黒子のバスケ~次世代のキセキ~   作:bridge

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投稿します!

思った以上に速く書き終わりました!

それではどうぞ!



第78Q~最後の1滴~

 

 

 

第4Q、残り32秒。

 

 

花月 120

秀徳 122

 

 

ボールは高尾がキープしている。花月は残った気力を振り絞り、懸命にディフェンスに臨んでいる。

 

「…」

 

冷静にゲームメイクをする高尾。このオフェンスを取りこぼすのは命取り。理由は、既に限界を超えている緑間の底力はいつまでも続く事はありえないし、限界間近なのは緑間に限った事ではなく、残りの4人もいつ限界が来るとも限らない状況だからである。

 

延長戦に突入すれば、空と大地がいる花月が断然有利であり、延長戦イコール敗北は必至。その為、秀徳は何としてもこのオフェンスを成功させてトドメを刺したい。

 

「…」

 

高尾はホークアイでコート上を観察しながらチャンスを窺う。まず、宮地だが、目の前の生嶋では止める事は出来ないだろう。だが、生嶋はこれまでどおり、ミドルシュートが打ちづらい距離を保ちつつ、宮地を味方のいる方へ抜かせてくるだろう。ここはリスクは高い。

 

「(なら、支倉さんは…)」

 

ローポストに立つ支倉。1番近くに立っているのは松永。実力差を考えればパスが通ればここは狙い目。だが、先ほど支倉はブロックされた。同じ事が2度も続くとは思えないが先ほど止められているだけにここで攻めるのは躊躇いが生まれる。

 

「(残りは真ちゃんか木村だが…)」

 

緑間は大地が徹底マークしている。スリーを決められれば敗北確定なのでこれは当然。木村はそもそも得点能力はそこまで高くない。中継して起点に使うのも手だが、今は適切なポジション取りが出来ていない。

 

「(……ハッ、ここまで来て隙なんざ見せる訳ねえよな。だったら、チャンスを作るだけだ!)」

 

覚悟を決めた高尾はパスを出す。

 

「よっしゃ!」

 

ボールは宮地に渡る。

 

 

――ダムッ!!!

 

 

同時に宮地は目の前の生嶋を抜きさる。直後、空が宮地の持つボールを狙いやってくる。

 

「分かってるよ。お前が来る事くらい」

 

抜いたの同時に宮地は木村にパスを出した。ボールを貰った木村はすぐさま宮地にリターンパス。リターンを受けた宮地はそのままリングに向かって突き進む。

 

「くそっ!」

 

ゴール下に迫る宮地を松永がチェックにいく。その動きに合わせて宮地が支倉にパスを出した。

 

「あっ!?」

 

松永がチェックに向かったしまった為、支倉はフリー。ボールを受けた支倉はそのままシュート態勢に入る。

 

「させるかぁぁぁぁぁっ!!!」

 

そこへ、空がブロックに現れる。身長差がある両者だが、空はそれをものともせず、驚異のジャンプ力でシュートコースを塞ぐ。

 

『うわー! 神城高ぇー!』

 

フリーと思われた所に現れた空。秀徳のオフェンスは失敗……と、思われたが…。

 

「っ!?」

 

ここで、支倉はシュートを中断。ボールを両手で掴み直し、パスに切り替えた。ボールはペイントエリアの僅か後ろでフリーで立っていた高尾へ。

 

「くっ!」

 

慌てて大地が緑間のチェックに向かう。

 

「これで終いだ」

 

ボールを受け取った高尾はシュート……ではなく、右上へと放り投げた。そこには、シュートの構えをしながら飛び上がる緑間の姿があった。

 

『ここで緑間かぁっ!!!???』

 

観客席から驚愕の声が上がる。

 

ここまでのは全て伏線。全ては、この1本の為の布石であった。

 

『いっけぇぇぇぇっ!!!』

 

秀徳の選手全員がこの1本に願いを込めた。

 

「そう来ると思たわ」

 

不意を突かれた花月の選手の中、天野だけが、平静を保っていた。

 

 

――秀徳がこの1本を誰で攻めてくるか…。

 

 

秀徳が本格的に動き出す前、天野はこれを考えていた。この1本を確実に決めてトドメを刺したい秀徳。

 

「(そら緑間しかないやろ。そこが1番確率が高いやろうからな。この状況で賭けにはでーへんやろ)」

 

緑間で来るとヤマを張っていた天野は、秀徳がボールを回している最中も緑間から警戒を解かなかった。万が一にも他で攻めてきても、味方が止めてくれる事を信じて。

 

「(緑間と高尾の空中装填式3P(スカイ・ダイレクト・スリーポイント)シュート。本来なら打たれた終いやが、今なら止められる!)」

 

まず、このスリーは高尾側から中断出来ても緑間側からは意識がシュートに向いている場合は中断が出来ない。パスを出してしまえば後は打つしかない事と疲労が祟っていつもよりタメが大きいこの状況。この2つが重なる今、天野でも止められる可能性がある。

 

「(高尾のパスは正確や。後はタイミングを合わせるだけや。普段なら届かん間に合わんこのスリーも、緑間から目ぇ放さんかった俺やからこそ止められる!)」

 

緑間が膝を曲げ、深く沈み込んだのを確認して飛び出した天野。タメが大きい為、多少の距離があっても追いつくだけの時間はある。しかも、通常のディフェンスと違い、助走を付けて跳躍が出来る為、通常より高く飛ぶ事が出来る。この状況下でスリーとブロックのタイミングが合えば…。

 

 

――チッ…。

 

 

緑間が空中で放ったボールに、天野の伸ばした右手の指先を僅かに掠める。

 

「なっ!?」

 

「触れた! 落ちるで! リバウンドや!」

 

驚く緑間。天野が声を張り上げる。

 

 

――ガン!!!

 

 

天野の言葉通り、ボールはリングに弾かれた。

 

「リバウンドォッ!!!」

 

宮地が声を出すのと同時にゴール下の空、松永、支倉、木村がリバウンド争いを始める。身長差、パワーで有利の秀徳がベストのポジションを取る。

 

『ダメだ! 天野がいないからリバウンドが取れない!』

 

観客席から悲鳴が上がる。

 

絶望的な状況。この時、空の頭にある言葉が過る。

 

 

――リバウンド争いで重要なんはボールを取る事やない。先にボールに触る事や。

 

 

以前、天野がポツリと言った言葉が。

 

「松永! お前は飛ぶな!」

 

咄嗟に空がこのような言葉を叫んだ。リバウンドを制する為にボールに飛びつく支倉と木村。それに僅かに遅れてボールに飛びつく空。高さでは競えるもののパワーで劣る空だが、他にも空が勝るものがあった。それは…。

 

「おぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

後から飛んだ空が先に飛んだ2人にグングン迫る。ボールが支倉の手に収まる刹那…。

 

 

――ポン…。

 

 

空が伸ばした手がボールを弾いた。

 

「「っ!?」」

 

先にボールに触れられ、目を見開く支倉と木村。

 

 

「あれは、玲央姉のスリーを後から飛んでブロックした瞬発力!」

 

「っ!?」

 

観客席の葉山が立ち上がり、実渕が表情を曇らせた。

 

 

パワーで劣る空では高く飛べてもポジション争いで勝てず、リバウンドが取れない。だが、瞬発力が高い空なら遅れて飛んでも先に最高到達点に飛べる。なら、2人が飛んだ直後、すかさず絶好のポジションに移動して飛ぶ。これならポジション争いに勝てなくても関係ない。

 

「今だ!」

 

「応!!!」

 

空が弾いたボールを松永が抑えた。

 

 

――残り12秒…。

 

 

「走れぇー!!!」

 

空が松永からボールを受け取り、フロントコートに突き進む。

 

「死守だ! 絶対死守しろ!」

 

ベンチから中谷が声を張り上げる。最後の力を振り絞り、秀徳は全速力で自陣に戻り、ディフェンスを構築する。

 

「絶対止めてやる! こんな所で負けられねえんだよ!」

 

決死の覚悟の言葉を口にし、ディフェンスをする高尾。

 

「…」

 

空は左右に高速での切り返しを繰り返し始めた。

 

「…っ! …っ!」

 

必死に高尾は空の揺さぶりに付いていく。

 

「(もっとだ! もっと速く!)」

 

空のドリブルがどんどん速くなる。クロスオーバー、レッグスルー、バックチェンジを高速で繰り返し、かつ時折態勢を低くし、上下の緩急を加えて揺さぶりをかけていく。

 

「(くそっ! 何て速さだよ! 目の前にいるのに時々姿が見えなくなる! だが、絶対に見失うな! ここで止めてジエンドだ!)」

 

抜かせまいと必死に食らい付く高尾。その間も空のスピード、リズムはさらに速くなる。そして、変則な動きも加わり始める。

 

「あっ…」

 

次の瞬間、高尾は空の姿を見失う。

 

「何処に…!?」

 

空の姿を探す高尾。空は、既に高尾の横を通り、後方に抜けていた。

 

 

――残り8秒…。

 

 

「打たせるなぁぁぁぁっ!!!」

 

宮地が声を張り上げ、木村、支倉の3人で空を包囲する。

 

「まだだぁぁぁぁっ!!!」

 

 

――ダムッ!!!

 

 

地面に倒れ込む程態勢を低くした空はその態勢のまま加速。包囲網を突破した。

 

『抜いたぁぁぁぁっ!!!』

 

高尾を抜き、包囲網を突破した空はそのままリングに突き進み、リング目前でボールを掴み、跳躍した。

 

『いっけぇぇぇぇっ!!!』

 

リングに迫る空に花月の選手達は願いを込める。その時…。

 

「っ!?」

 

空を阻む1つの影が現れた。

 

「絶対に決めさせないのだよ! 勝つのは俺達だ!」

 

「緑間!」

 

目の前に緑間が現れ、動揺する空。このままダンクに行けばまず間違いなくブロックされる。ここで決められなければもう敗北は確定。

 

「くそっ!」

 

苦悶の表情を浮かべる空。

 

 

――残り5秒…。

 

 

「くー!」

 

その時、自身を呼ぶ1つの声が耳に入る。

 

 

――バゴン!!!

 

 

その声に反応し、空はダンクの態勢から身体を強引に動かし、バックボードにボールを投げつけた。バックボードに投げつけられたボールは…。

 

『あっ!!!』

 

ボールの先には、スリーポイントの外側にノーマークで立っていた生嶋の所へと向かっていった。ボールを掴んだ生嶋はそのまま膝を曲げ、スリーを放った。

 

 

――残り3秒…。

 

 

『っ!?』

 

コート上、ベンチの選手と監督、観客席の者全てがボールへと注目する。

 

「……うん」

 

その瞬間、生嶋はフォロースルーで掲げていた右手を握り、頷いた。

 

ボールは弧を描きながらリングに迫り、そして…。

 

 

――ザシュッ!!!

 

 

リングの中心を綺麗に射抜いた。

 

『キタ…』

 

『逆転だ…』

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!!』

 

この日1番の大歓声が会場に響き渡った。試合時間3秒で花月、遂に逆転を果たした。

 

『スゲー、花月が勝った!』

 

誰もが予想しなかったこの結果に、観客の興奮は収まらない。

 

「……勝った――」

 

その時、誰もが花月の勝利を確信した中、空だけが気付く。

 

 

――緑間は何処だ?

 

 

さっきまで自分の目の前にいたはずの緑間の姿がない。そこへ、高尾がボールを拾い、スローワーとなった。

 

「っ!?」

 

そこで見つけた。緑間が前へ走っている姿を…。

 

「まだだ! 緑間をマークしろぉっ!!!」

 

『っ!?』

 

空の声に、花月の選手達も気付いた。

 

「もう遅ぇーよ!」

 

ボールを大きく前へと投げる高尾。空が必死にボールに飛びついたが、紙一重でボールに触れる事は出来なかった。ボールは、センターライン目前まで走った緑間の手に渡った。

 

「くっ!」

 

「あかん!」

 

大地と天野が慌てて緑間の下へ走る。緑間はすぐさま膝を曲げ、シュート態勢に入った。

 

「…ぐっ!」

 

「届かへん!」

 

ブロックに飛んだ大地と天野だが、対応が遅れた事で緑間のシュートをブロック出来る高さまで間に合わない。そんな2人を他所に、緑間はボールを放った。

 

 

――勝った!

 

 

勝利を確信した秀徳の選手達は拳を握った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ボムッ! …ボムッ……ボムッ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールは、緑間の数メートル前で転々と転がった。

 

 

 

『ビーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 

 

 

ここで、試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

同時に緑間の膝が力無く折れ曲がり、コートに両膝を付き、両腕から力が抜け、だらりと両手が落ちた。

 

残り3秒。逆転の為に走り、ボールを受け取り、スリーを放った緑間。だが、もう緑間に、リングにボールを届かせるだけの力は、残っていなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

試合終了…。

 

 

花月 123

秀徳 122

 

 

「勝った……のか?」

 

沸き上がる会場。その中で、空は茫然と立っている。

 

「勝った……ですよね?」

 

大地も同様に状況が理解出来ていないかのような表情をしている。

 

「…」

 

「…」

 

生嶋と松永も同じような表情をしていた。

 

「神城ぉっ!!!」

 

「綾瀬ぇっ!!!」

 

ベンチから馬場、真崎が飛び出し、それぞれ空と大地に飛びついた。

 

「勝ったんだよ! お前達はキセキの世代に勝ったんだよ!」

 

「すげーよお前ら! 俺、花月に来てホントに良かったよ!」

 

馬場と真崎は目に涙を浮かべながら喜びを露わにしていた。

 

「勝ったんや。俺らが」

 

天野が4人に向けてそう言った。

 

「勝った……勝った…!」

 

ここでようやく実感が沸いた空。目の前の大地に抱き着いた。

 

「ええ! 皆の力で!」

 

同じく勝利の実感が沸いた大地が抱き返す。

 

『…』

 

言葉を失う秀徳の選手達。高尾は両目を瞑って天を仰ぎ、木村は膝を手に付いて頭を下げ、悔しさを露わにし、支倉は立ったまま歓喜する花月の選手を見つめ、宮地は腰に手を当てながら俯いた。

 

「…」

 

両膝を床に付けたまま緑間が佇んでいる。

 

「…真ちゃん」

 

そんな緑間の傍まで高尾が歩み寄り、手を差し出した。

 

「…」

 

高尾の差し出した手を緑間は手で制した。

 

「自分の力で立てるのだよ。…っ」

 

そう言って、膝に手を当て、力を込めて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「123対122で、花月高校の勝ち!」

 

『ありがとうございました!』

 

センターサークル内に集まった選手達が礼をした。

 

「強かったぜ。俺達に勝ったんだ、この先、無様に負けんじゃねえぞ」

 

「おおきに。もちろんや」

 

宮地と天野が握手を交わす。

 

「試合では勝ちましたが、結局あなたには一矢報いるので精一杯でした」

 

「いや、お前もなかなかだった。お前はもっと強くなる。頑張れよ」

 

松永と支倉が握手を交わす。

 

「全中ベスト5は伊達じゃないな」

 

「ありがとう。また戦ろうね」

 

生嶋と木村が握手を交わす。

 

「ありがとうございました。高尾さんのプレーはすごく勉強になりました」

 

「ハハッ! お世辞はいいよ。俺みたいな凡人のプレーが参考になるわけないだろ」

 

「そんなことないっすよ。むしろキセキの世代のプレーは度が過ぎて参考にならないんで」

 

「ちがいねえ」

 

ここで高尾はふぅっと一息溜息を吐いた。

 

「(ったく、とんだピエロだよ。試合中にこいつは俺のプレーを見て全部自分の物にしやがった。とんだ役回りだよ)」

 

試合当初はがむしゃらにプレーしてだけの空だったが、目の前の高尾から学び、ポイントガードとして必要な事を少しずつ吸収していった。

 

「(…もう、個人でこいつには勝てないんだろうなぁ)」

 

緑間という天才と毎日練習している高尾。そんな高尾だからこそ理解してしまった。目の前の空は、その天才と同格の才能を持っていると。そして、その才能が今日、少しずつ蓋が開いていった事を…。

 

「この借りは来年返す。首洗って待ってろよ」

 

「上等。受けてたちますよ」

 

皮肉っぽく笑みを浮かべた高尾と不敵な笑みを浮かべた空が握手を交わした。

 

「…」

 

無表情で立つ緑間。だが、心中は穏やかではなかった。

 

「(油断はなかった。今日、俺は花月を敵として迎え撃った。だが、今日の花月は敵ではなく強敵だった。初めから強敵と戦うつもりで戦っていれば……いや、これも言い訳か…)」

 

顔を上げると、そこには大地がいる。今日の試合、両者の戦いは多かった。個人の結果で言えば緑間の圧勝だろう。

 

「お前達の勝ちなのだよ」

 

「ありがとうございました。内容では私の完敗です。次は、試合だけでなく、1人であなたに勝てるよう精進致します」

 

「ふん」

 

大地の返事に鼻を鳴らすと、2人は握手を交わす。緑間は踵を返すと…。

 

「だがこの先、今日のようにいけると思わない事だ。今日の内容では優勝など。夢のまた夢なのだよ」

 

それだけ言い残し、緑間は歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

ベンチに戻る花月の選手達。ベンチでは未だ、試合に勝利した興奮が冷めやらない。

 

「よう」

 

そんな中、空が姫川の姿を見つけると、一目散に傍に歩み寄った。

 

「証明したぜ。凡人であっても天才に勝つ事が出来るってな」

 

ニカッと笑みを浮かべ、親指を立てた。

 

「……バカ…!」

 

試合の勝利で歓喜する中、姫川だけは感情を抑えていた。だが、この言葉で姫川の感情が決壊する。その瞳から止め止めもなく涙が溢れた。

 

「(…でも、少し違うわ。以前、私はあなたを凡人って言った。けど、本当は違う。あなたは紛れもなく――)」

 

笑みを浮かべる空を見つめながら姫川は笑顔を作って涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

ベンチに戻った秀徳の選手達。応援席に整列し、礼をし、コートを後にした。

 

「…っ」

 

コートに続く専用通路に入った直後、緑間がバランスを崩し、倒れ込む。

 

「っ!? 真ちゃ――」

 

咄嗟に高尾が緑間を支えようとする。

 

「……と、よくここまで意地を張り通した」

 

転倒する直前、高尾より速く横を歩いていた宮地が身体を支えた。そのまま緑間の腕を自身の肩に回し、補助をした。

 

「……すみません」

 

もう地力で歩く事も出来ない緑間。先輩であり、主将である宮地に謝罪の言葉を述べた。

 

「気にするな。そのくらい当然の事だ」

 

「そうではありません。今日の試合――」

 

「『自分のせいで負けた』…なんて思ってんならそれは違うぞ」

 

緑間の言葉を遮り、宮地が訂正した。

 

「今日のお前は、俺の見た中で1番凄かった。チームの敗因はチーム全体の責任だ。お前1人の責任じゃねえ」

 

「…」

 

そう言われても納得が出来ない緑間。

 

「納得出来ないって言うなら、来年、お前が秀徳を優勝に導け」

 

「はい…!」

 

「頼んだぜお前ら。俺達3年の無念は、お前らが晴らしてくれ」

 

『はい!!!』

 

現3年生の無念。そして、想いを託された1年生と2年生達は、涙を流しながらその想いに応えた。

 

「頼んだぜ。新キャプテン」

 

「っ! ……はい…!」

 

緑間は、涙を頬に伝わせながら答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

『いやーすごい試合だったな!』

 

『ていうか、秀徳油断し過ぎだろ』

 

『みすみす勝ち試合落とすとか、秀徳も情けないな』

 

観客がそれぞれ感想を語り合っている。

 

「ま、確かに秀徳にも油断はあったな」

 

「けど、再試合したなら今度は秀徳が大差で勝つっしょ」

 

観客の感想を聞きながら根布谷と葉山が言葉を口にする。

 

「ウィンターカップに次はないわ。強い方が勝つのではなく、勝った方が強い。それが勝負の鉄則よ」

 

勝負の鉄則を口にする実渕。五将の3人共、真剣な表情をしていた。

 

「行くぞ。試合の準備を始める。気持ちを切り替えろ」

 

赤司が立ち上がり、席を後にすると、それに続いて洛山の選手達も続いた。

 

「…」

 

歩きながら、赤司が先ほどの試合の電光掲示板に視線を向けた。

 

「(花月高校…。今日の試合を見る限り、仮に、俺達と戦う事となったしても、俺達が負ける事はないだろう)」

 

試合を全て観戦した限り、そう分析した赤司。

 

「(俺達が戦う事があったなら、その舞台は決勝。もし、彼らがその舞台に辿り着けたなら、この予想も当てにならない。彼らは僅かな時間、僅かな経験で進化している。決勝に辿り着く頃には今とはさらに上の次元に立っているだろう)」

 

花月の潜在能力の高さを赤司は評価した。

 

「(もっとも、辿り着く事が出来たら、だがな…)」

 

赤司は踵を返し、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「秀徳が負けたか…」

 

観客席の一角に座る、誠凛の伊月がポツリと口にする。

 

「…」

 

誠凛の選手達が座る観客席の一角。その中で火神だけが、何とも言えない表情をしていた。

 

「どうした火神」

 

そんな火神に日向が気付き、尋ねる。

 

「……正直、納得出来ないって言うか、俺は、秀徳に勝ってほしかった。どう考えても強いのは秀徳だ。…なのに、負けるとか…」

 

思わず苛立つ火神。自分達に勝ってこのウィンターカップに出場しているだけに、ここでの負けに納得が出来なかった。

 

「言いたい事は分からないでもない。…だがな、その言葉は懸命に戦った秀徳と、正々堂々戦った花月への侮辱だ。そして、俺達自身にもな」

 

「…っ!」

 

日向の言葉に、火神はバツの悪い表情を取った。

 

「火神君。番狂わせが起こる条件って、何だと思う?」

 

突如、リコがそんな言葉を投げかけた。

 

「? ……それは、油断とか、作戦とか?」

 

少し考えた後、火神は自分の思う正解を言った。

 

「確かに、それも大きな要因ね。けど、私にはもう1つ大きな要因があると思っているわ」

 

「?」

 

リコの言うもう1つの答えが分からず、頭にハテナを浮かべる火神。

 

「それはね、番狂わせを起こした側の潜在能力が起こさせた側と同等かそれ以上にある事だと私は思っているわ」

 

それがリコの考えるもう1つの答え。作戦を忠実に実行出来るチーム力も必要だが、それだけでは全国区の強豪には勝てない。相手の実力と同等以上の潜在能力があって初めて番狂わせは起こせる。

 

「花月が格下だと言う思い上がりはここで捨てていきなさい。でないと来年、あなたも秀徳と同じ結末を迎える事になるわよ」

 

「っ!? …うす!」

 

一瞬、図星を突かれて目を見開いたが、すぐに表情を改め、真剣な表情で返事をした火神だった。

 

「…」

 

電光掲示板を眺める黒子。今では飄々としている誠凛の3年生達。高校最後の冬の大会に出場出来ず、悔しさも当然あるだろう。黒子は来年は必ず誠凛を優勝させようと心中で決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

「秀徳が負けた?」

 

会場のとある一室。花月と秀徳の試合のスカウティングを行っていた部員から告げられた事実に試合の準備をしていた選手達は驚愕した。

 

「まさか、秀徳が負けるとは思わなかったアル」

 

柔軟運動していた劉が驚きながら動きを止めた。

 

「ふーん。みどちん負けたんだー」

 

周りが驚く中、紫原だけは淡々としていた。

 

「あまり驚いてないようだが、敦はこの結果を予想していたのか?」

 

そんな紫原に氷室が尋ねた。

 

「別に驚いてない訳じゃないよー。俺も秀徳が勝つと思ってたし。…ただ、別にどっちが勝ってもその前にまだ勝たなきゃいけない相手がいるからね」

 

陽泉は花月の反対ブロック。戦うとなれば決勝。そこに辿り着くにはまだ戦わなければならない相手がいる。

 

「それに、花月と戦う事はまずないから。考えるだけ時間の無駄でしょ」

 

「? それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「失礼します! 秀徳と花月の試合が終わりました!」

 

とある一室、桐皇の選手達が集まる控室。突如、試合のスカウティング終えた部員が試合結果を伝える為に控室にやってきた。

 

「終わったのか。で、結果は?」

 

主将である若松は、バッシュの靴紐を結びながら尋ねる。

 

「そ、それが…」

 

尋ねられた部員は言いづらそうに口ごもる。

 

『?』

 

その様子に、今まで耳だけ傾けていた選手達が手を止め、注目した。

 

「……秀徳が、負けました」

 

「……はっ?」

 

事実が理解出来ず、若松が聞き返す。

 

「122対123で秀徳が敗れました」

 

「…………ハァッ!?」

 

口にされた事実をようやく頭で理解した若松は思わず大声を上げた。

 

「ウソ…ですよね? あの秀徳が敗れるなんて…」

 

同様に桜井が信じれないという表情で言葉を口にする。

 

『…』

 

他の選手達も思いがけない事実に驚きを隠せないでいた。その時…。

 

「静かにしてください。まさかの結果に驚くのは分かりますが、この後すぐ試合が控えている事を忘れないで下さい」

 

手をパンパンと叩きながら原澤が選手達に向けて言った。

 

「試合の準備を進めて下さい。『次』の対戦相手の事は、まず目の前の試合に勝ってからです」

 

そう選手達に言い聞かせた。

 

「…何だよ、緑間の奴負けたのかよ。ったくよ、あいつとまた戦うの楽しみにしてたのによぉ」

 

桐皇の選手達の中で、1人気怠そうに座っている青峰がポツリと呟いた。

 

「ちょっと大ちゃん。分かってると思うけど、明日の試合――」

 

「分かってるよ。秀徳は油断やマグレで負ける程温くはねえからな。仮にも勝ったって事は、それだけのもんは持ってんだろ」

 

やる気がなさそうな青峰を見かねた桃井が諫めようとしたが、青峰はそれを遮りながら言った。

 

「ま、例えなんであれ、俺のやる事は変わらねえよ。叩き潰すだけだ」

 

今まで目を閉じていた青峰は、ギラつかせながら目を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

「…勝てたな」

 

とある一室。試合を終えた花月の選手。その中で試合に出場したスタメンの5人が床に寝転がっていた。

 

「今でも震えが止まらん」

 

空の発した言葉に続き、松永が言った。

 

「それは試合に勝った事? それとも、最後の緑間さんに?」

 

「両方だ」

 

生嶋の質問に、松永が答える。

 

「しんどい相手やったなあ。こないに疲れた試合は始めてや」

 

大の字に寝転んだ天野がしんどそうに言った。

 

「私達の努力が実り、私は感無量です。花月に来て、良かったです」

 

大地の言葉に、他の4人は笑みを浮かべた。

 

「あー疲れた~」

 

「フフッ、くーでも疲れる事があるんだね」

 

「俺を何だと思ってんだよ」

 

生嶋の皮肉に、空は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「とにかく……勝ったんだな…」

 

そう、空は呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「…」

 

控室の扉を少し開け、中の様子を窺っていた姫川は、そっと扉を閉めた。

 

「あれ、姫ちゃん? みんなは――」

 

みんなを呼びに来た相川。姫川は唇に人差し指を当て、静かにするように伝える。

 

「この控室は今日どの高校も使わないし、しばらくそっとしておきましょう」

 

相川は音を立てないように扉を開けた。

 

「…フフッ」

 

笑みを浮かべると、姫川と同じようにそっと扉を閉めた。

 

「あんなに頑張ったばかりだもんね」

 

「次の対戦相手のスカウティングに行くから付き合ってもらってもいい?」

 

「うん! 私にもいろいろ教えてね♪」

 

2人は控室を離れていった。控室の中では…。

 

『スー…スー…』

 

先程の5人が眠り込んでいた。激闘に次ぐ激闘の末、辛うじて勝利を収めた花月。身体をギリギリまで酷使した選手達は、その身体に英気を養う為、眠り込む。

 

もちろん、これで大会が終わった訳ではない。今日と同等…それ以上の戦いが明日も待っている。

 

だが、花月の選手達は今はその事を忘れ、勝利の余韻を感じながら、夢の世界に旅立ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 





これで一区切り出来ました。

本当は去年までに終わらせたかったんですけどね…(^-^;)

前回投稿時時点で試合終了まで書きあがっていたんですが、あえて分けて投稿しました。…まあ、分けた理由に深い意味はありませんが。

感想、アドバイスお待ちしております。

最近感想なくて悲しいなあ…( ;∀;)

それではまた!

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