東方紅緑譚   作:萃夢想天

97 / 99
どうも皆様、新年明けましておめでとうございます。
もう三か月過ぎてますがね! 年内更新できずすみません‼

ここで多くは語りません。私ももう迷ったりしないと決めました!
この作品のゴールを目指して少しでも足を先へと進めていく!
読者の皆様に支えられているこの作品を、もっと楽しんでもらえるよう!


それでは、どうぞ!





第九十弐話「緑の路、影差す導に光輝在り」

 

 

 

 

幻想郷の空と地の狭間に光が差し込む頃、決戦は既に佳境へ差し掛かっていた。

 

昨晩、人里を中心に起こった凶悪な【異変】を解決するべく博麗神社へ集まった幻想郷きっての

実力者たちと、管理者である八雲 紫が話し合い、事を起こすのは早朝と話をつけていたのだ。

その理由は里を襲った悍ましい怪異________影アソビと呼ばれる影を操る妖怪が、その特性故に

夜の闇の中では動きを制限されてしまうからであり、活動を再開する直後が狙い目との事。

 

異変の解決者として名高い博麗の巫女こと博麗 霊夢や霧雨 魔理沙は、当然ながらアソビ討伐に

参戦し、その他にも被害を受けた東風谷 早苗と復調した魂魄 妖夢も名乗りを上げる。

無論ながら今回の異変に最も関わりの深い紫とその式の藍、更には乗り掛かった舟とばかりに

途中まで異変の元凶側についていた伊吹 萃香までもが、里を守らんと立ち上がってくれた。

 

そして、彼女らの中で異彩を放つ二人。銀髪の少年と煤けた緑髪の青年も一助たらんと力を揮う。

 

片や幻想郷と表裏一体の外の世界から招かれ、姉を探し求める中で真なる忠義と愛に目覚めた男。

片や道具として生き、惑い、感情の芽生えに怯えながらも、再び人として生きる覚悟を決めた男。

 

____________時支配する瀟洒な従者の弟、「十六夜 紅夜」

____________隙間統べる妖怪の賢者の()、「八雲 縁」

 

紅夜は愛し愛された女の無実を晴らす為だったが、今となっては里の安寧を守るべく刃をかざし、

縁は偶然から始まったとはいえ災禍を招き里を混乱に落とした元凶として、落とし前をつける。

 

各々の思いは言葉として語られることなくそれぞれの胸の奥で燃え滾り、戦いは始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷において、【弾幕ごっこ】とは公平性を重視した『遊びのルール』である。

 

この忘れ去られた者が集う楽園には、人間以外にも様々な種族の命が思い思いに暮らしている。

人間は寄り集まって里を作り、妖怪は山へ籠もるか地の底へ下るか、あるいは野を彷徨うか。

それぞれの種にはそれぞれの守るべき法があり、破ってはならない掟が存在しているのだが、

他者に対して振るわれる力がその垣根を平然と打ち壊してしまう事態が、後を絶たなかった。

 

そこで博麗の巫女を受け継ぐ者が、幻想郷の管理者たる紫と協力して出来上がったのが、

人も妖怪も分け隔てなく、暴力以外で公平に決着をつけられる方法。それが【弾幕ごっこ】だ。

 

ルールは非常にシンプル。「相手に、自身の放った弾幕を美しいと認めさせたら勝利」という

ものなので、力ある者も無き者も皆が工夫を凝らし、相手よりも美しい弾幕を魅せる事に対して

尽力していった。やがて人も妖もそうでないモノ共も、空に咲く雅な花々に心奪われ始める。

こうして力が跋扈する殺伐とした風潮は過ぎ去り、心地よい喧騒と麗しい弾幕が乱れ舞う日々が

当たり前として幻想を生きる者たちへと浸透していった。

 

だが、このルールはあくまでも「誰もが分け隔てなく公平に決着をつける」為のものであり、

「既に法を犯した者を許す、あるいは救う」為のものではない。非情ではなく必定なのだ。

 

つまり今回の異変の元凶に対してのみ、「既に多くの命に危険を及ぼしている」との理由から、

手加減をする必要は皆無となる。彼女たちが行っているのは、誰もが平等な弾幕ごっこではない。

人とそうでないモノたちの双方にとって脅威となる、危険分子を排除する為の本気の掃討である。

 

 

東の地平線から陽が差し込むと同時に戦端は開かれ、そこから優に一時間は経過した。

 

人里に建てられた家屋の幾つかは土埃と轟音を上げながら崩れ、あちらこちらにはアソビが暴走

してしまった昨日に影を抜き取られたまま昏倒している人の姿が疎らに見受けられる状況だった。

陽の光という強力な光源を得て再暴走し出した影アソビと戦い、相性的に不利である事を悟った

魔理沙・早苗・妖夢・紅夜の四人は、昏倒したままの人々の救助や倒壊した家屋の除去に移る。

 

残った霊夢たちは自分たちの持つ力を、普段の弾幕ごっこでは『強すぎて相手を殺傷してしまう』

恐れがあって使えないでいた全力を、無秩序かつ暴力的に蠢く触手状の影に向けて放ち続けた。

如何に死した子供たちの願望や怨念を取り込んだ怨念の集合体と化していようが、相対するのは

幻想郷において無類の強さを有する存在である。ましてそんな彼女らが本気を出しているのだ、

影アソビは影を侵食して乗っ取るだなんて悠長な攻撃はできず、防戦一方で削られつつあった。

 

中でも幻想郷の管理者であり妖怪の賢者たる紫は、彼女を知る者が未だかつて見た事がない程に

険しい表情を浮かべながら苛烈に攻め立てていた。あまりに激しい攻撃は味方であるはずの霊夢

たちへ余波となって襲いかかるが、気付いてすらいないのか目を細めつつ力を揮い続けている。

 

 

やがて暴走状態にあった影アソビの動きが見るからに鈍り、このまま押し切れるかと戦端に立つ

者たちは警戒を緩める。ところが、その一瞬の油断を狙い影アソビは集結し移動を開始した。

思考する余裕を感じさせない迷いのない行動から、紫は数舜遅れてそれが逃走であると気付くが、

警戒心がほんの僅かに弛緩したタイミングで動かれ、咄嗟に追撃を繰り出す事が出来なかった。

 

 

「紫様!」

 

「しまっ__________」

 

 

紫自身も気付いていない、無意識の内に沸き起こった怒りと憎悪で、視界が曇っていたのだろう。

己が管理する幻想郷や、そこにある全てのものに対して向けられる平等で広義的な愛情ではなく、

たった一人の特別な存在に向けられている独占的かつ病的な愛情が、聡明な思考を歪ませた。

自分の不手際に歯噛みする間すら惜しむように慌てて攻撃を集中させようとした紫だったが、

影アソビが一心不乱に逃げようとしている先から近付く者の存在に気付き、余裕を取り戻す。

 

 

「彼の言葉を信じなかったわけではありませんが、やはり来て正解でしたね」

 

「…………来てくれた、のか」

 

 

常人に出せない速度で影アソビの逃げ先を封じんと現れたのは、紫とはあまり面識のない人物。

グラデーションカラーのウェーブがかった長髪をなびかせる超人仏僧、命蓮寺の聖 白蓮だった。

 

魔法使いでありながら、その魔法をほとんど己の身体強化に使うという稀有な存在である彼女は、

自身が住職を勤める命蓮寺の門下生の一人が影を奪われており、紫はその件で現れたと推察した。

しかし彼女の言葉と零れ出た縁の呟きから、紫は自分の知らない彼らの繋がりがあったと気付く。

 

聖は門下生の一人、幽谷 響子の影を取り戻すべく単独で行動していた際に、影アソビと同化した

縁と出会っていて、その時に彼が成そうとしていた事の全てを伝えられ静観に努めていたのだが。

昨日の昼下がりに人里から凄まじい妖気を感じて様子を見に行くと、その時にはもう里の一部は

崩壊しかかっていたのだ。里の守護者である上白沢 慧音や稗田 阿求らと協力して生き残った人を

迷いの竹林にある永遠亭へ護送、傷を負った人の治療に勤しんでいるうちに日は落ちて夜になる。

夜の間は妖気が感じられない事から、再び動き出すのは陽が昇る頃だと見当をつけた彼女は、里の

人々の事を慧音や永遠亭の兎たちに任せ、里に向かって全速力で駆け、今に至るのだった。

 

陰に生き陽を見出す邪法に手を出し人外の寿命を得た聖は、魔を調伏せしめる陰陽道にも明るく、

この場において博麗の巫女、妖怪の賢者に続いて影アソビに有効打を与えられる人材でもあった。

まして長く影を奪われた者が辿る末路を知る身でもあり、今も意識が戻らぬ響子の為と義憤に猛る

彼女は手加減などという甘えは捨てている。法力を高め超人的な力をまとう聖は払いの印を結ぶ。

 

 

「霊夢、アソビはもう弱り果てています! 今こそ好機です!」

 

「遅れてきたくせに指図すんじゃないわよ! ったく、合わせなさい紫!」

 

「ええ。助太刀感謝しますわ……!」

 

 

悪足掻きの拙い攻撃は藍と萃香が妖術で防御し、三人が力を蓄えるのに充分な時間を稼ぐ。

膨大な力の奔流が輝きとなってうねり、人里の上空に集まっていき虹色の光球へと姿を変える。

能力によって空に浮かぶ霊夢が右手に持つお祓い棒を掲げ、極大化した力の塊を持ち上げた。

 

 

「手間取らせてくれたわね。好き放題やったツケは清算してもらうわよ‼」

 

 

清純な光を湛える巫女とは思えない荒々しい口調で言い放ち、お祓い棒を力を込めて振り下ろす。

それに合わせるように光球は中空から投擲され、藍や萃香たちの迎撃に時間を割かれた影アソビの

頭上に落下していく。寸前で巫女たちからの攻撃に気付くが時既に遅し、光球は怪異に直撃した。

 

 

「久っ々の本気、受けてみなさい! 【夢想封印】‼」

 

 

霊夢の発動の合図に合わせ、光球は瞬き程の一瞬に圧縮され、次の瞬間には巨大な光の柱と化す。

放たれたそれは奇しくも、彼女たちが普段から目にする『弾幕ごっこ』の決着のようでもあり、

数多くの弾幕の中でも一際美しいと言わざるを得ない程に、目を奪われる輝きを放っていた。

 

こうして、里を襲った怪異【影遊異変】は鮮やかに幕を閉じた____________かに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢が紫と聖の力を借りて放った夢想封印により、雑念の集合体と化した影アソビは倒されたかに

思われたのだが、それが誤りであると分かったのはそのすぐ後の事だった。

 

これで全てが解決し、後は里の修復だけだと誰もが安堵する中、紫だけは気を緩めていなかった。

影アソビが退治された場所を睨み付けたかと思うと、手に持つ扇子を向け、パシンと音を立てて

閉じる。すると途端に藤色の幾何学模様が浮かび上がり、何かを閉じ込めるように四方を囲んだ。

 

 

「紫様?」

 

「そう簡単には終わらないだろうと思ったまでよ」

 

 

主の行動に首を傾げる藍に、紫は淡々と話す。そのまま扇子を持ち上げる動きに合わせ、何重にも

重なり合う四角や円がふわりと浮き上がり、紫の目も前でピタリと動きを止めた。

 

 

「【二重結界】………影という不定形存在である以上、逃がすと面倒ですもの」

 

「な、何よ。私が討ち漏らしたって言いたい訳⁉」

 

「いいえ。この手の存在は欠片でも無事ならそこから自己を再形成するの。だから塵一つとして

見逃す事は出来ない………霊夢、貴女もよく覚えておきなさいな。今後のためにもね」

 

「うっ…………ハイハイ、次は気を付けるわよ」

 

「結構。さて、と_____________どうしたものかしら」

 

 

結界に閉じ込め身動きを封じた紫は、影アソビのような存在の危険性を再認識させてから目を

細めて薄く笑みを浮かべ、もはや抵抗すら叶わなくなった矮小なソレの処遇を考え始める。

 

考える、とは言うものの、実質答えは決まっているも同然だ。

今回はこれまでの異変とは毛色が違い、何よりも人と妖怪のバランスを崩しかねないどころか

越えてはならない一線を越えてしまっている。法を取り仕切る者はこの幻想郷にも存在するが、

裁く裁かない、許す許さないの問題ではなくなっているのだから、取るべき行動は一つだった。

 

 

「決まってるでしょ。ほら、さっさとソレ寄越しなさい。とっとと退治しちゃうから」

 

「そうね。封印も安全でないのだし、何より再封印の必要性は無いもの」

 

「妖怪と人間の共存を掲げる私ですが………こうなってしまっては、致し方ありません」

 

 

妖怪退治の専門家である霊夢は無論のこと、共存を謳う聖であっても今回の件は一線を引いた

対応をせざるを得ない様子である。それを分かっている紫は、封印を緩めずに気だるげに手を

ひらひらさせる霊夢にアソビを渡そうとするが、その手は掴まれ受け渡しは阻まれた。

紫は驚きに目を見開きながらも、自身の手を掴んできた相手を見やり、冷淡な声を発する。

 

 

「何のつもりなの、縁」

 

「その怪異の処分、ご再考頂きたい」

 

 

彼女の手を掴み影アソビの完全な消滅を止めたのは、意外な事に八雲 縁その人であった。

 

紫からしてみれば、彼の行動は理解不能でしかない。彼にとって影アソビは自身に憑りついた

挙句に意識を乗っ取り、体を好きに使われたうえに人里に大きな痛手を与えた加害者のはずだ。

だというのに当の本人は戦闘の際も最低限の防御や迎撃をするばかりで、明確な攻撃と呼べる

攻撃を加えてはいなかったと紫は先程の戦いを振り返り、縁に言い聞かせるように語り出す。

 

 

「縁、貴方はこの妖怪によりその体を操られ、どんな思いをしてきたか忘れてはいないでしょう?

私は八雲 紫として、幻想郷の管理者としての責務を果たさねばならない。分かるわね?」

 

「はい、紫様。貴女様の立場も、どんな思いをしてきたのかも(・・・・・・・・・・・・・)、忘れておりません」

 

「だったら何故? 何故貴方は私の邪魔をするの?」

 

「邪魔をするつもりなどありません。ただ、処断する相手をお間違えないようお願いします」

 

 

徐々に言葉尻に感情が籠もっていくのを自覚しつつも、怒りを隠しきれない紫は縁の語った

言葉に含まれた違和感を感じ取る事が出来ず、額面通りに意味を受け取ったが為に困惑した。

話の雲行きが怪しくなるのを蚊帳の外で会った霊夢や聖も感じ取っていたが、これまでとは

どこか雰囲気の変わった縁に気を取られていたせいか、一瞬の変化に気付くのが遅れた。

 

 

「__________霊夢、封印された影アソビは⁉」

 

「え? まだ紫が持って………って無い!」

 

霊夢と聖は紫の手に収まっていたはずの幾何学模様の結界が消えている事に気付き、同時に

紫は自身が持っていたはずのソレを今は縁が開いている右手に持っている事に気が付いた。

彼が有する『全てを(つな)げる程度の能力』で、空間を繋いで奪い取られたのだろうと考察した

彼女は、ここでようやく縁が何を言わんとしているかを考え付き、顔から血の気が引いた。

 

 

「縁、貴方………まさか」

 

「御察しの通りでございます」

 

 

そう言うと同時に縁は掴んでいた紫の手を放し、右手に持った結界に囚われた影アソビを

布越しの双眸で一瞥する。そしてゆっくりと、深く頭を下げながら、粛々と己の思いを語る。

 

 

「此度の異変の黒幕は、紛れもなくこの私。ならばその責も当然ながら、私が請け負うべき。

処断されなければならないのは、影アソビ(この子たち)ではなく、道具である事も人である事も迷ってしまった

中途半端な私なのです。故に、罰は私に。この影にはどうか、寛大なる慈悲をお与えください」

 

 

今までの彼を知る者であれば、この言葉を聞いて驚かないはずがない。発された言葉の端々に

浸透していた感情という気迫に、耳を疑うだろう。しかし実際に、そこに感情は宿っていた。

平淡かつ無機質な八雲 縁という人物像しか知らない霊夢と聖の二人も、思わず固まってしまう

程度には驚きを隠せず、彼の変化を誰より理解しているはずの紫でさえ目を丸くせざるを得ない。

 

だが、そんな空気の硬直もほんの数瞬で元に戻り、すぐさま霊夢の導火線に火が付いた。

 

 

「アンタねぇ、人様にどれだけの迷惑かけたか分かってんの? いいえ、人だけじゃないわ。

そこらの妖精程度ならともかく、山の妖怪やら神やらにまでちょっかいだしてたんでしょ⁉」

 

「霊夢の言う通りよ、縁。貴方の願いは聞き届けてあげたいところだけれど、こればかりは…」

 

 

霊夢と紫の両者の言葉はまさしく正論であり、この場合は異変の元凶を庇おうとする縁の方が

異端であると言わざるを得ない。当然ながら縁も今回の事情を理解できていないのではなく、

当事者や被害者よりも、加害者と呼ばれる影のアソビ妖怪を正しく理解している故の発言だった。

 

 

「この妖怪に取り込まれたのは、幼子たちの影………残留思念のようなもの。それらが吸収され

膨れ上がるにつれて、徐々に怨念へと形を変えていき、人里に着くと同時に抑えきれなくなって

暴走してしまったのです。野山の獣や妖怪たちに命奪われた子らは、帰りたいと願っていました。

死ぬのは嫌だと泣いていました。そして、死した子らの影は、もう帰れないと悲嘆していました」

 

 

影アソビに憑りつかれた時、相手からの干渉の影響か、もしくは自身の能力によるものか。

縁は取り込まれていった無数の影が抱いていた想いを、叫びを、怨嗟を、嘆きを共有していた。

迫る死への恐怖を、求めていた家路への切望を、奪われた温もりへの渇望を、それら一切を彼は

叩きつけられたのだ。あまりに惨い影アソビの正体に、機械だった彼は心を痛めたのである(・・・・・・・・・)

 

主人の命令を聞くだけの道具ならば搭載されないはずの『憐憫』という機能。縁はこれが自身の

内から湧き出たものかを疑い、間違いがないことを確認した後に己の心の存在について葛藤した。

だからこそ彼は、自らの存在理由そのものである紫への献身を捨て、自己が他者の有り様に対し

動いてしまうような『心』があるのかを疑問に抱き、それが離反という結果になったのだ。

 

そして今の彼は機械の抑制から解放された、真の意味での人間と成った。真っ新な心を手に入れた

彼はもはや躊躇う事などせず、痛いほどに自らの心を締め付ける憐憫に従い、影の助命を乞うた。

冷徹な機械である事をかなぐり捨てた縁の感情に満ちた言葉を聞き、その場の全員に動揺が奔る。

 

 

「………ちょっと待ちなさい。死した子ら、ってどういう事よ」

 

「それについては私から話すわ」

 

 

異変を振りまく黒幕を退治して大団円、というような事はなく、人と妖怪の均衡と安寧を守護する

巫女としては聞き捨てならない単語が飛び出し表情を強張らせる霊夢。既に縁から事の顛末を聞き

及んでいる紫が即座に割って入り、影アソビの成り立ちから縁の真意の全てを要点だけを伝える。

簡潔にまとめられた話を聞き終えた霊夢は、顔から血の気を引かせながら自らの行いを思い返す。

 

 

「じゃ、じゃあさっきまで私達が戦っていたのって………」

 

「あの妖怪の影の全てが人間の幼子というわけではないわ。人間だけに止まらず、妖怪も妖精も

低級程度とはいえ神でさえも飲み干している。貴女だけが気負う必要は無いのよ、霊夢」

 

「知ってたんなら、アンタの能力でどうとでもしたら良かったじゃない! そうしたら!」

 

「いくら私でも、とっくに肉体が死滅した魂と分離させられた影を綺麗さっぱり元通り、なんて

神業染みた事は出来ないの。死自体の問題なら私でも手が出せたけど、再生となると私でも、ね」

 

 

大抵の事には騒がず動じず、自分という軸からブレたりしない博麗の巫女と言えども同じ人間の、

ましてや子供たちの命が関わっていたとなると流石に冷淡でもいられない。古くからの付き合いで

ほぼ万能といえる能力を持つ紫ならばと一縷の望みを抱くも、当人の口から否定の言葉が零れる。

 

弾幕ごっこという平等な決闘からは決して湧き出ないドロドロとした不快感に顔を歪める面々に、

事情を理解せしめた縁は頭を下げたままの姿勢で、再び影アソビの助命を懇願する。

 

 

「既に一度無様を晒したこの身であれど、思い至った策がございます。何卒、寛大な措置を」

 

「………………紫様、如何なされますか」

 

「霊夢。再封印にせよ退治にせよ、最終的には貴女がすべき事よ」

 

「~~~~ッ! ああ、もうっ‼」

 

 

縁の必死な言葉が響いたのか、先程の話を聞いて霊夢の心に複雑な感傷が刻まれたのかは定かでは

ないが、感情を上手く処理しきれない苛立ちを隠そうともせず声を荒げ、彼女は縁に背を向けた。

 

 

「異変の黒幕を倒してスッキリ解決ってのが一番楽なのに……………今の話を聞かされた上で、

『さっさと退治しちゃいましょう』なんて言えるわけないじゃない。ホンット後味悪いったら」

 

「__________感謝する、博麗 霊夢」

 

「ん、気持ちだけ貰っとくわ。そういえば、アンタからそんな言葉聞くのなんて初めてね」

 

「直接出会ったのはこれが初めてだからな」

 

「あー、確かに。なら当たり前よね。んじゃ私帰るから、感謝なら相応の品で返してちょうだい」

 

 

大きな溜め息を吐きながらそう呟く霊夢は、普段の面倒くさがりな態度をすっかり取り戻して

会話もそこそこに神社の方向へ足を向ける。手をひらひらとさせつつ、巫女らしからぬ返礼の品を

催促する彼女は、この問題にこれ以上関わらないとの無言の意思表示をしたつもりなのだろう。

引き留める間もなくすたすたと歩き去っていく霊夢の背を見送った紫は、改めて神妙な面持ちを

浮かべて顔を上げた縁と向き合い、結界に閉じ込めた影アソビの処遇を再度話し合う。

 

 

「それで縁、策と言うのはどういったものなの?」

 

「策などと呼べるものではありません。どちらかと言えば、提案に近い嘆願に御座います」

 

「嘆願?」

 

 

彼の物言いに首を軽く傾げながらも、紫は続きを語るように視線を投げかけ、縁もそれに応じる。

 

 

「この妖怪が起こした事の重大は私も理解しております。罪には罰が必要であるという事も。

しかし今回の一件は、子供たちの切なる想いとアソビ妖怪の性質が、最悪な形で噛み合った結果

であり、そこに私が不用意に干渉したせいで事態が悪化したのです」

 

「周りがどうみているかは置いておくとして、貴方自身はそう考えているのね?」

 

「はい。故に私がこの妖怪の行いの清算を、全て引き受けねばならないと」

 

「今の言い分で納得できる者も少しはいるでしょう。けれど縁、問題はそれだけではないわ」

 

「奪われた影についても考えがあります」

 

 

一つ一つ丁寧に問題を挙げ、照らし合わせ、解決の糸口を探り当てていく二人。先程までの激闘で

被害を受けた里の復旧作業は、共に戦っていた者たちが率先して行ってくれているので、この場に

いるのは縁と紫、そして式の藍の三人のみ。藍は口を開かず、事の成り行きを静かに見守る。

 

そんな彼女らの前で縁は、今回の異変で最大の被害ともいえる奪われた影の解決案を述べた。

 

 

「再度、私が能力を使用してアソビと繋がり、交渉をします」

 

「無茶よ!」

 

 

たまらず紫が声を荒げるが、それも無理からぬ醜態である。今でこそ彼女の愛の根源である縁が

手元に戻ってきてくれたが、つい数日前まで意識を半分近く乗っ取られた状態にされていたのだ。

今の話を黙って聞く事は出来ても、再び彼を失うかもしれない可能性は絶対に許容できなかった。

感情を妄りに表に出さない彼女であるが、今回ばかりはそうもいかず、悲壮感を顔ににじませる。

 

不安気な表情をみせる紫と真正面から向き合う縁は、悲痛な声に眉根を寄せて苦笑を浮かべた。

 

 

「今一度、私は我を通して無茶をしてみせます」

 

「待って、縁!」

 

 

機械として、道具として、空っぽだった彼からは想像もつかない程人間臭い仕草に虚を突かれ、

紫は僅かに反応が遅れてしまう。制止の声も伸ばした手も届かず、彼の姿はまたも消えていった。

 

 




いかがだったでしょうか?

本当なら一話で埋めきるはずだったのですが、やたら地の文が長く
なり過ぎてしまったので二話に分割させていただきます。

ですので、次回が今章の最終話となります。

いよいよこの作品も完結が見えてまいりました。
最後の最後まで走り切る所存ですので、皆様も応援よろしくお願いします!


それでは次回、東方紅緑譚


第九十参話「緑の路、童遊に陰りなく」


ご意見ご感想、並びに批評など受け付けております‼
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。