ストライク・ザ・ブラッド〜獅子王機関の舞剣士〜 作:倉崎あるちゅ
戦王の使者篇最終話です。
──魔王。
そんな単語が第四真祖、暁古城の脳裏を過った。
「な、なんなんだよ、あれ」
紗矢華の持つ武器が洋弓に変わるのは男として少しカッコイイなと思った。しかし、翔矢の姿を見てそんな思いなどすぐに消し飛んだ。
原子的な恐怖心が古城の心を占める。
「あれが、翔矢さんの……〝
雪菜が冷や汗を流して声を震わせながら言う。
「〝
噛み締めるようにその名を口にし、古城は空中に留まる翔矢から目を離さない。
人としての形は保っている。しかし、さっきまで着ていた服は消え去り、代わりにほのかに緑がかった黒い鎧を着込んでいた。身長ほどある尻尾を揺らし、手脚はもはや人間のそれではない。顔は古城の位置からでは判別できないが、側頭部からは魚のようなヒレが伸びている。
そして極めつけが、背中から伸びるヒレの膜の代わりに放出される莫大な量の薄緑色の魔力だ。
「ふ、ふふふふふはははははははは!」
突然そんな笑い声が聞こえ、古城は振り向いた。
炎の縄に縛られて身動きの取れないヴァトラーからだ。彼は翔矢の背中を見て興奮冷めやらぬ、といった表情をしている。
「久しぶりだよ、翔矢。キミのその姿を見るなんて」
今すぐにでも
ヴァトラーをこんな興奮させるほどなのか、と古城は戦慄した。
「──獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」
そんな時、紗矢華の唇から澄んだ祝詞が紡がれる。
自らのスカートをたくし上げ、彼女は太ももに巻いていた革製のホルスターから金属製のダーツを取り出した。それを一閃し、瞬く間にダーツは銀色の矢に変わる。
「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり──!」
紗矢華が銀の矢を射放った。
大気を引き裂く甲高い飛翔音が、慟哭にも似た忌まわしき遠鳴りへと変わった。その飛翔音こそが
銀色の矢の正体は鳴り鏑矢。大音響を放つ降魔破邪の呪矢がナラクヴェーラ達の遥か頭上へ飛翔する。
「暁! 俺と紗矢華が動きを止めている間に女王のところに行け!」
黄昏色から碧く変色した瞳で古城を見て叫び、異形となった腕を振りかざす。
彼が動ける理由は頭上に〝瘴気〟を遮断する水の膜を張っているからだ。
紗矢華によって動きを阻害されたナラクヴェーラ達を次々に水球に閉じ込める。さながら水の牢獄だ。その水牢は、機体に乗っている獣人達もろとも魔力を吸い上げていく。
「先輩!」
古城を呼び、雪菜が〝雪霞狼〟を閃かせて駆け出した。彼女を追って古城も走る。彼の目線の先には女王ナラクヴェーラの姿がある。
女王ナラクヴェーラは壮絶な瘴気に晒されながらも胴体の装甲を迫り出そうと行動する。
「げぇ!? あいつまだ動くのかよ!?」
「紗矢華さんの呪術を受けて動くなんて……!」
降り注ぐ瘴気を銀色の槍で切り払いながら雪菜が声を上げた。
「
なんとしてもミサイルを撃たせないため、古城は二体の眷獣を呼び出す。しかし、彼の眷獣の攻撃はすでに学習されている。
そこで古城はとあることを考えた。
二体の眷獣の同時攻撃。それが第四真祖、暁古城が考えた攻撃方法だ。雷光の獅子と緋色の双角獣を左右に別れさせ、雷撃と衝撃波を大型古代兵器の足元に直撃させることで生まれる、膨大な爆圧で押し潰す。
爆圧によって骨格は粉砕され、女王は機能を停止させた。
「はははっ、戦争は楽しいな、剣巫ィ!」
古城達の頭上からガルドシュの声がした。
コックピットを開けて、血塗れの獣人化した老将校が現れた。彼は片腕をなくしながらも左手でナイフを握っている。
「守るべき国も民も持たない貴方に、戦争を語る資格はありません!」
雪菜の叫びに、ガルドシュの狂気的な笑みが引き攣った。憤怒の雄叫びを上げて、獣人が雪菜へと突進する。
雪菜は槍を構えず、ガルドシュを飛び越えて空中でくるりと前宙する。
空振ったガルドシュに突如、上空から高水圧の水流が襲う。
自身の周囲に小さな水球をいくつも作り上げ、魔王化した翔矢がそこから水をレーザーのように放ったのだ。
「終わりだ、オッサン!」
水流によってよろけたガルドシュの脇腹を、古城が雷を纏わせた拳で殴りつけた。
「うぐっ!?」
いくら丈夫な獣人といえど、水に濡れて電気を流されればダメージは蓄積される。
水と電気。奇しくも〝
強靭な肉体を震わせ、老将校は地面に膝をついて倒れ伏した。
「ぶち壊れてください、ナラクヴェーラ!」
操縦席に乗り込んだ雪菜が浅葱が用意した音声ファイルを再生する。すると、古代兵器達は灰色に染まり、さらさらと砂のように崩れ落ちていく。
「姫柊!」
操縦席から地面までは高さがある。剣巫として修練した雪菜であっても人間の身では怪我をする。
古城は走って彼女が落ちてくる場所に行き、無事に雪菜は彼の腕の中に収まった。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「おう、流石に危なかったからな」
お姫様抱っこの形で受け止められた雪菜は赤面し、小さく礼を言う。
「雪菜ー!」
小型ナラクヴェーラも砂になって、紗矢華が雪菜と古城の下へ手を振って走り寄る。翔矢もまたゆっくりそちらへ空中を移動する。
「なんとか終わったね」
「あぁ、黒崎が血をくれたおかげだ──ってなんだお前!?」
「ん?」
地に足を付けた翔矢が古城に声をかけると、古城がぎょっと目を剥いた。
彼が驚いたのは、翔矢の顔付きだ。
「あー」
「驚きますよね、普通」
古城の反応を見て紗矢華と雪菜が頭を抱える。
「お前そんな顔してたか!?」
翔矢の元々の顔付きは少女と見間違えるほどの中性的な顔立ちだ。しかし、今は柔和な眼は跡形もなく、全てを殺すかのような鋭い切れ長の眼。シャープな顎、すっと通った鼻梁。
美形だが男味を増した顔付きとなっていた。
「ごめんごめん、魔王化するとこうなるんだよね。父さんが言うには肉体を再構成するからとかなんとか」
綺麗に笑いながら、異形の手で器用に頬を掻く。
「というか、暁古城! いつまで雪菜に触れてんのよ! 汚らわしいから私の雪菜から離れて!」
「誰が汚らわしいだ!? そら確かに磯臭いけども!」
「磯臭い、って……。やっぱり貴方は危険だわ!」
「なんのことだ!?」
「あの、先輩方……」
紗矢華に突っつかられ、古城が反論する。
しかし古城は今もなお腕の中に雪菜がいることを忘れていた。
「先輩、紗矢華さん」
「「っ!?」」
底冷えする声で雪菜は二人の口喧嘩を仲裁した。二人はピシリと固まり、ギギギ、と壊れた人形のように未だ古城の腕の中にいる雪菜を見下ろす。
「まず先輩は下ろしてください」
「はい」
雪菜に言われ、古城は彼女を優しく下ろす。
「では、お二人共そこに正座を」
「ちょ、姫柊、ここでか!?」
「ゆ、雪菜ぁ!?」
そんな三人の姿を見て、翔矢は魔王化を解いて困ったように笑った。
なにはともあれ、神々の兵器を使ったガルドシュの企てた計画は潰れたのである。
α
その後、ガルドシュ達の身柄は〝焔の女王〟、セリア・オルートが拘束し戦王領域に持ち帰って法的に裁くと言って急遽戦王領域に帰っていった。
私刑にはかけないと言っていたので大丈夫だとは思うが、あのテロリスト達は戦王領域に戻ったあとはどうなるのやら。
それと、〝黒翔麟〟は南宮さんが探してくれて無事に帰ってきた。〝空隙の魔女〟にはまた頭が上がらなくなりそうだ。
絃神島の中心部、キーストーンゲートと呼ばれるタワーの中には数々の施設がある。その中の一つに高級ホテルがある。俺はそのロビーを歩き、豪華な椅子に座って、その近くに立つ少女と話すヴァトラーの下へ寄った。
ヴァトラーと話す少女の姿を見て、俺はあっ、と声が出た。
「緋い──じゃなかった。お疲れ様です、
「えぇ、貴方もお疲れ様。黒崎翔矢」
「獅子王機関の三聖がこんなところに何かありました?」
ヴァトラーはなんか書類を持っているみたいだけど、どうせ良からぬことなんだろうな。にしても、まさか
冷や汗を背中にかきながら質問すると、彼女はくすりと悪戯っぽく笑う。
「貴方、第四真祖に乙女の鮮血を渡したようですね」
「は、はい」
やっぱりそれか!!
「それに加えて〝嫉妬〟の魔王化を果たしたと」
「はい……」
バレるよねそりゃ。
「そんな貴方に以降の命令を下します。これを」
そう言って渡されるのは一通の封筒。
頬を引き攣らせて俺はその封筒を受け取る。
どんな無理難題な任務をさせられるのか、それとも師匠の下へ地獄のような監禁生活か。死にはしないだろうけど辛いに違いない。
ぷるぷると震えていると、彼女は再び笑ってでは、と声をかけて人並みに紛れていった。
「……どうなんのこれ」
怖くて封筒の口を開けられない。
「お待たせしました、アルデアル公」
「やあ、おかえり。どうだった?」
後ろから紗矢華の声が聞こえてくる。彼女とは先程まで一緒だったのだが一人で大丈夫だからヴァトラーの監視をして欲しい、ということで別行動をしていたのだ。
〝オシアナス・グレイヴ〟が大破したため、ヴァトラーはこのキーストーンゲート内の高級ホテルに宿泊することになる。
「そういえば、お帰りの航空券の手配はどうなさいますか?」
さっさと日本から出ていけ、と言いたげな意志を込めて紗矢華が訊く。
流石に露骨過ぎないですか紗矢華さん。
そう思いながら、意を決して封筒の口を切って中の書類を見る。
「あぁ、要らない」
「え?」
「だって帰らないから」
ほら、と書類を紗矢華に渡し、ヴァトラーは笑みを深める。
「そのうち君にも新しい辞令が届くんじゃないかな。まぁ、
書類を見終わった紗矢華は頭上を仰いで深い溜息をついた。
わかるよ紗矢華、その気持ち。だって、今俺も現実逃避したいから。なんなら今してるよ。
俺は書類をグシャグシャに丸めてヴァトラーの顔に叩きつけた。
「うお、翔矢一体どうしたんだい?」
「どうしたこうしたもあるか! 見なよそれ!」
「?」
ヴァトラーも知らなかったのだろう、不思議そうに首を傾げてグシャグシャに丸めた書類を慎重に広げていく。
紗矢華も気になったのか、彼の後ろから書類を見た。
すると、
「あっはははは! これは傑作だ! 翔矢良かったじゃないか」
「嘘でしょ……」
ヴァトラーは面白そうに笑い、逆に紗矢華は膝を着いた。
「何が良かっただよ……良くないから!」
〝黒翔麟〟が入った竹刀ケースの紐を握り締めて、俺は涙を浮かべて大声で否定する。
何故なら書類にはこう書かれていたからだ。
『
やっと終わったー。
一巻終わらせるのに凄い長かった。お付き合いいただきありがとうございます。
次回は幕間を設けさせていただきます。終わりがこれなのでw
感想、評価お待ちしております。