「ほれっ、これを避けろよ」
今日も小傘の特訓、ゴムボールを投げて、僅かな動きだけでかわす訓練だ。
「はっ! やぁっ!」
それを、俺のリクエスト通りにこなす。
最初は、うまくかわせず何発も顔にぶつけていたが、今ではきっちり避けている。
流石は弾幕ごっこをしてるだけあって、飲み込みが早い。
「いいぞ、上手いもんだ」
「ううん…、まだまだかなぁ? まだ当たっちゃうから…」
「まぁ、慌てる事はないさ、まだ身体が硬いから、ストレッチをやるか」
「はーい!」
柔軟な身体作りは、俺の中では基本だ。
色んな動きにも対応出来るし、何よりも怪我をしにくくなる。
俺が人に指導する時は、何よりも身体の柔軟さを要求するのだ。
「はい、開脚してベタッと寝る」
脚を180度に広げて、そのままうつ伏せになる、これは基本中の基本。
「やっぱり凄いなぁ、私はまだ出来ないよ…」
俺が実演してやると、小傘の表情が曇る。
「よし、次は小傘がやるんだぞ」
「うん…」
小傘も真似て開脚するが、
「これ……限界……」
「何だ、まだ60度程しか開いてないじゃないか、もっと開かんのか?」
小傘、身体硬いなぁ、妖怪の身体はこんなもんなのか?
少し、無理やり開かせてやろう。
「痛いよぉ、これ以上は無理だよ!」
「これが限界か…、だがこれでも70度ってとこか。 これが直角に開けるようになるまで、繰り返していこう」
「結構厳しいなぁ…」
「はい、次はそのまま伏せてみ」
小傘の背中を押し、前屈をさせる。
「あぁ…、これ以上無理! 痛い痛い!」
「ええ〜、これしか曲がらないのか? 硬い体だなぁ…」
「だって、こういう運動は初めてだから…」
「そうか、それじゃ仕方ないな。 まぁ、繰り返してるうちに柔らかくなってくから、ゆっくり体を慣らしていこう」
「はい、師匠!」
「よし、次は…」
お次は何をしようか考えていた時だった。
ガラガラガラ…
「うん?」
「御免下さい、祐助は居るか?」
玄関の戸が開く音と同時に、聞き慣れた声が届く。
「はい、今行きます」
玄関へ向かうと、やはり其処には慧音さんがいた。
「こんちは慧音さん、どうした?」
「ああ、突然で済まないが、私と一緒に稗田の家に来てくれないか?」
稗田の家…、マジすか…
「…それって、阿求からの呼び出しなのか?」
「そうだ」
「俺、何かしたっけ…?」
「それは、私にも分からん。 とにかく、行けば分かるさ」
「そっか……それじゃ、支度するから少し待っててくれ」
「ああ、分かった」
嗚呼、稗田と聞いて一気に気分が重くなった。
極力関わりたくないんだよね。
アイツは小言が煩いから。
でも、呼ばれたからには行くしか無いだろ。
とりあえず、小傘に一人で練習出来る項目を伝え、留守番をさせる。
俺と慧音さんは、町中を稗田邸に向かって歩く。
道中、何だか行き交う人々が騒がしく感じられた。
「何だか、偉く騒がしい様だが、何かあったのか?」
「ああ、お前は美咲って女性が殺された事は知ってるか?」
「それは聞いたよ、美咲さんを犯して、お腹の中の赤子を抉り出されたんだよな、何て惨い事を…」
「あぁ…、私も腸が煮えくり返る思いで、下手人を探していたんだが…」
「……だが?」
「今朝、そのやった妖怪達が見付かったんだ」
「ほう、見付かったのか。 それで?」
「それがな…」
其処まで話すと、慧音さんは複雑な表情をしていた。
「全員、死んでいたんだ」
「死んでた?」
白々しいが、その先の事は大抵分かっている。
「見事なまでに、急所を突かれていてな。 オマケに、ヤツらの首領と思われる妖怪の首が……切り落とされてたんだ…」
「あんた、見たのか?」
「あぁ、第一発見者と見て来たのだが…、あれは凄惨なものだった…」
「……きっと、残忍な事を仕出かしたそいつらには、天罰が下ったのさ、しかし…誰がやったんだろうねぇ?」
「最初は霊夢がやったのかと思ったが、本人はきっぱり否定をしてな」
俺がやったとは、絶対に口が裂けても言えねぇよな。
「そうか……ともあれ、残忍な殺され方をしようが、可哀想だとは思わないな、ざまあみやがれだぜ」
「悪い事は出来ないものだな…」
そうして、しばらく雑談しながら歩いているうちに、稗田邸へと到着した。
屋敷へ入り、使用人に客間へと案内され、しばらく待っていると、当主である阿求が入って来た。
「お二人共、突然呼び出して申し訳ありません」
「私は構わないが、今日は何の用向きなんだ?」
「例の美咲さん殺害の件に関しまして、慧音さんに聞きたい事がありまして…」
「その件か、分かった、今から話そう」
そうして、慧音さんは阿求に現場の状況や、下手人である妖怪達が殺されていた事、死んでいた妖怪の様子を細かに説明していた。
俺…、何で呼ばれたのかな?
まさか、仕掛けがバレたとか?
そんな筈は、無いのだが…。
平静を装いながら、煙管で煙草を吸っていた。
「――――そういう事なんだ。まだ、後始末が残っている」
「なるほど…、大体の状況は分かりました、ご苦労様でした。……ところで、祐助さん」
「ふう……って、ああっ?」
何で、ジト目で見てるんだよ?
「随分と、暇そうにしてますね…」
「ああ、暇だよ。 その件なら慧音さんに聞いてたから、同じ事を聞いても飽きるしなぁ。 それに、俺には直接関係無いしな」
「そんな事はありません! 他人事じゃ無いんですよ!?」
これは、放っておいたらお小言が始まりパターンだから、切り返しておくか。
「その妖怪達は、許されない所業をした故に、何者かに制裁を受けて死んだんだ、死んで当然の連中だったんだろ? とりあえず、悪の芽は摘み取られたんだから、安心してもいいだろう」
「確かにそうですが…」
「余りしつこいのは嫌いだぞ、なあ阿求」
「うっ…」
軽く一睨みしてやると、阿求は静かになった。
実は以前、同じ様な状況でガミガミ言ってきたもんだから、ムカついてガツンと文句を言ってやったら、ガチで泣き出しやがった事があってなぁ。
あの時の、周りの目が痛かった…。
それ以降は、余程の事が無い限り、俺には強く言わなくなったのだが。
「まあ、それはともかく……今日、俺を呼び出したのは理由があるんだろ?」
「そ、そうでした…、申し遅れてすみません…」
本当におせーよ
「今日、貴方をお呼びしたのは…」
「………っ」
「本日を持って、貴方の謹慎を解きます」
「……っ! やっとか」
それを聞いて安心した、仕掛けの事じゃなくて良かった。
顔が綻ぶのが分かる。
『パンッ、パンッ』
煙管の灰を落とし、煙管入れへと仕舞う。
「ざっと1ヶ月だったかな? 長い長い謹慎生活だったよ」
「元はと言えば、貴方が悪いんですよ、無茶をしたばかりに大怪我をして…」
「油断しちまったんだよ、あの時は…」
「言い訳は聞きたくありません! 怪我をした事には違い無いでしょ!?」
「祐助、阿求の言う通りだ。 みんなお前の身を案じているんだぞ?」
やっぱり説教が始まりそうだ。
「本当に済まない…、みんなが心配してくれるのは有り難い。 だがな…」
「やはり…、続けるのか?」
「…そういう事だ」
「どうして、そこまでして妖怪退治をするのですか!?」
「それが、近藤家の仕来りだからな」
「そんなの、博麗の巫女に任せれば…」
「そうはいかん」
やっぱり、ちゃんと言っておかなければ。
「今更説明の必要は無いが、うちは代々妖怪退治を生業にしてきた家系なんだ。 それこそ、博麗大結界が出来て、幻想郷が外の世界から切り離される遥か前から、我が先祖達はこの地で妖怪と共にして来たんだ。 自慢じゃないが、その当時は博麗よりもウチらの集団の方が勢力があったんだぞ?」
「ええ、覚えてますよ。 あの当時は、博麗より勢力があった集団でしたよね。 近藤、酒井、木村、宮原、そして愛新覚羅…、どの家も一時期は名を馳せた妖怪退治の名門で、力のある妖怪も、その家の者には恐れを為したと言われてます」
「言い伝えでは、その御五家があった当時が、一番の全盛期だったみたいだな」
「でも、それはもう昔の話です、今は違うんですよ! 昔のような勢力はありませんし、かつての名門は今や風前の灯火…」
「だからと言って、近藤の家を俺の代で終わらせる訳にはいかない、この伝承は今後も受け継がなければならない。 今辛うじて残っている、酒井、木村、愛新覚羅の家も同様にな」
「今は、霊夢さんが幻想郷を守ってくれてますし、スペルカードルールが制定された事で、殺し合いが激減して平和になったじゃないですか!」
「確かに、一昔前に比べれば平和になったとは言えるな、随分と幻想郷も綺麗になったもんだ。 だが、それでも幻想郷の平和なんて危ういもんなんだよ」
「そ、それは…」
「それが証拠に、つい最近だって、あのオカルトボールの一件があっただろ? その異変を起こしたバカタレは、結界を壊そうとしたんだってな? そうなったら、幻想郷はヤバい事になるんだぜ?」
「「………っ」」
「平和になったと言っても、そんなの紙一重なもんだよ」
「だから、博麗の巫女がいるんだろ? その一件も、既に解決済みだそうだし」
「慧音さん、霊夢にばかり頼りすぎたらダメだろ? 出来る所は俺達の手で何とかしなきゃな。 仮に霊夢達が異変解決に向かっている最中で、他の奴らが人里に攻めて来たら何とする?」
「それは…、その時は…」
「…言わなくても分かるよな?」
長々と下らない話をしてしまった、そろそろ終わるか。
「まあ、そんな訳だし、俺はこの生業を止める気は無い。 表向きは猟師なんだけどな」
「祐助さん…」
「心配するな、俺の目が黒いうちは、妖怪共に好き勝手な事はさせないよ」
笑いながら立ち上がり
「要件はそれだけだろ? 俺は行くよ」
部屋を出ようとするが、阿求が止めた。
「えっ、何処に行くんですか?」
「用事を思い出してな、謹慎が解けたんだから、色々と挨拶まわりをしないとね。 迷惑を掛けっ放しじゃ、申し訳無いからよ」
「…分かりました、また呼び出す事もあるかもしれませんので、お願いしますね」
「了解だ、それじゃ慧音さん、お先に」
「ああ、またな」
そうして、俺は部屋を出た。
「………っ」
「阿求…」
「やっぱり、あの人を止める事は出来ませんでしたね…」
「気にするな、仮に私が言った所でアイツは聞いてはくれないだろう」
「何も出来ない自分が、悔しいわ…!」
「阿求…、確かにアイツは頑固な所はあるが、話は分かる男だ。 今は静かに見守ってやろう」
「は、はい…」
「私もな、口ではああ言ってはいるが、彼には感謝してるのだよ」
「慧音さん…?」
「里の守護者と言われてはいるが、私1人ではどうしよも無い事も多々あってな、そんな時に手助けをしてくれたのが祐助なんだ」
「……っ」
「面倒な役目を押し付けた事もあったが、アイツは嫌な顔一つしないで全てこなしてくれた。 おかけで、人里の秩序は護られたんだ。 感謝しても仕切れない…」
「そうでしたね…、あの人が協力してくれたお陰で、里の平穏が守られてますしね」
「アイツは、人里の……いや、幻想郷の縁の下の力持ちなんだ」
「でも…、祐助さんがそうするのは、過去の自分への戒めなのかもしれません…」
「…あの出来事は、祐助にとっても、幻想郷にとっても悲劇であった…、アイツはまだその悲しみを何処かで引き摺っているのかもしれないな…」
「………っ」
―――――――――――――――――
やったぜ、ようやく謹慎が解けたよ!
また自由に、出歩けるぜ!
身も軽く、心も軽く〜♪
…だが、はしゃいでばかりもいれない。
花を買いに行こう。
『彼女』の弔いをしなきゃな…。
そんな思いを胸に、俺は里の中を歩いた。
今回も、シリアスメインでした。
次回も、前半はシリアスになるかな?
それ以降は、話の幅が拡大していきます。
今回の話の中にあった伏線も、今後語られます。