Doctor Who Who is this girl?   作:ストロマトライト

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少し投稿が遅れました。すいません。今回はちょっと最初に用語解説を

・ベルリンの戦い……1945年、独ソ戦争の最終局面。ソ連軍がドイツの首都ベルリンに侵攻した。

・労農赤軍……ソ連軍の第二次大戦時の名称。

・内務人民委員部……ソ連の秘密警察的なもの


戦場の天使 Part1

1945年 4月29日。ドイツ・ベルリン。

 

この街は今、戦火の只中にあった。

1941年よりドイツ総統アドルフ・ヒトラーに率いられ始まった独ソ戦は、現在ソ連軍の圧倒的な猛攻によりドイツ帝国の敗北が濃厚となっていた。

帝国の首都であるベルリンにまでソ連軍は進撃し、陥落も時間の問題と見られている。

そんな爆撃の音響くこの街のある建物で、ソ連軍所属のある部隊が忙しく動いていた。

「この辺りも空軍の爆撃範囲だ! 急いで持ち出せ!」

トカレフ拳銃を片手に政治将校(コミッサール)が兵たちに怒鳴った。

彼らは軍の上層部、とりわけスターリンを中心とする共産党中央委員会からの直接の命令で動いていた。

「иск-23、24の回収終了。25ももうすぐ終わります」

「よし。後は26の例の石像だな」

その命令は単純。ナチス・ドイツの美術品を接収し、モスクワへと持ち帰ることだ。

ここも、ナチス党員たちが一時的に自分たちの美術品を保管していた倉庫である。

「26 の石像担当は、メンシェフとゴルスキーだっただろ。奴らはまだか」

「二人ともまだ二階から戻ってきていません」

政治将校は苛立った。中央委員会直属のこの仕事、遅れたせいで爆撃に巻き込まれ美術品が傷ついたとなれば、次回の委員会総会でウラルや外カフカス行きになりかねない。

「仕方ない。ネフスキー、ブルガン!」

政治将校は手近なところにいた兵士二人を呼んだ。

自分の名を呼ばれて、それぞれが振り向く。

「何でしょう、将校殿?」

「メンシェフたちが上からまだ戻ってきてない。あとは26の石像だけだ。お前ら、ちょっと見てこい」

「了解」

ネフスキー、そしてブルガンの両名は二階へと続く螺旋階段へ赴いた。

 

「将校のやつ、イライラしてたな」

階段を上りながら、ネフスキーはブルガンへ言った。

「この作業が早く終わらねぇと、カフカス行きになっちまうからな。それにしても、メンシェフたちは一体何やってんだ」

「美術品盗んで、どっかに逃げたのかもな」

「バカ言え。メンシェフはともかく、一緒に行ったゴルスキーは将軍の息子だぞ。逃げたって何の得もねえよ」

二人は二階へとたどり着いた。

美術品を保管してある巨大なワンルームが彼らの前に広がっていた。

ソ連軍部隊によってあらかたの美術品は回収されているため、部屋はほとんど何もないに等しい状態だった。まさに、強盗が入った後のようだ。

ただ一つ。彼らの正面に鎮座している一体の『石像』を除いて。

「あれだな。26の石像は」

石像は天使を形どったようなものだった。背中には二枚の羽。その手は自分の顔を覆い、まるで嘆き悲しみ、むせび泣いているかのよう。

「本当気味悪い石像だな。スターリンは何であんなもん欲しがるんだか」

ネフスキーはため息をつく。

革命の時からそうだったが、学のないネフスキーに党の上層部の考える事など分からなかった。彼は軍人として、ただ上から言われた事を言われたままに実行するだけだ。

「それにしても、メンシェフたちが見当たらないな」

ブルガンが辺りを見回した。が、先にここに来ていたはずの二人はいない。

ネフスキーも視線を天使の像から周囲へ移すが、それらしい人影はなかった。

「こりゃあ、本当に逃げたんじゃねえか?」

「でも、ここから外に出るには確実に一階を通らないといけないだろ。一階に降りたら俺たちの前通らずに出られねえよ」

「だけどよ……あれ?」

ブルガンが目の前の異変に気付く。

「なあ、ネフスキー。あの像、さっき手で顔を抑えてなかったか?」

「そうだよ」

「じゃあ、ありゃあ一体……」

ブルガンが像を指差した。

手でその顔を覆っていたはずの天使の像。しかしどうだろう。今、天使の像はその手を顔から離し、腕をだらりと降ろした格好となっていた。

手が離れたことでその顔が露わになる。無表情のようだが、その目はまるで二人をしっかり見ているかのようだ。

二人は恐る恐る、天使の像へ近づく。

「気持ち悪いったらありゃしねえ。どうなってんだ」

「ブルガン、俺らの見間違いだ。多分この像は最初っからこうだったんだ。ドニエプルでの戦闘からこのかた、マトモに寝てねえんだから。そういう風に見えただけだよ」

戸惑うブルガンを横目に、ネフスキーは結論づけた。

ドニエプル川渡河作戦どころか、三年前のスターリングラードからちゃんと寝たことなどないのだ。幻覚の一つや二つ見たっておかしくはない。

しかしこの戦争はもうすぐ終わる。ベルリンを落とし、ちょび髭総統の首を跳ねれば一件落着。ネフスキーも故郷のキエフへ帰れる。

「とりあえず、メンシェフたちがいないことと石像が残ってることを伝えねえと。ほら、戻るぞ」

そう言って、ネフスキーがブルガンと共に一階へ戻ろうとした。

その時。

「ん、何だ?」

天井から輝く電灯の光が、バチバチと鳴り明滅し始めた。二人の周囲が暗くなる。

「クソっ、どうなってんだ! ブルガン! ブルガン!」

ネフスキーは相棒の名を呼ぶ。だが、相手からの応答はない。

そして再び、電気がはっきりと明かりを部屋中にもたらす。

「戻ったか。ブルガン、お前……」

ネフスキーはブルガンのいるはずの横を向く。

が、そこに彼の求める人物はいない。代わりに、その両手を伸ばし、獲物へ襲いかかるようなポーズを取った天使の像がいた。

加えて、ブルガンの姿も忽然と消えている。

「おい、何なんだよ……どうなってんだ」

幻覚などではない。天使の石像は、動いている。

そして再び、電気が明滅し始めた。

ネフスキーが感じているのは、ただ純粋な恐怖だった。ここから離れなければいけないのに、階段がどこにあるのかも分からない。

周囲が明るくなり、暗くなるを繰り返す。その度に天使の像は少しずつ動き、ネフスキーに近づく。

「あ……」

最後の瞬間、彼の目に映ったのは猛獣のように鋭い牙を向き、爪を立てた天使の像だった。

 

 

ターディスは今日も平常運転だ。六角形のコンソールを貫く形で縦に伸びる円筒型のガラスは、相も変わらず中で何かを上下させている。

起きてきた司は、自分の部屋から寝ぼけ眼をこすりながらターディスの中心、コントロールルームへ向かった。さすがに慣れてきたのか、頭が働かなくても部屋から中央までくらいなら、司も迷わずたどり着けるようになっていた。

「おはよう。ドクター」

「やあ司。おはよう」

司の朝の挨拶に対して、ドクターは彼の方を見ずに答える。

頭にキャスケットを被り、茶のケープと赤を基調としたチェックのスカートはいつもの通りだ。彼女は中央のコンソールへと続く階段の一段に座りながら、何かの本を熱心に読んでいた。

後ろから司が覗き込む。それはどうやら、美術関係の本らしかった。書かれている言語も日本語だ。

「それ、どうしたの?」

「こないだ司が学校に行ってた間、近くの本屋で買ってきたんだ」

「へえ……ドクター、絵とかに興味あるんだ」

「いや、正確に言うと」

ドクターが顔だけ司の方に向けて言う。

「絵や美術品の中には、何か不可思議なことが隠れていることが多いんだ。僕はそれを探してる。絵の中に潜んでいるエイリアンとかね」

「そんなの、そうそう見つからないと思うけど」

ドクターを横目に、司は階段を降りていった。中央部のコンソールを抜けて反対側の階段へ向かおうとする。

司はキッチンへ行こうとしていた。ここ最近、朝食を作るのが司の日課だ。

「パンにベーコンエッグでいいか?」

「いいよー」

ドクターが適当に答えるのを聞き、司はキッチンへ歩みを進めた。コンソールのそばを通り抜けて、反対側の階段を上がる。

司がその階段を三段ほど行っていたちょうどその時、ドクターが声を上げた。

「あった!」

その声に驚き、思わず司は階段を踏み外しそうになる。

「いきなり何だよ!? びっくりした」

「あったんだ。事件がありそうな絵が」

ドクターは興奮冷めやらぬと言った顔で、司の方へ駆け寄ってくる。司もドクターの方へ向かったため、二人はちょうどコンソールの前で止まった。

「これだよ! ほら!」

ドクターが持っている本の半ページ、丸ごと使って載せられた一つの絵画を指差した。

絵の内容はさして珍しくもない。巨大な平原が広がり、その向こうに塔のように巨大な建造物がそびえ立っている。

「これが?」

「よく見てみて。何か気づくことはない?」

言われて司は絵を凝視した。

見ていると、その絵には奥行きがあった。ただの奥行きではない。まるで絵の中にその空間が本当に広がっているかのよう。

絵は二次元のものであるはずなのに、三次元が感じられた。

「絵が……広がってる」

それを聞いて、ドクターは指を鳴らした。

「その通り! この絵は、絵の中に実際のこの風景が存在してるんだ。この絵の中に時間が固まってるんだよ。これは間違いなく、タイムロードの技術だ。前にこれと同じものを見たことがある」

タイムロード。

前にドクターが言っていた、彼女の種族の名前。

「じゃあこの絵は、ドクターの星の種族が書いたってことか? でも、星は戦争で消えたって……」

「それが謎だ。どうしてタイムロードの絵が地球にあるのか」

絵の詳細は絵が載っているページの右に書かれていた。

タイトルは『永遠(とわ)』。肝心の作者は不明と記されている。

「1938年までオーストリアの美術館に展示されていたが、その後ナチス・ドイツによって接収され、ベルリンの大ゲルマン美術院に保管。しかし、1945年のソ連軍のベルリン侵攻に伴い行方知らずに。一説にはソ連軍に強奪されたとも、焼失したとも言われている、か」

ドクターは説明文を読み上げる。

どうやら戦争の過程で、絵はどこかに消えてしまったようだ。

「残念。もう見れないんだな」

「おっと。それはどうかな?」

ドクターは持っていた本をどこかに放ったかと思うと、突然コンソールに向かいはじめた。

「これはタイムマシンだからね。絵が消えたなら、消える前に行けばいいんだ!」

いくつかの装置を上げたり下げたりしながら、ドクターは六角のコンソールの各面を行ったり来たりする。

「ちょっ、ドクター! 一体どこへ!?」

「1945年のベルリンに行くんだ! これで……どうだ!」

仕上げ、といったようにドクターが巨大なレバーを勢い良く引き下げた。

鳴り響くいつもの轟音。危険で魅惑の旅の始まりを告げる音だ。

ターディスは時間を翔び、過ぎてしまったその時へと向かっていった。

 

 

轟音を響かせて、青いポリスボックスが着陸した。

ドクターと司の二人がターディスから出る。

二人の目の前に広がるのは、荒廃した街の光景だった。道には打ち捨てられた乗用車、半壊し窓ガラスの割れた建造物。上空からは、ターディスにも負けず劣らずの鈍い音がする。

「ドクター、これって」

「ちょっと間違えたかもね。もうちょっと前にくるはずだったけど、時代を間違えたらしい」

「また!? やっぱりターディス壊れてるんじゃないか?」

「そんなことないって! こないだも今回もたまたま……」

ドクターの声は、次第に迫ってくる鈍い音が掻き消された。

司が空を見上げると、そこには4つの黒い粒のようなものが見えた。航空機だ。

やがて航空機は、何かを次々に落とし始める。それが何であるかは、この状況から司も見当がついた。爆弾だ。

「司、逃げるよ!!」

ドクターが彼の手を引っ張る。

爆撃がターディスのある場所まで迫ってきた。二人は全速力で走り、そこから離れる。

先ほどの航空機の音とは比べものにならないほどの音が周囲に響いた。

道を右に曲がり、その次を左へ。右往左往しながら、二人は走り続けた。

「地下鉄の駅だ! あそこに入ろう!」

ドクターが指を指す先。『Untergrundbahn』と書かれた看板が見えた。ドイツ語で地下鉄の意味だ。

二人は半ば転げこむように地下鉄の駅へと入った。

ホームへと向かう階段の途中、何度か転びそうになるが何とか地下までたどり着く。

地上をえぐる爆撃の音が、地下までくぐもって聞こえてきた。

「はぁ、はぁ……これからどうする? ターディス、あの様子だと爆撃に巻き込まれたみたいだ」

息を切らしながら、司が聞いた。

「まずいことに、ターディスの鍵を持ってくるのを忘れてた。あれがないとターディスを呼べないんだ」

「じゃあ、俺たちはもうこの時代から出られないのか!?」

「いや……ターディスには自己防衛機能としてのフォース・フィールドがあるから、爆撃くらいじゃ壊れない。けどあの爆撃だから、瓦礫の中に埋まってるかも」

爆撃で駅構内も揺れる。その度に、天井からパラパラと埃が落ちてきた。

「とりあえず進もう。今来た出口はまだ爆撃が続いてるだろうから、別のもっと離れた出口を探すんだ」

そう言って、ドクターは歩き出す。司も後ろからそれについていった。

戦争の真っ只中なだけあって、駅には人っ子一人いない。あるのは捨てられた新聞や菓子の箱など。

新聞には大見出しで、『ソビエト赤軍迫る! 地下にこもる総統の真意やいかに』と書かれていた。

「これでナチスも終わりだね。まさか総統も、こないだはこんなことになると思ってなかっただろうに」

「こないだって?」

「前にヒトラーと会った。1938年にね」

歩きながら、ドクターはさらりと言う。

「僕を追ってきた暗殺者がターディスを弄ったせいで、たまたまその時代に着いちゃって。その時、間接的にではあるけど僕はヒトラーの命を救った」

「そんなことがあったんだ。じゃあ、ヒトラーとは知り合いってことか」

「でも、その時はこの顔じゃなかったから今会っても分からないと思うよ」

ホームを突っ切って、二人は反対の改札へ続く階段を上る。

改札を通り過ぎ、出口の表示を確認して左の通路を曲がろうとする。

と、その瞬間。

「おい! 動くな!」

二人の目の前に突如、一人の男が現れた。

軍帽に暗い黄土色の軍服。手には丸いマガジンが特徴的なPPSH-41サブマシンガン。帽子に付いた鎌とトンカチを交差させた国旗のバッジが、彼の所属の明らかにする。

「何者だ! 民間人は退去してるはずだぞ! パルチザンか!?」

銃を向けて早口でまくしたてる男。

それに対して、ドクターは両手を広げて慌てて男を制止する。

「ま、ま、待って! 僕たちはここの所属だ!」

ドクターは胸ポケットからサイキックペーパーを取り出して、男へと渡す。

男はそれを受け取ってまじまじとそれを見つめた。

内務人民委員部(チェーカー)の人間か。その若さだとまだ新人だな。そっちのアジア系は、ザカフカースの出身か?」

アジア系、というのが自分を指しているのだと感づき、司は頷く。

ここは適当に調子を合わせておいた方がいい。

「え、ええ。はい。向こうの出です」

「その割には、ロシア語が上手いな。そうとう練習したか」

男はそう言って、サイキックペーパーをドクターへ返す。

「無礼を失礼した、同志。俺は労農赤軍第8特務行動連隊、第12行動隊所属のユーリ・クロポトキン上級軍曹だ。よろしく」

ユーリと名乗った男が差し出した手を、ドクターが握り返す。

「始めまして。僕はドクター。こっちは……」

「司です。文月 司」

司もユーリと握手を交わす。

「ドクターに司か。珍しい名前だ。ザカフカースでもかなり辺境の出身か? それにしても珍しい」

「それよりユーリ、君はここで何を?」

怪しまれるとまずいので、ドクターは話題を変える。

「俺たちの部隊は中央委員会の命令で、ナチス党員たちの美術品を接収しに来たんだ。だがドイツ軍部隊と戦車の襲撃を受けて部隊はバラバラ。俺も今は単独行動中だ」

「美術品?」

ドクターはその単語に反応した。そう、元々は二人もここへ「美術品」を探しにきたのだ。

「ちょうどよかった。僕たちも今、ある絵画を探していたんだ」

「どんな絵だ?」

「タイトルは『永遠』っていうんだけど、知ってるかい?」

ユーリはしばらく考えたようだが、その後首を横に振る。

「いや、俺が見たリストには載ってなかったな。それに、俺たちが命令されたのは『石像』の捜索だ」

構内を再び轟音が響く。また爆撃か、それとも戦車の砲撃だろうか。

それに合わせて、地面もガタガタと揺れた。

「とにかく、ここに留まる理由はない。俺は今からベルリン中心部の党員連中が自分たちの美術品を隠してた隠れ家に向かおうと思っていたんだが、一緒に来るか?」

ユーリからの願ってもない申し出だった。

ドクターも司もこの街をよく知らず、加えて今は戦争中。ユーリのようにここの地理を知った人間が共にいれば大いに助かる。それに、その倉庫とやらに行けば、二人のお目当てであるタイムロードの絵画も見つかるかもしれない。

「その申し出、喜んで受けよう。よろしく、ユーリ」

ドクターが改めて、ユーリと握手した。

 

ユーリが先導し、暗く長い通路を三人が歩いていく。

三人の足音が響く合間に、時たま激しい爆撃の音が遠くの方からした。

「なぁ、ドクター」

歩く最中、司は少し前を行くドクターの肩を叩いた。

「何? どうしたの」

「あのユーリって人はソ連……だからロシア人なんだよな?」

「そうだろうね」

「ロシア人っていうのは、ロシア語で話すんだよな。当然」

「もちろん」

「じゃあ何で……あの人は日本語で話してるんだ」

司には、さっきからこれが不思議で仕方がなかった。

ロシア人であるはずのユーリは、流暢に日本語で話している。おまけにユーリは先ほど司に『ロシア語が上手いな』と言っていた。だが、司はロシア語など話せないし、ましてやキリル文字だって読めない。

「あれ、まだ説明してなかったっけ」

ドクターは意外そうな表情で返す。

「ターディスの自動翻訳機能さ。彼が話したロシア語は、君の脳内で日本語に翻訳される。もちろん僕も日本語で話してるわけじゃない。君の中で翻訳されてる」

「それって、今までずっとそうだったのか?」

「もちろん」

思えば平安時代に行った時も、人々は現代の日本語で話していた。千年前の日本語が現代と同じなどというのはあり得ない。

それに厚木の米軍基地でもそうだ。司は中学入学までアメリカに住み、英語は話せるため米兵の言葉を簡単に理解のできているのだと思っていたが、あれも翻訳されていたのだろう。

「本当、色んなカラクリ持ってるんだな。ドクター」

「まだまだあるよ。その内君にも全部説明しよう」

「ほら、何してんだ。置いてくぞ」

ユーリに急かされ、二人は足を速めた。

 

しばらく構内を歩き、階段を上がると三人は陽の光の元に出た。

黒煙が燻る街を春の陽気が包み込む。これほど対照的な光景も珍しい。

「ほら、あれだ。すぐ目の前の建物。あれが例の隠れ家」

ユーリが指差す先にあるのは、3階建ての建造物だ。

その壁には巨大な宣伝(プロパガンダ)ポスター。そこにはドイツ語で『アーリア人の朝は来た。劣等種族は排除される!!』と書かれていた。これも脳内で自動的に翻訳しているのだろう。

「ちなみに、ユーリが探してる石像って?」

ドクターが聞いた。

「それが、俺も像を見たことはないんだ。像の特徴を文章で読んだだけなんだが、まぁ随分特徴的な像らしいから、見ればすぐ分かるだろ」

銃を構えて建物の方へ急ぐユーリ。

ドクターと司も後へ続いた。取り敢えず、周囲に敵兵らしき姿は見当たらない。

建物の前まで着くと、まずはユーリが慎重に正面の扉を開けた。

「そういえばお前たち、武装は?」

ユーリがふと聞いてきた。

「いや、特に持ってないよ。代わりにこれなら」

そう言って、ドクターが取り出したのはいつもの通り、ソニックドライバーだ。

「それは?」

「ソニックドライバー。これで開かない扉を開けたり、電気を点けたりケーキを焼いたりできる」

「こんな棒切れでか」

ユーリはドライバーをまじまじと見つめる。

確かに初めてこれを見ると、とてもそんな色々なことを出来るもののようには見えない。

「だが戦場では武器になりそうにないな。仕方ない、俺が先に安全確認をするから後から続け」

先にユーリが建物に入り、四方に銃を向ける。

「大丈夫だ。誰もいない」

その言葉を聞いて、二人も建物の中へと入っていった。

ユーリの言う通り中には人っ子一人いない。代わりに床には、軍用のバッグや銃が置かれていた。

「これって、貴方が持ってるのと同じ銃じゃないですか」

司が落ちていた銃の一つを手に取る。それはユーリが持っている物と同じ、ソ連軍のサブマシンガンだ。

「ああ。赤軍のPPSH-41だ。これもうちの支給品。どうやら、他の部隊が先に来ていたようだな」

しかし、それにしては人影が全くなかった。

撤退したのかもしれないが、だとすれば銃や装備がそのままにされているのは奇妙だ。

「何かおかしい。これじゃまるで……」

「突然消えたみたいだね」

司の言葉をドクターが続ける。

「ドイツ軍の襲撃を受けて、捕虜にされたのかもしれない。それで装備は残していったとか」

「だとしたらその辺の壁や柱に、弾痕の一つでもあっていいはずだよ」

ユーリの意見を受けて、ドクターが壁を指差した。

そこに弾痕などはなく少し汚れた灰色の壁があるだけ。柱もまた同様だ。

「もしかしたら、二階にいるのかもな」

 

二階へは、螺旋階段が続いていた。

一段一段登るたび、ギィという軋む音がする。

「でもおかしい。仮に二階にいるとして、もう少し物音がしたっていいはずだ」

「ドクター、あんた随分細かいことを気にするんだな」

「彼女はそういう性格なんです。でも、ドクターのおかげで俺も何度か助かってる」

三人は二階へとたどり着いた。

天井には電灯があるようだが、全て切れているようで周囲は暗闇に包まれている。

しんと静まりかえっているところを見ると、ここにも誰もいないようだ。

「ここでこれが役に立つ」

ドクターはソニックドライバーを天井へ向ける。

放たれるオレンジ色の光と奇妙な音。やがて電灯は命を吹き返したように、光を放った。

三人の視界がはっきりとする。案の定人はいない。

だが代わりに、三人の正面には一体の『石像』があった。

「あれは……」

それは、天使の石像だった。

背には二枚の羽。古びたドレスを着ているかのように作られ、その両手で自らの手を覆い、まるで何かを嘆き悲しんでいるかのよう。

少し恐ろしいが、それでいて美しくも見える。

「あれだ! 俺たちが探してた石像は……」

「二人とも動くな!!」

突然、叫んだのはドクターだった。

司が彼女を見る。その顔には、明らかに恐怖が浮かんでいた。

ドクターに恐怖。およそ考えられないが、現に彼女は目の前の天使の石像を恐れている。

「ドクター、一体どうしたんだよ?」

「司、よそ見しないで! 天使を見続けるんだ! 瞬きもするな!」

ドクターが息を飲む。

そして慎重に、ゆっくりと、目の前の石像の名を呟く。

「あれはただの石像じゃない。あれは……嘆きの天使だ」




こんにちは、ストロマトライトです。
ついに日本にドクター・フー、シーズン8が上陸しましたね。S8を見るのに忙しく、投稿も少し遅れることに……申し訳ないです。
さて、今回からついに嘆きの天使が登場。Twitterの方でも対天使の戦略を考えたりしてましたが、やはりコイツには何が効くのかわかりませんね。DW史上最強かもしれません。

では、今回はこの辺で。
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