美濃長良川では美濃の当主である斎藤道三とその息子である斎藤義龍が争っていた。
道三は最初は国人たちはこちらにつくと予想していたが予想に反し、すべて義龍側についてしまったのだ。
この裏には龍興の存在があるのだがそれを道三は知る由もなかった。
故に戦が始まって今迄道三軍は押されっぱなしだった。十倍以上の軍勢を相手にしている中で総崩れにならないだけ道三の器量がうかがえるがそれは単なる時間稼ぎにしかならなかった。
おそらく今日中には道三軍は壊滅するであろう。
道三軍はそこまで劣勢であった。
「・・・情勢は極めて不利、か」
尾張と美濃の国境に設けた砦に籠った龍興は不利な状況になりつつある戦況に一人ため息を吐く。
当初の予定では鉄砲による弾幕で敵を近づけない様にさせて義龍軍が道三軍をたおすまで粘る筈だった。
しかし結果は織田軍に敗北して砦に籠城している始末であった。
「十兵衛は戻って来れたが前線の兵はやられたか」
飛騨姉小路家筆頭家老となった明智光秀には一部の兵を貸して脇を攻撃させたが本隊が敗走したため砦まで戻って来ていた。
「龍興様、申し訳ねえです。一部の兵を失ってしまいました」
そこへ光秀が現れて謝罪した。
「・・・構わない。確かに戦には敗れはしたがまだ負けたわけではない」
そこまで行ってから一息をついた。
「・・・そもそもこの戦いは別に叔父上を討ち取るのが目的ではない。その点では俺達は無理をしなくていい」
「確かにそうですが・・・。というよりべつに兵を出す必要もなかったと思いますが」
飛騨は今回の出兵で財政が火の車であった。
「だが、兵を鉄砲の一斉斉射に慣れさせる点では今回の出兵は意味があった」
「いや、でも」
「それに財政なんてこの出兵後に方がつく。・・・そろそろ来るかな」
そう言った時義龍の伝令兵が龍興の前に来た。
「申し上げます!先ほど幕府と朝廷の使者が現れ龍興様を正式に美濃及び飛騨守護にすると伝えられました!それから斎藤道三は前守護の件で切腹が言い渡されました!恐らくすでに腹を切っていると思われます!」
その報告に龍興は笑うのであった。
「なんですって!?」
所変わって砦のまわりに展開中の織田信奈の本陣で信奈は幕府と朝廷の使者の言葉に驚愕していた。
「・・・つまり道三殿は切腹し、龍興殿が斎藤家当主となったと」
「そう言う事です。故に織田信奈殿は速やかに領地へ戻られよ」
使者は少し強い口調で言う。対する信奈は唇をかみしめていった。
「・・・蝮が切腹するのは避けられないの?」
すがるように信奈は言う。信奈にとって蝮は数少ない自分を真の意味で理解してくれる数少ないものの一人であり今となっては会えない父親出会ったからだ。
しかし使者は無慈悲に口を発する。
「織田殿の気持ちは分かります。義父とは言え父親なのですから気持ちは分かります。しかしこれは決定事項です。俺が覆る事はありませんしすでに斎藤道三は切腹していると思いますよ?」
瞬間最後の言葉を聞いた信奈は一人駆け出そうとするも幕府の使者に阻まれる。
「どうしたのです織田殿?こちらはあなたの領地ではありませんよ?」
「うるさい!私の進む道は自分で決めるの!他人の指図なんて受けないわ!」
少し怒鳴りながら信奈は言う。それを使者はやれやれと肩をすくめた。
「やれやれ、噂程度には聞いておりましたが・・・。まさかここまで酷いうつけだったとは。今川義元も酷かったですがあなたはもっとひどいですね」
「人を見た目で判断するな!」
「お、おい信奈。それくらいにした方が・・・」
激怒する信奈に良晴は落ち着かせようとするが火に油を注いだようでますます怒り良晴は絞め落とされてしまった。
その様子を見た使者はさらに言う。
「全く、当主と家臣の立場を理解出来ていない猿家臣。そんな家臣を殺す勢いで暴力を振るう主君。織田家と言うものはまさに太古の野蛮人の集まりだな」
「何だと!」
「・・・いくら幕府の使者とは言えあまりにも無礼です。24点」
使者の毒舌に信奈の家臣である柴田勝家と丹羽長秀が反論する。他にも本陣にいた信奈の家臣たちの表情も険しかった。
「おや、どうかされましたか?私は事実を述べたまでですが」
「・・・確かに相良殿の行いは家臣にあるまじき行為ですが、たかが織田家への使者であるあなたが織田家を愚弄していいわけではありません」
「あなたの言う事は十分に理解しております。ただの使者が言っていい事ではないのも理解しております。しかしあなた方は愚弄するに値するものだと思ったから行ったまでです」
私はこれで失礼します、と使者はそう言って本陣から出ようとしたがふと立ち止まって信奈たちを見る。
「ああ、いい忘れていましたが私の名前は細川兵部大輔藤孝と申します。理解いただけないなら自称上総介と名乗る主君よりも偉い雲の上の存在、と覚えていた打えればいいです」
そう言って使者こと細川藤孝は本陣から去っていった。
織田家の家臣のほとんどを敵に回して。
時は少しさかのぼる。
長良川の川岸で死装束に身を包んだ道三の姿があった。
道三は幕府と朝廷の使者より聞いた事を受けて義龍に降伏した。
幕府と朝廷の意向もあって道三はその日のうちに切腹が言い渡された。
そして道三はその時間を静かに待っていた。
「・・・人生とは分からぬものよ」
ポツリと道三はつぶやいた。
正徳寺での同盟から時間はあっという間に過ぎていった。
そこで道三はふと思い出した。
「確かあの時も朝廷の力があったな。・・・今回も行ってみれば地方の争い。たかがそんなどこにでもあるような事の為に幕府と朝廷が動くとは思えん。となるとやはり・・・」
そこまで考えた時、時間となった。
道三は小刀を持った時誰にも聞こえない声で呟いていた。
「さて、信奈ちゃん。ワシの孫はどうやら知らぬ間に巨大な力を持っていた様じゃ。間違いなく龍興が当主となれば尾張を手に入れんと動くだろう。その時どう動くかな?あの世でとくと拝見させてもらうぞ!ふんっ!」
その日道三の死により『長良川の戦い』は義龍の勝利で幕を閉じた。
美濃は義龍が当主となり新体制が築かれ少しの間平穏な生活となる。
しかし『長良川の戦い』から二週間後、斎藤義龍は急死してしまう。
これにより飛騨守護となり国力を高めていた姉小路龍興が当主となる。
少しの混乱はあったものの、龍興の巧みな采配により混乱は最低限に抑えられた。
このことに近隣諸国は防備を強める中龍興はともに数名を連れて尾張へと向かっていた。
しかしこの時点で彼の行動に気付いているものはいなかった。