東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、GOD EATERに再度ハマりだした萃夢想天です。
現在2RBを進行中ですが、リザレクションを買おうか迷っています。
PS4で買うか、馴染み深いVitaで買うか………悩みも一潮ですね。

さて、前回から始まった射命丸の救出劇ですが、
その前に少しだけ過去の伏線というか、隠された部分を明らかにします。
これでようやく昔の私が丸投げしていた伏線回収が終わりそうだ……。

最近、この作品を読んでくださる方が増えているそうで、嬉しいです。
まだまだ未熟な私ですが、楽しんでいただけるよう精一杯精進します!


それでは、どうぞ!





第六十弐話「紅き夜、君の為の誓い」

 

 

 

 

 

 

あれは、私が汚くて狭い牢屋に放り込まれた日から、五日ほど前の事だった。

その日の私は、とある人物への密着取材の許可が下りたために、非常に浮かれていた。

もうかれこれ数百年はこの世界を駆け回って来た鴉天狗の自分が、年甲斐もなくはしゃぐ姿を

大勢の人間に目撃されてしまったことを恥と思わなくなるほど、私は周りが見えていなかった。

 

外の世界からやって来た人間の少年、名を十六夜 紅夜と言った。

 

その性から分かる通り、彼は同じ性を持つ銀髪の従者の十六夜 咲夜を探してこの幻想郷へと

足を踏み入れたのだと聞いた。実際は謎の人物の手を借りたりなどの一悶着はあったらしいの

だけれど、それでも大まかな部分はあっているから割愛するわ。新聞を書くときのコツね。

彼は幻想郷に流れ着いてからその日のうちに、自身の目の前から去った姉と思しき人物のいる

場所を突き止めて、その場所へと単騎で乗り込んだ。吸血鬼が支配する、血よりも赤い館へと。

そこから紆余曲折を経て、彼はどうやったのか館の主とその妹に気に入られて、執事という

役職と共にそこへ住まう権利を手に入れたのだと言う。たかが人間、されど人間と驚いたものよ。

 

当然ながら私は彼への取材を敢行。ところが、当初彼に抱いていた私の中の不信感は再度対面

した際には鳴りを潜めており、それどころか彼の言動一つで鼓動が早鐘のように高鳴り出した。

明らかに異常な状態であることは自覚していたし、その原因が彼にあるだろうとは察していた。

けれど、それでも取材の対象として彼への興味は尽きなかった。そう、取材の対象として。

 

決して、彼に対して特別な感情など抱くはずもなかったというのに。

 

 

話を戻すわ。その日の私は、さっきも言ったように自分でも驚くくらいに浮かれてたの。

朝早くから彼のいる紅魔館まで飛んでいって、そこからは二人とも徒歩で人里へ繰り出して、

途中で予想外の出来事がいくつか起こったけど、それらを含めて本当に楽しい時間を過ごしたわ。

そしてその日の夕暮れ。彼を紅魔館まで送り届けて、帰ろうと振り向いた直後に、彼は倒れた。

 

ありえない量の血液を体中からぶちまけて、苦しそうに悶えた後にいきなり気を失ったの。

本当に焦ったわ。さっきまで楽しく会話していたはずの彼が、急に血反吐を吐いたんだから。

すぐに助けを呼ぼうとしたけど、あれほどの量の血を流した状態で放置するのは危険だったし、

一刻も争うような状況だったから、とにかく彼の命を救おうとして、永遠亭へ運びこんだ。

 

そこで意識を取り戻した彼に言われて、私は十六夜 紅夜という人間の本性を知ったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お話しましょう。何故僕が、十六夜 咲夜を"姉さん"と呼ぶようになったかを」

 

 

血の気が引いて蒼褪めた顔になってしまった彼は、布団から上半身を起こしてそう語り出す。

そこから先の話は、数々の黒い話に首を突っ込んでいた私を以てしても、驚愕の連続だった。

自身が物心つく前に本当の両親にはした金で売られ、どこかの施設で実験をさせられていた事。

全身のあらゆる部分に手を加えられて、もはや純粋な彼自身だった部位を探す事が困難なほどの

改造の末、髪の色素が無くなり目も紅に染まり、今のような状態にさせられてしまった事。

古今東西あらゆる知識や文化、言語や技術を叩き込まれ、死の一兵卒に仕立て上げられた事。

加えて、施設を取り仕切る組織からの命令で、百を超える人間をその手にかけて殺した事など。

 

数えあげればキリが無いほどの胸糞悪い話に、当時の私は悲しみと共に怒りを湧き立たせていた。

まだ20年も生きていないほんの子どもを使って、あたかも道具のように使い潰そうとするなどと、

外の世界はそこまで荒んでいるのか。ネタ帳に筆を奔らせることも、その怒りの前に消えていた。

そしてそこから、話は少しだけ良い方向へと転がっていった。

よく分からない薬物を投与され、同じ境遇の少年と殺し合いを演じさせられ、憔悴しきった彼の

前にとうとう救いの手が差し伸べられたのだ。まだ吸血鬼に仕える前の、十六夜 咲夜の手が。

変わり映えのない生き地獄のような日々の中に、突如として現れた自身と同じ髪と目を持つ少女。

最初は彼も何とも思っていなかったらしいが、時間をかけて接していくうちに互いに依存し合う

関係に発展し、辛い現実を緩和する『幻想』として、彼らは口上だけの肉親になったのだという。

咲夜さんの話題になった途端に、彼の表情は少しだけ晴れやかになり、柔らかくなっていた。

どこまでも気高く、弱かった頃の自分を身を挺して守り、壊すだけだった彼に温もりを与えた。

今の彼がいるのは、咲夜さんのおかげなのだろう。酷い過去のはずなのに、その部分だけは彼も

笑顔を浮かべて話してくれた。肉親自慢に聞こえたけれど、境遇が境遇なだけに如何ともし難い。

そこからしばらくは、彼が幼少の頃から慕う姉の武勇伝や儚げな思い出話が紡がれた。

 

一遍に話し終えてから痛みが再発したのか、彼は青い顔色を土気色に染めて倒れ掛かる。

それでも彼は起こした上半身を再び布団へ下ろすようなことはせず、私をしっかり見つめていた。

 

 

「………これが、僕と姉さんの関係の全てです」

 

「じゃ、じゃあ紅夜さんと咲夜さんの間には、血縁関係は無いんですか⁉」

 

「え、え………あり、ませんよ」

 

この時、私は密かに驚いていた。姉を慕い続ける弟は、血縁でも何でもない他人だったの。

別に義兄弟、この場合は義姉弟についてをどうこう言う気は無いわ。この幻想郷にだって、

酒が進んでく内に義兄弟の杯を交わす者だっているにはいるし。私が驚いたのはそこじゃなく、

血のつながりも何も無い相手のために、幻想の世界へ足を踏み入れた事実に驚いたのよ。

どれだけ危険な土地か分かっていなかったこともあるだろうけど、普通そこまでするかしら。

この行動から、彼がどれほど咲夜さんを姉として慕っていたかが容易にうかがえたわ。

 

「…………では、最後に。言っておかなけれ、ば、ならない話が」

 

「あ、あぁ……無茶しないでください! き、傷に触ります!」

 

「これだけ、は………言わな、ければ」

 

 

ふらつく体を何とか起こそうと持ち堪える彼は、かすんで焦点も定まらない瞳で見つめてくる。

言い方は悪くなるけど、死にかけの人間がするには、その眼光はあまりにも鋭すぎた。

妖怪としてはダメだけど、彼のその迫力に圧倒されて、私は彼を止める事が出来なかったの。

この時点で彼を無理やりにでも寝かせておけば、こうして思い悩まなくても済んだのに。

 

そして、彼の口から真実が明かされた。

 

 

「僕は、僕の『方向を操る程度の能力』で、人の心をある程度操作出来るんです」

 

唐突に語られたのは、彼が持っている程度の能力についてのこと。

正直私は、何を言いたいのかさっぱり理解できていなかった。続く彼の言葉を聞くまでは。

 

 

「他者が自分以外へ向ける感情の"方向"を、僕は操作することが出来ます」

 

 

彼の口から語られゆく言葉を聞いた直後から、私の心には警報が鳴り響き始めていた。

これ以上聞いてはならない。耳をふさげ、今ならまだ聞かなくて済む。

 

悲痛な叫びに似た心の警鐘を、私は努めて無視してから、彼の言葉の続きを待った。

 

「それは、一体どういう………?」

 

「僕が、紅魔館に着任してから、二週間………何をしてい、たと、思います?」

 

質問の意図が分からずに首を傾げた私を見て、苦しげに歪めたままの顔を向けて彼は続ける。

 

 

「ずっと、この世界の情報を手に、入れようと………して」

 

「幻想郷の情報?」

 

「はい………そこで、うってつけの人物を見つけ、たんですよ」

 

「まさか___________」

 

「その、まさか、です…………」

 

 

彼の言わんとしていることを察した私は、彼の瞳が私を見つめて動かないことで確信に至った。

既にほぼ閉ざされかけている視界で、その二つの紅い宝玉がただ一点を悲しげに見つめている。

 

幻想郷の情報を知っていそうで、様々な方面に精通していそうな、そんな人物。

少なくとも私が知っている人物には、心当たりは無い。そう、私自身を除けばの話だけれど。

 

今にも意識を手放しそうな少年は、揺れる体を必死に起こしたままで、話の続きを口にする。

 

 

「異変を起こす際に、それを取り上げる、新聞のような………情報の伝達方法を知り、たくて」

 

「だからあの時、私に接触を?」

 

「…………はい。そして、異変の邪魔をさせず、目的の博麗の巫女を、引き出す目的も兼ねて

貴女を、利用させてもらい、まし、た」

 

「……………」

 

 

呼吸をするのも辛そうな体に鞭を打ち、彼は細々とではあるものの、そう告白した。

そこで、彼が初めに自分の能力のことについて軽く触れた理由が、ようやく理解できた。

 

簡単な話、彼は私を利用していたのだ。新聞という情報伝達手段を用いる、この私を。

 

彼の話が一から十まで本当なのだとしたら、あの異変の最中に感じた様々な違和感にも、

説明がつく。初対面で警戒心を引き起こされ、二度目の邂逅で取材対象として興味を抱かされ、

そして三度目以降は熱に浮かされたかのように、彼という存在に心奪われかけた。

 

私の中に渦巻く感情が全てを裏付けてくれた。彼の語った話が、全て偽りなき真実であると。

 

 

「______________これが、お話できる全てです」

 

 

辿り着いた最悪の答えに動転していると、何か諦めのついたような表情になった彼が呟き、

色々な感情が入り混じって下を向いてしまっていた私に、乾ききった作り笑いを見せてきた。

この時の彼の浮かべた顔を見ても、私はその意図を読み取ることが一切できなかった。

ただ急な展開に混乱していただけか、それとも何か、もっと別の大きな要因があるのか。

今となってはもう分からないけれど、彼が浮かべたその顔を、私はそれ以上直視できなかった。

 

「幻滅しましたよね」

 

「…………………」

 

 

分かり切ったように尋ねる彼に、私は何か一言すらも言い返すことが出来ずにいた。

あんな状態の彼に何を言うべきかも分からなかったし、その声が出る状態だったかも怪しい。

気が付けば私は、彼のいる部屋から退出していて、幻想郷の夜空を駆けていた。

 

考えもまとまらなくて、思考もぐちゃぐちゃになってしまっていて、どうすればいいのかも

私自身が知りたいくらいで。それでも私は、彼の身に起こったことを紅魔館へ報告しに行った。

私が立ち去った部屋で独り、彼が何を思い、何を紡いだのかを、知りもしないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い昔語りを終えた私は、牢屋の格子を両手で掴んでいる椛に、視線を投げかける。

私の向けた視線に気付いた彼女は、すごくいたたまれないといった表情でこちらに視線を

投げ返してはくるものの、私の反応が薄かったようで、白い毛並みの耳と尻尾をうなだらせた。

 

ここには時計が無いために時間の感覚が薄れては来ているけど、かなり話しこんでいたらしい。

 

「…………じゃあ文さんは、完全にとばっちりをくらっただけじゃないですか‼」

 

「うーん、割とそうかも」

 

「そうかもって……だったらソイツに縄をくれてやりましょう! 私、捕まえてきます‼」

 

「よしなさい」

 

「だって文さんが!」

 

「止めなさいって、言ってるのよ」

 

 

私の話を聞いて何を思ったか、椛があの人の事を捕縛すると言いだした。

もちろんそれを認める私ではない。どんな理由があっても、私が不利益を被ったとしても。

納得がいかないらしい椛は、私を心配するようでもあり、彼に対する怒りを隠しているようにも

見える表情で檻の向こう側からこちらを見つめてくる。ああ、そっか、まだ言ってなかったっけ。

 

 

「どうしてですか!」

 

「___________死んだからよ」

 

 

そう、私は彼を代わりにして捕らえられない理由があることを忘れていた。彼が、死んだ事だ。

実際に死んでしまったところを目にしたわけではないけど、あの永琳さんがどうにもならないと

匙を投げるほどの容体である時点で、流石に理解した。あの人はもう、長くはないのだろうと。

自分で思っておいて、彼が実は死んでいないんじゃないかと淡い期待を内心抱いていることに

心底嫌気が差した。気力を振り絞って彼が教えてくれた真実が、私の全てが虚偽だと語ったのに、

それでも何故か素直にそれを受け入れられないでいる。ここまで往生際が悪い女だったとは、

自分自身でも驚くほどだわ。

 

 

「彼はもういないんです。永遠亭に運び込んだ後、おそらくもう………」

 

「だ、だったらどうすればいいんですか! 他に打つ手があるなら私は!」

 

鬱屈とした気分に陥りかけて下を向く私を、格子を叩いて椛が無理やり顔を上げさせようとする。

私も大概諦めが悪いと思ってたけど、この子もこれほどまでとは思いもよらなかった。

これだけの長い付き合いの中で初めて見せる顔に、私はほんの少しの後悔と喜びを感じてしまう。

できることならもっと、椛やはたてのそばにいたい。

できることならもっと、あの人のそばに、いたかった。

 

下を向けば、この目尻に浮かんできた塩辛い水が溢れ出て止まらなくなるだろう。

それでも私は、そこから流れて頬を伝い、顎から垂れて地面を濡らすこの感情を、止められない。

 

 

「あや、さん………」

 

 

顔を伏せているから、檻の向こう側に居る椛の顔色をうかがう事は出来ないけれど、

それでもあの子が今どんな表情でいるのかは、察することが出来る。きっと、私と同じ顔してる。

ただ私と違うのは、ただ悲しいだけじゃないというところかしら。いや、他にもあると思う。

 

あの子は私がいなくなることに悲しんでいる。そして、それをはたてに伝える事を嘆いてもいる。

でも私は違う。私は、椛やはたてに逢えなくなることもそうだけど、彼に逢えないのが辛いのだ。

 

あの日の夜、彼は語った。自分が、自分のためだけに能力を使って、私を利用していたことを。

それは当然悲しいし、怒りもした。私を私たらしめる"心"を、力によって捻じ曲げられたのだから

当たり前と言えば当たり前だわ。けど、そんな扱いを受けた事実を知っても、想いは変わらない。

単純に利用されていただけだと分かった。私が新聞を書いているから都合がいいのだと理解した。

情報を集めるためだけの道具として認識されてたんだと自覚しても、心が彼を求め続けている。

 

異変解決後の宴会で見せた照れた顔、自宅前に来た彼にあらぬ誤解をして罵倒した時の深い笑み。

五日前の密着取材の際に知った彼の暗い過去、人里を巡り巡って作った彼との多くの思い出。

ああ、ダメだ。私は彼を諦められない。

数百年を孤高に生きた鴉天狗である私が、一人の人間の少年に心を奪われてしまった。

きっかけは彼の抱いた策略であり、彼の使った能力であり、互いの立場だけだったはずなのに、

そこから膨らんで成長を続けてしまったこの想いに、決して少しの虚偽も偽りもないのだろう。

 

「願わくは、天狗と人の逝きつくあの世が同じであることね」

 

思わずポツリと呟いた言葉に、私は隠しきれない未練と本心が介在していることを悟る。

妖怪の山に未曽有の大騒動を引き起こした原因を引き込んだ容疑で、このまま刑が執行されれば、

おそらく私は二度と朝日を拝む機会を失う。そうすれば、閻魔様が待つあの世の法廷へ行ける。

最低な考えだと思いながらも、死後の世界に居るだろう彼に逢えると考えると、心が弾む。

魂だけの存在になれば、互いを縛るものは何もなくなる。種族も、身分も、立場も、何もかも。

最期の夜に返すべきだった答えも、伝えたかった想いも、あますことなく彼へと送り出せる。

ならば地獄も恐怖に値しない。恐怖する心も畏怖する心も、まるごと彼に奪われているのだから。

「…………………」

 

 

静寂が支配する小汚い牢屋に、二人分の小さな嗚咽が反響する。私と椛の、微かな同調の証。

これが今生の別れになってしまうのではと思うと、やはり少しばかりではない寂寥感に

この身を苛まれるものの、私自身がそれに値することをしてしまっている以上、逃げる事も

抗う事も許されない。ただ静かに、上役が定めた法に則って行われる裁きを、受け入れるのみ。

 

そうしていると、私のいる牢屋へと続く道から、複数人の足音が連なって聞こえてきた。

だんだんと大きく、近くなっていくその音に耳を傾けていると、椛が低く唸るように呟く。

 

 

「文さん、執行官じゃありません。連中、上役の(せがれ)たちです」

 

「倅? 上役の血をひく無能なお子様が、一体何の用かしらね?」

 

「分かりません。でも、良からぬことだとは思います」

 

「でしょうね」

 

 

椛と密談しているうちに足音はさらに近くなり、しばらくしてその音の主が姿を現した。

それらは椛の言った通り、私に刑を執行する立場の者ではなく、鴉天狗の縦社会の中で

権力を持つ者の息子たちだった。どいつもこいつも、檻の中の私を蔑んだ目で見てくる。

そのニヤニヤとした下卑た笑みを向けられた瞬間、こいつらが何をしにここまで来たのかを

理解させられた。それと同時に、そんなことを許す上層部に、吐き気すら催す悪を感じた。

 

「よぉ射命丸、元気そうだなぁ?」

 

「ゲヒヒ、牢屋の居心地はどうだい?」

 

「かわいそうと思わなくもねぇが、山への反逆者にはおあつらえ向きだな」

 

三人の男どもは口々に言いたいことを言ってくるけど、私は一向に意に介さない。

努めてその存在を視界に収めまいと視線を下に向けると、苛立った舌打ちが聞こえた。

やって来た三人に対して、面会中だった椛は親の仇とばかりに睨み付けて吠える。

 

 

「何をしに来た。今罪人と面会しているのは、この私だぞ!」

 

「はぁ? だからなんだよ」

 

「ゲヒ、ゲヒヒ! 白狼天狗の哨戒が、生意気言いやがって」

 

「引っ込んでろよ犬走。用があるのはお前じゃなくて、コイツだからよ」

 

 

椛の警告とも取れる言葉に対して、三人はまるで気にすることなく留まり続けた。

そしてその中の頭を張っているであろう男が近付き、鉄格子を指でなぞりながら語る。

 

「ついさっき親父殿から聞いたんだがな? お前の処刑を少々遅らせることにしたそうだ」

 

「なに⁉」

 

「良かったなぁ椛ちゃんよぉ、大好きなコイツが生き永らえるんだぜぇ?」

 

「ゲヒヒヒ! まぁでも、生きてるって言っていいのかは分かんないけど」

 

 

三人の薄汚い嘲笑混じりの言葉に、私は予想が的中したことを確信し、嫌気が差した。

連中の言っている言葉の意味が分からない椛は、ただ私への刑の執行が遅れるという

部分のみに焦点を当てて喜んでいる。でも、刑を執行される方がはるかにマシだわ。

 

嫌な予感を裏付けするように、一番背の高い男が格子をなぞった指で私を指す。

 

 

「大変だったぞ、山に反逆したお前をどうにかして助命させるよう仕向けるのは。

だが親父殿や上の方も、お前の態度はともかく、力量だけは一目置いていたようで

助かった。感謝しろよ? この俺が、わざわざ反逆者の命乞いをしたんだからな」

 

「そうだぜぇ射命丸よぉ! いい加減にこっち向けや‼」

 

「ゲヒヒ! いつまで強がってられるかなぁ?」

 

「お、お前たちは、一体何を…………」

 

 

下卑た声を荒げる三人の言葉に、やっぱり椛はどういう状況かを理解できないでいた。

まあそれも無理はないかもね。あの子は山の哨戒にばかり明け暮れていたから、

わざわざ他の天狗の顔色をうかがって新聞を書くようなことはしてこなかったろうし。

とうとう下種な欲望を我慢できなくなったのか、一番の荒くれ者が猛り出した。

 

 

「何って、決まってんだろ? 優秀な俺たちがこの反逆者を再教育してやんだよ!」

 

「ゲヒヒ! 僕たちが直々に、体を張って指導するんだ! ありがたく思えよ?」

「まぁ、そういう事だ。犬走、何ならお前もまぜてやろうか?」

 

 

口々に隠しきれない本心をにじみ出させながら、三人の男は檻の中の私を見る。

 

同族への反逆を行った罪人。今では持ち前の力も活かせず、法に従い裁きを待つ身。

怪力を誇る両手には枷がはめられ、山の巫女手製の魔除けの札まで貼る徹底ぶり。

誰も近寄ろうとはしない天狗の里の片隅で、抵抗を許されない女が一人でいる。

 

要するにコイツらは、そういうことをしに来たのだろう。

 

ここまで言われてようやく意味を理解した椛は、即座に警戒心を最大にして吠え立てる。

 

「失せろ下郎ども‼ いくら貴様らが上役の倅とて、そんなことが許されるものか‼」

 

「あったま悪ぃなぁ、椛よぉ。そのためにわざわざ、刑の執行を遅らせたんだろうが」

 

「ゲヒッ、ゲヒヒヒ‼ さみしいならお前も一緒に再教育してやろうか?」

 

「白狼の長が何と言うか分からんが、俺たちに牙を向ければソレと同じ道を辿るぞ?」

 

「貴様らぁ‼」

 

 

狭苦しい牢屋の前で、薄汚れた嘲笑が無遠慮に響いて私と椛の聴覚を穢す。

聞くに堪えない連中の言葉と声を前に、椛が怒髪天を衝く勢いで敵意を見せるものの、

このまま放っておけばあの三人の言うとおりになってしまう。椛も、こちら側になる。

それだけは避けなくてならない。あの子にはまだ、こんな汚れた世界を見せたくない。

 

意を決した私は、口を開いて声を発する。裏切者の身で唯一守ることが出来る方法を。

 

 

「いいでしょう。そういうことなら好きにしなさい」

 

「文さん⁉」

 

「ほぉ………随分聞き分けがいいな、射命丸。そんなにお友達が大事か?」

 

「汚れたものを見るのは慣れてます。でもその子には、見せたくないので」

 

「言うねぇ射命丸よぉ!」

「だから、椛には手を出すな。それが守れるなら私をどうしようと構いません」

 

「文さん‼」

 

 

檻の向こうから必死に声を張る椛と目線が交差し、彼女のまなざしに微笑みを返す。

私の表情に込められた意思をどう解釈したのか、椛は途端に大粒の涙を浮かべる。

二人のやり取りを見てさらに情欲が増したようで、三人はそろって息を荒げた。

 

 

「辛抱たまらんぜぇ! オイ、早く鍵開けろや!」

 

「ゲヒヒ、そう焦らなくても、どうせ逃げられないんだからさぁ」

 

「ああ。今は侵入者騒動でみんな出払っているから、時間ならたっぷりある」

 

 

三人の中で肥え太った男が腰から牢の鍵を取り出し、錆がついた錠前を開く。

金切り声を上げながら牢の戸が開かれるが、その音を意にも介さず男が牢屋へと入って来た。

荒くれ者が私の頭を押さえつけ、太った男が手枷ごと両腕を抱えて私の身動きを封じる。

最後に二人のまとめ役の長身の男が穢れた笑みを浮かべながら牢へ入り、私の腰へとその

太くも細くもない腕を、蛇が大地を這いずるように回してきた。

 

 

「文さん‼」

 

「来るな‼」

 

三人の男に群がられる私を見て、耐えきれないとばかりに椛が駆けよろうとしてくるけど、

私をそれを普段は出さないような大声を張り上げる事で止めさせる。彼女は足を止めた。

それに対して、男どもは何も言わずに無心で、私の体の感触を愉しむように手を這わせる。

コイツらは分かっている。もし椛が逆上して連中に手を上げれば、どうなるのかを。

彼女が男に傷の一つでも付けたなら、すぐさま彼らの親である上役へと話が飛んでいき、

そこから通じて白狼天狗の上役へと政談が持ち込まれることになる。いい取引材料として。

そうなれば椛も牢屋に閉じ込められ、抵抗を許されないまま好き勝手に弄ばれることになる。

 

椛が手を出せばコイツらはそうするだろう。だから、私の身を犠牲にしてでも止めなくては。

いつも私の身を案じ、時には反抗的な態度をとりながらも、私の帰る場所を守り通してきた

真面目で優しいこの子を、いいようにはさせない。その身清らかなまま、生きていてほしい。

だから私は抵抗しない。最低最悪で下劣な連中に何をされようと、絶対に耐えてみせる。

天狗社会の中でも奔放に生きてきた私だ、逆境ならば慣れている。今回もそれと変わらない。

「椛、もうすぐ面会時間は終了でしょ? 早く持ち場へ戻りなさい」

 

「文さん! 文さん‼」

「もう、いいから」

 

 

そう一言だけ告げて、私は椛から顔を背ける。代わりに見つめるのは、見たくもない男たち。

あの子とのやり取りを見物していた連中は、それが終わったことでいよいよ行為を始めようと

して、先ほど以上に私の体を触り始めた。檻の向こうからはまだ、椛の叫び声が聞こえてくる。

後悔させてしまうだろう。あの子は今回の件を自分のせいだと、自責の念に駆られるだろう。

だとしても、私はあの子に無事でいてほしい。そのためなら、私は心も体も捨てられる。

 

椛の叫びと私の体の触感が、どうやら男たちの欲望の留め金を外してしまったらしい。

とうとう試食のような触り方から、実食とばかりに荒々しく忙しい手の動き方になった。

汚らしい欲望の捌け口になる現実を前に、私は恐怖や嫌悪といった感情に呑まれかけていき、

これ以上はもう目を開けていることさえも耐え切れなくなり、力を込めて目をつぶった。

 

今まで誰の侵入も許さなかった、私の女の部分へ、三人の男の薄汚い手が届く。

視覚を自分から閉ざしてしまったが故の恐怖で、私は何を思ったのか、助けを求めてしまった。

もう既にこの世に居ないはずの、最初で最後の恋しい人の名を。

 

 

「紅夜さん‼」

 

 

この声が届かないものだと分かっていても、私の中に生まれた恐怖が彼を呼んでしまった。

絶対に屈しないと心に決めた直後に、折れてしまった。それだけ、彼の存在が大きかった。

嫌だ、嫌だ。あの人以外の男に触られるなんて嫌だ。

怖い、恐い。あの人以外の男を受け入れるなんて怖い。

 

助けて、助けて、助けて、助けて。

あの銀の髪が恋しい。

 

あの紅い瞳が愛しい。

あの白磁の肌が見たい。

 

透き通るようなあの声で、晴れた空のようなあの笑顔で、私を守ってほしい。

 

 

私を、助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、我が愛しい人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち望んだ声が聞こえたと思った直後、私の視界に、紅蓮の霧が立ち込めた。

 

 

 





いかがだったでしょうか?

今回の話は、書いていた私自身も気分が悪くなりましたが、
こういう展開が一番、二人の関係性を表せるようになるのだと
無い頭を振り絞って考えた末のものだったので、ご了承くださいませ。

ちなみに今回は、第参十九話で語られなかった永遠亭での二人の会話という
伏線を回収したお話になっております。やっと伏線回収でけた………。
ですが、先程も申しました通り、自分でもびっくりするほど胸糞悪い回に
なってしまったので、読者の皆様が気分を害さなければと思っております。

でもこれ、悲しいけどSSなのよね。
しかもここまでやって、まだ回収してない伏線がちらほらと。
昔の私はどこまで責任転嫁すれば気が済むんでしょうね、まったく。


長々と失礼しました。
次回はいよいよ、文と紅夜が邂逅します!


次回、東方紅緑譚


第六十弐話「紅き夜、最高速度の愛」
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