FLOWERS Another Episode 会長の思惑 作:抱き枕50
蘇芳君と指切りしてから初めての安息日。
僕とネリーは、オリエンテーリングの下見に森に行くことにしていた。コースやチェックポイントは学院側でなくニカイアの会が立案するので、役員は責任重大なのだ。
だからツートップたる会長、副会長の僕とネリーが直々の下見に駆り出されるというわけ。去年のデータを参照して机上の案は立ててある。
朝食を食べ礼拝をする。敬虔なキリスト教徒であるネリーは、礼拝を欠かすことはない。僕も洗礼を受けてはいるがネリーほど殉じる生き方はしていない。よくネリーに信心の事を揶揄されるが、僕には正直同じステージには立てない・・・・・・。
一人だったら礼拝をすっぽかして朝食後に即出かけてしまったろう。不謹慎かもしれないけど、理由はある。ちょっとばかり天気が怪しいのだ。予報ではお昼頃には降り出すという。
しかも十年に一度という大雨の可能性が高いと喧伝されている。コースは川沿いもあり増水で流される可能性や、赤土で滑りやすい場所、木の根でつまずきやすい場所も多々ある。
本番のシミュレーションとしては、危険を把握する意味において下見の今日の雨は有りなのだろうけど、遭難しては本末転倒である。熱心この上ないネリーを残し、先に聖堂を出てぶらぶらしてネリーを待つ・・・・・・。
万一の時、二人ではやばいかなと思案していたら、聖堂を出てくる礼拝を終えた蘇芳君、アミティエの花菱君と匂坂君の三人が視界に入った。
土曜日と違い日曜の今日は強制ではないので、三人の存在は想定外だった。ネリーの話では花菱君が特にキリスト教の教義に熱心で参拝も積極的にし、蘇芳君がそれを断りきれずお付き合い。それに匂坂君がついていくといった感じらしい。それはともかく、善は急げ。早速声をかけてみる。
「おーい。美人の蘇芳君。譲葉だよ、こっちこっち」
想定外は向こうも一緒らしく、不意をつかれキョロキョロする。程なく彼女たちは僕を見つけ微妙な顔で会釈をしてくる。特に匂坂君は若干引きつって見える。
「あらあら、ごきげんよう。花菱さん達は熱心ね。バスキア教諭も感心してたわよ。」
何時の間にか、ネリーが後ろに来ていた。合唱部の先輩後輩であるネリーと花菱君は佳い関係を築いているようだ。
僕も合唱部の先輩なんだけど・・・・・・。そう思うもネリーは部長だし、僕は無印。それにフルタイムで合唱部に参加してないのでちょっと扱いが違うのは致し方ない。時間が惜しいので早速オリエンテーリングの下見の話をしてみる。
「皆はこれから予定はあるのかい? 無ければこれから僕達と桃源郷ツアーに参加してみないかな? 」
「桃源郷? ですか・・・・・・」
「譲葉ったら。皆が困惑してるわよ。でも,予定が無かったら如何かしら。今度開催されるオリエンテーリングの下見なのよ」
ネリーの言葉に、心無しか警戒心が薄れた様に感じた。チャンスとばかり僕も空を指さして天気の話をし、天気が崩れそうだから手伝って欲しいと頼む。
この三人の中で、キーになるのは蘇芳君だ。彼女が動いたら後は造作もない。しかし、なにか釈然としない顔つきをしている。
「オリエンテーリングってなんですか? 」
蘇芳君の言葉に、言葉を失い固まる僕たち。匂坂君が小学校でやったじゃない? コンパスと地図持ってと口を開き、花菱君も頷く。
何かバツの悪そうな蘇芳君が痛々しい。そうか彼女・・・・・・学校に行ってない時期が有ったなぁ。入学前にニカイアの会で閲覧した資料で見たことを思い出した。そして蘇芳君のアミティエはそれを知らないのか・・・・・・。
「蘇芳君の学校はやらなかったんだね。別に知らないからって恥ずかしいものでもない」
「はい・・・・・・」
消え入りそうな声で蘇芳君が答えた。
「詳しく説明するから、僕と一緒に来なさい! これで本番にはハンデなしでいけるよ」
僕は親愛の印としてウインクして彼女を見る。刹那顔を赤らめる蘇芳君。蘇芳君は恐縮した顔でアミティエと二言三言と話をし、僕の申し出を受諾してくれた。
これで二班編成でいける。と相好を崩すも・・・・・・。
「そうか、二班だとカメラが足りないな、ちょっと取って来るから待っててくれ」
「いや、時間のロスが気になるな。君たちの中で脚に自信の有るのは誰だい? 」
蘇芳君にうながされて、控えめに匂坂君が手を挙げた。
「じゃあ、ネリーと蘇芳君、花菱君は今から出て。僕たちは後から追うよ。泉のポイントに先行してくれ。そこで落ち合って二班に別れよう」
話はまとまった。ニカイアの会のカメラをネリーに託し、花菱君と蘇芳君にオリエンテーリング資料の入った鞄を手渡す。
踵を返し僕は寮に私物のカメラを取りに戻った。その間、匂坂君はここで待ってもらう。その後は早足で追うわけだ。沙沙貴君から匂坂君の運動能力は耳にしたことあり、心配はしてない。
そんな匂坂君だが意外にも蘇芳君と同じくらいバレエは不得意で居残りの常連だという。身体固いのかなあ? とも思うが、それはあとで本人に聞くとして今はひたすら急ぐだけだ。空模様もこちらを見透かしたように悪くなってきた。
「さすがだね、匂坂君は足が早い。沙沙貴君が言うだけのことがある」
沙沙貴姉妹の名が出たことで、ちょっと驚く表情の匂坂君。このピッチで動いて息が上がらない様を見せつけられるとはたいしたものだ。
「匂坂君は、サッカーやったことあるかい? 僕のチームに入らないか? 」
「沙沙貴君もメンバーなんだよ。キーパー要員として一年で最も長身の蘇芳君にも参加のお願いをする予定なんだ」
困惑が浮かぶ顔を見て、話を回収する。
「まあそれはあとの話だね。先を急ごう」
泉のポイントに到着すると、ネリー達が地図を広げていた。足音で気づいたのか顔を上げこちらに手を振る。転がるように座り込む僕達。
「早かったわね。流石だわ、二人とも足速すぎよ。そこの水美味しいわよ。飲んできなさい。勾坂さんも」
ネリーにうながされ、二人で湧き水を飲み、喉を潤しやっと話す状況になった。歩測の都合で班を決める。
「ネリーは匂坂君と花菱君で右回りに、僕と蘇芳君は左回りに回るよ。写真は都度都度撮っていこう」
皆がハイと答えた。いい子達だと改めて思う。
「天気は大丈夫だと思うが、ヤバいと思ったらすぐに戻ってここに集合」
時計の確認をして12時にここで落ち合うことにして休憩は終了。蘇芳君と離れて未練がましい視線の花菱君を、ネリーと匂坂君が手を引いて歩きだしていく。僕たちもまねして手を繋いだ。照れる蘇芳君が可愛い。
ポイントポイントで写真を撮り、かかった時間や距離を記録して行く。途中、菜の花の群生地を見つけ役得とばかりに、シャッターを切る。もちろん、花だけでなくフォトジェニックな蘇芳君の写真もだ。晴天でないのが少し心残りだが・・・・・・。
「さて,ちょっと急ごうか。風が湿ってきた」
無言の同意を貰って、先を急ぐ。分岐にマーキングや、落雷時の避難場所の目星をつけたり、順調にこなして行ったのだが、泉の手前でやらかしてしまった・・・・・・。
「あっ,あっ~ててっ痛・・・・・・」
草に隠れていた木の根に蹴躓き、ダイブするようにコケてしまったのだ。カメラを庇って手が出せず、顎の辺りをしこたまぶつけてしまった。躓いた足も少しひねってしまったようだ。
「先輩、大丈夫ですか。血、血が、出てます」
蘇芳君が慌ててハンカチを持ち出して、僕の顎を押さえる。まだちょっとぼーっとする。ハッと気付き手のカメラを見る。良かった無事だ。
身体の怪我はほっときゃ直るけど、機械はそうはいかねえ。これは父が良く言っていた事だ。立ち上がり,蘇芳君に肩を借りる。泉まで進み、湧き水で顔を洗う。
「ハンカチを汚して悪かった。洗濯して返すから、これを代わりに」
蘇芳君に自分のハンカチを渡す。気にしないでくださいと言うが、恥を上塗りさせないでと納得してもらった。
汚れを落とした顔を改めて鏡で見ると顎の左側に傷があった。絆創膏を貼り一件落着。足は痛いけど歩けないほどではない。しかし制服はかなり汚れてしまった。週一で来るクリーニング屋さんに出さないとダメみたい。そうこうしていたらネリー達が来た。
「譲葉! 一体どうしたのその格好。怪我は、怪我は・・・・・・」
涙目のネリーに状況説明。顔の怪我と足の状況を話し、そんなに心配しないようにとハグをする。
「蘇芳さんが居て良かった。私では譲葉に肩貸して学院まで戻れないから」
「すまない、蘇芳君。ネリーに言われるまで気がつかなかった。一緒に帰ってくれるかい? 」
「私で良ければ・・・・・・」
蘇芳君から言質を取り一件落着。
来る時から興味がありそうだった匂坂君にカメラを託し、一同帰路につく。雨は最後まで持ちこたえた。
本当は足はもう平気な状態だったけど、蘇芳君と密着して帰るために、皆には痛がるふりをしていたのは、ネリーにも神様にも内緒である。