黒子のバスケ~次世代のキセキ~   作:bridge

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投稿します!

過去最大のボリュームです…(;^ω^)

それではどうぞ!



第104Q~リミッター~

 

 

 

第2Q、残り4分57秒。

 

 

花月 36

陽泉 40

 

 

室井がコートに入った事で紫原を抑える事に成功した花月。陽泉のもう1つの脅威であるアンリ。大地が1度は止めたものの、再びアンリの身体能力が火を吹いた。

 

「よし! 1本、きっちり決めるぞ!」

 

『おう!!!』

 

空がボールを運びながら声を出すと、他の選手達がそれに応えた。

 

「…」

 

ゆっくりドリブルをしながらゲームメイクをする空。

 

「(…ったく、俺が中から決めたんだから少しは中を固めてくれてもいいじゃねえかよ…)」

 

心の中でぼやく空。

 

依然として陽泉のディフェンスは紫原を中央に。他の4人の選手達は外に展開している。空の中からの失点に全く動揺していないのだ。

 

「(もうちょい中から点が欲しいな…)…よし!」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

意を決して空が中へとカットインする。

 

「何度も行かせるか!」

 

「舐めるなよ!」

 

同時に永野、渡辺が空の包囲にかかる。

 

「…っ! さすがに何度も突破させてはくれないか」

 

自身への対応の速さに空は顔を顰める。空は完全に包囲される前にボールを外へと出した。

 

「よし!」

 

左アウトサイドでボールを受け取った生嶋がすぐさまスリーを放った。

 

「これ以上決めさせるか!」

 

 

――チッ…。

 

 

「っ!?」

 

木下の執念のブロックにより、指先に僅かにボールが触れた。

 

「「リバウンド!」」

 

外れる事を確信した生嶋と永野がリングに視線を向けながら声を出す。

 

『っ!』

 

ゴール下の天野、室井、紫原、渡辺がリバウンドに備える。

 

「…くっ!」

 

「ここは譲らへんで…!」

 

強引にパワーでポジションを取ろうとする渡辺をすぐさま絶好のポジションを確保した天野がパワーとテクニックでポジションを死守する。

 

「…っ! くっそ…!」

 

「あー鬱陶しいなー」

 

どうにかポジションを確保しようとする室井だったが、紫原がそれを許さない。パワーで紫原の侵入を防いだ室井だったが、リバウンドのポジション争いとなると、やはり紫原に分があり、ポジションを確保出来ない。

 

 

――ガン!!!

 

 

ボールはリングに弾かれ、ゴール下の4人が同時にボールに飛び付く。

 

「(絶好のポジションや。これなら――)」

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「もーらい」

 

「何やて!?」

 

絶妙なポジションに立っていた天野がボールに手を伸ばしたが、ボールがその手に収まるより早く紫原の手がボールを掴み、ボールを手中に収めてしまう。

 

「よし! 速攻だ!」

 

前へと走る永野に紫原が大きな縦パスを出す。

 

「通さねえ」

 

「…っ、もう追いついたのかよ。デタラメなスピードしやがって…!」

 

ボールを受けてすぐにドリブルを始めた永野だったが、僅かに進んだだけで回り込んでしまった空のスピードにげんなりする。

 

その場で停止し、ボールを止めた永野。その隙に花月はディフェンスを整える。

 

「(紫原かアンリか…いや、一辺倒になるのは良くねえ。ここは…)渡辺!」

 

ボールはローポストに立つ渡辺に渡る。背中にすぐさま天野が付く。

 

 

――ダムッ!!! …ダムッ!!!

 

 

ドリブルを始めた渡辺は、天野に背中をぶつけながら中へ押し込もうとする。

 

「…っ、行かせへん。ここは死守や!」

 

背中がぶつかった瞬間僅かに押し込まれたが、すぐさま腰を落として力を込め、侵入を阻止する。

 

「(くそっ、押し込めない!)…くっ!」

 

仕方なく渡辺は永野に視線を向け、ボールを戻そうとする。

 

「馬鹿者!!!」

 

その時、陽泉ベンチから荒木が怒声を上げた。

 

「逃げてどうする! 何の為に今まで厳しい練習をしてきたと思っているんだ。逃げるな!」

 

「そうだ。もうでかいだけと言われたあの時のお前とは違うんだ。自信を持て!」

 

荒木に同調した永野が檄を飛ばす。

 

「ダメでも俺が取り返す。強気で行け!」

 

続いて木下が声をかける。

 

「大丈夫! 君ナラ勝テルヨ!」

 

「…ハァ。こんな奴らにビビってないでさっさと蹴散らしてよー」

 

アンリが笑顔で声を掛け、紫原が面倒くさそうに声を掛けた。

 

「(…そうだ。俺はここ(陽泉)に入ってここまで頑張って来たんだ!)」

 

中学時代は自身の世代最長のビッグマンとして名を馳せ、荒木にスカウトによって陽泉高校に入学した渡辺。だが、陽泉に入学した彼に待っていたのは厳しい現実だった。

 

全国の強豪校である陽泉の練習は質も量も桁違いであり、中学時代とは比較にならず、その厳しい練習に付いて行けなかった。紫原や劉には何度も吹き飛ばされ、自分より身長の低い者にさえ当たり負けする始末だった。

 

『あいつただでかいだけじゃん』

 

こんな陰口は何度も叩かれた。1度はバスケ部を辞めようと荒木に退部届を出した。だが…。

 

『贅沢な悩みだな。でかいだけ? それの何が悪い? それはどんなに努力しようとどんな指導を受けようと得られないものだ。…1つ言っておくぞ。お前がただでかいだけの選手なら私はお前を獲得したりはしなかった。お前は確かなものを持っている。それは私が保証する。だから私を信じて頑張れ。もしそれでもダメだったらその時は私が責任を取ってやる』

 

そう言って、荒木は退部届を破り捨てた。

 

その荒木の言葉を信じて渡辺はがむしゃらに練習した。叩かれる陰口は日に日に減っていき、遂に昨年の冬にユニフォームを獲得。代替わりをした今年はスタメンの座を掴み取った。

 

「負けない。俺は絶対に負けない!」

 

そう叫んだ後、渡辺は再び天野にぶつかった。

 

「(っ!? 何や、こいつ、急にやる気になった思たら力が増しよった…!)」

 

当たりが力強くなった事に驚く天野。少しずつ中へと押し込まれ始めた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

ある程度押し込むと、ボールを掴んで咆哮を上げながらリングに向かって飛んだ。

 

「こんのやらせるかい!」

 

ブロックに飛んだ天野の右手がボールにぶつかる。

 

「まだだぁぁぁっ!!!」

 

それでもお構いなしに強引にボールを放つと、ボールはリングに向かって飛んでいった。

 

 

――ガン!!!

 

 

だが、ボールはリングに弾かれた。

 

「くそっ!」

 

決める事が出来ず、悔しがる渡辺。すかさず天野と室井がリバウンドの態勢に入った。その時…。

 

「やれば出来るじゃん。後は任せてー」

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

外れたボールを紫原が右手で掴み、そのままリバウンドダンクを叩き込んだ。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

同時に観客から歓声が上がった。

 

「いいぞ渡辺! この調子でガンガン行け」

 

「ありがとうございます!」

 

「ちょっとー決めたの俺なんだけどー」

 

強気で攻めた渡辺に永野が駆け寄り労うと、紫原は不満気に文句を言った。

 

「すいません」

 

「お前のせいちゃう。あれはどうにもならんわ」

 

失点の責任を感じた室井が謝罪をすると、天野は苦笑いをしながらそれを制した。

 

「(実際室井はよーやっとる。ゴール下で紫原と勝負に持ち込めとるだけでも大した奴や。…けど、あのパワーに高さと腕の長さが加わったら手ぇ付けられんわ…)」

 

先程のリバウンド。絶好のポジションを確保したにも関わらずその高さと腕の長さによってリバウンドボールを取れなかった。

 

「(リバウンドが取れんと点差は開くばかりや。どうにかせんと行かんわ)…室井、ちょい耳貸せ」

 

何かを思いついた天野は室井の傍に寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

室井がボールを拾い、空に渡し、花月のオフェンスが始まった。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

空が中へと切り込む。同時に陽泉ディフェンスが動き、即座に空の包囲網が形成される。

 

「…ちっ」

 

突破は無理と判断した空は包囲される前にボールを外の生嶋に出した。

 

「打たせん」

 

「…っ」

 

生嶋にボールが渡るも木下に対応が早く、シュート態勢に入れない。仕方なくシュートフェイクを1つ入れてからローポストの室井にパスを出す。

 

「…よし!」

 

 

――ダムッ!!! …ダムッ!!!

 

 

ボールを受けた室井は背後に立つ紫原に背中をぶつけ、中へと押し込もうとする。

 

「何それ? それで押し込んでるつもりなの?」

 

「っ!?」

 

だが、紫原はビクともしなかった。リングから距離があるこの位置からではまだバスケ数ヶ月の室井に勝負する…ましてや、紫原相手に有効な手札はない。

 

「…くそっ」

 

やむを得ず室井は空にボールを戻した。

 

パスを回しながらチャンスを窺う花月。だが、鉄壁の陽泉ディフェンスの前に得点チャンスが作れない。やがて、ショットクロックが残り僅かとなった。

 

「あかん! もうすぐ24秒や! かまへんから早よ打つんや!」

 

「くっ!」

 

天野の声を聞こえてボールを持っていた大地は目の前のアンリをかわすように強引にシュートを放った。

 

 

――ガン!!!

 

 

だが、無理な態勢からリズムもシュートセレクションもバラバラで放ったシュートが入る訳もなく、ボールはリングに弾かれる。

 

「リバウンド!」

 

大地が声を出すと、再びリバウンド勝負となった。

 

「…ぐっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

「…っ」

 

室井は声を張り上げながら力を込め、紫原をリングから遠ざけていく。

 

「あいつ、ボールを見てない? まさか…!」

 

ここで、木下が室井の狙いに気付いた。

 

「(そうや。悔しいが、紫原とまともにリバウンド競っても勝てへん。せやから、勝負せんかったらええ)」

 

ボールを取る事を捨てれば紫原と競えるパワーを持つ室井なら紫原を追い出せる。

 

「(後は俺が取るだけや!)」

 

渡辺を抑え込み、再び絶好のポジションを確保した天野がリングに弾かれたボールの飛び付く。

 

「…っ! お前もホントうざいなー…! お前ごときじゃ俺は止められないって言ってんだろ!」

 

 

――バチィィィィッ!!!

 

 

「っ!? なん…やと…」

 

目の前で起きたあまりの出来事に天野は目を見開き、言葉を失う。

 

室井によって外へと押し出された紫原だったが、それでもその場でジャンプをし、右手をボールに向かって伸ばし、空中でボールを右手で掴み取ってしまった。

 

 

「木吉先輩のバイスクロー! ここで出しやがった!」

 

今、紫原が行った技の本家の使い手である木吉鉄平を思い出した火神が思わず声を上げる。

 

 

「っ! これでもあかんのかい!」

 

せっかく思いついた策も上手く行かず、悔しそうに声を上げる天野。

 

「速攻ダヨ! ボールチョーダイ!」

 

「はいよー」

 

速攻に走ったアンリに向かってボールを放る紫原。

 

「くっそ、カウンターだ! 戻れ!」

 

そんなアンリを追いかけるべく、空が声を出しながらディフェンスに戻っていく。

 

フリースローラインを越えた所でアンリはボールを持ってリングに向かって跳躍した。

 

「っ! させねえ!」

 

同時に追い付いた空がアンリとリングの間に割り込むようにブロックに飛んだ。

 

『うおっ! たけー!』

 

レイアップをするつもりで飛んでいたアンリは前への飛距離を重視して高さを出さなかった為、空にシュートコースを塞がれてしまう。

 

「…ムッ!」

 

空にシュートコースを塞がれると、ボールを下げてレイアップを中断し、再びボールを上げ、フックシュート気味にボールをリングに向けて放った。

 

 

――バス!!!

 

 

ボールはバックボードに当たりながらリングを潜った。

 

『うおぉぉっ! 何だ今の!?』

 

『ジャンプの飛距離も滞空時間も半端ねー!』

 

滞空時間を利用したアンリのダブルクラッチに観客が盛り上がる。

 

「ちっ、飛ばれたらどうしようもねえ…!」

 

ジャンプ力に自信がある空だが、やはり身長差の壁は大きく、空中戦では分が悪い。だが、それより深刻なのが…。

 

「「…っ」」

 

俯きながら悔しそうに拳をきつく握る天野と室井。

 

攻守に渡ってリバウンドが取れない。試合においてこれは致命的な事であり、特にリバウンドに定評がある天野は自身のアイデンティティが崩れ去るような心境であった。

 

「…ハァ。あかんわ。あれもダメこれもダメ。ホンマどないしよ」

 

大きく溜息を吐きながら愚痴るように口を開く天野。

 

「…自分がもっとしっかりしていれば」

 

「やから自分のせいちゃうって言っとるやろ」

 

謝罪の言葉を述べる室井を遮るように天野が口を挟む。

 

このままリバウンドが取れなければ点差はどんどん開いていく。このまま陽泉に食らいついていく為にはこの問題をどうにかしたい。

 

「……室井。今度リバウンドになったらさっきと同じように紫原を外に追い出してくれないか?」

 

先程同様、室井にはリバウンドボールを取るのではなく、紫原にリバウンドを取られないよう身体を張るよう頼む空。

 

「? 構いませんが、自分では紫原さんを僅かに追い出すので精一杯ですよ? 恐らく同じ結果にしか――」

 

「心配するな。今度こそ大丈夫だ」

 

懸念を示す室井だったが、空は自信満々にそう返したのだった。

 

 

スローワーとなった室井から空がボールを受け取り、フロントコートまでボールを運ぶ。

 

『…』

 

相変わらず陽泉は強気に前にプレッシャーをかけながらディフェンスをする。

 

「(もうお前のドライブは怖くねえ。突破出来るものならやってみろ!)」

 

永野が気合十分で空を待ち受ける。

 

「…」

 

ゆっくりドリブルをしながら視線を動かしながらチャンスを窺う空。

 

 

――スッ…。

 

 

生嶋がコートの端、左アウトサイド、エンドラインギリギリに向かって動く。同時に天野がハイポストに移動する。この動きを受けて陽泉ディフェンスが動く。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

『っ!?』

 

ゾーンディフェンスが乱れた一瞬の隙間を狙って空が発進。ゾーンディフェンスを切り裂くように突破する。だが、その先には紫原が待っている。

 

「(また俺に仕掛ける気? ホントこいつムカつく)…いいよ。今度こそ捻り潰してやるよ」

 

ゴール下で両腕を広げ、空を待ち構える紫原。

 

中に切り込んできた空に対し、距離を詰めないという選択肢を取った紫原。ある程度距離があっても紫原の反射神経と守備範囲ならばブロックが出来るという判断のよるものである。

 

「空!」

 

その時、空の横に走りこんできた大地がボールを要求。空はビハインドバックパスでボールを放る。

 

「はぁっ!? 結局逃げるんじゃん。無駄だし」

 

紫原はそのパスに反応し、パスコースに割り込む。だが…。

 

「っ!?」

 

空はボールを横にではなく、前へと落とした。落としたボールを拾い、すぐさまリングに向かって飛んだ。

 

「っ! ざけんな! 決めさせるかよ!」

 

同時に紫原も反応し、ブロックに向かう。

 

「遅ぇっ!」

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

最高到達点に達するまでの速さに勝る空が紫原がブロックに来るより早くボールをリングに叩きつけた。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

「よっしゃ!」

 

空と大地がハイタッチを交わす。

 

「ドンマイ! 取り返すぞ!」

 

渡辺からボールを受け取った永野は気持ちを切り替えるべく声を上げる。

 

フロントコートまでボールを運ぶと、永野はそこから外の木下にパスを出す。

 

「打たせない」

 

「っ!」

 

膝下足元にまで潜り込んでディフェンスをする生嶋。これにより、木下は膝が曲げられず、スリーが打てない。

 

「ちっ!」

 

中に切り込んでもそこには空が狙い済ましている。仕方なく木下はハイポストの渡辺にパスを出す。

 

 

――ガシィィィッ!!!

 

 

ボールを受け取った渡辺が背中に立つ天野に身体をぶつけ、中へと押し込もうとする。

 

「…っ! もうお前には点は取らせへんよ…!」

 

歯を食い縛って渡辺の侵入を阻止する天野。

 

「(くそっ、ここからじゃリングが遠すぎる。何度もやらせてはくれないか!)…くっ!」

 

攻めきれず、渡辺はボールを永野に戻した。

 

「ちぃ!」

 

外でボールを受け取った永野はすぐさまアンリにボールを渡す。

 

「止めます!」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

ドライブで切り込んだアンリだったが、距離を大きく取った大地が突破を許さず、アンリはボールを止める。

 

「…クッ!」

 

突破するのは無理と判断したアンリは永野にボールを戻す。

 

そこからボールを回してチャンスを窺う陽泉。だが、花月は紫原へのパスは徹底的にシャットアウトし、他の4人に対してもシュートを打つチャンスを作らせないディフェンスをする。

 

「…くそっ」

 

オーバータイムが迫った為、永野は仕方なく外から得意ではないスリーを放った。

 

 

――ガン!!!

 

 

ボールはリングに弾かれた。

 

『リバウンド!!!』

 

『っ!』

 

ゴール下の4人がリバウンドに備える。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

咆哮を上げ、室井が紫原を外へと追いやっていく。

 

「…っ! 鬱陶しいな、無駄だって言ってんだろ!」

 

 

――バチィィィィッ!!!

 

 

右手を伸ばした紫原が再びボールを掴み取った。

 

『うわー! これがある限りやっぱり花月はリバウンドが取れねー!!!』

 

観客からは悲鳴に近い声が響く。

 

掴み取ったボールを懐へと引き込む。

 

 

――バシィィィッ!!!

 

 

「なっ!?」

 

ところがその直前、ボールは何者かに弾き飛ばされた。

 

「その技は映像で見た事がある。その技はより遠くのボールを掴み取れるけど、裏を返せば懐にボールを引き込むまでに僅かに時間がかかる。その無防備の時間を狙えば、例えリバウンドは取れなくてもボールを奪う事は出来る」

 

ボールを弾き飛ばした空はニヤリと笑みを浮かべた。

 

リバウンドの際、空は紫原のポジションを注視していた。紫原がボールを掴むタイミングを計り、紫原が掴み取ったボール目掛けて走り出し飛んで右手のボールを弾き飛ばした。これが空が紫原のバイスクロー対策に考え出した作戦である。

 

 

「簡単に言ってるが、そんな真似が出来るのは神城くらいだ。まさか、バイスクローをあんな方法攻略しちまうなんて…」

 

本家のバイスクローを何度も目の当たりしてきた火神が思わず苦笑いをする。

 

 

ルーズボールを大地が抑え、ワンマン速攻に走る。

 

「行カセナイ!」

 

だが、アンリがペイントエリアに到達した所で追いつく。

 

「…」

 

大地は動じず、ボールを後ろへと下げる。そこには、空が走りこんでいた。

 

「…よし」

 

スリーポイントラインの外側でボールを受け取った空はその場で停止し、スリーの態勢に入る。

 

「打たせるはずないだろ!」

 

そこへ、空の後ろから紫原がやってきて後ろからスリーを阻止するべくブロックに現れた。

 

 

――スッ…。

 

 

これを想定した空はスリーを中断し、ボールを左へと流した。そこには生嶋が走りこんでいた。

 

「ナイスパスくー!」

 

スリーポイントラインから2m程も距離があったが生嶋はスリーを放った。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

ボールはリングに掠る事無く潜り抜けた。

 

「来た! さすが生嶋だぜ!」

 

ベンチの菅野が立ち上がりながら声を出した。

 

「あの距離から決めるのかよ…」

 

木下が驚愕の表情をしながら呟く。

 

「ドンマイ紫原。次は止められ――っ!?」

 

紫原を励まそうとした永野だったが、言葉を失った。

 

「…っ!」

 

その怒りに満ちた表情を目の当たりにした永野は、これ以上、声を掛ける事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

その後は一進一退の展開となった。

 

空のバイスクロー対策が功を奏し、完全とまでは行かないがリバウンドの不利が緩和された。アンリを中心に得点を重ねる陽泉に対し、花月は速攻による速い展開で得点を重ねるか、空が紫原をギリギリまで引き付けてパスを出し、得点を重ねていった。

 

3点差と5点差を繰り返し、試合は第2Q残り僅かとなった。

 

 

第2Q、残り12秒。

 

 

花月 43

陽泉 46

 

 

この第2Q最後のオフェンスとなるこの1本。永野は慎重にゲームを組み立てていた。

 

「(この1本はきっちり決めて折り返したい。どうする――っ!?)」

 

その時、ボールを持つ永野が何かに気付く。

 

「まさこちんに考えろ考えろって言われたけど、もー無理だわ」

 

そんな言葉を発する紫原。淡々とした言葉とは裏腹にその表情は険しかった。

 

『っ!?』

 

その紫原の変化は花月の選手達も感じ取っていた。

 

 

――ズン!!!

 

 

「っ!?」

 

紫原が室井に背中をぶつけ、押し込んでいく。

 

「(っ!? 力が増した!?)」

 

背中に立つ室井は突然増した紫原のパワーを感じ取った。

 

 

――ズシッ…ズシッ…!!!

 

 

渾身の力を込める室井だったが、紫原の侵入を阻止できない。

 

「…っ! あかん!」

 

状況を理解した天野が同じく紫原の背中に回り、侵入の阻止に回ったがそれでも紫原を止められなかった。やがて、ゴール下まで到達すると、そこで永野は紫原にパスを出した。

 

「「っ!?」」

 

ボールを持った紫原はその場で横の回転をしながら飛び上がった。

 

 

「遂に出たか。紫原の必殺ダンク…!」

 

 

 

 

――破壊の鉄槌(トールハンマー)!!!

 

 

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

「ぐっ!」

 

「がっ!」

 

ブロックに飛んだ天野と室井だったが、回転の力を加えた紫原のダンクによって弾き飛ばされてしまった。

 

「考えてバスケをするのは性に合わない。やっぱりバスケするならこれが1番簡単だわ」

 

リングから手を放し、コートに着地した紫原が振り返り…。

 

「捻り潰す」

 

決して大きな声ではないが、それでも花月の選手達に聞こえるように言い放った。

 

 

『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

同時に、第2Q終了のブザーが鳴り、試合の半分が終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

第2Q終了。

 

 

花月 43

陽泉 48

 

 

試合の半分が終了し、両校の選手達がベンチへと下がっていく。

 

『…っ』

 

点差だけ見れば5点差。だが、花月の選手達の表情は暗い。第2Q終了間際の紫原のダンクのダメージが点差以上に響いていた。

 

これより10分間ハーフタイムに入り、選手達は控室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

陽泉の控室…。

 

「戦況はまずまずだな」

 

控室にやってきた陽泉の選手達。各自が水分補給をしながら呼吸を整えている中、荒木が胸の前で腕を組みながら言う。

 

「…紫原」

 

「だって考えるとか性に合わねーし。要は勝てば良いんでしょー?」

 

ジト目を向ける荒木。紫原は拗ねた様子で返す。

 

「…ハァ。まあいい。今は良しとしてやる」

 

諦めた様子の荒木。

 

「第3Qもやる事は変わらん。紫原とアンリを中心に攻め立てる。木下は外。渡辺もボールを持ったら強気で攻めて行け。永野も上手く周りを見ながらボールを回せ。自分が仕掛ける事も忘れるな」

 

『はい(ハイ)!!!』

 

「しかし、終了間際にあの一撃はもったいなかったですね。折角のインパクトもハーフタイム中に――」

 

渡辺がボソリと言う。

 

「いや、そうでもない」

 

そんな渡辺の言葉を遮るように荒木が口を挟む。

 

「小細工なしの純粋なパワーには対策を立てようがない。考える時間のないプレー中ならば開き直ってプレーに没頭出来るだろうが、ハーフタイムの今、なまじ考える時間があるだけに悪いイメージばかりが付きまとってしまう」

 

『…』

 

「(さて、奇しくも去年のとは逆の展開となった。上杉さん、どう動きますか?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

 

花月の控室…。

 

「身体を冷やすな。水分補給をしながらゆっくり体力回復に努めろ」

 

選手達に上杉が指示を出すと、試合に出場した選手達はベンチに腰掛け、受け取ったタオルで汗を拭いながらボトルの飲料水を口にした。

 

「まさか、紫原がパワーアップするとはな」

 

タオルで汗を拭いながら空がポツリと呟くように口を開いた。

 

「…ふぅ、…すごい力でした。いくら腰を落として力を込めても押し返せませんでした」

 

目の前で紫原の力を体感した室井が俯きながら弱音を吐いた。

 

「(…っ、まだ数分しか試合に出てないのにすごい汗。それに、この呼吸の乱れよう、スタミナなら室井君は神城君や綾瀬君に匹敵するのに…、紫原さんとマッチアップそれだけ重労働なんだわ…!)」

 

室井の様子を見た姫川の表情が曇る。

 

「にしてものう、紫原にまだあないな力あったとはのう」

 

「今までは手加減してたのかよ…!」

 

同じく紫原の圧倒的な力を体感した天野は弱音を吐き、菅野は悔しそうに歯を食い縛る。

 

「いや、今までも手を抜いていた訳ではない。紫原は自身が無意識にかけていたリミッターを外したのだろう」

 

「リミッター?」

 

上杉の言葉に松永が聞き返す。

 

「紫原は試合では常にリミッターをかけている。体力を温存させる為か、相手を怪我をさせない為にな。膠着状態に痺れを切らした紫原はそのリミッターを外した」

 

『…』

 

「つまり、ここからが正念場って訳ですね」

 

解説を聞いた空が汗を拭いながらポツリと呟くように言った。

 

「(点の取り合いを挑むか? 松永をコートに戻すのも手だが、室井がいなくなれば紫原にパワーに対抗出来る者がいなくなる。中を強化する為に松永を入れるか? だが、誰を下げる? 神城は外せん。無論綾瀬も。消去法で生嶋だが、それでは外の脅威がなくなってしまう。さてどうするか…)」

 

顎に手を当ててこの後の戦術を考える上杉。だが、妙案は浮かばなかった。

 

「ディフェンスを変える。2-3ゾーンに切り替える。前に神城と綾瀬。後ろに天野、室井、生嶋だ。神城と綾瀬は外からの攻撃全域をカバーしろ。陽泉相手では厳しいかもしれんが、それでもやってもらう」

 

「「はい!」」

 

「室井は再び紫原を任せる。生嶋は紫原にディナイをかけてとにかく奴にボールを持たせるな。天野は紫原にボールが渡ったら即座にフォローに入れ」

 

「「はい!」」

 

「任しとき!」

 

「紫原は脅威だ。だが、決して受けに回るな。俺達の武器は堅守ではなく、オフェンスだ。止められなくとも気落ちするな。相手の倍走って倍点を取っていけ」

 

『はい(おう)!!!』

 

「っしゃぁっ!!! イージスの盾をぶっ壊して陽泉をぶっ潰すぞ!!!」

 

『おう(はい)!!!』

 

立ち上がった空が檄を入れると、選手達はそれに応えるように声を出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

第3Q、後半戦が始まった。

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

「ぐっ!」

 

「くっ!」

 

ボールを持った紫原がボースハンドダンクを叩き込み、天野と室井を吹き飛ばす。

 

 

――バチィィィィッ!!!

 

 

「っ!?」

 

中にカットインをした空がスクープショットを放つも紫原によってブロックされてしまう。

 

試合は完全に陽泉ペースとなった。花月は紫原を止められず、紫原から点を取れない。

 

 

第3Q、残り6分13秒。

 

 

花月 45

陽泉 59

 

 

「開いたな」

 

観客席の火神が点差を見て思わず口に出す。

 

「くそっ…! 花月ー! 頑張れー!!!」

 

居ても立ってもいられなくなった元チームメイトの田仲が立ち上がった大声で声援を贈った。

 

「紫原!」

 

永野が空を上手くかわして紫原にパスを出した。

 

「くっ!」

 

ディナイをかけていた生嶋がボールをカットしようとするが届かず、生嶋の遙か上で紫原がボールを掴み取る。

 

「おっけー」

 

ボールを持った紫原が室井に身体をぶつける。

 

「来い、何が何でも止める!」

 

歯を食い縛った室井は腰を深く落とし、紫原の押し込みに備える。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

だが、紫原は軽く室井に身体をぶつけた後、ワンドリブルの後、即座にフロントターンで室井をかわす。

 

「何か押し返すのに全力出してるみたいだけど、そんなんで俺を止められる訳ないじゃん」

 

通り抜け様、嘲笑うような視線を向けながら室井に言い放つ紫原。ゴール下にまで侵入した紫原はボールを掴んでリングに向かって飛んだ。するとそこへ…。

 

「くっ! これ以上、点差を開かせる訳には…!」

 

大地がリングと紫原の間に割り込むようにブロックに現れた。

 

「大地! くそっ!」

 

それを見た空が慌てて走りこみ、ブロックに飛んだ。

 

「はぁっ!? お前らごとき何人来たって関係ないんだよ!」

 

 

――バキャァァァッ!!!

 

 

「ぐっ!」

 

「がっ!」

 

2人のブロックもお構いなしに紫原はボールをリングに叩きつける。空と大地は為す術もなく吹き飛ばされてしまう。

 

「くっ…!」

 

コートに倒れこんだ大地は苦悶の声を上げながら身体を起こす。その時…。

 

『ピピーーーー!!!』

 

『レフェリータイム!』

 

審判が笛を吹き、コールする。

 

「えっ?」

 

状況が理解出来ない大地は何が起こったかを理解する為、周囲を見渡す。

 

「っ!? あっ…、あぁ……」

 

それを見た大地は目を見開いて言葉を失った。

 

 

 

 

 

――コートに倒れ伏したまま動かない空の姿を見て…。

 

 

 

 

 

「空ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」

 

コート上に、大地の悲痛の声が響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 





あまりに長文だった為、2つに分ける事も考えたのですが、この話でここまではやりたかったのでそのまま投稿しました。

さて、今年も残すところ一ヶ月と少しとなりました。…いや、ほんとに早い…(>_<)

ついこの間新年度を迎えたと思ったら夏が来て、もう冬が来て…。このままあっという間に年月が過ぎていくんだろうなぁ……(-_-;)

感想、アドバイスお待ちしております。

それではまた!

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