Doctor Who Who is this girl?   作:ストロマトライト

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こんにちは。ストロマトライトです。
少し短いですが、今回でこの回は終了です。


片恋慕の狂気 Part 3

「……は? 俺が?」

学校内を化け物屋敷のようにした空間異常。その異常が空間内に残そうとしたある特定の個人が自分だと言われ、和人はすっかり呆気に取られていた。

「そう。タイム・ボルテックスを移動したこともないのに、君はここにいることが出来る。だとしたら、残る理由は君がこの空間に残ることを求められてるからだ」

「求められてる? 誰から?」

「それは分からない。ただ和人、君か君に関係する何かしらがこの事件に関わってるのは確かだ」

「じゃあ何か、俺がこんなことをしたって言いたいのか!?」

怒りに駆られたように、和人は両手でドクターの胸ぐらを掴む。

司は慌てて彼を制止した。

「おい成瀬、やめろって! ドクターに当たったってどうしようもないだろ!」

無理やりに和人を彼女から引き離す。和人はまだ煮え切らないようだった。

それを見て、ドクターはひとまず謝罪する。

「和人、怒らせたなら謝るよ。何も君のせいって言ったわけじゃない。ただ、この事態は君に関係してるのは本当だよ。だから、何か覚えがあったりするなら教えて欲しいんだ」

荒だった呼吸を整え、和人は少しずつ怒りを鎮めた。彼もドクターが悪気を持ってああ言ったわけではないことを頭では分かっているのだ。

そして考える。自分に関わりがあるもので、こんな事態を起こせるもの。

「やっぱり、何も思いつかないな」

「何かはあると思うんだけど……仕方ないか」

三人は再び歩みを進めようとする。

と、その時。背後から、何かがコロコロと鳴る音が聞こえた。転がすような音だ。

司がゆっくり振り向く。

「まさかまた何か……」

そこにいたのは、何とも奇妙な代物だった。石膏で出来た人型の像。それが四つん這いになり、両手で車輪のようなものを押している。

そしてそれは間違いなく、三人の方へと向かってきていた。

「あれ、こっちに来てないか?」

「来てるね。こういう時はとりあえず……」

ドクターが次を言おうとするこの間にも、石膏人間はスピードを上げた。

「逃げろ!」

彼女のその一言で、三人は一斉に走り出した。

合わせるように、石膏人間もスピードを上げてくる。これでは追いつかれるのも時間の問題だ。

ドクターが反転して、ソニックドライバーを石膏人間へ向ける。発されるオレンジ色の光と特徴的な音。

それが上手く効いたのか、石膏人間が急停止した。

「止まった?」

「多分ね」

だが、石膏人間は車輪から手を離し立ち上がる。

止まったのではなかった。やり方を変えてきたのだ。

「なお悪くなってるじゃないか!」

「そういうこともある!」

改めて、三人は走り出した。石膏人間も小走りに追いかける。

「上へ逃げろ!」

司が叫ぶ。

確かに、少し先に階段があった。下に降りて校舎から出るという最初のプランを実行する手もあったが、またあのカマキリがいたらまずい。一先ず上、3階へと駆け上がった。階段が相変わらず何かで泥濘んでいるため、上がるのに苦労する。

それは、石膏人間の方も同じだった。3人が上がりきった時には、石膏の方はまだ中階を登っていた。

「今のうちだ、ドクター」

「いや、それが……ここはここで問題ありそう」

急かす司に、ドクターが前を見て答えた。

彼女の見る先。3階廊下の奥からも、石膏人間が一体向かってきていたのだ。

その石膏の顔は、今まさに苦労して3階へ上がってきているものとは異なり顔の部分が潰れている。

「やばい、囲まれた!? 」

普通ならそのまま上に上がればいいが、今三人が上がってきた階段は運が悪いことに3階で途切れている。

「そうみたいだ。取り敢えずはこれで時間稼ぎを!」

上ってくる石膏、そして正面から迫る石膏にそれぞれ振り向きながらドクターがソニックドライバーを振りかざす。

効果がある程度出たのか、双方の石膏の動きは少しではあるが鈍くなっていた。しかし止まることはない。

「クソっ、こうなったら! 」

突然、和人が正面の石膏たちに向かっていった。

「おい成瀬! 何を……」

石膏へ向かっていく手前で、和人は廊下に設置されている消火器を手に取った。そのまま消火器を振り上げると、石膏の頭に思い切り叩きつけた。

その頭は思い切り砕け、頭を失った石膏は膝をついて倒れる。

「やった!」

「文月、ドクターも! 早く!」

一回の打撃で消火器は凹んでしまった。和人はそれを放り捨てる。

続いて、放られたそれを司が掴んだ。そのまま、階段をゆっくり登ってくる石膏に投げつけた。

「これでどうだ!!」

石膏は体を砕かれて、階段を転げ落ちていく。

道が開け追跡者もいなくなったところで、司とドクターも和人に続いて進んだ。

「ナイスだよ和人! まさか殴ってあれを破壊するなんて!」

ドクターが和人を称賛した。

「人間、追い詰められたら何でも出来るってもんだ」

 

 

『あそこデ止めルつもりだッたのに、失敗しチゃった』

もう一人の花梨の声は、少し呆れたような口調だった。

『どうしたノ? あなタが躊躇ったカラ、あれは壊レちゃった』

「だって……和人に怪我させたくなかったし」

石膏に向かって彼が走ってくるのも、花梨ははっきりと感じ取っていた。その瞬間、花梨の思いは確かに揺らいだ。

こんなことまでして、和人との世界を作る意味などあるのだろうかと。

それに、この世界には今二人の異物がいる。文月 司ともう一人。光るドライバーを振り回す謎の少女。誰かは分からないが、司の知り合いらしいというのは分かった。

「あの二人、どうしてここにいられるの? あなた言ったじゃない、和人と私以外みんな消えるって」

それを言われ、もう一人の花梨は困ったような表情を浮かべた。

『あノ二人は少し例外ナの。でも心配しなイで。必ず何トかしてあげル。……そうダ」

「なに?」

『和人と、話シたくなイ?』

もう一人の花梨は、邪悪に笑う。

その手には花梨のスマートフォンが握られていた。

 

 

あいも変わらず、どの教室にも人はいない

「どう、ドクター? 何か分かった?」

「うーん、何か強いエネルギーによってこれは引き起こされてるってことは分かるんだ。でも分からないのはさっきのカマキリに石膏。それに窓のツタ。これがどういうことなのか」

「そういや、成瀬は何か思い出すことあったか?」

聞かれたが、和人は首を横に振る。

「やっぱり分かんねえよ。カマキリに石膏にツタなんて」

「確かになあ。まあ気味悪いってことは同じだけど」

「カマキリに石膏にツタ……カマキリに石膏にツ……ん?」

そこで、和人は何かに気づいたようだった。

「どうした?」

「いや、違うな。まさかそんなこと……」

「どうしたんだよ、言ってみろよ」

「違うとは思うんだが、この3つの共通点って」

「静かに」

和人が言おうとしたところ、ドクターは唇に人差し指を当てて振り返った。

「何か聞こえる。呼び出し音みたい」

司と和人も耳を澄ました。彼女の言う通り、発信音のような音が聞こえた。

間違いない。一般的な設定のスマートフォンの着信音だ。音は3人の前にある教室から聞こえた。

「行ってみよう」

ソニックドライバーを前に向けたドクターを先頭に、3人はゆっくりと音のする教室へ入った。

人のいない教室。着信音は、室内のちょうど真ん中にある机の上に置かれたスマートフォンから発せられていた。

ドクターがそれを手に取る。

「おい、あれって」

最初に気づいたのは司だった。後から和人もそれに気づく。

「どうしたの、二人とも」

「それ、俺のスマホだ」

そう。音を発するスマートフォンは和人のものであった。前に落としたせいで少し右端が欠けた液晶画面に、彼の贔屓のサッカーチームのロゴが入っているカバーでそれと分かる。

「何でここに? 俺のスマホは5階の教室にあるはず……」

「電話の相手は、宮田 花梨って出てる。君の知り合い?」

ドクターはスマートフォンを和人に渡した。

受け取る和人の手は僅かに震える。

「どうして宮田が? もしかして学校から出てたとか」

「とにかく、出てみるか」

和人は通話ボタンを押した。

「……もしもし」

最初、応答はなかった。

だが10秒ほどすると、ようやく向こうから声がした。

『……和人?』

「そう。俺だよ。花梨か?」

『うん。ごめんね。こんなことに巻き込んで』

「それじゃあ、やっぱりこれはお前が……」

司と共に端から通話する和人を見ていたドクターが聞いた。

「宮田 花梨って?」

「成瀬の幼馴染だよ。でもどうして宮田が……」

「もしかしたら、その娘がこの歪みの原因かも」

ドクターは和人の持つスマートフォンへソニックドライバーの光をかざす。すると、会話の音声がドライバーから聞こえてきた。

盗み聞きは気が進まなかったが、この際仕方がない。ドクターと共に、ソニックドライバーに耳を澄ます。

『私はね、ただ和人と一緒にいられればよかったんだ。今まで通り、ずっとそのまま』

「今まで通りだろ、俺たちの関係は」

『ううん。変わっちゃった』

ドライバーから聞こえてくる花梨の声は非常に静かだ。司の知っているいつもの元気な花梨のものではない。

『高校に入ってから、お互いになんとなく距離を置くようになって。もうこのままなのかなって思ってて、そんな時に和人が、もう一緒に学校へ行き来しない方がいいって言うから』

「いや、あれは別にそういう意味で……」

『いいの。和人が悪いんじゃない。全部私の我儘』

ドライバーから聞こえる花梨の声から読み取れるのは、深い悲しみ。

ドクターはそれを聞いているうちに、段々と何か分かってきたかのような表情になる。

「花梨、違うんだ! お前の勘違いだよ!」

『大丈夫。もうすぐ、もう一人の私が叶えてくれる。昨日から私の近くにいてくれるの。私の本当の心を分かってくれる人。私と和人だけの世界はきっと叶う。文月君とそこの女の子も、もういらない』

花梨の言葉のある一単語を、ドクターは聞き逃さない。

「もう一人の自分って言った。やっぱりそうか」

「原因が分かったのか?」

「多分ね。でも、僕の予想通りだとしたらかなり厄介だよ」

電話の向こうの声からすすり泣く声が聞こえる。

「花梨、今どこにいるんだ! 花梨!」

『考えてみて。私がいるところ』

そう言って、電話は一方的に切られた。

 

「やっぱり花梨だったのか……まさかと思ったんだが」

「成瀬お前、気付いてたのか?」

「カマキリ、石膏の人間、ツタで考えた時、思い浮かんだんだ。全部花梨が嫌いなものだ。あの石膏は中学の頃の校外学習で美術館に行った時、花梨が気味悪がってたやつそっくりだ。それにカマキリもあいつが一番嫌いな虫だし、建物に絡まっているツタも苦手だった」

「多分、その娘は〈パラニア〉に感染してる」

ドクターが言った。また司の知らない単語だ。

「パラニア、って?」

疑問に答えるように、彼女の説明が続く。

「タイム・ボルテックスの中に棲息してるウイルスだよ。感情のある生命体の体内に入り込むと、その生命体の負の感情を取り出して、最も強い負の願いを叶えようとする。それを叶える時に発生するエネルギーを餌にしてるんだ。ボルテックスの力を吸い取ってるから、感染者が願うなら空間を曲げて世界を改変することだって訳ない」

原因は地球侵略を企むエイリアンではなく、時空間に潜むウイルス。

侵略ではなかったと知り胸をなで下ろす司だったが、同時に負の願いを叶えるというその効果に背筋が寒くなった。

「僕たちがここにいられる理由も分かる。パラニアは空間を歪める時にヴォイド粒子を大量に放出するんだ。僕たちに付着している粒子をその時の一部だと空間が誤認したおかげで、消えずに済んだ」

二人が存在できた理由も解決される。しかしまだ根本的な謎が解決されていない。

パラニアはボルテックスに潜むウイルス。一方花梨は普通の女子高生。この二つが一体どのようにすれば出会うのか。

「その何とかってウイルスが原因なのは分かったけどよ、じゃあなんで花梨がそんなウイルスに入られたんだ?」

「確かに。宮田だってタイム・ボルテックスを移動したことなんてないはずだし……」

ドクターもそれには同意を示した。

「そこだ。本来ボルテックスに棲むパラニアが何でこの世界にいるんだろう」

「何かボルテックスの中を移動した物にくっ付いてきたとか」

「そんなのがこの星に来てたら、ターディスが反応してるはずだ。でもそんな反応は……」

言いかけて、ドクターは気づいた。司もハッとする。

そして、ほぼ二人同時に叫んだ。

「「ターディスだ!!」」

まさにターディスは、ボルテックスの中を行き来してこの街に来た。そこにパラニアが付着して、ここに着いた時ターディスから離れて花梨の元まで偶然飛んで行ったとすれば、説明がつく。

「そういや朝も宮田の様子は変だったし、昼に会った時も体調悪そうだった。じゃあ、今朝ターディスが着陸した時にパラニアが?」

「でも彼女、『昨日からもう一人の自分が現れた』って言ってた。多分それはパラニアの初期症状の幻覚。ってことは、昨日既に感染してることになるよ」

「それじゃあ、宮田が感染したのは……」

司の体感時間では一週間前だが、この世界の時間では昨日だ。

つまりターディスがこの世界に降りてきて、司がドクターと初めて出会った時には、パラニアはこちらに来ていたということになる。

そこで司は思い出した。最初にドクターと会った場所。住宅街の建物と建物の間。青いポリスボックスがぽつんとあった場所。

「そうだ。俺がドクターと会った時にターディスがいた場所。宮田の家のちょうど裏だった!」

「これで全て説明がついたね。あとは、その花梨って娘を見つけて、体内からパラニアを除去すればいい。それ位なら、これで十分できるからね」

ドクターは持っていたソニックドライバーを宙に放って取る。

彼女の商売道具であり、魔法使いが持つ杖のように万能なそれを。

「おいおい、何か解決したらしいけどよ、また俺を置いていって話が進んでるぜ。何だよ、ターディスって」

「僕のタイムマシンだ。それより和人、君に質問だ」

ドクターは和人に詰め寄る。

「この空間はその花梨って娘の負の感情の塊だ。だから彼女の嫌いなものがウヨウヨしてる。カマキリ、石膏、ツタ……他にも何か彼女が嫌いな物に心当たりは?」

「アイツが嫌いな物って言われてもなあ、怖がりだから色々あるぞ」

「その中でも特に怖がってる物。それは多分まだ出てきてない。だからそれが出てくる前に対策を立てたいんだ。何かある?」

ドクターと和人が話している間、司はある物音に気づき、ふと足元を見た。

ピチャリという液体的な音。見ると、いつの間にか床下数センチに水が溢れていた。ここは3階。よほどの水害か水道トラブルでもなければ、こんなことはあり得ない。

「ドクター、足元に水が……」

「ああ、そういえば」

司と言うと同時に、和人が何か思い出した。

「何年か前に花梨とホラー映画を見に行ったんだけど、その映画で海から大量の手が出てくるシーンがあってさ。アイツかなり怖がっちゃって、未だにたまに夢に見るって言ってたな」

「それだ! 多分それが彼女の最後の……」

「ドクター!」

最悪は、既に起こっていた。

水浸しになった廊下。そこから無数の白い手が伸びている。引き摺り込む獲物を探すため、手は右へ左へと動いていた。

「時すでに遅しか……こういう時は」

「こういう時は?」

「逃げろ! 上だ!」

手前にある階段に、3人が全力で走っていく。

伸びる手たちが時折足を掴んで来たが、そのたびに振り払って進んだ。

「和人! その花梨って娘が今どこにいるか、心当たりある!?」

「分かんねえよ! 聞く前に切れちまった!」

「宮田のことはお前がこの中で一番よく知ってるんだ! 何かあるだろ!」

絡みついてくる奇怪な手を死に物狂いで払って、司も聞いた。

上がりきった4階も水と手に覆われている。どうやら花梨も本気を出してきた。どうやってでも、司とドクターをここから排除し和人を捕らえる気だ。

「そうだ、屋上!」

「屋上?」

「花梨のやつ、屋上で昼飯食うのが好きなんだ。それに放課後もそこにいたりして、屋上からの景色が好きだって……」

「本当か!?」

「もう逃げ場だってないんだ! とりあえず屋上に行ってみよう!」

 

 

屋上に静かな風が吹く。

花梨の髪もそれに吹かれて、わずかに揺れた。

『和人たちガ感づイた。こっチへ向かっテ来てル』

「いいよ。3人に、ここまで来てもらう」

花梨は横たわっていたベンチから、ゆっくりと体を上げて立ち上がる。

彼女が数歩歩くと、合わせてもう一人の花梨が三歩後ろほどについてきた。そして、距離をさらに詰めてその腕を花梨の首に回してくる。

『ここデ、終わりニする?』

花梨は頷いた。

もう迷わない。もう苦しまない。

この場で邪魔な二人を排除し、和人と自分だけの世界を実現する。

 

 

4階から5階、5階から6階へ。

無数の手を払いながら、三人は着実に屋上へと歩みを進めていた。

司と和人の上履きとズボンの裾は、水浸しになっている。階を上がるごとに、その水位は上がっているかのようだ。

「ほら、あれだ!」

6階から屋上へと続く階段を駆け上がる途中、和人が一つのドアを指差す。

そうしている合間にも、獲物を求める手は止まることを知らず生え続けた。その侵食はすでに、三人が上がる階段にも広がっていた。

真っ先にドアのノブを手にした和人がそれを思い切り回し、ドアを開けた。

ドクター、そして司がその後に続いて、なだれ込むかのように屋上へと駆け込む。

 

そこにいたのは、一人の少女だった。

紛れもない宮田 花梨その人。その他に目立った人影は見当たらない。

「花梨……」

「来て、くれたんだね」

花梨は笑っていた。

しかしそれは、純粋な笑みではない。奥に悲しさと、精一杯の狂気を秘めた笑み。

「全部分かった。カマキリも石膏もツタも、それに海からの手も、全部お前が嫌いなものだよな。それにここ。花梨が学校で一番好きな場所だ。そうだろ?」

「うん。正解」

花梨が下唇を噛み、その手を握りしめていた。

その姿は何かに耐えているかのよう。

「花梨と言ったね。僕はドクター、君を助けに来た」

ソニックドライバーを振りつつ、ドクターが自己紹介を済ませる。

「君はウイルスに取り憑かれているだけなんだ! これで君の体内からウイルスを取り出せる。いいかい、頼むから動かないで……」

ドクターはゆっくりと、花梨に近づいていった。

一歩一歩確実に。しかし、

「邪魔しないで」

花梨のその一言と同時に、屋上中に生い茂るツタの一つがドクターの足に絡みついていた。

司の足にも同じようにツタが絡みつく。

「宮田、落ち着いて。ドクターは危害を加えようって訳じゃないんだ。だから……」

「二人とも、邪魔だよ」

彼女がそう言うや否や、二人を絡め取ったツタが、二人を屋上の端へと急速に引きずっていく。

屋上後ろのフェンスへ二人は思い切り叩きつけられた。

「私の嫌いな物も、私が好きな場所も分かるのに……一番分かってほしいことが分からないんだね。和人」

「一番って、何を?」

和人には分からない。

長く彼女といたはずなのに。お互いに何でも知ってる風でいたのに。結局は、花梨の何も分かってはいなかった。

和人はただ立ち尽くすしかない。

「私ね、和人のことが好きだったんだ。でもそんなこと、長い付き合いなのに突然言い出せなくて。和人から気づいてくれればいいなって、私思ってたの」

「花梨……」

「自分勝手だよね、ほんと。自分では何もしないくせに。でもいいんだ。もうすぐ、和人と私だけの世界になるから」

そして、巨大な異変が始まった。

空が曲がる。という表現が一番適切だろうか。次に無数のツタたちが、後ろに追いやられていたドクターと司へ襲いかかった。

大量のツタが、二人の体を包み込もうとする。

「文月、ドクター!」

絡むツタを払おうと二人の方へ和人は駆ける。

「駄目だ、和人!」

そんな彼を止めたのは、体の半分が既にツタの中に消えたドクターだった。

「和人! 君は彼女に向き合うんだ! 君の本当の気持ちで、彼女に向き合うんだ!」

「そうだ成瀬! 宮田のところに行ってやれ! 早く!」

ドクターに次いで、司も向かってくるツタを払いながら叫んだ。

「ここは彼女の感情が具現化してる。どんな形だっていい! 彼女の気持ちに答えて……」

ドクターの言葉は、彼女の体がツタに完全に覆われてしまったことで途切れた。

司の姿も同じように、ツタの中へと消えていく。

空だけではなく、周りの光景までもが歪み始めた。やがて壁が剥がれるように目の前が変わっていく。

もう、躊躇ってはいられない。

「花梨!」

和人は片恋慕にかられた幼馴染に向かって走っていく。

やはりツタが彼を後ろから追いかけるが、走る彼の足は中々絡め取られない。

花梨と和人。その距離は次第に縮まっていく。

「……え」

そして。

 

気づいた時には、和人は花梨の体を抱きしめていた。

彼自身、そうすることを意識していたわけではなかった。だが、体が勝手に動いていた。

「和……人?」

花梨にも何が起こったか分からなかった。

和人が花梨に向かって走ってきたのは覚えている。途端に怖くなって、ツタで動きを止めようとしたことも。

それが失敗して思わず目を瞑った後、再び花梨が目を開けた時には、強く抱きしめられていた。

「ごめん、花梨」

「えっ……あっ」

「俺も好きだったんだ。花梨のこと。ずっと前から」

一瞬、花梨は言葉の意味を忘れてしまったかのように、和人の言ったことの意味が分からなかった。

『好き』という単語を理解するのに、数秒を要した。

「でも改めて言うのは気恥ずかしくて、時間が経てば経つほど言い出せなくなって……今日まで言えずにいたんだ。だから……」

花梨の中で、今までの和人との思い出が走馬灯のように思い出される。

そうか。

「前から二人とも、同じ気持ちだったんだ。だからもう、こんなことしなくてもいいんだ」

急に、花梨は可笑しくなった。

なんだ。初めから、片恋慕ではなかったんだ。お互い同じ気持ちだったのに、ただ気づかなかっただけで。

気づけば、もう一人の花梨はいなくなっていた。声も聞こえない。

「なんだ……言ってくれれば、良かったのに」

「そういう花梨だって、今まで言えなかったんだろ?」

「……うん。そうだね」

花梨の瞳に、涙が溜まる。その一筋の涙が頬を伝って、地面に落ちた。

それがスイッチであるかのように、世界が変わっていく。

地面は元のコンクリートに。無数のツタは消えていき、歪んでいた空が元に戻った。学校を覆っていた見えない膜も消えていった。

ドクターと司を包んでしまったツタも同様に消失し、二人も拘束から解放される。

「痛ってて……ドクター、大丈夫か?」

「何とかね。どうやら和人が上手いことやったらしい」

二人の視線の先。

そこには、ただ泣き崩れる花梨と、それを抱きとめる和人の姿があった。

 

 

「これでよし。あのままターディスを校庭に残してたら、まずかったよ」

ドクターはターディスを屋上に呼び出す。

既に校内には平穏が戻っていた。カマキリや石膏は消えて、生徒も皆、あるべき場所へと戻っている。

彼らが消えて三時間ほどの時間が経っていたため混乱は必至だったが、集団昏睡ということで授業は急遽中止。気分の悪い者は救急車で病院へ、という運びとなった。

「それで、花梨はもう、大丈夫なのか? 本当にウイルスは出たんだよな?」

「もう大丈夫。さっきソニックで確認したけど、パラニアは完全に消失してるよ」

不安そうな和人とは対照的に、ドクターは笑って言った。

ドクターによればパラニアが花梨に感染した時、その力はもうかなり弱っていたようだ。もしパラニアが完全体ならば、世界が丸ごと改変されていたかもしれないという。

「でも彼女を大切にしてあげないと、またパラニアは現れるかも」

「冗談きついな、ドクター」

ドクターはターディスの取っ手に手をかけていた。事が終われば、そうそうに去る。

これが時の旅人、タイムロードの流儀だとでもいうように。

「ありがとう。ドクター」

和人は心の底からの感謝を述べる。

それに合わせ、花梨もドクターに頭を下げた。

「それじゃあ、二人ともお幸せに。司、行こう」

ドクターは早々にターディスへ入っていった。

「じゃあな。成瀬、宮田」

司もそれに続こうとする。と、

「文月!」

和人の声に、司は振り返った。

「何だよ?」

「お前、また帰ってくるよな。ここに……俺たちのところに」

その問いには、答えづらかった。

朝も考えていたように、このままドクターと旅をしていけば非日常に慣れ過ぎてしまうかもしれない。そうなった時に、司はまたこの世界に、前にいたこの日常に帰ってこられるのだろうか。

今はまだ分からない。だが、帰ってくるためにも、司はこう答えることにした。

「帰ってくるよ。また明日な、二人とも」

これはターディス。望むなら、明日の朝のこの世界に戻る事だってできる。

司がターディス内に入り、その青い扉がゆっくりと閉まった。

その後まもなく、ターディスは奇妙な音を立ててその姿を薄くしていく。

「文月、また戻ってくるよな」

「……きっと、また明日会えるよ」

青いポリスボックスが消えていく。

和人と花梨はお互いにその手を握りしめながら、それを見ていた。




ストロマトライトです。
少し短めですが、片恋慕の狂気は今回で終了です。いかがだったでしょうか。
実は今回、一緒に投稿すると少し長くなってしまうので、2000語程度の短編ですが別にして載せました。
ちょうど3話と4話の間にあたり、主人公、司がターディス内で迷い、ある部屋にたどり着く、というストーリーです。もしお時間が許すなら、読んでいただけるとありがたいです。

そしてついに次回、Doctor Who原作からのエイリアンが登場します。
ヒントに一言。Don't blink. Blink or your dead. I say again, don't , blink. Good luck.

それでは、今回はこの辺で。
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