どうも皆様、「アクセルワールド」にドハマりした次の週にはもう
「ブレイブルー」にどっぷり浸かっていた萃夢想天です。
本当に移り気の激しい性格でして………お恥ずかしい限りです。
でもああいった感じの格ゲーをついぞプレイしていなかったので、
久々に購入してやってみようかと思ったり思わなかったり。
まぁ要するにレイチェル=アルカード様は素敵、ってことです(?)
訳の分からん自己報告はここまで。
今回は前回から続く前後編となっておりまして、その後編ですね。
後編ではとあるキャラたちが頑張ったりします。誰かはお楽しみに。
それでは、どうぞ!
「この辺なら、けっこう派手にやっても大丈夫でしょう!」
時刻は8時を5分ほど回った頃、僕は本来門番をしているはずの美鈴さんに連れ出されて、
紅魔館が建てられている霧の湖の一角、邪魔が入らなそうな湖畔の片隅にやって来た。
ここは湖周辺でよく見かける妖精たちですら、霧の深さと濃さ故に近付かないような場所なので、
故意にこの場所へやって来る理由がある者以外なら、決して歩みを向けない場所でもある。
そんなところへわざわざ僕を案内した美鈴さんは、歩みを止めて向き直って口を開いた。
「さて、それじゃあ紅夜君? 久々の組み手ですからね、はりきっちゃいましょう!」
「ははは………お手柔らかにお願いしますよ?」
「もちろん! 二本足で歩いて帰られる程度には、優しくするつもりですから!」
「は、ははは………これはヤバい」
彼女の口調は付近の環境とはまるで真逆の晴れやかなものだったけど、笑みを浮かべたままで
両拳を打ち鳴らされても非常に困る。それに声色は元気そのものだったけど、話の内容はまるで
正反対に思えるほど被虐的な含みを持たせているように聞こえ、文字通りに冷や汗を垂らす。
しかし実際、彼女との組み手は非常にタメになる。彼女自身の動きは一つ一つが洗練されていて、
思わず見惚れているうちに一本を取られることもよくあった。それほど技を磨いているのだ。
いよいよ手を抜いてられる余裕なんて無いだろう。眠気覚ましにと安請け合いしたのがそもそも
間違いだったのかもしれない。などといくら言ったところで、もうどうにもならないのだけど。
「では」
「………お願いします」
待ちきれないとばかりに美鈴さんが拝礼し、やるしかないと腹を括った僕も同じように拝礼する。
互いに自分の爪先しか見えなくなるくらいまで頭を下げ、そこから時間をかけて元の姿勢に戻り、
顔を見合わせるとともに深い呼吸で酸素を取り入れ、何時でも動けるように構えをとった。
「行きます__________
「ッ‼」
礼節を見せ合ってから十秒と経たず、なんと美鈴さんの方から果敢に攻めかかってきた。
いつもなら、というか今までの組み手では自分から攻めてくることは数える程度しかなかった
あの美鈴さんが、今日は苛烈の名を表すような動きで一気に攻撃態勢に入っている。
これまでの組み手にはない攻め方に驚く僕をよそに、彼女は彼我の距離を詰め切った。
「破ッ‼」
右脚をさながら、剣で突き刺すように地面へ突き立てて、体幹を万全にしてから両拳を繰り出す。
この攻撃は以前の組み手で喰らったことがある。コレは、敵の体勢を突き崩すための打突技だ。
脇腹の辺りから肘を曲げて溜めた力を後押しに突き出された拳は、喰らってしまうと最後には
自身の支柱となっている右脚を瞬間的に踏ん張る"震脚"によって、大きく吹く飛ばされる。
コレを回避するためにはまず、今まさに僕へ迫らんとする拳より、支えになっている彼女の右脚を
優先してどうにかしなければならない。重心移動も何もない拳なんか喰らっても大して痛くない。
それより恐ろしい二段目を避けるために、彼女の構えの型となる主軸、右脚を攻めざるを得ない。
「ふんッ‼」
「くっ!」
美鈴さんのこの攻撃は、下手に避けようとすると即座に右脚の方へ重心を移されて、逆に余計な
一撃を喰らうハメになるか、もしくはさらにリーチの長い左脚での一蹴が待ち構えている。
避けようとすれば追い込まれるとするなら、逆転の発想だ。こちらからも攻め込めばいい。
彼女が繰り出している二つの拳の中間、つまり彼女の正中線である身体の直線状へ身体を滑らせ、
右脚の踏み込みで最も威力を発揮する拳を通過して、とりあえず第一関門を突破する。
続いて二撃目に繰り出されるであろう、避けてきた内側にいる僕への両手刀を予測して左脚を
地面に突き刺すようにして踏ん張りを効かせて、彼女よりも先に"震脚"による攻撃を仕掛ける。
その結果は予想通り、自身の体幹を支える支柱の右脚に振動を加えたんだから、もろいもんだ。
アッサリと二つの拳を引っ込めた美鈴さんに、今度はこちらが攻める番だと鍔迫り合いを始める。
と言っても、真剣を用いてなどいないし、僕も持ち前のナイフは一本たりとも用意していない。
完全なる徒手空拳での試合だ。相手の独壇場だが、それでも負けてやろうなどとは思っていない。
「やぁ!」
「ふッッ‼」
両手の指をさながらナイフの刃に見立てて、超至近距離の今の間合いをどうにか保ったままで、
美鈴さんの懐で手を出し続ける。風切り音と同時に繰り出す手刀で、彼女の集中力を削ぐ。
しかしそれも長続きせず、瞬きほどの速さで両手刀を弾かれて胴部のガードがガラ空き状態に
なってしまった。このままでは、再度同じ拳かあるいは掌底を受ければ、負けは確定になる。
どうにかしてそれを回避しようと試みるも、既に相手はもう詰みの一手を決めていた。
「嘿ィッ‼」
「がァァ‼」
左脚をわずかに屈伸させた状態で僕の手刀をさばき、そのまま牽制を兼ねた突きで怯ませてから
腕の遠心力と腰のひねりで脚を主軸に半回転し、そのままの勢いで密着したまま跳ね飛ばされる。
大きく後ろへ弾き飛ばされてようやく分かったのは、彼女が背を向けて右肩を突き出した事。
いわゆる
攻撃を繰り出すことによって、拮抗した接近戦や膠着状態に陥った近接戦闘を打破できる。
しかもこの技を流派として取り組む八極拳のほとんどは、一撃にて相手を沈めることを目的に
技が編まれているため、防御がされていようといまいと関係なく突き抜ける必殺の型と言っても
間違いではない。それを攻防の最中で冷静に、しかも的確に叩き込めるのは流石と言うべきか。
湿気を帯びた湖畔の地面に身を投げ出し、打ち込まれた衝撃の発散に時間をかける。
一発の重さを身に染みて思い知らされたところで、美鈴さんが朗らかな笑顔で近付いてきた。
「まずは一回、ですね。ほらほら、始まったばっかりなんですよ?」
「痛っ………まったく、手加減してほしいと言ったばかりなのに」
「手加減というのは、加減をする必要がある相手にしかしてはいけないものですよ」
「その相手が手加減を要求しているんですが」
「この程度で根を上げていては、あとあと辛いですよ?」
「……どうかお手柔らかに」
銃弾を射出し終えて排出された薬莢を連想させる、深く厳かな吐息の次に彼女の口から漏れた
言葉は、その後の僕にとっては一片の慈悲も感じさせない柔らかな拒絶だった。
_________門番&執事組手中
最初に僕が一本を取られてから優に30分くらい経過した頃、ようやく組み手が終わった。
互いに健闘を称える拝礼を行い、しばし自分の爪先を見つめてから再び視線を相手に戻し、
それと同時に肉体の限界を迎えた僕は、緩やかにかつ大胆に前のめりに地面と激突した。
「あたた………ここまでこてんぱんにされるとは」
「いやー、やっぱり日々の鍛錬がいかに大事か、よく分かりましたね」
「お言葉と傷が身に沁みますよ……」
視界がうっすら濡れている地面に覆い尽くされている僕の、頭の上から声が聞こえてくる。
近付いてきた美鈴さんが腰を折って話しかけてきているのだろうか。いやそれにしても、
今日の彼女の言葉にはやたらと棘があるように思えるんですけど………気のせいですかね。
掌底や打突を撃ち込まれて痛む全身を庇うように寝返りを打ち、霧深い湖の空を見上げる。
濃霧のせいで何も見えないが、代わりにこちらを上から見下ろす美鈴さんの顔が見られた。
そこでふと思い出したが、今日の美鈴さんは何故か今までにないほど好戦的というのか、
一方的に攻めにかかってきたというのか、受けて返す戦い方をほとんどしていなかった。
普段の戦法とは違う彼女に引っ掛かりを覚えた僕は、軋む身体を少し起こして尋ねてみる。
「そういえば、今日は何故あれほどまでに攻めを重視した型でいらしたんですか?」
「え?」
「いえ、いつもは僕の攻めを受け流して弾くやり方なのに、今日は自分から………」
「そんなところばっかり見て、しかなたいですね紅夜君は」
「すみません……ですが少々気になったもので」
苦笑いを浮かべながら膝に手をやって立ち上がり、話を聞くのに失礼のない体勢に戻る。
それに美鈴さんだって、首を下に向けながら話すのは億劫だろうし、疲れるだろう。
そう思って彼女と同じように立って話を聞こうと耳を傾けた。
「まあいいです。攻めに入った理由ですよね、別に大した理由じゃありませんよ」
「と言いますと?」
「…………前に紅夜君を復活させる儀式で、少々無様な敗北を喫したので」
「えっ?」
ところが、美鈴さんの話に出て来たのは、僕が死んで蘇ったという六日前のことだった。
今日の組み手の戦法と数日前の儀式が、どうして関係しているのか。ごく普通の疑問と
もう一つ、その時の記憶が無い僕が気になっていた事が急に話題に上がって驚いたものの、
それを聞かなきゃいけない使命感と聞かせてほしい願望が、僕の中に浮かび上がった。
けれど彼女は僕がそれらを口にする前に、心の内を読んだかのように語り始める。
「紅夜君を復活させる儀式が成功したと思った時、あの魔人とやらが現れたんですよ。
その身体を乗っ取って自分のものにするとか言い出したんで、つい頭に血が上ってしまって、
つい自分に合わない攻めをしてしまって………結果は案の定でした。それが悔しくて」
「そういうことでしたか」
「あの時の事をいつも思い出しては後悔してるんです。本当にごめんなさい」
「美鈴さんが謝ることなんてありませんよ。強いて言えば、乗っ取られた僕の責任です」
頭を下げてきた彼女に、僕は本心から気にしてないという風に軽い口調で答える。
自分の体に魔人を宿したことに関しては、僕以外の誰が悪いということもないわけだし、
もちろん彼女が謝罪をする必要も気に病む必要もない。その考えを分かってくれたのか、
向こうもそれ以上は無為に話を引きずることもないまま、互いに無言の間に佇む。
しばらく霧の支配するこの場所で黙りこくっていたが、もうそれなりの時間が経っている。
組み手を終えてからは仕込んでしまったし、そろそろ掃除や洗濯をしなければならないと
我に返ったように思い出して、組み手の途中で脱いでいた上着を取って館へと足を向けた。
「では美鈴さん、今日はこのくらいで」
「……………………」
少し失礼かとも思ったけど、背中越しに未だ佇んでいる彼女に軽く会釈して歩を進める。
さて、今日からはまた忙しくなるな。とりあえずやるべき事は、パチュリーさんのところへ
行ってお願いを聞いてもらうことだろう。期限はあと一週間と六日、あまり時間はない。
考え事をしながら歩いていたせいだろうか、僕の身体がフッと、何かに包まれた。
「紅夜君………」
「め、美鈴さん?」
ちょうど僕の後頭部の辺りから響く声がなければ、それが彼女の抱擁と気付かなかっただろう。
背後から伝わる人肌の温もりと、激しい運動直後からの収まりつつある鼓動が波のようにして
僕に雪崩れ込んでくる。後ろから回された健康的な両腕が、僕の肩より上から身体を包んで、
逃げられないように、逃がさないようにと力を込めて必死に動きを押さえ込んできた。
あまりに急な行動に驚く僕に、後ろから僕を抱きしめる美鈴さんが悲しげに言葉を漏らす。
「今の組み手でハッキリと分かりました。紅夜君、魔人はまだ、君の中にいるんですね」
「……………能力、ですか?」
「いえ、気を探ることも考えましたけど、それ以前に肉体の強度が段違いに上がってます。
前はあんなにボロボロで、身体に触れるたびに壊れそうな感触がしていたのに」
「そこまで、分かっていたんですか」
「それはもう。この紅魔館で紅夜君の身体に一番詳しいのは、私だって自信あります」
「別のところで自信を持つべきだと思うんですが……」
「茶化さないでください」
ギュッと、彼女が僕の身体を抱きすくめるのに込めていた力が増し、背後の圧もまた増した。
女性特有のふくらみが背中越しに柔らかな感触を伝えてくるけど、今はそんな気分じゃないし、
美鈴さんもきっとそういう意図があってしている訳じゃないだろう。耳に近い場所から聞こえる
悲哀と憐憫を混ぜ合わせたような声色が、本気の感情であることを一切の淀みなく教えてくる。
抱きとめる両腕に彼女の込めている想いの丈を感じさせ、僕は何も言えなくなった。
「もう誤魔化さないで、全部私に話してください。どんなことでも受け止めますから」
「………僕の中の魔人については、ご心配なく。僕一人の問題として片付けます」
「どうしてですか⁉」
美鈴さんからの提案を、僕はあえて受け入れずに突き放す。すると当然、彼女は理由を問う。
今の体勢だと互いの顔色はうかがえないけど、それでも真面目な顔を作ってしっかり応える。
「それがけじめだからですよ。僕が変われるかどうか、これから先の未来に向けての」
「…………………」
「だから、大丈夫です。また紅魔館に帰ってきて分かったから」
「……何が分かったんですか?」
「自分の想い、ですかね。ここが自分の帰る場所なんだって、心の底から思えました」
後ろにいる美鈴さんにそう答えながら、真面目な顔つきを誇らしげな笑みへと変えた。
もちろん彼女にはそれは見えていないだろう。でも、これは見せるための演技なんかじゃない。
他人を欺いて、奪って、殺してきた僕がようやく自然に出せるようになった、本当の感情だ。
自分を受け入れてくれる人たちがいて、自分を受け入れてくれる場所がある。
ならばそこはきっと、僕にとって返るべき場所なのだろうと、心の底からそう思える。
そしてそれはもう、未来永劫変わることはない。僕の帰るべき場所は、血より赤い館だけ。
ここからは霧が深くて見えない紅魔館がある方向へ、ただひたすらに視線を向け続ける。
すると僕を拘束する両腕の力が少しだけ弱まり、代わりに背中への圧力が増やされた。
どうしたものかとたじろぐ僕をよそに、背後にいる彼女は微かな声で語りかけてくる。
「………私は紅 美鈴。紅魔館の門番として、門の内側にいる人を守るのが、私の使命。
そしてその使命に、守るべき人の中にはもちろん、紅夜君も含まれているんです。
だから、たとえ何があっても、絶対にまたあの門の内側に帰ってきてくださいね」
彼女の中にある決意、覚悟ともとれるその言葉を聞いて、僕はただ静かに首を縦に下ろす。
無言の首肯。ただそれだけの行為だったけど、彼女は小さく微笑みを漏らして抱擁を解いた。
優しい温もりが離れていったことにわずかな寂寥感は残るが、これが僕の答えた結果だ。
名残惜しんでしまうとまた弱くなると思い、僕はそのまま何も言わず館へ戻ろうとするも、
今度は身体ではなく言葉で呼び止められたためにその場で振り返る。振り返ってしまった。
「んっ」
「___________⁉」
視界が完全に反転した先に映り込んだのは、先程まで話していた美鈴さんの整った下顎。
一瞬何が起こったのか理解が追い付かなかったが、彼女が僕から離れていくと同時に消えた
額の感触を刹那に感じ、何をしたのか、何をされたのかが何となくだが分かった。
僕から3歩ほど離れた場所で悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女が、朗らかに笑って言葉を紡ぐ。
「今はこのぐらいで精一杯ですけど、君がまたちゃんと帰ってくる時までには私の方も、
キチンと決着をつけておこうと思います。この気持ちに、この想いに、この心に」
「………美鈴さん」
「ですからその時が来るまで、
霧深い周囲の空模様とはまるで真逆の晴れやかな笑みと共に、彼女は走り去っていった。
未だ熱を残す自分の額に手を当てて、そこに触れていた柔らかな感触をなぞって確かめる。
それからしばらく経った後に、僕はようやく彼女の想いに応えようと決意を固めた。
「失礼します、パチュリーさん。御食事の用意が整っておりますが」
時刻は昼過ぎ、僕は用事のついでに食事の時間になっても出てこないパチュリーさんを案じて、
大図書館へと足を運んでいた。大きな木製の扉を押し開ける度、埃とカビの臭いが鼻に衝くが、
もはや慣れるどころか懐かしく思うようになったソレを鼻腔におさめて図書館内を進む。
うず高く積まれた本の山々を越えて進み続けると、目的の人物を視界内に収めた。
まるで職人が丹精込めて練り上げたような紫紺の色合いの髪を、わずらわしそうに掻き上げて
手にした魔導書を読み耽る彼女に近付き、なるべく邪魔にならないように声をかける。
「パチュリーさん、もう御食事の用意が整っておりますが、いかがなされますか?」
「…………あら、紅夜。もうそんな時間だったのね」
「時を忘れるほど熱中されておられたようですが、いったい何を?」
「………別に。それで紅夜、わざわざ昼食を食べる催促をしに来た訳じゃないでしょう?」
「見抜かれていましたか」
分厚い魔導書を貫きそうな視線で文字列を読み続けていたパチュリーさんが、本を閉じて
溜息を一つ交えてから、僕がここへ来た本当の理由を聞き出そうと尋ねてきた。
少々おどけたようにして言葉を返した僕だが、内心では見抜かれたことを驚いている。
ただここでのやり取りにさほど意味はないと感じて、すぐに態度を改めて語ることにした。
「実はパチュリーさんに、お願いがあって参りました」
「お願い? また魔法書の内容の指導?」
「いえ。パチュリーさんの魔法の御力でぜひ、ゴーレムを作っていただきたく思いまして」
「………
「はい」
僕の話した内容に少なからず驚愕を示す眼前の魔女を見て、深く頭を下げて再び願いを乞う。
彼女に頼みたかった事とは、この事だった。彼女の魔法の力で最強の
それを作ってもらう理由は単純。僕の中に巣食う魔人と、本当の決着をつけるために必要だから。
十六夜 紅夜という僕自身を取り戻してから今まで、ずっと考えていた彼との決着をつける方法。
自分の中にいるもう一つの人格と戦うなんて、常識面でも非常識面でも方法を思いつかなかった。
そこで考えたのが、彼が僕という空っぽだった器に入り込んだ事実を利用した、この方法だ。
魔法で生み出した空洞の器を用意して、そこへ彼を移らせてから改めて互いに決着をつける。
もちろんこの方法はここに来る道中に彼に話し、何の問題もないことと承諾を得られているから、
あとは目の前のこの魔法使いにゴーレムという器を生成してもらうだけ。たったそれだけだ。
しかしそれが一番難しいであろうことは、話を持ち出す前から分かり切っていたことだった。
「何故? どうして魔法触媒人形なんかが必要なの?」
当然ながら理由を尋ねられる。ソレが必要だと言われて、理由が無いわけがない。
けれど僕はその理由を、魔人と戦うために必要だと彼女に話すつもりはなかった。
パチュリーさんが僕に施した儀式によって、僕の身体に魔人の魂が宿ってしまったことは、
おそらく彼女の中に大きな"しこり"となって残っているに違いない。
それをわざわざ刺激することなど、直従でないにしてもあってはならない事だと確信している。
だから今回だけは、彼女の名誉や誇りのためにも、理由を明かさないつもりでいた。
「どうしても必要なのです。どうか」
「理由は?」
「言えません」
「答えなさいと言っても?」
「………ご容赦ください」
訝しげな視線が僕の身体を真っ直ぐに撃ち貫いてくるが、それでも僕は直立不動を保ち続ける。
それが反抗的だと映ったのか、彼女から送られる視線はより一層刺々しさを増していくけど、
何とか耐え忍んで口を閉ざしたまま頭を下げる。深く、深く、ひたすらに誠意を示す。
言えるものか。
言えるはずがない。
『貴女の儀式が失敗に終わったせいで被ったものの、後始末をしたいんです』
どれだけ言葉を取り繕ったところで、結局意味合いは同じになる。だから、言えない。
そんな言葉を臣下である僕が彼女に対して吐かねばならないなら、いっそこの身を投げ打って
負け犬に相応しい最期を迎えた方がまだマシだ。一従者として、心からそう思っている。
何としても言ってはならないという気概が通じたのか、彼女は溜息を吐いて答えた。
「分かった、いいわ。魔法触媒人形ならいくらでも作ってあげるわよ」
「……感謝いたします、パチュリー様」
「………様、ね。いきなり敬称を付けるなんて、何を企んでいるのかしら」
「画策など、僕の性には合いませんよ」
「どうかしらね。でも、魔法触媒人形を作ってあげる代わりに交換条件をつけるわ」
「交換条件?」
ところがパチュリーさんは、何やら見当違いな事を言い始めた。
僕のオウム返しに違和感を覚えたようで、眉根を下げて彼女が聞き返してくる。
「あら、何かおかしい?」
「え、その」
「言ってみなさい」
「では…………パチュリーさん、交換条件だなどというものは、そも成立しませんよ」
「何故?」
「貴女は僕の上位者であり、仕える主人の姉君のご友人であらせられる方です。
ならば一言御命じ頂けるのであれば、それを実行することこそ僕の忠義ですから」
「………条件として提示しなくても、言えば何でもするってこと?」
「ハイ」
僕からの言葉を聞き終えたパチュリーさんは、呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。
視線を斜め下へと放り捨てた彼女の姿に苦笑を浮かべるものの、僕自身は何も間違ったことを
言っていないのだと誇らしげな態度は崩さない。上下関係はこれでも、弁えているつもりだ。
彼女は紅魔館が主の旧友である以上、仰ぎ奉る主人方と同じ位置にいらっしゃるということに
何の間違いも疑いもない。であれば、それに相応しい対応というものがある。
それを把握したうえでの言葉だったのだが、何故か彼女は納得していないようだった。
不思議に思って首を傾げたのだが、数瞬を置いた後に吹っ切れた彼女が声をかけてきた。
「分かった。だったら魔法触媒人形の錬成の代わりに、命令を聞きなさい」
「代わりなどなくとも、僕はいつだって従います」
「…………バカ」
「え?」
「何でもない。とにかく今からしばらく、そこを動かないこと。いい?」
何やら途中で小言を漏らしたようだったけど、とにかく命じられた以上従うほかない。
臣下としての礼節を尽くしたはずの行動に、何やら不満げな様子に見えるが、気のせいだろう。
そう自己完結させて思考を打ち切り、ただ言われるがままにその場に立ち尽くした。
「それで次は…………目よ。目をつぶりなさい」
「ハイ」
「あとは……うん、いいわ。準備完了ね」
「パチュリーさん、これはどういうことでしょうか?」
直立不動の姿勢で棒立ちしていると、今度は続けて目を閉じるようにとの命令が下される。
訳が分からないまま従うものの、彼女の意図がまるで読めない。何をさせる気だろう。
少し気になったので直接尋ねてみたのだが、無言の沈黙で返された。言えないような事なのか。
そして、やけに緊張したような声で次なる命令が与えられる。
「紅夜、次に私が『いい』と言うまで、決して目を開けないこと」
「か、かしこまりました」
視覚情報の不定期的遮断を命ぜられて、心の隅に生じた不安が少しだけ膨らんできたけれど、
今更命令に背くことなどできないので、受け入れるしかない。どこで道を間違えたのかな。
彼女が命令を与えてから続いている沈黙に耐える。
すると突然、僕の両頬を暖かく柔らかい、まるで手のひらを当てているような感触が襲った。
完全な暗闇の状態での唐突な感触に驚く僕だったが、頭部を頬にあたっている温かさが放さず、
逃れることができない。元々命令で動くなと言われているから、逃げられないのだが。
そうして徐々に混乱から立ち直っていく最中に、またも別の感触が僕に伝わってきた。
「______んんっ」
両頬のソレより柔らかく、両頬のソレより温かい、優しい何かが僕の唇に当たっている。
「んむッ⁉」
「んん………っ」
突然のことで身をのけぞらせようとした瞬間、両頬を掴むものからの圧力が一気に増して、
絶対に逃がさないとばかりにガッチリと押さえ込んできた。やはり、コレは手だったんだ。
けど問題はそこじゃない。今現在もなお続いている、僕の唇に押し付けられたこの感触。
コレはきっと、いや間違いなく、唇だろう。
では誰のだろうか。その答えは分かり切っているのに、思考が正答することを拒んでいる。
いくら考えても答えが浮かんでこない。やがて限界を迎えた僕は、目を開いてしまった。
「ん……はっ」
「パチュリー、さん………何を」
暗闇を切り裂いて光を得た瞳が真っ先に見たのは、今までにないほど近い彼女の顔。
しかも、冷静沈着な普段の彼女からは想像もつかないほど、煽情的な笑みを浮かべていた。
今、何があったのだろうか。今僕らは、何をしていたんだろうか。
思考回路が焼き切れそうになるほど考えを巡らせるも、全てがエラー表示を返すばかりで、
求めている答えが返ってくることはなかった。さながら、答えが自らを拒んでいるかのように。
さっきからやたらと耳障りな鼓動の音を務めて無視していると、彼女がやっと声を上げた。
「……『いい』って言うまで、目を開けるなと言っておいたのに」
「え、あ、だからその、ぱ、パチュリーさん?」
「なに?」
「今、何を?」
拗ねたように文句を言った彼女の言葉も耳に入れず、僕は先程の行為の真意を尋ねる。
無理やり思考が正答を導き出さないようにしているが、いくらなんでも察しくらいはつく。
何をされたのか半信半疑な僕は、確たる証拠を得るために本人に直接問いただした。
ところが、彼女の口から放たれたのは、望んでいた答えではなかった。
「そうね、強いて言えばこれは『契約』よ」
「け、『契約』ですか?」
「………魔法触媒人形で何をしようとしているのか、大体の見当くらいはついているわ。
だから、『契約』しなさい。『またここに必ず、帰ってくる』って、誓いを立てなさい。
魔女であるこの私との『契約』を破ればどうなるか、分かっているわね?」
問うた理由の代わりに返ってきたのは、半強制的に結ばされた契約の内容。
僕の意図を読んでいるかのような口ぶりにも驚かされたが、まさかあのパチュリーさんが
これほどまでに僕を思っていて、否、想っていてくださったとは、思いもよらなかった。
いきなりの行動に随分と精神的な衝撃を受けたものの、ここまでくれば腹も括れる。
大図書館の魔女から持ち掛けられた契約の言葉に、僕は両頬に添えられていた彼女の手を
優しく包み込み、戸惑いながら返事を待ち侘びる彼女へ向けて、了承の意を語る。
「この十六夜 紅夜、貴女に与えられた二度目の命に代えましても、必ずや」
「………契約完了、ね」
受諾する意思を受け取ったパチュリーさんは、澄み切った笑顔で僕の手を握り返した。
いかがだったでしょうか?
いやあ、少女たちの恋愛感情の表現は本当に難しいです(深刻
自分にはない経験を書かねばならんとは、身を裂かれる思いですよホント。
それにしても頑張りましたね、美鈴にパチュリーは。
本当ならサブヒロ枠にすらいなかった二人だったのになぁ………
何をどうしてこうなったのか、作者にすら分かりませんよ。
それでは次回、東方紅緑譚
第六十七話「瀟洒な従者、哀し愛される日」
ご意見ご感想、並びに批評など、大歓迎でございます!