FLOWERS Another Episode 会長の思惑 作:抱き枕50
「まったくもってやれやれだな。予想してたよりハードな事案だったね、ネリー」
顔が真っ赤のネリーが、俯きながらボソッと呟く
「やめてよ。譲葉。ここは周りに人が居るわ・・・・・・聴かれたらどうするのよ。それでもしも先生の耳にでも入ったら」
要職の二人がここで語る事では無いでしょう。そういう話は後でと、ネリーの指が僕の唇を押さえる。白魚の様な指は実に扇情的で理性を保つのは辛い。付き合いの長い僕だから我慢出来るけど、そうでなければ劣情を押さえるのはキツいだろう。
すれ違う先輩方に黙礼しながら廊下を歩く僕達。件の先輩に遺棄のサインをもらうため三年生の教室を訪れる。サインを書類にもらい視聴覚室から回収したブツを手に、ニカイアの会の執務室に向かう。部屋に入り没収品保管庫を開けて、ブツにタグを付けて保管し書類を綴じて事案は一段落。そして廊下の話を続けた。
「アンドリュー・ブレイクって、あの先輩も相当エッチぃの見てるんだな」
「あら、それを語れる譲葉だって似たようなモノじゃない。"やらしい人"ねホントに。何時からこんな子になってしまったのかしら」
「ネリー、君がそれを言うのかい? 自分だけいい子でいるのはズルいな。お姫様」
僕とネリーは視線を合わせ、刹那沈黙しキスをした。激しく求め合い暫し時が止まる。どれくらい重ねていたのだろう。ネリーがもういいわとばかりに身体を離す。
「どうしたのよ。馬鹿にしてるの? 何時ものあなたじゃないわ、譲葉。ちっとも気が籠もってない! どうしてなの・・・・・・原因はあの子・・・・・・・・・・・・なのね」
声を絞りだし泣き崩れ床に座り込んでしまうネリー。抱えて上げて抱き寄せたいのだが、僕の本心がそれを阻もうとする。見ているのも痛々しいのだけど立ち去る勇気もない卑怯な僕。泣き崩れたネリーに何時もの燐とした雰囲気は無い。
理由は判っている。ネリーをこんなしまったのは僕が悪い。彼女に非は無いのだ。白羽蘇芳に心奪われた僕が罪人なだけ・・・・・・。傷心のネリーを抱き抱え、来客用のソファーに寝かせる。心落ち着くまで小一時間程経ったろうか。窓の外は墨の様に黒い。彼女の元に跪き、涙の跡を拭く。目を見合わせ、手を握り沈黙の二人。僕は目を閉じ、手を離す。刹那、頬に痛みが走る。血の味がする。目を開けネリーに詫びる。
「ゴメン。今の僕は・・・・・・」
「その先は言わないで、お願いだから・・・・・・」
頷き、おでこに軽めのキスをして立ち上がり、ソファーのネリーに手を差し伸べて立つのを促す。首を横に振り、先に帰ってとネリー。部屋の鍵をテーブルに置き、僕は部屋を出た。
参った。寝られないまま起床か。律儀な目覚まし時計が恨めしい。よろよろと梯子を降りる。アミティエの白木葉子とおはようを交わしながら大欠伸。
「譲葉、大丈夫? クマ凄いわよ。寝てないんでしょ。昨日部屋に帰ってきたときから、貴女変だったわ。無理しないで授業休んだらどう? 」
「それは出来ない・・・・・・」
「譲葉! 休みなさい。どうしても行くって言うなら私も休む」
「それはダメだ。君は皆勤を続けている身だろうに・・・・・・。ず、ずるいぞ葉子」
「たまには私の言うことを聞きなさい。朝御飯は私が取ってきてあげるから、心配しないで。パンで良いのよね? 」
頭が回らない僕を余所に、葉子は矢継ぎ早に言葉を繰る。外は雨。休んでしまうか。僕の皆勤賞はとうにダメになってるし。葉子に欠席の連絡をしてもらうことに。窓の外、雨の景色を見ながら椅子に腰掛け、昨日の出来事を反芻する。
自分で巻いた種だけど、ネリーを慮り泣きはらしてしまう。タオルで顔を押さえていたら、葉子が戻ってきた。普段の僕達は、部屋で朝食を取る事は無い。今日は僕を気づかって、彼女も部屋で朝食を取るようだ。食堂でネリーのアミティエの千葉に会ったと彼女。向こうも休むらしい。同じように朝食を取りに来ていたと話す。そうだよな。似てしまうのも仕方ないかと心の中で苦笑する。
食は正直進まなかった。かなり残してしまい、謝る僕。気にしないでと彼女。校舎に向かう彼女をねたまま見送り、部屋には僕一人。ベッドに戻り、時計の針音と雨音だけの世界に浸っていたら、何時の間にか寝てしまっていた。
気配を感じ目を覚ますと、何やらいい匂いが部屋に漂う。ベッドから見下ろすとテーブルに昼食が置いてある。蠅帳の下にハンバーグにライスのセット。横のコーヒーが湯気を立てている。
「葉子・・・・・・」
葉子には借りを返さないといけないな。そう思いながら梯子を降りると・・・・・・食事の横のメモに気がついた。譲葉、まだ無理かしら? 食事。残したって良いのよ気に病まないでね。同室の私をもっと頼って頂戴。愛しの譲葉へ。ピースサインの可愛い絵の署名。心遣いにほろっとする。
何時もこういうのはネリーが何くれと無くしていてくれた。今思うと、ネリーもそうだけど、アミティエの葉子にも逆の意味で気を遣わせていたんだなと深く反省する。ネリーにかまけて今まで葉子を蔑ろにしすぎたのかもしれないと・・・・・・。涙を流しながらの食事なんて初めての経験だ。ゆっくりと噛みしめ味わう。
外は相変わらずの雨。アンニュイとはこんな時に使うのだろうか。ふと思い、ニカイアの会の予定やら部活の参加日ををチェックする。手帳に明後日の予定でイレギュラーを発見して慌てた。ヤバっ、昨日花菱君に依頼された、料理部で贈り物を贈る日だ。どうしよう。まだ蘇芳君と煮詰めて無いや。こんな状態でのこのこ出向くわけに行かないし。その先にも聖母祭のことやサッカーのこととか色々合ってめげる。アンニュイからすっかり憂鬱な雨の午後になってしまった。昔見たアニメのサブタイトルを連想して、ハンバーグが実はお子さまランチだったのかと、ボソッと呟いた。
授業が終わり葉子が帰ってきた。心配して会いたがる何人かのクラスメートを連れてきていた。気を遣わせてしまった事を謝罪し、明日からは登校出来ると伝えて嬌声が沸いた。僕体調を気遣った葉が彼女たちを帰し、部屋に二人になった。お昼のお礼をし改めて謝罪する。
「いいのよ、譲葉。やっと私を頼ってくれて嬉しいの。貴女はずっと小御門さんだけしか見てなくて・・・・・・」
「小御門さんと何があったかは聞かないわ。でも私は譲葉の味方。これからもよ。貴女の為なら何でもするからね」
ハグしてきて熱く語る葉子。まずいと思いながら、一時の優しさに溺れてしまう。そうこうしていたら、ドアをノックする音が。
「どうぞ。鍵は開いてるよ」
僕の声に、葉子がハグを緩め離れる。
「一年の沙沙貴と白羽です。失礼します。お誕生日会の出し物の件でお話が・・・・・・」
「どうぞお入りに・・・・・・」
「蘇芳ちゃん、今の誰の声なのかな。まさかニカイアの会の人じゃ無いよね・・・・・・。この間庶務の腕章付けてる人と購買でメロンパンを争ってすったもんだしたんだよぅ・・・・・・」
「あの声はアミティエの白木さんのお声よ。心配しないでいいわ」
「えっ、八代先輩のアミティエって小御門先輩じゃないんだ・・・・・・。先輩と相性の会う人って、どんな人なのか早く見たい見たい! 」
沙沙貴君達はドタドタと蘇芳君はしずしずと入ってきた。寝間着でボサボサの頭の僕を見て驚いている三人。
「今日は休んじゃったんだよ。授業を。で寝ていたんでこんなカッコでね。まあ赦してくれたまえ」
「何処にもいらっしゃらないのでここかなと・・・・・・。先輩、大丈夫ですか? お邪魔じゃないでしょうか・・・・・・・? 」
「いや、もう大丈夫だから。アミティエの献身的な介護のおかげでね。此処で寝ている時は咀嚼して口移しで粥を。寒いと言えば生まれたままの姿になって一つになりして人肌で暖め・・・・・・」
葉子にウインクすると、普段なら絶対に乗ってこないのに・・・・・・
「譲葉ね、お花摘みに行けないかじゃない? だから今日はオムツを使っててね。それで今し方湯気のたったぐっしょり重いオムツを取り替えるお世話を・・・・・・」
「ちょ、ちょっと! よっ、葉子何作り話を。皆、そっ、それは嘘だからな・・・・・・。信じないでくれ・・・・・・」
「そんな事言うと前の二つは真実になるわよ? 譲葉。まあ、私はそれでも良いけど」
「勘弁して、葉子さまぁ・・・・・・沙沙貴君、蘇芳君、聡明な君達なら嘘と真実の区別がつくよな・・・・・・」
「私、白木先輩が嘘を言うなんて信じられません。お二人は其処までの関係だったのですね・・・・・・」
蘇芳君までのってくるなんて・・・・・・。大誤算だった。歩くスピーカーの異名の有る沙沙貴君達が誤解してしまったら僕は・・・・・・。
「沙沙貴君・・・・・・。頼むから聞かなかった事に・・・・・・。頼みを聞いてくれたら、そうだ直々にバレエを指導してあげるよ。もっと上手くなりたいって・・・・・・」
「デートなら、飲みますよ。私達一緒と姉妹別々で計三回でどうです? 」
「ああ楽しい。こんなにうろたえた譲葉を見たのは初めて。何時も私がやりこめられてばかりだから、やっと一本返せた! 」
「そうなんですか、全部嘘。何か残念。でも先輩がうろたえる姿は私達的に美味しかったです。蘇芳ちゃん的にはどうだった? 」
「わ、私的には、白木先輩が冗談を言う人なんて思いもしなかったので大変驚きました。今でも信じられません。本当に事実じゃないんですか? 」
葉子と初見の沙沙貴君は、改めて葉子と名刺交換の様な挨拶を交わしてから、僕を嵌めてご機嫌な葉子とハイタッチをしている。
「蘇芳君は葉子を初日に会ってるから多少なりとも知ってるわけだけど。余程あの夜の猫をかぶった対応が記憶に有る様だね。実態はこんなもんだよ。蘇芳君だってあの日は僕の目の前で泣いて縋ったり、僕にハグしてぐいぐい胸を押しつけてきたり、寝ていたら勝手に布団の中に入ってきたりと驚かされたよ 」
「しれっと本当みたいに言わないで下さい。泣いたのと事実ですけど、後の二つは事実じゃないので取り消して下さい」
「でもハグした時、君の胸のが僕に当たって来てこの子すごいなと思ったのは本当の事」
「言わないで下さい。大体胸なら八代先輩の方が大きいし柔かかった」
赤くなってわたわたする蘇芳君が可愛い。気を取り直してあの日はお世話になりましたと蘇芳君が頭下げ、恥ずかしい時間は封印された。
「それで、どうしようか? ホールケーキにでもするかい。花菱君は紅茶好きだから合う物にしないといけないよね。パウンドケーキの方が良いのかな? 」
沙沙貴君は、クッキーも作ると提案し、手が足りる? と聞くと、匂坂君が特参でホールケーキ作るって張り切ってるとのこと。
「マユリさんは立花ちゃんが好き好き、大好きだものね」
さらっと聞き伝てなら無い事を漏らす林檎君。
「そうそう、ユリーは朝のお着替えを手伝ってるんだよね~蘇芳ちゃん」
苺君もポロッと美味しい情報を。こっちもかなりのインサイダー情報とみた。それを言われて蘇芳君はしっ!と口の前に指を立てるのを見ても明らか。
「そこまで言ったのなら話してよ。もやもやしたままは嫌だからさ」
八代先輩、これ絶対に内緒にして下さいねと前置きして、蘇芳君が口を開く。
「立花さん、凄い低血圧で朝ダメな人なんです。で起きる時はマユリさんが、恋人が起こす様にと言うか、メイドさんがお嬢様を起こす様にと言うかそんな感じで」
「その後の制服への着替えでも、手取り足取り、親密にスキンシップしてしてるんです・・・・・・」
「それはあてられちゃうね、蘇芳君。蘇芳君がご希望なら僕が出向いてしてあげるよ」
「それなら、いっその事ここに越してくるかい、蘇芳君は。あの部屋は二人にあげちゃってさ」
沙沙貴君がそれはダメと僕に突っかかる。
「蘇芳ちゃんが居るから立花ちゃんが大人しいけど、そうじゃなかったらいつもぷりぷり怒ってるから絶対」
「立花さんは蘇芳ちゃんラブだから。引き離したりしら頭に懐中電灯点けて津山三十人殺しみたいになりそう。先輩も刺されますよ確実に」
オカルト好きの林檎君は独特の表現をする。オカルト発言に刹那ネリーを思いだしてしまう。吹っ切れてないなと自問する。
「それは拙いね。学院は平和でないと」
さて話が脱線してしまった。結局チーム分けをして沙沙貴君達がクッキー、ホールケーキが匂坂君。パウンドケーキとホットケーキを蘇芳君と僕が作る事にして、明日準備と相成った。
さて料理部に集まり、件の沙沙貴君、匂坂君、蘇芳君以外にも三々五々一年生が、花菱君の誕生会の出し物を作りに来た。流石は級長をしている人格者、人気は有る様だ。これだけの物を食べられる彼女たちが羨ましい。
当初の予定では僕が蘇芳君を師に、余人を交えず手取り足取り指導してもらって難物のホールケーキを作り、二人しっぽりと親睦を深める予定で居たのだけど・・・・・・
まあ策略は失敗になってしまったけど致し方ないな。多少は僕も作ったんでお裾分けはしてくれるとのことだ。
当日、僕はニカイアの会で不参加確定だし、食べ歩きの達人のネリーもそうだ。折衝には出てくると言うが、今日もネリーは欠席だった。明日ははたして?
お誕生日会の日、心配の天気は晴れた。放課後は東屋で賑わう事だろう。さてその時間僕達は学校との折衝だ。ニカイアの会会長と副会長が呼ばれている関係で、僕とネリーの二人で会議室に出向く事になる。
今日は休まずに出てきたネリー。まあ案の定元気がない。色々と邪推する声が聞こえてくる。喧嘩したのと? と直球もあるが別れたなんて話は無い様だ。軽口を叩くも上滑りしてしまう。
逆撫でする前に自重することにした。お昼は声をかけ一緒に食べる。さすがに今までずっと一緒に食べてたのにしないのは、色々と勘繰られそうだからね。ネリーも空気を読んだ様だ。違う物を注文しおかずの交換するのも何時もと同じ。ただ、なんと言うか味わっている精神的余裕が無い。戦場の食事の様に手早く済ませてしまった。ネリーは何時も以上にゆっくり食べている。その後僕は部室に向かった。
放課後、声をかける代わりに手を引く仕種をし、手と手を取り折衝に出向く。教室を出、ニカイアの会の執務室に寄り資料を持ち出す。その時、期せずして二人同時に口を開いた。
「ゴメン、ネリー」
「御免なさい譲葉」
「エッ? 」
「えっ? 」
また同時に返してしまう。ふっ、と相好を崩す二人。何故か笑いが止まらなくなった。そして僕から話をする。
「君の気持ちはずっと前から知っていた。でも一歩がどうしても踏み出せなかった。赦してくれ。出来るだけのことをするから・・・・・・」
そしてネリーの前に土下座する。
「譲葉、いいのよ。頭を上げて。あなたにそんなことして欲しくないわ」
「蘇芳さんも悲しむわよ。今の譲葉ではね」
ネリーが僕の前に正座する。そして目を見ながら口を開く。
「あなたは私の憧れだった。全てにおいて。そんな悲しい事しないで。お願い。今でもあなたが好きよ。受け入れてくれなくてもいいから。勝手に想わせて」
区切りながらの言葉が重い。
「もう大丈夫だから。昔みたいにいいお友達になりましょう」
「そろそろ行かないと間に合わないわよ。譲葉。先生に痴話喧嘩で遅くなりましたって言うつもりなのかしら? 」
自分の器の小ささが嫌になる。ネリーには敵わないなと思い知らされた。大好きだよネリー・・・・・・。