ストライク・ザ・ブラッド〜獅子王機関の舞剣士〜 作:倉崎あるちゅ
大変お待たせしました。
天使炎上篇の続きです。
ヴァトラーと会った翌日の金曜日。授業は終わって放課後となった。
俺は南宮さんに連れられて学校内を歩き回っていた。目的はどうやら古城に話があるらしい。
魔力の反応で彼の位置は把握しているのでそこへ歩いていくだけだ。
「なんの話をするんですか?」
「ふん、決まっているだろう。例の〝仮面憑き〟の話だ」
「……やっぱり」
だろうと思った。この人はあのヴァトラーの嫌がることを進んでする人だ。それでいてあの吸血鬼が言った通り、俺を〝仮面憑き〟にぶつける気である。
「わざわざ古城を巻き込む必要あります?」
「お前だって、あいつの眷獣の制御の荒さは理解しているだろう? 実践でなんとかするしかあるまい」
「南宮先生が別空間に飛ばして、そこで訓練すればいいのに」
俺がボソリと呟くと、ゴツ、と持っていたレース付きの扇子で頭を殴られた。この感じからして、訳ありなのか、はたまた面倒くさいだけなのかわからない。
殴られた頭を撫で、俺は南宮さんに向けていた視線を前に戻すとそこには古城と、毛布を大事そうに抱く叶瀬さんが話し込んでいた。
南宮さんが音もなく近づき、二人の間にぬっ、と顔を突き出した。
「ほう、美味そうな子猫だな」
なに言ってるんですかあなたは。
「那月ちゃん?」
「担任教師をちゃん付けで呼ぶな」
ちゃん付けした古城は彼女から強烈な肘打ちを脇腹にもらい、苦悶の声を洩らす。そんな彼を見た南宮さんはふん、と鼻を鳴らして、
「知っていたか暁古城。学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は私が没収する。ちょうど今夜は鍋の予定だったしな」
淡々とそう告げる南宮さんの言葉に、叶瀬さんがひうっ、と息を呑んだ。
舌なめずりするように笑う彼女に俺は思わずドン引く。
「──すみませんでした、お兄さん。私は逃げます」
「お、おう」
逃げて当然だよ、こんなこと言われちゃ。
俺が避難するような目で南宮さんを見ると、彼女は心なしか傷ついたように口を尖らせ、
「ふん。冗談の通じないヤツめ。なにも本気で逃げなくてもいいだろうに」
「あんたが言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
「まったくですよ。ドン引きです」
古城と二人でそう言うと、ムッとしてこちらを睨みつけてくる。
「ところで、今の小娘は誰だ?」
「いや、自分のところの生徒に小娘はちょっと……」
「翔矢の言う通りだぞ? 中等部の三年生だよ。
「なかなか気合いの入った髪だな。反抗期か?」
「違いますよ。父親が外国人らしいので、そのせいかと。詳しいことは本人も知らないみたいですけど」
当然だよね。まだ推測に過ぎないけど九分九厘アルディギア王家と縁があるだろうし。
南宮さんはそうか、とだけ返して古城を見上げた。
「暁古城。お前、今夜私に付き合え」
「……え!?」
α
そこに、集合場所であるテティスモールがある。繁華街の象徴にもなっているショッピングビルがそれだ。
今夜九時に南宮さんの仕事の手伝いを行うため、俺たちはわざわざ混雑がひどい場所へやってきたのだが、待ち合わせ時間までまだ少しだけ余裕がある。
俺は浴衣姿の雪菜に目を向けた。
「ほら、雪菜。好きなの買っていいよ」
「で、ですが……わたしは先輩の監視が──」
「いいからいいから。古城も、好きなのいいよ。奢るから」
「い、いいのか?」
よって、我が妹に屋台料理を食べてもらう! 古城はついでだけど。
雪菜は真面目すぎるし、こういう時くらい息抜きさせるのがいいと思った。遠慮気味だった古城も、俺の意図を理解したのかひとつ息をついた。
「お前もシスコンだな?」
「古城のシスコンよりだいぶ健全だと思うよ」
うぐ、と彼は渋い顔をする。
行ってこいという意味を込め、俺は古城の背中を叩く。
「先輩! お好み焼きですよ!」
「おー、こりゃ美味そうだな」
雪菜に呼びかけられ、古城は彼女と同じ屋台を見ている。
「なんだ、お前たちも来ていたのか」
そんな舌足らずな声が聴こえ、俺は振り返って目線を下げた。そこには華やかな浴衣姿の南宮さんと同じく浴衣姿のアスタルテの姿があった。
「集合場所をここにしたのはあなたでしょうに」
ふん、と小さな魔女は鼻を鳴らす。
「十一時にショッピングモールの屋上にいろ。それまで好きにしてるといい」
「だと思いました」
アスタルテを連れてるあたり、彼女に屋台を楽しませたかったのだろう。
俺に考えを透かされた南宮さんはムッとして、レース付きの扇子をべシッ、と俺の頭に叩きつけた。
けっこう痛いんだよな……それ。
扇子を叩きつけてすぐ、彼女は空間制御の魔術でアスタルテと共に去っていった。
「おーい、翔矢ー?」
「ん、はいはい」
おっと、会計が来たようだ。
「わたしはあまり食べられないので。翔矢さん、半分ずつにしませんか?」
「うん、いいよ」
「……ホントに仲良いなお前ら」
そりゃ、小さい頃から一緒だからね。流石にお風呂やトイレなんかは当然入れないのでカウントはしないけど、それ以外はほとんど一緒じゃなかったかな。
紗矢華も一緒だったらな、と一瞬思ってしまう。
とりあえずお好み焼き二枚を購入し、別の屋台へ移動する。
「なぁ、そろそろ集合場所行かないと行けないんじゃないか?」
「大丈夫だよ。さっき南宮さんと会ってね。十一時に着いてればいいから」
「いつの間に……」
だから屋台を楽しもう!
──そんなことをしていたら、気づけば時間ギリギリまで食べ歩きをして、射的をやったりくじを引いたりと楽しんでいた。
俺たちは人通りが少ない場所に行き、俺は肩に引っ提げていた竹刀ケースから〝
刀身に霊力を流し込むと、リィン、と鈴を鳴らしたように鳴り響く。〝黒翔麟〟で虚空を斬るとブゥン、と旧式テレビが放つノイズ音と共に空間が開かれた。目的地であろう場所はショッピングモールの屋上だ。
三人で空間の狭間へ入っていき、少し歩いたところで出口に辿り着く。
「これ、ホントに便利だよな」
「そうですけど、空間連結による〝擬似空間転移〟もある程度の霊力や魔力を消費するので、あまり多用できないんですよ先輩」
「その点は俺が魔族だから心配ないんだけどね」
人間と魔族では魔力の保有量が桁違いだ。それは半魔の俺も例外ではない。
仮に魔力が底をついても〝乙女の鮮血〟を使えば良いだけだし。
「待たせたな」
そんな話をしていれば、南宮さんとアスタルテが歩いてやってきた。
「アスタルテ、楽しかった?」
「──肯定」
俺が彼女にそう訊くと、たこ焼きを一口食べて笑みを浮かべる。
「それで? どうしてお前がここにいるんだ、転校生」
「わたしは第四真祖の監視役ですから」
「それなら舞剣士で十分だろう」
嫌そうな顔をする南宮さんに、雪菜が無感情な眼で小さな魔女を見つめる。
「まぁいいか。人手は多くて困ることはないからな」
南宮さんは肩を竦めてレース付きの扇子を広げて口元を覆う。
「それより、どうしてこんな物騒な任務を先輩なんかに……」
「こればかりは俺もどうかと思ったけど、眷獣の扱いを覚えるには実践が一番だからね」
「黒崎の言う通りだ。それに、危険物だからこそ目の届かない場所に遠ざけるよりも、手元に置いておく方が安全だろう?」
俺と南宮さんの言うことに、雪菜は渋い顔をして反論しようとするが、どう言っても俺の隣にいる魔女に言いくるめられるのを察したのか、大きなため息をついた。
「黒崎、暁に〝仮面憑き〟についてのことは教えたか?」
「はい。今回はその〝仮面憑き〟二体を確保することも伝えてます。大丈夫だよね、古城?」
急に話を振られた古城は、肩をビクつかせた。
「お、おう。けど、そいつらって空を飛ぶんだろ? そんなヤツらを相手にどうすれば……」
「安心しろ。空に向かってお前が眷獣をぶっ放すぶんには、市街地に影響は出ない」
「それは、そうだけどよ……」
「つべこべ言わずに撃ち落とせ」
まぁ、そのための準備も人工島管理公社に頼んでいるし、問題ない。
──ん? 変な力を感じるな。こいつらか。
「南宮さん、来ましたよ」
「なに? アスタルテ、公社に花火の時間だ、と伝えておけ」
「
指示を受けたアスタルテが浴衣の袖口から無線機を取りだして操作する。
「なぁ、那月ちゃん。花火ってなんだ?」
「なんだ、今どきの若者は打ち上げ花火も知らんのか?」
小馬鹿にしたような表情で、南宮さんは古城のことを見た。
彼女の愛用している扇子が広がった直後、俺たちの後ろから、ドン、と爆音が鳴り響く。
「これで俺たちが戦闘を起こしても、市民の注意は花火に向く」
「多少の爆発や騒ぎは誤魔化せるだろう」
俺と南宮さんの言葉に、古城はなるほどなと納得した。
花火の轟音は戦闘音をかき消し、煌びやかな閃光は魔術や魔力による光を逸らしてくれる。
「さて、庶民どもが異変に気づく前に片をつける。跳ぶぞ」
「えっ? 跳ぶって──」
古城が疑問を小さな魔女にぶつけようとした時、景色が変わった。
強烈な目眩と、少し遅れて自由落下に似た感覚が込み上げてくる。
「う、おぉぉぉぉっ!?」
「古城、うるさいよ」
空間転移の魔術によって連れてこられた場所は、赤と白に塗り分けられた電波塔の骨組み。戦闘中の〝仮面憑き〟たちの真下だ。
「先輩、上です! 気をつけて」
「雪菜、古城! 俺はしばらく霊視に集中する! その間南宮さんのカバー、頼むよ」
「はい!」
「おう」
古城と雪菜が異口同音の返事をする。
視線を〝仮面憑き〟に移す。二体の標的はどちらも小柄な女性だ。その背中に生えているものは、神々しさすら感じられる純白の翼。
──天使。
その単語が真っ先に思い浮かんだ。
布切れのようなもので胸と下肢を覆ってはいるが、手脚が剥き出しており、その肌には不気味に明滅する幾何学模様が浮かんでいる。
そして、〝仮面憑き〟と呼ばれる所以であるその仮面が、背中の美しい翼を相殺するかのような、無数の眼球を象った不気味な仮面が彼女たちの頭部を覆っていた。
「……!」
眼に力を入れる。
攻撃する際に用いられるものは、歪に波打つ光。それを刃に変えて切りつけ、または敵に向かって飛ばしている。
「あのような魔術の術式、私は知らんぞ!」
「はい。あれではまるで、わたしたちが使う神憑りに近い……」
俺と古城の前に立つ、魔女と剣巫が言葉を交わしていた。
確かに、この力は神憑りに近いだろう。
雪菜が〝雪霞狼〟を取り出したのか、視界の端でキラリと銀色の光が見えた。
「〝
雪菜の返事を待たずに、南宮さんは右手を振って自身の周囲から銀色の鎖を矢のように撃ち放った。
空間制御の魔術を利用した、戦い方だ。
その鎖は上空にいる〝仮面憑き〟二体を搦め捕る。
その間にも俺は霊視を辞めない。こいつらの霊力機関は、昨日基樹に見せられた〝仮面憑き〟で把握できている。
普通なら、そこから霊力が流れて発せられるものだが──
「──そういうことか」
チッ、と俺は大きく舌を打った。
ヴァトラーが俺にこいつらの対処をしろと言ったのはそういうことだったのだ。
なるほど、確かに古城にこいつらの相手をさせてはいけない。今の古城では、眷獣を完全に掌握できていない今の第四真祖に〝仮面憑き〟は倒せない。
その答えに辿り着いた瞬間、電波塔が大きく傾き、南宮さんがどこかへ転移していった。
「ああ、くそっ!
宿主の呼び掛けに応えたのは、陽炎のように揺らめく猛々しい巨体。二本角を持つ緋色の双角獣だった。
制御を離せばすぐ暴走し、ここ、絃神島を滅ぼすほどの力を持った召喚獣が〝仮面憑き〟を真正面から襲いかかる。
しかし、
「そん、な──」
「なに……!?」
大気を切り裂く双角獣の攻撃を正面から浴びたにもかかわらずまったくの無傷。
〝
遅かった。
もう少し早めに気づいていれば、古城も雪菜も、そんなに絶望する必要がなかったのに。
「ヴァトラーのクソ野郎……」
今回についてはまったく悪くないだろう貴族に悪態をつく。
俺は左腰のホルダーから小瓶の〝乙女の鮮血〟を取り出した。ガラスの栓を砕き、口に流し込む。
「砕け、〝
そう叫ぶと同時に無骨な両刃の夜空色の大剣が目の前に現出した。そして、己の腰辺りから夜空色の翼が現れる。
鉄骨を蹴り、俺は花火が打ち上がる空に舞う。
「翔矢……!?」
古城が俺を見て呻く。
「砕け、散ろ!」
銀色の髪をなびかせる〝仮面憑き〟を大剣で上空に向けて叩き斬った。
グゥッ! と呻いて一体は上空へ飛ばす。
「攻撃が通った!?」
「〝雪霞狼〟が効かなかったのに、どうして……」
そう。
それは、擬似神格振動波駆動術式を刻印した〝雪霞狼〟では、
「俺は、お前たちより
〝
それは、悪魔でありながら堕天使とも伝えられる存在。
〝仮面憑き〟は、言わば〝
「上、ってどういうことだよ翔矢?」
「こいつらは、言うなら天使のなりそこないだ。〝模造天使〟すらない、な」
俺の言っていることがわからなかったのか、古城が困惑した表情を浮かべる。
おそらく、〝仮面憑き〟を同士討ちさせているのは蠱毒を模したものに違いない。
蠱毒は動物や虫を使った代表的な呪術だ。ありとあらゆる動物などの百足を同じ容器に入れ、互いに共食いをさせ、勝ち残ったものを神霊となるため、これを祀る。
「これを考えたやつは、正気か?」
霊的中枢を奪った理由は〝
「アァッ!!」
「ッ!」
死角から回り込んできた〝仮面憑き〟が光の剣を突き刺してきた。ギリギリのところで大剣を盾にし、攻撃を防いでいく。
「はぁ!」
横薙ぎに大剣を振るい、奴の腹を斬り裂くが続けざまに光の剣が雨のように投擲された。
俺はなんとかなるにしても、古城がやばいかも……!
「〝雪霞狼〟──っ!」
後ろで雪菜が銀色の槍で剣を払い落とし、古城には傷がつかなかった。
……後ろに注意が向いていたのがいけなかった。安堵し油断していたのがいけなかった。
再び〝仮面憑き〟に振り向けば、すぐそこには膨大な光を大きな大剣に変え、電波塔ごと焼き付くさんばかりの熱量が迫っていた。
「しまっ──!」
瞬間、そんな恐ろしいものを放とうとしていた〝仮面憑き〟の姿勢が崩れ、膨大な光も四散した。
大きく傾いた電波塔の頂上付近で、銀色の髪の〝仮面憑き〟が光の剣を片割れに突き刺したのだ。
姿勢を崩した奴は鉄骨に体を衝突させ、動きを停めた。〝
その〝仮面憑き〟の近くに降りる銀色の髪の〝仮面憑き〟。おそらく、片割れの霊的中枢を奪うのだろう。
「「「!?」」」
停まったはずの〝仮面憑き〟が動き、銀色の髪の〝仮面憑き〟の顔を殴り飛ばし、仮面が割れた。
その時俺たちは、つい最近見た人物の顔を見た。
「……馬鹿な! あいつ……あの顔!?」
「嘘……」
「……!」
〝仮面憑き〟と呼ばれていた少女の素顔を目にした瞬間、俺、古城、雪菜の三人は言葉を失った。
幾何学模様を纏う少女の名は、叶瀬夏音。
「……やめろ、叶瀬……!」
あぁ、正気じゃない。この計画を立てた奴は気が狂っている。
ラ・フォリアによく似た、その美しい顔立ちを歪め、叶瀬さんが大きく口を開き、彼女は牙を同類の首筋に突き立てた──
「叶瀬────っ!」
絶叫する古城と、俺たちの眼前で、凄まじい鮮血が噴き出す。
喉を裂かれた〝仮面憑き〟が、身体を激しく痙攣させ、次第に動かなくなっていく。
淡い碧眼から涙を流し、彼女は翼を広げて空へ消えていった。
ただただ、俺たちは呆然とそれを見送ることしかできなかった。
不定期で本当に申し訳ございません。
頑張って続けていくので応援お願いいたします!
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