それでは、どうぞ!
「……………うん」
朝、小鳥の囀ずる声で目が覚める。
目覚ましをセットしていたのだが、約30分も早く起きてしまった。
「もう少し寝たいような……」
一瞬、そんな事も考えたが、やっぱり起きる事にした。
布団を片付けて、服をジャージに着替える。
洗面所に行き、顔を洗い歯磨き。
そして簡単な身支度をして家を出ると、そのままランニングを開始。
何も無ければ、ほぼ毎日行っている自分の日課だ。
「ハッ、ハッ、フッ………」
まだ、人通りが無い里の中を朝日を浴びながら走る。
実に清々しい気分である。
時折、腕時計を確認しながら、ペースを調整。
一日の始まりを、一人で走りながら過ごすのは、俺にとっては大事な事だと思っている。
「そう言えば、まだ何にも情報が無いよなぁ…」
例の妖怪の一件、1週間経ったが何の進展も無いままであった。
相手も、よほど警戒しているのか、なかなかシッポを出さない。
何か事が起こってからでは遅いのだが、手掛かりが無ければどうしよもない。
困ったものだ…。
「……………56分…?」
里を一周し、腕時計を見て一瞬目を疑った。
それまで、どう頑張ったって、59分を少し超える位が最高記録だったのが、何と3分も短縮。
…………そうだ、ここ最近は少しずつだが、走るペースが早くなっている気がする。
これは素直に喜ぶべきなのか?
だが、この時の俺は、自分の身体の異変には気付いていなかった。
これに気付くのは、もうしばらく後の話である。
「ふう、さっぱりした!」
家に帰り、朝風呂で汗を流す。
これがまた、至福の時でもある。
「さて、朝飯の準備っと……」
朝飯の準備の為、台所に向かおうとすると、
『ドンッ、ドンッ』
玄関の戸を叩く音がした。
「うん? こんな朝早くから誰だろう?」
やむ無く玄関の方へと向かう。
「はい、鍵は掛かってない、開いてるよ」
それを聞いた相手が、戸を開ける。
「おはよう、祐さん!」
「おお、はたてさんか、おはようさん」
鴉天狗の新聞記者、姫海棠はたてが現れた。
「今日は、新聞代の徴収に来たんだけど、大丈夫?」
「こんな朝っぱらからか?」
「だって、中途半端な時間に来たって、居ない事あるじゃん?」
「そうだな………今は急ぐのか?」
「大丈夫よ、一応新聞はある程度配ったから、時間はあるわ」
「そうかい、それじゃあ、茶でも飲んでくか?」
「待ってましたー!」
「やっぱりか………まあいい、上がりな」
「はいよ!」
俺に言われるままに彼女は一本足の下駄を脱ぎ、家に上がってきた。
「はいよ、熱いお茶」
「ありがと」
卓袱台の前に座った彼女に、とりあえず熱い緑茶を淹れてやる。
彼女も、それを静かに飲んだ。
「今、金を取って来るから、お代は何時もと同じかい?」
そう訊ねると、彼女は少し申し訳なさそうに答える。
「ゴメン、今月から少し高くなったのよ」
「ええ!?」
「紙の値段が上がっちゃってさあ、前の値段じゃ利益が出ないのよねー」
…ていうか、花果子念報って利益出てるのか?
「河童がサボってるのか?」
「それも無いとは言えないけど、入手ルートとか色々ね……」
「ふーん…」
こいつら、きっと外の世界と何かしらのパイプラインがあるに違いない。
その外の世界でも、材料の値が上がっているんだろうな。
「仕方無い、言い値を払うよ」
「助かるわ、ちょっと値段が上がっただけで、文句を言うヤツが多すぎてさ」
「読者ってのはそんなもんだ、少しでも安い方がいいじゃんよ?」
「そうだけどさ、こっちだって利益が出なきゃ発行出来ないわよ」
「そりゃそうだ」
会話をしながら、財布から代金を取り出す。
「はい、今月分だよ」
「確認させて貰うわね……………はい、確かに、毎度どうも!」
金を確認したはたてさんの表情が、満面の笑みになる。
「そうそう、私からも………これが今回の新刊ね、これだけで良い?」
「はい、確かに。 しっかり販売させて貰うよ」
実は、うちは人間版花果子念報の販売所になっているのだ。
売り上げが伸び悩んでいた彼女の新聞を見て、少しでも売り上げを伸ばす手助けになればと、俺がその役を買って出たのだ。
その為に、俺自身も里中に宣伝や貼り紙広告をして、花果子念報の名前を広げて回った。
鈴奈庵では、人間版文々。新聞を販売しているのに対抗して、ありとあらゆる横の繋がりを利用して、花果子念報を売り込んだ。
そのおかげで、花果子念報の名はそこそこ知られるようになり、販売部数も確実に増えていった。
霊夢には、何で天狗の新聞なんか売るのかって、睨まれた事もあったっけ(苦笑)
ちなみに、原版の花果子念報も取り扱っている。
ただし、こちらは人間版より値が張るし、天狗文字で書かれてるから、普通の人間では読めない。
これを読めるのは、俺か小鈴位なものだ。
「先月分の販売部数は、この紙に書いておいた」
「どれどれ………えっ、全部完売したの!?」
「何だよ、完売しちゃ悪いのか?」
「いや、そうじゃないけど…」
「俺の手に掛かれば、弱しょ………どんな新聞でも売り切ってやるさ」
「……今、弱小って言わなかった?」
「いや? そんな事は言ってない、気のせいだよ…」
「そう…?」
はたてさんがジト目に睨んでいた。
つい、以前の癖では口が滑りそうになった。
まあ、少々強引に売り付けた節もあるのだが。
「…とにかく、完売はしたんだ、少しは売り上げに貢献してるよな?」
「そりゃもう、ありがたいわー!」
「これは、その売り上げ分だ」
毎月の新聞代とは別に、売り上げ金を彼女に渡す。
「流石は祐さんね! 貴方の所を販売所にして良かったわー!」
「何言ってるんだ、俺は自称、花果子念報の大ファンなんだ、これくらい当たり前だし、その花果子念報の売り上げに貢献出来るなんて光栄だよ」
「フフフ、嬉しい事言ってくれるじゃない!」
「文々。新聞より断然、花果子念報だよな!」
「当然じゃない! あんないい加減な新聞、目じゃないわ!」
実際は、文々。新聞の方が、知名度は上なのだが。
「その為にも、もっとあんたには面白い記事を書いて貰わないとな」
「わ、分かってるわよ」
「でないと、読者に飽きられるからな、宣伝する俺も心苦しい」
「大丈夫よ………きっと……」
えらく、歯切れが悪くなったな。
「…まあ、俺も出来るだけネタの提供はするから、これからも頑張ってくれよ」
「頼りにしてるわ!」
「頼りにされすぎても困るが…」
「へへっ! それじゃ、そろそろ行くわ。 お茶、ごちそうさま!」
「おう、またゆっくりしに来なよ」
「また時間がある時にでも来るわ」
彼女は立ち上がり、玄関へと向かう。
俺も見送るため、後を追う。
「……そうだ、はたてさんよ」
「何?」
下駄を履くはたてさんに、声を掛ける。
「例の頼んでいた件だが、何か分かった事はあるか?」
「ああ……ゴメン、まだ何も分からないのよ、色々調べてはいるんだけどね」
「そうか…」
「貴方の言ってたキーワードで念写しても、何も出てこないのよ、余りにも漠然としてるのかも…」
「確かにな……これは聞いた話だし、どこまでが本当かすら分からないからな」
だがこの前、和子が言っていた事が引っ掛かる。
彼女が嘘を付くとは思えない。
それが本当なら、該当の妖怪達はもう……。
「………どうしたの?」
「あっ、何でもない。 もし何か分かったら、真っ先に俺に知らせてくれないか?」
「分かったわ、私の方もまだ見落としてる所があるかもしれないし、調査を続けるわ」
「そうして貰えると助かる」
「それに、記事のネタにもなりそうだしね!」
「そう言うと思ったよ」
会話を交わしながら、外へと出た。
「じゃあね、色々ありがとねー!」
「それじゃ…………あっ、それからな!」
「うん?」
「先日の暴風の時、また頑張ってくれたんだろ?」
「…………っ!」
「あんたら天狗が頑張ってくれるから、人里の被害が少なくて済むんだ、ありがとな」
「そう言って労ってくれる人間は、貴方だけよ?」
「俺は、あんた達の役割を心得てるからな、天狗も河童も大変だと思う」
「それも仕方ないわ、私達の力を維持するには必要最低限の人間は必要だから」
「人間が居なければ、妖怪は存在出来ないからな」
「そういう事」
そう言う彼女は、屈託の無い笑みを浮かべていた。
うん、これは萌える。
そして、彼女は手を振りながら飛び立って行った。
………相変わらず早いな、もう姿が見えなくなった。
流石は鴉天狗っていったところか。
幻想郷最速は射命丸だが、俺からすれば彼女も十分速い。
彼女には言わなかったが、小鈴ちゃんの一件も、きっと天狗(恐らく射命丸文)が関わっていたんだろう。
「………………さてと」
【花果子念報最新版、入荷しました】の看板を玄関前に置き、家に入った。
飛び上がった瞬間、彼女スカートの中が見えてしまったのは内緒である。
「フッ…フッ…」
飯の後は筋トレに励む。
腕立てや腹筋、スクワットと定番から倒立歩きにそのまま倒立腕立てとか、自分なりのやり方も含めてね。
下手に回数を重ねないのも俺のやり方だ。
バランスよく回数を重ねる方がいいと思うのが持論だ。
そして、桶に水を張って、足において倒立のまま家中を歩いてみたり、バランスを保ったまま微動だにしなかったりと、集中力を高めるトレーニングも欠かせない。
また、サンドバッグ風な錘を蹴り上げ、何時まで宙に浮かせてられかという、ちょっとしたお手玉みたいなトレーニングも俺流。
仕上げに、ストレッチ運動、柔軟な身体作りには欠かせない。
最近は外の世界で言う、ヨガも用いている。
『ミシミシ……ボキッ』
身体中の骨が軋む、若い頃はこの程度何とも無かったんだが。
「くぅぅ……効くなぁ……」
180度開脚は当たり前、そのまま前へと寝そべり、次はエビ反りして足を顔の横へ置く。
そして、上体を起こして、そのまま立ち上がる。
此処まで来ると、妖怪すら顔負けの柔軟さであると自負している。
真似できるヤツがいるのなら、ぜひともお目にかかりたいものだ。
そうして、半日程のトレーニングは終了。
毎日は出来ないが、時間がある時は欠かさず実施している。
「はぁ…………」
トレーニングを終え、汗を洗い流した後は、最新の花果子念報を見ながらゴロゴロ。
『妖怪の山で奇妙な地震、守矢神社が関与か』
へぇぇ、地震ねえ……
どうせ、あの二柱が何時ものように喧嘩してただけだろ?
神奈子さんがオンバシラを投げれば、いい感じで地震が起こるんだよな。
諏訪ちゃんは逃げ足が早いから、その繰り返し。
ホント、あの二人は仲がいいよな。
さて、昼飯何にしようか………
……………………………………
…………………………………
………………………………
…………………………さん
………………祐……さん
……祐さん!!
「はひぃっ!?」
耳元で怒鳴られ、飛び起きてしまう。
「もう! 今日は迎えに行くって言っておいたでしょ!?」
「れ、鈴仙さん…………あっ、そうだった……」
少し怒った様子の妖怪兎が、横に座っていた。
眠気眼でそれを見て思い出した、今日は永遠亭の姫様にお呼ばれしていたんだ。
「スマン…、すっかり寝込んでいたよ」
「もう…!」
「そう怒るな、準備はすぐ出来る、お菓子でも食って待ってな」
「そう…、なら良いけど…」
俺が差し出した大福餅を、彼女は早速食べ始めた。
怒った素振りをしているが、大福を食べている時の彼女は、幸せそうな顔をしていた。
ホント、分かりやすいよな。
その間に、俺は自分の部屋で外出用の背広に着替える。
着替えが済んだら、鞄に準備した物を入れる。
着替えに仕事道具、永遠亭メンバーへのお土産と……。
「さて、忘れ物は無いかな?」
「うぐっ………祐さん……」
「うん? どうした?」
「お…お茶……」
苦しそうな彼女の声が聞こえたので行ってみると、顔が青ざめて脂汗を掻いている鈴仙さんが。
「喉に詰まらせたのか、ちょっと待ってろ」
すぐさま水を汲み、彼女に渡してやる。
「ゴクッ…ゴクッ……はぁ、助かった…」
「一気に食うからだろ?」
「だって……この大福美味しかったんだもん…」
「別に誰も取りはしないんだ、ゆっくり食え」
「ご、ごめんなさい…」
「もういいよ、それより、俺は準備は出来たから何時でも行けるよ」
「分かったわ、もう1つだけ…」
そう言って、大福を頬張る鈴仙さん。
永遠亭では、そんなに横取りとかされてるのか?
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「ああ、それじゃあ、出掛けましょうか」
「うん!」
荷物を持ち、戸締まりを施し、家を出た。
人里を出て、ゆるりと歩きながら竹林へと向かう。
飛べばあっという間なんだろうが、俺は飛ばない。
鈴仙さんもそれに付き合ってくれる。
尤も、彼女も薬を売りに来る時は歩きなのだが。
今日は薬売りでは無いから、ブレザー姿である。
道中は、鈴仙さんの愚痴を聞いてあげていた。
「――――――そういう事があったから、今度は上手く避けれたと思ったら、また新しい罠を仕掛けられてて、私、宙吊りにされちゃって……もう、最悪だったわ」
「てゐさんめ…、新手の罠を考えたな」
「恥ずかしかったわ……偶々近くにいた妹紅に見られるし、散々よ…」
「君もさ、てゐさんとは長い付き合いなんだろ? もう少し彼女のやりそうな事を予測出来なきゃダメだろ?」
「それが出来れば苦労しないわよ! アイツはいつだって色んな罠を仕掛けてくるんだし、それで何かあったらすぐ私のせいにされて、師匠にお仕置きされるし、嫌になっちゃう…」
「うっ、大変なんだな…、本当にそう思うわ」
永遠亭での彼女の扱いは大丈夫なのだろうか?
特に永琳さんの彼女へのお仕置きの仕方には、些か疑問を感じる。
「はあ………」
彼女のため息が全てを物語っていた。
「なあ鈴仙さん、あんまり溜めすぎるなよ、ストレスは美容にも良くないしな」
「別に私……」
「君は十分綺麗だ、ストレスでそれを台無しにしちゃいけない」
「えっ…」
「まあ、俺は所詮部外者だし口出し出来る立場に無いが、愚痴があれば聞いてやるし、困った事があったら相談に乗ってやるよ」
「祐さん……」
「そりゃ、君との付き合いはそれほど長くは無いが、それでも愚痴を聞いたり、遠慮無く話が出来る間柄だろ?」
「うん……そうよね」
「それが、友達ってもんだろ? 違うか?」
「………うん、ありがとう!」
「そうそう、君には笑顔がよく似合う」
彼女の笑顔を見て安心した。
裏で何らかの手を打ってやるか…。
そうこうしているうちに、竹林が見えてきた。
此処まで来れば、永遠亭はもうすぐである。
「ようやく竹林まで来たな、少し一服しよう」
「ええ」
近くにあった岩に腰掛け、煙管を取り出そうとした時だった。
『ぎぇゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』
「「!!?」」
突然、悲鳴の様な叫び声が聞こえ驚いた。
「まさか………鈴仙!」
「ええ!」
すぐさま、悲鳴が聞こえた方向へと駆け出した。
それが、全ての始まりだった……。
続く。
これは、まだ始まりに過ぎない…………。