~尾張、美濃境・正徳寺~
「待たせたわね!美濃の蝮!」
今ここでは尾張の大名・織田信奈と美濃の蝮こと斎藤道三による会見が行われていた。
織田信奈としては北に位置する斎藤道三と同盟を結ぶことで上洛の機会を虎視眈々とうかがっている今川家に集中したいと思っての会見である。
対して道三は尾張のうつけと呼ばれる信奈の実力測定が主な理由だが孫である龍興にぜひ行くべきと言われてもいた。
斎藤家三代目当主候補・斎藤龍興。今彼は本堂の広い庭に小姓の明智光秀とともに待機していた。
そこへ信奈が登場したのである。見た目が言いそれを見て祖父の道三はうねっていた。
「(・・・阿呆が)」
龍興は内心ため息をつく。既に17となっている彼は色々な事が分かっている。故にいくら危険は少ないとはいえ相手をまるで警戒していない祖父の態度にあきれ返っていた。
「私が織田上総介信奈よ。幼名は『吉』だけどあんたに吉とは言われたくないわね。美濃の蝮!」
「(やはりうつけか・・・)」
俺は内心で信奈の態度にあきれ返る。今、国力的には斎藤家の方が大きいのである。更に将軍より『美濃守護職』をいただいており権威も自称上総介よりも高かった。
いくら幕府や公家の力が落ちたこの乱世でも言っていの権威は必要であった。
つまりこのうつけは会社に例えると極小企業の社長が大企業の会長に高圧的に接している感じだ。
「(俺が当主になれば織田家など潰してくれるわ)」
内心そう思う俺だった。
「そなたの力量、いくつか疑問があるのでな。尾張一国もまとめられぬうつけという評判を聞いておるのでのう」
そしていつの間にか話は進んでいて道三は立ち直っていた。
「場合によってはこの場でそなたのお命を頂戴するやもしれぬくっ、くっ、くっ」
道三が暗殺宣言をしているが当の俺は
「(対象の前で堂々とお前を暗殺すると言うか普通)」
と、かなりマイナスな評価を下していた。
ふと、横を見れば小さい女と猿顔の男がいるが猿顔の方は震えていた。
それを見て俺は「(大事な同盟会見の場でこんな小物を連れてくるとは・・・。やはりうつけというのは本当らしいな)」とさらに信奈への評価がおちていた。
「あんたほどの器なら、わたしの実力のほどは一目見ればわかる筈よ」
「ワシはな、武将を見ただけでは判断せぬのよ。ワシ自信、今でこそ禿げ爺だが、若いころは水もしたたる美青年じゃったのでのう・・・。そこに控えておるワシの孫と同じくらいにな」
そう言って俺の方に顔を向ける。おい、くそ爺。こっちみんな。
「へ~、どれどれ」
そしてうつけ、お前もこっち見るな。と、思いつつも軽く頭を下げる。俺はお前とは違って礼儀は完璧なんだよ。
「さて、話が逸れてしまったが、いくつか訪ねてもよいか?うつけ姫」
「いいけど、何かしら?」
やっと戻ってくれたよ。全身鳥肌だらけだ。
「一つ目の質問じゃ。そなたは何故、領民からも家臣からも、”尾張のうつけ”とそしられておるのかな?」
「(まあ、妥当な質問だな)」
領民どころか家臣にまで”うつけ”と呼ばれている織田信奈。はたしてこいつの心境はいかがなものか。
「逆だわ!わたしの周りにいる家臣どもがうつけなのよ」
一瞬吹き出しそうになった。え?何それ?周りの方がうつけ?こいつ頭おかしいんじゃね?
「はて。そなた、うつけ姿で町を歩いていると言うが」
「違うわ。外出するのに効率がいい服装を選んできているだけよ」
「ほう・・・?」
「いくら姫武将だからって貴族ぶった格好で馬に乗ったり戦に出ていたりしたら、機動力が落ちるでしょう?今川義元みたいな十二単なんて論外。戦で不覚を取る事になるわ!」
「されば、まるで下人のような茶筅まげも効率のためなのかな?」
「ええ、そうよ。きれいに結っていたら時間がもったいないでしょう?私はとにかく忙しいんだから!」
「(いや、知らねぇよ)」
信奈の言葉に内心で突っ込む。
そうしているとうつけが先ほどまで震えていた猿顔の持っているひょうたんをゆびさしながら、流れるように語り続ける。
「腰のひょうたんだって機能的で便利なのよ。いちいち小姓に持って来させなくても、必要ん物をすぐに引っ張り出せるわ。種子島だって今はまだ南蛮の珍しいおもちゃぐらいにしか思われていないけど、これからの戦では槍や刀に代わって主役になるにきまってるじゃない!今は日本一弱い尾張の兵士だって、種子島を持たせれば最強よ!」
「なるほど。じゃが、鉄砲も1挺2艇では役にたつまいて」
「そうね。弓と同じで、数が必要だわ」
「高値で希少品の種子島を、果たして何挺集めたのかな?銃挺か、それとも二十挺かな?」
「五百挺よ!」
五百挺!?わが軍の何倍じゃ!?と、道三が呻いた。
「(・・・織田信奈。貴様の評価を改めなければいけないな)」
道三が呻いている時、俺は信奈について考えていた。
「(先を見る能力に極度の合理主義者。これは俺の野望の邪魔になる存在だな。今同盟をしてしまえば織田はもっと強くなる)」
俺はそのように感じていた。そして無意識のうちに刀の柄に手がかかっていた。
その時であった。
「龍興様」
不意に呼ばれた。ハッとして隣を見ると心配そうにこちらを見る光秀がいた。
「どうなさいましたか?すごく怖い顔をしてやがるです」
「・・・大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
そうですか、と光秀はこれ以上は聞いてこなかった。
そして俺は意識を会見の場に戻す。既に会見は終盤に差し掛かっていた。
「私はいずれ美濃を併呑する。あんたの生涯の夢、天下統一の野望を、私がかなえてあげるわ!」
「商人が自由に商いを行える国を、そなたが?」
「商人だけじゃないわ。農民だって侍だって同じよ。日本をこんな風に乱れさせた古い制度なんか全部叩き壊して、南蛮にだって対抗できる新しい国に生まれ変わらせて見せるわ!私が見ているのは日本だけじゃない。『世界』よ!」
「(・・・)」
「・・・そなたが尾張でうつけ者と呼ばれる理由が、やっとわかったわ。子の知恵者のワシの頭の中ですら『天下』、つまり日本が知恵の及ぶ限界じゃった。だが信奈殿。そなたはすでに日本を飛び越えて、『世界』などという途方もないものを見据えておったのじゃな」
「蝮、今のはここだけの話よ。あんたと私にしかわかりえない話だもの。余人に聞かせれば、うつけどころか気が降れていると言われるわよ?」
「いえ、ここにもおりまする!この十兵衛と龍興さまもその話は分かります!」
そこへ、突如光秀が名乗りを挙げた。ついでに俺も含まれていたが俺はそんな事はわれ関せずと信奈を見ていた。
「おう十兵衛。そちも思わず熱くなったのじゃな。しかし今はまだ早い。今は、黙っておれ」
「・・・ぎょ、ぎょい」
「龍興もだぞ?」
「・・・はっ」
俺は軽く平伏する。
「・・・何か話したいようじゃな。どうだ信奈殿、話させてやってもよいか?」
孫にとことん甘い道三が信奈に確認を取る。
「・・・構わないわ。蝮の孫がどんな考えの持ち主か知りたいしね」
「ありがたい。さ、龍興よ来てそちの考えを述べてみせよ」
いつの間にか俺の考えを言う雰囲気になっている。・・・仕方がない。行くとするか。
「分かりました」
俺はそう言って立ち上がった。