アニメの主人公なら美少女と出会い、イケメンな同級生は彼女とデート。そんな高2の夏。
俺、井上 裕貴は自分の部屋で友人の話を聞いている所だった。
「だから! つきじゃなくてゆえ! 董卓の真名はゆえって読むの!」
俺の目の前で力説しているのは、俺の友人にして、恋姫オタクである、麻関 羽翔(まかん うしょう)だ。
羽翔はその名を見れば分かるが、姓に関、名に羽があって、繋げると関羽になる。そんな事があって、こいつは三国史に物凄く詳しい。しかしどこで道を踏み間違えたのか恋姫にはまり、今はこんなに残念になってしまった。
「羽翔、恋姫はキャラが多すぎてよく分かんないよ」
俺は、お世辞にも頭が良くない。ヒラメキも、特技もない。羽翔が、恋姫に転生した時の為に朱里に認めてもらうんだ! と、やり始めた将棋(主に俺が付き合わされる)でも惨敗に惨敗。よく漫画で、『こいつは一体何手先を読んでるんだ!?』とか、主人公が言ったりしてるが、俺は2手先すら読めない。そして、体力テストでは下から50番とかそこら。ダメダメな俺は、一向に恋姫のキャラやストーリーを覚えられていないままなのだ。
「ははは! 心配無用、これを使え!」
羽翔はやけにハイテンションで自分のバックからノートをとりだす。羽翔が取り出したノートは白い色のルーズリーフで、表紙には恋☆姫ノートと書かれていた。俺は羽翔からそのノートを受け取り、開く。
「おぉ……!」
ノートを開けると目次と書いてある。目次を見ただけでもこのノートの凄さが分かった、まるで恋姫の公式サイトのみたいだ……いや、どちらかというとウィキペディアか? 俺は目次でさっき教えて貰った董卓を探し、董卓のページを開く。ページには董卓のイラストに、解説、演義との違いなど事細かに書いてあった。
「な? すごいだろ」
羽翔は得意げに胸を張る。こればかりは凄いとしか言いようがなかった、こいつ……こんなの作る暇があったら、俺の夏休みの課題手伝えよ。と思いながらページをめくっていると。
「ん?」
俺はふと、最後のページに転生した時の心得というのがあることに気づいた。
「えと……これは?」
俺はそのページを指差す。
「あぁ、それね。おまえが恋姫の世界に転生した時に役立つかなと」
「はぁ? 俺のことより自分が転生した時の事考えろよ、恋姫オタクなんだから」
俺がそう言うと羽翔はなぜか苦笑する。
「俺が転生するより、おまえが転生する確率の方が高い気がするだよな」
羽翔はその顔のまま、言葉を続ける。
「俺もさ、恋姫ファンだからさ。恋姫の世界には行ってみたいけど、俺が外史とかの管理者だったら、絶対俺よりおまえを転生させるとおもうんだよなー」
「なんでさ」
「おまえのが恋姫の世界に行った方が面白いから」
羽翔は時々変な事を言う時がある、最初は時期遅れの厨二病だと思っていたのだが、後でよく考えてみると、羽翔の言っていることは的を得ているものばかりだった。今回のはどういう意味なんだろうか……、
「ただいまー」
俺の思考を遮るように、妹の恵梨香の声が聞こえてきた。デジタル時計を見れば17:27を表示していて……、
「やばい! 恵梨香の塾に一緒に行かなきゃだ!」
「じゃあ俺は帰るかな」
「あー! すまん、羽翔」
俺はパチンと両手を合わせる。それに羽翔は笑ってから、最後に一つだけいい? と、聞いてくる。俺はそれに頷いて……、
「裕貴、おまえは弱いんだから多くのものを望むなよ?」
二兎追うものは一兎も得ずだな。羽翔は最後にそう付け足して部屋を出ていった。
俺は、その羽翔の的を得ていた言葉を……準備に夢中で……聞き逃していた。
「いやー、ついに我が家も中学受験かー」
妹は小六、受験生だ。ちなみに俺は公立中で兄妹は二人だけなので、我が家初めての中学受験である。母親は神経質になり、塾までのそう遠くない道のりを妹に俺が付き添っていくなんて言い出して。
「いやー、まったく。母さんもあそこまで神経質にならなくてもな。付き添いなんて……ねぇ?」
「その言い方キモイよ」
妹は辛辣な言葉で返してきた、かの有名な反抗期である。
「あー、着いた」
大通りの反対側に塾が見える。そして、目の前を車が猛スピードで走っている。
「危ないな……」
車道の脇には花束が添えられてあった。ここはかなり危険な通りだ、実際に交通事故が起きて……一人の子供がなくなったことがある。
「きゃあ!」
と、突然後ろで誰かの悲鳴が聞こえた。そして、俺の手が強く引っ張られる。
「うわ!」
俺は思わず手を放してしまう。そして目の前に黒い人影、が見えて……、
「ひったくり!」
隣の妹がそう叫んで駆け出す、ひったくりは、今まさに車道に飛び出そうとしていた。
けたたましいブレーキの音が大通りに鳴り響いて、車が止まり道ができていく。ひったくりは車道を飛び出していて……、妹もその後を追う。
「あの、バカ!」
妹は足が速い、バテ始めたひったくりの持つ俺のバックに妹の手が届い……た。二人の動きが止まる。安堵した俺は歩き出そうとして……、
ブーーーーーーーーーーー
しかし、妹とひったくりの横に大型トラックが迫ってきたのが見えて、
「あああああああ!」
俺は駆け出していた、俺は妹を突き飛ばす。そして、ひったくりの方を振り向いて……。
その瞬間、ばっ、と俺の視界が黒くなった。
だんっ、と音がする。気が付けば俺はひったくりに押し倒されていて。
「なっ! あほ! 轢かれるぞ!」
上にのしかかられていて俺は動くことができない。そしてひったくりも動きそうにない……こいつ、頭大丈夫か? 死ぬぞ!
トラックが急ブレーキをかけて、タイヤから煙が上がる、しかし止まりそうにない。
「どいてっ……よっ!」
ふと、突き飛ばしたはずの妹の声が聞こえて……。
声のした方を見れば妹がひったくりを俺から引きはがそうとしていた。
「あ……ッ」
俺は言葉を発しようとして……しかしトラックがもうすぐそこまで来ていて……。
(裕貴、おまえは弱いんだから多くのものをのぞむなよ?)
あいつの、そんな声が聞こえた気がして……。
俺はトラックに轢かれて、死んだ。