東方紅緑譚   作:萃夢想天

94 / 99
どうも皆様、萃夢想天でございます。

長い間更新を停滞させてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

昨年の十月を過ぎたころから、私用公用共に多忙の極みにありまして、
こちらのサイトに手を出す隙自体が失われておりました。
ですが、この作品を心待ちにしている皆様のことを思い、わずかな時間を
見つけて書かせていただく所存です。

さて前回は、何者かの過去を見せられている縁とその時間に居た未来の縁が
出会い、しばらく時間を過ごした辺りで終わっていましたね。
最新話を書くために、私一話から一日かけて全話読み返してきました!
ですので書こうと思って忘れていたこともすべて思い返しております!
しかし何分久々の投稿なので、元から皆無だった文才がさらに無くなって
おりますので、駄文以下の駄文になることをお許しください。


それでは、どうぞ!





第八十九話「古の道、空の器を満たすもの」

「待て! 死ぬ事になるとは、どういう事だ!」

 

 

何の前触れも無く未来の己が口にした無視できない一言に、縁は自分の言葉が相手には届かない

ことも忘れて声を荒げる。彼の内にある思考回路が先の発言を解析すべく稼働するが、それでも

理解が及ぶことはなく、ただひたすら答えの出ない堂々巡りとなって混乱が波及していった。

 

死ぬ事になる。その言葉を額面通りに受け止めるならば、彼はこの後に起こる出来事を既に知覚

しているという事なのか、あるいは何らかの方法で自身の未来を観測しているという事となる。

己の主人である紫から伝え聞いた話ではあるが、かの少年、十六夜 紅夜が住まう紅魔館の主こと

レミリア・スカーレットは『運命を操る程度の能力』を持つらしい。出会ったことが無いために

断言はできないのだが、彼女の能力はほとんど未来視に近いものであるのだという。

千年以上も前の時代に遡って何者かの過去を閲覧させられているという、自分が置かれている

現状を顧みれば、彼がこれから起こる未来の出来事を観測できていたとしても不思議ではない。

 

けれど縁は、彼が未来を見ることが可能という仮定をしたところで、新たな疑問に苛まれた。

 

(仮に奴が未来を予知、ないし観測できたとしよう。しかしそれならば、何故覆そうとしない?)

 

未来を視ることが出来るというならば、そしてそこで自らの死が待ち受けていると知ったなら、

どうにか阻止しようとするのが普通ではないか。いや、普通でなくとも死を覆そうとするはずだ。

なのに未来の己は、それがさも当然であるかのようにのたまうのみで、焦りも諦観もしていない。

唐突な死の宣告に次ぐ別の謎が膨れ上がるのを実感した縁は、再び問いかけようとした。

ところが縁の問よりもわずかに早く、未来の己が腰に手をやり、帯刀していた銘刀を抜き放つ。

 

 

「どういう事も何も、そうなるのだからそう言っているに過ぎん。それにな、そこから先はお前()

いずれ辿る事になる道の中の一つであって、今知るべき事は他にあるだろうよ。なぁ?」

 

 

彼が握った六色には、あらゆるものを(つな)げるとされる縁自身の能力が付与されており、切っ先を

向けられた途端に一方通行だった言葉が相手に届くようになる。未来の縁は姿も声も届かない己へ

それを使用したようで、それでも明確な答えは何一つ明かさずに縁の問いを煙に巻いてしまう。

刃を向けながら語られる言葉は脅迫のような構図ではあったが、彼の声色には敵意など一切無く、

逆に言葉を投げかけた相手である縁を気遣い、気付かせようとする意図が含められていた。

 

だが、目の前で古びた刃を突き付ける彼の意図を知ってもなお、縁は問いかけずにはいられない。

 

「知るべき事など、私には…………仮にそんなものがあったとしても、どうしたらよいのだ?

どのように見つければよい? 一切が不明な存在を、私はどうやって見つけ、知ればよい!?」

 

 

先程から未来の己の口から語られる言葉は、彼にとっての既知であっても、自分にとっては全くの

未知に他ならない。知りもしない事をどうしたら探し出せようか。答えに至るための道程からして

答えと同様に実体が見えない、まるで正答が用意されていない禅問答ではないかと肩を震わせる。

 

縁の思考回路が延々と同じ地点で行き詰まり、ついには答えを導き出す行為自体を止めてしまう。

計算式の回答は不明で、式の要である数値も見えず、挙句には計算式なのかどうかも曖昧である、

常識が一切通用しない赤子に問いかけ続けているような無意味さすら、今の縁は感じていた。

どうせ分からないのなら、答えに辿り着かないのなら、答えなど有りはしないのならば、いっそ。

最早考えるという思考そのものすら切り離そうとして無言になった縁に、彼は不意に声をかけた。

 

 

「どうも過去の私(おまえ)は考え過ぎる節があるようだな。よいか、知るべき事とはどれほど苦心した

ところで見つかるものではなく、時が来たら知る事になるものだ。そも、一切が不明などとは

笑わせてくれる。こうして言葉が通じている間はよく分かるぞ、答えは既にその胸にあろう」

 

「胸に…………? いったい、何の事を言っている?」

 

「案ずるな。ともかく、この私に訪れるであろう死については気にするな。いつの日にかきっと

お前は答えを得るだろう、その頃にはちょうど私が今見ているものも見えるようになっている」

 

語るだけ語った未来の縁は、もう充分だとでも言うように縁へ向けていた六色の切っ先を下ろし、

腰にある鞘へと戻そうとする。それを慌てて掴み止めようとして擦り抜け、代わりに声で留めた。

 

 

「待て! お前の言わんとする事は未だにこの身は理解が及ばないが……………一つ、聞かせろ」

 

「ふむ。私も時間が惜しいのでな、手短に頼むぞ」

 

 

納刀する寸前で声が届いたようで、収めようとした切っ先を鞘口から離した未来の己が再び

視線の先へと刃を向け、刻限を気にする素振りを見せながら縁からの問いに答える姿勢をとる。

相手の態度が少々気にかかったが、自らの疑問を優先させた彼は正面から向き合い問いかけた。

 

 

「私には______________心があるのだろうか?」

 

 

縁から投げかけられた言葉に、六色のヒビ割れた刀身全体がわずかに揺れ、切っ先がズレる。

六色の柄を握る人物の動揺を言外に表すような様子に気付くが、それよりも問いに対する答えに

気を割いている縁は相手の態度を無言で見つめた。数瞬の後、左手を頭に乗せた未来の己が一声。

 

「何を言っているんだお前は」

 

「なっ……何を、だと!?」

 

 

ところが予想に反して返ってきた言葉には真剣味など欠片も無く、溜息交じりの呆れたような

態度を隠そうともしていない。縁はこれまでの対話の中で、目の前に居る未来の己が間違いなく

自分の求める答えを得ていると確信していたため、思い切って尋ねたのだが結果はこの通り。

無論、縁には彼の反応が全く解析できなかった。この場面で何故、彼は適切な回答を述べるでも

なく、適当な語句を並べるでもなく、ただ呆れたように無言で天を仰いでいるのか分からない。

ただでさえ目的も何もかも不明な現状でさらに分からないことが増え、縁の思考領域が急激に

圧迫され始めたことで、情報処理が追いつかずに押し黙る。そこへ、原因たる彼が口を挟んだ。

 

 

「己に心が有るか無いかなど、他人に問うことではなかろう」

 

「それは………そう、だが」

 

「それに、そもそもお前は根本から履き違えている」

 

 

思考能力の半数を割いていた縁だったが、未来の自分からの言葉を聞いて機械的作業を一時的に

中断させて、一度区切られて間を開けられた彼の次なる言葉を真正面から待ち構える。

充分に区切りをつけたところで、どこか投げやりにも聞こえる不遜な態度で縁の間違いを正す。

 

 

「自らを獣であるかどうかを気にする獣がいないのと同じだ。心の在り処など、人類誕生後から

有史以来、証明された事など一度も無く、今なお探求が続けられている半永久的な謎なのだ」

 

「…………………」

 

「そうでなくとも、ただ使われるだけの道具が、己の心の如何を問うことがあるか?」

 

「な_____________」

 

「私からすれば、道具はただ使われるだけでよい。自己の役割を全うする以外の機能など不要。

心などという余計な機能が備われば、間違いなくソレは道具の枠から逸脱してしまうからな」

 

「つまり、私は…………どちらなのだ?」

 

「何度も言わせるな。ただの道具が『私にも心が有りますか?』などと問う訳がない。

それ即ち、他者の心の機微を悟る心に他ならぬ。疑問を抱く時点でもう、答えは出ている」

 

 

分かり切っていることをわざわざ言わせるな、とのぶっきらぼうな呟きを最後に、未来の縁は

六色の切っ先を今度こそ鞘口にのせて刀身を収めきる。だが布越しの視線は微動だにしない。

反対に縁は、別の理由で微動だにしていなかった。否、告げられた言葉を順次理解したことで

思考自体が停止し、それに伴って肉体も固まって動くことができなくなっていたのだ。

 

言い表すならば、ソレは『感動』あるいは『歓喜』だろうか。

 

主人の手から離れる事を承知したあの時から、自分でもその思考に理解が出来ていなかった。

八雲 縁という存在は、その一から十までの全てを主たる紫の為だけに使われる道具としての

存在理由のみを確立していたが、裏を返せばそれ以外の確たる存在理由は無いに等しい。

だというのに、自己の存在価値を唯一証明できる主から離反してまで歪み切った影のアソビに

加担した事には、どのように考えても説明がつかない。延々と思考を続け、答えが出なかった。

 

そうして意味の無い思考を循環させ続けていくうちに、縁はとある仮定に活路を見出す。

 

 

『心というものが何かを証明できれば、きっと自身の不可解な行動への理解が可能になる』と。

 

 

しかし、先程の未来の自分によってもたらされた言葉によって、彼の仮定は打ち消された。

確かに告げられた通りだ。単なる機械や道具が、使用者に対して「使い心地はどうですか」と

問いかけるようなことがあるだろうか。人工知能が搭載された多機能な物であれば話は別だが、

一つの事に特化した道具には必要の無い機能である。そんな機能を搭載すれば、道具ではない。

 

最初から矛盾し、破綻している問いだったのだ。

 

道具が持ち主の思惑から外れて独断で動き出し、ましてや離反行為を強行。そのうえで自身の

行動の真意が全く読めておらず、それらの答えが道具には無いものとして心であると仮定。

振り返ってみれば何から何まで馬鹿馬鹿しい。誰かに、それも未来の自分に否定されるまで

一連の行動の節穴加減に気付けなかったという事実が、あまりに馬鹿馬鹿しいとしか言えない。

 

「私は、既に答えを得ていたのか……………心を、手に入れていたのか」

 

 

いや、手に入れるというのは適切な表現ではないのだろうと、自己分析の結果で修正する。

おそらくは、これまでの道具としての活動や、その中で幻想郷の住人たちと接触したことで

自我とも言うべき心の前段階が芽生えだしたのだろう。だが喜んでばかりもいられない。

 

八雲 縁は最早主人の手を離れ、敵対行動すら行った挙句に無関係な人里の人間たちの多くを

巻き込んだ異変を引き起こした張本人である。心が芽生えたことの弊害的な側面という事か。

一刻も早く幻想郷に戻り異変の早期解決に尽力しなければという使命を記録するも、自らが

事の発端であることや、今更戻ったことろでどう責任を取ればよいのか明確に提示できない。

幾つもの建前を並べたところで、今となっては自覚した心そのものが、心情を明るみに晒す。

 

 

(_____________ああ、そうか。私は恐れているのか。主に捨てられることを)

 

 

怖かった。ただただ彼は、自覚している唯一の存在理由の拠り所である紫によって、不要と

断ぜられる事がたまらなく恐ろしかったのだ。あたかも、母の怒りを恐れるあまりに家へ

帰ろうとしない幼子のように。力なく震える肩は、その心情を如実に己自身に知らしめる。

 

それまで停止しかけていた思考回路が活動を再開し、心という数式の穴を埋める代数により

急速に自己が回答を断念した謎を解き明かす。その果てに得た答えが、なんと情けない事か。

 

 

「…………………………」

 

 

六色を鞘に納めている今、縁の様子は相手に伝わってはいない。だが未来の縁はそれまでの

沈黙を破るように一度深く息を吐き、小さく「時間だ」と呟いてボロ小屋の扉に手をかけた。

ギシギシと今にも壊れそうな音と共に扉を横へ開き、布に遮られてくぐもった声が響く。

 

 

「では、後のこと………お前にとっては未来だが。とにかく、任せたぞ」

 

 

彼の発した言葉の意味を縁が理解するよりも早く、未来の縁は振り返ることなく小屋を出た。

誰もいない寂れた木造の室内で独り、答えを得たばかりの人でも道具でもない彼は立ち尽くす。

未来の己にこれから先に起こる事、つまり彼の過去と自身の未来を託されたのだが、それでも

彼は『明確な目的』自体を見つけたわけではなく、また一番最初の空白へと引き戻される。

 

刻一刻と時間は過ぎていく。だが、何をしたらよいのかは分からない。

刻一刻と未来の己の死が迫る。けれど、力無き自分には何も出来ない。

 

どうしようもない虚無感と、目的を見出せないやるせなさから、自然と縁の視線は下を向く。

すると僅かに体を動かした拍子に、彼の着物の懐からするりと何かが落下し、ごとんと音を

立てて無言と静寂の痛ましい空間を打ち破った。縁の布越しの視線が、落ちた物を捉える。

 

 

「これは、六色と共に紫様から頂いた『七雲』ではないか」

 

 

それに付けられた銘を口にしつつ、膝を曲げて傷んだ木の床に落ちた短刀を拾い上げた縁は、

今までその存在を頭の片隅からも追いやっていた事実と、手にしたソレの用途を思い出す。

 

 

「…………何らかの誤作動や暴走、または他者の手にこの身が渡るような自体が発生した場合、

八雲 縁の有用性と危険性を漏らさぬよう強制的に機能停止させる為の『自壊装置』、か」

 

 

自身の肉体に張り巡らされた回路に、全てのプログラムを強制終了させ機能停止状態へと

移行させるという、緊急自壊コードを入力してある短刀。主からそう告げられて手渡された。

受け取った当初は自分が主人を裏切るような行為をするはずもなく、また主人や博麗の巫女

以外の相手に後れを取ると考えていなかったため、使用するという選択肢を封印していた。

けれどこの状況下において、否、このような状況下に陥ったことで、彼は決心が出来た。

 

 

「道具に心は不要。ああ、当然だな。使われるだけの存在が感情など抱いては邪魔となる。

このような無意味な機能を勝手に搭載した私など、紫様が扱うに相応しい道具ではない」

 

 

道具とは使い続ける内に摩耗し、やがて壊れるのが必定である。これは道具としては本懐

とも言える最上の末路だと断言できるが、今の己がそれに当て嵌まるだろうか。

答えは、今なお考えている行為そのもの。道具が使われること以外の目的を自ら探そうと

している時点で、道具であることを放棄しようとしていることと同義でしかない。

 

傷一つない短刀『七雲』の柄を恐る恐る掴み、惜しむように時間をかけてゆっくりと鞘から

刀身を引き抜いていく。やがて切っ先が鞘口から離れ、眩く輝く玉の如き刃が姿を見せる。

崩れて穴の開いた屋根から差し込む淡い陽の光が、水に濡れた様な刀身に反射して縁の顔に

かかっている布を映した。他の誰かなどではなく、己を終わらせる為だけにある役割の刀。

 

 

「____________役目を失った私を殺すのは、お前が相応しいな」

 

 

存在意義を見失い、存在理由を放棄し、存在価値を見出せない不良品は、静かに消え逝く。

それこそが道理、それこそが必然であると縁は考えた。玉響に切なく灯る刃を腹部に添える。

ほんの少し力を籠めさえすれば、何もかもが終わるだろう。

 

八雲 縁と呼ばれる出来損ないの全てが。

八雲 縁と呼ばれた成り損ないの全てが。

 

つい先程に未来の自分と交わした会話を思い返し、これから先に起きる出来事を彼に託された

という事実が確かに記録されていると確認する。しかし、だからこそ、縁は手に力を籠めた。

 

 

「どうか、不遜極まるこの不出来な道具を、お許しください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________やめて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁の腹部を切り裂いて内部に潜っていくはずの刃は、未だ何一つ傷つけていなかった。

「…………やはり貴女は視ておられたのですか、紫様」

 

彼が七雲を握っていた右手を、横合いから掴んで離さず、止めた者がいたからだった。

 

 

「ええ、観ていたわ。でも貴方が、貴方がこんな事するなんて…………それで」

 

力強く、そして壊さぬよう愛おしげに両手で包み込んだのは、彼の主人たる紫である。

 

 

結論から言えば、今まで縁が体験してきた一連の出来事は総て紫が見せていた過去の記録であり、

〝彼〟と共に生まれ落ちたばかりの頃の記録映像だったのだ。

紫は『全てを(つな)げる程度の能力』によって暴走を始めた影のアソビから、何とかして縁を守ろうと

したのだが、人里のあらゆる影を吸収して膨張し出したアソビから逃れる術が一つしかなかった。

それが縁の現状。つまり、紫が自身の『スキマを操る程度の能力』を使って一時的に現在と過去の

時間軸に隙間を生み出し、何者も干渉不可能な時空間断層の中に身を潜めるという事である。

 

時間と時間の間に溝を作る事自体は、紫にかかれば些末事とも呼べない児戯。幻想郷全体を覆う

博麗大結界の構築にも携わっている彼女は、外の世界と幻想郷との時間の流れに相違性を作り、

容易く両者が干渉し合えないようにしている。それに近しい事など、彼女なら容易に行えた。

 

だが彼女も、何も考えず自身の過去の時間の中へ縁を隠したわけではない。

 

彼女には終ぞ分からないままだったのだ。縁が自分の手を離れるに至った理由が。

 

それがいったい何によるものなのか、何が彼をそうまでさせたのかを知りたかった。

 

よって彼女が講じた策が、スキマ操作で縁と過去の時間との間に位相の壁を作り上げて、互いの

存在を認識不可にさせるというものだ。加えて縁の能力も、発動した瞬間に何も無いスキマへ

強引に結ぎ合わせた事で無理やり封じた。こうして縁を時間の回廊へ閉じ込める事に成功した。

 

未だに震える両手で縁の右手を掴んで離さない紫は、目尻にうっすら滴を溜めて泣き言を漏らす。

 

 

「でも、本当に予想外だったのよ。貴方が、そこまで追い詰められていたなんて。

私……………知りもしなかったわ。貴方の所有者でありながら、所有物の一切を分からずにいた」

 

「紫様」

 

「本当に肝が冷えたわよ、こんなの。お願い、もうやめて。私を置いていかないで…………」

 

 

言葉を重ねるごとに、彼女が彼の手を握る力が増し、同時に手や肩の震えも同調して強まる。

縁の行動の如何を探る為に己の過去を映して見せたまではいいが、自分もそれを観たことで

かつて当たり前のように傍に居た〝彼〟が、忽然と姿を消した時の事も思い出してしまった。

 

何も言わずに消えた〝彼〟と同じように、縁もまた自分を置いて何処かへ行ってしまう。

幻に踊らされている道化のようで滑稽かもしれないが、当人にとっては二度と失いたくないと

心に誓った人が、まさに目も前で自刃しようとする姿を観て、何も思わぬはずも無い。

 

彼女にとって見慣れた一枚の布の奥から、彼女にとって聞き慣れた優しい声色が聞こえてくる。

 

「紫様。貴女が私を不要であるとお捨てにならぬ限り、貴女がこの不出来な道具を許して

いただける限り、何時如何なる時であれど貴女様の御傍に居る事を、誓わせていただきます」

 

「……………私が貴方を捨てるだなんて、そんな事は絶対にありません」

 

「_________であれば、私も貴女様の御傍を離れる事は、永久にありません」

 

 

縁の布一枚を隔てた場所から聞こえた言葉を聞き、紫は耐え切れずに大粒の涙を溢した。

彼女が涙を許したのは、縁の台詞に心打たれたからでもなければ、縁の口にした誓いの文言

でもない。八雲 縁が自身を道具ではなく『傍に居る』と語った変化に気付いたからだった。

 

そこからひとしきり涙を流し、しばらくしてから平常心と安らぎを取り戻した二人は、

そもそもの元凶である影のアソビについての対策を講じるべく、紫が口火を切ろうとした。

しかし縁は彼女が言葉を発するより僅かに早く、使用者ではなく主に対して言葉を発する。

 

 

「紫様、今回の一件は私の起こした事。なればこそ、この私自らの手で始末をつけます」

 

「気持ちは分かるし、貴方の言っていることも理解出来るわ。でもね縁、今回に関しては

私も妖怪の賢者として動かないといけない。この意味は、分かっているのよね?」

 

「はい。承知しております」

 

主人からの問に力強く首肯して答える縁。これだけのやり取りの中でも、縁の中で大きな変化が

起きたことを実感する紫だったが、続けて言い放たれる彼の言葉に驚きを露わにする。

 

 

「ですから、無礼を承知で紫様にお願いしたい義がございます」

 

「…………貴方のお願いだもの、無下にはしたくないわ。言ってみなさい」

 

縁はほんの一瞬、躊躇う様な素振りを見せ、それを振り払って紫の両手を握り真っ直ぐ告げた。

 

 

「私を、貴女様が初めて出会った私と、巡り合わせていただきたいのです」

 

 






いかがだったでしょうかッッッ‼‼


意気揚々と前書きを書き始めて三週間も掛かるとか本当にもう!
しかし、後半は私もこの作品を書いていた当初の思惑が脳裏によみがえってきたと
言いますか、想像以上に執筆がはかどったように感じました。

さて、今回はやや短めになりましたが、この調子で次回も早いうちに
書き上げて読者の皆様をお待たせしないようにしたいと切に考えております!


それでは次回、東方紅緑譚


第九十話「緑の道、縁路の始点に通ず」


ご意見ご感想、並びに質問や批評に加えて作者への軽度な催促などなど
大募集しております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。