どうも皆様、先日発売された「不思議の幻想郷」シリーズの
最新作を片手にポテチを頬張っている萃夢想天でございます。
この作品も書き始めてから、一年と約半年ほど経過したわけですが、
まだまだ予定していた六割程度しか進んでおりません!
これが良い事なのか悪い事なのかはさておき、この章もラストスパート。
いよいよもって、魔人と紅夜との自身を賭けた戦いが始まります!
それでは、どうぞ!
二週間という期間は、長いように思えて実は案外短い。
一週間が七日で構成されているわけで、日数換算にすると実に十四日と、これは長く思えるけど、
一日にできることとするべきことに時間を割いてみると、やはりさほど自由な時間は無いのだ。
これは僕じゃなくても言えることだろう。多分、学生とかだってそう思ってるはずだ。
話を戻そう。
二週間というのは、僕が天魔という天狗社会の頂点から言い渡された、事実上の執行猶予のこと。
無論この執行猶予というのは僕に対してではなく、僕が一時的に身柄を預かっている文さんに
科せられた罪状に対するもの。しかし、僕の想い人である時点で、他人事と楽観視はできない。
僕がそれを言い渡された日から、実に本日で四日目になる。残りは、一週間と三日だけなのだ。
「…………あと、たったの十日間か」
「紅夜さん……?」
「文さん、大丈夫です。必ず山の襲撃犯は僕が見つけ出しますから」
「え、ええ。でも、無理はしないでくださいね」
事もなげに呟いた言葉を、傍らにいる文さんに聞き拾われてしまい、心配をかけてしまう。
彼女の不安をどうにか和らげたいと思い、少々自信過剰なフリをして笑顔と共に親指を立てたが、
僕の行為に納得がいかないながらも頷き、さらに心配を重ねてくれる彼女には頭が上がらない。
先程まで時間が無いことを暗に仄めかしていたにも関わらず、自室で彼女とこうして話をしている
のには当然理由がある。彼女に罪をかぶせたと思われる襲撃犯を見つける前に、僕は僕自身の
問題に決着をつけねばならず、そのための下準備をするために時間をつぶすしかないからだった。
もちろん給仕の仕事もこなしつつなのは言うまでもないけど、こうして想いを伝え合った彼女との
時間を作るのが想像を越えてはるかに楽しいことに、正直驚きを隠せない。
ふとした瞬間に見せる無防備な横顔や、気付くと絡ませるように腕を取った時の悪戯な笑みなど、
単純に接する時間が増えたこともあるのだろうけど、知らなかった一面が少しずつ見えてくる。
そういった、謎解きを連想させるこの彼女とのわずかな時間が、何故だたまらなく愛しく思えた。
「失礼します、紅夜さん」
「ん、ハイ。どうぞ、こあさん」
今も僕の右手を意味も無く触っている彼女を見つめていると、扉からノックと一緒にこあさんの
やけにこわばった感じの声が聞こえてきた。入室許可の後に入ってきた朱い長髪の彼女はまず、
僕の隣で明らかに機嫌を悪くした文さんを見て顔をしかめ、視線を僕に向け直し話を切り出す。
「紅夜さん、パチュリー様がお呼びです」
「………ということは、出来たんですね」
「ハイ。すぐにでも始められるとのことで」
「そうですか。分かりました、行きましょう」
真剣な面持ちで語るこあさんの言葉からして、いよいよ僕が覚悟を決める時が来たようだ。
これまで待っていたのは、先日パチュリーさんに生成を頼んだ、魔人の魂を宿す器の役目となる
魔法触媒人形ことゴーレムの完成。それが、僕と魔人との決戦の火蓋に変わると心の底では
理解できていたものの、いざその時が来たとなると、やはり緊張してしまうのは仕方ない。
不安げに見上げる文さんに「待っていてください」と一言告げて、こあさんに続いて退室した。
『やっとだな』
「そうだね。これで君と僕のせめぎ合いも、決着するわけだ」
『せいせいするってか?』
「………どうだろうね」
『テメェがどうあろうが、俺様はやるゼ。テメェと始末をつけて、俺様は俺様になる』
「随分やる気みたいだけど、僕は敗けない。敗けられない理由が出来たから」
『ほざいてろ』
それまで黙っていた僕の中の魔人が、数歩先にこあさんがいるにも関わらず話しかけてくる。
相変わらずの傍若無人っぷりにほんのわずかだけど安心感を覚えた僕は、けれど必ず生きて
帰ってこなければならない理由を_________想いを重ねた人たちの事を考えて前を見据えた。
こあさんと赤一色の廊下を歩き続け、大図書館の扉の先へと確かな足取りで歩を進める。
僕ら二人の前で待っていたのは、動かない大図書館ことパチュリーさんと、意外なことに
咲夜姉さんとの二人だった。前者はここの所有者だから当然としても、後者には驚いた。
そんな思いが表情に表れていたのか、同じ銀糸の髪を揺らす彼女が冷淡な声で答えてくれた。
「弟の一世一代の戦いを、見守らない姉がいると思うの?」
「姉さん……ありがとう」
「い、いいのよ、お礼なんてそんな!」
「…………咲夜、随分様変わりしたものね」
わざわざ従事よりこちらを優先してくれた姉の心意気に、素直な感謝の言葉を述べると、
彼女は館の色と同じくらいな赤い顔を背けつつ、身体を小刻みに震わせ始める。
そんな姉さんの姿を横目で見たパチュリーさんが、何故かご機嫌ナナメになっていた。
コロコロと態度が変わる二人をどうしたものかと思いつつ、すぐに僕は話題を切り出す。
「パチュリーさん、お迎えをいただいたという事は、出来たんですね?」
「ええ、出来たわ。要望通りに、私の持てる技術を全て使って作った最強の個体がね」
「あまりの感激に、言葉が出ません」
「そんなもの要らないから、キチンと契約を果たすこと。いいわね?」
「無論でございます」
「ならいいけど」
こあさんからも聞いていたけど、念のための確認も済ませて彼女の背後にあるものを見る。
そこには身の丈が成人男性の1.5倍くらいはありそうな、何の特徴も無い木人形が手足を
ダラリと脱力させた状態で置かれていた。魔術に関してド素人な僕でも、目の前にあるコレが
魔法的な面で見ても一級品なのだろうということが一目で理解できるほど、良い出来だった。
完成品を見て驚く僕を見て満足げなパチュリーさんだが、その隣で今度は姉さんが機嫌を
悪くして睨みを利かせている。主君の友人であることも、きっと今は忘れているに違いない。
まかり間違えても危害を加えることは無いだろう…………いや、今の姉さんじゃどうだろうか。
先日の一件以来、姉さんは僕のことになると見境が無くなっているらしく、この前も日雇いの
妖精メイドたちに話しかけられただけで、何を話していたのかを延々と問われることがあった。
あの時に比べたら、今はまだ何とか理性を保っている方だけど、それもいつ途切れるかが
不明な以上は、長く放置するわけにもいかない。僕はパチュリーさんとの話を早口で続ける。
「で、ではパチュリーさん。早速ですが、コレを使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「好きになさい。それはもう紅夜のだから」
「ありがとうございます」
「……紅夜、ですか。パチュリー様こそ、随分と様変わりされたようで」
「……何? 何か文句でもあるの?」
「言ってもよろしいのですか?」
と、思った矢先にこれだよ。
まさか僕の呼び名一つでここまで過敏に反応するなんて、正直隙が無さ過ぎて困るくらいだ。
とはいえここで仲裁に入っても延長されるだけで効果は無い。ならばいっそ事を早めてしまえば
二人も言い争いにまでは発展しないだろうと考え、僕は自分の中にいる魔人に準備を頼んだ。
(さて、それじゃあ始めようか)
『………おう。あン中に入りゃいいのか』
(そういう事。というか今更だけど、本当にできるの?)
『テメェん中に入れたンだ、逆だって出来ンだろ………多分』
(今、多分って言わなかった)
『ウルセェ‼ 今やっから騒ぐな‼』
最終確認の意味合いも込めて彼に話しかけると、何やら話の雲行きが怪しくなってきた。
まさか、ここまでパチュリーさんにしてもらっておいて、「出来ませんでした」なんて
ことにだけはならないようにしてもらいたい。彼の言っていることも理屈の上では正しいけど、
それが実際に結果として伴ってくれないと非常に困る。しかし、本当に大丈夫なんだろうか。
内心で抱いた不安を押し出すように溜息をつくと、体の芯がスルリと抜け落ちていくような
不可思議な感覚に見舞われ、気が付くと僕の目の前にあったものが劇的に変化していた。
「……どうやら、ちゃんと上手くいったみたいだね」
『_______言ッタロ、逆ダッテ出来ルッテヨ』
未だにいがみ合っているパチュリーさんと姉さんの背後にあった、木製のゴーレムの肉体に
著しい変化が生じ始めていき、それは少し経つと完全に自立する人型の『ナニカ』になった。
ただ、やはりまだ馴染めていないようで、どこか遠くから聞こえるようなカタコトの声が
僕の問いかけに反応して返ってくる。けどそれも、彼が僕から出て行った数秒までの事で、
返事をした彼は十秒後にはもう、どこからどう見ても人形に見えないまでの姿を得ていた。
鋭く凍てついたような僕の銀髪に対し、夜の闇をも飲み込んでいくかのような漆黒の短髪。
水平方向から上に大きく浮き上がった眦に、引きずり込まれそうなほど澄んだ
山の尾根に積もる雪みたいな白さの肌に比べ、灼熱に焼かれた岩肌の如き浅黒い肌が映える。
そして極めつけに、禍々しい黒を掻き分けるようにして両側頭部から生えた、太い
「へぇ………君が僕の体を奪うと、そんな感じになるんだ」
『今更珍シイ物デモネェダロ?』
「いや、一人称から見るのとは違った感じがする。客観的に見ると、悪くないね」
『ソリャドウ_______もよ』
魔人化形態、とでも名付けられそうな姿の僕とよく似た彼に、浮いた声をかけた。
今自分でも言ったように、主観で見るのと客観で見るのとでは、すさまじく明確な差がある。
身体を乗っ取られると一部が魔人に近付くらしいのは、地底に居た頃にさとり様の口から
伝えられてはいたんだけど、実際に見てみると考えていたより醜いとは思えなかった。
と言うよりむしろ、ちょっとだけカッコいいかなって思ったりもした。
「お、やっと本調子かな?」
『ウルセェ、テメェだったらもっと時間かかってッからな!』
「僕は人間だから、出来なくて当たり前なのさ」
口調がいつもの彼らしくなってきたことを茶化すと、それに対して彼も言葉尻を荒くする。
ここ数日で慣れてしまった彼との会話だ。パターンも大体はつかめてきている。
そう考えると、どこか物寂しげな感情が浮かんできそうになるけど、努めてフタをした。
「さぁ、それじゃあそろそろ始めようか」
自分の中の整理できない感情に見切りをつけ、自分を奮い立たせるような言葉を口にし、
今日のためにと新調しておいた燕尾服と新しいジャックナイフの刃をズラリと覗かせる。
鈍色の牙を見せつけるソレらを両手に四本ずつ展開して、いつでも始められるようにと
足を肩幅以上に開いて動ける姿勢に移行する。ところが、肝心の彼が棒立ちのままだ。
まだゴーレムの体に不具合があるのかと聞こうとすると、先に言葉をかけられた。
『オイ、その前に1個いいか?』
「…………何か不調でもあったの?」
『違ェよ。俺が言いてェのは、俺とテメェの決着のつけ方だ』
「決着のつけ方?」
彼が言い出したのは、僕と彼との決闘の方法についてのことらしい。
でも、この話は妙だ。文さんの救出を前に交わしたこの決闘の話では、その方法までは
確かに話してはいなかったけど、それって普通に戦うだけで問題は無いはずだろうに。
なのに彼は方法を指定してくるようなことを言い出した。何か企んでいるんだろうか。
内心で訝しんでいる僕に構わず、よく似た顔立ちをした彼はぶっきらぼうに語る。
『あァ。決闘のやり方は、【弾幕ごっこ】でいいか?』
「えっ⁉」
『ンだよ』
「い、いや………」
彼が口にした決闘方法、それはこの幻想郷において、最もポピュラーで平和な方法だ。
どちらがより美しい弾幕を出せるかで勝敗が決まるこの方法なら、間違いなく安全で
両者ともに損をすることのない完璧な決闘を行えるものの、流石に疑わざるを得ない。
だって、魔人である彼からすれば直接殴り合うような戦闘の方が明らかに有利なのに、
それを放棄してわざわざ実戦経験のあるこちら側のルールに則る必要が、あるのか。
でもまあ、彼がそう言うんなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。
「別に、君が構わないならそれでいいけどさ」
『なら決まりだな。オイ、俺を召喚した魔女、テメェだよ!』
「………何かしら?」
『俺に【弾幕ごっこ】のやり方を教えろ。簡単にでイイから、さっさとしろ』
提示された提案を受諾したそばから、彼はいつもの傍若無人な態度で咲夜姉さんとまだ
もめていたパチュリーさんに荒々しく声をかけて、ルールを教えろと命令口調で言った。
まさか、やり方も何も知らないのに彼は弾幕ごっこをしようなんて言い出したのか。
ますます彼に意図が読めずに困惑する僕を差し置いて、渋々といった体で了承した彼女に
弾幕ごっこの基礎を習うべく時間を取ることになり、今日はひとまず決着が延期になった。
ちなみに、その後で部屋に戻ってすぐ、文さんに「無事で良かった」と早合点された。
翌日の午後6時。空は既に晴れやかな青ではなく、塗料をぶちまけたような濃紺に染まり、
西の山々の裏側へと沈んでいく夕日の返り血のような、赤い館の庭園の中に僕はいる。
そう、今現在の時刻は先程言った通りに午後の6時を回ったところだけど、問題なのは
むしろ日にちの方だと思う。翌日、つまり決闘法を決めてから丸一日経過しているのだ。
本当なら決闘方法を決めた日の午後から始める予定だったものを、ちょうどそこに現れた
レミリア様がご興味を示されて、魔人に一から【弾幕ごっこ】の流儀(自己流)をわざわざ
ご指導されたために大幅に遅れたのだ。あの御方の暇潰しは毎度ながらスケールがデカい。
そんなレミリア様以下、この紅魔館の住人は現在その全てが、この庭園に集結している。
その理由は、もはや言わずもがなだろう。僕は目の前に立つ、黒髪の男に話しかけた。
「丸々一日くれてやったんだ、ルールはバッチリだろうね?」
『あァ、問題ねェ。ただまァ……あのチビがやたら優雅だ何だと抜かしてたが』
「………ぶっちゃけた話、気にしなくていいと思う」
『そいつを聞いて安心したゼ。そンなら、俺にも勝機はあッからな』
僕と非常によく似た外見をした彼は、どこか疲労を匂わせる仕草で頭を掻きながら愚痴を
こぼしてきた。気持ちは分からなくもないからこう言ったけど、僕はノーコメントだ。
ただ、ここへ来てもやっぱりまだ気になることがあった。それを、彼に聞いてみる。
「なぁ、決闘を始める前に、一ついいかな?」
『あンだ』
「………どうして、弾幕ごっこをしようだなんて言い出したのさ」
僕の問いかけに沈黙を示す魔人だったが、それも数秒の後に静かな語りに変わった。
『別に、大した理由なんざありゃしねェよ。ただ、理由になるかは分かんねェがよ、
俺様は魔界じゃいつも戦って勝ってたし、向こうから挑まれてソレを叩き潰すだけでよ。
何にも面白くなかったンだが、今は違う。ただじゃ潰れないテメェがいるからな』
「………つまり、挑む側になりたかったってことかな?」
『ン……まァ、それでいいや。ンで、他にもまだ聞くことあンのか?』
「いや、もう充分だ。待たせたね」
『おう、待たされたゼ!』
彼の口から決闘方法の変更理由を聞き出して、それなりに納得が言った僕は今度こそ、
決着をつけるための戦いに身を投じるべく、全身に気を張り巡らせて構える。
「さぁ、始めようか!」
『いいゼ、来いよ‼』
残り一週間と二日の今日、僕と彼の運命が、交わる時が来た。
「まずは様子見だ! 裂符【サウザンドリッパー】‼」
勝負の開始と同時に距離を詰めてきた魔人をけん制するために、早速スペルを宣言する。
このスペルカードは、よく覚えている。僕が弾幕ごっこを知って、最初に作ったものだから。
接近してくる標的めがけて投擲したナイフが、四方八方へ飛び散ってから急速に方向を変え、
様々な角度からナイフ群の中心部に居る魔人に殺到していく弾幕を、外から冷静に観察する。
序盤はまだ当初の八本だけだったナイフは、途中から投げ足して今では総計十六本になって、
随時方向を能力で変えながら飛来してくるこの弾幕は、あの霧雨 魔理沙をうならせる出来だ。
しかもそれはまだ、僕がここにやってきて日が浅いころの話で、今はそれ以上だと自負できる。
最初に言ったように様子見で発動したスペルを、魔人がどう攻略するのか見物だな。
半ば上級者のような目線で相手を観察していた僕は、次の瞬間には驚愕することとなった。
『チッ、意外とメンドクセェなコレ………墜ちろ、圧符【ドレッドプレッシャー】‼』
苛立たしげな口調の後に彼の口から放たれたのは、紛う事なき、スペルカード宣言。
いつか使ってくるだろうとは思ってたけど、まさかこんな序盤でいきなり使ってくるとは
思ってもみなかった。初心者は普通、得た技術を出し惜しみする傾向にあると油断していた。
そうだ、よく思い出せ。相手は初心者であっても人間じゃない、魔人なんだ。
自分の迂闊さを反省点として組み込んだ僕は、ひとまず彼のスペルの効果を見極めるべく
距離を取るための跳躍をしようと両脚に力を込めて__________そのまま地面に崩れ落ちる。
「な、に……?」
何が起きたのかと顔を上げようとするも、まるで
ついに上体を起こしていることすらままならなくなった僕は、四肢と胴を大地に投げうつ。
地面と平行になった視界で前を睨みつけると、彼の周囲で猛威を振るっていたナイフの群れが、
一つも無くなっている。いや、一つ残らず今の僕と同じように地面にめり込んでいるようだった。
無秩序に地面に刺さる彼らを無視して、魔人は首や肩をグルグル回してから呟く。
『さて、目障りなのも無くなったしよォ………派手に行くかァ‼』
「ぐっ、くっ!」
『オラオラァ‼』
最後の雄叫びとともに地面のナイフを何本か踏み砕いた彼は、両手をこちらに向けてきた。
その両掌には、少しずつ様々な色の光が集まっている。否、それは僕でも知っている光の弾。
そう、弾幕だ。
忘れていたけど、彼は僕のような人間じゃない。れっきとした魔力を持つ強い存在なのだ。
そんな相手が、わざわざどこかの誰かみたいに小手先だけの道具を弾幕に見立てて使うような
人物などとは到底思えない。きっと、ただ間違いなくそれだけではないが、今は弾幕でもマズイ。
彼の両手から射出され始めた様々な形と色の弾幕を、ズシリと重たい身体で逃げなきゃならない。
「く……そッ‼」
『どーした、あン? もう終いかテメェよォ‼』
「減らず口を、叩ける、のは………そこまでだよ」
『面白ェ! 今のテメェに何が出来る⁉』
相変わらず彼の口から放たれる罵詈雑言を前にしても、今の僕は怯むことなどありはしない。
けど、流石にこんな状態で彼の攻撃をしのぐにしても防ぐにしても、風前の灯火だろう。
だから僕は、現状を打破するためにまず、彼の足止めをすることから始めることにした。
コレ以上彼に自由を与えると、余計に面倒なことが起こる可能性が極めて高いと考えて、
いち早く彼本体に妨害を仕掛ける計画を立てた僕は、続いて新作のスペルを宣言する。
「なら、コレならどうでしょう! 裂符【ジャック・オブ・ダガー】‼」
スペルカードを宣言して発動。その瞬間、僕は瞬時に十六本のナイフを空中へとばら撒いた。
そしてそれらは柄と柄が磁石のように引き合い、2対1組の円盤状の刃となって旋回し始める。
突如出現した八つの円盤を、弾幕を放ちながら移動する魔人めがけて方向を操りけしかけた。
「いけッ‼」
『本当に小細工が好きみてェだなァ‼』
高速回転しながら宙を舞う八つの円盤を撃ち落とそうと、魔人が弾幕を適当に放つのを止め、
自身の周囲に近寄らせないために広範囲に均等な量を射出し始める。でもその程度で僕の
新しいスペルカードをブレイクできると思わないでほしい。アレはまだ、第一段階だからね。
風切り音を幾重にも奏でながら空を縦横無尽に飛ぶ円盤を、弾幕を拡散させながらも自身も
動いて逃れうとする魔人を見て、そろそろ頃合いだろうとタイミングを計った僕は、指を鳴らす。
その瞬間、2対で1組で円盤を形作っていたナイフは、弾かれたように分離して牙を剥いた。
『あァ⁉』
「どうだい? 手前で瞬時にばらける弾幕………避けられるのなら避けてみてくれよ」
『クソがァァァ‼』
湧き起こる感情の発露を雄叫びで表現する魔人に向かい、回転の遠心力を得て速度を増した
ナイフの散弾とも呼べる弾幕が一斉に襲い掛かり、彼はそれをどうにかして避けようとする。
だが分散した場所がほとんど至近距離だったために、回避が間に合わずに何発かその褐色の
肌にかすって赤い糸を垂らしている。コレでまず、僕が一手リードしたってところかな。
ゴーレムの器であっても痛覚があるようで、切れた場所を無事な方の手で触れながらこちらを
刺し貫くような視線で睨みつけてくる魔人は、弾幕の射出を中断して一息で跳んで後退した。
一度距離を開けようとする判断は正しい。ついさっき至近距離で攻撃を受けたのなら、まずは
遠距離戦に持ち込もうと思うのが常だろう。僕だってそうする、ならば彼もそうするはずだ。
でも、だからこそ、この機を逃す手は無い。
『チッ! やっぱり寄ってきやがるか‼』
「当然! 逃げるんなら追うまでだ‼」
至近距離での弾幕が有効なら、それをしない訳がない。ただでさえ性能的に大きなハンデが
あるんだから、それを埋めようとするための策を講じて何が悪い。いや、悪いはずがない。
改造された身体能力を駆使して駆け出し、花壇や垣根が立ち並ぶ庭園内で大立ち回りを演じ、
地を疾走しながらナイフを投擲してから跳躍。空中で方向を変えながら追加でナイフを投じる。
弾幕代わりのナイフの群れが尋常ならざる速度で、顔をしかめる魔人にめがけて殺到していく。
彼が鮮やかな弾幕を放つことを中止している今こそ、僕が攻撃に転じられる数少ない好機だ。
両手に収めたナイフを投擲したら大地を駆け、距離を少し縮めれば即座に能力で手にナイフを
呼びだして迷うことなく視線の先に居る魔人へと投擲。それを、何度も何度も繰り返す。
気付けば視界を埋め尽くさんとするナイフの群れが出来上がり、今にも着弾しようとしていた。
でも相手はあの魔人だ。こんなにあっさりと弾幕を受けてしまうような結末にはならないだろう。
『舐めンな‼ 熱圧【魔力解放・憤怒旋風】‼』
「………やはりね」
僕が抱いた予想通りに、彼は向かってくる弾幕群に対して次なるスペルを発動で対抗してきた。
最初に投げたナイフ程度ならば横転すれば避けられただろうけど、これほどまでの物量となると
回避しきるのは至難の業だ。故にこそ彼は、自身のスペルで迫る弾幕を無力化するしかない。
ここで僕が懸念したのは、最初に彼が発動した「圧符【ドレッドプレッシャー】」というスペル。
アレは僕の身体もろとも弾幕を押し潰すような効果を発揮するから、警戒しなきゃならない。
そうしているうちに、僕の視線の先ではまたしても僕を驚愕たらしめる光景が広がっていた。
「な………なんだ、アレは」
『ハッハッハッハーッ‼ オラオラァ、燃えろ燃えろォ‼』
緑と赤で彩られていたはずの庭園内に、暴力的なまでの紅蓮の炎が文字通りに渦巻いている。
それも、彼のいた場所を中心にして、徐々に今も大きくなっている。まるで、竜巻のようだ。
呆然と燃え盛る火炎の竜巻を見つめていると、僕の放った弾幕がその紅蓮の中へと飛び込んで、
そのまま何も起こらずにゴウゴウと渦を巻く音だけが響く。こんな方法で、無力化されるとは。
あまりにも力任せな対抗策に言葉を失っていた僕は、少しずつ肥大化している炎の渦を見て、
こちらへと向かってきていることに気付き、無意識のうちに後退行動を身体が取っていた。
「………随分と派手なことをしてくれるもんだ」
『どうだ‼ テメェのチマチマしたモンなんざ、屁でもねェんだよ‼』
「おーおー、弾幕ごっこ初心者の君が随分と、言ってくれるじゃないか」
『ッ………気が変わったゼ、テメェはこのまま焼死確定だァ‼』
「それは勘弁願いたいね‼」
大気中の酸素という酸素を奪い尽くしながら進軍する紅蓮を、僕はステップを交えた跳躍で
右に左にと回避し続ける。その後も断続的に放たれた同じ炎の渦も、同じように避け切った。
外見の巨大さと豪快さに圧倒されたけれど、弾幕として向かってくるには少々鈍過ぎだな。
全ての竜巻を回避した僕は、先程の彼のスペルで溶解したナイフを方向を操る能力によって、
自室に保管してある予備を手元に持ってきて収め、すぐにでも投擲できるように構える。
それを見た魔人の方も、両手の暗い色合いの球体を出現させて、ゆっくりとこちらに向けた。
『オラァッ‼』
「無駄ァッ‼」
制圧力よりも速度を重視したであろう彼の弾幕と、僕の投擲したナイフの群れが衝突して、
互いの直線上で火花を散らす。一投目に効果が無い事を確認して、すぐさま第二射を撃つ。
今度もまったく同じ結果に終わり、続けて第三、第四の攻撃が放たれてまたもぶつかり合う。
怒涛の勢いで放たれ続ける向こうの弾幕を、僕は必死になりながらも丁寧に打ち消しては、
ほんのわずかな隙間を縫ってこちらのナイフを届かせようと放ち、無造作に撃ち落とされる。
そうして徐々に、本当に少しずつ、こちらが押され始めた。
「ぐっ…………まだだ‼」
『しぶといヤツだなァ、テメェもよォ‼』
「敗けられないんだよ、僕は‼」
『知ったことか‼』
赤、青、緑、黄。様々な色合いの球体や針状の弾幕が、絶え間なく彼の両手から放たれて、
それらがわずかにこちらのナイフ群を掻い潜ってきている。さっきから僕の髪や服の端を
かすめていくのが伝わってくるけど、逆にそのことで僕の中の怯えより覚悟が固まった。
そこからはただひたすらに、互いの地力が持つ限りに、弾幕を放ち続けた。
腕を振るいながらナイフを投擲し、飛来していくナイフを簡単に落とされないように能力で
その方向を変えてやりながら魔人を襲わせ、逆にこちらへやって来る彼の弾幕を目視して
回避し続け、避けられないと判断した場合は新たにナイフをぶつけて相殺させる。
ハッキリ言って、これは相当集中力を使う作業だし、肉体的疲労も限界に達してきている。
ここらでもう、臨界点を迎えるだろう。それを自覚した僕は、多少の被弾は覚悟で後方へ跳び、
着地した瞬間にかつても使用した事のあるスペルカードを宣言して発動させた。
「ハァ……ハァ………喰らえ、裂降【パニッシュメントアーチ】‼」
以前に紅魔館________というより僕が主体で起こした【暒夜異変】であの白黒魔女こと
霧雨 魔理沙と弾幕ごっこをした際に初めて披露した、僕の当時五つしかなかったスペルの一つ。
今では十個ほどまで増やしているものの、このスペルカードはもう一つのスペルとの組み合わせが
可能なために割と気に入っているのだ。ソレを今、眼前に居る魔人とその弾幕群に向けて放つ。
もはやほとんど尽きかけているナイフを上空高く放り投げ、それらを能力によって支配した。
バラバラに漂っていただけの鈍色の牙たちは、僕の力で方向を変えられ、上空で下向きに静止し、
さながら獲物を噛み砕くのを今か今かと待ち望む猛獣の口腔のように、隊列を組んで落下する。
先から順番に降り注いでいくナイフの雨によって、直線上にあった彼の弾幕はそのほとんどが
相殺されて消え去り、勢いそのままに本体である彼にもその猛威を振るおうとしていた。
『血の雨でも降らせよってか、面白ェ‼ 水圧【魔力解放・激昂豪雨】‼』
しかし鈍色の雨が彼に落ちるその瞬間、彼もまた新たなスペルを発動させてそれを防いだ。
魔人の肉体の周囲がやけに歪み始め、それはやがて完全な無色の液体として確立されていき、
迫りくるナイフを撃ち落とすべく、手のひら大のサイズに縮小された水滴が無数に射出される。
ただの水滴であれば問題は無い。いかに弾幕といえども、固形物と液体ではそも話にならない。
そう楽観視していた僕は、金属同士が衝突したような音を聞いて意識を現実に引き戻される。
視線の先では、無数の細かな水滴によって、落下するナイフがことごとく弾かれていた。
「馬鹿な⁉」
『バカはテメェだゼ‼ オラ、大好きな雨に穿たれなァ‼』
「くっ!」
力なく地面に墜落していく僕のナイフをよそに、魔人の水滴はさらに射出され続けていって、
本当の雨のように上空から僕をめがけて降り注いできた。金属製のナイフがただの液状の球に
弾かれて無力化されたという、非常識な光景に驚きを隠せない僕は、回避行動が少し遅れる。
小刻みな動作で落ちてくる豪雨の弾幕を避けようとして、何発かが僕の肩口や手の外側にかすり、
明らかに性質的にありえない重量と硬さによる痛みが、僕にこの攻撃の真実を雄弁に語った。
(そうか………やっぱり、コイツの、コイツの能力によるものか‼)
薄々気付いてはいた事実が、これまでのスペルカードの内容と今の雨粒の重さで確信に変わる。
間違いなく、彼の能力は僕が予想した通りのものだろう。後は、それをどう利用するかだ。
正直言って、もし本当に彼の能力が想像通りなのだとしたら、厄介極まりない凶悪な能力だし、
それをフルに活用されれば僕の『方向を操る程度の能力』でも、勝ち目が限りなく薄くなる。
魔人の能力は、100%間違いない。
だから、あと1%の確証がほしい。
それで101%だ。疑いようもない。
降り注いでいる雨の硬さと、今なお魔人の周囲を覆う無色透明の被膜らしき液体の謎を
確かめるために、僕は先程の「裂降【パニッシュメントアーチ】」と組み合わせて使用する
もう一つのスペルカードを大きく跳躍しつつ宣言して、発動させる。
「裂昇【クライミングスクリーム】‼」
相殺されて地面に放逐されていたナイフたちが、息を吹き返したように一斉に浮かび上がり、
先程とは真逆に上方向へと(魔人に向かっているのでやや斜めだけど)、高速で飛来していく。
風を切り裂きながら襲い掛かる僕の牙たちは、しかし彼を覆っている謎の被膜に弾かれる。
無論すべてが弾かれたわけではないにしろ、弾幕という意味では効果を得られなかった。
でも、これでいい。この攻撃で僕は全てを理解した。そう、1%の確信を得ることが出来た。
(魔人、君の持つ『程度の能力』とも呼べるその力は___________圧力の操作だ!)
顔を上げて睨みつける僕の視線に、「気付いたか」と言わんばかりに彼の顔が笑みを浮かべた。
いかがだったでしょうか?
さあ始まりました、紅夜と魔人の一対一の決闘ですが、結末やいかに。
ちなみに前回愚痴っていた結末ですが、どうにかして決定できましたので、
ぜひ楽しみにしていてください(でも期待はし過ぎないでください)
いよいよもって大詰めとなりました、この【魔人死臨】の章。
勝つのは紅夜か、それとも魔人か。執事の運命が今、決定する。
その結末を、心待ちにしていただければ幸いです。
それでは次回、東方紅緑譚
第七十話「名も無き魔人、狩人生望」
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