前に広がる光景は、ハッキリ言って滅多に見られるようなものではなかった。

夜も深まり丑三つ時、星々の光を遮るほどに生い茂った竹林の葉、そこまでは普段と変わらない。

違うのはそこに集う面々。自分とそばにいるてゐ以外に、いるはずのない者が二人いるのだ。

 

一人は自らの師匠が仕えし月の姫君であった絶美なる少女、蓬莱山 輝夜。

もう一人は自分が今まで見たこともないのに絶対的な力を感じさせる、背中に羽の生えた少女。

 

この両者が対峙している場面に出くわしてしまったのが、鈴仙の運の尽きだったと言える。

 

「御機嫌よう。素敵な夜ね、血を啜る卑しい鬼の子にはもったいないほどに」

 

「………あなただぁれ?」

 

 

葉々の隙間から木漏れ日のように差し込む月星の光すらも溶け込むような麗しい黒髪を夜風に

なびかせながら呟いた輝夜の言葉に、竹林と突破してきた不思議な雰囲気の少女が答える。

答えたと言ってもほとんど疑問文だったのだが、その返答そのものに鈴仙は強い衝撃を受けた。

そっと隣にいるてゐを横目で見やりながら、鈴仙は耳打ちするように自身の感じた衝撃を伝える。

 

 

「ねぇ、もしかしてあの子供…………姫様の事知らないのかな?」

 

「知らないも何も本人が誰かって尋ねてるウサ。それくらい分かれよ」

 

「んなっ! そ、それくらい分かってたけど! でも、そんなのおかしくない?」

 

「なんでウサ?」

 

「だって、姫様は人里にまで名が轟くほどの有名人なのよ? それを知らないって」

 

「誰だって自分が興味を持てない話題には疎いものウサ。それくらい常識ウサよ」

 

「アンタから常識って言葉を聞くと違和感しか湧いてこないけど、まぁいいわ」

「どういう意味だコラ」

 

「語尾つけ忘れてるわよ」

 

「あ、あらやだ! 私ってばおっちゃめ~!」

 

「……………とにかく、あの子供が何者なのか気になるわね」

 

 

永遠亭へと続く通路の真ん中で向かい合う両者、その輝夜の後ろで話していた鈴仙とてゐの

会話が思った以上の大きな声だったのか、それとも聞き取った側がすごいのか、とにかく

鈴仙の漏らした言葉に背を向けながら輝夜が割り込みながら答えた。

 

 

「吸血鬼よ。しかもさっき来ていた方とは段違いに強いわ」

 

「えっ? さっき来てた方って、もしかしてレミリアですか?」

 

「そうそう、そんな名前だったわね。アレよりも数段上の力があるのは間違いないわ」

 

「鈴仙、そのレミリアって確か前の異変の時にこの竹林に来たことあったっけ?」

 

「え? ええ、確か従者の咲夜と一緒に霊夢たちと争ってたような…………」

 

「あー、なるほどウサ。どうりであの格好に見覚えがあると思ったウサ」

 

輝夜は普段鈴仙達には欠片ほども見せない冷静かつ的確な分析で相手を見定め、

あまりにも豹変し過ぎた仕えるべき姫君の姿に鈴仙もてゐも目を丸くしてしまう。

その言葉の中でてゐはかつて永遠亭が主体で引き起こした【永夜異変】での一幕を

思い出し、自分がどこで目の前の金髪の少女の服装を見たのかを思い起こした。

三人がそれぞれに会話する中、その途中で出てきたある単語に聞き覚えのあった少女

フランは先程よりもより熱意のこもった声で輝夜に問いかける。

 

 

「あなた、お姉様の事知ってるの⁉」

 

「お姉様…………へぇ、あの吸血鬼はあなたの姉なのね?」

 

「そうよ! さっき来てたって言ってたけど本当?」

 

「ええ、来たわ。さっきと言っても今から一時間半以上も前の話だけど」

「一時間…………私は紅夜を探しに来たの! どこにいるか知らない⁉」

 

「紅夜? 紅夜…………ああ、もしかして死んだあの人間もどきのこと?」

 

 

フランからの問いかけに悉く答える輝夜だが、その解答には一切の配慮が無い。

かつては月の姫君として奉られ、今でもなお永琳や鈴仙達からは姫として一線を

画した扱いを受けて日々を過ごしている影響であるのだが、実態を知らぬ相手から

すれば心無い暴言と同意であると受け取れてしまう。今回も同じことが起こった。

輝夜の発した『死んだ人間もどき』という言葉に対して爛漫であったフランの表情や

雰囲気が一変し、敵対する存在に向けられるべき敵意が輝夜達に叩きつけられる。

 

 

「やっぱり知ってるのね、教えて! 紅夜はどこにいるの‼」

 

「…………何の事?」

 

「知ってるはずよ! 答えて! 私の紅夜はどこ⁉」

 

「だから、あの人間もどきの死体ならあなたの姉が持っていったじゃない」

 

「その後どこかに行っちゃって、私は紅夜の血の匂いを追ってここまで来たの!

だから絶対にここにいるわ! 早く紅夜を返して‼」

 

「血の? 匂い…………あー、つまりそういうことね。

残念だけどここにあの人間もどきの体はどこにもないわ。えっと、お名前は?」

 

「フラン。フランドール・スカーレット」

 

「フランドール、長いわね。フランでいっか。フラン、これから話すことは

嘘偽りの無い本当の話よ、だからよく聞いてそれから考えて頂戴」

 

「? 分かったわ」

 

 

フランの話で何かに勘付いた輝夜は一度話を中断して自分たちの側から情報を

開示するという低い姿勢で話し合いを再び切り出す方向へと会話を進行させた。

絶対的上位の立場を常に崩さない輝夜が下手に出ているという事実にまた驚きを

隠せない鈴仙とてゐは二人で顔を見合わせるもその驚愕に対しての答えは出なかった。

輝夜からの提案にうなずいたフランは滞空するのを止めて竹林の道にゆっくりと降り、

両足でしっかりと着地して目線を戻すまでしてから口を開いた。

 

 

「それで、お話ってなぁに?」

 

「まず一つ、ここにあの人間もどきの血の匂いが残っているのは生前の頃の話。

つまり、ここで死亡が確認されてそちらに引き渡してからはこちらに来ていない。

だから血の匂いを追ってここまで来てもほとんど意味は無かったってこと」

 

「………………………」

 

「何も言わないなら続けるわ。次に二つ、随分と荒々しい気配がここからそう遠く

ない場所で激しくぶつかり合っているわ。それもついさっきからね」

 

「…………もしかして」

 

「確証は無いわ。でも、あなた達多分『死者の蘇生』なんて下らないことを

しでかしたんでしょう? 悪魔とか魔女が真っ先に思いつきそうな下卑た発想よ。

自信満々に下法に手を出して肝心な時に失敗してこの有り様、ってとこかしら?」

 

「下らなくないわ! お姉様もパチェも私のために紅夜を」

 

「それが下らないのよ。悲しむ人がいるから誰かを生き返らせる、それが正しいかしら?

もしもそれが許されるのなら今頃地獄も極楽も、この私も存在する意味が無くなるわ。

定めある命を己が理不尽のために無理やり引きずり戻して苦生をやり直させるだなんて

言ってしまえば欲深いどころの話じゃないわよ。もはや世界の中心気取りね」

 

「お姉様を悪く言わないで‼」

 

「吸血鬼にも家族の情なんてものがあるのね、驚きだわ。でも、それでも道理は道理。

あなたはどうも幼いようだけど、やっていいことと悪いことの判別はつくのかしら?

責任を取るつもりもないのに、また死という逃れえぬ終わりを迎えさせるための永く

短い一生を背負わせ続けるつもりなの? そんなことを平気でやれるなら本物の鬼畜よ」

 

「そんなの知らない! 私は紅夜と一緒にいたいの! ずっとずっと‼」

 

「…………呆れた。見下げ果てたわ、こんなのが妹なら姉の器も知れるわね。

あなたとあなたの姉は他者の命の上に立つ資格すらないわ。自分に酔い過ぎてるのよ。

人間もどきと言えども人間、その定められた時は儚く切ない。そして酷く脆くもある。

分かるかしら? あなたのような自分主体の価値観しか持てないような奴は他の誰かと

共生どころか共存だなんて出来やしないのよ。所詮、あなた達から見れば人は餌でしか」

 

「うるさい‼ 紅夜を出せ‼ 出せ出せ出せ出セェ‼」

 

輝夜の話を聞いていたフランが突如声を荒げて内部にあふれる魔力を解放させ始めた。

もとより紅かった瞳をより凶悪に染め上げて見開き、視界内に収められた万物を睨む。

怒りに震える身体は小柄と言えども自らよりも弱い存在であれば見ただけで恐怖の念に

縛りつけることが出来そうなほどにブルブルと激しく揺さぶられている。

それに対して輝夜は目の前で異常なほどの力と狂気が振り撒かれているというのに一切

動じることも臆することもなく、ただ魔力の渦の中心で吠えるフランを見つめていた。

 

「一緒ォ………ズットズットォ‼ 紅夜ァ‼」

 

「どうやら本当にあの人間もどきがお気に入りらしいわね。これほどまでなんて。

でも私は永遠の時の中を生きている、だからこそ死がない事がどれほど恐ろしいかを

よく知っている。逆に言えば、死という終わりから再び目覚める恐怖が分かるのよ。

私は今まで多くの死を見てきた…………でも、あれほど死を悔やみ、満足した人間なんて

ついぞ見たことが無かった。こんな気持ちは初めてよ。死なせてあげたいの、あの子は」

「嫌ダァァアァ‼ ミンナト、ズット、一緒二イル‼」

 

「…………二度も人生を生きる苦痛を味合わせてあげたくないと、何故理解できないの?

本来ならば一度で終わるはずの命の道理を捻じ曲げて、そこまでして会いたいの?

私たちには想像もつかないほどの苦しみの中で懸命に生きた人間を、また死なせたいの?」

 

「黙レェェエェ‼」

 

輝夜がいくら理性的な言葉を投げかけようとも、フランがそれを放棄している時点で

最初から会話が成立するはずは無かったのだが、輝夜はどうしても彼女と話したかった。

かつて自分が犯した罪によって死ねなくなってしまった自分の中にある、理想的な死。

それを見事なまでに体現して命尽きたあの少年の最期を看取った身としては、もう二度と

全身を改造されるような悲痛も、姉と生き別れる悲劇も、死後も弄ばれる苦難も何一つ、

味合わせたくないと思ってしまう。輝夜は自身の気持ちに正直に言葉を投げかけ続けた。

けれどフランは既に臨戦態勢に入っていて、数歩で自分の首を取れるほど力を溜めている。

故に輝夜は説得を諦め、自分の後ろで縮こまっている見慣れた二人に肩越しに声をかけた。

 

 

「話し合いはここまでになりそうね………………ウドンゲ、後は任せたわ」

 

「えぇ⁉ この状況で私に丸投げですか‼」

 

「だって私の力じゃどうにも出来ないもの。あなたの能力の方が『捕獲向き』だしね」

 

「捕獲ってそんな、猛獣相手じゃないんですからぁ」

 

「ほらほら、グズグズしてると私に危害が加えられちゃうわよ~?

いいの~? 目の前で私にケガ負わせたら後で永琳に何されるか分かんないわよ~?」

 

「くぅ~~‼ 分かりました!やります、やらせていただきます‼」

 

立場的に絶対に逆らうことの許されない輝夜からの命令とも言える提案に従い、

鈴仙は眼前の発案者と場所を入れ替わって狂気の渦をまとうフランと対峙する。

何だかんだ泣き言を言いつつもしっかりとやるべきことをやる意思はある鈴仙なのだが、

いかんせん普段の弱気な言動が尾を引いて過小評価されているらしい。

そんな鈴仙はもはや感情のバロメータが振り切れて理性を崩壊させてしまっているフランと

同じく、しかし暴力的に濁ってはいない澄んだ色の赤い瞳を大きく見開いて対象を見据える。

 

「これで効かないとかってナシだからね……………行くよ!」

 

「紅夜ァァアアァアアアア‼‼」

 

 

鈴仙の表情から敵対の意思を汲み取ったのか、フランが己の身体能力を駆使してすさまじい

勢いで突進してくる。並の相手ならば反応すら出来ずに首から上が捥ぎ取られているであろう

速度からの直進なのだが、一度やる気になってしまった鈴仙には脅威にすらなりえなかった。

 

 

「お願い、効いて‼」

 

「アアァアアアア________あぁ………ぁ」

 

 

愚直に、されど恐ろしいまでの速さで突っ込んでくるフランに向けて鈴仙は何もしなかった。

否、彼女はほんの一瞬だけというわずかな時間、フランの濁りきった紅い瞳と目を合わせた。

たったそれだけでフランは完全に脱力してしまい、勢いそのままに竹林の道に落下していく。

キレイな顔や服を土埃で汚し切った頃にようやく止まったのだが、その瞳は閉ざされていた。

先程までの荒れ狂う波のような狂気が嘘のように無くなったことにてゐは戸惑いを隠せずに

フランを何度も訝しげに見つめるものの、真っ先に輝夜が近付いていき意識の有無を確認し、

無事が確認できたことを喜びながら鈴仙に話しかけた。

 

 

「流石鈴仙、やる時はやるウサね」

 

「あ、当たり前よ! 私はこれでも優秀な玉兎だったんだから!」

 

「ハイハイ、玉兎"だった"ウサね~w これは申し訳なかったウサ~w」

 

「コイツぅ………‼」

 

 

フランと対峙していた時よりは少々赤みの抜けた瞳を鋭く吊り上げて鈴仙はてゐを睨む。

鈴仙がたった今フランに何をしたのか、それは彼女の能力に秘密がある。

 

 

狂気の瞳こと鈴仙・優曇華院・イナバの持つ能力の名は『狂気を操る程度の能力』と言う。

しかしそれはあくまで彼女の持つ能力のほんの一部分にしか過ぎないのだ。

彼女の持つ能力の本質は、『物質の波長を操る』というものが一番近しい。

鈴仙がこの能力を発動し、その瞳を覗き込んだものの狂気を操るとされているのだが、

実際は対象の内部にある波長を狂わせることによって狂気的な状態に陥らせているのだ。

この物質の波長を狂わせる、もとい操る能力と言うのは言葉で表す以上に汎用性が高い。

 

分かりやすい例えを出すと、『光の波長』や『音の波長』を操作することによって、

対象に幻覚や幻聴の効果を示させることが出来たりするため、攪乱に秀でている。

さらに『位相』と呼ばれる自分と他者を識別するための基準というべきものの波長すら

操作することも出来るので、完全に相手と自分を隔絶して干渉を不可能にさせられる。

普段の鈴仙は割と臆病な部分があるために自衛のために能力を最低限しか発動しないが、

いざとなればそれこそ博麗の巫女ですら手こずるほどの絶対的戦果をあげることが出来るのだ。

鈴仙はこの能力を応用して、狂気に飲まれたフランと目を合わせて波長を操り、

肉体的に活性化している部分の活動を抑制して強制的に休眠状態へ陥らせた。

彼女の能力の全てを把握しきっている輝夜は役目は果たしたとばかりに一息ついて

地面に四肢を投げ打ったまま小さな寝息を立てるフランを見つめつつ次なる下知を下す。

 

 

「そこまでにして。ウドンゲ、この子を永遠亭の部屋のどこかに寝かせておいてね。

てゐ、永琳には侵入者は無事に排除し、その手当を行うって名目で入出許可を得ておいて」

 

「「りょ、了解(ウサ)」」

暇さえあればすぐに口喧嘩になる二人だったが、やはり普段とは明らかに違う有能さを見せる

輝夜からの命令に即座に返答し、何かがおかしいとぼやきながらも言われたとおりに行動した。

虫の音すら届かぬ竹林の静けさと風に棚引く竹葉の喧騒が混ざり合う永遠亭。

永き夜の中を文字通り未来永劫輝き続ける姫君とそれに仕える兎たちが経験した一夜、

長く続くようで短くもあるたった一晩に、彼女らは色濃い思いを重ね合わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___________ぅん、んん…………」

 

起きてくださいお嬢様、そろそろお時間でございます

 

 

「んん、やぁ………もーちょっと」

 

いけませんよ、一人前の淑女となるには時間は厳守です

 

 

「ねむぃ…………」

 

 

それは重々承知しておりますが、二度寝はいけません

 

 

「……………こうやぁ」

 

 

ハイ、何でしょうか?

 

 

「こうや、あいたいよぉ…………こうやぁ」

 

 

でしたら目をお開けください、僕はいつでもお嬢様の傍にいますから

 

 

「…………いっちゃやだぁ、やだぁ」

 

 

変なお嬢様ですね、僕はどこにも逝きませんよ

 

 

「ほんとぉ………?」

 

 

ハイ、いつもいつでも、フランドールお嬢様のお傍に

 

 

「……………こうやぁ」

 

 

ハイ、何でしょうか?

 

 

「す……きぃ……………」

 

 

僕も同じ気持ちでございます、お嬢様

 

 

「えへへぇ…………すきぃ」

 

 

分かっております、お嬢様もいい加減起きてください

 

「…………うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________あ、れ…………紅夜? どこ?」

 

 

愛しい少年にいつも通りに呼びかけられて目を覚まし、フランは周囲を見回す。

キョロキョロと何度も視界を行ったり来たりさせてみたが声の主の姿は無く、

その場にいたのは薄い掛け布団と敷布団の間から上半身を起こした自分だけであった。

「紅、夜……………こうやぁ……」

 

 

生きてきた年月とは非対称的に幼いフランの心に、この場にいない彼への文句が浮かぶ。

 

嘘つき。ずっと傍にいてくれるって言ったのに。

嘘つき。どこにも行かないって言ったばかりなのに。

嘘つき。好きだって言ったのに、好きだって言ってくれたのに。

 

たった独りの幼い少女の胸に去来したのは、悲しさと虚しさ。

昨日までの自分が感じていた幸せを今日の自分が感じられない怒りと悔しさ。

今日の自分と同じように明日も、これからもこうなるのではと感じた焦りと恐怖。

それら全ての感情がごちゃ混ぜに絡み合い、とうとうフランの堤防は決壊してしまった。

 

 

「_______うぁぁああああ‼ こうや、こうやぁああああ‼」

 

 

またしてもフランは、紅夜との『約束』を守り切れなかった。

幸せなぬくもりを感じていた日々に交わした泣かない『約束』を、破ってしまった。

 

フランの双眸からは止めどなく涙があふれ流れゆく。それはさながら流れ星のように。

大粒の涙が自分の頬を伝って落ちていく度に彼との『約束』を、彼の事を思い出し、

彼が死んでしまってもう二度と会うことが出来ないのだと頭の中の冴えた部分が冷静に

事実を叩きつけてきて、またその辛さに感情を御しきれず涙が浮かんでは流れていく。

のどを嗄らさんばかりの勢いで泣き叫ぶフランには、恥や外聞など感じる余裕は無かった。

今のフランの中にあるのは、数週間だけ自分を包んでくれたたった一人の少年の事のみ。

 

しかし幸いなことに、フランの悲しみの時間はそう長くは続かなかった。

 

 

「ちょ、なになに⁉ 朝からどうしたの⁉」

 

「朝から元気でいいわね、私朝はダメなのよ。もうひと眠りしてきていい?」

 

「姫様が話したいから一晩中見張ってろって言ったんでしょ⁉」

 

「あーあーハイハイ、言った言ったわ言いました。ご苦労様」

 

フランの背後にある横開きの扉が開かれ、そこから鈴仙と輝夜が入って来た。

いきなりの登場に驚いたフランはわずかな間だがピタッと泣き止んで後ろを見やり、

歩いてこちらに近づいてくる二人組を涙で歪んでぼやけた視界でどうにか捉えた。

手でゴシゴシと涙を拭き取るフランを見つめながら輝夜は枕元に腰を下ろし、

鈴仙は「もう二度と寝ずの番なんてしませんからね‼」と捨て台詞を残して去った。

状況が呑み込めずにソワソワし始めたフランを前に、輝夜は優しい声色で話しかける。

 

 

「よく眠れたかしら? と言っても本来なら起きてる時間帯だったのでしょうけど」

 

「こ、ここどこ? あなただぁれ?」

 

「え?あー、そう言えば昨日の質問に応えてなかったわね。蓬莱山 輝夜と言うの」

 

「ほーらいさん?」

 

「長ければ輝夜でいいわ。それよりもフラン、気分はどうかしら?」

 

「………えっと」

 

「まずまず、ってところのようね。まぁ無理もないのかしら」

 

 

フランの顔色を窺うようにしながら話しかける輝夜は本当にフランの体調を心配して

いるかのようだが、当のフランはまるで現状が理解出来ずに曖昧な返答しか出来ない。

見かねた輝夜はフランの涙で潤んだ二つの瞳を正面から見つめて話をし始める。

 

「さて、まずはここがどこか分からないのよね? ここは永遠亭よ。

確かあなたのところの魔女が喘息持ちだったと思うけど、その薬を作ってる場所なの」

「パチェの?」

 

「そう。他にも人里の人間の病気を診察したり、けが人の手当てをしたりとかもね。

ここはそう言った人が来る場所なのよ。あ、あなたは違うけど。ここまで分かる?」

 

「…………うん」

 

「素直なのは良いことだわ。それで次は、あなたがここにいる理由かしら。

あなたは昨日何があったか覚えてる? 覚えてたら話が早いんだけど」

 

「う、うん。あなたとあと二人いて、それで…………」

 

「そこからね、分かったわ。私は昨日あなたとお話がしたかったのだけれど、

あなたが暴走して話が出来そうになかったから落ち着いてもらうために眠らせたの。

それであのまま外で眠らせるわけにもいかないから、ここまで運んだってわけ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。それで、今さっきあなたが目が覚めて今ここ。お分かり?」

 

「…………うん」

 

それは良かった、と胸をなでおろす仕草を見せる輝夜を見てフランは困惑する。

自分が覚えているのは目の前にいる輝夜ら三人と出会い、そこで色々と難しい話を

持ち出された辺りまでであったが、彼女が姉や紅夜の事を悪く言っていたのは覚えている。

だからこそ、昨日とは打って変わって優しそうな態度で接してくることに違和感を覚えた。

しかしフランの警戒もどこ吹く風、輝夜は自分のペースを乱すことなく話し続ける。

 

 

「さて、現状の照らし合わせはだいたいこんなものでいいかしらね。

それじゃあ早速本題に入ってもいいかしら? というか入りたいのだけど」

 

「本題?」

 

「そう、本題。私が昨日からあなたに話したかったことよ」

 

男であれば誰しもが悩殺されていたであろう微笑みをたたえ、輝夜がフランに迫る。

フランもフランで一応の警戒はしているものの、自分に話したいことというのが何か

気になって、とりあえず話だけでも聞くというスタンスで彼女の言葉を待った。

拒否や否定の言葉が来ないことを確認した輝夜は間を置いて本題へと移った。

 

 

「本題と言うのは、あなたの探している人物の遺言の事よ」

 

「ゆいごん?」

 

「あら、知らないの? 遺言とは、死んでしまった人が最期に残す言葉の事よ。

大抵は家族や身内に向けての感謝の言葉や、辞世の句なんかが多いわね」

 

「紅夜が、何か言ってたの⁉」

 

「食いつきが早いわね。そう、あの人間もどきの最期は私が看取ったの。

その時に彼の最期の言葉もしっかりと聞き取ったの。それを伝えようと思って」

 

「紅夜の、遺言…………」

 

「一応聞くけど、彼の最期の言葉を聞き入れる準備は出来てるかしら?」

 

「……………うん!」

 

 

輝夜の口から唐突に言い放たれたのは、紅夜が最後に残した言葉、遺言に関して。

自分が探している少年は一度死んでしまっている。その時に言葉を残していたのだと

すると、その言葉にはどんな思いが込められているのか、何を残したかったのか、

どのどちらもが気になったフランは少しだけ戸惑ったものの輝夜の言葉に頷いてみせた。

フランの了承を得た輝夜は彼女の瞳を見つめたまま、彼の最期の言葉を口にした。

 

 

「では。『この幻想郷で出会った、僕と関わった全ての人に、ありがとうございました』と」

 

「……………………………」

 

 

二人しかいない和室に沈黙が訪れ、瞬く間に室内を占領し尽くす。

フランはこの時、少なからず紅夜の遺言にショックを受けていたのだ。

 

仕える主人に対しての言葉が、無かった。

 

それがどういう意味を成すのか、その程度が分からぬほどフランは幼くはない。

しかしその態度を見透かしたのか、輝夜が遺言を伝え終えてすぐに言葉を紡いだ。

 

 

「あの時ね、『さよなら』は言わなかったのよ」

 

「………え?」

 

「分からない? あの人間もどき、今際の際に別れの言葉を言わなかったのよ。

なんで言わなかったのか、あなたには分かるかしら?」

 

「…………ううん」

 

 

輝夜の意味ありげな言葉に首をかしげながら否定するフラン。

それに対して少し満足げな表情を浮かばせた輝夜は自慢するように語る。

 

 

「それはきっと__________あなたの傍に居続けるためよ」

 

「えっ?」

 

「ここまで言ってもまだ分からないの?」

 

 

先程よりも色濃く満足そうな表情を浮かべてフランを見つめる輝夜。

フランは自分を品定めするかのような輝夜の視線に少々むっとしながらも

本当に彼女の言葉が、紅夜の遺言の意味が分からないために首を横に振った。

その行動がよほど嬉しいのか、輝夜は笑みを深めてフランに言い聞かせるように言った。

 

「仕方ないわね……………多分彼は、あなたの傍に居続けたいのよ。

さよならというのはつまりは、別れの言葉。それを最期に言い残すということは即ち

生と死の壁を理由にあなたという主人と永遠に離れ離れになるということよ」

 

「‼」

 

「つまりあの人間もどきは死んでも仕え続ける気でいるのよ、恐らくね。

分かる? あなたはそれだけ想われてるの、死んでもなお傍に居たいって」

 

「……………こうやぁ」

 

「泣くのはもう止めにしなさい。主人がそれじゃ、愛想を尽かされるわよ?」

 

「ッ! やだ! そんなのやだ‼」

 

「だったらほら、しゃんとしなさい。そうそう、やればできるじゃない」

 

 

輝夜から語られた紅夜の命尽きるその瞬間での言葉の意味を推し量り、

またしてもフランの瞳からは大粒の雫が零れ落ちそうになるが何とか堪える。

それをさながら娘をあやす母親のように見守る輝夜の顔に、先程とは感じの違う

温かみのある優しい笑みがこぼれた。

 

 

「さて、私からの話はまだあるの。きちんと聞けるかしら?」

 

「うん!」

 

「そうでなくちゃね。次の話も昨日の夜からの続きなのだけれど、

私が言った『荒々しい気配が二つぶつかり合ってる』って覚えてる?」

 

「うん? うーん……………うん」

 

「覚えが無いなら素直に言えばいいのに。とにかく、私は昨日そう言ったの。

恐らくだけどそう遠くない場所から感じられたから、多分あそこだわ」

「知ってるの⁉」

 

「場所はね。そこに人間もどきがいるかどうかまでは分からないわよ?」

 

「教えて!」

 

「ハイハイ分かってるから落ち着いて。ちゃんと教えてあげるわよ、ウドンゲ!」

 

 

輝夜の次なる話に有力な情報を見出したフランはすぐさま教えるようにと詰め寄るが、

冷静沈着なままで対処する輝夜は落ち着くようにと促した後で鈴仙を大声で呼んだ。

永遠亭の長い廊下に輝夜の透き通るような声が響いてから約十数秒後、ドタドタと

品の無い足音が徐々に大きくなっていき、彼女らのいる部屋の前で慌てて止まった。

音が止んだ直後に横開きの戸が開いて名を呼ばれた本人が息を切らして現れた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………な、何の用ですか姫様!」

 

「急いでもらって悪いわね。悪いついでにウドンゲ、ちょっと出張してきて」

 

「は、はぁ。分かりまし__________出張⁉」

 

「そう、出張」

 

「いやいやいや! そんないきなり、え? どこにですか?」

 

 

自分を可及的速やかに呼びつけた輝夜の命令に見事なノリ突っ込みをかました鈴仙は

場所によっては薬販売の仕事をサボれるかもしれない、と半分浮かれていたのだが、

命令を下した輝夜から放たれた次の言葉に驚愕することとなる。

 

 

「あなたもよーく知ってる場所よ。その名も、『太陽の畑』~」

 

「太陽のはた…………はぁ⁉ いやいや、嫌です‼ 絶対に嫌です‼」

 

「あら、どうして? 姫の言うことが聞けないの?」

 

「こういう時だけ姫君権力乱用するの本当に止めてくれませんか⁉

あそこに行くって、だってそんなの死にに行くようなものじゃないですか‼」

 

「誰も死ねだなんて言ってないじゃない。気を付けて逝ってらっしゃいって」

 

「そこからしてもう不穏なんですよ‼ あーもー助けてお師匠様ぁー‼」

 

 

呼び出された鈴仙に輝夜は出張という名目での目的地の名を告げたのだが、

幻想郷の事をほとんど知らずに育ってきたフランにとっては未知の土地である。

だからこそ彼女らが何を思って言い争っているのか理解できなかったが、

その場所に行けば紅夜に、愛しい少年に会えるかもしれないという事は分かっていた。

 

 

「かぐや! 私そこへ行きたい!」

 

「もちろん。このウドンゲに道案内させるから、ついていけば辿り着けるわ」

 

「本当⁉ 分かった! うどんげについていけばいいのね‼」

 

「姫様ぁ⁉」

 

「あとよろしくー」

 

言い表せない感情が渦巻いている鈴仙の横を軽やかなステップで通り過ぎた輝夜は

そのまま長い廊下を着物を着ているとは思えない速さで駆け抜けて姿をくらました。

部屋に残されたフランと鈴仙は見つめ合い、フランは笑顔を、鈴仙は苦笑を浮かべる。

フランが永遠亭で目覚めてから十数分後、外は既に青く晴れ渡る空に眩く光る太陽が

照りつける初夏の日和と化していた。吸血鬼が動くには最悪の時間帯である。

しかし今の彼女に恐れるものなど何もない。あるとすれば紅夜と会えないことそれのみ。

愛は人を変えるというが、彼女の実情を知れば誰もがその言葉に対して首を縦に振るだろう。

竹林の生い茂る葉が月星の光に代わって太陽の日差しを遮り、涼を得るに心地良い日陰を

永遠亭へと続く竹林の道に落としていた。道なりに続く日陰を見てフランは意を決する。

 

「た、太陽なんて怖くないもん。紅夜が待ってるから、行かなきゃいけないんだもん!」

 

 

幼い体の中に湧き出る使命感に心を奮い立たせ、光さす世界に一歩踏み出ようとする。

ところがそんなフランの横をかすめるようにして先に玄関から飛び出した者がいた。

 

他ならぬ此度の旅の巻き添え、鈴仙である。

 

 

「あなた吸血鬼だから日光はダメなんでしょ? 危ないじゃない!

ほら、私の眼をよく見て。そうそう、そのままじっとしててね………よし!」

 

「?」

 

「ああ、今あなたの身体に降り注ぐ日光とあなたの体の位相をずらしたの。

念のために光の波長を最大限弱めて全身を覆わせてもらったけど、どう?」

 

 

鈴仙に言われて恐る恐る足を一歩日光の下へと踏み出してみた。

すると予想していた痛みはほとんどなく、少々チクッとする程度の痛みが感じられる

程度で済んだので、険しい表情だった二人は満面の笑みを浮かべて微笑み合った。

 

日光という弱点を克服したフランは勇ましく一歩一歩を踏みしめて歩く。

鈴仙はもちろんフランよりも数歩先で歩いて歩幅を調節して歩く速度をお互いに

緩めたり速めたりすることの無いようにしている。

 

 

「太陽の畑へ、しゅっぱ~つ‼」

 

「お、お~………………はぁ」

 

 

かくして吸血鬼と玉兎、相まみえることのないはずの二人がそろって歩き出し、

同じ目的地へ向けて侵攻を開始した。それぞれが違う思いを心に秘めたまま。

 

その日フランは、生まれた初めての外泊と、生まれて初めての(外での)散歩を体験した。

 

 










いかがだったでしょうか?(息絶え絶え)

金曜日から書き始めてなんで後書きが日曜日の夜中何ですかねぇ。
本当に計画性の無さと文章力の無さ、表現力の皆無さに涙が‼

それと、今回唯一の紅夜のセリフに、誤字は一切ありません。
誤解される方がいらっしゃるかと思ったので言いますが、誤字では(以下略

いよいよって感じですね。これからストーリーに拍車がかかりそう!
次回の冒頭は輝夜と永琳の密談から始めようかと思っております。
果たして輝夜が永琳に語る、自身の変化とは! 乞うご期待‼


それでは次回、東方紅緑譚


第四十八話「名も無き魔人、謳われる怪力乱神」
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