東方紅緑譚   作:萃夢想天

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どうも皆様、最近忙しさに拍車がかかって来た萃夢想天です。

「焦りは禁物」って言葉の大切さ、改めて実感させられました。
あと少しで間違った発注でイベントを台無しにするところでしたから。
いやホントに、再確認って大事ですね。また一つ賢くなりました。

割愛。

さて、今回は前回から引き続き、我らが主人公の紅夜と文の
思いの交錯の果てに何が待ち受けているのか、それが明かされます。


それでは、どうぞ!





第六十参話「紅き夜、最高速度の愛」

 

 

見つけた、ついにあの人を見つけた。

 

出会う者すべてを惑わせ、包囲網を潜り抜け、見知らぬ里の中を方々巡って探し回り、

ようやく彼女と再び出会うことができた。幸運の女神がもしこの幻想郷のどこかにいるのなら、

会いに行ってお礼を述べたいほどには、感謝の念を抱いている。

 

けど、その人の周りには三人ほどの男がいて、彼女を取り囲むようにして立っていた。

一人は彼女の頭を押さえつけ、一人は彼女の腕を引きよせ、一人は彼女の腰から下へと自身の

手を這わせて笑みを浮かべている。状況から察するに、どうも彼女は暴漢に襲われているようだ。

いきなり目の前に紅い霧が充満したことに驚いているようだが、こちらからは霧の向こうの景色が

ハッキリと視認できるため、彼女を囲む三人が今しがた行おうとしていた行為を止められた。

 

 

「なんだ、この霧は‼」

 

「ゲヒ………まさか、さっき言ってた侵入者って⁉」

 

「馬鹿な、なぜこの場所が!」

 

 

彼女の体をその手で触っていた男たちが、霧に包まれた僕を驚愕の眼差しで見つめているけど、

そんな連中に対して今の僕は、興味を抱けなかった。僕の視界に映っていたのは、有象無象の

取り囲む中でただ一人、微かに震えながらこちらを見つめてくる、潤んだ瞳の女性だけだった。

ああ、やはり。気丈に振る舞う貴女でも、こういった事は恐ろしいんですね。

 

僕がここに来た目的である彼女に向けて、万感の思いとともに考えていた言葉を口にする。

 

 

「お待たせしました、我が愛しい人」

 

 

たった数文字の言葉を喉の奥から絞り出すのに、相当の覚悟と決意を削られたように感じた。

しかし、僕が向けた言葉を受け取った彼女は、感極まったように顔をほころばせて叫んだ。

 

 

「紅夜さん‼」

 

 

涙を流しながら彼女は、射命丸 文さんは、震える声で僕の名を牢獄内に響かせた。

 

彼女の声を聴くだけで、僕の心は輝きを取り戻す。彼女が今そこに居るだけで、幸せを感じる。

今のような悲惨な現状に陥れられていたとしても、彼女自身が無事でいるのならそれでいい。

いや、あと少し遅ければ無事では済まなかったのか。そう考えると、自分の間の良さに対して

感謝したくもなる。ただ今は、この状況をどうにかするのが先だろう。僕は声を上げた。

 

 

「貴女への懺悔と未練を糧に、この十六夜 紅夜、生世(いくるよ)に舞い戻って参りました」

 

「あ、ああ………紅夜さん、生きてたん、ですね」

 

「いえ、死んで生き返って参りました。どうやら僕は、まだこの世ですべきことがあるようで」

 

 

心を締めつけてやまない彼女が、僕の生還を心から安堵しているように泣き笑いを浮かべる。

しかしそれは決して他者を嘲るようなものではなく、純粋な喜びや嬉しさといった感情が混ざり、

複雑に絡まり合った結果そうなってしまったのだろうと推測できる。今も涙が止まっていないのが

その証拠に他ならないだろう。彼女は、この僕が生きて戻ったことを本気で嬉しく思ってくれて

いるのだ。それほどまでに優しい人が、こんな場所で理不尽を受けるなど、もう耐えられない。

 

唖然としている者達を素通りして、その中心でまだ震えている彼女を優しく抱き起こす。

想像以上に負荷を感じず、監禁されてからかなりやつれてしまったのだろうと肌の質感で感じ、

あまり彼女に負担をかけないような体勢____________お姫様抱っこに切り替えて持ち上げた。

 

 

「えっ⁉ あ、わっ‼」

 

「もう大丈夫です。さぁ、一緒にここを出ましょう」

 

 

左手で彼女の後頭部を、右手で前見た時より若干細くなった膝をやんわりと抱き上げながら、

ここへ来た時と同じように『侵入者を追いかけて行った』見張りの居た通路から立ち去ろうと

すると、それまで僕らを見ているだけだった有象無象の連中が、急に声を荒げだした。

 

 

「な、て、テメェ! 待ちやがれ‼」

 

「せっかくの"お楽しみ"を逃がすかぁ!」

 

「ソイツが侵入者だ! 捕えれば手柄だ、息の根を止めてでも押さえろ‼」

 

 

既に彼らに背を向けていたため、どのような表情をしているのかまでは見当もつかない。

しかし囚われの身であった彼女に、下種な手で触れたような奴らが、まともな思考回路で物事を

考えているとは到底思えない。せいぜい、叶わぬ立身出世や欲望の発散でも考えているのだろう。

一刻も早く彼女を救い出したい僕が、わざわざそんな奴らの相手をしてやる義理はない。

 

 

「そこで止まれ、出来損ない共よ」

 

 

だから、一番手っ取り早い方法でカタをつけることにした。

 

 

「「「ッ…………⁉」」」

 

 

僕の背中越しに放った一言だけで、後ろに居た三人は息を詰まらせるようにして立ち止まる。

まるで、『最も怒らせてはいけない相手に敵意を向けて』しまったような反応をしている三人を、

抱き上げている僕の肩越しに、彼女が恐る恐るといった体で見つめている。

それぞれが違った反応をする中で、僕は彼らから向けられた敵意の"方向"を変えて言葉をかけた。

 

 

「随分と騒いでいるようだけど、僕に関係のある話なのかな?」

 

「うっ………ち、違うんだ親父殿(・・・)! ん、いや、でも…………」

 

「どうした? 用も無いのに後ろから呼び止めたのか?」

 

「そ、そういうわけじゃ……」

 

「なら、もういいだろう。僕も忙しいんだ。暇を持て余しているんなら、今からでも山中を

駆け回っている侵入者を自分たちで捕まえてくるんだな。もっとも、できればの話だけど」

 

「ぐぅぅ………! オイ、行くぞ‼」

 

幾度か受け答えをした後、痺れを切らしたのか、リーダー格らしき男が苛立ちを隠そうともせず

他の二人を連れて牢屋から立ち去って行った。しかもその間、あれだけご執心だった彼女に目も

くれずに引き下がっていったため、流石に奇妙だということが抱き上げている彼女にもバレた。

 

今彼らに何をしたのかと説明を求める視線に、先程より冷静さを取り戻していた僕は答える。

 

 

「………前世で貴女を騙した力で、今度は貴女を助けることができたようですね」

 

 

ようやく静かになったところで、改めて彼女の姿を見やり、記憶の中との違いに悲しみを感じた。

数日前まで一緒に居た時の、明るく快活な姿は見る影もなく、今はすっかり鳴りを潜めている。

そんな姿を見るわけにもいかず、お姫様抱っこをしたままでどうしようかと思い悩んでいると、

牢屋の鉄格子の向こう側からしきりに彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。いったい誰だろうか。

 

 

「あ………椛」

 

「お知り合い、ですか?」

 

「はい。私の、私を想ってくれるいい友です」

 

「それはそれは」

 

 

彼女を抱きかかえながら牢屋の扉をくぐり、向こう側で叫び続けている白髪の女性と対面する。

ところがあちら側はどうやら、僕をこの山の侵入者であることに対しての敵意もさることながら、

突然現れて彼女を救い出したことへの疑念も含めて、こちらを射殺さんばかりに睨みつけてきた。

一応恩人にあたるのではないかと思いもするが、僕は別に恩を売るために来たわけではない。

ここに来た目的を今一度思い出して心に深く刻み込み、威嚇するようにこちらを睨む女性に語る。

 

 

「ここに居たままでは、また射命丸さんは牢獄行きです。ここは僕に任せてください」

 

「侵入者が何を偉そうに! 貴様のような得体の知れん者になど頼るわけがない!」

 

「………それもごもっとも。ですが、貴女一人でこの状況をどうにかできますか?」

 

「そ、それは………だが、侵入者に」

「いいの、椛。この人なら大丈夫、任せてもいいわ」

 

「文さん⁉」

 

 

説得が一筋縄ではいかなそうだと思った直後、僕の腕に包まれている射命丸さんがもぞもぞと

体を揺らして椛さんという女性の方へ向き直って、僕を援護してくれた。これはありがたい。

ただ、向こうは納得がいかないようで、責任感からか、うーうーと唸るだけで事が進まない。

このままでは埒が明かないと判断した僕は、やむを得ず能力を発動することにした。

ただし、彼女は射命丸さんの大切な友人だから、そんな人の思考を捻じ曲げることはしたくない。

というよりも、これ以上他者の思考を歪める力を乱用したくはないと感じていたため、もとより

する気が起きていなかったのだ。だから、精神ではなく、僕ら二人のいる場所の"方向"を操作して

この場から人知れず立ち去ることにした。

 

 

「許可もいただけたことですし、時間が惜しいので」

 

「あ、待っ___________」

 

 

目の前で椛さんとやらが何か言いかけていたけど、それを待っている余裕は生憎と無いため、

僕は即座に能力を発動させて、今いる場所と他の場所との"方向"を操作して、逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでくれば、一安心でしょうか」

 

 

方向を操る能力で自分たちの居場所を変えた僕と射命丸さんは、ひとまず安全と

思われる妖怪の山の山中のどこかへ避難した。多分、山の中腹より下辺りだろう。

当然ながら多くの天狗たちが山のあちこちで動いているけど、彼らの動きはすべて僕の中にいる

魔人が何らかの方法によって察知してくれるから、感覚を伝わってそれを共有できている。

人間とは違う種族独特の知覚効果なんだろうか、まぁ便利だからこの際探るような事はしないが。

 

周囲に気を配りつつも、特に問題が無いことを確認した僕は、そっと彼女を地に降ろす。

それまで大人しく僕の腕に収まっていてくれた彼女は、その両足でふらつきながらもしっかりと

大地に立って、両手首に付けられた枷を重たげに見つめつつ、改めて僕の方へ向き直った。

 

 

「………本当に、紅夜さんなんですね」

 

「はい。恥ずかしながらこの十六夜 紅夜、再びこの世を生きることと相成りました」

 

「…………良かった」

 

 

僕の存在を再確認され、自分が本当に生きていることを伝えるために、大仰な仕草を取る。

右手を一度高く上げ、そこから流れるように腰を折りながら挙げた右手を身体の左側へと

持っていき、代わりに左手を腰の後ろへと隠すように動かす。スタンダードな礼の構えだ。

目の前で動く僕を見つめていた彼女は、本当に心の底からという感じで安堵の息を漏らす。

なんていい人なのだろうか。自身を騙して利用した男が生きていて、それを喜ぶなんて。

 

普通ならこういう場合、僕が死んだことを大いに喜ぶはずなのに、彼女はそう思わずに

僕が生きていたことを素直に「良かった」と言ってくれた。なんという優しさだろうか。

そして改めて思う。僕は、こんなに心優しい女性を、ただの情報源として扱っていたのだ。

自分が"できた"人間でないことは百も承知だし、実際地獄に落ちることを確約された人間で

あることに間違いはない。こんな僕がそもそも、『助けに来た』などと言うのはおこがましい。

 

それでも僕は、どうしても彼女を助けたかった。

 

偽善だの独善だのと罵られようとかまわない。ただの自己満足だと蔑まれるのも承知の上だ。

他人を騙し、他人を利用し、他人を使い捨ててきた自分が今更、どう取り繕ったところで

何も変わらないことなど、自分が一番よく分かっているのだから。だとしても、それでも僕は

彼女に一目会って、言わなきゃいけないことがある。最期の時に語れなかった、『本心』を。

 

 

「射命丸さん、僕は貴女に言わなければならないことがあります」

 

「………………」

 

「こんな時に、とは思ってます。ですが、この事を伝える前に捕まっても困りますので」

 

「………………」

 

 

僕の醸し出す雰囲気が真面目なものであると感じてくれたようで、彼女の方も真剣な面持ちで

こちらに向き合ってくれている。邪魔立てが入らないうちに、早く伝えねばと心が焦りだす。

でも焦りは禁物だ。まずは冷静になること、それだけを考えろ。一呼吸おいて、口を開く。

 

 

「僕はかつて死ぬ前に、貴女の事を騙して利用していました。貴女の心を、弄びました。

この事に関しては言い訳のしようがありませんし、したところで貴女は許さないでしょう」

 

「…………何が、言いたいんです?」

 

「………結局のところ、今から伝えることも貴女からすれば言い訳に聞こえるかもしれません。

ですが、例え話を聞き終えた後で貴女がどう思われても、そこに嘘偽りが無いことを誓います」

 

「だ、だから! 紅夜さんは何が言いたいんです⁉」

 

 

自分でも少し長いと思う前置きを語り終えるあたりから、射命丸さんが声を荒げて真意を問う。

彼女の言葉を待っていたように、僕はそこからさらに一呼吸置き、今度こそ『本心』を告げた。

 

 

「__________射命丸 文さん。貴女を、愛しています」

 

 

飾る必要は無い。ただ僕の中にある想いを、ありのままに伝えればいい。

そう、この気持ちに嘘も偽りもない。あるのはただ純粋で、どこまでもまっすぐな彼女への愛情。

始めは単なる好奇心と狡猾な策謀でしかなかった。そのために彼女へ近付き、能力で心の方向を

少しいじって扱いやすくして、自分の手駒にしようと企んでいた。だがいつからか、僕の中に

芽生えてしまったこの感情のせいで、空を最速で駆けるこの女性を、想うようになってしまった。

元暗殺者が世迷言を垂れているように聞こえるかもしれないけど、それしか言い様がないんだ。

気付いたら好きになっていた。もっともしっくりくる表現は、おそらくこの一言だろう。

 

僕自身も、何がきっかけでこうなったのか把握できていない。本当に原因不明の病のようだ。

異変を起こす前に能力で心をいじったあの時だろうか、それとも、他の場面だろうか。

もしくは、彼女の存在を知った時から既に、心のどこかで惹きつけられていたのかもしれない。

敬愛する主人の姉君であるあの御方であれば、これもまた『運命』と呼ばれるのだろうか。

 

とにかく僕は、彼女を愛するようになってしまった。

 

 

「え………は、あ、え? ええ⁉」

 

 

一世一代の想いを告げた僕の目の前では、射命丸さんが言葉の意味をうまく呑み込めずにいた。

それもそうだろう。あれだけ非道な行いをしておいて、今更都合のいい言葉を並べられて心が

ときめくような軽い女性ではない。おそらく、次も何か企んでいるのやもと、警戒している。

どんな反応をされても仕方ない。邪険にあしらわれても、それだけのことをしたのだから当然だ。

でも、あの時伝えきれなかった想いを、前世から引き継いだこの感情だけは、伝えたかった。

 

今になって恥ずかしさがこみあげてくるものの、まだ彼女に僕の想いは届いてはいない。

どのような形でもリアクションが欲しかった僕は、外堀を埋めるように遠回しに再度告げる。

 

 

「本当ならばあの人里でのデート………逢引きの日に伝えたかったんですけどね。

残念ながらその前に時間切れになってしまったんですが、今度もそうなる前に、伝えたくて」

 

「こ、今度もって、どういうことですか?」

 

「………貴女にはお話ししましょう。実は僕が生き返ったのには、色々な事情がありまして。

その一番の要因が、僕の肉体に魔人の力を注ぎ込むことで復活を果たさせることでした」

 

「魔人………なら、紅夜さんはもう、人じゃないんですか⁉」

「いえ、かろうじて今は人間ですよ。ですが、その魔人とつい先ほどに契約を交わしまして。

貴女を救い出した暁には、この体の所有権をどちらが有するか決める戦いを確約しています」

 

「そんな!」

 

「僕が勝てば今まで通りなんですが、もしも負けたら、二度目の生は泡沫と消えるでしょう」

 

 

想いを言葉で綴っていく中で、僕の中に生まれた新たな秘密を、流れのままに教えてしまった。

お嬢様方にも伝えずにおこうとしていたこの事実を、あっさりと教えてしまったことに少々

忠誠心の有無を自問したが、この人にだけは伝えておこうという気持ちもあり、そのままにした。

 

「居たぞ‼」

 

伝えるべきことの一つ目を果たした僕が、続けて二つ目も口にしようとした直後に山のどこか

から声が上がり、瞬く間に山中から白い毛並みと黒い羽毛をまとった天狗の群れがぞろぞろと

押し寄せてきた。息つく暇も与えない洗練された動作で、こちらの動きを封じながら取り囲む。

気が付けば、四方八方を妖怪の山が誇る天狗の精鋭たちに封鎖されてしまっていた。

 

一瞬のうちに危機的状況へと追い込まれた僕は、一度話を中断して周囲を油断なく見渡し、

包囲の隙間が見当たらないことに舌を巻きつつも、どうにか脱出する手段を考え始める。

一歩対応が出遅れたことに歯噛みしていると、包囲網の奥から威圧感ある声が響いてきた。

 

 

「人間がこの天狗の里まで、何用だ」

 

「て、天魔様…………」

 

他の天狗たちとは明らかに違う服装と雰囲気をまとい、天魔と呼ばれた人物が姿を現す。

途端に周囲に満ち満ちたのは、桁違いの殺気と統一感。まるで、彼が来たからにはもう安心と

でも言うように、天狗の群れの中には確かに安心とより強まった緊張が張り巡らされていた。

それまで僕を見つめていた射命丸さんも、現れた別格の天狗を前に顔色を悪くしている。

すると僕の視線に気づいたのか、包囲網の中に入って来た天魔という人物が話しかけてきた。

 

 

「その方、随分と文に思い入れがあるのだな。浅紅の霧をまとう不可思議な人間よ」

 

「ッ…………初めまして、皆様方。僕は十六夜 紅夜という者です。そちらは?」

 

「我は天魔。この天狗の社会を率いる長である」

 

「支配階級の頂点、と受け取っても?」

 

「聞こえが悪いな。我らは人とは違い、同種族間での団結力を何よりも重んずるのだ。

幾度も同士討ちを繰り返してきても変わらぬ人間と、同じように見られては困るな」

 

荘厳な物言いで風格を漂わせる天魔は、こちらを観察するような視線を送ってくる。

他の天狗は僕を仇のように鋭い視線を敵意と一緒に向けてくるのに、統率者のような振舞いを

するその人物だけは、むやみに敵意を向けてこない。まるで、こちらの意図を読んでいるように。

かの人物も僕に対して敵意を向けてきているのであれば、それを逆手にとって能力による操作で

如何様にもできたんだけど、こういう場合だと上手く操作できない。意外に厄介な相手だな。

 

冷静に相手を観察していると、またしても向こうから話しかけてきた。

 

 

「侵入者よ、一つ問う。何故今回は、前のように人知れず同胞を襲わなかった?」

 

「…………なんですって?」

 

「……なるほど、理解した。人間よ、お前はどうやら第二の珍客らしいな」

 

「質問の意図が読めないのですが」

 

「気にすることではない。ならば、重ねて問おう。何故そこの娘を牢から出した?」

 

何やら珍妙な質問をされたけれど、身に覚えのないことだったので素直に聞き返したのだけど、

向こうはその態度で何かを察したらしく自己完結し、次いで別の質問が切り出された。

射命丸さんを脱獄させた理由、それは僕個人の私的な理由と、現状を鑑みた結果だ。

彼女に対する懺悔と告白をするだけならば、わざわざ警備を潜り抜けて牢を破る必要性は

全くと言っていいほど無い。しかし、彼女を出したのは本当にただの心情に働きかけられただけ。

理由と呼べる理由も無かったわけだが、先の天魔からの質問でそこに意味を持たせられる。

 

先の彼の発言から察するに、この妖怪の山へと侵入してきた人物は、僕を含めて二人。

そして、侵入者は天狗に対して攻撃的行動を取ったらしい。『同胞を襲わなかった?』という

フレーズからして、おそらく間違いない。けど、僕は今回自分の手で他者を攻撃してはいない。

結果的にけがはさせているが、自分から積極的に襲い掛かったのではないから僕ではない。

つまり、僕より以前に来た侵入者が、彼らを攻撃した。だから彼らはここまで躍起になって僕を

追い続けてきたのだろう。仲間を攻撃された時の意趣返しとして、傷を受けた仲間の報復として。

この山へ侵入する際に見た警備の量や陣形を見て思った、外部への警戒の理由がこれで分かった。

二度目の襲撃を予想していた彼らは、次は被害を出すまいとしていたために警備を増やしたのだ。

 

これらの事実を踏まえてから、もう一度天魔からの質問への返答を考えてみよう。

彼が気になっているのは、多分彼女を牢から出した理由と言うよりも、理由をつけてでも彼女を

牢から出そうとした僕の方だろう。とすると、これは何らかのメッセージのようなものなのか。

となれば、どう返事をしたらいいものか。しばらく考え込み、結論を出した僕は口を開いた。

 

 

「彼女を牢から出した理由を、尋ねられたのですね?」

 

「如何にも。どうした、答えられぬか? それとも考えを持たぬ愚か者か?」

「いえ、どれも違います。僕が彼女を脱獄させたのには、理由がございます」

「では、何と申す」

「それは、彼女が牢に入れられるに相応しくない人物だからです」

「ほぅ、それは何故か?」

「山へ侵入し、天狗を襲った真なる犯人こそ、捕えられるべきかと」

 

 

考えた道筋を上手く辿りながら、天魔からの問いかけに当然であるように堂々と答える。

しかし周囲を取り囲む他の天狗たちからは、僕が答えた直後に非難の嵐が巻き起こった。

 

 

「阿呆か小童‼ そんなものは当然だろうが‼」

 

「そこな女は、我らが守る山を裏切りよったから捕えておったのだ‼」

 

「やはり人間、浅はかなる愚かしさよ‼」

 

「騒々しいぞ、誰が口を開けと言ったか」

 

 

だがその無数の侮蔑は、天魔たった一人の一声によって静寂の海へと返された。

これだけの数の天狗を一言だけで黙らせられる彼の、すさまじい覇気に少し飲まれかけると、

彼はわずかに視線を逸らして、隣に居る射命丸さんの方へと目を向けてから語りだした。

 

 

「この者らの言うように、そこにいる文は山の仲間を危険に晒す大罪を犯した身だ。

奴自身もそれを認め、刑の執行を受け入れていた。であれば其方(そなた)の行いは却って、悪では?」

 

「………それは、この山の作法を知らぬ僕からしたら知りえない事。この行いは悪行でしょう」

 

「認めるか。ならば、それを是としたうえでなお、引き返さぬ意を答えよ」

 

 

彼の語り口は非常に厳かで重みがあり、気を抜けばプレッシャーに潰されると感じるほどの

巨大さがあるけれど、何故か今の彼からは威圧感より、試しているような雰囲気を感じる。

それを証明するように、彼の眼差しから敵意をさほど感じない。だったら、この尋問の意味が

かなり変わってくるだろうと考え、天魔の求めている答えを必死で思考しつつ、問い返す。

 

「答える前に、こちらからも一つ尋ねたいことがあるのです。私はこの山の法を知らない。

でしたら教えていただけませんか。山の反逆者には、動きを封じて辱めを受けさせることで

刑の執行とする法でもあるのでしょうか? それとも、苗床(はんしょく)に使うのがそうなのですか?」

 

「……………権濟坊、此度の裁判で求刑をした者は」

「はっ、上役の六人でいらっしゃいますが、その後いつもの三人が減刑を願い出ております」

 

「あの青二才の倅か。大層な馬鹿者(うつけ)であったと聞いてはいたが、そこまでするとは」

 

こちらの質問を聞いた天魔が、後ろに伏せていた副官らしき人物と何やら小声で話し始めた。

強化された聴覚でどうにか拾えた会話から察するに、天狗社会全体での総意ではなかったらしい。

どこの世界でもそうだけど、組織ってヤツは決して一枚岩じゃないんだなぁと実感させられつつ、

これが絶好の機会であることを見逃さず、僕はそこからさらに言葉を続ける。

 

 

「どうやら牢屋で護衛しなければならない者が、他にもいるご様子。であれば、どうでしょう。

ここにいる私に、山を襲撃した本当の犯人を捕える大役を御命じいただけないでしょうか?」

 

「ほう! 人が自ら、我らが山の定めに近付こうと言うのか」

 

「そこまで言うつもりはありません。ただ、彼女を牢から出してしまった身として、天狗社会の

法と規範を知らなかったとはいえ破ったこの身に、都合のいい利用方法があるのではないかと」

 

「口だけは達者であるな。しかしそれを我らが良しとせねば、如何にする?」

 

 

ここが好機であることは疑いようもない。相手が弱みを見せ、それを上手く使ってこちらの案との

併合を果たさせるようにすることで、少なくとも射命丸さんに被害を及ぼさないように出来る。

今会話に挙がっているのは、天狗社会の弱みと、僕自身の掟破り。彼女の存在は揺らいでいる。

本当なら、この場に"流れている"全体の方向を操るつもりでいたけど、あの天魔と言う人物が

こちらを観察してきている以上、下手な動きを見せれば即座に敵対される。それは避けたい。

理知的に話し合いが出来るのならば、そうするに越したことはない。さぁ、もうひと押しだ。

 

天魔からの最終試験を匂わせる問いに、僕は今できる最高の演技(えみ)で答える。

 

 

「__________戦争を。一心不乱の大戦争を」

 

「………人よ、我ら天狗の一族と独りで起こすつもりか? その、戦争とやらを」

 

「無論。三千世界の"鴉"を殺し、夢幻の彼方に"狗"を()け、屍となりても血を根絶やさん」

 

さながら独裁国家に狂信を捧ぐ軍隊の指揮官が如く、最大最高の技巧に以て僕は覚悟を語る。

互いの視線が交錯し、その先にある思惑をゆっくりと紐解き、どちらともなく狂い笑い出す。

盛大な笑声を発する僕と天魔の姿か、様子が豹変したことに驚く軍勢を見渡し、笑い続ける。

二つの大きな声が次第に絡み合って溶け合い、しばらくして元の荘厳な雰囲気へと戻っていく。

壊れたように笑っていた僕と天魔は今一度顔を見合わせ、話を再開させる。

 

「良かろう! 其方が文を牢より出した件は、其方が口にした案を果たす条件で免じよう!

しかしそれだけでは、ただ其方をこの山より逃がすこととなろう。射命丸 文に命ずる!」

 

「は、はい!」

 

「此度の件での裁きは、後日執り行う。が、それまでの期間として、二週間を与える!

今日よりその期間中、そこの人間を見張り、万一逃げ出す素振りを見せれば、即罰せよ‼」

「は、はっ‼」

「そして其方、十六夜 紅夜と申したな。努々(ゆめゆめ)忘れるな、二週間の猶予(いとま)をな」

 

「委細承知。天魔様、僕のような人間の戯言をお掬いいただき、感謝の極みにございます」

 

「面白き人の子よ。天狗を根絶やすと抜かすかと思えば、その天狗に恭しく(こうべ)を垂れるとは」

「お気に召しましたでしょうか?」

「たった今、この時限りでな。さぁ行け、我の気が変わらぬうちにな」

 

 

天狗社会の最上位からの言伝をいただき、振り返りざまに放られた手錠の鍵を受け取って、

僕と射命丸さんは去りゆく彼の背中にゆっくりと一礼してから、再び能力で発動させて、

今いる場所と妖怪の山以外の場所との"方向"を変えて、厚い包囲網から脱出した。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

本当はもう少し詰めて書きたかったんですが、幾分こちらもやるべき
仕事が増え始めてしまいまして…………責任ある立場って嫌ですよね。

さて、今回は東方二次創作でおなじみの天魔様のご登場です!
しかしこちらも参考資料が少なかったため、外見の描写はほとんど
省かせていただきました! すさまじくダンディーなおじ様という
イメージを私は持っているので、それが連想できれば上々ですかな。

次回からはついに、紅夜と魔人の生き残りをかけた戦いが勃発。
果たして紅夜は、二度目の人生を生きることが出来るのでしょうか。


それでは次回、東方紅緑譚


第六十参話「紅き夜、束の間の休息」


ご意見ご感想、並びに批評も受付中でございます!


【追伸】

ペール様、誤字報告並びに投稿直後の感想、ありがとうございました。
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