閣下のアルヴィス制服姿どうなんだろう?
制服に着替えたトレーズは千鶴に連れられてアルヴィスの中を移動していた。時々通り掛かる職員――特に女性陣に注目されるトレーズは、見られているのに慣れているのか気にしている様子はなかった。
やはり人に見られる立場の人間だったのだろう――千鶴はそう思った。
当の本人はというと、時折珍しそうに辺りを眺めている。島の中にこれほど整った施設は恐らく見たことがない。いや、“この島の存在すらトレーズは聞いたことがない”のだから。
それぞれが思いを抱える中、彼等は竜宮島の離島である慶樹島の地下――ファフナーブルクに到着した。
「此処は………」
トレーズは思わず驚嘆する。彼が目にしたのは、見たことのない機体――ファフナーが整然と並んでいる光景だった。
此処に来るまでトレーズは幾つかのことを思い出していた。
目覚めた時にいた少年達や見掛けた職員の特徴からこの島の住民は日本人であろう。だが、一般常識を記憶していたトレーズは竜宮島という離島は聞いたことがない。幾らか記憶が混濁しているが、それだけは断言出来る。それに、竜宮島自体本当の島ではないのだから。
彼が目にしているファフナーも、それまで見たことがない機体ではあるが、何処かでそれに匹敵する機体を見たことがあると認識している。
「此処は島の防衛を担う兵器―ファフナーを整備する場所、ファフナーブルクよ。此処に、貴方に見せたいものがあるの」
千鶴はそう言ってその先に進む。トレーズもそれに従った。
奥へ進んで行き、ある場所で止まった。
トレーズは視線を少し上に持ち上げて、目を見開いた。同時に目眩がしたのか、視界が振れて思わず頭を抱える。彼の視界に入った“それ”はトレーズの心の根底に刻み込まれた物なのだから。
その、
「……トールギス」
記憶を失う前のトレーズ・クシュリナーダが最後の戦いで駆ったMS、“トールギスⅡ”なのだから。
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「トレーズさん?大丈夫?気分悪いの?」
千鶴はトレーズの様子を見て問い掛けた。トレーズははっと気付いて大丈夫だと告げて小さく頭を振る。目眩も収まり、頭もはっきりした。
「そう…なら良いわ」
「遠見先生、来ましたか」
赤い髪の北欧系の顔立ちの少女が千鶴に声を掛けてきた。トレーズが今着ている制服と色の配色が異なるが、ほぼ同じ物を着ていることから職員の一人なのだろう。
「カノン、機体はどうかしら?」
「使われている技術は分かりましたが、装甲に使われている金属が調べても該当するものがないので代用品を用いるか検討しています」
カノンと呼ばれた少女はメカニックに従事しているようだ。そんなことを考えていると、少女はトレーズに向き直った。
「羽佐間カノンです。貴方のトールギスⅡの整備を行っています」
「貴方には言ってなかったけれど、貴方はあの機体―トールギスに乗って見つかったの」
言われて何となくだが納得した。自分はこのトールギスⅡを知っている。もしかしたら彼女達はコレを見せることで記憶が戻るきっかけを作ろうとしたのだろう。
「トールギスを見て、何か感じた?」
「はい……。私は、トールギスⅡを知っていると感じました」
「知っている…?どんな風に?」
未知の情報を聞けるかもしれないと、カノンが思わず前のめりになる。すると、彼女の後ろから声がした。
「カノン、そんなんじゃ困っちゃうでしょう」
「母さん」
カノンに呼ばれた女性は日本人で、制服を身につけている。
「カノンの母親の容子です。娘が失礼しました」
「あ…いえ」
見てみてもやはり似ていない。恐らく養子なのだろう。深く突っ込まないことにした。
「それで、トールギスを知っているって言ってたけれど……」
「ああ。使われている装甲材質、各部システムなどをね」
カノンが目を輝かせている中、トレーズは説明し始めた。
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「流石に、難しかったか?」
頭から湯気を出して目を回しているカノンを見てトレーズは呟いた。先程まで記憶を失っていた人間が専門的用語を用いて説明するのは常人なら有り得なそうだが、トレーズ・クシュリナーダはという人物は元の世界ではエレガントな言動を平然とやってのけた存在である。目覚めて数時間で記憶の断片を取り戻し、MSの説明するなんてことはある意味彼にとってはエレガントの範疇なのだろう。多分。
因みにカノンの足元には黒と白の配色の中型犬――確か柴犬というはずの犬が、恐らくかなり人慣れしているのだろうリードに繋がれていない状態でいた。目を回しているカノンを心配そう(?)に見つめている。
「でもまぁ、しょうがないと思いますよ。構想から何から違いますし」
「でもすごいわ。そんなに知識が出て来たなら、トールギスに接触したことで記憶も戻ってきたんじゃないかしら」
「ええ……。でも、完全ではありませんが」
実際、今トレーズが取り戻せた記憶はMSに関する知識や元居た世界に関する情勢の一部くらいだ。肝心の自身のことは思い出せていない。それでも、直感でトールギスと関わりがあったのは感じている。
「今得た情報を元に機体を修復してみます。機体に乗ってみれば何か得られるかもしれませんし」
「分かりました。ありがとうございます」
「それじゃあ、今日は目覚めてから色々あったから休んで良いわ。戻ったら部屋に案内するわ」
「はい」
「容子さん、カノン。保さんもよろしく言っておいてくださいね。ショコラもね」
ワンッ、とショコラと呼ばれた犬が一吠えする。どうにか復活したカノンも敬礼をした。
トレーズは千鶴に連れられてブルクを去って行った。
―――――――――
ブルクから去ったトレーズはアルヴィス内にある一室に案内された。据え付けのベッドとデスクが置かれたそこは、個人部屋には十分な広さを持っている。彼を此処に案内した千鶴は簡単な説明をした後、何かあったら内線で呼ぶようにと言って出て行った。
トレーズはベッドに腰掛けてはぁっ、と息をつく。思っていたより緊張していたようだ。ベッドの隅に私服らしい着替えが置いてあったが着替える気力もなく、制服の上着も脱がないで身体を倒すと、横向に体勢を変えて瞼を閉じた。
千鶴からトレーズを部屋に案内したと聞いた総士は自室で椅子に座り、壁を見つめていた。正確には、“壁の向こう側にあるトレーズの部屋”をなのだが。
総士もアルヴィスの中にある部屋で暮らしている身だ。隣人として仲良くしてほしいということだろう。だが総士は自他共に不器用な人間であり、一応自分達が会議に行く際彼に何冊か本を持って行ったが、その時の受け答えも曖昧だった気がするので印象がどう残ったか不安である。
ずっと考え込んでいたせいか、喉が渇いたので部屋から11歩しか離れていない自動販売機に行くことにした。
そうなると必然的に部屋の外に出る必要があるので総士は部屋を出た。
11歩歩いて自動販売機に着くと何を飲もうか吟味する。普段ならコーヒーを選ぶのだが、今日の総士は違う飲み物を飲みたい気分だった。
目についた種類は、
果汁100%オレンジジュース
トロピカルティー
ミルクココア
である。
(オレンジには免疫力を高めるビタミンCが豊富で、血圧を下げるカリウムも多く含まれている。ココアにはビタミンやミネラルも豊富、心身をリラックスさせる効果もある。紅茶には抗酸化作用のあるタンニン、覚醒作用のあるカフェインが含まれている。どれにしようか……)
ふと脳裏に(暫定ではあるが)隣人のトレーズのことが浮かんだ。一騎なら何気ない風に手土産を持って訪ねてくるだろうなと思った。何となくイメージしたが、トレーズは雰囲気からして紅茶だと思う。
総士は自分用にミルクココアをトレーズにトロピカルティーを購入した。
購入した飲み物を左腕に抱えて、右手でトレーズの部屋の扉をノックした。
反応がない。
自分が自動販売機に行っている間に外出したのか?と思ったが、11歩しか離れていないそこでも人の通りは分かるので違うと判断した。
だとしたら休んでいるかもしれない。これはむやみに押しかける必要はないな、と思っていると、
「……誰か、いるのかい?」
寝起きのような声がした。
どうやら起こしてしまったらしい。
どうする?意図せず起こしてしまったが、あちらは用があると思っていると考えているか もしれないと思い、意を決して声を上げた。
「隣の皆城です。入ってもいいでしょうか」
……なんだか引っ越しして来た隣人に挨拶する 体になってしまった。 向こうからは「どうぞ」と言ってきたので大 丈夫なんだろう。多分。
中に入るとトレーズはベッドに腰をかけていた。着替えていない様子からして部屋に案内されてすぐ眠っていたようだ。
「――、君は…」
部屋に入って来た人物を見てトレーズは目を丸くした。
左目に大きな傷跡のある色素が薄い髪――自分が目覚めた時に千鶴を呼びに行き、会議に行く前に本を貸してくれた少年だった。
隣と言うことは、この部屋の隣に住んでいるのだろう。
「まだ詳しく自己紹介してませんでしたね。皆城総士です、よろしくお願いします」
「ソウシ…総士、か。トレーズだ、よろしく頼む。それで、何かあったのかい?」
「あ……、良かったらこれを」
そう言って総士はトロピカルティーのボトルを差し出した。
「紅茶にはカフェインが含まれているから、眠気覚ましには調度良いと思いますよ」
総士のトリビアにトレーズはきょとん、としたが、すぐにクスッと笑みを漏らした。総士は何故トレーズが笑っているのか分からず困惑している。
この少年はあまり人と話したことがないのだろう。話したとしても何らかの理由があってのことで、こうして理由もなく訪ねて来て話すというのはそんなになかったのかもしれない。
「ああ、すまない。ありがたくいただくよ」
トレーズは総士からボトルを受け取った。
総士は何だか釈然としなかったが、受け入れられたらしいので良しとすることにした。飲み物も渡したし自室へ戻ろうと思ったが、
「待って。少し、話をしよう」
トレーズに引き留められ、そのまま話をすることとなった。
因みに総士は部屋にあった椅子に座った。
それから暫く、竜宮島についてのこと、この世界とトレーズが朧げに思い出した彼のいた世界等について会話した。
やはりと言うべきか、トールギスについて話した際はその情報量の多さに流石の総士も混乱しかけたが、複数の事象を並列に処理できる頭脳によってなんとか整理出来た。
トレーズも何となくこの島が他と異なると予想していたとはいえ、日本そのものが消滅していると聞いて驚いた。そして人類が生きているエリアも限られているという事実、その原因であるフェストゥムのことも。
もし“彼等”がいたなら、その力で平和へ導いてくれただろう。
事実、その可能性の片割れは並行世界において祝福の名を冠するものと似たものと対話したのだから。
ある程度話し終えて、ふと時計を見るとすでに夕食の時間を回っていた。
総士の頭にある考えが浮かんだ。
「トレーズさん、外に出ましょう」
「これから?」
「はい。連れていきたい所があるんです。ああ、その前に着替えてくださいね」
「…分かった」
もしかしたら千鶴はこうなることを願っていたのだろう。
彼等が対話したものとは。
天獄篇で詳しく。