「永琳さん、あんたそれは……!」
「今さら、説明の必要は無いでしょ?」
「分かってる、でもそれは………余計に俺の中に迷いを生じさせる事になるよ」
「慌てなくていいわ、よく考えて頂戴……」
おばさんを助ける事が出来る、だがそれは、同時に永遠の苦痛を与える事にもなる。
どうすればいい…?
「これよ……」
そう言って、永琳さんはポケットから紙に包まれた物を開け、差し出した。
「こ、これが……」
「ええ、蓬莱の薬よ、探してみたら僅かに残ってたから…」
いつも飲む風邪薬等とは一回り大きな錠剤。
これがその……蓬莱の薬………。
「……まだ、あんたが持っててくれ、皆に話す」
「…………」
そう伝え、皆の居る客間へと戻った。
「祐助……」
部屋に戻ると、真っ先に慧音さんが声を掛けてきた。
「慧音さん……来てたのか」
「ああ、今着いた所だ」
「そうか……」
みんな集まっているなら、都合がいい。
「みんな、落ち着いて聞いて欲しい」
ゆっくりと深呼吸をし、この事を話した。
「今、永琳さんと話して来たが、おばさんを助ける方法が一つだけある」
慶「えっ? それは本当ですか!?」
「ああ……」
平「ならば、早速その方法を……」
「平九郎、話は最後まで聞け」
急かそうとする二人を、何とか宥める。
「確かに助ける事は出来る、だが俺は…………俺には出来ない……」
震える身体を抑えられない…。
平「ちょ………な、何ですか!?」
その言葉に、納得出来ないと言わんばかりに平九郎が詰め寄る。
慧「ま、まさか、祐助……それは………」
「お察しの通りだ」
その理由を察した慧音さんの顔色が変わる。
「あの人に、蓬莱の薬を飲ませるんだ、そうすれば100%おばさんは助かる」
慶「蓬莱の薬って……あの藤原妹紅も飲んだっていう、不死になる薬ですか?」
「そうだ、それがどういう事を意味するかは、今更説明しなくてもいいよな?」
慶「…………はい」
「蓬莱の薬を飲ませれば絶対に助かる、だがその代償として彼女の人生を根本から変える結果になる、そんな事は俺には出来ないし、そんな資格も無い…」
慶「…………っ」
慧「……………」
二人が黙り込む中、平九郎が口を開く。
平「でも、それで助かるなら飲ませる価値はありますよ!」
「本当にそう思うのか、お前は?」
平「そうですよ! 今助けれれば、これからもずっとおばさんの元気な姿が……」
「今は良くても、その先はどうするんだ? 薬を飲ませたら最後、あの人は不死になるんだぞ? それこそ俺達が死んだ後も……極端な話、幻想郷が無くなったって生きていかなきゃならないんだぞ!?」
平「でも、こんな所で死んだって……俺、何も恩返しだって出来てないし……!」
「それは俺だって一緒だ、まさかあの人がこんな事になるだなんて、予想だにしなかったんだからよ」
平「祐さんお願いです! 薬を飲ませて下さい!」
「簡単に言うな! それが出来れば苦労はしない!」
次の瞬間、詰め寄る平九郎の態度が変わる。
平「………そうやって、あんたはおばさんも殺すのですか?」
「………何だと?」
平「あんたは、おばさんに散々世話になったんじゃないのか? 世話になっておきながら、何もせずに見殺しにするつもりか!?」
「ふざけんな……もう一回言ってみろ………」
慶「止めろ平九郎! 祐さんも落ち着いて……」
「慶治、少し引っ込んでてくれ…」
慶「…………っ!?」
威圧的な雰囲気に慶治は引いてしまう。
「平九郎、俺が何も考えずにこんな事を言ってると、本気で思ってるのか?」
平「そうじゃないですか! 助けられる命をみすみす……」
「それは、本当の意味での助ける事にはならない! 不死になることがどれだけ辛い事か、お前だって妹紅を見て良く分かっているだろう?」
平「そ、それは……」
「彼女だけじゃない、永琳さんや輝夜さんだってそうだ。 それにな、おばさんはこう言ってたんだ。『あのままあの妖怪の手に掛かった方が、娘に会えたかもしれない』って……ここで不死にでもなってみろ、あの人のそんな願いも潰えるんだぞ?」
平「だからって……そんなの………今生きてる人間より、死んだ娘の方が大切なんですか!?」
「おばさんにとって、本当の子供は殺された歩美さんだけなんだ、どんなに母親代わりになってくれたって、俺達は所詮他人の子なんだよ」
平「だったら祐さん、霊夢とはどうなんですか? あんたらも親子と言ったって、元を辿れば赤の他人じゃないか! 仮に霊夢がこんな事になったら、あんた同じ事が言えるのか!?」
「そ……それは………」
平「あんたは人間の味方じゃないのか? 妖怪どもにあんなにされたおばさんを見て、何とも思わないのか?」
「…………っ」
平「…そうやって、おばさん一人死んだって何も思わないんだな、あんたは妖怪を殺し過ぎて感覚がおかしくなってる狂人だ!」
「……今何て言いやがった?」
平「あんたが、おばさんに薬を飲まさないのは殺された娘の為なんかじゃない、あんたのエゴだ!!」
「………っ! 何だと貴様ぁ!!」
その罵倒に激昂し、平九郎の胸ぐらを掴み上げる。
慧「止めろ祐助! 二人とも落ち着くんだ!」
慶「お願いだから、冷静になってよ……」
二人が止めに入るが、揉み合いは収拾がつかなくなる状況になろうとしていた。
だが、その瞬間であった。
「止めて、二人とも!」
『…………っ!?』
その一言に、一同は声のした方向を向いた。
「私の為に…、喧嘩はしないで………」
鈴「ダメよ! 寝てなきゃ…」
和「おばさん、動いちゃいけないよ!」
そこには、弱々しく立つ水智江さん、そして、横から支える鈴仙さんと和子が居た。
「いいの……お願いだから、言わせて……」
和「おばさん…」
俺達と水智江さんが相対する形になっていた。
「貴方達の私への気持ち、思いやり………本当に嬉しかった………祐助さん、平九郎さん、そして、慶治さん………私は貴方達の事を本当の子供のように思う事がありました。もちろん、今でも…」
「…………っ」
「そんな仲良しな貴方達が喧嘩をする姿は、私は見ていられません」
「おばさん……」
「平九郎さん、貴方の私を助けたい気持ちは痛い程分かりました、それだけで私は嬉しい……」
「そ、それなら……」
「でも………ごめんなさい……私は……私は薬は………飲みません」
『……………っ!? 』
その一言に、その場にいた全員に衝撃が走った。
「このような結果になってしまったのは残念でなりません、未練も多く残ってます。 しかし……私が永遠を生きるなんて考えられません。 それならば、この人生に終止符を打ち、娘の元に参ります……」
「そ、そんな……おばさん……!」
「そんな悲しい顔しないで、平九郎や……」
「…………!」
思わずおばさんの元に寄る平九郎に、彼女は頭を撫で優しい笑みを浮かべた。
「これは自分は決めた事、誰の責任でもありません」
そして、彼女はそれまでの弱々しい感じから、力を込めて言った。
「貴方達にお願いがあります……私の最後の願いと思って聞いて欲しい……」
「はい……」
「私の、死に水を……取って欲しいのです……」
「…………っ!!」
分かってはいた。
でも、動揺を隠せなかった。
「貴方達に看取って貰えるなら……私は本望………」
もう、何も言葉が出なかった。
「あ、あぁ………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
現実を受け入れられず混乱したかのように、平九郎が絶叫しながら、屋敷を飛び出して行った。
「へ、平九郎!?」
「慶治、放っておけ! しばらく一人にさせてやれ」
「で、でも……」
「あいつも、今は混乱してるんだ、俺達だって同じなんだ」
「………っ」
再び、重苦し空気が支配する。
「平九……うっ……!」
おばさんが、また苦しみ出す。
よく見れば、傷口の箇所から血が滲んでいた。
「あっ、だから言ったのに!」
「いけない…、ウドンゲ、早く彼女を部屋に戻して寝かせて頂戴、傷口を手当てしないと……」
「はい、師匠!」
永琳さんの指示で、鈴仙さんがおばさんの部屋に連れて行った。
「和子、貴方は此処に居なさい」
「はい……」
そうして、永琳さんも部屋へと入っていった。
「慧音さん……」
「……何だ?」
「これで…、良かったんだよな……?」
「……分からない……すまない、こんな事しか言えなくて……」
「……………っ」
当たり前だ、慧音さんだって分かる筈が無い。
歴史を食べる程度の能力とは別問題だ。
「祐さん……」
「今は……耐えるしかない……」
「ぐすっ………うぁぁぁぁん……」
再び泣きじゃくる和子を見ても、手を差し伸べる事も出来なかった。
「ぐすっ……ぐすっ…………くそぉぉぉ!」
永遠亭から離れた竹林の中で、平九郎は一人嗚咽を上げ荒れていた。
「どうして……どうしてこんな事に………何も出来ないなんて………俺は、俺は………うぉぁぁぁぁぁ!」
ありったけの力で、竹を折る。
一本、また一本と。
目を入った竹を、何本も叩き折った
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「もう、それ位にしておきなよ」
「………っ!?」
背後から聞こえた声に驚き、振り向く。
「竹は何も悪くないんたからさ、八つ当たりはどうかと思うな」
「あんた……因幡てゐ」
本人も気付かないうちに、てゐが後ろに立っていた。
だが、彼女は悪びれる様子も無く、フラフラとしていた。
「そんな怖い顔しないでよ、背後から襲うような事はしないし、そんな事をしたって私に勝ち目が無いのは良く分かってるんだからさ!」
「…………………………」
「あんたの気持ちも分からないでも無いけど、これもある意味運命なんじゃないかな?」
「聞いてたんですか……」
「一応はね」
そう言って、てゐは軽いステップを踏みながら、彼の前に来た。
「悲しいだろうけど、あの人間の意思は尊重すべきだと思うな」
「そんな事……」
「生きてりゃ、いづれは死ぬ。 早かれ遅かれ人間だろうと妖怪だろうと、避けては通れない」
「…………っ」
「ねぇ、こういう話があるんだ」
「えっ……?」
「昔さ、ある兎が『私は今日で此処から出ていきます。探さないで下さい』って、置き手紙があったんだ。だからみんな探さなかった、そいつの意思を尊重してね。色々あるんだろうし出ていくのは勝手だ、とやかく口出しはせずにいた。けど、そいつはね、ひと月程して急に帰ってきたんだ。そして、第一声が『どうして探してくれなかったんだ?』ってさ。勝手なもんだね、自分で探さないでくれって言っておきながら、いざ帰って来ると何で探してくれなかった、だなんてさ」
「…………それで?」
「そいつはね、戻って1週間もしないうちに死んだよ」
「し、死んだ……?」
「病だったらしい、師匠に見せれば何とか処置出来ただろうに、あいつは師匠を信用してなかったんだ」
「そう…なんだ………」
「それで、彼女の遺品を整理してたら、手紙が出てきたんだ。
何て書いてあったと思う?」
「さあ……?」
「『私はもうすぐ死にます。
自分の死期が近い事は自分が良く分かってます。
本当は一人で死のうと思いましたが、やっぱり出来ませんでした。
探さないでくれと置き手紙をしておきながら、のこのこと帰ってきて…
わがまま言って、みんなに迷惑掛けて
恥ずかしい限りです。
一人で死ぬのは怖い
誰も居ない場所でひっそり死ぬなんて…
でも、みんなが看取ってくれるなら怖くないかな?
みんなが側にいて欲しい……
でも、怖い
死にたくない
あの永琳って先生にお願いすれば助かったのにね
私、怖かったから、ずっと拒否してた
みんなの言う事を聞かずにずーっと突っぱねてた
その結果がこれ
本当に私ったら、何やってるんだろうって…
私が悪いんだもの、仕方ないよね?
もっと、みんなと遊びたかった
もっと、みんなとおしゃべりしたかった
みんな、ごめんね
本当に、ごめんなさい……
先に行きます』
ってさ…」
「遺言……か……」
「それを見て後悔したよ、あいつは本当は寂しかったんだ、一人で抱え込んで、そして…最後は…………………っ!」
後ろ姿でてゐの表情は見えないが、僅かに嗚咽をするのを平九郎は目を見開いて見ていた。
「…………仕方ないよね、あいつはそれをひた隠していたんだから、それが分かってれば放ってなんかおかなかったし、苦労もしなかったよ」
「てゐ……さん……」
「でも、あの人間は違う。あんたが蓬莱の薬を飲ませるべきだと言っても彼女は拒否した、それは彼女の明らかな意思表示なんだ」
「そんな……」
「あんたの頭を撫でてる時のあの人の顔を見たかい? 痛みで立っているのもままならない状態だっただろうに、そんな事を全く感じさせない穏やかな表情、嘘偽りの無いものだったじゃないか」
「おばさん……!」
「だから、あの人間の意思は尊重すべきだと思うな、誰のものでも無い、彼女自身の人生なんだから」
「け、けど……」
「ねえ、恩返しなんて本当はもっと簡単なもんじゃないのかな?」
「えっ…?」
「余計な言葉は要らない、何かをする事も無い、もちろん何か欲しい物を無理にあげる必要も無い。 ただ、彼女の言う通りにして、側にいてあげて、手でも握ってあげて、静かに看取ってあげる。 それだけで十分恩返しになるんじゃないかな?」
「……………っ!」
「今あの人間が求めてるものは何か、付き合いの長いあんたなら良く分かってるだろ?」
「うっ……」
「まあ、あんたがどういう選択をしようと、私の知ったこっちゃ無いけどね!」
まるで、てゐに全てを見透かされてるような気になり、平九郎は声が出なかった。
「……おっと、いけないいけない……私とした事が、柄にも無い事を喋っちゃったねぇ、今のは聞かなかった事にしておくれ!」
「べ、別に俺は……」
「それでいいよ」
そこまで言うと、てゐは平九郎の方を向いた。
いつものように、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「私は先に戻るよ、あんたも早く戻って来なよ。 この辺には狼の妖怪が住み着いてるみたいだから、注意しなきゃね!」
そう言い残して、てゐは竹林へと消えて行った。
「俺は……一体………」
一人残された平九郎は、その場に立ち尽くしていた。
「終わったの?」
「うん、ちゃんと話はしてきたよ」
「彼、大丈夫かしら……?」
「きっと大丈夫さ! まあ、バカな事をしでかさないか、念のため一応見張りは付けて来たけどね」
「そう……抜かり無いわね、てゐ」
「そういう姫様も、あの人間の事が気になるの?」
「どうかしら? 彼、祐さんに比べると頼りない所があるし…」
「人は見掛けによらないよ、確かに頼りない所はあるけど……あいつは強いよ、見た目以上にさ」
「あら……貴方、随分と平九郎の事を買ってるのね?」
「まぁ……嫌いでは無いかな?」
「ふーん……」
縁側に腰掛けた輝夜は、てゐと会話をしながら夜空を見上げた。
雲ひとつ無い夜空に、三日月が僅かに屋敷を照らしていた。
続く。
恩義のある人を助けたい、けどそれは同時に・・・。
その思いから衝突する彼ら。
その気持ちは、同じはずなのに・・・。
毎度の事ですが、投稿ペースが上がらなくてすみません。