6歳まで、俺は今と別の家庭にした。俺の当時の名前は、西田貴史だった。
西田家の長男で、上に姉がいた。
生まれてから最初の6年、俺や俺の両親、親戚はどんな思いで過ごしていたか、今となっては思い出すこともできない。
きっかけはある日の健康診断だった。
俺が生まれた直後、母子手帳にはA型と判定されたらしい。しかしその日の健康診断での判定は、O型だった。
西田家の父親はO型、母親はA型だった。だから別にA型でもO型でも不自然ではない。
だが別の町での別の地でも、同じような出来事が起きていた。
南野家の2人兄妹の長男が、生まれた直後はO型と判定されたのに、幼稚園の健康診断でA型と判定されたのだ。
その男児の父親はO型、母親はB型、A型はありえないはずだった。
その後病院の検査で、父親はO型、母親はB型はあっていたが、長男はA型だった。
「医学上、ありえない組み合わせです。」
「お子さんは、ご両親の子供ではないことがわかりました。」
南野父「そんな。どういうことですか?」
「詳細はわたくしにはわかりませんが、おそらく・・・」
「お宅のお子さんは、病院で別の赤ちゃんと取り違えてしまったものと思われます。」
「今、生年月日から本当の南野さんのお子さんを探しております。本当に申し訳ございません。」
それが、俺たち2つの家庭の、永遠に終わらない、地獄の物語の始まりだった。
南野父「まさかこんなことになるなんてな・・・」
南野母「この子は私が育てたのに・・・」
南野母「なのに私の子じゃないなんて・・・」
南野父「そうだよな。お前の子かもしれない。俺の子じゃないだけで。」
南野父「お前、浮気でもしてないだろうな?」
南野母「こんなときに何言ってるのよ。私が信じられないっていうの?」
南野父「俺だって信じられねえよ。俺はこいつの写真を親戚や会社の同僚に見せて自慢したんだぞ!」
南野父「なのに他人の子供だなんて、あいつらに顔向けできねえよ。」
そしてある日、西田家の両親と俺に、学術調査として血液検査の協力を求められた。
南野家の一番上の長男、秋人が生まれた日、9月30日の前後3日間に生まれた男の子の中で、カルテにA型と書かれている親子5組に依頼したのである。
その結果、誕生日が1日違いの10月1日、カルテにはA型と書かれていたのに、O型である俺が南野夫妻の本当の子供であることがわかったのだ。
南野秋人と西田貴史、それぞれ同じ病院で同じ日に生まれたのだった。
西田父「貴史がうちの子じゃないなんて、何の冗談だよ?貴史はうちの子なんだよ」
「西田貴史君は生まれたとき、病院で別の赤ちゃんと取り違えられてしまったんです。」
西田母「嘘でしょ?嘘ですよね?」
「残念ながら事実です。南野さんという家庭に、お宅の本当のお子さんがいることがわかりました。」
祖母「なんてことだ。自分の子供を間違えるなんて、我が一族末代までの恥だよ。」
西田父「ちょっと母さんやめて下さい。この人のせいじゃないよ。」
西田母「すいません・・・。」
西田母「この子はうちの子です。誰にもあげません・・・。」
「この人が、あなた方の本当のお子さんです。」
「西田さん、南野さんの家族とお子さんに会ってみてはいかがでしょう?」
西田父「結構です。わたくしはたとえ血がつながってなくても、貴史のことを愛せます。」
西田母「私、会いたい。」
西田父「何言ってるんだよお前まで。貴史と、向こうの家の子、どっちが大事なんだ?」
西田母「それはもちろん貴史」
西田父「じゃあ会う必要ないだろ。」
西田母「あなたは会いたくないの?」
西田父「分かった。1回会うだけだ。」
・・・
こうして、南野秋人、西田貴史とその両親の初の対面が実現した。
西田夫妻は、とあるビルの会議室のドアを、恐る恐る開け中に入った。
そこにいたのは、紛れもない自分の実の息子であった。
どちらの親も、最初は言葉が出なかった。
「それでは貴史君と秋人君、自己紹介をしよう。」
南野母「あなたの名前は?」
貴史「西田貴史です。」
秋人「南野秋人です。」
貴史「このひとだれ?あたらしいおともだち?」
秋人「おばさんなんでないてるの?」
西田母「なんでかな。」
俺はその日、俺と秋人君は別室で一緒に遊んでいた。
そのときの俺と秋人君は、まだ自分が置かれている状況を知る由もなかった。
そしてそれぞれの両親4人と弁護士が、会議室で対談を行っていた。
「赤ちゃんの取り違えというのは、過去にも何度か例があります。」
「これまでの例からして、なるべく早く交換することが最善と思われます。」
「お子さんたちを慣れさせるために、夏休みいっぱい交流を続けるのはどうでしょう?2人とも来年から小学生、新たなスタートを切るには丁度いい時期かと思われます。」
「それとこのような自体を招いたわたくしがお願いするのも図々しいと思われますが、このような事態がおおやけになると一番傷つくのは子供たちです。できるだけ内密にして下さい。」
「我々でできることはなんでもしますので。金銭的なことも。」
西田母「あなたたちこそ子供たちのこと考えてないでしょ? 内密にして下さいって、結局は元に戻してなかったことにしたいだけなんじゃないですか?」
西田母「お金で何でも解決できるなんて思わないで下さい。」
血のつながりと、生まれてから6年間の絆、どちらかを選ぶことなどできるわけがない。
とりあえず、家族の交流を始めた。
南野母「秋人君こんにちは。」
秋人「あ、こないだのおばさんと子だ。確か・・・、貴史君だったよね。」
貴史「こんにちは。」
・・・
「そりゃ自分の子供は引き取らなきゃいかんだろ。」
「その子が大きくなったとき、なんで引き取らなかったんだって言われたらどうするんだ。そうなってからでは遅いぞ。」
「両親とも兄弟とも血がつながってないなんて可哀想よ」
「やっぱり本当の子供がいるのにそのままにしとくなんておかしいわよ。」
西田母「あの人達みんな他人事だと思ってるのかしら」
西田父「でも子供たちの将来を考えたら、交換したほうがいいのかもしれないな。小さいころのほうがショックは小さいだろう。」
・・・
幼稚園年長の夏休み、2つの家族は担当の弁護士の薦めで一緒に旅行に行ったりした。
俺も、他の子供たちもとても喜んでいた。
俺は秋人君だけでなく、秋人君の妹さんとも仲良くした。実はこの子が本当に妹だとは知らずに。
2組の両親たちは、まだ自分の運命を知らない子供たちを、辛い思いを隠しながらただ見つめるしかなかった。
別の日、2組の両親は、同様に赤ちゃん取り違え事件を経験した両親2組と会うことになった。
その両親は子供を交換したのだ。
その両親は偶然近所に住んでたため、同じ小学校に通い家も近く、今でもたまに会っているらしい。
だがそれが原因でトラブルになることもあった。却って交換してからは会わないほうが馴染みやすいのかもしれない。
別の家族は、子供を交換してから2年ほど経つが、その後一度も会っていないという。
「子供の適応力は親が思っているよりもいいもので、うちでは大したトラブルは起きませんでした。」
西田母「会いたくないんですか?自分で育てた子に。」
「交換してから一度も育てた子には会ってません。もちろん実の子も、向こうの親には合わせてません。」
「子供たちも会いたいと言いませんし。」
うちの家庭はそれぞれ住んでる町が離れており、小学校も別の学区、来年以降は交流を続けられそうもなかった。
それから2組の家族は夏休みの間、毎週のように一緒に出かけることにした。
ともに過ごす時間が、子供たちにとって当たり前になるようにと。
ある日、俺は南野家に、秋人君は西田家に泊まることにした。
そのときは俺も秋人君も、遠足みたいで楽しかった。
しかしついにその事実を知ってしまった。
祖母「おお、秋人君か。私は西田のおばあさんだ。」
祖母「君のお母さんはこの人じゃない。こっちの母だ。」
秋人「え?」
西田母「な、何言ってるんですか。」
その後俺と秋人君と、それぞれの両親で話し合いが行われた
西田母「いつかは話さなければならないことだったから、いい機会だった。」
西田母「実は貴史の本当のお父さんとお母さんは、秋人君のお父さんとお母さんなの。」
貴史「え?」
南野母「秋人のお父さんとお母さんは、貴史君のお父さんとお母さんなの。」
南野母「秋人と貴史君は、生まれてすぐ病院で看護婦さんが間違えて、お母さんたちに渡しちゃったの。」
南野母「だから小学校に入る前に交換しなきゃいけないの」
西田母「来年の春から貴史は秋人君の家で暮らして、隣町の小学校に通わなきゃいけないの。」
西田母「秋人君はうちで暮らして、近所の小学校に通うの。」
秋人「じゃあさっき貴史君のおばあちゃんが言ってたことって本当だったんだ。」
貴史「なんで?」
西田母「神さまがいたずらしちゃったの。でも神さまがいたずらしなかったら、貴史はお父さんとお母さんに会えなかったんだよ。」
貴史「お父さんとお母さん、どこかに行っちゃうの?」
西田母「大丈夫。どこにも行かない。いつかまた、会えるから。」
9月30日、俺と秋人君の合同での誕生日会が行われた。
同じ日、両親たちがこれからのことについて話していた。
南野父「入学式には本当の親が一緒に行くということでいいんですよね?」
西田父「俺たちが貴史についていくのは、幼稚園の卒園式が最後。」
西田父「もう決めたことですから」
その日が近づいていると思うと、俺と秋人君は互いの家に行きたがらなくなった。
両親だけでなく、幼稚園の友達とも同じ小学校に行けなくなると思うと、幼稚園にも行きたがらなくなった。
貴史「僕、この家を出たくない。ずっとここにいたい。」
貴史「お友達ともお別れしたくない。一緒の小学校に行きたい。」
西田母「これは仕方ないことなのよ。」
西田父「さっきさんから電話があって、秋人君も家に来たくないって。」
西田母「私だって貴史と別れたくない。2人とも育てられたらいいのに。」
西田父「離れてたって、思い出は消えないさ。」
そして卒園式を終えた後の3月24日。ついにその日が来た。
育てた子と別れ、実の子と新たな生活を始める日。
西田母「貴史、元気でね・・・」
秋人「・・・」
秋人君が車に乗り、育ての親は俺を残して走り出した。
そのとき俺は・・・
貴史「やだ・・・、待って・・・」
自然と俺はその車を追いかけて走り出した。
両親も俺を追いかけるるように走り出した。
俺も秋人君も、2人の両親も涙を流していた。
こうして俺と育ての親との生活が終わり、新たな物語が始まった。
・・・
小学校入学直後、そのときはとても辛かった。
それまでの親だけでなく、友達とも別れ、知ってる人が誰もいない小学校に入学。
それでも8年後に待ち受ける、もっと辛く悲しい、本当の悲劇を、そのときはまだ知る由もなかった。
誰とも仲良くできず、学校に行きたくなかった。1年生にして早くも不登校になった。
貴史「お家に帰りたい。」
南野父「貴史のお家はここだろ」
貴史「ここじゃない。お母さんに会いたい。」
「貴史のお母さんはここにいるだろ。」
貴史「僕のお母さんはおばさんじゃない。」
「もういいから。」
貴史「お母さんに会わせてよー・・・」
何度頼んでも、育てのお父さんとお母さんには会わしてくれなかった。
前のお父さんお母さんのことを思い出して、毎日のように泣いていた。
離れれば離れるほど育ての親への恋しさが募っていた。
そのときの秋人君はどうだったかはわからない。
2年生になることには、新しい親との生活にも慣れた。
それでも小学校でお母さんの似顔絵を書く授業で、俺はどうしてもそれが書けなかった。
前の育ての母はもう自分のお母さんではない。しかし実の母をまだ母として見ることができなかったのだ。
2年生の10月、8歳の誕生日の日。多分両親が待ち望んだ瞬間が来たのだ。
「あの・・・、お父さん、お母さん」
「・・・」
南野父「やっと呼んでくれたね。」
南野母「お誕生日おめでとう。」
長い時間がかかったけど、ようやく普通の生活が送れるようになった。
小学校を卒業し、中学校に入学。
交換から7年半後、中学2年生の12月のことだった。12月25日、クリスマスの日のことである。
昼過ぎ、母がワイドショーを見ていたとき。
テレビの画面上
ニュース速報
『静岡消防署によると、静岡空港で旅客機が着陸に失敗し、炎上中。』
その1年前にも桜ヶ丘航空334便の墜落事故が発生し、そのときは乗員乗客608人全員が死亡。
日本航空123便を抜いて単独機では世界最悪の飛行機事故が起きて、まだその余韻が冷めないころに再び起きた飛行機事故。
『番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします。』
『今日16時20分ごろ、紅葉川航空801便に異常事態が発生し、富士山静岡空港に緊急着陸を試みましたが、着陸に失敗しました。』
『飛行機は滑走路で炎上中で、現在救出活動が行われています。』
『この飛行機には乗員乗客530人が乗っている模様です。』
貴史「飛行機がまた墜落したのか?」
南野母「危ないわね。」
その後、乗客名簿が読み上げられる。
『それでは乗員乗客530人の名簿を読み上げさせていただきます。』
その名簿の中に・・・
『ニシダ・アキト』
貴史「ニシダ・アキト?」
西田秋人・・・。俺の6歳までの苗字は西田だった。そして6歳までこの家にいた秋人の名前は、西田秋人になってるはず。
貴史「秋人君って覚えてる?」
西田母「忘れるわけがないわよ。でも今は貴史が私の息子。」
貴史「今読み上げられたニシダ・アキトってまさか・・・。」
貴史「なわけないよな。ただの同姓同名だろう。」
しかし、名簿には西田とつく名前が他にも2人読まれていた。それは俺が6歳までいた家の姉と妹の名前だった。
嫌な予感が脳裏をよぎる
まあたとえその名簿の人が本当にあの秋人君だったとしても、別に俺には関係ない。
たまたま6年前運命をともにした相手というだけで、今は友達でもなんでもないわけだし。
この事故は乗員乗530人中362人が死亡し、国内では3番目の死者を出した航空機事故となった。
年明けの2月、俺にとっては関係ない、バレンタインデーが過ぎた数日後のことだった。
突然の訪問者
「お邪魔します。」
南野母「誰ですか?」
両親は覚えていなかった。でも俺は見覚えがあった。その人は・・・
西田母「久しぶり。貴史」
それは8年ぶりに再会した、6歳までの育ての母親だった。
南野母「何の用ですか?」
西田母「12月の紅葉川航空の事故で、子供3人を一度になくてしまったんです。」
やっぱりそうだったのか。かつて生まれた時に俺と取り違えられた秋人は、桜ヶ丘航空の事故で亡くなった。
南野母「それはお気の毒でしたね。お悔やみ申し上げます。」
西田母「あの、貴史君を私に譲ってくれませんか?」
貴史「なんだって!」
南野母「何を言ってるんですか。貴史はうちの子です。」
西田母「でも6歳までは私が育てたんです。私は去年12月の飛行機事故で子供を3人ともなくしました。その中には6歳まであなたがたが育てた秋人もいます。」
西田母「そんな不幸な私に同情しませんか?可哀想だと思いませんか?貴史と秋人が6歳のときに続いて、2度も、4人も子供を失った私を。」
西田母「思うんなら貴史をまた私に引き取らせて下さい。」
南野母「気持ちはわかりますが、貴史は私にとっても大切な息子です。」
西田母「あなたがたには娘さんがいるじゃないですか」
南野母「そんなの関係ないでしょ。大体事故の死者は362人、その数と同じかそれ以上の遺族がいる。同じ思いをしたのはあなただけじゃありません。なのに子供を取り違えられたことで6歳まで貴史を育てたのだとしても、なんであなただけ特別扱いしなきゃいけないんですか?」
西田母「紅葉川航空からもらった賠償金を一部差し上げますから」
南野母「あんた、子供をお金で買おうとしてるの?最低ね。」
西田母「いや、別に買うんじゃなくて」
南野母「同じでしょ。人身売買は法律違反ですよ。私たちまで捕まりたくないですから、この話はお受けできません。」
南野父「まあ、この際貴史に決めてもらうか。どっちの親がいいか。」
南野母「ちょっとあなた・・・」
南野父「大丈夫だ。貴史が選ぶのはきっと俺たちだ。だってもう血のつながりも、過ごした時間も、俺たちが上だ。」
南野父「なあ貴史。俺たちと、西田さんのお母さん、どっちの子供がいい?」
貴史「それはもちろん、今のお父さんとお母さんだ」
西田母「・・・」
貴史「確かに6歳まではこのお母さんと生活していた。でも俺は今年で14歳。もう前のお母さんといた時間より、今の両親といた時間のほうが長い。」
貴史「6歳までは西田の家の息子だったけど、今は南野の息子であり、今の母親が俺の母であり、もうあなたは俺の母じゃありません。」
貴史「それにあのときは嫌でもお母さんと引き離されて、その後1度も会わせてくれなかったのに、いまさらまた前のお母さんの子になれなんて・・・。」
南野父「よく言った。当然だな。」
南野母「というわけで残念でしたね。貴史は私たちを選びました。あきらめて帰って下さい。」
あなたは母じゃない。貴史に一番言ってほしくない言葉を言われてしまった。
子供のほうが、親離れしてたんだ。
・・・
彩花「赤ちゃんの取り違えってテレビで見たことある。まさかこんな身近にもいたなんて。」
貴史「もし自分を呪ってる人がいるとしたら、それは中2の冬、戻ってきてほしいという願いを拒否したかつての育ての母、西田さんのお母さんなのかもしれない。」
貴史「俺ははっきりと、今は実の母親が本当の母で、西田さんは俺の母じゃないと、言ってしまった。」
貴史「西田さんはまだ俺のことを息子だと思っていてくれたなら、酷いことを言ってしまったな。西田さんはあの飛行機事故で、息子と娘、3人を一度に亡くしてしまったって言うのに。」
彩花「そうだね。でも交換してから6年以上経ってたってことでしょ?もう前のお母さんといた時間より今のお母さんといた時間のほうが長いのに、いつまでも前のお母さんが恋しかったらそっちのほうが問題あると思うし。」」
貴史「この呪いが西田さんのお母さんのものだとしたら一体どうすれば。」
貴史「俺が西田さんのことも、母親だと思えばいいのか。」
彩花「でも南野君のお母さんは、名実ともに今のお母さんなわけで、いまさらそんなの・・・」
唯「あるいは西田さんに、南野君のことをあきらめてもらうしかない。」
彩花「西田さんって今どこに住んでるの?」
貴史「俺が6歳まで住んでたのが、隣町の、電車で40分くらいのところ。でも引っ越したかもしれないし。」
貴史「それに今は西田さんのお母さんには会いたくない。今の両親への裏切りになりそうだし。」
その西田さんのお母さんも、祐樹君や、晋太郎君の両親と同じなんだ。家族をなくしてしまった。
長い時間かけて1人ずつなくしていった祐樹君や、晋太郎君の両親。
それに対して一度に3人を失った西田さん。祐樹君とは違った辛さがあるだろう。
結局その日は貴史君から事情を聞いたところで幕を閉じた。
・・・
その夜
唯「ナイトメア発生確認」
彩花「今日はここか。数日前も確かここだったような。誰なんだろう?」
唯「知らないところね。でも南野君と似てるかも。」
彩花「南野君と? じゃあこの人にも無慈悲熊が。」
唯「そうね・・・」
唯「あたし、なんか悪い予感がするの。その予感が当たっていたら・・・」
彩花「予感って?」
その後の戦いで、私もそれが何なのか、そしてこのナイトメアが誰の人のものか、予想がついた気がした。
彩花「昨日のナイトメアは、南野君の6歳までの母親だった、西田さんのお母さんのもの、それで間違いないんだね?」
唯「あの妖怪の呪いの発生源が南野君のいうように、西田さんのものなら間違いないでしょう。」
・・・
このことを貴史君に言うべきなのだろうか?
今までの人生、貴史君がどれだけ傷ついたかを考えれば、もう西田さんのことなんか思い出したくないだろう。
育ての両親との別れを乗り越え、時間を書けてようやく今の両親と打ち解けてきたのに、いくら子供をなくしたからって今更再び西田さんの子供になりたくなんかないだろう。
両親との別れなんて、二度と経験したくないはずだ。
そのとき
貴史「高梨さん、もしかして妖怪の発生源がわかったんですか?」
彩花「い、いや、まだわかってなくて・・・」
貴史「その反応・・・」
唯「あやちゃん、ごまかすの下手っぴ、バレバレだよ・・・」
貴史「俺もうすうす気づいてるんですよ。この呪いは、多分西田さんのお母さんのものだって。」
貴史「俺がはっきりと、西田さんはもう俺の母親じゃないと言って拒んでしまったから、西田さんは俺を恨んでるだろうって。」
貴史「俺の母親は今の、実の母親だ。西田さんとは赤の他人でしかない。」
貴史「だけど西田さんのことも考えてやりたい。俺、西田さんに会わなければいけない。」
彩花「そう。わたしなら家の場所知ってるよ。」
貴史「そしてその前に、実の両親とも相談しなければならない。実の両親を裏切ることなんかできない。」
・・・
その日の夜
貴史「俺のお母さんは、今のお母さん1人しかいない。それはわかってる。」
貴史「西田さんのことは、もう俺も母親だとは思っていない。」
貴史「だけど飛行機事故で1度に3人も子供を亡くした西田さんの気持ちもわかってあげなきゃいけないと思うんだ。」
貴史「6歳のとき育ての母と別れてから、辛い思いをしてきたのは西田さんも同じ。むしろ西田さんにはさらに追い打ちをかける悲劇に見舞われてしまった。」
貴史「それに比べたら、俺は生きてるだけで幸せだ。だから西田さんに、何かしてあげられるんじゃないかと思うんだ。」
南野母「ふふ。あんたも大きくなったわね。」
貴史「お父さんとお母さんも、久々に、西田さんのお父さんとお母さんに会ってみないか? もう秋人君はいないけど」
こうして9年半ぶりに、南野家と西田家の対談が実現した。
西田母「で、貴史君は何を言いたいの? もう私はあなたの母親じゃないのに。」
貴史「小1のとき、僕は偶然秋人君とお母さんたちを見かけてしまいました。」
貴史「正直うらやましかった。ずっと一緒にいたお母さんを秋人君に取られてしまったようで。今のお母さんは、たとえ実の母親だとしても、当時は母親だと思えなかった。」
貴史「小学校に入学して交換してから、一度たりとも前のお父さん、お母さんと会うことを許してくれなかった。」
貴史「僕がどんなに辛かったか、わかってくれますか?もちろんお母さんも辛かったと思うけど。」
貴史「やっと長い時間かけて今の両親と打ち解けてきたのに、今更戻ってこいだなんて・・・。僕はもう両親との別れを経験したくありません。」
西田母「そうだよね。あなたの気持ち、考えてなかった。ごめんなさい。」
貴史「だけど子供を3人も亡くした西田さんの気持ちも、僕は考えなきゃいけなかった。」
貴史「西田さんはそれこそ子供との別れを2回も、それも4人分も経験してしまった。それを考えたら、僕も酷すぎたかもしれない。」
貴史「西田さんの気持ち、考えてなくてごめんなさい。」
西田母「別にいいよ。私はもうあなたのお母さんじゃないのは事実だもの。」
貴史「もちろん僕のお母さんは今のお母さんただ1人だけ。お父さんも今のお父さんだけ。」
貴史「だけどこれからはまた、西田さんのこともお母さんだと思っていいですか?」
貴史「赤の他人だけど、これからはもう1人の母親だと思っていいですか? 西田さんのお父さんのことも、もう1人の父親だと思っていいですか?」
西田母「うん。喜んで。」
西田父「これからもよろしくな」
こうして貴史君と西田さんの両親は、9年間止まっていた時間を取り戻した。
前のような親子関係には戻なれなくても、友達同士にはなれる。
貴史「高梨さん、小原さん、本当にありがとうございました。」
貴史「おかげで俺は、前のお母さんを救うことができました。これからは友達のような関係でいられるかな。」
彩花「そう。だったら、これからは祐樹君とも友達になってくれるかな?」
貴史「え?」
彩花「祐樹君は両親も兄弟もなくして、わたしと出会うまで一人ぼっちだったの。できれば南野君にも友達になってほしいな、と思って。」
貴史「わかりました。」