Doctor Who Who is this girl? 作:ストロマトライト
「さて、司。どこに行ってみたい?」
見かけより中が広いポリスボックス、ターディスの中に司は立っていた。
彼の目の前に広がるのは、恐らくこのタイムマシンを動かすための無数の機械類。特に目立つのはターディスの中心に置かれた六角形の制御パネルと、その中央を貫くように縦に伸びた円柱型の装置。中で蛍光灯のようなものがオレンジ色に光っているが、何の装置か分からない。
そして何より、これらの装置を操作しながら司の方を見る少女。
ダークブラウンのストレートの髪に、頭にはキャスケット。探偵のような茶のケープと赤を基調としたチェックのスカートは、彼女を女性版シャーロック・ホームズのような出で立ちにしている。
彼女こそドクター。このターディスの持ち主であり、司を旅に誘ってくれた人物。
「どこと言われると……迷いますね」
司には一つ、行きたい、いや行かねばならないある時、ある場所があった。が、折角ドクターが旅に誘ってくれたのだ。いきなりそこを指定するのは無粋だと感じた。
何より、そこに行ってもし真実を知ることが出来れば、司はもう彼女と旅する気を失ってしまうのではないかと思ったからだ。
「司、その「です」とか「ます」って敬語口調は固っくるしいな。もっと普通に友達に話す感じでいいよ。これから一緒に旅するんだから」
「えっ、あっ、すいま……ごめん」
慌てて最後を直す。
急に敬語をやめろと言われても、これは以外に難しい。
「それじゃ改めて、どこへ行きたい? 中生代に恐竜を観に行くことも、23世紀のニューヨークに行くことだって出来るよ」
司は考える。日本史や世界史、国語で学んだ歴史を思い出しながら、どこか行きたかった所はないかと。
やがて、彼は一つ思いつく。
「昔の日本を、見てみたいかな」
「昔って……どのくらい? 江戸時代とか?」
「もっと前。例えば、平安時代とか」
司は古文が得意な方ではなかったが、古文に出てくる物語や当時の人々の生活様式には興味があった。
「よし、行こう! 目的地は平安時代だ!」
可動式のモニターを自分の目の前に持ってきて、ドクターは制御パネル上のレバーを引く。それと同時に、ターディス内部に独特の駆動音が響いた。
「ドクター、この音って大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。これこそターディスが正常な証!」
腹の奥まで響き渡るような轟音がしばらく続き、突然止まった。
先ほどまでとは打って変わって、静寂が訪れる。
「着いたよ」
「着いたって?」
「平安時代だよ。10世紀初期の日本。その扉の向こうは、千年前の日本だ」
司には、にわかには信じられなかった。ドクターが幾つか操作してまだ1分も経っていない。タイムマシンとは、もっと時間をかけて時を移動するものではないのだろうか。
少なくとも、司が子供の頃に観ていたネコ型ロボットが出てくるアニメではタイムマシンで時間を遡る際に、相応の時間を要したはず。
「あーっ、司、その顔は信じてないな?」
ドクターが顔を膨らませる。
「いや、でもこんなあっさりタイムトラベルできると……若干疑いたくもなるよ」
「じゃあお先にどうぞ」
ドクターはその細い手をターディスの扉の方へ向けた。
「ほら、行って行って」
その声に急き立てられるように、司は扉の方へと向かう。
数時間前にこの扉を開けた時は基地のど真ん中だった。あれは二度と御免だ。が、確かに迷っていても始まらない。司は思い切って扉を開ける。
「…………どこ?」
扉の先に広がっていたのは、ただ真っ暗などこかだった。暗くてよく見えないが、周囲には乱雑にいろいろなものが置かれている。
どうやら、どこかの倉庫のようだ。
「どう? どこからどうみても平安じ……」
勝ち誇った顔で司の後から出てきたドクターも、その光景に言葉が途切れた。
「建物の中かな? また出るところをちょっと間違えたみたい」
「いい加減だなー、ターディスが壊れてるんじゃない?」
「失礼な! ターディスは優秀なタイムマシンだぞ! 僕が二つのターディスから一つ選ぶ時、ある女の子が言ってくれたんだ。『こちらの方がいいんじゃないですか』って。僕は彼女を信用したし、もちろんこのターディスの性能にも満足してる」
それは騙されたのではないだろうかと、言おうと思って司は止める。ここでドクターの機嫌を損ねてはいけない。このタイムマシンの主導権を持っているのは彼女だ。
下手に怒らせて、この時代に取り残されでもしたら目も当てられない。
「ほら、そこに扉がある。開けてみよう」
ドクターの指差す方向に、確かに扉がある。少し開いているらしく、わずかな光が入ってきている。
その光を頼りに、司は扉まで向かう。手をかけると、意外にもあっさり扉は開いた。
「これは……」
最初に感じたのは、驚くほどに澄んだ空気。
次に、目の前に広がる歴史の教科書そのままの街。
「どう? 紛れもなく平安時代でしょ」
改めて勝ち誇った顔で、ドクターが司の前に立った。
「すごい! 本当にタイムマシンだったんだ!」
「やっと信じてくれ……ってちょっと待って!」
ドクターの制止を待たずに、司が路地へと飛び出す。
人通りが多いわけではないが、ちらほらと人は歩いていた。子供を連れている者、商売道具を持った行商人と思われる者、その他いろいろ。
「司、落ち着いて。興奮するのは分かるけど、ここは千年前だよ? スマートフォンのマップも使えないし、迷子になったら大変だ。しかも、ほら」
ドクターに言われあたりを見回すと、皆が二人を好奇の眼差しで見ていた。まるで、異国の人間を見るように。
「これはどういうこと?」
「突然蔵の中から奇抜な格好をした二人組が出てきたんだ。そりゃあこうなるさ」
「奇抜な格好? 別にそんなに……」
改めて自分の制服姿とドクターの服装、そして周囲の人々の服装を見比べて、司は気づいた。
自分たちの格好は、明らかに浮いている。
「なるほど」
納得の表情を見せる司。
「じゃあ、俺たちもターディスに戻って着替えた方がいいのかな?」
「その必要はないよ。今までだってスーツ姿でローマ帝国に行ったりしたからね。それに、さすがにあの服は持ってないよ」
ターディスが止まった蔵から少し歩くと、二人は市場らしきところに出た。
さきほどの場所とは異なり、ここでは大勢の人々が買い物に勤しんでいる。
「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人混みの中ってね。こういう所にいた方が怪しまれずに済む」
目を輝かせながら周囲を見渡す司に、ドクターが言った。
「って、聞いてないか」
市場で売っている物は様々だった。野菜、魚、肉、エトセトラ。
それぞれの店の店主たちが各々の文句で客引きをしている。
店主と談笑する者、値引き交渉する者、客の方も三者三様である。
「どこの店も声を上げて、まるで文化祭みたいだ」
司は、自分の胸が高鳴っているのを感じた。
こういう感覚はいつ振りだろう。かなり長い間感じていなかった気がする。
思えば、あの時から。あの悲劇の日からずっと、本当の意味で楽しいと感じられたことなど。
思い出しそうになって、司は首を振った。
「どうしたの司? 突然」
「いや、なんでもない。こっちのこと」
「おい、ちょっと君たち」
話す二人に、何者かが声をかけてきた。
振り向くとそこには屈強そうな男。その表情は、明らかにこちらを不審がっている。
「な、なんでしょう」
司の声が若干震えた。
「私は検非違使の者だ。この辺りで不審な身なりの二人組がぶらついていると聞いたのだが……」
「多分僕たちのことだね」
あっさりと即答するドクター。
「しかし見たところ良い衣を着ているな。どこか名のある家の者か?」
「名があるかどうかは分からないけど、これを持ってる」
ドクターが服のポケットから取り出したのは小さな手帳のようなものだった。それを開いて、検非違使の男に見せる。
途端に、男の顔色が変わった。
「こ、これは大変な失礼を……まさか帝のご親族の方でいらっしゃるとは。無礼をお赦しください」
「いやいや、いいんだよ。ぶらついてた僕たちも悪いし」
司には何が起こったのか全く分からない。
「しかし、高貴な方が回るにはここは危険でございます。我々の方から警備の者をつけさせましょうか」
「大丈夫。彼が僕の警護を務めている」
そう言ってドクターは司を見た。
「えっ、俺!?」
「僕が無理を言って彼についてきてもらったんだ。下々の者の生活を見るのも、高貴なる者の務めだからね」
「そういうことでしたか」
男はほっと胸をなでおろす。どうやら、司を本当にドクターのボディーガードだと勘違いしている。
「ですが十分にご注意を。なよ竹のかぐや姫の噂に触発されて、悪事を働こうとしている者も都に入ってきているという話も聞きます」
男のその言葉に、ドクターより先に司が反応する。
確かに今、日本人なら誰もが知るその名を男が口にしたはずだ。
「今、なよ竹のかぐや姫って言いました?」
「はい。数年前に竹から生まれたとても美しい方らしく、まだお姿を見た者はそう多くないのですが、その噂だけが一人歩きしているようで、連日一目見ようと都へ来る者が後を絶たんのです」
ドクターと司、二人で顔を見合わせる。
「ドクター、これってもしかして」
「多分ね。僕たちは、おとぎ話のど真ん中に来たってことだ」
「で、さっきのはどうやったの?」
「というと?」
「あの検非違使の人にやったやつ。何か見せたら、俺たちのこと皇族とその警護だと信じてた」
「ああ、あれか」
検非違使の男に道を聞き、なよ竹のかぐや姫がいるという屋敷へ二人は向かっていた。
「ほら、これだよ。サイキックペーパーって言うんだ」
ドクターは再びさっきの手帳のようなものを取り出す。
開くと、中には何も書かれていない紙が一枚。
「その紙が低レベルの精神感応波を出していて、相手が見たいと思ったものがそこに表示される。例えばさっき、あの男は僕たちを服装から見て高貴な者かもしれないと考えた。だから彼には、この紙に皇族を表す何かしらが見えたはずだよ」
「こんなすごいもの、一体どこで?」
「さあね。もう忘れてしまった。ずっと昔だよ」
司にとってドクターは、まだ謎だらけの存在だ。分かっているのは彼女が宇宙人だということと、タイムマシン、ターディスを保有しているということ。
どの星で生まれ、どんな風に育ったか。どうして旅をしているのか。その全てが謎だ。
共に旅をしていけば、分かるようになるのだろうか。
「見えてきた。あれだよ」
ドクターの指差す方向。いくつか豪華な家が並び、高級住宅街と思える一角に一際大きな豪邸が一軒。
元は一介の竹取りに過ぎなかった老人、讃岐の造がかぐや姫を得た後に異常なまでの富を築き建てた屋敷だという。
「昔々、竹取の翁という者ありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、よろずのことに使いけり」
「よく覚えてるね」
「中学の時に序文の方だけ覚えさせられたんだ。それにしても、本当にあのかぐや姫なのかな?」
かぐや姫。
日本初の物語と言われる竹取物語に登場するメインヒロインであり、その正体は月で罪を犯した姫君だ。
彼女が本当に存在し、本当に月から来たのだとしたら、ドクターと同じエイリアンということになる。
「それを今から確かめに行くんだ。エイリアンの可能性は十分にある。有害か無害かはおいといて」
「有害ってことはないんじゃ……だってかぐや姫は時が来たら月に帰るだけ。最後、翁に不死の薬を渡すけど」
「……不死の薬?」
ドクターが眉を潜める。
「初耳だ。竹取物語にそんな話があるなんて聞いたことない」
「最後に書いてあるよ。翁は別れ際、かぐや姫から不死の薬をもらう。けど、姫のいない世で不死になっても仕方がないということで、翁はその薬を帝に渡すんだ」
「それで、帝はそれを飲んだ?」
「いや、部下に命じさせて山に撒いたんだ。不死の薬が撒かれたということで、その山は不死の山、富士山になったって……」
「気になる……姫に会ったら聞いてみよう」
エイリアンか、人間か。
麗しの姫が待つ屋敷は、もう二人の目の前に迫っていた。
「おい、何だお前たち。ここは讃岐の造の屋敷だぞ」
案の定、二人は槍を持った衛士に止められた。
それに動じることなく、ドクターはサイキックペーパーを取り出す。
「帝の命令で来ました。近頃なよ竹のかぐや姫の様子が芳しくないということで」
「そっ、そういうことでしたか。とんだ失礼を。どうぞ、お入り下さい」
次は何に見えたのかは知らないが、サイキックペーパーに騙された衛士たちが大きな門を開ける。
先に広がっていたのは、竹取の老人が建てたとは思えぬ巨大な屋敷だ。
「これ、何坪くらいあるんだろう」
「京都の一等地にこれだけの豪邸だからね。君の時代で考えると……」
「いや、いい。平安時代まで来たんだから夢のない話はやめよう」
整然として、鳥が静かにさえずる。
生活するには良い環境だ。良すぎるとも言える。
「僕……この景色に見覚えがある」
ドクターは突然に呟いた。
「前にこの時代に来たことが?」
「違う。どこかの惑星でだよ。宮殿みたいなところで、そこの庭園がこんな感じだった気がする」
そう言うと、ドクターがおもむろにソニックドライバーを取り出して手近にあった木に向ける。
ソニック内部に表示された結果は、純粋な地球の木というものだった。
「疑いすぎだよドクター。別に姫は悪い宇宙人じゃないだろうし」
「姫が地球に外惑星の植物を持ち込んでいたらどうする? 立派なシャドー議定書第73条違反だ」
「シャドー議定書って何?」
「そのうち説明するよ。今は姫の正体が先」
屋敷で一番大きな建物、いわゆる寝殿と呼ばれる所へ二人が着くと、豪華な身なりの老婆が使いの者と共に待っていた。
「帝のお使いの方とお聞きしました。遠い所をお越し頂いて。私、讃岐の造の妻でございます」
「歓迎ありがとう。僕たち帝の命でかぐや姫に会いに来たんだけど」
「ええ、そのことなんですが」
老婆の顔が曇る。
何か都合の悪そうな感じだ。
「かぐやは最近何か悲しいことがあるようで、人に会いたがらないのです。恐らく帝のお使いの方でも……」
「悲しいことというのは?」
司が聞くと、老婆も困った顔をして、
「それが、私にも分からないのです。毎夜月を見ては泣き出して、こないだなどは『私は月に帰らなければならない』と言う始末で」
「月、ですか」
「はい。ですから大変申し訳ありませんが、本日はお引取りを……」
「そういう訳にはいかないな。僕たちは姫に会って確かめたいことがある」
「ですがかぐやは会いたくないと言うとどんな方でもお会いにならないのです」
「構わないわ。その方たちを通してあげて」
老婆たちの後ろに位置する襖のさらに奥、そこから声がした。
若い女性の声だ。
襖が開き、その女性が姿を現わす。
老婆のもの以上の美しい着物。床まで伸びた麗しき黒髪。整った顔立ち。
間違いない。彼女は、
「初めまして。私、なよ竹のかぐやと申します。貴方は?」
女性の目は、真っ直ぐとドクターの方を見ていた。
まるで他の人間は彼女の眼中にはないように。
「僕はドクター。彼は文月 司。お会いできて光栄です、姫」
ドクターは恭しくお辞儀した。司も慌ててそれに続く。
「貴方たち、本当は帝のお使いではないのでしょう? でもいいわ。お入りください」
かくして、宇宙人のドクター、未来人の司は、正体不明の姫君の招待を受けることとなったのである。
ストロマトライトです。
Doctor Who S9も終わってしまい、残るはクリスマススペシャルのみですね。
今回の話を書くために竹取物語を読んだのですが、かぐや姫は結構わがままなんですよね。まあ宇宙人だからしょうがない。
次回の投稿まで少し時間がかかるかもしれません。
では、この辺で。